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恋姫天衝 ~対極の御遣い~  作者: 雀護
 ・~西涼への帰路~
38/44

再会と疑問





++彼の者の身命、秘められた真実++









 「助かった、この時期あの格好はさすがに冷える」

 一先ず閻忠が取ってきてくれた服を身につけ冷えた体を軽く動かす。

 「何があったのかお聞きしたいのですが?」

 「えっと、だな。・・・油断と言うか軽率な行動、が招いた誤解・・・と言うかだな」

 言うのは簡単なのかもしれない、ただなんとも語弊から誤解が生まれるは容易に想像がつく。

 「歯切れが悪いですね。馬龍殿がそのような時はあまり良い時がなかったと思うのですが」

 「こればかりはなんともな。一先ずは楼杏の誤解と言うか訂正と言うか・・・そういうものをしてからにさせてくれ」 

 「はぁ・・・しょうがないですね。ですがようやく私の前でも義真様を真名で呼ばれますか、少しは私の杞憂も晴れそうで何より」

 閻忠は呆れたような溜め息を吐き少し安堵した笑みを見せた。

 今まで俺が楼杏の真名を口にしなかったのは逆に楼杏の口から俺の”龍成”の名を呼ばれ周囲に知れ渡るのを嫌う目的が主。

 西涼以外で俺の名を知る者、それがいる可能性が捨てきれず且つこの世界をその時の俺は知らな過ぎた。

 ただヴリトラを探すのなら真名を広める事も一手だったが馴染まない真名と言う風習を利用するには少々危うさがあると感じていた。

 現状この二つにおいて一つは解決し、一つはその通りだった。

 だが、俺が楼杏の真名を口にした事で閻忠が何を安堵したのかは理解できないが・・・。 

 「まぁ、まずは状況を整理しよう。手順はずれるが先に屋敷の混乱を収めるのを優先させる」  

 「どのように収めるのでしょうか?」

 「幾つか方法はありそうだが、武官と文官の垣根を取り払えるものを考えてみた」

 「垣根、ですか・・・?あまり良い予感がしないのですが」

 閻忠とヴリトラが現れた事で思いついた一案だが、それを言う前に閻忠は嫌そうな顔をしていた。  

 俺の思いつきと言うか提案とはそれほど閻忠が嫌がるものばかりだっただろうか。

 

  ふむ・・・そうだったかもしれないな


 少しの間で思い返せば困らせている気もする、自身良い機会だと思っていたのだが。

 「まぁもう決めた事だし、問題ないはずだ」

 「っ?!嫌な予感が増しました!ば、馬龍殿絶対に何か企んでいますね?!」

 思わずなのか、声を荒げ俺の肩をその両手が掴む。

 先程まで影に身を潜めていた反動だろう何故か無性にその反応を楽しみたい気持ちが湧き上がる。

 「・・・何も言っていない内に期待されてしまうとは、これは”裏切れない”な」

 「ふふふっ、そうだね。お兄さんは裏切らない人だもんね」

 もしかしたら、これは良い機会を得るこいつの星巡りに少し嫉妬しているのかもしれない。

 思わず意地の悪い返しをするとヴリトラもそれに笑みで同調してきた。

 「何をするつもりです」 

 「少しヴリトラと遊ぼうと思っている」

 「そうそう、楽しみだよ♪」

 「遊っ・・・?!」

 驚愕している様子で俺の言葉にパクパクと口を開閉している。

 これはヴリトラと一戦交えていたのは確定らしい。

 

  良い反応で助かるが・・・これも後々直してもらわないとな 


 「俺達の心配する必要はない。鍛錬の延長だ、加減はするさ。それよりお前には幾つか頼み事がある」

 「・・・馬龍殿の真意が理解出来ないのですが、私に何をさせようと言うのでしょうか」 

 「それは・・・」

 邸内の混乱が収めた後のため、前準備を閻忠に頼むとその眉を歪ませ溜め息と共に「わかりました」とがっくりと項垂れるように頷いた。 



 


 ・・・



 ・・・・・・



 


 俺とヴリトラが中庭に姿を現すと混乱に輪をかける結果になったようだが、それでもそれも収束してくれた。

 単純に言うなら俺とヴリトラで俺を探し回っていた兵士達を打ちのめしたのだ。

 そして、文官達にはその間に邸内にいる者の飯の支度をさせた。

 人の数は百と少し、その分の昼食を急遽に用意させる、それを兵士が倒れるまでにと言う制限つき、誰かが指揮を取らずに間に合わないだろう。 

 そのまとめ役に閻忠を指名し、何か言われた気がするがこういう時に聞く耳を持ってはいけない。

 放った言葉が戻るわけでなし、何よりこの無理やりな提案を全体に頷かせるために俺自身を餌にしたのだ、一番に文句を言うべきは俺自身。

 閻忠の評価もあるので少し手を抜きながらヴリトラの様子を覗い昼食が整う前に全てを打ちのめさないように調整した。

 調整などと言ってもヴリトラがやり過ぎないようにするのが主だったもので、慣れないながらも閻忠は良くまとめていた。

 それに途中からはヴリトラを観察するのに専念していた。

 俺がこの世界に落ちてきた時と同じような変化、ヴリトラの背丈が拳一個分ではあるが低くなっているからだ。

 俺に比べれば僅かな変化だが俺の時と少し違うような違和感があった。

 なによりヴリトラの勁力は抑えているにしても小さくなっている。

 だが、一先ず調子自体が悪いようには見えない、幾分か真相の影を見れた事や閻忠の成長を見れた事からこの騒動も悪くないものだったのだろう。 

 

  後は・・・楼杏、だよな


 俺はヴリトラと閻忠を引き連れて楼杏の元へ向かうのだが・・・いざあの時の事を思うとどのように説明し訂正を入れるべきか悩まされた。

 





 ・・・




 ・・・・・・・





 一先ずの騒動の収拾したがこれからが本番になるのかやや不安。

 「閻忠、楼杏は部屋にいるんだな?」 

 「・・・はい」

 閻忠は疲れが顔に出たまま俺に小さく答え、「嫌な予感が当たりました」と呟く。

 「良い経験だったと思うんだが」

 「その通りなのですが、馬龍殿は何故いつも先に言葉を下さらないのです。私でも心構えと言うものをしたいのですよ」

 頬を膨らせた抗議に事後の説明を加えるのだが。

 「先入観と言うものは厄介だ。それに事前にそれありと分かる事態の方が少ない・・・少ないんだ、閻忠」

 「あ、あのーその言に重みを感じますが・・・それは此度の騒動と何か関係があるのでしょうか?」

 直前に体験した事が重なってしまい深く項垂れた結果、閻忠は俺の言葉に必要以上の説得力を得たらしい。

 「・・・ま、まずは楼杏に話をしてからだ」

 一度呼吸を整えて楼杏の部屋の戸を軽く叩いて声をかける。

 「楼杏・・・えっと、朝はすまなかった。少し話がしたいんだが・・・」


 『は、はいっ!!しょ、少々お待ちください!!』 


 即座に返って来た声の後、部屋の中でドタバタとした様子が窺えた。 

 それから少々という間もなく「どうぞ」と言う声に戸を開き中に入った。

 



 「お、お待たせしました・・・えっと閻忠さんにヴリトラさんも?」 

 「あぁ、幾つか聞いておいて欲しい話もあるんだ」

 俺に続いて部屋に入る二人に楼杏が少し戸惑った顔をしたので先にそう告げておく。

 そして、一先ずお茶を用意し皆が椅子に座るのを確認してから話し始めた、順序としては近いほうから。

 「先に言ったが朝の一件、俺自身気が動転していた。楼杏には嫌な思いをさせてしまった事謝らせてほしい」

 「い、いえその私も悪かったですし・・・その勝手に寝所に入ってしまいましたので」

 頭を下げ楼杏に許しを請うと楼杏の方が慌てて頭を下げそうだった。

 「いや、だがなんと言うか・・・その、なんだ。やはり突然部屋を飛び出してしまったのは自身情けないと言うか、君の気持ちを踏み躙る行為だと思う。それに君の臣達にも混乱を広げてしまった」

 まずは誠意だと切々と自身の犯した過ちを認める。

 「もう、気にして・・・は、いるのですが」


  いるのかっ!やはり拙かったか・・・反射的に行動してしまったからな


 「ですが、それ以上に得る物がありましたし。この件は互いに非があったと、それでまた変わらず私達と過ごしていただければ私は何一つ問題ありません」 

 楼杏があの一件を気にしている事で思考が劇的に蠢き出す前に何とか許しを得られた。

 内心で一先ず安堵の息を吐きながら、疑問が一つ残った。

 「そう言ってくれると助かるが」

 早々に懸念事項の一つが終えられたようだが一人の視線が俺に突き刺さる。

 閻忠だ、ジトリとした瞳で俺を睨むように見つめそれは”詳細を求む”と言う抗議を込めているように感じた。

 出来れば雰囲気で察してもらって曖昧に流してしまいたい事柄だったのだが、逆にその心理を読まれてしまったのかもしれない。

 「・・・閻忠、言葉にしていいぞ」    

 「はっ、では。馬龍殿を縛にと言うほどの事態、一体何があったのでしょう?お話から馬龍殿が義真様に失礼を働いたとまでは分かるのですが、混乱も一先ずの落ち着きはしていますが皆の疑念を晴らす必要がございます。何が始まりなのか説明していただけないでしょうか?」

 臣としては楼杏の手前だ、我慢していたのだろうが俺が発言を促すとすらすらと思いの丈を口にした。

 その内容は確かに必要になるだろう事でもある、だが俺としては知らずにいたいと思う部分でもある。

 何せ気付いたら服を着ていなかったのだから。 

 閻忠の疑問に俺が小さく溜め息をついていると、楼杏はそれに対して何を思い出したのか照れたような笑いを浮かべ答えた。

 「閻忠さん、それは私が龍成さんと昼食をとった時の事です。龍成さんが眠たげにしていたので、そのひ、膝枕と言うものを・・・」

 「それは仲睦まじ気で宜しい光景に思えます」

 「ふふふっ、それで龍成さんの寝顔を拝見しているうちに少し陽が傾いて風が冷たくなってきましたので寝所の方へお連れしたのです」

 ここまでは一先ず想像がつく事態。

 だが、そこで閻忠が小さく首を傾げ疑問を口にした。

 「・・・昼食から陽が傾くまで、ですか?琢ではあのような一件がありましたが、普段の馬龍殿がそれほど長い眠りをつくなど珍しく思います。また何かあったのでは?」

 閻忠の疑問に二人が俺を見るのでそれに答える。

 「眠る前後で体には問題はない。ただ少し寝る時間を鍛錬に割っていた弊害だ」

 「そうでしたか・・・ですが、旅路でも鍛錬はされていました。馬龍殿が眠る姿を見る機会は稀だったと記憶していますが」

 「宿では寝ていたさ。それに馬車の行者台というのは居眠りするには充分な環境だ。それより俺が眠った後、それを俺は知らないんだ。何故俺は服を脱いでいたのか教えてくれないか?」

 一先ずは進んでしまった船を逆行させる事はせず、先に進める他ないと自身から話を戻し楼杏に訊ねた。

 すると、楼杏の顔がより赤みを増したように見え指先を合わせてモジモジとした仕草をしている。

 「あの、それはその・・・お部屋にお連れした後私は政務に戻ったのですが、陽が落ちても目を覚まさないようでしたので心配になって、ですね。再びお部屋を尋ねた所、汗をかかれていましたので汗を吹かせていただく時にお、お召し物を私が・・・」 

 犯人はお前かっ!などと言いたい気分が湧き上がる。

 

  だが・・・


 それだけではさすがに俺も取り乱したりはしない。

 その後がとても重要且つ聞きたいような聞きたくないようなそんな事があったのだと想像する。

 「体をお拭きした後になって気付いたのです、新しいお召し物をと。ですが荷を漁るような事は失礼ですし、侍女を呼んでいるうちに風邪を引かれてしまうかもしません。ですのでその・・・ひ・・・・」  

 「「・・・ひ?」」

 唐突に切られた言葉に閻忠と二人で疑問符を浮かべた。

 すると楼杏は真っ赤を通り越した色の顔で意を決し、その続きを口に・・・俺はそれを聞いて固まる。

 「ひ・・・ひ、人肌で暖めて差し上げようとっ!私も一緒の布団にっ!」 

 俺は楼杏の犯行の告白を聞いて首がもげるほどにがっくりと垂れ下がる。

 事態の把握が出来た事はまぁ良しと出来たが。


  そんな事をするなら好きなだけ荷を漁ってくれ!

 

  風邪なんて十年来で引いてないからむしろ引いても構わないから・・・

  

  だからそんな・・・そんな対処に困る事態を作らないでくれ・・・

 

 心の中から涙が溢れて実際に少し涙が零れそうだった。

 「しょ、少々驚きました。けれどしかし、まったくもって驚く事でもありませんでした、申し訳ありません」

 「っ?!」

 その言葉に鞭打ちなる速度で首を持ち上げる、閻忠は俺と同じく驚きで言葉を失くしていたと思っていた。

 だが閻忠は俺と入れ替わるように頭を下げた。 

 

  いや、おまっ・・・?!お前がここで肯定しては修正も訂正もないだろっ!

 

 旅路の上で何かにつけて真名だったり、女性関係になると口うるさく俺に剣を突きつけていたから今回もその助けになると踏んでいた。

 だというのに何故か閻忠はその性能を発揮してくれない。

 それどころか・・・。

 「閻忠さん、頭を上げて下さい。私もその性急に事欠いてしまったと思っています」 

 「そ、そのような事はっ。義真様は馬龍殿と真名で呼び合う間柄であります。婚前ではありますが夜を伴にされるとなればそれを咎める者はおりません!」  

 

  こ、婚前?!


 「え、閻忠・・・な、何を言っている?」  

 「何を、と言われましても。何かおかしな事を言いましたか?」   

 事態が絶大に飛躍的に俺の頭の中から飛び出し、言葉を吐き出した当人に問い掛けれると、そいつはとぼけた様子で俺に首を傾げ問い直してきた。

 「婚前がどうこうと言わなかったか?・・・俺と」

 「義真様の婚儀については皆周知の事柄かと。以前の滞在より屋敷でそのような噂は絶えませんでしたし。・・・よもや、私が任で離れているうちに式をされたと?」

 「っ・・・・・・」 

 「馬龍殿、如何されました?」  

 

  い、如何も何もあるかっ!!

 

 思わず口から漏れそうになるそれを何とか留め思考を巡らせる。

 たしか閻忠がこの事について否定の立場だというのは穎川ではっきりと言葉にしていたはずだ。

 護衛としての同行と言う面と半ば監視役としての役目、その事を隠しながらもあの場では”義真様に相応しくない”それを見極めるためにと言った。

 俺の知らぬ間にその立場を変えたというのか、今の発言は完全に肯定派のそれで俺の充てにしていた役割ではない。

 完全に俺の算段は崩れる、逆にこちらからの否定が難しくなり詰みの手を指されている気分だ。 

 

  この盤上を覆すには・・・

 

 「ん~~~・・・ん?どうしたのお兄さん?」

 最後の切り札は我関せずと先程までの会話を聞いていなかったらしい。  


  だが・・・これしか、ないか

 

 この場にいる皆が敢えてなのか気にしない様子で居るのだが、兵士達を相手にした後からヴリトラはずっと俺の体を蛇のように絡みつき、猫のようにその頬を俺の全身にこすり付けている。

 体面上楼杏の部屋に入る前に一先ず離れるように言ったのだが「今はこうしてたいんだ」と一蹴され、楼杏の人柄から咎める事はないだろうと溜め息を吐いたのが記憶に新しい。

 ここで札として使う気はなかった、だが現状それをするには最良なのだろう。

 「・・・はぁ」 

 一先ずの溜め息、これを今日最後にしたいのだがまだまだそれは儚い願い、まだ何度かは吐かないといけないのだろう。



 

 ・・・・・・



 ・・・・・・




 

 私の問いかけを無視したまま視線を泳がせて溜め息を吐かれる。

 その姿を義真様と二人で首を傾げると馬龍殿は小さく呟いた。

 「・・・しょうがない」

 そして、小さく笑う。

 旅路の中でその言葉何度言いた事か、何度その笑みを見た事か。

 馬龍殿がそれを口にする時は決まって何かを諦め許容される時で、それからとても大胆な行動を取られる。

 私は何故今をそれを口にしたのか理解するために思考しようとするより先に私の思考は止められてしまった。

 先程まで私はとても喜ばしい、そんな思いが先走っていたせいかもしれない。

 義真様と馬龍殿が夫婦の関係になれば私が抱く最大の悩みは解消されるから。

 けれど・・・いや、やはりと言うべきでしょうか。

 私は馬龍殿の表情を改めてみるとその望みは叶わないのでは・・・そう感じてしまった。

 それは笑んだと思った直後、馬龍殿の瞳が深く沈み真剣な顔で私達を見つめたからだ。  

 「楼杏、閻忠、色々と先に話さないといけない事がある。二人にも姉さんに伝えたそれを言わなくては、俺はこれ以上ここにいてはいけないんだろう」

 「いては、いけない・・・?」 

 馬龍殿はそれを頷いて肯定し、私は次の言葉に絶句した。

 


 「俺は、馬騰の血筋ではない」 



 言葉を失った私の傍で義真様は驚く様子なく馬龍殿の言葉を真剣な瞳で受け止めていた。

 「俺には真名以外の名はない。紅姉さんは誰一人知り合いのいない俺の事情を知り”馬”の姓を貸してくれた。そこから俺は馬龍と名乗る事にした、弟としてくれたのは厚遇すぎると思っていたが・・・」

 「厚遇ではないと思います。貴方と言う人柄を見極めた紅ちゃんの公平な見解なのでしょう。私はまさに西涼の長の血筋に相応しい人物であると今でも思います」

 それは私もそうだ、旅路に同行する中一度たりともそれを疑問に思った事などなかった。

 だからこそ馬龍殿が口にした言に私の内は動揺で未だ揺れ動いている。

 「そうだったら良いな、俺もそれに答えていたい。だが今話しているのはそうじゃない。俺は二人・・・いや、旅で会った人達に偽りの身分で接してきた」

 「それはきっとヴリトラさんを探されるため、なのでしょう。この国で人を探すための身分、そしてその伝が必要だった、そう思うのですが」

 驚く暇もないのでしょう、次々と私の思考を上回って会話が進む。

 「あぁ、確かに俺はそれを必要としていた。この国は広い、どこにいるか分からないこいつを探すには何かきっかけが必要でそれを俺は天意と言うものに縋った」

 「時流に身を任せその内に道を見出す、至極当然の摂理でしょう。そして龍成さんは再会を果たされた。天意が導いた結果だったのでしょう、何より貴方が進んで偽ったと思いません。私は名を得たのではと考えます、馬龍、雲成、この二つの名を偽りでない貴方を示す名として」 

 微かに違和感と思えた事柄は義真様の口からその答えが開かれる。

 名を偽る、それを馬龍殿が進んで行うなど私にはもう想像すら出来ていなかった。

 そして思う、何故馬龍殿は今それを開示されたのかと。

 「私は偽名であった事よりも何故今それをお伝えになられるのか、そちらの方が気になります・・・少々思う事はありますがお聞かせ願えますか?」

 「これを伝えず俺は俺に信を向けてくれる二人の前に姿を晒す事は出来ない、これ以上は好意を利用した裏切りだからな」

   

  あぁ、やはりですか・・・貴方はそこまでも

 

 裏切りに対してどれ程の咎を背負おうともこの方は向き合う。

 口にしなければ済んだ話だというのに、己に向けれられた信に対して答えず・・・それは裏切りだと証する。

 

  なんと不器用な在り方でしょうか


 「・・・一先ずだ、出会いの形を改めさせて欲しい。これは馬騰の身内ではなく、俺達として二人とは友好を結びたい」 

 そう言われると馬龍殿はヴリトラ殿の頭に手を置かれて何か耳打ちをされた。

 「ん?でも二人は僕の事もう知ってるよ」

 「二人で一緒にと言うのは初めてだろ、相棒」 

 馬龍殿の言葉にピクリと反応し、馬龍殿にしがみついていた手を離してここに来て初めて椅子に腰を下ろされた。

 「にひひっ、そう言うことなら一緒にするよ、相棒」

 満面な笑みを馬龍殿に向け、ヴリトラ殿も”相棒”と返す。 

 

  ・・・相棒 


 その言葉は酷く羨ましく、酷く私の心を打ち鳴らす。

 馬龍殿と伴にある事を許された存在、それに私は憧れを抱いている。

 それはもう隠しようのない私の願望だった。

 「楼杏・・・いや、義真殿、仲孝殿よろしいだろうか?」 

 「・・・はい

 背筋を伸ばし、私達にいつぶりかの敬語を話される。 私はそれに寂しさを感じた。

 「では、俺は名を龍成、以前の姓は佐伯。再びの友好を願って二人にこの名を預けたい」

 「んじゃ、僕だね。僕はヴリトラ、お兄さんの相棒で渇望の龍。二人ともよろしくね」 

 馬龍殿は自身らの名を私達に告げると深く拝礼し、ヴリトラ殿は見様見真似なのか少しぎこちなく馬龍殿と同じ仕草を取る。

 そしてそこから語られる馬龍殿の生い立ちとここまで来た道程。

 そのいくつかはヴリトラ殿からそしてその言葉を馬龍殿も初めて聞いたのか少し動揺の色を顔に浮かべた。




 

 ・・・・・・




 ・・・・・・ 






 少し緊張が過ぎたのか、不安が強かった。

 けれど、話の軌道は修正できたようだ。

 それに楼杏、閻忠ともに概ね受け入れてくれているようだ。

 話の端々で理解出来ないところがあっただろうに、どちらとも俺がここに来るまでの話に耳を傾けた後俺がしたように名を返してくれた。

 それでも修正をするには少し無理やりすぎたのだろう気まずさまではないけれど距離は出来た気がする。

 だが真偽を隠したまま楼杏との関係を進めるのは拙いし、今後を見据えればこそ俺個人を知ってもらわなくてはいけない。


  だが、またやり直し・・・なのかな


 これまでの関係のリセット、行き過ぎた信頼への答えはそれだ。

 友好でありたい、そう思うからこそそれを選択した。

 完全な最初からに戻った気はしないが、それでも先程のように突然結婚の二文字が飛び出すような事態にはならないと思いたい。

 俺はまだ人に対してそれほどの思いを抱けない。 

 偽りのままの関係が築かれるなら、俺という存在の危うさに気付いてくれた方が良い。

 それが、俺に不利益になる事態だったとしても・・・。

 俺が終わりを迎える時にあいつらが笑顔であって欲しいから。


 

  流す涙は止められない

 

  それを血に変える事が出来ても


  流す涙を止められないのなら


  せめて


  涙を流す前に  


  俺が血を流そう・・・


  俺だけが・・・





 


 楼杏と閻忠が昼食を取っているだろう屋敷の者の元へ向かう事で屋敷には俺とヴリトラだけが残った。

 自室に戻り二人だけになると緊張が高まる。

 最初に求めた答えをようやくこれで聞くことが出来る、それが一番の要因だ。

 その答え次第では俺は翠達の下へ戻れないかもしれない。

 この違和感だらけの世界の真相を俺はヴリトラに問い掛ける・・・のだがその前に。

 「・・・いつまでくっついてるつもりだ?さすがにこの状態で茶を入れるのは中々に難しい」 

 ヴリトラの匂い付けのような行動が収まらない。

 いつになったら終わるのだろうかと放置して見てはいたのだが・・・。

 「ん~~、僕が満たされるまで。こうしてるとなんか落ち着くんだぁ」

 「はぁ、まったく」 

 やはり吐くべき溜め息はまだまだ貯蔵されていた。

 はっきり言ってこいつがいつ満たされるなど俺には想像もつかない。

 なので一先ず俺の体を縦横無尽に駆け回るヴリトラを捕まえ腰の辺りにくっつけてその動きを止めさせる。

 「わかった。離れろとまでは言わないが少し大人しくしてくれよ、相棒」 

 それに納得し満足した様子で笑い俺を見上げ「了解、相棒」とヴリトラは言う。  

 それから厨房から持ってきた昼飯とお茶を机に並べ椅子に腰を落とす。

 再会してまだ数時間、互いに同じ場所に来れた事を喜ぶのは俺も同じだけれど、正確に手早く状況の把握を済ませたい。

 屋敷の中の人が少ない内に、安定にいる間に。

 「一先ず、想像していたより容易に再会できた事を少し驚いている」

 「ん、そう?」

 「あぁ、状況と言うか、この世界を認識した時には再会は”戦場”と言う事も考えていたくらいだ」

 「それは・・・それも楽しそうだねぇ♪」

 何をどう想像したのか喉を転がし笑うヴリトラ。

 再会出来るのは良しとできても俺は嫌だ、摩訶不思議アドベンチャー的なままいきなりこいつと対峙するなど困惑以外手に入らないし、そんな俺相手ではこいつの本意でないはずだ。

 何よりそうならないために直接ヴリトラの名を聞いて探す事はしなかったのだから。 

 「約束を果たすだけならそれでも構わないのだろうが・・・ここに来た頃は事態を飲み込むのに苦労したんだ、出来れば俺の疑問に答える時間くらい作って欲しいものだ」

 「疑問?・・・お兄さんはもうわかってるんでしょ。ここが違う場所だって」

 「だが、分からない事の方が多い。それを教えてくれないか」

 「でもさっきも聞いたよね?」

 「あの二人の手前、あれ以上は混乱を招くだけだろうからな」

 「ん、分かった。お兄さんはどこから知りたい?」

 もぞもぞと俺の膝の上に移動してきたヴリトラは俺に背を預けて肩越しに俺を見つめる。

 「じゃあ続き、と言うか詳細を聞きたい。俺をここ、この世界に連れて来たのはヴリトラだと言ったが、はっきり言って別の世界に来るなど俺には理解の外だ、どうやったんだ?」

 「あれ?でも・・・お兄さんが持ってたんだよ?」

 初っ端から疑問に疑問が・・・だが首を傾げるヴリトラの言葉からは原因は俺のように聞こえる。

 

  持っていたと言ってもな・・・何をだ?


 死の淵にあって俺の持っていた物は服やコートに入っていた物くらい、それはこの世界でも持っていたけれど世界を移動できる秘密道具は存在しない。

 「これだよ」 

 「なんだ?・・・鏡、の破片か。それにしては随分くすんでるが」

 ヴリトラがポケットから取り出したそれを渡され手にして俺の持ち物にこんなものがあっただろうかと記憶を探る。

 すると、確かにこれを俺は手にしたことがある事を思い出した。

 ヴリトラと出会う直前、あの歴史資料館で拾った物に似ている。

 「・・・確かにこれと似た物を拾ったような気が、だがこんな破片が何の役に?」

 「これはね世界を映す鏡の破片、天蓋の模造品みたいな感じかな。僕だけでも天蓋を持ち上げるのは出来るんだけどさ、鍵を開けるには僕だけの力じゃ無理。だからこれを鍵に使ったんだよ。ただそれだけじゃ使い捨てだったみたいだけどね」

 俺は知らぬ間にとんでもない物を手にしていたらしい・・・と一文で済ませるには突飛すぎる。


  ・・・天蓋?・・・鍵?・・・世界を写す、鏡


 何かが見えてきそうで遠ざかる気がする。

 あの夢の中にそんな言葉はあっただろうか。

 俺は思考を巡らせ焼き付けたあの夢を掘り返すが、これだけ気に掛かる言葉ならば掘り返すまでもなく覚えているはず。


  あれにはまだ続きがあったのだろうか・・・

 

 もう一人の俺が見ていなかったのか、それとも程銀に邪魔をされたせいなのか、その判別はつかないが確かに違和感を覚えている。

 「それでね、お兄さんが”誰の目にも突かない場所”って”お兄さんの事誰も知らない場所”って事でいいのかなって、こっちに着たんだけど・・・ってあれ?僕なんかおかしな事言った、かな?」

 俺はヴリトラの言葉に眉間を抑えていた。

 「・・・いや、おかしいとかそう言うものではないんだが」

 常識を覆す言葉ではあった。

 真相を明確にしたいのだが続けられたヴリトラの言葉に思考が渦を巻いて落ちて行く。

 幾つも更なる詳細を求めたい単語が聞こえたのだがそれよりも。


  ・・・あの時の言葉で別世界に放り出されるとは


 想像を超えるにも程がある。

 だが、結果が先にあるせいか想像よりも受ける衝撃が少なかった。

 「えっとお兄さん、続きなんだけど。お兄さんはさ、僕との約束守ろうとしてくれてたし、なにより僕と遊んでくれた初めての相棒。僕はそんなお兄さんが壊れちゃうの嫌だったんだよ。ここは少しお兄さんの希望と少し違うけどさ、お兄さんを治すには外側に行く必要があったし・・・」

 知らない言葉が多すぎる。

 何より感覚が俺とかけ離れているせいなのだろうが、ヴリトラは俺の思考を知ってか知らずかその時の思いを吐露していく。

 だがそれと共に今の今まで気になっていた事がヴリトラの口から吐き出されていた。

 「・・・直す、あの状態の俺をか?」

 「うん、そうだよ。世界の内側の生死は肉に依存する。お兄さんをあの世界じゃ直せない、でも一度外側に行けば死の概念は肉から離れるから。けど、いつまでも外側にいるとお兄さんの体は散っていくだけ、とりあえず鏡の向こうに着く前に僕の肉を分けて直したんだよ」

 拙い説明ながらヴリトラはそれほど難解な言葉を使ってはいないはずなのだが理解がどうしても遅れがちになる。

 だがここに着てからの奇異な体験でその中の幾つかを理解・・・出来てしまう。

 俺が死なず、俺の知らない世界にいると言う事。

 あの時俺の体ははっきり言って死んでいた。

 僅かに残る勁力を使って体を持ち上げはしたが命を繋いだとしても後遺症が残るものだと思っていた。

 絶対的に血が足りてなかった、手足の一部に支障が出て数ヶ月は療養とリハビリが必要になるほどに。

 だが、俺が意識を取り戻した後は傷一つなく、体を動かせていた。 

 リハビリと言うならここ数ヶ月この世界が別世界だと理解する行為がそれになる。

 肉体と生死を切り分けた、そこからヴリトラの肉体が分けられて再構築された、言葉通りに信じるならそれで俺の死は回避された。

 俺が理解できたのはそこまで。

 質疑応答、ヴリトラに問えば解が帰ってくるだろうがこれ以上は俺の理解が及ばないだろうし、平然と当然のように答えるヴリトラがより細かな説明が出来るかという疑問が先にある。

 それに説明を受けたとして俺は”よし、わかった”の二つ返事で理解を示せないだろう。

 なんでもかんでも受け入れられるほど俺の思考容量は大きくない。

 それ以上は一先ずこれらを咀嚼して消化してから別の機会に問う事にする。


  ・・・一つ一つ説明してもらえるなら良いが

 

 別の機会が訪れた時の不安を抱えながら次に俺は身近な疑問を口にした。

 「俺の体が縮んでいたのはお前が直してくれた結果だと言う事で一先ず理解していいのか?体が急にでかくなったりもするんだがお前は俺に何が起きているか分かるか?」 

 「ん~~、僕が直した時より元に戻ってるって事は元のお兄さんの体が治癒してきたって事だと思うよ」

 「そうか、ようやく繋がってきた・・・肌の色が違うのもお前の体が混じっているからか」

 「そうだね、僕とお兄さんは一緒。くふふっ、なんだか嬉しいな」

 ヴリトラは言葉の通りに嬉しそうな笑みで俺の顔を見上げるが、これでもう一つの風穴が開いた。

 俺の感じていた違和感、勁力の増加と嗅覚の鈍りはヴリトラという異物が影響しているのだろう。

 それに弱点と言えるあれも元の俺の体が悲鳴を上げているのせいだと結論付けられる。

 「まぁこれで俺の死からここまでの道筋に点は打てたか。後は・・・」

 「ん?まだあるの?僕なんでも答えるよ」

 それを聞こうと思えばヴリトラは再びするするっと俺の体に絡み付いて俺の背にしがみ付いてニコニコと答えた。


  俺が聞きたい事それは・・・


 「どうして”ここ”だったんだ?」

 「えっ・・・?」  

 ヴリトラが驚いた。

 それに俺も驚いた。

 俺の質問に対して初めて言葉を詰まらせて何かを考え込む。

 ヴリトラがこの世界に連れ込んだのだからここを選んだ理由があるのだと勝手に思い込んでいた。

 「俺の事を誰も知らない世界と言ってもここ以外にもあっただろ?」

 「・・・そうだね。う~~~ん、でもなんでって言われると」

 先程まで笑顔だったヴリトラの表情が曇る。

 だが何故ここだったのか、俺は知りたいとこの旅路で幾度も思っていた。

 「あの時は急いでたし最初に映った場所がここ、だったんだけど・・・」  

 ヴリトラは俺の手にした破片に目をやるとそれを指先で突くように触れる。

 「言われてみるとだけどさ。なんだか引き込まれたような気もする、かな・・・」

 「引き込まれた?」

 「うん。気がする、だけなんだけど・・・お兄さんはそれを知ってどうするの?」

 「それは・・・」 

 ヴリトラに問われて俺は思い返す。 

 ここに着てからの日々を。

 俺が置き去りにしてきた感情達、俺が忘却に押し込めた罪。

 それらがこんな所まで追いかけて来て。

 

  俺は昴の声を聞いて、それで・・・


 やり直せたのなら、もう同じ過ちを犯すまいと。

 望めるのなら・・・今度こそ守りたいと。

 叶うのなら・・・答えを知りたかった。

 応えて欲しかった・・・自身の流した涙の理由を。

 

  だが・・・ 


 その応えだけでは俺の望む答えには届かないと感じていた、それはいつだって違和感だらけでノイズに塗れていた。


  俺の成すべき、事・・・

  

 そして、あの時見た夢を思い出し管輅の言葉が蘇り、ヴリトラの”引き込まれた”と言う言葉の意味が繋がるように思えた。

 「まずは知りたいんだと思う・・・ただそれが見ておきたいと思うんだ。ヴリトラ、お前はここに来る前に何か見なかったか?夢みたいな光景を」

 「夢・・・?んん~~見たような気もするようなしないような」

 「・・・どっちなんだよ」

 「実はさ、お兄さんを送った後から閻忠と会うまでの事あんまり覚えてないんだ。ぼんやりとしててなんだかおかしな感じで」

 「白昼夢・・・のような感覚だろうか。だがその様子だと何故俺と別々になってしまったのかもわからないか」

 「うん、ごめん。僕嘘ついた、なんでも答えられなかった」

 「いや、知りたいことは概ね知れた、助かったよヴリトラ。改めて御礼を言う、有り難う」

 それから礼と共に俯くヴリトラの頭を撫でるとそれを少しくすぐったそうにして再びその顔に笑みを戻した。

 それを見れて俺はヴリトラに答える事にした。

 答えてくれた対価として、先送りにしていたこいつとの約束を果たすと。

 それに俺とこいつのこれからを賭けて。






 ・・・




 ・・・・・・






 馬龍殿の告白に驚きはした。

 驚きはしたけれど、愕然するほどではなかった。

 私はもっと驚くべきを知らされていて、託された。

 変わらないその在り方に私の抱く思いは変わらない。

 それはやはり旅の中で知った事柄が大きい。

 沛国で、あの廃墟から再生された小屋の中で語られた事。

 まるで・・・馬龍殿は意識していなかったかもしれないし、これは私の勝手は思い込みかもしれない。

 馬龍殿はあの小屋を直す時のと同じように歩もうとしているのだと思った、”やり直し”と言う馬龍殿の望む道を。

 

  私の・・・空・・・

 

 天を貫くような空の色、その元で歩む旅路。

 時に雨に降られ、時に夕暮れに赤く染まり、それでも次の日・・・そのまた次の日には日の光と共に、月明かりの元にその色をつける、私だけの空の色。

 その空の下共に、私も歩みたい。

 その笑みの下、真に笑みを見せて下さる日々の訪れを願って。



 義真様と二人となるとその事についてお話しする機会が生まれた。

 私が思う気持ち、義真様が思う気持ち。

 此度の告白はそれを互いに打ち明ける良い機会だったのかもしれない。

 「馬騰殿は何を思い馬龍殿を実弟と言われたのでしょうか?」 

 「それは、紅ちゃんは私達以上に龍成さん知っているでしょうし、今度直接聞いてみないとはっきりとした事はわかりませんね」

 「・・・直接、ですか」

 「はい、今度は私達から。その時は閻忠さんに護衛をお願いしますね」

 「は、はっ、お供させていただきます」

 「ふふっ、では今後の対応も決めましたし。まずは龍成さんのお願いを聞いておきましょう。再びの友好の証として、秘め事を明かしてくれた返礼として、約束を果たすために」 

 「では、私は馬龍殿の頼まれた物を準備に行きます」 「よろしくお願いします。私は少々仕事が残っていますので準備が終えたら呼んでくれますか?」

 そう義真様は私に告げた、少しだけ馬龍殿に似た笑みで。

 


 義真様と別れ私は兵舎の方へと向かう。

 私達が屋敷の皆に説明するためと馬龍殿と別れ際に一つ頼まれた事があった。

 身分を偽り、その謝罪を口にした後に重ねて私達にそれを頼みを願い出るなど客観的に見てもそれは礼を知らぬ者のようだが、義真様も私も馬龍殿と言う人を知っている。

 義真様は否定の言葉はおろか、その理由も聞かず「はい」と答え・・・たのですが、その横顔から理由は既に分かっているようなそんな気がした。

 快諾ではなかった。

 そこに義真様の笑みはなかったのです。

 馬龍殿の頼み事、義真様の笑み、そして”約束”と言う言葉。

 それは皆一つのところを向いている気がした。

 ヴリトラ殿だ。

 あの場で唯一平静であったのがヴリトラ殿。

 馬龍殿は”婚儀”について話すと中々の取り乱し方をされたし、自身の出自を話される時も幾ばくかの心のゆれがあったように見えた。

 義真様は邸内の騒ぎの発端を話された時、それから馬龍殿の出自について聞いた時その心を動かしていた。

 それは私も同様で・・・でもヴリトラだけが驚く事も慌てる事もなかった、それを私の瞳が写していた。

 我関せず、と言う風にも見えるけれど・・・何かが引っかかった。


  ・・・ヴリトラ殿と馬龍殿


 私は心の中で二人の姿を描く。

 今にして見て、互いを相棒と呼ばれるそれは自然と感じられる。

 けれど、私がヴリトラ殿と最初に会った時何を思ったのか・・・。


  会わせてはいけない・・・何故そう思ったのでしょうか・・・ 


 確かにヴリトラ殿は強い・・・そうあの時目撃した瞬間に私などでも解かるほどに。


  ・・・危険、関するべきでないと思うほどに


 それは直感だと思う。

 何一つそれ以外の理由が思いつかない。

 けれど、強いて・・・言うのなら私は。

  

  ・・・あの時、あの瞬間に死を覚悟した

 

 だからだろう、身の程も知らずこの身を賭してヴリトラ殿に挑んだのは。

 

  ・・・馬龍殿を、守るために


 けれど、けれど結果だけを見れば私の早合点と言う所だった。

 お二人が出会い、あれほどまでに馬龍殿に懐いているヴリトラ殿を見れば誰だってそう思う。

  

  不安、だったのでしょうか・・・

 

 事情はまだ知れない事が多い、けれどあれほどまでに馬龍殿と伴にあって笑みを溢れ出させている姿。

 それを見れば逆に一人の時はその分だけ寂しさが勝っていた事でしょう。

 それを考えればあの時は極端な行動をしてしまったのかもしれない。

 そうしてヴリトラ殿について考え事をしていると既に兵舎は目の前で、己の足が止まっている事に気付いた。

 「おっ、姉御遅かったじゃんか」

 「何かあったんですか?皆さん忙しそうでしたけど・・・」

 その声に顔を向けると兵舎の一室、その窓から顔を覗かせる二人の姿。


  あっ・・・


 顔良殿と文醜殿、その顔を見て忘れている事を思い出す。

 「も、申し訳ありません。少々立て込んでおりまして・・・」  

 本当に申し訳が立たない、調査の報告とその護衛をしていただいた分の報酬を受け取りに行ったと言うのにすっかりと抜け落ちていた。

 「それってまだ掛かりそうなのか?金が入ったら斗詩と一緒に美味い物食おうと思ってたのに」

 「だ、駄目だよ、文ちゃん。閻忠さんも忙しいみたいだし」

 「うぅぅぅ~~、でもよ斗詩、昼我慢してんだぜ」

 壁越しに文醜殿の腹の音が聞こえた。

 そこにもう一つの影が顔を出す。

 「文醜許してやれ。こいつが忙しいのは仕方のない事。先程から兵が騒がしいのは馬龍殿がいるからだろう」

 「麹義殿はご存知だったのですか?」

 「いや何、兵舎を歩いていたらそのような話を耳にしただけだ。またなにやら面白い事をされているようだが、途中お前の名も聞いた。差し詰めその手伝いをしているのだろう」

 そう麹義殿は事態を的確に言い当てる。

 役を返上したとは言え元は我々をまとめて下さっていた方だ、その視野の広さは私が学ぶべきもの。

 「でもよ~おっさん。姉御から報酬貰わないとあたいら飯食いに行く金ないんだぜ」

 「おっさ・・・?!」

 「ちょっ、文ちゃーん」

 麹義殿は文醜殿の一言に絶句し、窓からその姿が崩れ落ちるのが見えた。

 中から顔良殿が「すみません」と何度も頭を下げる声が聞こえた。

 しばらくすると再び顔良殿が顔を出して申し訳なさそうに私を見る。

 「えぇっと、すみませんけどまだ時間って・・・」

 「お二人には申し訳ないのですが報酬を頂くにはもう少し時間が掛かりそうで・・・あっ、お昼でしたら確か屋敷にまだ数人分残されていたかと」

 「姉御、本当っ?!」

 文醜殿は半分以上体を窓から外に乗り出して問い掛ける。

 「えぇ、余分に作られたので、宜しければ・・・」

 「食うっ!!良いよな斗詩」

 「もぅ、でも文ちゃん堅苦しいの嫌だって・・・」

 「あ?そんな事言ったっけ?と・に・か・く、あたいの腹はもう我慢の限界だぁ!!」

 窓から乗り出した格好で雄たけびのような叫び声を上げる文醜殿。

 その光景に顔良殿は苦笑い。

 「顔良殿、今は文官達も少ないですしそれほど礼を必要としないでしょう。屋敷にご案内する前にこちらで必要な物を揃えさせていただきますので・・・」 

 止めていた足を進ませて兵舎に入ろうとすると文醜殿の声にそれをとめた。

 「待てよ姉御、あたいらも手伝うぜ。その方が早く飯食いにいけるんだろ?」

 「助かります、何分数が多いもので。では頼んでも宜しいでしょうか?」

 「おう、頼まれたぜ」

 文醜殿はからっとした気持ちの良い笑顔と伴に胸を大きく叩き、皆で揃って兵舎から荷を屋敷へと運び出した。



 お二人を厨房へ案内し残っていた厨士に余りを分けてもらうよう願い出て、支度が整った旨を報告に向かった、伝え忘れていた先日までの報告と共に。

 義真様は「ご苦労様です」と一言、それから馬龍殿には義真様から伝えられるとの事。

 それから私にその荷を調練場へ持って行くよう言われた。

 一先ず二度手間と言うところかもしれないそれに少し疑問を持つけれど一先ず調練場へ向かわなくてはいけない。

 今度はその旨を文醜殿達に告げに厨房に向かう。

 行ったり来たりと戻ってきてから大忙しである。

 厨房に再び入ると大した時間も経過していないと言うのにそこの光景は様変わりしていた。

 「あ~~食った食った」  

 そこにあったのは平らげられた皿の数々と空になった鍋、驚きに固まる厨士と腹が満たされ満足そうな文醜殿と顔良殿。

 厨士曰く、もしここが自身の飯店であったのなら恐怖だったと言う。

 それだけ良い食べっぷりだったのでしょう。

 私としては何度か見た光景だったのでそれほど驚くべきではないのですが。

  

  ・・・丁度良かったですか


 「おぉー姉御~、すっげぇうまかったぜ」

 文醜殿葉は私の姿を見るなり満足そうな笑みでそう言い満腹である事の意思表示なのか自身のお腹の辺りを撫でていた。

 「もぅ文ちゃん、行儀悪いからやめなよ」

 「良いじゃんか、ここにはあたいらしかいないんだし。それより姉御どうしたんだ?行ったり来たり・・・あっ、姉御もこれから飯なのか」

 文醜殿にはそこにいる厨士の姿が映っていないのかそのように言う。

 文醜殿の早合点に顔良殿は慌て厨房の有様を見渡す。

 「えっ、そうなんですか?!私達ここにあった物みんな食べてしまったんですけど」

 「いえ、私はもう済ませていますから。ただまた少し荷を運ぶため屋敷を離れるので、屋敷の出入りに侍女頼んでおきましたと伝えに来たのです」

 「なんだそんな事か。あたいら食べ終わったし、腹ごなしに姉御の仕事手伝ってやるって」

 「ただでお昼を食べさせてもらったしね。今度は何処までいくつもりなんです」

 無償で度重ねて手伝わせるのは引け目を感じてしまうのですが、二人の純粋な厚意を無碍にするのも申し訳ない。

 


 

 屋敷から半刻程度離れた調練場。

 荷馬車に乗せてそれを嘲風に引いて貰って来たのですが・・・。

 「遅かったな、閻忠」

 調練場には馬龍殿達が先にいて、私達を待っていたようだった。

 「お待たせしてしまいましたか」

 「いや、言ってみただけだ。俺の準備もまだ整ってないしな」


  準備ですか。この荷と関係があるのですよね。それにしては・・・


 違和感を払拭しきれないまま私はここまで来てしまった。

 乗せた荷は皆武具、剣と槍が五十、矢が百。

 調練場へと言われた時には武官が望んでいた鍛錬を馬龍殿が受けるのだろうと、けれど乗せている荷の中に弓がない事に気付いた瞬間嫌な予感が過ぎった。

 

  ”遊ぶ”


 ヴリトラ殿の言葉を借りればそれだ。

 実際にここに来てその証拠が揃っていて、否定するものが存在しない。

 ここにいるのは荷を持ってきた私達を含めてこれだけの武具を手にする人数ではなかった。

 「あっ、文醜も来たんだ。ん~~なんだか楽しくなりそうだよ」

 馬龍殿の傍でにこやかに笑うヴリトラ殿。

 「あくまで俺とだけだぞ。・・・麹義も良いな」

 「・・・はい。ですが次は本当に嫌われ役を任されてしまいますのでご自愛くださると嬉しく思います」

 「自身を愛せか、無理を言う・・・話を聞いた限り大丈夫だ、嫌われ役にはならないだろう。何かあれば任せるさ」

 「馬龍殿こそ無理を言われる。今一度と言われてももう役不足でしょう」

 「くくっ、それは一番の良い知らせだが、無理と言えば・・・」

 馬龍殿が体を解すその仕草を観察しながら会話をされる麹義殿。

 そして、馬龍殿は一先ず体を解されたのか動きを止めて私達の持ってきた荷を確認された。

 「すまないな楼杏。本当だったら頼み事など出来る立場ではなかったのに」

 「いえ、これは私の約束でもあります・・・それに誰一人立ち入らないとお約束した所、立ち合わせていただきますので」

 「それはまぁ楼杏が望むなら拒否は出来ないさ・・・ただこれ以上前に来ないでくれ。始まれば気にかけるだけの余裕がないだろうから」

 共に荷の中を見つめる義真様にそう答える。

 義真様と麹義殿はこれから何をするのか知っていてそれで馬龍殿と話されると思えた。

 ヴリトラ殿は笑みを見せていたと言うのにお二人とも神妙な面持ちで、私の予感をより一層に肯定していく。

 これから馬龍殿とヴリトラが一戦交えるのだと。

 けれど、何故これほどの武具を求められたのかと言う疑問は残る。

 「あの、馬龍殿。こちらは何のために」

 私は思ったままに問い掛けた。

 すると、馬龍殿は答える。

 「・・・作るんだよ」

 「何を、でしょう?」

 私は顔を蒼白させた、次に来る馬龍殿の言葉に。

  



 「戦場を・・・」



 

 それはここで聞くとは思いもしなかった言葉。 

 



 「俺の全力の出せる擬似的な戦場を作るのさ」




 もう一人の馬龍殿が私に忠告した言葉を破るかのように馬龍殿は自ら・・・それを口にされた。








 NextScene

 ++実現された約束、二つの龍++



 

 先に一つ、叫びたいので叫びます。

 ふぁあぁっぁぁぁぁぁぁぁ!!!!

 PCフリーズで消し飛んだ10k文(約3000字)を返してくれ!!!

 くそっ~~何度書いてもさっき書いたのと違う文字が並んでいる気がして違和感で、もやもやもやもやっ。

 小まめにセーブしていたつもりで再起動させてみたら結構な量が・・・凹みます。

 セーブしていなかった状態で宝箱を空けたら裏ボス出現で全滅した記憶を思い出します。 

 

 

 と、愚痴はここまでで


 後は一話でここを切り上げ・・・られるか。

 これが終われば一息入れて短いものをこまごまと。

 人が増えれば文字が増える、これからの課題でしょう。

 最小の文字で最大の効果。

 まとめて必要な言葉を・・・いつもながら書きすぎ症候群なのでしょうが、引き締めていこう。     

 


 さて、書いてしまおう、それで次にいける。

 次話を書こう。ちゃんと小まめに保存しながら

 




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