思いを知らせ
++伝言伝心、それは願い故++
東の空がほのかに明るさを得る頃、ようやくと目的の丘が見えてきた。
一刻半と言われた道を倍以上の時間かけてしまったのだとそれは告げた。
丘の方に居るのは盧植殿と程銀殿、その脇に嘲風たちが座しているのが見えた。
・・・馬龍殿はまだのようですね
その事実に安堵したような、少し構えすぎた気持ちを撫で下ろした。
丘に着くと二人に遅れた事を謝罪する。
「予定よりも遅くなり、お待たせして申し訳ありません」
「いえ~、もう少しかかるかと思いましたし、馬龍さんもまだ戻っていませんから」
「そうでしたか。私は途中足を止めていたので馬龍殿の方が先に着かれているものかと思っていたのですが大丈夫なのでしょうか?」
周囲を窺ってもやはり馬龍殿の姿はなかった。
「ん~~、あたしは馬龍だし大丈夫だと思うけど」
「ですが、あそこは・・・」
「閻忠さん、何かあったの?」
「いえ、えっと、その・・・なんというべきでしょうか」
私がした奇異な体験を口にしようとしたが、ふと谷に入る前怯えていた程銀殿を思い出し言葉にするべきかと言いよどんだ。
すると、私よりも先に盧植殿が口を開く。
「閻忠さんは見えたようですね」
「・・・はい。私の迷いがそこにありました」
それはあそこに何があるのか知っている口ぶりだった。
元よりここを紹介したのが盧植殿だ、あれがあるからこそきっと私達をここへ連れてきたのだと思うけれど・・・。
「盧植殿の言う通りここに来なければ私もあの中の一人となったかもしれません。悔いを残すという事は即ち自身の忠義を偽る事なのだと、あの方の傍で黒の空を見上げるわけには行きませんから」
「黒の空、ですか」
「悔いで見上げる空は黒になる、私にそう教えてくれました。あの方と見上げる空は青でいて欲しい、率直にそう思うのです」
「うんうん、青空の下で食べる馬龍のご飯は美味しいもんねぇ」
「い、いえっ、程銀殿。馬龍殿の料理とは関係・・・ないわけでもないですが、それだけというわけではなく私は、私と共にいてくださる方々と見上げる空を言っているのであって・・・」
「ふふふっ、確かに青空の下で馬龍さんのご飯を皆で囲むと言うのはは魅力的です。その時は是非風鈴も混ぜてください・・・と噂をしていれば」
微笑む盧植殿の声にそちらを見れば谷からこちらへ向かってくる人影。
近づいてくるその姿、やや大きめの外套を羽織り、そのうちに見える黒の衣装、歩を進める足には硬い皮で作られた靴を履き、次第に見えてくるヒビのような傷を持つ顔。
それは霧の中で見た姿と同じだと言うのに何故か酷く懐かしいと感じる姿だった。
「・・・万が一、ですか」
不意に横いた盧植殿が呟く。
その言葉にまさかと勁測を試みる。
あの霧の中で出会った影が馬龍殿ではないと感じた時に行った勁測ではぼんやりとしたものしか感じ取れなかった。
それゆえに実体のない影なのだと確証を得たのだが、今回こちらへ近づいてくる馬龍殿にはしっかりと勁力を感じる。
踏み出される足は普段よりも少々冷たい感覚があるもの、物のついでと道中鍛錬している時は同じように力の抜けた歩き方をしていた。
それらの事を考えればあの谷を霧の影がこちらに来た、という私の憶測は否定される。
では、何が・・・
私の考えを否定しても、盧植殿の微笑を曇らせた理由が存在する。
「盧植ど・・・」
「馬龍、おかえり~♪」
盧植殿の言葉の真意を聞こうと口を開けば、それを遮る程銀殿の声。
見れば既に馬龍殿は手の届く所まで着ていた。
「・・・」
馬龍殿は程銀殿に答えず、ちらりとそちらを向くだけ。
いや、少し笑っただろうか、何か違和感を感じさせる表情をした。
そして、私たちの前で立ち止まると盧植殿が馬龍殿に問いかけた。
「馬龍さん、どうでしたか。天意の一端、それは見る事が出来たでしょうか?」
「いや、だがここに来れてよかった、そう思う」
「何を見たのですか」
「自身の業の深さを・・・自身の情けなさを知れた」
馬龍殿の視線は一瞬盧植殿から外れ空を見た気がした。
儚げな、哀しげな、自嘲するような顔で。
「どちらにしてもつまらない、いらない事。もうここで見れるものはない・・・。待たせた俺が言うのもおかしいが朝が来る前に戻るとしよう」
「わ~~い、帰って馬龍のご飯だぁ」
暢気と言うべきか普段どおりの程銀殿は降ろしていた荷を乗せにこの場を離れ、それを気にする様子もなく馬龍殿は私の脇をすり抜け自身の荷に手を伸ばす。
だが、その手が突然止まると遅れて盧植さんの腕が荷と馬龍殿の間に差し込まれる。
「何を?まだ何かここでするのか?」
「いえ、特には。ただ戻る前に少しお話をしませんか?」
立ち塞がるように体を入れ、馬龍殿は一歩下がる形で盧植殿に視線を向ける。
「・・・盧植さんが何を聞きたいのか、俺には想像できないが」
「夏の風、風鈴は大好きです」
「対面したばかりの時も聞いたが・・・?」
それは私も聞いていた。
あの時、お二人は確かめ合うような楽しむようなやり取りだった。
「春の穏やかな風も、秋の爽やかな風も、窓から吹き込むその風はとても心地良いもので風鈴は好きです。ですが冬の風はあまり好きではありません。吹き込む寒風は家中を冷やしてしまいますから」
けれど、今回はどちらも表情に笑みはない。
そして、盧植殿はまた何か別のものを比喩しているのだと思えた。
「・・・そういう事か」
馬龍殿はなにやら納得したように呟いた。
「お二人ともどうされたと言うのです」
「・・・さて、どうしたものかな。このままじゃ分が悪い、か」
馬龍殿は私の言葉に返してそう言ったのか。
ちらりと私の方に視線を向けるが再び盧植殿を見つめる。
その視線に私の頭にちらつくのはあの谷で起きた出来事。
「・・・馬龍殿」
「何だ、”お前”も何か話があるのか?」
「私の名を呼んでいただけませんか」
目の前にいるのは間違いなく馬龍殿。
だから、聞きたかった。
脳裏をちらついた悪感を晴らすために。
けれど、馬龍殿は私の望みにこう応えた。
「・・・今、それに何の意味がある」
っ・・・!!
馬龍殿がそう応えたのと同時、私の剣が宙を舞う。
「そんなに心が揺れていては意味がない」
聞きたくない答え、その応えに咄嗟に手にした剣は弾かれ馬龍殿の後方に突き刺さる。
「っ・・・」
一番想像したくない事だった、けれど事実私に応えた馬龍殿、目の前にいるのは見た事もない表情をする馬龍殿だった。
「貴方は何者ですっ!」
「俺は俺だ。俺の名を忘れたのか?」
「知りません。私は貴方の名を聞いていませんから」
無手のまま盧植殿を庇うように前に立ち構えを取る。
「これでは予定通りにはいかない、か。・・・くくくっくはははははっ」
笑うなっ!馬龍殿の顔で、馬龍殿の姿で、そのような嘲笑い方をするな!
そう口にしたかったがその余裕はない。
目の前の馬龍殿の姿をした者から勁力が膨らんでいくのが見える。
私が出来たのはそれを警戒し、睨みつけるだけ。
男は私の視線に気づいたのか笑い声を止めて、沈む瞳で私を見返す。
「そう睨むなよ、それじゃ嫌われ者のようじゃないか。いや、”こいつ”がそれだけ好かれたいたという事か」
「すっ、・・・いえ、今は関係ありません。それよりも貴方は馬龍殿ではないのですね」
「違うと言えば違う。そうだとも言える。だが俺が馬龍と言う名を名乗ったことはないな」
「禅問答をするつもりはっ・・・」
「そんなつもりはないが、そこの賢人は今ので分かった様子だぞ」
予想外の答えに男の警戒をしつつ盧植殿を覗えばその表情を変えることなく男を見つめていた。
否定しない、私が読み取れたのはそれだけだった。
そして、盧植殿は言葉でも男の言う事を肯定する。
「えぇ。可能性として貴方と言う存在ありきで風鈴はお二人をここへお連れしたのですから」
「っ?!そんなっ・・・」
はっきりとした肯定を耳にし、私は驚きのまま盧植殿の顔を見ていた。
理解しようにも何故、どうやってと言うのが前に出てしまう。
「こいつも理解したのはついさっき、俺と会って俺を自身だと認めた事で何をされたのか理解したのだがな」
男は私の疑問を浮かべているのを理解しているかのように説明を始めた。
「言葉で言ってしまえば簡単な事。最初に本心、本音と言うものを開きやすくするためわざわざ敬語を封じた」
「あれはそのような意味が・・・」
盧植殿の屋敷に招かれてすぐの事だ、盧植殿自身がそうするようにと言われていた。
陳珪殿、董君雅殿の時と同様の思いなのだと思って指摘をしていたけれどそのような意味があったのかと感心してしまう。
けれど・・・
疑問は残る。
「次にあの谷に立ち込める数多の陰気それを利用しての先入観による刷り込み」
先入観・・・
”くだらない偏見”以前馬龍殿がそう言っていたものだ。
盧植殿が道中で語られたものはそのような意を持って口にしたのか、それを私たちは信じていたがためあの谷にいる者がで奇異な体験をし、今まさに馬龍殿はその只中にいるのだろう。
男は・・・馬龍殿の声で語り続ける。
「そして、実際にあると思いもしなかった、幽冥なる者たちの雑念。それが揃って初めて目に見える形で己と向き合う、それと向き合わせるという算段だったのだろう」
「はい・・・、ですが貴方は風鈴が危惧していたものと違うように感じます」
「いや、合っている。貴方が危惧すべき存在だよ、俺は。俺はこいつとは違う、だが一時だけこいつに協力してやろうと思ってここへ来た」
男はそう言うと静かに私に向き直ってその瞳を・・・漆黒に包まれた瞳を私に向ける。
「俺はお前に用があった」
「私ですか?」
「あぁ、こいつが師匠の真似事をしてまで力を与えるお前に俺は警告しておくべき事があった。こいつは恐れているようだから俺が代わりに伝えてやろうとな」
何を警告をするというのか、馬龍殿ならこのような代弁でなく言葉にされるはずこれに耳を貸す必要はない。
だが、男の言葉を私は待った。
馬龍殿が恐れているもの、それが気になっていた。
「否定の言葉はないか・・・助かるよ」
ふと男は小さく笑った。
それは馬龍殿がする笑みに少し似ている気がした。
そして、男は私に告げる。
「お前はこいつとの縁を切るべきだ、今すぐにでも」
「なっ?!!」
「こいつの言う言葉に耳を貸す必要はない。元よりお前の存在はこいつには必要ないのだから」
言葉を失った。
問うべき言葉も、それを否定する言葉も、私自身告げられるとは思いもしなかった言葉に戸惑い咄嗟に出てこなかった。
そして、不甲斐無くも盧植殿が代わりに口を開いた。
「理由を、お聞かせ願えませんか?」
「こいつはいつか必ず裏切るからだ。どれだけ言葉にしようと、どれほど魂に杭打とうとも”俺達は”その因果から抜け出せないのだから」
何を言葉にしているのか私にはさっぱり分からなかった。
けれど、わかるものはある。
この方は・・・
「裏切り、裏切られ。それは裏に生きた俺の運命にして、それしか生き方を知らない俺達の道の果て必ず訪れる。そんな俺の傍にいればお前もその望むものに裏切られ、裏切る事になる」
私は旅の中その言葉を耳にしていた。
”裏切らない”
そう言葉にする時の表情に偽りを感じた事はない。
むしろ、その言葉を誓いとしているようだと感じていた。
それを男は真っ向から否定する。
それは今まで馬龍殿が口にしてきた人々を裏切るつもりでいる、そう言っているように聞こえる。
その中に私もいる、だが馬龍殿からそれを言われているのは私だけではない盧植殿にもそう言葉にしていた。
では、何故男は私だけに告げるのか。
頭の中で男の真意を探ろうとしても答えはない。
あるのは寂しげな顔で言う男は馬龍殿と似ている、その言葉は背中合わせだというのに似ていると感じる、それだけだった。
「何故、私にそのような・・・」
「こいつのせいで望みを絶つのは間違いだ。もう、これ以上こいつに巻き込まれる人間を見る必要はない。こいつの自滅に付き合うのは・・・俺だけで良い」
そうか・・・そう、だったのですか・・・
男の言葉を聞いて納得できた。
「本当は気づかれず、気づかせたかったんだがな。俺がどれ程お前に不要なの・・・」
「馬龍殿っ!それは違います!」
「?・・・違うと言ったはずだが、それとも名を呼んでこいつを起こそうとでもしたのか?」
私などが呼びかけて元の馬龍殿が目を覚ますのであればそれも良しと出来るかもしれない。
けれど私が呼びかけているのは違う。
「私は貴方を呼んだのです、馬龍殿と」
「それは俺の名ではない、俺の名は・・・」
「いえ、馬龍殿ですよ、貴方も」
「・・・・・・」
私がそう断言すると片目を閉ざしてこめかみを指先で撫でた。
その仕草は私が良く知るものだ、程銀殿がわがままを言うと決まってそうして考え込んで・・・。
「私は貴方を馬龍殿だと思えました。何者だと失礼な事を申しましたがやはり貴方は馬龍殿。本当に・・・どこまでも馬龍殿です」
どこまでも、どこにいても、どれだけ否定が並んでも、目の前にいるのは馬龍殿に変わりなかったのだと。
私は私の心と対峙できた事で理解出来る、例え馬龍殿自身がそれを認めていなくても。
「・・・俺の説明では足りない所があったようだ。貴方から分かりやすく説明してもらえないだろうか?理解してもらえないと俺は言葉でなく行動でしなくてはいけない」
「風鈴には分かりません、何を説明すれば良いのか。閻忠さんが貴方を馬龍さんと呼ばれるのです、数日しか過ごしていない風鈴ではそれを否定する事は出来ませんよ」
そう盧植殿が口にすると、目の端が細まってそこには不機嫌さを現していた。
「あんた、わかっててそれを言うのか」
「はい、貴方の瞳は確かに風鈴の知る馬龍さんのものではありません。ですが・・・」
盧植殿は告げる、私が感じたそれを。
「その瞳”凶”の字に非ず。貴方の言う因果と言う物を風鈴は肯定も否定も出来ません。それでも貴方は閻忠さんにとって変わらずと、知るままの姿に映ったのかと思います」
「そうか・・・こいつが苦労するわけ、だな」
呟くようにただ一言それを口にすると目蓋を閉じ自身の胸を鷲掴みにした。
「どこまでも、どこにいても、どれだけの時間が経とうとも、こんな・・・果ての世界だというのに」
胸を掴むその手には力が篭る、まるでその奥にある物を握り潰すかのように。
「だが、やはり駄目だ。それだから駄目だ。俺はもうこれ以上・・・愚者で在り続けるわけにはいかない」
「・・・真に愚者は、己がためだけに悩むのです。馬龍殿、貴方は今もまだ私達の事を思って言葉を尽くしてくださいます。貴方は愚者などではありません」
「っ・・・・・・」
私の言葉が通じているのか、その手に更に力が加わる。
そして、それを見ると私の中のそれは勝手に口から零れだす。
「貴方は、私の憧れる馬龍殿です。私には仕えし主がおります。ですが、この旅の中で何度思ってきた事か、貴方を守りたいと」
在りのままに、心のままに。
この旅で感じてきた事を・・・。
「どんな道を歩まれてきたのか私には分かりません・・・ですが、やり直せば宜しいではないですかっ!馬龍殿もそれを望んでいたではありませんか!その望みを私に語ってくれたではありませんか!私は裏切りなどと言う理由で貴方との縁を切る事は出来ません!馬龍殿の望みは私の望みでもあるのですから」
震える程にに入れられた力が抜け、その腕はだらりと垂れ下がる。
私の言葉が届いた・・・そう思いたかった。
けれど、私の思いは届いていない、そう思えてしまうほどに力ない眼光が私を見つめる。
「あぁ、少し後悔だ・・・こんな身体のままでいるから悪いんだな。心が身体に惹かれていく」
寒気がするほど冷たい一言だった。
それがどのような意味を持つのか理解できずにいるが、目の前の風景が凍りついていくのが見えた。
「・・・もう時間はない、か・・・しょうがない」
熱が生まれる、周囲の温度を奪うかのようにその中心に熱が集まっていく。
「くっ・・・ぅぅうぁぁぁあああああっ!!!」
「「っ・・・?!!」」
雄たけびと共に寒風と熱風が入り混じる風が吹き荒む。
これは私だけに写るのだろうか、膨張していく勁力がその身体を赤々とした光りで包んでいく。
灼土のようになる身体はそれでもまだ熱を奪い続け、次第に聞こえ出す異音。
爆ぜる音、砕ける音・・・そして、その音が何を持って起きるのかを目にした。
身体を抱え込むように抱く姿が熱と共に大きくなっている。
そして、熱を保ったままゆらりと姿勢を正し、それは私達の前に現れた。
それは大きく呼吸を吐き出すと己の身体を確かめるように眺めていた。。
「少しは死に損なった甲斐があったか」
「っ・・・・・・」
私はまだあの谷の中に心を残していたのだろうか。
そう思うほどにその光景は奇妙なものだった。
「何と言うのか、死勁効果と言う辺りか。肉体は魂に魂は肉体に呼ばれ、呼び込み、呼び出される・・・元通りとまではいかないが許容範囲だ」
私とそう変わらない高さの瞳だった、細かく言うのなら若干低かったはずだ。
それが頭一つは上にある。
四肢にまで広がるヒビのように割れた皮膚からは赤い肉が広がる。
顔に残される傷は更に顕著だ、頬には大きく赤い墨で引かれたようなものが浮かびかがる。
「・・・何を・・・貴方は、一体・・・」
自身の肉体を確かめるように見、幾度も手を握り返しているその姿に言葉を呟いた。
「ん?あぁ、言っても理解できないだろうが、これが本来の姿。まぁ、まだ少し足りなかったようだが。俺はこれで俺を俺と認識出来る・・・これでもう少しは持つだろう」
本来の姿・・・
答えられた通り理解出来るものではなかった。
けれど、納得できてしまう姿だった。
今までよりもその姿は納得のいく姿だと思えてしまった。
「・・・馬龍殿」
「まだその名前で俺を呼ぶか。この姿になっても尚」
今までは歳のわりに小さな体躯だと感じていた。
その姿に似合わないほど達観した物言いをされると思っていた。
それの違和感がこの姿を見て埋められた。
この姿のまま出会っていれば何一つの疑問も持たずそれと受け入れていただろう。
そして、小さな笑みを浮かべる姿は馬龍殿に他ならないとそう感じた。
「忠告するべきはした。だがもう一つだけ教えておかないといけない・・・んだが、そろそろ出てきたらどうだ?」
そう言うと私の後方に向かって手招きをした。
すると、私の背から影が覗き出る。
「あはははっ、バレてた?」
「ここまで身体が戻れば二度同じ徹を踏む事はない。それに今回はその世話になるような事をしないから安心しろ」
私の背後から完全武装した程銀殿が現れた。
その両手には鍛錬の時に使われている折り畳みの盾ではない、見たことのない形の盾を二つ。
「さすがと言うべきなのか。俺に気づいていて気づかないふりをしていたか」
「さぁ、何の事だろ?あたしも閻忠さんと同じだと思うよ、馬龍。それであたしにも何かあるのかな?」
「・・・特に、言うべきはない。だが俺の邪魔をされるのは困るのでな」
「あたしは馬龍の邪魔をした事なんて一度もないよ」
「「・・・・・・」」
どの口がそれを言うのだろうかと私達は言葉を失っていた。
「えっ?あれ、閻忠さんあたしした事ないよね?」
「えぇっと、ですね。それはその・・・」
「えっ?あたし邪魔・・・してた、かな?」
苦笑いを浮かべる程銀殿だったが私にそれ以上言える言葉はなかった。
「なんともお前達には助けられているようだ。おかげで俺と会うまで余計な事を考えずにいられたんだろうな」
呆れるように笑い、話を続けるそれはいつも通りに近い対応だ。
「少し話がずれた。仕切り直しにもう一度言う、こいつとの縁を切れ。弧であればこそこいつは全力を出せる。振り向くことなく、ただ生を突き進み死へ向かうための、最短の道を」
再び真面目な顔を取り成して私に語りかける。
それは先に言われた事の焼きまわしではない。
その言葉を想像すると酷く現実的に見える。
けれど、私が返す言葉を変える事はない。
「・・・出来ませんよ、貴方を一人にする事など」
「そうだよ、一人で食べるご飯はつまらないよ。馬龍のご飯は冷めちゃっても皆で食べたら美味しいんだから」
同意するように程銀殿も答えた。
この方は、本当にらしさを失いませんね
「そうか、答えを変える事は出来ないか」
「はい・・・」
「じゃあ、これが最後だ。俺が・・・いや、こいつが戦場に立つ時は俺達を人と思うな」
私はその言葉に少しだけ思い当たる部分があった。
それは何度か感じた事がある、それが特にそうだと思えたのが幽州に入ったばかりの時だ。
賊を一人で退治した時、あれはきっと鍛錬とは違う顔を見せていたのだろうと思っていた。
それは程銀殿も感じていたと思うけれど小首をかしげて普段通りの振る舞いをされる。
「ん?どう言う事?」
「言葉の通り、俺達は人として戦場には立たない。どれだけ虚勢を張ろうと、どれだけ綺麗事を並べようと、俺達は獣になるだろう」
静かに沈んでいく瞳はとても冷たかった、それを私は哀しく感じた。
「猟犬と呼ばれた一匹の獣。獣に情を求めるな、獣を殺す事を躊躇うな。その足が止まる時まで大切な者が傷ついている事に気づけない狂える獣だ。その事だけは忘れるな、こいつの傍にいると言うのなら・・・俺たちを人だと勘違いするな」
それで以上だと言わんばかりに私達に背を向け空を見つめる。
「馬龍殿・・・」
その背中があまりに儚げで思わず口からその名が漏れていた。
けれど、その顔をこちらに向ける事はなかった。
「俺が伝えるべきは・・・まぁ、伝わっただろう」
「しかし、私はっ・・・」
「もう俺に答えられる言葉はない」
私の抗議の声は一言で閉ざされ、次の言葉の意味を探る事になった。
「・・・蔵の鍵を無理やり開けようとする輩がいるらしい、恐らく焦れたのが独断で動いたんだろう」
「それはっ・・・?!」
不意に妙な言い回しをしたと思えばそれに即座に反応を見せたのは盧植殿だった。
蔵の、鍵・・・まさかっ?!
盧植殿が反応した事で遅れながらも蔵とは何を指しているのか理解した。
そう思考が巡っていると・・・。
「少し気が立っているな、質の悪い傭兵でも雇ったか。今は蔵の場所を探しているようだが俺が不在だからと引き下がりそうにはないが・・・」
まるで傍で見ているかのような言い方をする。
だが、馬でも一刻は掛かる、多少小高い丘だと言っても見えるわけがない。
元からそれを知っているのなら馬龍殿がそれを言わずにいるだろうか。
けれど、その言葉を信じるだけの経験を私はしている。
「問いかけたい・・・例え、誓いを立てたとしても周りがそれを許さない。あんたはそれをどう思う」
「っ・・・!!」
こちらへ振り返るその顔を見て私は全身から血が抜けてしまったかのようだった。
そんな顔を私は見ることなどないと勝手に思い込んでいたせいだ。
その武は高みに、その知識は広く、その思いと心は大きい、そんな彼の姿を知っていたから。
「っはははは・・・俺には分からないんだ。俺にはなんで聞こえなかったのかな、今もまだこの因果を持つと言うのになんで。あいつはやっぱり俺を許してくれないのかな」
力のない顔で乾いた笑いを浮かべる、それは今まで見てきた笑みとは違う。
これが・・・貴方のなのですか、馬龍殿
そう私が事実目の前の笑みの正体を知ると同時に少し哀しげな表情で盧植殿は返事をした。
「・・・許す事はないでしょう」
「そうか・・・」
盧植殿の答えに寂しげに呟く。
そして再びその顔を街の方に向けようとすると盧植殿が語り始め、その瞳は盧植殿を再び見つめた。
「貴方は優しい旅の人、一度一夜の情けを載せ、その心任せたれば、その方に許しを請うのでしょう。ですが全て貴方の望みで行われる事象ではなかったのでしょう。ならば許しを請う事こそその方は許せないのではないでしょうか」
代弁する言葉はまるで歌のよう。
その言葉に私は短い旅の記憶が蘇る。
もし・・・馬龍殿が言うような”裏切り”の形があったのなら私はどう感じるのだろうかと。
「季節の風に流されて年巡るのです。風鈴は冬の風は好きではありません、ですが嫌う事も出来ません。それあるからこそ冬の後に春が来るのです。ですから風鈴が貴方を招いた事を後悔する事はありません。もし、そのような事を思うのでしたら先に周囲の状況を見落とした事を嘆くでしょう」
静かにその瞳を閉じて数瞬、盧植殿の言葉を反芻していたのか小さく一度頷いて呟いた。
「・・・・・・そうか」
風が吹いた。
その風は馬龍殿の外套を棚引かせ、頬のそれを拭い取るようだった。
「有り難う・・・。それでも抗うのが今の俺、なのかもな。それがお前の望みなのか・・・昴」
呟く言葉は誰に向けたものなのか、その言葉を聞いた私はこの場に来るまでに決めていた思いが強くなった。
「少しは納得出来た、俺が勘違いしてしまう理由が・・・なら、今はまだ勘違いさせておこう。それが望みを繋ぐのだろう、だが今街に潜む賊、それは要らないものだ」
そうして、一歩前に踏み出していく。
私たちから遠ざかるように。
「馬龍殿っ!!」
「夜が明ければ俺はこいつの影に戻る。穏便に、密やかに、あれらには俺と共に影の中に戻ってもらうだけだ。その後の事は任せる」
それだけを言うと踏み出していく歩は突如に加速し、疾走になり、風となる。
駆け行くその背は地平へ・・・。
私は、貴方を・・・
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
深い、深い夢を見た。
もう一人の俺が見た夢。
あの時、俺に言った事を理解した。
北郷一刀・・・その存在を知る事になった。
確かに戦いの世にいてあんな生き方を選ぶ事は出来ないだろう。
いや、その前にその選択肢は現れない。
だからだろう、俺とは正反対の存在だと感じられたのは・・・。
けれど、この世界に落ちてきた理由はその中にはなかった。
このまま夢を見続ければ・・・そう思っているとその世界にノイズが走る。
そして音だ、音が夢の世界を砕いていく。
何か慌しい物音に意識が引き戻られた。
目を開くとじわりと光りがにじむ。
「あっ、馬龍起きた?」
まだ光りに慣れないながら聞こえてきたのは程銀の声。
軽く身体を起こし見渡すとそこは盧植さんの屋敷で俺が使っていた部屋だった。
「・・・何があった」
「ふぇ、にゃにかいっふぁ?」
「いや、色々言いたい事があるが、とりあえず食ってるものを飲み込め」
何故か俺の部屋で食事をしている程銀。
夢を見ている間、その代償としてその間の記憶がない。
一瞬でそれが通り過ぎていたのなら俺はまだあの谷の中にいたはずだ。
「んぐっ、で何?馬龍もお腹すいた?」
「はぁ~~~しょうがな・・・?」
いつも通りの能天気な返しに呆れて、ふとこめかみに手を当てようとした時だ。
「なんだ、これ・・・また身体が・・・」
成長している、視界に入った自身の掌が大きくなっている。
それは西涼で起きたそれよりも顕著で一目で分かった。
自身の伸ばした腕を試すように動かし手を握っては開きその事実を確認した。
なにが・・・、っまさか・・・?!!
「程銀っ!!何があった!!いや、閻忠は、盧植さんは大丈夫なのか?!!」
「ふえええぇっ?!何?何っ?!とりあえず落ち着いてよ」
巡らせる思考、俺の成長のきっかけ、それを考えれると何が起きたのかそれを知らずに入られなかった。
「お前、この姿の俺を”馬龍”と呼んだよな。俺に何があったか分かるんじゃないのか」
「ええっと、馬龍がなんかよくわからないけど、ごごごごってなって、ぐわーーっと」
「・・・」
こいつ今まで報告はどうして来たんだ・・・?
要領以前の話だ、擬音が多すぎる。
「その説明だとさすがに分からない、とりあえず、だ。あの谷から今まで何か危険はなかったか」
「あぁ、それなら大丈夫だったよ」
「だった?」
過去形でいるのなら何かがあったのだろう。
それでも俺自身が危害を加えた事はなさそうだと一つの安堵を得た。
「うん。盧植さんの屋敷に来た賊を裏馬龍がやっつけてくれたんだよ」
「裏、という事は寝ている間はあいつが俺を支配していたのか。それに俺でないとお前達に伝えた」
「そう、なんだか閻忠さんと盧植さんに難しい話してたけど。あたしじゃ分からなかったよ。あっ、でも今の馬龍が表だっていうのは分かるよ」
本当にいつまでこの調子でいるつもりなのかと内心毒づいていたが、こいつが猫を被っている間は事態は正常なのだろう。
「・・・閻忠はどこだ?」
「閻忠さんはいないよ」
閻忠が裏となっていた俺を見ているのなら細かい説明を聞けると思っていたが程銀から不在を告げられた。
「・・・安定に戻ったのか」
「そう言ってたよ。いつ目を覚ますか分からないし義真様が心配するって」
「まぁ、そうだな。今のあいつなら俺が寝ているだけだと勁力で理解できるだろう。しょうがないな、俺はどのくらい寝ていたんだ」
見れば今は日が高い、そして程銀が食べていたのは昼飯なのだろう。
一晩で見れるほど短い夢ではなかった。
それに閻忠が起きるのを待たず行くのならそれ以上の時間がたっているはず。
聞けば程銀がその日数を指を立てて数える。
「えっと、いー、ある、さん、すぅ・・・四日と半日かな。寝すぎだよ馬龍」
お前に言われるとは・・・
寝起きで何度目かの溜め息が漏れる。
「一先ず、盧植さんのところに行くか」
「ん?盧植さんもいないよ」
一先ず寝台から立ち上がるとその足を程銀の言葉が止める。
「は?何があったんだ?!」
「馬龍は起きてからそればっかりだね。なんだったけ、昨日から賛ちゃんの家で話があるって出かけたから、戻るのは明日辺りになるって」
現状の詳細がわからないという気持ち悪さをそれまで抱えていなければいけないらしい。
しょうがないと、擬音交じりの説明を一先ず聞くと大まかな流れだけは理解した。
あの時あいつが俺にした事の理由と言うには違和感があるが、それでも今こうして俺に主導権を返した事を思えば約束の時まで俺は俺のままでいられるはずだ。
イレギュラーではあるが身体も記憶にあるものに近づいている、それはきっと俺の知らない力をあいつが行使した結果だろう。
それは俺の知りたい事のひとつだ。
だが、それを問い質す事は現状出来ない。
あと気になるのは・・・
「ねぇねぇ、馬龍」
「なんだ?もう昼飯は食べたろ、夕食には早いぞ」
起き抜けの思考がようやく回りだしたところで俺の袖を程銀が引っ張る。
「違うよ~、あたしだっていつもご飯の事ばっかりじゃないんだから」
程銀は少々機嫌を悪くしたのか頬を膨らませてそっぽを向く。
それはいつものとおりのやり取りですぐに程銀は普段どおり軽い笑みを戻し俺に向き直る。
「ちょっとさ、街に行かない?盧植さんが戻るまで生徒さん達は来ないし、留守もお手伝いさんがいるからさ」
「特に用もないが・・・」
「李堪が話があるんだって」
「あいつか・・・わかった。考えればあまりこの町の様子は見てなかったな」
都合が良いのか悪いのかを別として、この風貌の変化はこの町を歩くには便利に働く。
起きぬけのせいか、度重なる身体の変化のせいか、馴染まない体を確かめながら程銀の案内の元で李堪と合流した。
李堪は開口一番、程銀に対して怒鳴り声を上げ、その直後に俺の身体を見て困惑の色を見せた。
俺の容姿の違いに説明を求められたが、俺自身詳細を知らないので程銀に任せると怒り顔で呆れ顔を浮かべ納得・・・というよりも諦めてくれた。
そこから一先ず気を取り直して李堪の話が始まる。
主だった内容は俺の頼みの部分、律儀にもそれを伝えるためだったらしい。
けれど、その話の毛色が変わりだす。
「・・・それはどう言う事だ?」
「俺にもわからん。ただ、官の連中からお前の名前を聞かなくなったと言うのは事実だ。恐らくはお上の方針が変わっただろうな」
「それにしても、急だな。・・・賈クが上手くやってくれたのか」
推察するのであればそれ以外に考え難い。
けれど、違和感は拭えない。
先に程銀が言っていた賊、それは俺を狙ったものだと思える。
意思統一が上手くいっていないのか、それともそれだけ統制が崩れだしているのか。
どちらにせよ、良い兆候とは言い難い。
「賈ク、とは誰だ?」
「あまり探るなよ、あいつには苦労をかけているんだ。それより常山と渤海に出している奴等は引き上げたのか?」
李堪は眉間に寄せた皴を指先で撫でる。
気苦労を掛けさせられてる者として心情を理解したのか賈クについてそれ以上聞かず俺の問いに答えた。
「その事もあって直接確認したい事が出来た。お前の頼みで収穫状況も調べつつだったため、しばらく様子を見ていたんだが三日ほど前だ。常山に送り出した隊が負傷した、幸い死に至らないがほとんどが重傷だ」
「えっ、ほんと?!」
驚きの声を出したのは程銀。
李堪と同じ主の下にいるその隊の錬度を理解しているからだろう。
「あぁ、そこらの賊に後れを取る連中ではないんだが、俺が様子を窺いに行った時には既に事終えた後。あと少し遅れていれば危なかった。生かさず殺さず、あれは人の所業には感じられなかったよ」
語るその瞳は憎悪、苛立ち、脅威を目にした時のそれだ。
「目を覚ました一人から聞いた話だと相手は一人、その後南方へ姿を消したと言う。何か心当たりないか?」
「・・・何故それを俺に聞く」
「常山に行く指示を出したのはお前で、何よりお前の情報を流している最中で起きた。あいつらには身分を隠し、他郡と諍いを生まないよう厳命している。狙われる謂れはお前以外にない」
「俺が仕掛けたとして、何の利もない。逆に俺を理由に狙われたとして、負傷させるだけでは合理性に掛ける。他に何か情報はないのか」
「貴様っ・・・だが、そうだな。確か人の名を・・・」
明らかに苛立ちを俺に向ける李堪はふと一度視線を下げ顎に手を当て考え込む。
「・・・りゅ、せ・・・そうだ、りゅうせい。龍成と言っていたか」
なっ・・・?!!
思わず声が漏れるのを堪える。
それは李堪は思いもしない名、俺の名を告げたせい。
それは俺の真名として知る者、告げる事の出来る者は西涼の数人と安定の楼杏のみだからだ。
どちらもこちらへ来る理由を知らない、無意味にそれをする人物ではない。
ならば・・・。
俺・・・だが、その間俺は部屋で眠り続けていた
それは程銀、閻忠、盧植さんが確認していたはずだ。
密かに抜け出てもここからでは一晩で往復できる距離ではない。
自ずと一人の存在が思い当たる。
ヴリトラ・・・お前なのか・・・
「ねぇ、李堪。それって”佐伯龍成”とか言ってた?」
っ・・・・・・!!
ようやく手がかりが出来たと思えば、唐突に会話に割り込んできた程銀は更に俺を混乱させた。
だが、今はまだ慎重さを失うわけにはいかない、一先ず冷静さを持って李堪の反応を待つ。
「ん?!お前が何故っ・・・・・・だが、隊の奴が呟いたのは”龍成”とだけだ。もう少し話を聞けば”佐伯”と言う部分が出てくるかもしれないが・・・」
可能性はまだ一つではない、だがこれは間違いなく言える。
ヴリトラは近くにいる・・・だが何故、南に・・・
直接俺を目指さないのは、あれも俺と違った感性で人を追う事が出来るそのせいかもしれない。
俺を探す最中”遊び”ながらと言う風なのか。
思考を掻き混ぜる・・・目的を見れば今すぐにでも迎えに行くべきだ・・・だが・・・・・・。
「っ・・・!」
唐突に頭部に痛みが走る。
まるで今考えている事を拒絶させるようなタイミング。
「馬龍、どうしたの?」
「なんでもない、起き抜けで頭を回しすぎたようだ。それよりお前は知っているのか、李堪の隊を襲った奴を」
「うっ・・・えぇっと、その」
否定せず、ただ言葉を詰まらせて目が泳いでいる。
その仕草を見て李堪は何を思ったのか鼻で笑う。
「まぁ、いい、そもそも意趣返しをしようにも足取りは追いきれていない、それに損害が大き過ぎる。それよりも主題に戻そう、俺が伝えるべきなのはお前の頼みを途中で断念するほかないと言う事だ」
助け舟を出したつもりだろうか、元は程銀と同じ勢力の人間だ。
それに李堪からこう切り出したのであれば俺に追求する権利はない。
李堪は懐に手を伸ばし竹簡を取り出して俺に差し出した。
「渤海の分は概ね、常山は半分程度だ。名を掛けていたというのにすまないが・・・」
一先ずそれを受け取り、中を確認する。
「・・・今年のだけでなく過去の分まで、充分すぎる内容だ」
「言うほどに驚きは少ないようだが。もう少し時間があればこの間お前に飲まされた煮え湯の分を返せたのだが、残念でならない」
驚きはしている、二つの郡を県、邑に分けて主要な作物から細かな生産物まで書かれている。
それを渤海は過去五年、常山では二年分を記している。
俺と交渉をしたのは半月程度前それでどのように調べたらここまでの精度を出せるのか、これは内容以上に良い知らせだったかもしれない。
「それで、一先ずはここで出来る事をしたつもりだがお前はこの後どうする?俺としてはそろそろ主へ良い報告を行いたいんだが・・・」
「良い報告・・・俺が約束を果たす番というわけか。以前の書簡の内容を説明しに行こう、帰郷の”ついで”で良ければだが」
「それで良い、これで俺達もようやく日向に出れるというものだ。今後、お前の護衛として隊を周囲に展開させてもらう」
「それは不要・・・と言いたいが」
「俺もお前の腕ならばと言いたいが、俺の隊の事もある。それに道中同じ道を行くから”ついで”だ」
ここで李堪の隊を襲った存在が出てくる。
それがヴリトラであっても、なくとも李堪には関係がない。
俺が李堪に望みに応えたのであれば、李堪が主に引き合わせるまでそう対応するのは妥当だ。
「まぁ、一先ずは盧植さんに礼を言ってから、次の日に西涼に戻る」
「わかった、こちらもそのように手筈を整えよう」
「じゃ、今度は李堪も一緒って事かぁ・・・」
「・・・何故、お前がそんなに不服な顔をする」
「だって、李堪いつも怒ってるし、静かにお昼寝出来ないかなって」
「っっっっ・・・!!!」
驚愕する顔の直後こめかみにはち切れんばかりの血管を浮き上がらせる李堪。
その気持ちは分かる、だが相手が悪い、程銀はこれでこそ程銀なのだから。
李堪は苦虫を噛み潰してペーストにして飲み込む。
怒鳴り散らした所で意味がないことを同郷のよしみとして理解しているのだろう。
帰路でも騒がしさは変わらない、か
そろそろ一人になって考えをまとめたかったがそれも状況がそれを許してくれないらしい。
あの夢が、この世界の現実ならば。
俺の役目は・・・。
こいつらを利用するほかないようだ
NextScene
++願望を夢に、帰路を行く閻と龍++
さて、今回は前回を切った分から
序盤は裏と表、差を出したかったという話の続き
ちょっと説明部分が多いのですが、それを除いても少しくどくなっているかもと心配な部分。
それから納得と理解の相違、感情での理解と理屈での理解とは違う
そんなところを描いておきたかったのです。
というよりもここまで何故内面を書こうとしているか
多分、オリ主の感情ってあんまり理解を得なそうだという作者の思いが書かせるんだと思います
それもある程度ここで書き終えたかなと
これでようやく幽州回の終わり。
残しているものを早めに回収しておきたいところですが
ルート的にはここから第二ルートへ行くまで、とにかく作者の成長が必要になるところです
ここをまとめるには大掃除よりも大変かなと思いつつ次話を書いています




