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恋姫天衝 ~対極の御遣い~  作者: 雀護
・幽州、琢~
32/44

対話、






++水面が知らせ、風が伝える++









狭い岩の隙間を進む。

人一人がやっと、いやたまに肩が岩に触れるほど狭い。

「道ではあるんだけどな・・・」

一歩先に足を踏み入れてみると思っていた以上にこの道は続いていた。

霧のせいで先は見えないが岩で自身の声が反響している事や先にあるであろう木々の匂いは遠くに感じた。

「・・・ん?」

冷たい風が背中を撫でた。

後ろを振り返ってみても先程別れたばかりの岐路が見えるだけ。

ならばこの風はこの先が袋小路になっていない証拠だと思えた。

先に道が続いているのならともう一度反転して先に進む事にした。





 ・・・





 ・・・・・・






 ・・・・・・・・・





岩肌に囲まれた道をしばらく進むと視界よりも先に鼻が細道の出口を感じ取った。

「・・・これは水、か?」

霧が立ち込めている事は変わらない。

けれど先から水の匂いがする。

一歩前へ進む度に霧が少しずつ濃くなっていく。

そして、白い靄の壁を抜けると突然道が切り開かれた。

「・・・・・・」

唐突に道が切れたと思えば、それだけではない。

靄の先、そこに先程まで視界を遮っていた霧はその影すら感じず、視界は晴れ渡る。

次いで見えたのは大きな水溜りのような池。

月明かりに照らされ水面が煌き立つ、足元に注意しながらそれに近づく。

池を覗き込むように腰を低くしてその水に手を入れて掬う。

「随分澄んだ水だが・・・」

耳を澄ませば奥の方でコポコポっと地下から湧き上がる水の音がした。

想像するにこの道を作り出した水源なのかもしれない。

渓谷だったここの水量が年月とともに減り、こうして池のように小さくなり、川だった場所に道を作り出したのだろう。

そして今では幽冥なる場所として賊すら近づかなくなってしまった。


 忘れられた渓谷・・・と言う感じかな 


「まぁ、丁度良いか」

視界が良くなり無意味に警戒する必要がなくなったので一息つくことにした。

傍にあった適度に大きな石を見つけ、それに背を預け腰を下ろす。

「天意、か・・・何も見えないがどうしたものかな。さすがに道端に天意は生えてないよな」

この道の何が俺のきっかけとなるのか分からないまま。

天意と、それを意識しながら道を歩いてきたつもりではいたがそれでも一向にそれらしいものは感じ取れなかった。

ここでもそうだ、湧き水が池を作り出しているとその事実は理解できるがそれが俺に何を齎すのかわからない。


 水・・・池・・・川・・・


水辺での思い出、というのも記憶にあまりない。

連想ゲームのように考えても何を繋げれば正解にたどり着くのかと視線を池のほうへ向ける。

ピシャッと何かが池の中で跳ねた。

魚か何かだろうが、少し気になって降ろしたばかりの腰を持ち上げて池の傍へ、先程よりも一歩前に踏み出して覗き込む。

月明かりだけではさすがに魚を視認するのは難しかった。

水面には写るのは空の月と・・・ようやく見慣れた顔。

この世界に来て一番戸惑うべき事象・・・異世界だと認識してしまえる最たる変化。

ヒビだらけの顔になって、ここに来た当初に比べれば成長はしているが、死の際の姿に比べればまだ幼さが残っている。

こうなってしまった理由、それをヴリトラが知っていると思いこの事象においては思考を止めていた。


 ・・・どうして


改めて思考を再開しようとしたところで小さな波で水面が揺れその顔がぼやける、水面を見つめながらその波が収まるのを待っていると水面は再び俺の姿を映し出した。

そして水面の俺が口を開く。


『教えて欲しいか?』

 

「っ・・・」

驚きで水際から大きく一歩退いた。

即座に周囲を警戒したが俺以外の気配はない。

だが幻聴とは思えないほどはっきりとそれは聞こえた。

「・・・俺が言ったのか?」

気配を探る限りではそれ以外の答えはない、それに一瞬だったが水面の俺の口が動いたのを確認している。

けれど、違和感がある。

口元に手を当ててみるが水面を覗いていた時に口を開いた記憶はない、無意識だったとしてもそれは誰に問いかけたものなのか。

もう一度、警戒を高めて水面に近づく。

池の中、木々の陰、見える全てをその警戒網に入れた状態で再び水面を覗き込んだ。

「・・・・・・」

だが、何処もおかしい所はない。

ただ俺の顔が水面に映し出されただけだった。

気のせいだったのか、と思いたいがそれでも謎のままでは気持ちが悪い。

しばらく周囲を警戒したまま水面の俺を観察していると、木の葉から落ちる雫、それが池に落ち俺の顔の傍で波紋を作り出した。

不自然なほど自然に俺の顔を中心として波紋が広がる、そして俺は驚愕した。

それは次に俺の顔を確認した瞬間だった。

「っ!!!」

咄嗟に地を蹴り真横に跳び”それ”から遠ざかる。

飛び退くながら直接それを視界に捉える。

「お前は誰だっ!!」

それは俺がこうして口にするまで微動だにせず、俺がいたすぐ真後ろに立っていた。

水面を覗く俺をその背後から覗くように。

そして、それはゆっくりとこちらに身体を向ける。

『誰だ、とは随分酷い言い方だ』

枯れた声、見た目も含めれば恐らくは男の声。

伸びるままに任せたような髪で顔を隠し、ぼろ切れのような外套で身を包み。

俺よりもひと回りほど大きな体躯をしていて、睨みつける俺に対してその口元は笑みを作っているように見えた。

「突然背を取られればそう言わざるを得ないと思うんだが?」

少しでも言葉で平静を装い返すが内心穏やかではない。

警戒しすぎだと思えるくらいに気を配っていた、だと言うのにあれは近づく気配・・・いや、直接目にするまでその気配を感じることは出来なかった。

水面に映る俺の背後の影、それに気づかなければ俺はそのまま気づかずにいただろう。

それを視認した瞬間、俺の中で危険だと遅すぎる警鐘が鳴り渡る。

『そんなに警戒されても困るんだが、別に俺は突然お前の背後に現れたわけじゃないんだからな』

「じゃあ、いつからいたんだ」

『事実を述べても信用などしないだろう、だから先に挨拶を済ませてしまおう』

ただの挨拶で済むのなら良いが男の言うように信用などできる気配ではない。

希薄すぎるのだ、こうして目の前にいるというのに俺は男の気配を捉えきれずにいる。

『俺の名をお前は知っているんだが、わからないか?』

「わからないな。教えてもらえると助かるんだが」

『そうか。なら教えてやる・・・一番手っ取り早い方法でな』

男は静かに足を向けこちらへ近づく。

「なっ?!!」

男の右足が地を踏む瞬間、大地を踏み砕く音と共に突然男の姿が消える。

そして、次に俺が男を認識したのは背後に僅かな空気の揺れを感じ振り返った時だった。

『随分悠長だ、なっ!』

振り返りざま身構えたが先に男の繰り出した足が俺のわき腹を歪ませる。

「っ・・・」

衝撃を逃がすように勢いのまま跳ぶ。

『どうした?これ位避けて見せろよ』

跳びながら威力を殺すが男の声が再び背後から聞こえる。

「くっ」

体制を整える間もなく、顔面に突き出される拳を肩を立てて受け、衝撃を利用して身を捻りお返しにと男の顔を目掛けて蹴りを繰り出す。

だが、それは男の片手で軽々と受け止められた。

『はっ、これじゃ笑いも出やしない』

止められた足はそのまま掴れ身体は宙に浮き上がり、男は俺を地に投げつけた。

地響きを立て俺の体は大地を大きく凹ませる。

『こんなもん・・・だったんだな』

「くっ、いきなり仕掛けてきて何を勝手な事っ!」

投げつけられた衝撃を変換、勁力として俺は身体を跳ね上げさせ身体を動かす。

その姿勢から先程のお返し、などというものではなく男の足を粉砕するつもりで勁力を込めた手刀を振りぬく。

『っと・・・』

だが、男はそれを難なく避け、俺の手刀は空を切るだけだった。

即座に体制を整え、心を切り替える。

「随分手荒い挨拶だな」

『俺が”今晩はご機嫌いかがでしょう”などと挨拶するように見えるか?その様子だとまだ挨拶が足りないようだ。次はもう少しわかりやすくしよう』

出鼻を察知できなかったが既に臨戦態勢、相手が何を考えているのかは後回しにした。

「っ・・・」

先程まで希薄だった気配が爆発的に膨張した。

そこから感じるのは明らかな殺意。

俺が動こうとするのと同時、男は地面を陥没させて姿を消す。


 またかっ・・・!


一度ならず二度までも男の動き出しは俺の勁測の裏を掻く。

だが先程よりも明確に気配は残されている、そしてその痕跡も。

自身の後方に向かって纏糸勁てんしけいによる捻りを利用して蹴りを繰り出す。

それは男の脇腹を捉えたが・・・。

『・・・多少は目が覚めたみたいだな』

まるで堪えていない、そう手応えが告げ、事実、男の冷笑は消えていなかった。

『なら少しずつ理解してもらおう』

何事もなかったように男が一歩退くと横向きに歩き出す。

それは不規則な速さで少しずつ俺を中心とした動きに変わっていく。

「これはっ!」

『くくくっ、さすがにこれはわかるか』

男に漂う気配に濃淡が生まれ距離感が失われた、そして動きの中に男は残影を作る。


 分かるも何もこれは・・・俺の・・・


男の歩法は八卦掌、秘宗拳の絶招を取り込んだ俺と師匠の技だった。

『迷牢歩法・・・影踏。お前の得意技、いや良く使っていた技か』

「なんでそれをお前がっ?!」

『なんで、か。まだ足りないようだ』

男の声がそう告げるという事はこの後に俺を攻撃するという事だろう。

だが自身の技、その対処法も心得ている。

足元にあった小石を男目掛けて蹴り上げる、その小石の飛礫は男に飲み込まれるように貫通し男の残影を掻き消す。

その隙に一気に飛び退き距離を取る、この技は相手との距離を一定以上離れれば効果をなくすからだ。

故に距離を取った状態なら男の残影は完全に消え男の姿が映る・・・はずだった。

だが目の前にいるはずの男の姿は気配のみを残すだけだった。

『そうだな。俺でもそうする』


 くっ・・・またっ


男の声は再び俺の後方から聞こえた。

体制を立て直そうと振り返るが既に遅い。

俺の背に男の掌が触れていた。

『六合、掌波』

男の声と同時に衝撃が打ち込まれる。

「かはっ・・・」 

内部を貫く衝撃で口元に血が吹き上がる。

そして、ぐらりと崩れ落ちそうになるところを男に首を掴れて止められた。

そして、掴れた首には圧力が加えられる。

『圧勁・・・縮絡』

「ぐっっっ・・・」

万力に挟まれたかのように首が締め付けられていく。

両腕でその拘束を外そうにも男の力は強く、何より先に受けた衝撃で手足が痺れている。

だが、男の言葉通りの技だとしたのならそんな事を気にしている間はない。

自身の持てる勁力で羅を描き身体に回転を生み出して無理やりに男と正対する。

続いて男に向かって反転した勢いを左手の手刀に乗せ俺を掴む手首に打ち込み、手刀で僅かに力の緩んだ手首を右の掌打によって打ち上げ、それと同時に身体を沈ませて拘束から脱出した。

『はははっ、まぁこれくらいはしてくれるだろうな』

羅勁を乗せて打ち込んだ手刀は間違いなく脆い部分に当たり男の手首は折れるはずだった。

無理な体勢からだが掌打はその先にある肘と肩にダメージを与えるだけの威力はあったはずだ。

だが男はなんともない様子で屈みこんだ俺を見下して笑う。

その笑みを知っている、寒気がするほどに。

膝に溜められた勁力で大きく後方へ下がり、構えを取る。

『虎形拳か・・・ようやくやる気になったか。いいぞ、受けてやる』

随分な余裕のある態度、男は俺を手招きして両腕を左右に大きく広げた。

男の出方を窺う気はもうない。

後退した時の勁力を反転させ、前方へ弾け飛ぶ。

先の先、攻勢を持って技を封じに掛かる。

男の懐へ飛び込むとそれに反応した男の右腕が振り下ろされる、それを踏み込む足に更に力を乗せ加速して避ける。

男の脇を抜けるように追い越し際、遅れてついて来る鉤爪の形にした手で男の肩口を引き裂く。


 ・・・これはっ


間違いなくそれは当たった、その証拠に男の外套が千切れて宙を舞う。

手応えもしっかりと手の中にあるというのに男は一滴の血液も流す事はなかった。

元より一撃で、とは考えていない。

勢いのまま前傾姿勢になった身体で前方へ飛び着地、それと同時に片腕を地面に突き刺して勁力を反転、再び男へと駆け出す。

「はぁぁぁあっっっ!!」

既に俺に向き直っている男目掛けて足刀を突き出す。

それは当然の如く男の腕に打ち落とされるが、乗せられた力を逆の足に乗せて宙へ跳び回転する力へと変換する。

『・・・虎の次は鷹か』

男の頭上まで跳びあがった身体を縦に回転させてその頭部目掛けて踵を落とす、技の名は鷹爪脚、全体重と勁力を乗せた必殺の一撃。

だがその鷹爪脚は男の片腕で防がれた。

「またかっ!」

打ち落としの一撃は男に触れた瞬間に本来の威力を失う。

反対の脚で防いでいる男の腕を蹴り付けて後方へ。

先程までの勁力は鷹爪脚で使ってしまったため、後方と言っても間合いを外すほどの距離を取れなかった。

圧倒的な隙が生まれるだろうと反撃に備えた・・・が。


 こいつ・・・


男からの反撃はなく、男はただ俺をみつめるだけだった。

見逃す、という事かともう一度後方へ跳び間合いの外側へ退く。

そして男と対峙する形で事態は膠着した。

先制する事叶わず、今の流れでそれを理解してしまった。

けれど、男が動かないのはそれは恐らく男の言う”挨拶”というのが終えたから。

「・・・お前は誰だ」

『さっきと同じ問いだが、まぁその表情からして俺の挨拶を受け取ってくれたと見ていいか』

受け取ったというのは良い表現だ。

俺から見れば”突きつけられた”と言う方が正しい。

影踏、六合、圧勁・・・それに俺の型も分かるのはこの世界に存在するはずがない。

これらのほとんどが俺のいた時代でようやく完成したものだからだ。

そして、何より俺の技の全てを勁力によって受け流している。

これは勁力を理解している者だ。

前の世界であろうとそれを知っていても扱えるのは片手で足りるほどしかいない。

そして、そのどれも俺が知っている人物・・・そこからこの風体を鑑みればただ一人に絞られる。

だが・・・在りえない。

何せその人物が俺の前に立つ事など出来ないのだから。

『ふっ・・・いつもながらというべきか。泥のように思考を回しているようだな。在り得ない事が有り得ているだろ、この世界は』

「っ、なら、そう言うことなのか・・・お前は」

男は俺の思考を理解している、それゆえの挨拶だったのだと思えた。






「・・・俺、か」









 ・・・





 ・・・・・・






 ・・・・・・・・








男に対して俺の感じた事実を告げた。

すると、男は頷いて答える。

『そうだ、俺はお前・・・お前がよく知っている俺だ』

男は外套を脱ぎ捨て長い前髪をかき上げた。

そこにあるのは男の言う通り俺の良く知っている俺の見飽きた顔があった。

この姿になる前の俺の姿、髪の長さ服装など多少の差異はあれど見る限りで俺であると認識出来た。

「先に姿を見せなかったのは・・・」

『そうしなければお前は信じないだろう?』

その通りだ、言葉だけでは以前の俺の姿を知っている人間がいる可能性、罠や幻覚、自身がもう一人目の前にいるという事実以外の可能性を否定しきれないだろう。

ここまで俺の思考を読み、技を模倣する事が出来るのならもう疑う余地はない。

「はぁ~~、ほんとにここは常識が通用しないようだ。それでこうして俺にその存在を認識させたが、目的はなんだ?」

男から交戦の意思がなくなるのを確認すると俺はそう問いかけた。

『お前は勘違いしている、その姿があまりにも無様だった。天意などといらないものを追いかける自身など見ていられない』

「いらない、だと」

俺らしい言い回しをする。

だが、俺の中でそれはいらないものではない。

それは裏切りを肯定する事になる、だが男は俺の言葉に頷いてそれを肯定する。

『あぁ、いらない。そんなものお前には・・・俺には必要ない。俺の望みを叶える為に必要なのはただ一つ刃』

「何を言っている。お前が俺なら天意を見る意味も知っているだろ」

『知っている。だがヴリトラの手を借りる必要などない。ここには俺を知る人間など居ないのだから。どこでなりと死を迎えても問題ない』

「俺は死を望んでいない!・・・まだやる事がある」

『”まだ”な、それが勘違いだ。まぁ、それには俺も少しはお前に手を貸してやったが邪魔が入ったしな』

「邪魔?」

『お前が死を望めないのはくだらない情に流されているからだ。だが、それを加味してもお前はただ死から遠ざかろうとしている。あの場であれを殺してしまえばこんな所に来なくても済んだというのに』

あの時、董卓と名を聞いた瞬間に俺の身体を支配した正体。

それがこの男なのだとその言葉によって確信を得た。

「そうか・・・あれは確かに俺の声だった。”董卓を殺せ”そう俺に言ったのはお前か」

ならば説明がつく、史実を知る俺だから董卓の危険性を知っている。

だが、今の俺はそれを素直に肯定できない。

この世界の董卓を知ってしまったから、俺にあの娘を殺す事はできない。

『董卓を殺せば後に起こる乱世は狂い出す。そうすれば馬族の悲運な末路、それを変えることが出来るはずだ。それはお前の望みだろう?それさえ叶えばお前は気兼ねなく死ねるのだろう?』

「っ・・・!」

男の言う事は正しい、董卓を見て一瞬その可能性を考えた事もある。

だが正しさとは言葉の通りの意味を持たない。

あの董卓を殺して叶える末は・・・自身の死。

それは正しい事ではない。

『そう睨むな。董卓は乱世から群雄割拠へ移行する起点だ、それはお前も知っているだろ。そして、覇権争いの中で西涼の一族が散り散りに殺されると言う歴史を、お前は知っているだろう。この世界でも往々にそれが起きてきた事を』

男の言う歴史を俺も知っている。

ただ師匠達の話を流し聞いていて興味はあまりなかった。

記憶には多く穴を残している、それでも西涼での日々でそれを思い出し幾らかの穴は埋まっていった。

その中の一つが馬超達、西涼の話だ。

乱世の始まりを向かえ、群雄割拠となった時の話。

それが俺の旅で”やり直したい”と思う一番の理由になるのかもしれない。

兄と、弟と、そんな風に慕ってくれる人が俺の知る歴史の中にいる。

その行く先の悲しみを俺は防ぎたいと感じていた、故にその突端となる乱世を止めたかった。

だが・・・。

「この世界でも?」

『ん?知らない、のか・・・そうか』

先程までまるで俺がどう反応し、どう答えるかなど想定済みという風に淡々と語り続けていた男がそこで初めて疑問符を浮かべる。

『今のお前と俺とでは差異があったらしい・・・この姿がそれだったのか。影である俺がお前と違う姿でいる理由がこれか』

「確かにお前は俺らしい俺だ。その姿の俺には今の俺が抱えているものなど要らない事ばかりだろう。感情、思考、そして記憶もズレがある、それは良く理解できた。今の俺にお前のように全てを捨てる思考はない」

ここでようやく”貴方の欠けた記憶を埋めるため”と天意を探す事を勧めてくれた紅姉さんの言葉が浮上してきた。

最初は、この旅路でヴリトラと再会できれば詳細を知れると思っていたが、目の前の俺がそれを知っているようだった。

そして、差異を埋める事それで俺がすべき何かが見える、そんな気がした。

「お前は、この世界で何を見た」

数瞬、男は思考し俺の考えを読む。

『・・・聞いてどうする。それが天意だと浮かれて行動するのか?これ以上、業に身を焼き、罪を重ね続けるのか?それとも、”やり直し”などというありもしない幻想をこの世界で描くのか?』

男の語る言葉は俺の中で木霊する。

それは西涼で幾度も俺の内で響いていた言葉だった。

俺が幾度も自身に問いかけてきた事だった。

男の言葉に応えずにいると男は俺の思いを理解してたのかその声に少しずつ感情が乗せられていく。

『っ・・・昴を殺した俺が、昴を守れなかった俺が!最後までその約束を守れなかった俺が!!どんな顔をして生き続けると言うんだ?!!』

男は叫ぶような声で俺の罪を口にする。

全て俺の背負っている罪だ、そう俺は思い続けていた。

そして、それを罰せるのは死を迎えるのを待つ以外にないと。

『・・・俺が救えるものなど一つとしてありはしない、乱世を遅らせてやるのが精々だ。”古来征戦幾人回”それがこの時代を現している』

「だから、董卓を殺すか。それで全てを清算して終える・・・本当に俺らしいな」

殺す事でしか生かせない。

奪う事でしか与えられない、俺の目の前に居るのはそんな昔の俺だと改めて思えた。

「お前は、聞いていないんだな。あの声を」

『馬騰の言葉か、”共に生きて欲しい”など俺に出来るはずないだろう。傍に居る者ほど俺より先にいなくなる。俺は大切なものほど”裏切り”に巻き込んでいく。それとも死んでしまった人間への見上げ話を作れと言われた事か?そんなことをしたって昴は帰って来ない、無駄な事だ。それは徒労だ、愚かな・・・自己満足だ』

確かに、姉さんの言葉には崩れる寸前の心を救われた。

一時の安らぎ、それは冷静になるには充分な時間だった。

だが、それでも死を求めるのには変わらない。

「それは違うな」

『何が違う!あの程度俺が再び生きる理由にはっ・・・』

足りない。

救われた分の借りを返す、最期を迎える前に礼を失わないで済んだ。

ただ、少しだけ自身の心に向き合えた。

少し、それがきっと俺とこいつを分けたのだと男の苦しむような表情は俺に告げていた。

「やはりお前には聞こえなかったんだな、昴の声が。あの声が聞こえなかった俺がお前なんだな」

『昴の、声・・・何を言っている。もう、俺にはあの声がどんな響きだったのかも・・・』

そうだ、俺はあの時まで昴の姿すら覚束なくなっていた。

だが俺にははっきりと聞こえた。

「昴が言ったんだ”やるべき”だと。もうやる事もない俺に、この世界で死んでしまおうと考えていた俺に」

だが、俺ははっきりと聞いた、記憶の中で思い出したくても思い出せなくなっていたあの声が。

『・・・そうか、だから違うのか俺とお前は』

「あぁ、わかるだろ俺なら。昴にそう言われた俺がどう答えるのか」

『しょうがない、か。・・・それでも俺はお前を肯定できない。ここはどうしようもないほど閉じられた世界だ、こんな所で昴の願いが叶うのか俺にはわからない』

「教えろ、お前は何を知っている。それを知らなければ”やるべき”には届かない」

『・・・・・・』

男は口を閉じ、少し俯いたかと思えば静かに空を仰ぐ。

つられて見上げた空は緩やかな風が雲をゆっくりと運んでいた。

『・・・どうしてだろうな。俺にはどうして昴の声は聞こえないのだろう。どうしてお前は昴の声を聞けたのか・・・今ほど自分の事が憎らしいと思う事もなかったかもしれないな』

片翼を失い、幾度の夜そうして来た時と同じように。

ただ空に問い掛け、空を見つめる。

在りもしない、何かを見るかのように。

『少しだけ・・・』

男はぽつりと呟いた。

『少しだけならお前に付き合おう』

「それは、どの位だ」

『ヴリトラとの約束を果たし、そして北郷一刀が訪れるその時まで』

「北郷・・・一刀?」

聞き覚えのない名前を男は口にした。

『俺とは反対の因果を持つ者の名だ、もしも出会うのならお前はあいつに何を見るのか興味がある。まっ、それ以前にヴリトラがその時まで”遊び”を我慢できていればの話だがな』

この俺は俺の誓いを覚えているらしい。

それは少しだけ俺らしさがないものだ。

それでも共有できている最期の誓いだ。

だからきっとこれも俺と同じ事を言う。

「我慢させるつもりはないさ、あいつは俺の相棒なんだから」

『そう、だったな』

男は小さく笑うと足元にあった小石を取り上げて手の中で転がした。

次いでこの男は空に何を見出したのか、それに興味が沸いた。

「だがそう言うのならお前はヴリトラに殺される事を肯定しないのか」

『俺の気が変わったわけじゃない。死ねるのならそれでも構わない。だが少し興味があるんだよ、お前の”やり直し”はあれと出会いそれでも・・・』

男の手の中で転がしていた小石を目線の高さまで投げ上げ始めた。



『この世界に干渉するつもりなのか』



「・・・・・・俺は」

『答えは最後にわかる。俺が出せる答えは今言った事をお前が示すのなら俺の知る事をお前に伝えよう。それまで俺は、お前の影のままでいよう』

「お前の言う事が出来ない時は・・・」

『ふっ、それに答える必要があるのか?俺に、自身に裏切られたのならどんな手を使ってもその報復をするだけ、だろ?』

と、不意に男から小石が投げられた。

それを受け止めると男は俺に問い掛けた。

『さぁ、やるのか、やらないのか・・・選べよ、俺。”やるべき”ではなく、お前はどうするのか』


 選べ、か・・・


言われて初めて知った。

自身に問い掛けられて、初めて・・・自身で道を選ぶのだと知った。

「・・・やるさ、そして俺は行くべき道を進む、ただそれだけだ」

そう言って小石を投げ返す。

『そうか、なら教えよう。その道の末の一端を・・・』

投げたはずの小石は男の中に吸い込まれた。


 こいつ・・・?!!


警戒を解いたわけでもなく、勁力を測り続けていたと言うのに相手が小石を受け取る仕草を勝手に予測してしまっていた。

次に取るであろう行動予測してしまったせいで像にズレが生まれ隙を生んでしまった。

『悪いな、俺だとわかった俺だからな』

外していたはずの間合いは一瞬で詰まり、男の腕が俺に伸びる。

それを後退し避けようとするが、後退するよりも男の前進の方が速い。

男の指先が胸板を突く。

そこは、俺の芯穴・・・急所となる場所を突かれた。

「っ・・・!」

『安心しろ、殺しはしないさ。出来るのなら楽だったんだが・・・』

突かれた指先が、手が、腕が徐々にその中にめり込んでいく。

「うっ、あぁぁぁぁあぁっ!!!」

激痛と熱、内から生まれる圧迫感が肺の中の空気を押し出して行くかのように俺は声を上げていた。

そして、吐き出す空気がなくなると次第に痛みも熱も感じなくなっていく。

身体から力が抜け、視界が朦朧としていく中で男は俺に何かを口にしていた。

『少し・・・俺も・・・、させてもら・・・』

途絶える意識の中、そう言う男が悲しげな表情をしていた気がした。




俺の意識は身体のない世界へ落ちて行く。



そして、知る。



この世界の可能性を。



男が言う北郷一刀という青年を。











NextScene



++伝言伝心、それは願い故++





完全に蛇足からです


本来だともう少しあっさりさせたかったんですけどちょっと長くなったので一旦切りました。


ここはなんというか、自身との対話ってのが書きたかったんです。

前話から引き続いてと言う所ではあるのですが

天意っていうのは詰まるところ何?

作者の考えは自問自答、自己と向き合う事。

最初の頃に天意と言うものについて書いていますが、

それはやはりきっかけであってその中で自己を見つめ直す事が出来なければ受け取れないものなのだと思います。

と、ちょっとだけ真面目ぶってみます。

それよりも少しだけ真面目ぶって考えた事は別で報告上げします。



天意、天命ってただ単語だけ並べると短絡的に思えるんですがそれだけにしたくないなと、

本来だと物語の中でそう言う部分を徐々に書くのかも知れないのですが

不器用なものでこう直接書く事を選びました。


で一先ず次あたりでここをまとめて黒い人たちと体面に向けて動いていきたいと・・・次話を書いています






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