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恋姫天衝 ~対極の御遣い~  作者: 雀護
・幽州、琢~
31/44

悔い、迷い、進む一歩





++霧の陰は、空の色を知る++








数日が過ぎた。

正確には盧植さんと出会った日を含めて五日。

未だ盧植さんの言う時機は来ない。

ただ俺はそれを待つばかりとならないよう盧植さんに書物庫に入る許可を得た。

今までは読み書きと言うものに四苦八苦だったが読むだけならばコツを得られるようになっていた。

盧植さんが生徒達に教えている中に混じりその講義を受けることが出来たからだ。

一を知って十を。と、まではいかなかったものの一がわかるだけでも盧植さんの教えは分かりやすく充分に助かるものだった。

まだ書くものは文法的な問題があるようだがそれも都度盧植さんが添削をしてくれ多少ましになってきている。

そうして数日ながらも格段の理解を得られるようになり、こうして今は蔵の中で風土、伝記に関する書物を手にとって読み漁る事が出来る様になってきた。

「資料になりそうなものはこのあたりか」

今、手にしているのは風土史。

欲を言えば気象データとしてまとめられていればと思うがそれは高望みだろう。

俺が求めるような地図はなかったが目に見えない地域の特徴や気候、風の流れなどが文字として記載されている物が多かった。

現状と照らし合わせればいざと言う時の備えになる。

それに下手な兵法書よりも真意を読み取らないで済む分こちらの方が読みやすい。

面白みに欠けるかもしれないが、今こうしている時も西涼では翠達が紫庵によって読み書きを教えられている。

さすがに兄として遅れをとるわけにはいかない。

「後は・・・」

伝記、史記の辺りに目を移す。

これはあいつの事が書かれていないかと言う希望から。

”ヴリトラ”、”渇望の龍”、”人の作りし神殺し”、どのように記されているかは分からない。

それでも、もしそれがあれば次の目的地が定める事ができる。


 ・・・裏切りたくないからな


「なぁ、あんたはここで何をしているんだ?」

棚に手を伸ばしたところで書庫の外から声を掛けられた。

そちらを見れば盧植さんの屋敷では見かけた事のない赤みを帯びた髪の少女がいた。

「ここは盧植先生の書庫だ。生徒は生徒用の書庫があるだろ」

「俺は先日より世話になっている馬龍と言う。盧植さんの許可はもらっているが・・・ここ数日見なかった顔だが盧植さんの生徒か?」

下手な誤解を生まれないよう先に名乗り、事情を説明する。

「あぁ、今は違うがな。私は以前ここで教えを受けていたんだ。そういえばさっき先生が客人が来ていると言っていたが貴方もなのか・・・?」

貴方も、という事は先に程銀か閻忠あたりと顔を合わせているのだろう。

「あぁ、程銀と閻忠、俺の三人でここまで来たんだ」

「そうだったんですか」

少し口調を改めて気まずそうな顔で俺を見る。

このままの流れで敬語で話されるというのも少し疲れる。

「盧植さんには客人として扱ってもらっているが別に改まらないでくれ。盧植さんには教えを請う形でここに来たんだ、どちらかといえば生徒に近い」

「そう言うのなら、私もここに来てまで畏まるのは疲れるから助かるが・・・」

赤毛の少女は少々眉を寄せながら答えた。

「俺は気を張るほどの人間じゃない、気にしないでくれ。で、君は・・・」

「馬龍~~~っ!!」

名を聞こうかと思った所にいつもながら良いところでそれはやってくる。

声を聞いて時間を気にしてみればそろそろ昼に良い頃合だったかもしれない。

ならば、腹がすいた。次にくるのはその言葉だろう。

小さく溜め息を吐きながら手にしていた書簡を一先ず棚に戻すとそれを待っていたかのように程銀が書庫の入り口に到着した。

「あっ、ここにいた・・・って、賛ちゃんも一緒だったの?まっいいや。馬龍、あたしお腹すいたっ!」

「・・・・・・はぁ」

想像通りすぎて呆れてしまった。

どこでどう扱われていてもこいつにとって俺が料理をするのはもう決まり事となっているようだ。

「わかった、すぐに用意するからもう少し遊んでろ」

「ん?客人の貴方が用意するのか?」

「馬龍の料理がどこでも一番だよ!あっ、賛ちゃんも一緒に食べようよ」

「だが・・・」

賛、と呼ばれる少女はちらりと俺の様子を覗った。

これが普通の反応のはずなんだ。

あくまで客人として盧植さんには受け入れてもらっているのだから食事を用意する役目ではないはず。

それでなくなくてもこうして多少の引け目というのか、遠慮と言うものをするはずなんだが・・・。

「気にしないでくれ。料理すること自体は嫌いでないからな」

「そう言うのなら・・・」





さてはて、どうしたものかと考えた。

昼食を作るというのはそれほど苦ではない。

だが・・・。

「馬龍、おかわり~♪」

これはいつも通り、程銀は気にしていてはしょうがないというのは既に理解している。

問題として言うのならその周りだ。

「馬龍様、あたしもおかわり~♪」

「僕も~♪」

「あの、私も・・・」

程銀の無遠慮さが伝播したのか続いて同じような事を言うのは盧植さんの生徒達。

一人分を作るのなら数人分作ってしまうほうが楽だというがその数が二十を越えている。

ただの昼食作りというよりも給食か配給といったレベルになるだろうそれを一人で用意するのは中々に手間だった。

何人か手伝いをしてはくれるが俺の料理はこの世界のものと作り方が違うので簡単な作業以外は俺がするほかなかった。

「本当に良かったのか、私まで」

「公孫賛殿の気持ちは理解出来ますが、私は旅の中でそれは不要なのだと割り切りました」 

「閻忠、お前っ・・・」

割り切られてしまっていた、薄々と感じていた事だが改めてその事実を言われた。

あの飯店、そこで料理勝負をしたのが始まりで俺がこの役目が定着していくきっかけ。

好きでも嫌いでもたまにはここでのように資料を調べる事に専念したい日だってある。

後どれだけここの書物を手に出来るかわからない。

そう思える程ここ盧植さんの書庫は・・・深い、そして、この世界は俺の常識では当てはまらない事が多い。

それだけを思えばあの飯店で程銀を振り切っていれば調べ物をする時間に出来たかもと思わずにはいられない。

けれど助けられている事も多く、また大きい。それはここで多くの知識を手に入れること以上の収穫だったと感じている。

董々の助けを得るのは俺一人では難しかったかもしれない。

陳珪さんの時も同様。

程銀と閻忠、この二人のおかげだというのは認識できている。

天意として見るのならば料理番として定着したのもどこかでは天意と思える日が来るのかもと思いながら先程から催促されているおかわりを皿の上に乗せる。

「馬龍さんは本当に料理が上手ですね~」

あれやこれやと頭の中で考えていると盧植さんはほのぼのとした口調でそう言った。

「有り難うござい・・・」

「馬龍殿」

盧植さんに礼を口にしようとすると閻忠の瞳がジロリと俺を睨みつける。

「・・・有り難う」


 ・・・これはどんな試練なのか


先程から盧植さんと話す時に敬語が出れば閻忠がそれを注意してくる。

最初、公孫賛は不思議そうに首を傾げたが事情を説明すると乾いた笑いとともに納得してくれたようだった。

「桃香の時とはまるで逆だな」

「そうですねぇ。ですが、同じような事で悩まれているというのは少し面白いですね」


 桃香・・・っていうのは真名っぽいな


一先ずその名前には触れないようにしておく。

最近少しだけ真名と言うものの区別がつくようになってきた。

危うく言葉に出来ないものだけにこの辺りは注意しているが盧植さんの真名のような事もある。

地理、歴史などを中心に見てきたがこの辺りも後で書簡をあさってみようと心に留める。





「「「馬龍様、ご馳走様でしたっ!!」」」

「あぁ、お粗末様だ。満腹だからと眠気に負けるなよ」

生徒達の元気の良い挨拶が微笑ましく笑みでそう返す。

「は~い」と良い返事で生徒達は揃って授業のために食卓を後にした。

「元気の良い生徒ですね。この子等が次の世を担うと思うと頼もしいと思えます」

「そうだね、きっと将来は皆よい役につけるね」

「良く食べ、良く遊び、良く学ぶ。あの元気の良さは”衣食が先で道徳が後に来る”という良い例だな」

昔、よく訳もなく”肉を食え”、”野菜を食え”、”さっさと寝ろ”、”さっさと起きろ”と言われていた気がするがそうではなかったのかと思う。

あの時は思いもしなかったがきっと師匠は俺がこの子らに見ているものと同じものを重ねていたからなのかもしれない。

「ふふっ、馬龍さんたちにお墨付きをいただけたという事でしょうか。みんな白蓮ちゃんみたいになれると嬉しいのですが」

「賛ちゃんと同じ?」

「えぇ、白蓮ちゃんも昔はあんな風に桃香ちゃんと共に元気の良い生徒でした。今では郡の有望株だと風鈴は噂に聞いています」

「せ、先生そんなっ・・・。私はただ出来る事をしているだけで」

盧植さんは笑顔でそう言うと公孫賛は少し背を丸めて照れていたが次第に丸めている背が更に丸まる。

「でも最近じゃ剣の腕も上がらないし、私より優秀な奴はみんな司隷や冀州に行くって言うし」

「白蓮ちゃんは白蓮ちゃんの良さがあるんです~ガンバッだよ」

「頑張っても上には上がいるし・・・」

悩み相談めいたものが始まっていた。

赴任地が近いらしくたまにこうして盧植さんの下にお茶をしに来ると言っていたがこうして悩みを打ち明けるのもその一環なのだろう。

傍から聞いているだけだが公孫賛の悩みが分からないでもない。

何をしても自身より上の人間がいるとモチベーションと言うものが下がる。

何かに特化した人間がいると自身には何か取り得はないのかと悩む事がある。


 こういう感情も天意と言うのかもしれないな


行く道での障害、苦悩、試練、呼び名は色々とあるがその中で自身は何を見出すのか、そうして見出したものを天意と言うのか。

そう過去同じように悩んでいた事を浮かべ感慨にふけっていると盧植さんの瞳がこちらを覗っているように見えた。

それに気づくとその視線は公孫賛のほうに向かう。

それで盧植さんの意図は理解できた、先程公孫賛の口にしていた事を俺達に頼むという事だろう。


 ・・・少しだけならなんとかはなりそうか


公孫賛に気づかれないように観察してそう結論をつけた。

それをあえて言わないという事は多分公孫賛の性格か俺達の在り方を試しているという所か、などと考えながら公孫賛に声を掛けた。

「良ければ俺達の鍛錬を見てみないか」

「えっ・・・?」

突然口を開いたせいか公孫賛は驚いた様子で俺に問いかけた。

「官として、というものは俺にはどうしようもないが、剣の腕と言うのなら少しだけ君の悩みの助けになるかもしれない。盧植さん、少し騒がしくなるかもしれませんが・・・」

「お気になさらず、西涼の雄のご指南ですし良い結果になると期待してます」

「西涼の雄・・・?先生この方は・・・?」

疑問符を頭の上に浮かべる公孫賛に微笑む盧植さん。

なんとなく思っていたが公孫賛気はづいていなかった。

幽州ではまだ俺の名は広まっていないという事だろう。



しばらく閻忠と鍛錬をしているのを程銀と二人で公孫賛は眺めていた。

簡単な型と合わせ組み手を行うといつも通りに程銀を混ぜて一対一の本組み手を公孫賛に披露した。

閻忠も腕は上げてきている、だが非凡というにはまだまだ。

だが公孫賛の視線を見ると閻忠の組み手に興味を引かれているようだった。

そして、俺と程銀が組み手をしている時には閻忠と何か話をしてから閻忠と共にやってくると俺達の鍛錬に混じった。

閻忠との会話で公孫賛の悩みは風穴をあけることが出来たのだろう。

当人は気づいていないだろう、それとも勘違いをしているのか。

自身助けになっていないのではと、俺達三人の中で己が一番弱いと・・・。

その気持ちが在るからこそ助けられているというのに。

その思いが在るからこそ強くなれる事を知らずに。

もし、このまま俺の体は戻らず、気というものを理解できなければ勁力を修めた閻忠に及ばなくなる日が来るだろう。

そんな日が来ることを俺は望んでいた。

公孫賛に慣れない様子で指南をする閻忠を見ながら、そんな酷く身勝手な望みを抱いた。





夕陽が訪れる頃、公孫賛は明日からの仕事のためと盧植さんの屋敷を後にした。

「今日はありがとう、なんだかすっきりした」と爽やかな笑顔で言った後「あそこに行くのなら気をつけてくれ」と少し穏やかでない一言を残したがそれを俺たちはすぐに理解する事になった。



静かに薄い雲が空を覆いだし今日は酷く暗い夜になるようだった。

部屋で一人書庫から借りてきた書簡を広げ要所をまとめつつ読みやすいようにと翻訳していく。

漢字では少々・・・いや、かなり細かい部分が書き込みにくいというのもある。

英、数、かな、の偉大さを感じた瞬間だった。

「ふぅ・・・これくらいにしておくか」

暗く更けきった夜空を見て一息。

手元にある書簡の分を書きとめ終えて長時間同じ姿勢でいたせいで凝ってきた肩を解し、お茶でも飲もうかと立ち上がる。

すると、コンコンッと戸を叩く音。

「馬龍さん、起きていますか?」

それに答えて戸を開くとなにやら様々な荷物を抱えた盧植さんの姿があった。

「それは、どうかしたのか?」

「時機が訪れたようです。大変急で申し訳ありませんが出かける準備をしていただけませんか?」

昼のうちに前触れはなかったので唐突なそれに驚いた。

時機と告げられてもこれが早いのか遅いのかその正体が未だつかめない。


盧植さんに返事をして一先ずの支度を済ませると外には既に俺以外の面子が顔を揃えていた。

「あっ、馬龍が最後だよ♪」

「準備の方は済ませておきました」

何故か勝ち誇った様子の程銀とその横で嘲風と昇竜の手綱を握る閻忠。

昇竜は閻忠が連れてきていたのかその背には馬車から降ろしていた荷を少し乗せ、俺の顔を見ると早く乗れと催促するように小さく首を振る。

「まったく、夜更けだというのに元気な事だ」

「くすっ、この空でも道中は明るそうですねぇ」


目的の場所へ進む中、盧植さんが言うにはそれは早朝、陽が上る前の僅かな時間にそこに現れると言う。

その中で幾つかの問答を繰り返した。

「ここ”幽州”は過去五百年前よりその名で呼ばれているのですが何故か分かりますか?」

即座に答えるなら知らないと答えるが、少し思考を巡らせて見る。

幽州・・・幽と言う字の成り立ちが解に近いのだとするなら、幽で思いつくものは『幽霊』、『幽界』、『幽暗』、とこの辺りだ。

正直、あまり良い印象と言う気はしない。

この世に関わらないもの、暗さを表現するものばかりだ。

地域としてみるのならここは国の中心から見て八方位では北東、四方位で言うなら北の属する。

北で連想するもの、そのいくつかの中に北枕というものがある、それは確か死者が眠る方角だと言われた気がする。これも『幽』という字に結びつくものだ。

「・・・ん~~」

明確にこれだ、という答えが中々出て来ず、思考に傾けた頭がそのまま姿勢を曲げていく。

「ふふっ、少し難しかったですかね。”北方は陰気が多く溜まりやすく、それゆえに幽冥をもってこの地を幽州と称す”とされました」

「幽冥って何?」

ひょこっと俺の脇から顔出した程銀が尋ねる。

「幽冥とは死後の世界と言う意があります。これから向かうのはここ幽州の謂れの地とされる場所なのですよ」

「えっ?・・・あの世って事?」

恐怖のせいか突然動きを止める程銀。

だが俺は恐怖より先に実際にそんな地があるのならと少し考えてしまう。

そして、何故俺達をそんなところへ連れて行こうというのか考えた。

ありふれたヤクザ物やギャング物の映画でそんなところへ案内されたのならそこで俺達を殺すと言うものだろうが、あくまでこの先に行くのは天意を見るためとしている。

「この先は風鈴の口から言うことは出来ません、先入観というものが先に立ってしまうと見えないものもありますので」

そう言う盧植さんは笑みを浮かべる。

多少の不安が生まれていたがその笑みを見て一先ず危険ではないだろうと判断した。




「ここです」

盧植さんのその声に俺たちは脚を止め自身の足で大地を踏む。

刻で見るなら二刻ほどだろうか、真っ直ぐに進んできたがここまでで目にしてきたのは自然物だけだった。

そして、目の前にあるのもまた自然の風景。

「この谷がそう、なのか?」

二つの岩が道の入り口であるかのようにあり、そこから続くのは地面のそこへと向かうような谷の道。

「はい、この先に小さな丘がありそこへ向かう道がですが。一刻半程度で抜けてしまえる道です、お二人にはこちらの札を持ってこの先へ進んでいただきます」

盧植さんは表に『魔封』と書かれた札を俺と閻忠に手渡した。

幽冥である、それゆえのお守りというものだろうかと札を確認しているとふと閻忠の顔が視界に入った。

「・・・・・・」

俺のようにそれを観察するわけではなく、何を考えているのかただそれを真剣な顔で見つめている。

「道中お話したのですが、この地の謂れのせいでここは人が寄り付きません、それは例外なく賊をしている方々も。ですのでお腰の物は風鈴がお預かりしておきます」

気を取られていると盧植さんが俺達のほうに歩み寄り、俺の剣を指差してそう言った。

「剣を、か。だが万が一という時・・・」 

「はい、万が一、があるかもしれないのでお預かりします」

「・・・わかった」

俺の意図はわかるだろう、だがかみ合わない事を言う。

疑えばきりはない、よもやと疑うなら盧植さんが官と繋がり行く先で俺を捕まえようとしている、という可能性だってある。

だが、その疑念を抱くと言うのはひいては楼杏、紅姉さんを疑う事だと盧植さんの言葉に従い剣を腰から外す。

「・・・閻忠、どうした。お前も剣を渡せ」

「は、はい」

閻忠は少し驚いた様子で俺に返事をし、素直に剣を盧植さんに手渡した。

「では、先に閻忠さん、半々刻後に馬龍さん。お二人を見送った後、風鈴と程銀さんは昇竜さんと嘲風さんと共に先回りして丘の上でお待ちして・・・・程銀さん?」

「あ、あわわわ・・・」

ふと盧植さんに釣られて程銀を見れば小刻みに震えている。

「お前、怖い・・・とかじゃないよな」

旅では夜行も薄暗い森の中でも平気な顔でいたと記憶している。

だが、今程の銀は明らかに怖がっている様子だった。

「あ、アハハハハッ・・・・」

程銀が壊れた。

そして、思いもよらない所で程銀の弱みを発見した。


 まぁ、雰囲気として本当に幽霊が出てもおかしくはなさそうだがな・・・


俺のいた世界ほど科学が発展しているわけではないここではちょっとした自然現象でも幽霊、妖怪などと言われていそうだ。

幽霊、というものを信じていれば怖がる気持ちと言うのは分からないでもない。

「程銀さん大丈夫ですよ。風鈴たちは別の道から行きますのでこんな怖い所を通るのは馬龍さんたちだけです」

「えっ、ほんと?良かった~~」

「盧植さん、今しれっと・・・」

凄い事を言った気がする。

「ではでは、時機を逃してはいけませんので閻忠さんから」

「・・・はい」

やはり何処か気の抜けている返事だ。

程銀のように怖がっていると言う風ではない。


 これは・・・


俺がこの先に向かうのは天意を見るためだ。

それを盧植さんは閻忠にも強く勧めた。

閻忠の天意、これほどに心を張り詰めた表情をするのは天意の何かを見たからなのか、想像しても俺には分からなかった。

「この先に幾つか分かれ道がありますが最終的に同じところへ向かう道です、どちらへ進むもご自身でお決めください」

「了解しました。では、行ってまいります」

そう言って閻忠は一人で谷へと向かっていく。

「・・・あいつは何を見るのか」

「きっと、大切な何かです」

盧植さんはそれ以上答えず、閻忠の背中を見送った。

そして、半々刻が経ち俺は閻忠の後を追うようにして谷へ入っていった。





谷間へ足を踏み入れるとそこには薄っすらと霧が立ち上っていた。

「・・・天意、ですか。こんな所で何を見ろと言うのです」

誰に言うわけでなく、誰に聞かれるでもない愚痴を吐きつつ道を進んでいく。

霧と夜の闇のせいで手の届く範囲がようやくと見えるだけの道。

それをただ歩き続ける、何も見えずとも良いと念じながら。

そうしてしばらく進むと正面に分かれ道が現れる。

「盧植殿はどちらも最後は同じ所へ着くと言っていましたが・・・」

分かれ道の中央に立ち、目を凝らして左右の道を確認する。

左の道はそのまま谷を進む道。

右の道は左よりもやや暗く、こちらからは風で木々が擦れる音がする。

どうするべきと一瞬考えるがここで立ち止まっていては後ろからやってくる馬龍殿と合流してしまうと一先ず谷に沿って進む事にした。

改めて、私がここで悩む必要はないと思い直ったというのもある。

まるで私自身天意を知りたいかのようだと望んでいないそれを拒否するように考えるのをやめ、ただここを早く抜けてしまう事だけに専念する事にした。


目に見えるものが役に立たないせいか、静寂がより際立つ。

風の音、虫の鳴き声、地面を踏む自身の足音。


 ・・・随分、歩いた気になりますね


もう一刻以上は歩いた気がするが、おそらく自身の思う半分も時間が経ってないだろう。

そして、ただひたすらに歩くだけの時間が過ぎると再びの分かれ道。

「また、ですか」

先程と同じような分かれ道、左は谷、右には木々の音。

少し違うとすれば右の方がやや登りぎみだろうか。

「たしか、丘が目的地でしたね」 

自身で口にしながら目標を確認する。

ならばと今度は進路を右にとって進んだ。

想像していた通り先に続いていたのは獣道に近い木々が生い茂るゆるい坂道だった。

それをどれほど進んだ時だろうか足元にポツリと雫が垂れる。

「・・・?」

ふと頭上を見るが空にあるのは薄い雲、雨を降らせたのではない。

霧で木々の葉に雫でもできたのかと一粒の雫に気を取られた自身の額を押さえた。

「・・・?」

額が汗で濡れている。

きつい坂道ではない額に汗を掻く程ではないはずだというのに。

そうして自身の異変に気がつけば何故か息苦しさを感じた。

その場で立ち止まれば肩が上下に動いている。

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・何故、これしきで」

私とて親衛隊をしている身、ここが山のように急な上り道であろうとこれ程までに息を切らす事はない。

それに旅路で親衛隊にいたころよりも厳しい鍛錬に励んできた。

谷に入った時に感じなかった身体の重さを感じる。

熱があるのかともう一度額に手を当てるが汗で手が濡れるばかりでそれ以外は至って普通だと思える。

前日から体調は良好だった、今も寒さを感じることもなければ咳ひとつ出る気配はない。

では何故なのか・・・おかしい、そう思いながらも早くここを抜けてしまおうと再び足を踏み出そうとするが身体がいう事を聞かない。

いつも通りに踏み出したはずの足が半分も行かない所で着地する。

「っ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

まるで引き摺るような足取りだ。

一歩は半歩、そして、次の足を出すまでに倍の時間がかかる。

酷くみっともない姿だ、今ひとりきりでよかったと安堵してしまう自分がいる。

しばらくそんな醜態のまま進むと坂道が終わったのか地面が平坦になった。

そして、まるで私を待っていたかのように腰をかけるのに丁度よさそうな古木が倒れていた。

仕方ないとその古木に腰を下ろして一旦休憩をとることにした。

「はぁ、はぁ・・・はぁ・・・。一体これは・・・」

止め処なく流れる汗、疲労を隠せない足、なんとか呼吸を整えようとしてみても上手く呼吸が出来ないでいる。

以前、ヴリトラに受けた傷は完治したと馬龍殿に言われた。

その通りに昼も馬龍殿の処置を受けずに鍛錬して問題なかったと自身の状態を確認してしると・・・。

ガサガサっと草木を擦する音がした。

小動物が立てるものにしては大きい。

人は寄り付かないと盧植殿は言っていたが獣や賊がいたのかもしれないと古木から腰を離して姿勢を低くし警戒する。

視界には霧が広がるせいでどうしてもその音の正体を見る事はできない。

けれど、確実にそれはこちらに向かってきている。

次第に霧の中にゆらゆらと人影らしいものが浮かんできた。

もしこれが賊だったのなら今の状態では対処しきれない。

身を低くしたまま静かに古木の裏に回り様子を覗おうとしたが、その判断が少し遅かった。

「お前、そこで何しているんだ」

木々に反響したせいかやや曇った響きの声で影は私に語りかけてきた。

だが、返事はしない、こちらからも影であるとしかわからないならばこちらが返事をすればあちらに人がいる事を教える事になりえる。

「・・・”しょうがない”奴だ」

そう言って影が草木を一気に踏み越えて私の前に飛び出してきた。

「っ・・・?!」

その影は私の知る、私が今会いたくない人物だった。







「さて、どちらへ行くべきか。これを選ぶ事も天意への道という事なのかな」

一先ず閻忠の気配を辿ってみようとしたが先程からいまいち掴めない。

良く知った気配なら多少離れても分かるはずなのだが、この谷に入ってからその気配はあやふやだった。

一先ず左右を眺めるが、視界が悪すぎて足跡らしいものも見つけられない。

一旦どちらかに進んで確認するという手もあるがそれはなんだか卑怯と言うか負けた気がすると言うか反則めいている気がして嫌だった。

「まっ、しょうがないな。閻忠の後を付けていく事に意味はないだろう。結果そうだとしてもそれも天意、か」

そう独り言を呟いて分かれ道を進む事にした。

「とりあえずこれ以上視界が悪くなるのは避けておくべきかな」

そう言って分かれ道を左に曲がる。

道をゆっくりと観察しながら進む、幽冥という由来を聞いたせいか霧のせいか辺りの気配が希薄と感じる。

そうしてしばらく進むとまた分かれ道が近づいてきた。

「・・・ん?」

また同じように二つに分かれていると思い立ち止まると先程と少しだけ違っている。

「これも・・・道、なのか?」

疑問を口にしながら見つめる先には道を形成している岩の間に人ひとりなら通過できそうな隙間があった。

ここを通り抜けるだけだったらまずそこを通ろうとは思わないが、俺の目的を考えればこの岐路でそちらへ進むと言う選択はありだ。

「天意を見ていなければ、か・・・」

そう口にすると自然と足は隙間の道へ向かっていた。



そして・・・



俺は・・・



決して会う事の出来ない人物と対面する事になった。















「何故、ここにいるのです?!」

私は立ち上がることが出来ないままそう疑問を口にした。

すると、目の前に現れた人物は小さな笑みを浮かべ私の横に腰を下ろした。

「さて、な」

「・・・はぐらかさないでいただきたいです」

そう文句を言いながら立ち上がるのを諦めて隣に習うように地面に腰を下ろした。

きっと一目で私の不調に気づかれているだろう、そんな醜態を見せたくはなかったけれど何故か先程まで乱れていた呼吸が落ち着いている気がした。

そうしてしばらく私の疑問への答えはないまま静かにその場で座り込んでいた。


 何故・・・


そう頭の中で考えをまとめようと答えは見つからない。

「・・・何故、後ろからでなく草木を分けてきたのです”馬龍殿”」

「お前がそこにいたから、じゃ答えになってないか?」

「っ・・・?!茶化さないでください!馬龍殿は天意を見るためここにきたのではないのですか?!私などに・・・」

一瞬、馬龍殿の答えに落ち着き始めていた鼓動が大きく鳴った。

動揺というに近いそれを捲くし立てる中で紛らわそうとすると馬龍殿は小さく頷いて私を見つめた。

「そうだな。俺は天意を知りたい、知らなくてはいけない・・・だが、お前はどうだ」

私の問いに馬龍殿は答えるつもりがないのか逆にそう私の問いかけてきた。

「私は・・・」

答えに詰まった。

知る必要などない、そう答える以外にないと言うのに・・・。

この方の前で、この方を欺く事をこれ以上したくない、そんな思いがあったからなのかもしれない。

そんな両挟みな感情のせいで私は口を閉ざす以外どう答えて良いのかわからなくなっていた。

「何故、お前はそんな顔している。・・・話せない事があるのか?」

馬龍殿はそう私に問いかけ、それは普段よりも優しく悲しげな響きだった。

「・・・・・・」

私はどんな顔をしていたのだろうか、私はどんな顔で言葉を紡げば良いと言うのか。

自身の顔を見る事は出来ないがただ馬龍殿の顔を見る事は出来ず地を見ていたのは確かだ、紡ぐ言葉で私は何を手繰るというのか。

「私は・・・」

「まぁ、無理に聞くつもりはない」

ふと口を開いてしまった所を馬龍殿の言葉のおかげで止めることが出来た。


 無意識に私は何を言おうと・・・


心の隙間に意識を落としてしまったようだった。

そう考えている間、馬龍殿は穏やかな顔で私を見ていた。

「少しだけ話さないか?」

そして、一度大きく目蓋を閉じるとそう切り出した。

「何を、ですか?」

「あの丘についてしまったら話せない話を」

とても重要な話なのだろうか、けれど馬龍殿の表情にそういった真剣さはない。

「思い出話にはまだ早いだろうが、少しだけ、ここまでを振り返ってみないか?お前はこの旅で何を見て、何を感じているのか。俺が何を見て、何を感じていたのか。そんな程度の雑談だ」

「そのような話でしたら屋敷に戻られてからでも・・・」

「整理したいんだよ、俺は。天意を見る前に、天意を知る前にその後の身の振り方を・・・」

そう言われてしまうと私に否を唱える事はできない。

私に望みを向けてくれた馬龍殿の手を私はとったのだから。

「わかりました、程銀殿も待っていますしあまり長々とした話は出来ないでしょうが、何から話しましょう。」

「そうだな・・・じゃあ、始まりからにしよう」

「あまり長い話は出来ないと、言ったのですが・・・」

「待たせているがだからと早足で歩く道でもないだろ。お前は俺を見てどう思ったんだ?」

多少強引とは思ったけれど馬龍殿らしいとも感じる一言だった。

私は馬龍殿の言葉のままに思い出す、馬龍殿と出会った時の事を。

「安定で初めてお会いした時はあれですね。信じられないと思いました」

「信じられない・・・何をだ?」

「私と背もそれほど変わらないと言うのに、男の方だというのに、まだ歳若いというのに強かった貴方を私は信じられませんでした」

そう始まりはそこだ、何故、どうして、そんな疑問から。

そしてこれが才と言うものなのだろうかと言う結論に行き着くのかと思っていた。

「ですが、違いましたね。その強さは夜通しの鍛錬を見て思い知らされました。私が今までしていた鍛錬などそれに比べれば準備運動にも劣る」

「そんな大層なものじゃない」

「同じ鍛錬をして改めて貴方は才だけの人ではない、その歳でどれだけの鍛錬をしてきたのかと。あれを大したものでないと言うだけあの鍛錬をして初めてあれだけの武を手に出来るのだと。私でももしかしたら届くのではないかと」

そう思い返したのは義真様の前で五体一で立会いをした時の事、そして、夜な夜な一人で鍛錬している姿。

月明かりの元、ただひたすらに剣を降る姿はまるで絵のようだった。


 けれどあの時の私は・・・


「俺なんて・・・」

そう、数日だけだったけれどこういう人なのだと言うのは充分に理解してしまった。

謙虚という言葉で表現して良いのかわからない。

けれど分かるのはこの人はこうして酷いくらいに自身を過小に見ている。

自身を信じていないのだ、だから義真様に対してもあのように一歩退いた形で接する。

まるで釣り合いをとろうとしないその姿が私には義真様の思いを蔑ろにしている様に見えた。

それでも義真様は何を思っていたのか変わらず馬龍殿の傍にいようとしていた。

確かに武人として惹かれるものを持っている人ではある、人柄も悪くはない、知識も並ぶ文官はいない、だがそれ以外の何かに私も惹かれていくようだった。

だから仕えし主を守るため、その忠義のためにと私は彼の本性を暴こうとした。


 あの時はこんな感情を持つなどと思いもせずに・・・


「それから・・・」

そう区切った馬龍殿は瞳で私に続きを促した。

「穎川へ、ですね」

共に旅をし何かボロが出ればと思っても穎川では逆にこの人の凄さを知る事になった。

色々な事を穎川で知る事が出来た。

「董君雅殿、董卓殿、賈ク殿、程銀殿と初めてお会いしました」

董君雅殿の礼の心を知り、華雄殿と仕合をするため勁力という概念を知り、賈ク殿との会話で馬龍殿を狙う者がいる事を知った。

思い出と言うには確かに早いが私にとってそれは貴重な経験となったのは間違いない。

その中でも私の中に残るのは馬龍殿の在り方だったと思う。

董君雅殿と話す時の優しい顔、董卓殿に向ける微笑、賈ク殿と真剣な顔で今後の予定を立てる姿、程銀殿のわがままに呆れ顔ながらそれでも笑みを見せた、私の脳裏に残るのはそんな光景ばかりだ。

その中でも一際気になるのはこの旅で幾度か向けられた事がある笑みと言うにはまだぎこちなさのある微笑。

それが何故か儚げでいつ消えてしまっておかしくないと思えてしまうそんな笑顔。

だから私は旅の中でこの笑みが消えないようこの人を守ろうと誓った。

「た、たしか馬龍殿は安定で先に程銀殿と顔を合わせていたんでしたね」

ふと見れば馬龍殿と目が合い気恥ずかしくなってそれを紛らわすように適当な言葉を口にした。

「あぁ、そうだ」

「・・・?」

すると、まるで気のない返事が返ってきた。

程銀殿とは安定で会っていたと程銀殿からは聞いてはいたがその詳しい経緯を馬龍殿の口から説明されていないのを思い出した。

また何か訂正しなくてはいけない事があったのだろうか・・・一瞬そのような事が思い浮かんだが馬龍殿の口は私に返事をした後開く気配がなかった。


 何故でしょうか違和感が・・・


「どうしたんだ?」

疑問を持つ私に気がついたのか馬龍殿は少し首を傾げ私に問いかけた。



「馬龍殿は何故、私の名を呼ばれないのです」



一番に感じた違和感をそのまま口にした。

けれど馬龍殿からの応えはない。

言われるままにこの旅を振り返っていたが思えばここに馬龍殿が現れてから一度も私の名を呼んでいないと思った。


 それほどまでに私はこの人に名を呼ばれるのを好ましく思ってしまっているのでしょうか・・・


特に私の名を呼ぶ必要のある会話ではないと思うけれど、それが違和感の正体かもしれない。

そんな風に感じていたが、感じ始めた違和感を辿りだすと何故かそれは疑念に変わっていく。

「馬龍殿、私の名を呼んではいただけませんか?」

「・・・それに何の意味があるんだ?」

目の前にいるのは姿も声も間違いなく馬龍殿。

けれど、このような答えはおかしい。

確かに呼ぶ必要はない、けれど普段の馬龍殿であればそれに疑問符を浮かべながらも応える、応えないのであれば理由を口にする、そんな気がする。

この馬龍殿の応えは背に流れる汗を冷たく感じさせた。  

静かに自身の勁力を足に集める。

疲労感は残っているがそれでも動けないほどではないのが確認できた。

「一度で構いません、名を呼んで欲しいのです。それが私の”天意”に関わるものかもしれません」

これは嘘だ、それもこれは馬龍殿を騙す嘘。

それでも一度確認したかった、馬龍殿がそれに応えてくれるのかどうかを。

「・・・」

目の前にいる馬龍殿は考える仕草もなく、口を閉ざしたままだった。

そして、ゆらりと立ち上がろうとする動作が見て取れた。

「っ・・・」

咄嗟に飛び退いて馬龍殿から距離を取り立ち上がる。

そんな私に正対するように立ちあがった馬龍殿は笑みを浮かべた。

旅の中で見た事のない、まるで嘲笑うような笑みだった。

「貴方は誰です!」

「・・・俺は俺・・・お前はお前」

「何を言っているのです!」

まるで答えにはならないそれでようやくの確信を得た。

それが自ら私の疑念を肯定する。

「俺は影、ただ霧の中に漂う者」

「影が何故馬龍殿の姿をしているのです!」

「お前が誰の姿を見ているのか知りはしない。ただ俺は幽冥なる地に漂いし魂の一片。霧中の迷い子の生み出した投影。その姿形、仕草、性格も・・・お前自身が霧に落とした影に他ならない、迷いし心の姿」

馬龍殿の姿は蝋燭の炎のように森の中で揺らめく。

もう疑う余地もなく、それは馬龍殿ではなかった。

「私が望んだと言うのですか」

「俺は後悔の中、ただ漂う魂の一片。何を思い、何を知り、何を求めていたのかは知らないが捉えたお前が見えているものが真実」

気でもおかしくなったのだろうか、私は人ならざるものに解を求め・・・それは私の瞳に映す者が答えなのだと言う。

「だが、俺がお前の前に出てきたのは俺の想いがそうさせたのかもしれない」

「・・・貴方は何を想うのです、私に」

「迷う果てにお前が何を想うのか知りたかった。俺はこのような姿に成り果てて尚迷い続けている。あの時何故、と」

ゆらりゆらりと揺らめく馬龍殿の姿は次第に人の形をした黒い影に変わっていく。

そして、その声色も少しずつ馬龍殿のものから枯れた老人の者になっていった。

気づけば私は異形の者を前に耳を傾けていた。

「ワシは何故あの方と共にいなかったのか、ワシ一人では意味はない、ワシである必要もない。そんな気持ちがそうさせたのか。あの方があのような最後を迎えるのであればワシは最後までその背を見ていたかった」

影はただそこに揺らめき立ち後悔の言葉を繰り返す。

「あの方、とは誰を指しているのです」

「わからぬ・・・もうあの方の名を思い出せぬ。ワシはワシ自身誰であったかもわからぬ。ただあるのは悔いる念ばかり・・・」

どれほどこの方は悔い続けているのか、肉体はなくこうして影のような存在になってまで何を悔い続けるのかただ影は語り続ける。

「ワシは今生の別れとなるかもしれないと一目その姿を見るつもりだけだった。けれどあの方はワシの手で首を刎ねさせようとする。そして、迷う間もなくあの方は自身で首を刎ねた。恩賞などワシはいらぬと言うのに・・・望むものはただひとつあの豪快な笑みを見せて欲しかっただけだと言うのに・・・」


 笑みを見せて欲しい・・・


それは少しだけ私の望みと似ている気がした。

”あの方”が望まれた事も。

「あの方の亡骸は五つに引き裂かれた、何故そのような最後を迎えねばならなかったのか。天がそれを定めたと言うのか、あぁ、口惜しい何故ワシは・・・何故・・・」

そう言葉にして揺らめいていた姿は私とは別のほうを見ている気がした。

私にはただの黒い影となっていたけれど空を見ているのだと感じた。

そして、ふと思い至る部分があった。

”自身で首を刎ね”、”亡骸を五つに”つい最近目にした書物に出てきた人物の死の際と酷似していた。

西楚の覇王『項羽』の最後がそれだった。

「あの方が逝かれてからワシの空はいつの日からか黒に染まった。これはワシの後悔が染め上げたのか、それとも空とは初めから漆黒であったのか。あの方の剛毅さがワシの空に色をつけていたのかもしれない。お前にはこの空、何色に写る」

「私には・・・」

影の言葉に促されるように空を見上げた。

霧の中であったというのに顔を上げれば夜空がはっきりと見える。

ここに辿り着くまで薄い雲が覆っていたはずの空には既に雲はなく星々が煌いていた。

漆黒と表現するには星の明るさがあり、何色と言うか少し困っていると影は私に語りかけてきた。

「漆黒でないのならお前はまだ悔いていないのだな。悔いなく進まれよ、己が想いを偽る事はするべきでない。ただそれだけで空に星は煌くだろう」

「何故、そのような事を私に言われるのです」

「空は青であってほしい、このような空を見るのはワシ一人で充分だ。悔いて彷徨うのはワシがいれば充分だ、彷徨う魂には生者を妬み、羨み引きずり込む者もいるがそんな者ばかりになればワシの空は闇となろう。あの方はそのような事を望んで覇を唱えたのではない」

空から再び影を見ればその姿は霧の中に包まれていくようだった。

「選択を行うものは苦痛を味わう。だが・・・苦痛を嫌えばそれだけの悔いを残す・・・。もし、苦痛を嫌うのなら空を見上げよ、お前の空は何色なのか・・・それが・・・」

声は次第に遠のいて行き・・・。

「お前は・・・ワシのようには・・・・・・」

影と共に霧の中に消えて行った。

私は一人その場に取り残され再び空を見上げた。

「私の空は・・・」

そう呟いて心の中に残るそれを思い浮かべた。

それが悔いになるのかと想いながら。

ただ一つ分かるのは私の中の迷いは私自らが晴らさねばならないという、単純で苦痛を生む選択をしたという事だけだった。

そして、いつの間にか息は整い、汗は引いていた。

疲労から来る倦怠感も今はない。


 けれど・・・


けれどそこから踏み出そうとした足は未だ重さだけを残していた。

「・・・問わねばならないのです、私は」

そう言って一歩。

「告げねばならいのです、私は・・・」

それでまた一歩。

進む一歩一歩は重い、思いの重さだと感じる。

私が馬龍殿、義真様に向けた想いがその重さなのだと噛み締めながら程銀殿達が待つ丘へと向かった。

そこには既に本物の馬龍殿がいるかもしれない。

だから、最初に問う言葉は決めて。

次に告げる言葉を決めて。

これが天意であろうと、なかろうと悔いを残さぬために。

私は進む事を決めていた。









++NextScene++



++水面が知らせ、風が伝える++





さて、




・・・




・・・・・・




一先ず、閻忠まとめ回・・・なんですが

序盤、せっかく幽州にいるのでと公孫賛さん出てきてもらっているのですが・・・ここを抜けると多分・・・

いや、好きなキャラではあるんですが現状のオリ主の基本拠点は西涼ですので・・・幽州って遠いなぁ、と書きながら思うのです

そして、気になるのが一刀さん達ってどれだけの速度で大陸移動して・・・っと脱線してますね。

次、中盤から今回の主題がありまして

『後悔』というものですね、”後悔先に立たず”と言われるのは仕方のないことなんですけど、実生活でも買い物する時とか受験の数日前に勉強をサボった時とか「あぁ、きっと後悔するなー」と思った事があったりするんですが


先に立ってたやん!!


ってな具合な事が多々々々々々ありました、ので実際に後悔さんが目の前に現れたらと書いてみた次第。

それでも後悔はするのかどうかというところですね

役回り的にここで一先ず閻忠の思いは前を向いてもらう必要があるので後ろについてきそうな思いはここでけじめをつけてもらったと言う感じです


ん~ちょっと尻つぼみ感?これはまたどうしたものか

後悔するのか大反省会となるのか

作者の見上げた空は漆黒に染まっていますが

まぁ、元より一級後悔士の作者なので次へ進みます


では特級の試験会場を探しながら次話を書きます







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