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恋姫天衝 ~対極の御遣い~  作者: 雀護
・沛国~
28/44

収穫






++走り出す思い、変化への布石++











覚醒を始めた意識の中、目蓋の向こうから赤々とした光が瞳を刺激する。

次第に意識ははっきりとしてきて自身が眠りについていたのだとわかった。

目を開いて、体を起こし額に触れる。

「・・・さっきの痛みは」

倒れる直前に感じていた痛みはない。

そして、随分と懐かしい夢を見た気がした。


 っ・・・?! 

 

記憶を整理しようと頭を回転させた瞬間、咄嗟に周囲の状況を確認した。

”董卓を殺せ”そう頭の中で声が聞こえた時と酷似していた痛みだったのを思い出したからだ。

辺りには俺以外の何もない。

「・・・何も、なかったか」

少し安堵しながら、自身に何か代わりがないかと両手を使い体を確かめる。

「こっちも特には・・・」

草むら、地面に直接倒れていたせいで多少のへんな跡がついてはいるがそれくらいだった。

腰に下げた剣は使われた形跡はないし身に着けているものも異常はない。

それから、俺が倒れる直前に触れた石に視線を落とす。

ただの石としか思えない。

慎重に近づき、それを見ても変哲もないもの。

強いて言うのであればやや大きめで傷一つない整った形をした石だと思うくらい。

手を伸ばして触れても感じるのはひんやりとした感覚だけ。


 一体、何が・・・・・・


何度か気を失う直前の記憶を辿ってみるが一向にその兆候といえるものはなかったと思う。

再び周囲を観察すれば昼よりも夕に近い時間だった。

頭の中ではただの頭痛ですませても良いのかもしれない、寝不足で体が停止したのか、という結論が大半を占める。

それは状況からしてもおかしくはないものだが、何かがひっかかる。

しばらくの間堂々巡りに思考は巡る。

「・・・わからんな」

気になるのは確かだったが周囲にも自身にも異常がないので考えても結論にはならない。


 ・・・しょうがないか


結論付け出来ない心地悪さはあるもののここで得られるものはなさそうだったので一先ず小屋へ戻る事にした。



しばらく歩いていくと前に踏み出した足が勝手に停止した。

小屋が見える少し手前で明らかに気配が変わったからだ。

鈍ってしまった俺の鼻でも分かるそれは圧倒的な力の残滓。

そして、歩く速度を落とし進み切り開かれた空間を視界に捉えるとその有様に眉が沈む。

一先ず小屋には何もなかったが、その周辺が暴風に切り刻まれたように抉り取られていた。

 

 何が・・・あった?


警戒を高めより慎重に歩を進める。

残滓があるもののその元凶の気配はない。

そして小屋に近づくと小屋の影にいる昇竜の姿を捉えた。

「あ・・・馬龍・・・」

近づく事で昇竜の影にいた程銀が声を発した。

疲弊しきった様子の程銀は小屋の横でへたり込み、その近くに閻忠の姿もあった。

「何があった」

「その前に閻忠さんを・・・少しまずいかも、まだあたし動けそうにないからお願い」

「まずい・・・?」

俺の返しに程銀は頷く。

正直、こいつの状態も良いといえないが言葉の通り行動する。

小屋に体を預けた状態の閻忠に近づく、閻忠は意識を失っているのか反応はない。

見た限りで外傷はないが閻忠に触れることで状態を理解した。

「っ?!!!」


 確かに、これはまずいな


勁脈は破裂寸前、恐らくは過度な負荷をかけたせいでおきた症状で腹部には一部もぎ取られたように勁力に穴があるようにも見える。

程銀の言葉の意味を理解し、手当てをするため閻忠を抱え上げ立ち上がる。

「少しだけ辛抱してろ」

そう程銀に声を掛けると小さく頷き瞳を閉じた。

それから昇竜に目配せをするとそちらも同じように頷く。

どちらも疲弊した様子なのだがそれが異常だと思えた、状況が許すのなら先に状況を聞きだしたいが閻忠の容態はそれを許してくれない。

急いで小屋の中へ運び、寝台へ寝かせもう一度勁脈を確認する。

 

 何があったらこんなに


処置を行えば命の危険はないが閻忠の勁脈を直すには一刻を争う。

まだかすかに機能している流れが途絶えたのなら流れは枯渇する、それはつまり兵士として致命傷といえる。

「これを試すのは初めてだが・・・やるしかない、か」 

そう、状況はどうであれ”今”閻忠を失うわけにはいかない。

俺の技を教えているこいつ。

簡単な歩法や型の一部を教えた麹義とは違う、閻忠だからこそ俺は教えようと思った勁とその知識。

その役目を託すまでは・・・それを理解するまでは俺はこいつを利用しなくてはいけない。


 ほんとに俺は”愚か者”で・・・浅ましい







「ん、うぅ・・・」

体の熱さに意識が戻る。

「目が覚めたか。だが今は動くな」

聞こえてきたのは馬龍殿の声。

それはとても私を安心させた。

一瞬、体を動かそうと軋ませた体から自然と力を抜ける。

「・・・了解しました」

「今、お前の体に勁力を流している。多少体が熱いかもしれないが流れが安定するまで我慢だ」

「・・・はい」

熱いと感じていたがそれも次第に熱が落ち着いていく気がする、それは何故か暖かで心地良いと思えた。

瞳だけ動かして馬龍殿を見ると、私の腹部辺りに手を当てていて真剣な面持ちで額に汗を浮かべていた。

「・・・申し訳、ありません」

「気にするな」

あっさりとした言い方で、少し冷たいと思える反応だった。

けれど、程銀殿の言葉を少し理解できた気がした。

”あんな風にいう時ほど優しいからね、馬龍は”確かにそう思える。

だが、だからこそ今はそれが少し辛い。

思い返すのは華雄殿との決勝戦、馬龍殿の乱入がなければ負けていただろう一戦だったが多少の自身にとってはそれが自信になった。

+過剰なほどの自信ではなかったが、あれには手も足も出なかったそれが・・・。

 

 ・・・不甲斐無い


私は何一つ活かす事はできないまま、一太刀どころか触れることさえ出来ずにあれに負けた。

「馬龍殿、私は・・・」

「悪いがまだ話すのも禁止だ。これは俺も不安な処置だ、今は可能な限り体内を安定させないとお前は皇甫嵩さんの下に戻れなくなる」

淡々とした口調だったがその意思は私に伝わってきた。

小さく頷くと馬龍殿は了解と受け取ったのか静かにその手を私から離した。

すーっと暖かな感覚が抜けていき、かすかにその名残を感じるだけになった。

「一先ずこれが俺の限界だ、不調があればすぐに教えろ。程銀たちの治療があるから少し外す、もう少し寝ておけ」

馬龍殿の手が優しく私の頭を撫でる。

そして戸の向こう側へ消えていく。

私はあの時これだけ優しくしてくれる方を、その期待を蔑ろにしようとしたのかと思うと酷い罪悪感に襲われる始めた。

それがたとえあの方を思ったものだとしても・・・。


 私は”愚か者”だ・・・義真様、私は・・・本当に愚かです・・・




知らぬ間に眠りについていた。

馬龍殿は私の頭に触れたときに点穴を打たれたのかもしれない。

そして再び眼を開くと、程銀殿と共に馬龍殿が戻って来る所だった。

程銀殿に目を向ければそれに小さく答えてくれた。

「ごめんね、馬龍」

「・・・・・・本当なのか?」

外で程銀殿が事情を大まかな説明してくれたのだろう、いつもどおりの調子に戻っていた程銀殿は馬龍殿と言葉を交わしながら卓に座った。

「少~~しだけやりすぎちゃった。思ってた以上に強かったからあたしもって」

「・・・嘘だとしたら今後の食生活は絶望的なものになるが?」

馬龍殿はじっと程銀殿を睨むように見つめる。

私のほうからも分かる限りに冷や汗を流しながら程銀殿は答えた。

「あ、あはははっ、ホントーだよ。えっと、閻忠さんもごめんね」

謝るのは私の方だ。

程銀殿に無理を言ったのは私なのだから。

程銀殿はそれを承諾してくれたものの私個人の我が侭に近いそれはきっと馬龍殿に対しても謝罪をしなくてはいけないものだ。

「・・・少し、無理がある気がするが?」

「えっと、あの、それは・・・閻忠さんと”立会い”をしてた時に昇竜ちゃんが混ざってきちゃって・・・」

「昇竜に聞いてみはしたが、あいつは何も答えなかった」

「少し派手に立ち回ってたし、小屋の周りも荒らしちゃったし、きっと昇竜ちゃんも言いにくかったじゃないかな?」

やや無理のある説明をしていると思う。

それに疑念の目を向けているようで馬龍殿は指先で額を押さえて少し考え込んでいた。

程銀殿の言っていることに嘘はない。

けれど重要な名前はそれには含まれていない。

以前ならば私は知らせていた。

それが職務として、馬龍殿の護衛としての私の役目。

けれど今、馬龍殿の人となりを知った今はあれの存在を教えてはいけないと思える。


 それを知ればきっと馬龍殿は・・・・・・


「・・・何を隠そうとしている」

「な、何も・・・。あたしと閻忠さん、昇竜ちゃんがやっちゃったんだよ。本当に馬龍には面倒かけちゃうって、悪いなって思うんだけど・・・」

「・・・悪いと思うのなら、”今後”あんな事にはならないと言えるんだよな」

案の定と言うべきか、やや間をおいてから馬龍殿は程銀殿に返す言葉はまるで何があったのかを見透かすかのようだった。

「えっと、それは・・・多分、大丈夫」

「もうしばらくしないうちに陳登がここに来るが?」

「大丈夫、絶対に!喜雨ちゃんはあたしが守るから」

「なら良い。これ以上は聞かないでおく・・・今はな」

小さな溜め息を吐いた後、馬龍殿の瞳がちらりと私を見た。

私達の隠し事に気づいたのだとそれは言っているが、それでも馬龍殿は今は問わないと明言した。

この秘め事もいつかは話さなくてはいけない、きっと馬龍殿もそれを望む。

 

 しかしその時まで、今この時だけは


中央の間諜の手を避けなくてはいけない中であれと接触するのは馬龍殿の望みを遠ざける、そんな気がした。

故に私はあの時・・・取引をした。






それは程銀殿が暴風の中で応戦し、昇竜殿もそれに加わった時。

明らかに劣勢だった。

昇竜殿の体躯をもっての体当たりは片手で軽々と止められ押し返された。

盾を構える程銀殿はその隙に反撃を試みても避けられ程銀殿を盾ごと吹き飛ばす。

そしてそれは次第に一方的になっていった。

あれはただ楽しむように程銀殿達を弄ぶ。

力の差は明らか、あれはまだまだ余力を残していたのが見て取れた。

いつ、どの時機で・・・生殺与奪は容易とあれは笑っていた。

気が途切れそうになるのを何とか堪えながらそれをただ見るだけの私に出来たのは口を開く事だけ。

そして開いた口から出たのは命乞いではなく交渉、取引のための声だった。

「ヴリトラ殿っ・・・」

「な~に?」

思うよりもあっさりと暴風が収まりそれは私に視線を向けた。

風が止むと程銀殿と昇竜殿は息を荒げて地面に膝をついた。

これから言葉にするものが通じなければ本当にあれにとって私の存在は用済みとなる、そしてもうこれだけの隙を見せることはないだろう。

だがそれもこのヴリトラという化け物には通じる気がしない。

「ねぇ、僕に用なんでしょ?ウソツキさん」

私を見て少し喜びにも似た表情を浮かべているように見えた。

「貴方の探し人、佐伯・・・龍成殿と言いましたがどのような方、なのでしょうか?」

「ん?えっとね、とても優しくて、強い僕の相棒。僕の命の恩人で僕と一緒に遊んでくれた人で・・・裏切らない人だよ」

まだ見ぬその姿が馬龍殿と重なった。


 っ?!!・・・違うと言うのに・・・何故・・・


「どうしてそんな事聞くのかな?馬龍って人の場所教えてくれる気になった・・・ってわけじゃなさそうだけど」

「えぇ、話すつもりはありません」

「じゃあどうするのかなぁ?」

「私達の方でその、佐伯殿を探すのをお手伝いしようかと」

ヴリトラの姿が消えるとまた忽然と私の目の前に現れ私の瞳をじっと見つめた。

「へぇ~~今度は嘘じゃないんだね。でも君は馬龍って人には会わせてくれない。会わせてくれるのが一番早いと思うけど?」

「馬龍殿にお会いしても佐伯龍成殿に会えるわけではないでしょう?」

「それは~~、そうかも。ならどうしたらいいのかな。今の僕にはその人に会う以外良い方法がないんだ」

「私達は旅の途中、もう少し詳細な特徴を教えていただければその先々で探す事もできるでしょうし、何より先に出会った方々にその情報を聞く事が出来れば見つかるかもしれません。それに、馬龍殿にもお伝えしましょう。その上で馬龍殿がお会いするのを望まれれば・・・」

「会わせてくれるって・・・少し面倒だなぁ。僕は君の言うことを聞く必要ないし、騙すつもりはないみたいだけどわざわざそんな事しなくても・・・」

「馬龍殿と会うことは叶うかもしれません。ですが周りを見てください」

ヴリトラは周囲を見て程銀殿達の姿、そして再び私の姿を見てから首を傾げた。

「旅の同行者が貴方に傷つけられたと分かれば馬龍殿が貴方に情報を伝えるとは思えません。それに今の状態でもその誤解をされるかもしれないのですが?」

「あぁ、そういうことか。それは少し困るかな」

「私の提案を受けていただければ貴方は探し人の情報を得られる、上手く運べば引き合わせることも出来るでしょう」

これで首が横に動けば私の出来る事はない。

ぐっと心の底で覚悟を決め相手の出方を待てば唸り声を上げ一人でに回答をだしたのかすぐに首が縦に動いた。

「うん、わかった。でもそんなには待てない。お兄さんを一人にしたままじゃいられないんだ」

「一ヶ月、それまでに情報を集め、それを貴方に報告しましょう」

「それくらいなら~・・・いいよ」

正直もっと拗れるかと思った、なにより首が縦に動くのも賭けだったそれは意外にもあっさりと承諾された。

「意外って顔してるけど。僕はね、君の事信頼してないよ。だけど裏切らない人って言うのは嫌いじゃないむしろ好きだから。だからその一ヶ月はその分」

顔に出さないよう努めていてもこれには通用しないようだ。

良く見れば外套の下で屈託は笑みを私に向けていた。

まるで年端もいかない少年のような笑み。

「今日は一先ず退くよ。じゃあね、”閻忠”」

ヴリトラは地を蹴ると高々と空に抜け姿を消した。

そして、圧迫されていた空気が拡散していく。

いつ、というものは決めても何処でというものは決めていないという間の抜けたものだったが、あれには関係がなかったのだろう。

一ヵ月後、必ずあれは私の前に姿を現す。

その時までに私は・・・その時までは馬龍殿に・・・そう程銀殿と昇竜殿に思いを告げると緊張の糸が切れたのか体の感覚がなくなり共に意識が消えていった。




あいつらは何を考えているのか。

小屋の前でただ事ではない事態が起きたのは明白だった。

それを隠そうとしている。

ようやくと情報を仕入れる事ができそうなこの時に、と少し苛立ちそうになるが見方次第では俺に対しての変化と思えた。

それに飯を脅迫の元に使ったというのに程銀は口を割らない。

瞳を閻忠に向けるがその様子窺ってみたが程銀と共謀しているのだろう。

程銀だけならば無理にでも聞き出すか探り出すつもりでいたが、閻忠が一枚かんでいるのなら悪い方向に向いていても最悪になる前にあいつは俺に伝えるだろう。

少々楽観的がすぎるかもしれない。

けれどこの事態は閻忠の判断に任せる事にした。

何せ俺には考えるべき事が増えてしまっている。

「ねぇねぇ、馬龍」

「ん?なんだ?」

一先ずは目の前の問題を考えながら荷物を閻忠用に薬をあさっていると程銀が呼びかけてきた。


 何でこいつはいちいち俺の呼ぶのに名前まで言うのか


「あたしが言うのもなんだけど~、ほんとにいいの?」

振り返れば首を傾げて俺を見る程銀の不思議そうな顔。

本人も自覚しているのだろう、隠しきれていないという事実に。

「何か危険があるのなら無視できないが今後はあんな事にはならないと聞いたし、陳登はお前が守るんだろ」

程銀はコクリっと一度頷き、それでも疑問が解消しないのか同じ表情のままだった。

「なら、今はそれで良い。多少の、えーっと苦難っていうのかそれも旅に付きものだろう。俺の天意を探す旅だ”知るべき時”が来れば答えはそこで知れは良いんだろう」

「なんて言うか、意外・・・。馬龍ってもう少し利己主義だと思ってた」

「昔はそうだったかもしれないが、今は少し違う・・・のかもしれないな」

傭兵などという仕事をしていた時ならばもっとリスクに敏感に反応していただろう。

思えばそれは失いたくないという気持ちだったのだと思う。

厳密には利を得るというより損を避けていた。

今のように摩訶不思議な現象に巻き込まれなければどのような事が起きるかわからない天意など追いかけはしない。

けれど、一部分では変わっていないのだと思う。

だからこその保険の数々とこの治世の情報を探るための方策に根回し。

「ふぅ~~ん、そっか・・・ふふふっ、馬龍ってやっぱり変わってるね」

曖昧に思えた答えだったが程銀は少し納得したように笑う。

だがそれで納得していいのかと今度は俺が首を傾げそうになった。

「まぁ、納得したのならここまでにしておけ。俺の興味がそっちに向いたら困るんじゃないか?」

「そうだね、そうする。ところでそれ何?」

程銀は俺が会話を片手間に用意した薬を指差す。

「お前と昇竜にも塗ったものと同じだ」

「あのスーーっとするやつ?」

「あぁ、閻忠にも必要だからな」

すっと程銀の前に差し出すとすんすんっと鼻を近づけて嗅いで首を傾げる。

「ん~~、あたしに塗ったのと違ってちょっと良い匂いだね」

馬油と薬草を混ぜ込んだ軟膏に近いもの、閻忠用に少し香草も混ぜているので常備していたものより匂いは違うが・・・。

「って、おい!」

閻忠に塗るのを程銀に任せようと差し出していたのをひょいっと程銀は指で掬って食べた。

「っ?!!うぇぇ~~まずゅい」

「塗り薬を食うな!・・・まったく、馬鹿やってないで閻忠に塗ってやれ」


 本当にこいつの考えは時折読みきれなくて困る


盛大な溜め息を吐いて薬を程銀に押し付けると晩飯の支度のために小屋を出た。




米が炊き上がる頃になって林の向こう側から馬蹄の音が聞こえ、ようやくとなるのか予定していた時間より遅れて陳登達が現れた。

そして、勁力が安定した閻忠を含め揃っての晩飯をとった。

その中で予定が遅れた理由を問えば役人が数人が俺を探していたと言う。

それを体よくあしらった上で探りを入れている勢力の情報を仕入れてくれていたらしい。

「また一つ借りが出来てしまった」

「いえ、私が”好きでやった事”。お礼と言うのであればこの夕餉を食せるだけで私は充分満足と思えます」

陳珪は小鉢の料理に箸を伸ばしながら笑む。


 ただより高いものはないって言うが・・・これを返すのにどれだけのものが必要になるか・・・


俺のかけている迷惑を考えれば俺の手など微々たるものでしかないように思える。

だがまだ一個人としてのやり取りの範囲であるならと割り切る事にしている。

ふと視線に気づいて陳登の方を見れば少し膨れ顔。

「あの人たちは本当に迷惑・・・。でも龍さんの知識はとても興味深い事ばかり、差し引いても貴方はぼく達に必要だった」

「そうなの?あたしは何を言ってるのかほとんどわからなかったけど・・・」

「大丈夫、来年には分かる。来年はもっといいお米が収穫できるはずだから」

語尾は少々不安ながら力強い瞳で陳登は俺を見つめる。

それはまるで誓いのようでいて、陳登の目的は来年を見据えているのだろう。

それを何を思うのか少し遠目で閻忠が見ている。

「まぁ、その歳であれだけの農地を管理しているんだ、俺の口出しなど必要じゃ・・・」

「必要っ!」

「いやだがな・・・」

陳登は少し大きな声で俺の言葉を遮った。

けれど俺の思いは変わらない。

陳登には才がある、日々多くの勉強をしている、そして作物を育てるという情熱。

何を為すにしても大成する条件は持ち合わせている、それがとても眩しく思えるしそのまま正しく進んで欲しいと思える。

「貴方のおかげで試験農地はもっと良くなる。・・・もっと聞きたい事がある。出来れば田作りから見て欲しい」

「喜雨、駄目ですよ。馬龍さんの都合と言うものがあるのですから」

陳珪の諌める声に陳登は少し俯く。

そんな反応をするとは少し予想外だった。

出会った時にはジトリとした目で睨まれて疎まれていたのだと思っていたが今は少し残念と言う感情が読み取れる。

それが少しだけ俺の感情に引っかかる。

「田作りを手伝えるかはわからないが、機会があれば手伝う」

「えっ、本当?」

陳登はよく俺の言葉を聞きそれを実践できないかと良く相談していた、きっと良い農学者となる。

今の時代で考えればそれは乱世をとめるために必須の人材になる。

だから、出来る限り俺の知識を解放した。

それを嬉々として喜ぶ姿に俺も少し嬉しくなって。

「あぁ、友好を、そう言って手にしたのは何も陳珪さんの手だけじゃないからな。まぁ俺の手などその時必要となるかわからないけれど・・・」

「きっと、ううん、絶対に必要!」

それにもしそれが叶わなかったとしたとしても彼女が陳珪の後を継ぐような時、きっとその地の民は飢えに苦しむ事態は避けられる。

それだけでこの陳珪の瞳は俺には希望の輝きにも思える。

陳登の頭を撫でて答える。

俺の持てる最大の返礼として。

「じゃ、その期待を裏切らないように努力しよう」

「ふふふっ、やはり貴方の手をとったのは正解だったようです。あのような役人などに手を貸すよりよほど・・・、ですので尚の事少々残念です」

「残念?陳珪殿それは一体・・・」

「あっ、まだ言われていなかったのですか」

「あぁ、頃合を窺っていたんだ。だが予定通りに動きを見せているみたいだから昨日言ったように数日中にここを立つ」

「「「えっ?!!」」」

三者三様だが驚いた顔で俺を見る。

けれど、滞在日数を見れば突然というわけではない。

先にそれは告げていたし何よりこれ以上は陳珪の負担が大きくなっていくだろうというのは先に報告されていた。

それに目くらましと言う意味で言うならもう充分といえる時間は経過した。

「馬龍さんにもう少し滞在願いたいとお引止めしたいというのは山々ですが行かれる場所がある旅ではそれも出来ません」

先に言葉を紡いだのは陳珪。

その顔にはやや影が掛かっているがすぐに笑みを作り俺に手を指し伸ばした。

「ですが、諸々が落ち着きましたらいつでも私達は歓迎いたします。勿論、閻忠さんと程銀さんも」

それを締めくくりの言葉として沛国で陳珪と陳登を交えた夕食を終えた。



そして夜が開け、陳珪たちは自身の屋敷へ戻っていく。

名残惜しそうに見つめる陳登の瞳が少しばかり後ろ髪を引かれる気持ちだが俺に絡みつく糸が解けるまでしばらくの別れ。

「じゃあ、あたしは喜雨ちゃん送ってくるね」

「あぁ、食料も頼んだ、忘れないようにな。忘れたら一人分食事の量が減る」

「わかってる、喜雨ちゃんと色々見てお昼も食べてくるよ」

「ん?あぁ、わかった」

やや違和感。

程銀が自主的に俺の意思を汲み取った・・・とは考えがたいがそれでも都合が良いと了承して程銀たちを送り出し、閻忠と二人小屋に残された。

「ぐっ・・・」

陳登達の後ろ姿が見えなくなると平静を装っていた閻忠がその場に跪いた。

「まったく、無理をするなと・・・まぁ、しょうがないか」

すぐさま閻忠の背に手を当て勁力を送り込む。

陳登の訪れは程銀は勿論、閻忠も歓迎していた。

幼いながらも対等な友人と触れ合うように見えた。

「・・・申し訳ありません」

緩やかに、慎重に、この技はその加減がとても難しい。

元より見よう見まね、勁力を外から送り込んで内功を活性化させ、一時的に俺の勁力を閻忠のものとして利用させる。

その効果で自身の勁力を使うよりも格段に勁脈の負担を小さく出来る。

それが今のところ上手くいっている。

せめて、閻忠の勁脈が回復するまで何もなくいければ良いのだが・・・・・・。


 華佗、最悪・・・いや保険は必要だな


「まだ日に数度は俺の勁力が必要になるだろうから鍛錬は俺のいる時以外は禁止だからな」

一先ずの勁力を送り込むと閻忠の背から手を離す。

懸念される事は多いが予想よりも回復は早い、恐らくでしかないがこれも気の影響に起因するものだと思う。

もし俺が同じ状態になれば二か月は回復に費やさないといけないが今のようにやせ我慢でも動けているのなら二週間もあれば勁脈は回復できる。

「少々予定はずれたが先に内功を鍛える、それと同時に勁力の知識も並行で進める」

「あ、あの馬龍殿・・・」

「?」

予想外の言葉だった。

普段どおり「了解しました」の一言だと思っていたが閻忠は俺に振り返るとなにやら思いつめた表情をしていた。

「いえ、あの馬龍殿の申されている事は私を思っての事だと嬉しく思いますし、私もそれを望むものなのですが・・・」

言葉を聞いて”そう言う事か”と閻忠の様子に納得した。

これは多分、閻忠なりの線引きだったのだろう。

答えを、出すまでの時間として。

「それらは私になど過ぎた事ばかりで、その・・・いえ、これは、やはり・・・」

「一先ず中に入ろう。程銀もしばらく戻らないし丁度良いだろう」




小屋の中に入り閻忠の前にお茶を差し出す。

こうして二人だけでのお茶というのはなかったかもしれない。

「一応、先に言っておく。・・・お前が今から問う事は全て答えるつもりだがそれが正解だとは思うな」

「・・・それは嘘をつかれる、と言うことでしょうか?」

「いや、嘘で誤魔化すつもりはない。だが俺の答えがお前にとって納得のいくものにはならないかもしれない、と言う意味だ」

閻忠はやや眉をひそめて俺を見る。

それは当然の反応。

だが俺との旅を終えれば、一人その答えに悩まされ縛られるのはきっと俺と同じ間違いを犯す危険がある。

それゆえに答えにならないものを答えという事実を受け入れてもらわなくてはいけない。

「わかりました。ですが・・・その、私は・・・」

「まず一人で悩むな。穎川以降、お前が俺に”何故”と問いかける回数が減ったのは知っている。その理由もおおよそ理解できているつもりだが」

そう告げると閻忠は少し俯く。

悟られていないと思っていたのだろうがあれだけ分かりやすい表情で言葉をとめていれば誰だって閻忠の変化に気づく。

「すぅーーっ、はぁーーーっ・・・で、ではお聞きします」

閻忠は少し緊張した面持ちで顔を上げると気持ちを整えるように呼吸をした。

「・・・私が馬龍殿に同行する事になったのは馬龍殿の意思、なのですよね?」

それに頷いて答える。

「安定では私のほかにもこの任を志願するものは何人もいたと思いますが・・・」

「だろうな。実際何人かは直接俺に言ってきた奴もいた、その中に麹義、お前の上司もいた。悪いがあいつじゃ駄目だ、あいつは自身の目標を既に持っているからな」

「では”何故”私だったのでしょう?」

解禁された何故、それが最初に言うのは今の閻忠の立ち位置を定めるものだった。

「お前が一番の適任者だから、じゃ答えになってないな。俺の鍛錬を一番見ていたのがお前だった・・・」

「・・・そのような事は」

「隠さなくて良い。夜にあれだけ殺気めいた目で見られていればいやでも気づく」

「あ、あわあわ、私はしょ、その申し訳ありましぇんです」

慌てふためく姿を見せるのは珍しいと俺はちょっと驚いた。

そんな姿が少しだけ可愛いものだと思えて微笑ましい。

恥ずかしい昔話、というわけではないが今思えば昔話に聞こえてしまうほど前のように感じるのだろうか。

だが事実、安定での夜の鍛錬の時には常に楼杏の背後から俺を観察・・・監視をしていた。

「くくっ、だがその殺気めいた目というものがな、気に入ったんだ。だからお前を選んだ」

「だから、と繋がるのは不自然だと思いますが・・・?」


 そうかもしれないが・・・俺は気に入った


「似てたんだよ昔の俺に、少しだけな。まぁあの時の俺はお前のように誰かを守るとか忠義を果たそうという信念はなかったけれど」

「少しですか・・・」

小さく漏れるような言葉で呟くと少し笑ったように見えた。

「じゃ、”次”だな」

「はい。私だけが馬龍殿の言われる勁力の知識と技を指南される理由それをお聞きしたいです」

当然の疑問だろう。

西涼、安定、穎川、そして沛国、ここまでの道のりで勁力を使えるようにしたのは閻忠だけだ、それは当人もそう認識している。

「”虎狼よりも漏れるを恐れる”これは武術において自身の優位性を保つことに繋がる。それを知る人間は最小に抑えるべき、だからあまり多くにそれを教える事はできない」

「それは西涼の教え・・・ではありませんよね」

「あぁ、これは師匠から教えられた事だ、それゆえに勁力について閻忠以上に教えた人間は西涼にもいない」

「っ?!・・・何故です」

一層にわかりやすい驚き顔をする閻忠。

今日の閻忠は程銀ほどではないがころころと表情を変える。

それが面白いと思うがこの後に告げなくてはいけない事実を思えばあまり面白がってもいられない。

「穎川で董卓達に話した俺の旅の目的を覚えているな」

「確か、人探し、乱世を止めたいと言われました・・・それと死を求めていたと・・・」

「あの場じゃそう聞こえたかもな」

思うにやはりと言うところで閻忠も勘違いをしていたようだった。

俺があの時言ったのは、自身の死、それと人を探しているという事だけ。

乱世というのは後付けの理由で旅をする理由ではない。

「乱世を止めるっていうのは間違いだ。この旅でそんな大それたものを実行はできない。精々その芽を確認できるかもしれないというくらいだろう」

「・・・では、あの時言われなかった”三つ目”というのが私なのですか」

閻忠は察したのか俺がつなげようとした言葉を口にした。

それでこの旅の同行に閻忠を選んだ事は正解だったと確信できた。

「正確にはお前も含まれるだが・・・三つ目の理由、それは一言で言うならやり直し。俺の違えてしまった道をやり直すために何が必要なのか、何が出来るのか・・・何のために俺は生き残ったのか、それを知るための旅だ」

だから、閻忠を見極める必要があった。

その時が来た時に俺の指標となる存在が必要だった。

そして、あの時”武人としての才それは心と力があってこそ”と言った時の閻忠の表情が決め手だった。

それは俺とは違い誰から教えられることなく自身で掴み取ったものだ。

きっと俺と同じ道を歩まない、そう確信できた。

そして・・・・・・。

「曖昧なものを、雲は掴む事は出来ない。勁力を教えるのはその中で保険のようなものだ」

「保険ですか・・・・・・」

閻忠の瞳はやや訝しげなものに変わった。

「あぁ俺が道を違えた時の保険だ」

「道を、それはいった、い・・・・・・まさかっ・・・」

順を辿っての説明、それに閻忠は気づいた。

俺が閻忠に望んだ事その最たるものに。

たどり着いたのは間違いなく俺の次に発する言葉と同じ。


「閻忠、俺は・・・」


それを閻忠に説明すると最初は無理だと否定された。

だがそれでもその可能性の高さを口にすると閻忠は口を閉ざした。


 本当に俺は・・・


閻忠はしばらくの間無言で俺の瞳を見つめていた。

そして、閻忠はゆっくりと頭を落とすと机に雫が零れた。

「何故、私なのです・・・何故・・・」

「この旅の中でお前が適任だと確信できた。お前なら人の道を外れないと・・・本当は告げるつもりはなかった。告げなくてもその時が来ればお前は俺の前に立つだろうから」

「ですが・・・私は・・・」

閻忠の震える声。

それはしばらく同じ事を繰り返し、それが途切れると腕で顔を乱暴に拭い取り顔を上げた。

「馬龍殿っ!」

俺を見つめる閻忠の目は赤く、けれど悲哀というものではなかった。

強く、熱いと感じれるそれは閻忠の本来の瞳だ。

それは俺の求めていた・・・閻忠の本質。

「一つ、約束して欲しいいただけませんか。・・・万に一つ、馬龍殿の言われる事になった時、それを守っていただけるのであれば私は馬龍殿の望みとなりましょう」

「聞こう、それでお前に託せるのなら」

そして、告げられた閻忠の望みを受け入れた。

容易といえないだろうが、それで俺の忌々しい因果が解放されるのなら、囚われることなくいけるのなら問題はない。

「馬龍殿は・・・愚か者です。・・・私以上に」


 愚か者・・・自覚はしていたが他人に言われるのは久々か


思わず笑いがこみ上げた。

「くっくははははは、本当にな」

「なっ?!何を笑っているのですかっ!!」

「あはははははっ、悪い・・・くふっ、だが万が一だ。元よりそんな事にならないための旅だからな」

「ではこのようなことをしないで頂きたいです!」

泣きはらした顔に続いてきたのは怒り心頭の閻忠。

だが、閻忠が頷いてくれたおかげでこちらの憂いはなくなった。

だからだろうか、抱いていた不安が晴れた気がする。

それに閻忠のこんな姿も嬉しく思えた。

「保険があるなしではその勢いも違う。下手に躊躇すれば飛べない峡谷も全速力なら飛び越えられるかも、だろ?」

そう、勢い任せだったあの頃を思い出す。











沛国の町並み。

丁度昼を回り、往来する人は皆一様に今年の豊作を喜び、忙しさを愚痴りながらも笑顔が多かった。

その中でも繁盛を見せるのは飯店が立ち並ぶ区画。

そこを手を繋いで歩く二人の姿は皆と同じく笑顔。

二人はしばらく楽しげ歌いながら歩き、大きな屋敷の前で立ち止まった。

「じゃあね、喜雨ちゃん」

「ん、フェイまた一緒にご飯、次はもっと美味しいから」 

「うん!絶対にまた来るから」

笑みをより輝かせて程銀は頷いた。

そして、二人の手は自然と離れると程銀は陳登に手を振りながら何度も振り返りながら町の中へ消えていく。

「また、皆で一緒に・・・」

程銀が見えなくなってもその先にいるだろう姿に陳登は手を振り続け、微笑を浮かべながら呟く声は小さいがそれでもそれは確固たる決意を持っていた。



陳登と分かれた程銀は人の波をすいすいっと潜り抜けて町の外へ抜けていった。

町を抜けると人の流れが少なくなり、程銀は更に町から遠ざかっていく。

やや小高い丘の上へ上れば小さくなった町は伸ばした手の内に収まるほど。

そして、その丘から馬龍達のいる小屋は指先で収まるほどに遠くにある。

農地からも遠く人気がない丘の頂上へ立つと程銀は一人大きく伸びをして秋の日差しを一身に受け止めた。

「・・・さてっと、そろそろかな」

「そろそろかな、じゃない!」

背後からの声に程銀は振り返るといつの間にか現れた男が待ちかねた様子で声をあげた。

「あれっ?」

「陽が南中した時だったはずだが?」

「そんなに怒らないでよ”李堪”。馬龍はこれくらいじゃ怒らないよ」

「知らん!まったく同郷のよしみでここまで来たがほんと外れくじだっ」

李堪は怒りを露わにして程銀を睨みつける。

「まぁまぁ、これは利玉様の指示なんだから文句言っているとご飯抜きにされちゃうよ?」

「まったく、相も変わらずお前は・・・」

程銀は李堪の怒りをあっけらかんと笑顔のまま受け流す。

李堪はそんな程銀の不敵な態度に怒りを通り越したのか呆れた様子で溜め息を吐き出す。

恐らくは彼女に掛かればどのような人間だとしても息を吐き出さずにはすまないのだろう。

「そろそろ詳細な情報が欲しいとさっき伝令が来たぞ」

「えぇぇ~~っ?!あたし報告ならちゃんとしてるよね?」

李堪の言葉を心外だとでも言うように驚きの声をあげて程銀は自身が任務を怠慢していないと抗議をする。

「欲しているのはより有益なものなのだ。今日は何を食べたとか、最近野菜が多いとかそんなものそこらのガキでも出来る報告じゃない”あれ”についての報告をしろ」

「馬龍のご飯は美味しいんだよ?上手なんだよ?とっても重要な情報じゃない?」

「いつっ!どこでっ!どのようにっ!それは必要になる。もっとだなこう弱点だったり、出自にまつわる事だったり、あれの性格や行動の指針となるような物を主殿は欲している。今後利用できるかの有無、我らが西涼に益を齎すのか有無をだな・・・」

身振り手振りで怒りを表し、割れんばかりの怒声。

耳を劈くそれを先回りして両手で防御して程銀は李堪の言葉を否定する。

「君も相変わらずだね。でも・・・馬龍に弱点はないよ」

「なんだとっ?!」

李堪は幾重になっているのか数えたくなるほど皴を眉間によせる。

そんな姿に普段通りに笑い懐から木簡を取り出し差し出した。

それを李堪はひったくるように受け取り中を開いて確認すると寄せられた皴は引き伸ばされた。

「なっ・・・んだと?!程銀これは本当なのか」

「そうだよ。ふふん、凄いでしょ」

「いや、なんでお前が得意げなんだ・・・しかし、こと相手の力量を測るその才は信用出来る」

木簡に書かれている主だった内容は馬龍が程銀と出会ってから行っていた鍛錬の内容の数々。

それが李堪には異常で、且つ真実であるのなら程銀の言うそれは確かだと思えた。

「剣、槍、無手、弓、馬術そのどれをとっても我らに引けを足らないなどそんな人間が・・・」

李堪は手にした木簡の内容が偽りではないかと何度も転がす。

「・・・暗器まで使うのか、あれは」

だが、読めば読むほど自身が否定されるかのような内容しか記されていない。

そして、それは真実。

程銀は夜な夜な行われるそれを目にしてまとめられた事実だけのもの。

旅の最中、馬車で眠っているのはそれが日中を移動に費やしていたせいで彼女にやる事はなかった。故に寝ていた、というのが彼女の任務の言い訳。

あくまで彼を見極めるため必要な事だった、これで彼女はまだしばらくの猶予を得るつもりでいた。

本来記さなくてはいけない昼間の事実を記さないために。

程銀の危惧していた通り李堪は疑念を抱いていた。

彼はその手にした木簡の内容を目にする今の今までは彼女が主の任を放棄しているのではと考えていた。

「これが本当ならば、是が非でも主殿はあれを欲する・・・」



「それは光栄の至り、とでも言うべきか?」



「っ・・・?!!!」

突如として発せられた声に李堪は木簡から顔を上げて周囲を見渡す。

だが、目の前いるのは程銀だけ・・・目の前にいるのは。

「・・・随分過大に評価されたもんだ」

幻聴ではない、確かにそれは聞こえている。

自分達以外いないはずの丘の上、そこに聞こえたのは第三の声。

李堪はジトリと濡れる様に染み出した気配に咄嗟に身を反転させた。

自身の背後、そこには男の姿があった。

「お前は・・・馬龍っ!いつの間に」

「ん?いきなり呼び捨てか。俺はあんたと初対面だと思うんだが?」

李堪の背後で馬龍は笑いかける。

話題の人物が突然自身の目の前に現れた事に戸惑いを隠せず李堪は次に発する言葉を失った。

「・・・驚かせたみたいだが、俺の質問に答えてくれないか李堪殿。あんたは何で俺の顔を見て名を呼んだ」

「そ、それは・・・穎川でっ」

馬龍は李堪の驚きなど意に介さず問いを繰り返した。

それにようやくと返した言葉は問いかけた本人によって遮るように言葉を載せられた。

「あぁ、武術大会を見ていたのか。思い出したあんた確か東側、二段目辺りに座っていたな」

「っ?!!」

「あははははっ、あんた反応が面白いなっくくふはははははっ」

目を見開き驚きに固まる李堪を見て大きな声を上げて笑う。

「馬龍、そういうのはあたしあんまり好きじゃない」

「あははっ悪い悪い、久々に思った通りの反応が返ってきたからついな。だがお前はあまり驚かないみたいだな」

「なんとなくだけど、そろそろかなって言うのはあったからね」

程銀は俯き加減で馬龍から視線を逸らして地面を見つめる。

「そうだな、悪いが必要な事だ。お前が・・・」

「大丈夫だよ。あたしも結構楽しかったし。その・・・うん、大丈夫」

程銀は馬龍の言葉を両手で振りとめ可能な限りの笑顔を作るがそれでも自然と声は少しだけ落ちてしまう。

この場に馬龍が現れたという事は程銀にとって任務の終了を意味する。

自身の正体がばれたのなら帰還すべし、それはなぁなぁと彼が先延ばしにしてくれていただけ。

だがこの場ではそれは出来ない。

李堪がいる。

李堪は馬龍のようにそれを許容しないと程銀は理解していた。

昔馴染み故にそういう性格だと知っている、昔馴染みの仲だからこそ李堪は程銀の失態を許さないと。

「俺もそこそこ面白かった、お前のおかげで少しは笑い話が出来たからな・・・感謝してる」

「ふふっなんかおかしい・・・らしくないよ」

「かもな。だったらこれっきりにしておく」

小さな笑み・・・それは彼らしくて程銀はそれが好きだった。

意地の悪い言い回しも、呆れたような溜め息顔も、料理をしている時の背中も、剣を振り回す姿も・・・。

けれど今に至ってしまっては”しょうがない、よね”と程銀は心の中で小さく息を吐き出した。

「それで、そろそろ李堪殿は落ち着いたのかな」

「あ、あぁ・・・だが、この俺が近づく気配に気づけなかったとは・・・」

「落ち着いたのなら少し聞きたいんだが、そこの程銀とは知り合いでいいんだろ?」

「・・・あぁ、程銀とは同郷だ。偶・・・」

「偶然、町で出会って・・・なんて冗談を言うのならやめてくれ。昼の前からずっとあんたの後ろにいたんだ、向こうにいるあんたの部下と一緒に」

「っ・・・なんて事だ」

馬龍の言葉通り森の中には数人の人影があった。

丘の上からでは視認するのも難しいはずのそれを正確に指差し更にその言葉は暗に李堪の正体を知っていると示す。

驚く顔はない、いやそれを通り越した李堪は感心すらしているように言葉を漏らした。

「まぁ、さっきの問いも含め暇つぶし程度のどうでも良い事だ」

「どうでも良い、だと?」

馬龍に良い様にからかわれ崩れた調子を立て直せたのかまた眉間のしわを作る。

「あぁ、あんたの損な役回りと同様にどうでも良い事。少しばかりその損なあんたが楽しめる良い話があるんだが聞くつもりはないか?」

「・・・・・・聞いたところでそれだけだ。そっちがここに来た時点で主殿には帰還が申し渡されている。なんの話か知らないが楽しめるような事になるとは思えない」

その言葉に馬龍の口角は上がる。

「俺に貸しを作れるとしてもか?」

「・・・・・・何を考えている」

「俺の弱みを知りたいんだろ?俺は借り似合った代価は払う、それがあんたにとって俺の弱みになる。ただ逃げ帰るよりましだと思うんだが」

李堪は頭を数巡させてから馬龍に応えた。

「・・・内容次第、主殿の意向より優先すべきかどうかそれで判断しよう」

馬龍の言う通り己の任を全うできず、その失態の内容は言い訳のないほど間の抜けだ。

自身の背後を一刻以上いたそれに気づかずあまつさえそのまま程銀と合流してしまったための帰還。

それなりの地位を持っていたとしてもその信頼は揺るがざるを得ない。

それゆえに李堪は馬龍への信頼の如何より言葉に耳を傾ける事に利を感じた。

それでこの失態を返上できるのなら彼にとって願ってもない事。

「内容は二つ、この先に進むのに邪魔な人間がいてな」

「知っている。だがこちらでそれをどうにかしろというのなら無理な話だ」

馬龍からの提案は李堪の持てる権限では実行できない。

今、馬龍を追いかけている存在を李堪は知っている。

それは張温、あれに対抗できるのは他の三公、三老という国の重役、もしくは宮廷での地位を持つ中常侍くらいなもの。

それだけの権限は李堪にはなく、あったとしても後に禍根を残す可能性のある事態になりえる。

それではどれだけの貸しが作れるとしても釣り合いが取れないと即座に”無理”と言葉にした。

だがそれは前置きに過ぎないと馬龍は言葉を続けた。

「そんな大それた事は頼まない。あんたらにはここから北東の北海、北西の常山辺り分かれて、そこで俺を探すふりをしてくれれば良い」

「そんなことで欺けるわけ・・・」

「欺く必要はない、本命は別にあるからな。それとついでにそこの収穫状況を調べておいて欲しい」

「・・・その二つか、意味がわからん。それがどれ程の貸しに出来るかも・・・」

「悪いがそれで一つだ。二つ目は・・・これだ」

「書簡か?」

馬龍は懐から取り出した書簡を取り出し李堪に手渡す。

「一通は西涼の姉と妹達に、一通はあんたの主殿に。中を確認して構わない」

李堪はその言葉に促されるまま先に主宛という書簡を開く。

「これはっ・・・!」

その内容を確認すると馬龍と書簡を交互に見る。

「何故っこれを・・・」

「”何故”ということは、当たりか」

李堪の表情に馬龍は息を漏らす。

「き、貴様謀ったのか?!」

「その可能性はあった。だが内容の通りだ、説明が必要なら俺の用事が済んだ後で直接詳しくあんたの主殿に話すと約束しよう。それともこれを他のものに伝えた方があんたの主殿は喜ぶだろうか?」

「くっ、ぐぐぐぅ・・・」

苦虫を噛み潰したように李堪は顔を歪ませ、手に握る書簡を破ってしまうのではないかと思える程に強く握る。

「さぁ、どうする」

「信頼できないものに協力するのはより失態を広げるだけ・・・こちらが信頼するだけのものを示してもらわねばならない・・・」

「さもなければ、口封じに俺を殺すか?俺の存在を気づけなかったあんたの部下達を使って」

「っ・・・?!」

李堪は奥歯を噛み締め感情を露わに馬龍を睨みつける。

だがそれを無視して馬龍は言葉を並べ続けた。

「どれだけの貸しを作ったのかはあんたの主が理解するだろう。だが俺の言葉を信用するかはあんたが決めるしかない。これは双方に利益がある話だ」

「だが・・・」

「なら、この提案に乗るのなら俺はその書簡の内容を口外しないと自身の名に懸けよう。あんたに何をかけようと時勢が変われば約束など意味はないが、自身の名を裏切れば人として終わりだろ」

「・・・それだけの価値があるのか?」

「さぁ、信頼のない者の答えに意味があるのか?」

たまに見せる馬龍のこの不敵な笑みを程銀は知っているが今見せているものは今までとは明らかに違う事に程銀は気づいた。

「李堪、あたしも懸ける。あたしの名を、だから今は・・・」

「・・・・・・程銀、もしそこの男が約束を破ればお前はただじゃすまない。それをわかって懸けるんだな」

程銀は一度大きくしっかりと頷いた。

「大丈夫、わかってる。あたしは馬龍の事信頼する」

程銀の言葉、そして自身を見つめる瞳に李堪は何を得たのか眉間のしわを解いて頷いた。

「・・・わかった」

信頼も信用もない馬龍の言葉、そして自身が、ひいては主が不利になりえる事であったがその差し引きにおいて借りとできるのなら最悪その不足分は程銀がと己の名をかけたことで李堪はその提案に乗ると判断した。

「ならばこちらも名を賭けよう、貴殿の望む二つかなえると」

李堪がそう言葉にすると馬龍は小さく息を吐き出して笑みを作り直して程銀の肩を叩くようにしてその手を載せた。

「なら交渉成立だな。さしあたって、こいつは今までどおりこっちで預かろう」

「えっ?・・・どうして」

「言葉での信用が出来ないんだ。それに内容が内容だ書状にも出来ない。なら李堪には俺の監視として傍につける人間が必要だ。逆に別の人間では俺が信用しない、お前が適任だろ?」

「いいだろう。こちらとしては今までどおりとして処理する」

李堪は馬龍の言葉に頷く、これまでどおり、つまりはこの場で彼と接触した事、二人の正体が明らかにされた事を隠匿するということだ。

「え、あれ・・・」

「お、おい、なんで泣くんだ」

ふと漏れた程銀の声に馬龍が見ると程銀の頬に涙が流れていた。

彼にとっては予定通り、その思惑通りに運んだのだが程銀が涙を流す結果になるというのは想定外だった。

「ば、馬龍が悪いんだよ・・・らしくない、あ、あんな事言うし、あたし、もう一緒に旅出来ないなって、おも、思ったから、うぅぅ」

程銀は涙ながらに馬龍に抗議した。

彼の思惑を知らず、本来の居場所へ帰らねばならないと思っていたと覚悟していた分その反動は彼女自身思いもよらない事だったのだろう。

そんな姿を見て李堪は笑い声を漏らした。

「ははっ、これは良い。そいつが泣くの見るのは初めてだぞ」

「ば、ばかっ見るな~。あ、あたしだって泣くなんて・・・うぅぅ~~~ばかぁーーーっ!あたし帰る」

笑う李堪に怒声を上げ両腕で流れる涙を拭うと程銀は小屋のある方角に逃げ出した。

彼女が帰る場所は今はまだそこなのだ。

「変な奴だがそっちを信頼するいい材料になった。損な役回りだと思ったが思わぬ収穫があったな。確かに少しは楽しめるかもしれん」

「それなら良いが収穫は刈り入れた後の手間が面倒なんだが?」

「くくくっ違いない」

程銀がいなくなった丘の上で残された二人は笑いあった。

先程まで馬龍を睨みつけていた李堪も、同様に腹のそこで警戒を高めていた馬龍もその一時だけは互いにそれを解いていた。

それは今まで苦労してきた者とこれから苦労させられる者という同じものを通じて共有できるものがあったのだろう。

「改めて名乗ろう俺の名は馬龍、字は雲成」

「李堪、字は公溜だ。こちらの貸しあいつが食い尽くさない事を祈る」
















NextScene

++変わり始める、流れの間に間に++






よしっ、これでと言うところまで来たのかな。

今回、閻忠と馬龍、程銀と馬龍の二本立て。

ここのパートを完了できたのは大きい。

まずまずもっと簡潔に書きたいところだったりもしたのですが

ようやくとこれで沛国編完了。

え~~~っと、せっかく出てもらっている陳珪さんと陳登さんですが

ここであまり掘り下げていないのは本当は登場しない予て・・・

いや、でもいてくれないと黄巾で・・・という色々がありました。


さぁこれ以上書ける事がないぞ。


琢まではもう少し!

というわけで次話を書き上げよう。





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