迷い龍
++易者なる者、探し求めた存在(後)++
未だ俺には迷いがあった。
決めたと意思を示しても、心の何処かでその思いは彷徨っている。
言葉にされ、それを耳にしてしまった事で浮かび上がる迷い。
自身がするべき・・・事と、自身が望んでいる事と、無理やりに決着をつけていただけに過ぎない。
俺はただ道筋を描いただけで自身をその絵空に描く事をしていなかった。
あそこでは生きる事を選んだ、それでも自身の在り処・・・それは無くてよかった。
西涼での一時は俺に安らぎをくれていた。
そこにいる笑顔は何より俺が求めていた光景に似ていて、それでどこかで違うのだと理解してしまっていた。
だから、訪れた日からこの地での真名を名乗るまでそれで良いと、そうで在ろうとしていた。
確信があった、そうしなければ行く道が途絶えた時俺は迷うのだと。
どのように選択した道でいても死を求めていた頃から本質は何も変わっていない。
だからだろう、紅姉さんはそれを見越して”家族”として受け入れてくれた。
一人では向き合う事が出来ず、問われたままに楼杏には弱気を見せてしまった。
ほんの数日として傍にいなかった董卓には焦燥感としてそれは見抜かれた。
形は違えど同じものは何度も俺の前を通り過ぎていた。
もとより俺が求めていた答え。
だから天意という曖昧なものに縋った。
何故俺は死に拒絶されるのかと問いかけるために。
何を成せば俺は死ねるのかと問いかけるために。
管輅の言葉にはその解があったのではと感じてしまう。
似非占い師の世迷言なれば世に迷いし俺にはうってつけの言葉だったのだろう。
どこからどこまでも俺の迷いを助長させる。
俺は考えずにはいられなかった。
このまま天意を追い駆けることを良しと出来るのかと。
君は”やるべき”だと語りかけてきた。
だが、頭の中には管輅の言葉がこだまする。
”落ちたる南斗の行き着く先は希望の終焉へ”
俺の行く先には何が訪れるのか、嫌でも考えてしまう。
夢想の中であろうとも俺を描く事を望んではいけないのでは、と。
町を出てから終始思考はあさってを向いたまま。
嘲風を引く手は次第に引かれる形になり、その赴くままに足を運んでいた。
そうして歩いていると引っかかったように後方へ伸びきった腕、その衝撃でガクンッと体を後ろに崩してようやく思考が現実へ戻る。
「っん?!・・・どうしたんだ」
見れば俺の後ろで嘲風がひたりと停止していた。
辺りを見渡せばここは朝に案内された林の入り口。
「はぁぁぁ~、・・・すまない嘲風、気を使わせたみたいだな」
ほとんど無意識のまま歩いて嘲風に先導をさせてしまっていた。
そして、意図として嘲風は立ち止まったのだろう。
俺の様子がおかしいと理解して。
「こんな顔のままじゃさすがに情けないな」
今は切り替えよう、進むべき道はまだ続いている
嘲風の手綱から手を放して胸の前に両手を持ってくる。
掌にはまだ乾いていない汗がにじんでいる。
一度、目を閉じて呼吸を一つ。
パンッ!
胸の前で勢い良く両手を合わせ整理しきれないものを切り替える。
「・・・よしっ!まずは三人の機嫌を直しに行かないとな」
思考を切り替えるとカビだらけで埃塗れだろうあの小屋に難儀している三人の姿が浮かぶ。
どうあっても考え事には苦労しないようだ。
林を抜けると小屋が見えてくる。
小屋の外壁は遠めで見て多少綺麗になっているようだった。
「青空の下でお茶って言うのは随分優雅な事だな」
嘲風と共に小屋の前まで近づいていくと閻忠達は机と椅子を小屋の外に並べて座っていた。
声を掛けてみれば程銀が振り返り怨むような瞳で俺を見る。
「・・・馬龍、知ってたでしょ」
程銀の言うそれは小屋の惨状の事だろう、だがその抗議をまともに受けるつもりはない。
できる事なら今日中に小屋を使えるようにしたいのだから多少の苦労は分け合ってもらわなくてはならない。
「さぁ、何の事だか。それよりお茶をしてるのなら良いお茶菓子があるんだが?」
「食べるー!」
不機嫌そうだった程銀は俺の手に持っていた紙袋に笑顔で飛びついてきた。
これだけでこいつが飼いならせるならまぁ易いものだ。
だが、多少なりと苦労したのだろうからこのくらいにはねぎらわなくては不平等だとあいつに怒られるだろう。
「任せてしまったのは悪かった。それでどこまで片付いた」
「えっと、あのですね。中の具合が想像されていたよりも酷く、外壁の草木は取り除けたのですが中はほとんど・・・」
俺の問いに閻忠は申し訳なさそうに答えるが机と椅子を外に出すくらいなのだからと予想は出来ていた。
「その辺りは予想通りだ。あの様子じゃ昨日の雨を防げていないだろうからな」
「やはり馬龍殿はご存知だった、と」
「まぁそれで補修用に木材やらを買い出してきたわけだがな」
「?わざわざ市に行かずとも辺りにある木々を使えば済むのではないでしょうか」
閻忠の言うように林の中にあるのだから木ならば売るほどに生えている。
それが全て使えたのなら今回の出費も少なく済んだ。
「要所では使おうかとも思うが切ったばかりのものというのは水分を含んでいるから加工するにしても苦労が多い。俺達は一時しのぎで良いから気にする事もないだろうが陳珪さんに借りるのだからまともな姿にして返したいんだ」
大まかな理由を閻忠に告げて一先ず作業するためコートを脱いで腕まくりをする。
「三人でしばらくゆっくりしててくれ、手が必要になれば声を掛ける」
私達にそれだけ告げると馬龍殿は一人、小屋の中へ入っていった。
ゆっくり、と言われたもののどうして良いものか分からず小屋を眺めているとすぐに馬龍殿が出てきて馬車に詰まれた荷物を漁り出した。
「・・・一体何を始めるのでしょうか」
「馬龍のする事は時々よくわからないからね」
独り言のつもりで呟いた言葉に程銀殿が返答してくれた。
「確かに常人の理解の外をいく方ではありますが・・・あの惨状をどうされるつもりなのでしょうか」
「う~~ん・・・。考えてもわからないし、馬龍の言う通りゆっくりお茶してよ」
「しかし・・・」
程銀殿の提案は馬龍殿言うままの内容だが素直に座ってしまっていいのだろうかと考えていると陳登殿が私の手を引く。
「ぼく達は働いた、だから次はあの人が働く番」
そう言って私の手を取ったまま椅子の前まで引っ張られた。
程銀殿が机の上に茶器を並べ、それに陳登殿がお茶を流し込む。
続いて、程銀殿が並べる皿の上に馬龍殿が残していったお茶菓子を陳登殿が並べていく。
高い錬度の連携だった。
「必要なら言うって言ってたしね。あたし達は出番が来るまで待機」
「はぁ~~、仕方がありません。馬龍殿に呼ばれるまで何かできる事はないか考えながらお茶にさせていただきましょう」
馬龍殿が戻る前と同じに三人で机を囲む。
元よりあの惨状を目の当たりにして打つ手なしと程銀殿が決め、私達にできたのは早々に中の掃除を諦めて外壁と辺りの伸びた草を刈り取るだけだった。
目の前に出されたままのお茶に口を付けて一先ず馬龍殿の様子を伺う事にした。
「・・・あ、あれは」
ふと目にしたのは馬車の中から出来てきた馬龍殿の肩に担がれているのは担ぐ当人よりも大きな剣。
他には何も持たずそのまま小屋の中に消えていく。
「大双剣、だっけ?あんなの何に使うんだろ」
「ん、あの人は良い研究対象。何をするのか楽しみ」
気づけば私だけではなく程銀殿に陳登殿もその様子を見つめていた。
「陳登殿、研究対象というのは・・・」
ドン!!ドン!!バキッ!
私の問いかけは小屋の中から発せられる爆音に掻き消された。
「・・・っな?!」
驚愕したまま目をそちらに向ければ更に音は増していく。
そして、メキメキッメキメキッと音を変えて外壁の右側の一面丸まるが盛大な音を立てて倒された。
「壊しちゃった・・・ってぇ?!馬龍何してるんだよーー!!せっかく”壁は”綺麗にしたのにーー!!」
馬龍殿の予想外の行動に思わずと立ち上がった程銀殿は小屋に向かって声を上げるが中からはまだ大きな音を立てている。
大双剣を担がれている理由は理解した。
それならば私達に掃除をさせた理由が理解できない。
程なくして倒された壁の向こう側から吐き出されるように何枚もの床板が投げ出される。
そして、それが落ち着くと次いでとばかりに棚や寝台などまでが投げ出されて最後に大双剣を担いだ馬龍殿が飛び出してきた。
「ふぅー、これで後は”上”だが・・・」
飛び出してきた馬龍殿は屋根を見つめている。
まさか、屋根までも・・・?!
思うより馬龍殿の行動は早く、剣を担いだまま跳躍し小屋の屋根に上ってしまった。
そして、馬龍殿は大きく剣を天に掲げるように構えた。
「ば、馬龍殿!さすがにそれはっ・・・!」
制止の声は虚しく爆音の中に飲まれてしまった。
振り下ろされた一撃の下、小屋の屋根は崩落し先に見た小屋とは違う意味で酷い有様に変貌を遂げた。
屋根があったはずの部分からは盛大な埃が巻き上げられ、もう無用の長物だろう戸が開かれた。
「ゴホッ、ゴホッ・・・真下に落ちるとは、予想以上に痛んでいたな」
戸から出てきたのは大量の埃に咳をする馬龍殿。
「馬龍ー!壊すつもりだったならわざわざ掃除させないでよ!」
「ん?掃除をしてくれた部分は壊してないぞ」
少々苛立っている程銀殿に気づくと馬龍殿は残された外壁を指差して答えた。
確かに壊されたのは私達が手を出していない屋根に床板、それに先に倒された外壁も倒しただけでまだ壁としての原形を残している。
「小屋自体狭かったからついでに拡張させてもらうだけだ」
「確かに四人で横になったら狭いかもしれないけど・・・」
「広くなるんだからこれくらいは笑って許せ」
言うは易いが馬龍殿が言うと本当に容易く成してしまうと思えてきてしまうのがもはや不思議とすら感じなくなってきている。
言うのであれば、成してしまうのでしょう
再び小屋の中に戻ると馬龍殿は崩した屋根の残骸を床板同様に小屋の中から投げ出すとなにやら縄を持って小屋を囲いだした。
何をしているのだろうかと思いつつも未だ馬龍殿から助けを求める声はない。
「・・・似てる」
「何がでしょう?」
すぐにでも反応できるようにせめてと耳を澄ませていると隣に座る陳登殿がぽそりと呟いた。
「田んぼを作る時と似てる」
「そうなの?あたしの所ではあんな事しなかったけど・・・」
何を思うか陳登殿の瞳は馬龍殿を見つめ続けていた。
その視線を追い駆けて馬龍殿を見れば囲い込んだ後に空けられた側面の先の地面に細い木を何度か突きたてる。
小屋の方を確認して場所を変え、それを繰り返した後なにやら納得したように頷くと小屋に掛けていた縄をその木に伸びた分の印をつけていた。
そして何枚かの板を同じように印をつけては買い出されたと言う木材を馬車から降ろし始めた。
ゆっくりとしていろ、と言われしばらくが立ったと思い、荷を降ろすくらいになら私の手でも使えるだろうと椅子から腰をあげようとすると私の眼の先を陳登殿が駆けていく。
陳登殿は馬龍殿の傍まで駆け寄ると馬龍殿はそれに気づいたのか手を止めて陳登殿に向き直る。
「どうした?」
「・・・手伝う」
「それは嬉しいが気持ちだけで良い。掃除をしてくれただけで充分だ」
馬龍殿はそう言って陳登殿の頭を撫でる。
だが陳登殿は諦めず馬龍殿の手をどけて再度同じ言葉を口にした。
「手伝う!貴方の手法はとても興味深い、傍で見ていたい」
「だがなぁ・・・・・・」
馬龍殿は頭の後ろ掻きながら馬車の荷や小屋と辺りを見渡しながら陳登殿に頼めそうな事を考えているようだ。
陳登殿のように小さな体では工夫の真似事は難しいのだと私でも理解出来る。
ふと馬龍殿と目が合う。
すると、馬龍殿の動きが止まり私に向かって手招きをする。
そのままに馬龍殿の元へ向かうと一緒に程銀殿もついてくる。
「一人でやってしまえると思ったが少し頼もう」
「何を?掃除係のあたしが出来る事?」
「まぁ広く解釈するなら掃除だな」
「ん?」
程銀殿はコテリッと首をかしげた。
「ここに来るまでの間に竹薮があったろ」
「はい。確か中間地点辺りに自生していました」
ここを通る際に生えるままに放置された竹林があった。
あまりに生えているせいでまるで壁のようになっていた場所の事を言っているのだろう。
「あぁ、それを~~そうだな。五十本程とってきて欲しい、あまり竹が生えていても他の木の生長の妨げにもなるし、ちょっとした林の掃除だ。陳登も程銀の方を・・・」
「でも、それじゃ・・・」
思惑とは違う馬龍殿の提案に陳登殿は小さく首を振る。
「その竹で昇竜たちの小屋を作る。竹ならば軽いから加工を頼めるだろうし陳登はそっちを担当してくれないか?それならこっちよりも頼める事が増えて助かるんだが」
「う、ぅ~・・・ん、わかった。程銀行こう」
数瞬、陳登殿は悩むように考え込むと小さく頷いた。
そして程銀殿の手をとって竹薮の方へと駆けていく。
「くくっ」
その光景に馬龍殿は声を出して笑む。
「どうされました?」
「いやな、少しだけ西涼に残してきた妹達を思い出しただけだ」
旅の中で何度か話しに出来てきた馬騰殿の子息。
馬龍殿を兄と慕っていてその話をする時の馬龍殿はよく照れたような笑みを浮かべていたのを思い出す。
どれだけの偉業を為そうと不思議に思えない方で時折私達とは別格の存在で手が及ぶ事ない方だと思わされる事ばかり。
だが馬龍殿がどれほど凄い方だったとしてもそれを見るとやはり私達と同じなのだと、そう思える瞬間だった。
昼が少し過ぎた辺りで閻忠たちが竹薮から戻ってきた。
馬車を見る限りではおおよその数は載せている。
「腹が減ったから、じゃないのは上手く閻忠あたりが御してくれたか」
頃合も丁度いい、少しばかり小屋の改築にかまけて昼食の準備が遅れてしまったのでようやく出来上がったところだ。
「ただいま戻り、まし・・・た?」
と、近づいてきた閻忠が不思議な声と顔で俺の後ろを見上げる。
その視線の先にあるのは小屋しかない。
「・・・やっぱり残ればよかった」
「あの、馬龍殿。私達は二刻もせず戻ってきたと思うのですが」
陳珪が呟くのに続けて閻忠は俺に疑問を口にする。
空を見れば太陽はその位の時間が経過したのを知らせる。
木々が生い茂る中にいて時間が分かりづらかったのだろう。
「あぁ、予想よりは早く戻ってきた。それが良かったのか悪かったのか今しがた米が炊き上がったところだ」
「そうではなくて、ですね。・・・小屋の方が」
口にされて「あぁ、その事か」と納得した。
「まぁまだ細かいところは手がついてないが格好だけはついただろ?」
外壁と床板、それから仮止めの屋根を乗せただけの状態だが大まかな形は整っているのを閻忠は気にしていたのだろう。
「凄いね。これなら今日中に中で寝れそうだよ。よかったね、閻忠さん」
「えっ?それを言っていたのは程銀殿では・・・」
「えぇ~~っ?!閻忠さんだって”広くなるんだから辛抱しよう”って言ったよ」
二人は竹を取りながら小屋の心配をしていたのかそんな事言い合っている。
「まぁいいか。とりあえず昼を食べたら続きだ。昇竜たちの分も仕上げてしまわないといけないからな」
それからは日暮れとの勝負、と言うこともなかった。
作業人数が四人もいれば充分だった。
竹に幾つかの細工をし瓦代わりにしたり、昇竜たちの小屋の外壁用に柵として編みこんでいたりと手分けできたのは助かった。
後、残されているのは俺達が寝泊りする小屋の細かな部分だけ。
「ん~~出来れば釜戸も中に作りたかったが囲炉裏で我慢するか」
「屋根の上に倉や物見台まで作られているというのにまだ足りないと・・・」
「せっかくだからな、出来うるものは作ってみたい」
閻忠は充分と言うがしばらく使うのだから出来るだけ快適でありたいと内装を見渡す。
「馬龍~、寝台はここで良いの?」
「あぁ、そこに並べてくれ。そいつを綺麗にしたら干しておいた布団を取り込んで一先ず終わりだ」
「りょうか~い。今日も良い夢見れそうだよ」
程銀は上機嫌に片手を振りながら答えるが、もう一方の手には寝台を持ち上げている。
予想通りというかなんというか力仕事を頼んでみれば適任といわざるを得なかった。
俺の蹴りを殺すほどの女だからな・・・
女子供にこういった作業を頼むのは気が引けているのだがこいつに関してはそれはない。
だが未だ前の世界の基準で物を見てしまう事がある。
そろそろ慣れておかないといけないのだが未だ解明できていない”気”というものへの興味が少しばかりのノイズとなって思考に混じる。
今考えているのはこの小屋をどこまで有効に使えるのか、”友好を”と言われそれに甘える形ではあるが今この時間は必要に成ると感じているからこそ今はまだ小屋の改築へ思考を向けていたかった。
小屋に手を加えるにしても数日もすれば陳珪からの依頼が舞い込む手筈になっているためやれるのであれば早いに越した事はない。
少しばかり思考を整理しない事には良い案も出ないと一先ず立ち上がり外に出る事にした。
「少しばかり煮詰まり気味だ。閻忠、悪いが少し外の空気を吸ってくる」
「では私も・・・」
と俺の後に続いて立ち上がろうとするのを手で制した。
そして制した手をくるりと反転させて閻忠の脇に向ける。
「随分熱心に作業しているからな怪我がないよう傍にいてやってくれ」
俺の手の先にいるのは陳登。
陳登は竹細工のいくつかを教えるとそれを熱心に見よう見真似で作ろうとしたり、一度ばらしてみたり、はたまた幾つかの細工を組み合わせているようだった。
簡単な細工ばかりではあったが作業には刃物を使うため傍にいるのは程銀よりも閻忠の方が適任だと思いそう命じる。
「了解しました。もし、何かあれば声をお掛けください」
「あぁ、わかっている」
小屋の中で作業している時は気にしていなかったが同じような体勢をとっていたのか腰の周りに凝りを感じる。
少しばかり伸びをして腰を軽く捻ればコキコキッと小気味良い音が鳴る。
「う~~~んっ・・・はぁ・・・。さて、どうしたものかな」
見渡す限り手の施す事はいくらでもありそうだった。
その中での取捨選択、必要なもの、試してみたいもの、道中で稼ぎとなりそうなもの様々なものが思い浮かぶ。
何気なく出来たばかりの昇竜たちの小屋に向かい、中にいる昇竜の様子を伺う。
すると俺の顔を見た昇竜が近づいてきた。
「どうした?」
昇竜は俺の問いかけの答えるように小さく頭を揺する。
まだ真新しいせいか落ち着かないと言う意思表示だ。
「ん~~~?」
それを解消してやりたいと頭を捻らせるながら中を観察する。
「足元が少しばかり冷えるか」
と言えば昇竜は頷いて答えた。
風通しを考えて作った弊害だろうと今ある通気口をいくつか塞げば良いと昇竜に告げて外壁に回るが。
「ん~~竹を使うよりも幾つか古木でも使った方が良いか。昇竜、悪いがもう少しだけ待っててくれ」
そういい残して林の方へ古木を探しに行く事にした。
さすがにカビの生えた床板やら屋根だった残骸なんかを使った日には数日は俺の背中を小突き回される。
思えばここに来てからまだこの林の全体を把握していなかったと物のついでに少し奥へ足を運ぶ事にした。
日暮れ間際、都合のよさそうな古木を手に入れてそろそろ戻ろうかと考えていると視界の端に小屋とは別の開けた空間があるのを見つけた。
「ここは・・・・・・?」
足を向けてみればそこは草が生い茂り空間の中央には周りの木々よりもやや低い一本の木があるだけ。
だが、不思議とその光景に見覚えがあるような気する。
そして自然と中央の木へと足が向かう。
「・・・なんでこいつだけ枯れているんだ」
まだ回りの木々には葉がついている、紅葉を見せているものもあるというのにこの木だけが枝に一枚の葉もないままそこに立っている。
触れてみればよりその不自然さを増す。
枯れていると思ったがまだこの木が生きていると感じられた。
何故葉もつけていないというのに枯れていないという疑問が浮かび、幹を撫でながら根元の方を調べようと少し腰を落とすと・・・。
「ん?・・・何だこれは?」
草が茂る中で木の根元のすぐ傍にやや大きめの石が置かれている。
墓石・・・とかじゃ・・・
と目に入ったそれに触れようとすると遠くから声が聞こえてくる。
『馬龍殿ーー!どちらへ行かれたのですか!』
閻忠の声に遮られるように石を調べるのを諦めて立ち上がり返事をする。
「ここだっ!」
声を上げればすぐに閻忠が姿を現した。
閻忠は息を切らして俺の傍に駆け寄ってくる。
「はぁ、はぁ・・・はぁ・・・こちらでしたか」
「どうかしたのか」
「ち、陳登殿の、顔色が、思わしくないので」
息も絶え絶えに俺に伝えられたのは陳登の事。
状況からして急いだ方が良いとそれ以上聞かず手にしていた古木を閻忠に押し付けて陳登の元へ急ぐ事にした。
『・・・・・・』
「っ?」
駆け出そうとしたその瞬間、何か聞こえた気がして振り返るがそこには閻忠しかいない。
気のせいだったと再び踵を返し小屋へと駆ける。
小屋の中に入れば目に入ったのは床に蹲る陳登とその傍でおろおろとうろたえる程銀。
「あっ、馬龍。陳登ちゃんが・・・」
陳登の脇にしゃがみ込み様子を確認する。
呼吸が乱れに乱れ、額に滝のように汗が流れている。
陳登の背に触れれば汗で濡れていて体温も少し高い。
程銀は俺の横に移動してきて陳登を心配そうに見つめる。
「馬龍、あたし・・・」
「わかってる、下手に動かさなかったのは良い判断だ。すぐ楽にする」
そう言って陳登の体を静かに横に向けさせる。
事前に症状を聞いていたのが幸いした。
これに近しい症状を幾つか知っているが陳登の症状はあくまで虫によるそれだというの事。
それと触れた事で得られた事から虫下しの効果が出ているのと華佗の診療の効果が切れたものだと理解できた。
横に向けた陳登の背に視線を向け勁脈を定める。
そして、勁脈をなそるように点穴を三回トントントンッと軽く落としていく。
陳登の乱れていた息は次第に収まり、汗も引き始めたのを確認してから最後に痛覚を鈍らせる点穴を落とす。
「後は痛み止めを飲めば良くなるはずだ」
「お、お水汲んでくるっ!!」
指図する前に程銀は小屋の戸を破壊するかのような速度で飛び出していく。
この様子を何も出来ずにいたせいだろうがそれでも直線的な程銀の行動に軽く溜め息を吐いて一先ずは陳登を窺う。
「あれ・・・ぼく・・・」
陳登はむくりと上半身を起こし自身の体を見る。
「調子はどう・・・」
「馬龍、お水持ってきた!」
どこから持ってきたのか分からない馬鹿でかい瓶を抱え戸を破壊して程銀が戻ってきた。
仕事が早いのは褒めるべきか、冷静さを欠いていることを叱るべきか頭を悩ませるどんな時であれ賑やかしい女だった。
そんな賑やかしい姿を見てクスッと笑みを見せる陳登を見て俺の質問は不要になったので一先ずは叱らない事にする。
陳登が呼吸を整えて痛み止めを飲み終える頃には閻忠も戻ってきて、程銀と二人で陳登の具合を診ている。
慌てふためく程銀というのは中々珍しいものを見れた気がしたがそれよりも陳登に触れた時には驚かされた、それは華佗の診療の効果。
華佗は陳登の身体的負担を軽減させる治療を施していた。
俺と出会って丸二日の間その効果を持続させるなんて真似は点穴を用いても陳登に施すという条件の下では難しい。
勁脈の流れを把握し、治療をする前に事前に何度も点穴を落とした後に本命を突くとしてもその後に痛覚を抑える点穴を突く、更にそれを持続させるために更に点穴を落とす。
その上に陳登が今後どのような生活をするのかも視野に入れなくてはいけない。
生活上で少なからず勁脈に流れる力は存在する、やりすぎれば麻痺の効果が強すぎて生活に支障をきたす、昨日今日で見れた限り陳登にその様子はなかった。
俺ができたのは痛み止めの効果が出るまでの間の場つなぎが精々。
やはり”神医”その名は伊達ではないと改めて思わされた。
「陳登、落ち着いたか?」
「ん・・・大丈夫、ありがとう」
「礼はいらない、まだ本調子でないからあんまり集中しすぎないようにな」
それに陳登はこくりと頷いて返す。
偉そうに言うが陳登が腹痛を訴えたというのは恐らくは俺の責任によるところが大きい。
傍で見ていたのだから不調の気配くらいは感じ取れておかしくはなかった。
それが出来なかった原因はおそらく管輅の言葉を思い返さないよう俺自身小屋の補修に集中してしまったせいだ。
「とりあえず飯の支度をする」
落ち着きを取り戻さなくてはいけないのは俺も同じだと良い時分となったので料理をすることにした。
「わぁ~~い」
と、喜怒哀楽というものを体現している程銀だがこいつにはやる事がある。
「程銀は壊した戸を直しておくように、俺のよりも遅いようだったらお前の夕食は水粥だからな」
それだけ言い残し野外にある釜戸に向かう中悲鳴とそれに混じって小さな笑い声を聞こえた。
それからしばらく陳登を混ぜた小屋での生活が続いた。
あれから陳登が不調の気配を見せる事はない。
俺もそうだが時折、鍛錬を兼ねて閻忠が勁測をしているしなにより程銀が陳登の傍を離れずその様子を見ているからだ。
ついでにその陳登は俺に見せるジトッとして瞳が少し変化したような気がする。
ある日、林に行こうと小屋を出れば。
「馬龍さんはどこに行くつもり?」
「散歩ついでに薪を取りに行くところだが・・・」
「・・・一緒に行く」
ある日、閻忠と鍛錬する時には。
「その剣は使わないの?」
「?・・・今は体術をしているところだからな、こいつは重り代わりだ。陳登は武術に興味があるのか?」
「ううん、特にない」
「そ、そうか」
ある日、料理をしようかと米を研いでみれば。
「変わった洗い方・・・」
「そうか?」
「ん、馬龍さんが炊いたお米は綺麗で美味しい・・・コツとかあるの?」
と言ったように無言で観察されていたところから素直な疑問が付け加えられるようになった。
そんな日が続き、陳珪の仕事が落ち着いたのか陳登を引き取りにやってきた。その日は丁度入れ違いで町に出ていたが親子で言い合いになっていたとその後閻忠から聞いた。
まだ俺を観察し足りないというところなのかもしれないが、薬を服用する必要もないくらいに回復できたのならあまり俺の傍にいるべきではないだろうと思う。
「・・・だがまた来るんだろ?次は伊那に乗って」
「ん、でもちょっと寂しいかも」
陳登がいなくなると少しだけ程銀の元気がなくなった。
「私も少しだけ寂しいと感じます。あの年頃の子と触れ合うというのは軍に入ってからありませんでしたし」
連鎖反応と言うものか閻忠も同じ事を言う。
「まぁ、ここにいる間は会いに行くなり来るなり出来る。それよりも閻忠」
「なんでしょうか?」
随分と余裕があるようなので少しばかり喝を入れておこう、陳登がいなくなったという事はこれから陳珪の依頼が舞い込んでくる頃合。
勁力も少し乱しながら型を行う閻忠に声を掛けると動きを止めて俺に返事を返す。
「そろそろ基礎から知識を交えて実用編に移行する」
「実用・・・ですか?勁測というのは充分に実用なのでは」
「あれは基礎以前のものだ、少しややこしいがきっちり覚えてもらうから覚悟しろよ」
閻忠に教えているものはまだ基礎の基礎。
本来なら年単位で行う鍛錬方法を順に教えているに過ぎない。
これから行うのは一足飛びで次の段階の鍛錬法を教えておく知識優先としたものになる予定だ。
「・・・あ、あの馬龍殿・・・目が笑っていないです」
「気のせいだ。それに俺も同じ道を通ってきた、死ぬ鍛錬ではないから安心しろ・・・死ぬような鍛錬かもしれないが」
なにやら閻忠は俺の顔を見て怯えるがきっと昔俺も同じ顔をして師匠を見ていたんだろう。
そして、今俺は師匠と同じ笑みで閻忠を見ている事だろう。
「さぁ、始めるぞ」
「あ、あの~昼食後、というわけには・・・」
ならば閻忠が何と言おうと俺が取る行動は師匠と同じ。
「さぁ、始めるぞ」
つまりは聞く耳持たずという事。
それから数日、空いた時間に閻忠の鍛錬の段階を上げる事にした。
「・・・つまりは表裏一体となる」
「曲げる力が屈勁、その反対が伸ばす力の伸勁ですね」
まずは地獄の鍛錬、汗と涙とちょっとばかりの血にまみれたスポ根地獄、というわけにはならない。
「そこからまた細かく派生していくものがあるんだが今はその理解で充分だろ。その中でも剛と柔、力と脱に勁力を分類分けをして剛は力を込めたもの、柔とは逆に力を抜いた状態で行う。この力、脱の力の差を振幅と言うのだがこの差と言うのが大きければ大きいほど発揮する勁力は倍化される」
まずは朝のうちに知識を育てながら体を起こす。
知識と言うものと一緒に取り入れてもらわないといけないので外で座学と共に実際に動いてみせる。
「・・・zzz・・・ん~~」
閻忠と一緒になって生徒になっていた程銀は今日も早々にリタイアしたが静かになる分にはありがたく寝ていてもらう。
「それは相反する動きだがその力を合わせることでより大きな力に変換する事ができる。勁を別の勁に変換する事、制御する事を流勁と言い、流勁によって高めた力を活勁と言う。今教えている型はこの流勁と振幅を鍛え、活勁として使えるようにするためのものだ」
「言葉では分かるのですが、しかし曲げる力をどのように伸ばす力に・・・」
「それは実・・・」
く~~っ
順調に進む講義の中、腹が減ったと抗議の音色が響く。
静かであろうと間の悪さで言えばこいつ以上の難敵はいないだろう。
日の高さを見ればそろそろ昼食をとるには丁度良い時間。
「実践したいところだが、まぁ頃合か。今日はこれくらいにしておく、陳登が来るといっていたから飯の支度だけでもしなくてはな」
「そうなのですか?私は聞いておりませんが・・・」
「昨日、陳珪さんに呼ばれた時に少しな。伊那の具合も良くなったらしいから連れて来るみたいだ」
「それは何より」
閻忠は笑みを浮かべて答える。
だが、陳登と違ってまだ完治しているとは思えないのが懸念材料でもある。
「まだ万全ではなさそうだったから昼の支度を終えたら備えに幾つか治療によさそうなものを仕入れてくる。向こうで合流できれば良いが行き違いになってしまうとまずいから二人には留守を頼む」
陳珪からの依頼とはいえ再び陳登を迎えることになる上に更に条件付けでの依頼があるため一度町に行く必要が生まれていた。
その事は閻忠たちには伏せておく、程銀が聞いたのならうるさいだろうと判断して。
「なにかあれば昇竜を放て」と言い残して徒歩で町へ向かった。
もしもではあるが陳登が先日のような容態の変化があればそちらの方が確実に俺を捕らえることが出来る。
町に着いた後は陳珪に根回ししてもらった何人の商人と話をして交渉をし、それが一段落したところで陳登はいないだろうかと屋敷の方へ足を伸ばすと「朝方、陳珪様とご一緒に近隣の農地の視察へ向かわれました」と侍女に言われた。
聞いていた予定が少し押しているようだが・・・まぁ、気にしてもしょうがないか
歳も性格もまったくといって違う二人だがなにやら相性が良いようで陳登と程銀は仲が良い。
見ている限りで言うならば”飯友”と言うとしっくり来るだろうか。
なので一緒に食事が出来ないという事態になると程銀から俺に不満をぶつけてくるのが容易く予想出来る。
少しばかりの理不尽を溜め息として吐き出してから小屋へ戻ることにした。
しかし、ただ言われるまま理不尽を受け止めるというものもただ面倒だと俺も陳珪たちが遅れている分だけ道草でも食おうかと小屋の手前で方向を変えて林の中を散歩する事にした。
脇道に逸れて草木を掻き分けて林を探索する。
道がある周囲は粗方調べてあるもののその全貌とまでは行っていないことに気づいたのもある。
時間潰し半分で残りの半分を面白半分と調査半分と言うところ。
「・・・?・・・なんだ、これ。っと、まずいな」
しばらく歩いた先に生えていた一輪の白い花。
百合にも似ているがその葉はまるでタンポポのように広がっていた。
俺の知識にはない珍しい花だったが、良く見ればそこかしこに生えている。
生える草木の種類、活用方法、それらは思わず口にしてしまうと俺に出自に疑念が生まれかねないそれゆえにこうして一人でないと出来ない事もあるのだなと改めて思わされた。
この花がこの世界では常識的にあるものであるなら思わずもれた今の一言で閻忠、程銀は俺に疑問を持つだろうと未だ埋まらない不安要素を再認識した。
この辺りの知識を手に入れる事も幽州での目的になる。
今はまだそれは晒さずにいたいが何処まで誤魔化せるだろうかと再び道なき道を書き分けて進む。
思考を整理しながら、新たな発見をしながら進むとしばらくして開けた空間にぶち当たった。
「ここは・・・この間来た・・・」
数日前、小屋の改修の息抜きでたどり着いた場所。
空間の中央に生えた葉をつけていない一本の木。
再びそこに歩み寄り視線を落とせばやはり墓石にしか見えない石が一つ。
あの時は閻忠の声に邪魔をされて調べる事が出来なかったと膝をついてそれに触れる。
興味以外には目的はなかっただが・・・・・・。
石に触れた瞬間だった。
「うっ・・・ぐっ!」
頭の中を響き渡る痛み。
ゴロゴロとまるで尖った石が転げまわるような一度経験したあの感覚。
”董卓を殺せ”その声が聞こえたあの時と同じ痛み。
だが声は聞こえない。
その代わりに体から力が抜けていく。
突然の虚脱感と共に激しい痛みが次第に薄れていく。
グラリッと視界が傾きぼやけていく中で石に何かが刻まれているのを見た。
「うぅぅぅっ~~~、遅い!遅い遅い遅いぃぃぃっ!!」
騒がしく小屋の中をゴロゴロと転げまわる程銀殿。
馬龍殿がいれば一言で収まりもつくのでしょうが今は私が代わりをと声を掛ける。
「まぁまぁ、程銀殿。馬龍殿は昼過ぎと言いましたし・・・」
「でも遅いよ!もうお昼はとっくに過ぎてるし、ご飯冷めちゃったんだよ。喜雨 ちゃんがっかりしちゃうよ」
喜雨とは陳登殿の真名。
いつの間にか程銀殿は真名を交換していた。
これは程銀殿の強みだと思う。
私も馬龍殿も程銀殿と旅を始めた時からまるで自然と彼女を受け入れていた。
わがままであっても仕方がない、しょうがないと苦笑いで彼女のそれを受け止める馬龍殿。
それがまるで幼馴染のように自然だった。
「ぅぅう・・・迎えにいこうかな。でも、馬龍が・・・う~~ん」
頭を抱えながら再び小屋の中を転げる。
そんな姿は馬龍殿ではないとしても”しょうがない”と口にする事だろう。
「そうですね、少々心配ではありますがこちらを留守にするわけには行きませんし。程銀殿だけで、というのも行き違いになる可能性がありますから」
「じゃ、じゃあ林の入り口までだったら・・・」
「それくらいでしたら行き違いになる事はないでしょうが・・・」
「うん!じゃあ、言ってくる~~!!」
と、言葉だけを残して飛び出していく程銀殿の背は一瞬で戸の向こう側に消える。
何といっても微笑ましいと思えてしまう程銀殿のこのような姿はやはり羨ましい。
「ふふっ仕方のない方ですね。なら私はお茶の準備をしておきましょうか」
腰を持ち上げて一先ず井戸へ向かう。
戸を開けると林の入り口へ向かったはずの程銀殿の背中が見えた。
「・・・程銀殿?」
そして、程銀殿は既にその背から盾を取り出して具足をつけていた。
「程・・・」
「閻忠さん、逃げて!!」
程銀殿は振り向くことなく私に叫ぶ。
突然と張り上げた声はまるで窮地の真っ只中といえるほどに切迫したものだった。
だが、事態が把握できず説明を求めるように程銀殿のほうへと一歩進むと程銀殿の視線の先、林の暗闇まぎれて人影が薄っすらと浮かび上がる。
「くっ、もう・・・」
歯軋りと共にもれる程銀殿の言葉。
そしてその意味するものを直後に理解した。
「・・・・・・っ?!!」
林の奥、そこにいるだろう人影が私を捉えている。
捉えられた瞬間に捕らえられた。
程銀殿のほうへと向けた足が前に動かない。
今迄で一度として感じた事のない強烈な気配。
それは馬龍殿と立ち会うときですら感じる事がないほどのもの。
一瞬、呼吸すら止められたではと思える程に辺りの空気が凍りつく。
そして、人影はゆっくりと暗闇の中から姿を現す。
「やぁ、こんにちは」
その人物は纏う空気とはまるで正反対の言葉を私達に向けた。
「こんにちは。何か用事かな」
程銀殿はやや上ずったような声で答えた。
「んん~~少しだけ気になる事があって僕は君達と少し話がしたかったんだぁ」
「なんだろ、あたしは初対面のはずだけど・・・」
それは私も同じだ。
といっても妙な形の外套のせいでその顔を見る事ができない。
分かるのは地面につきそうなほど長い銀髪と時折見える褐色の肌、その時点で私の知る人物でないと判断できた。
程銀殿の疑問に答えることなく銀髪の人影は用件を続ける。
「人を探してるんだ。それでその人の匂いがここからしたから、君達知らないかなぁ”お兄さん”の事」
「・・・・・・っ」
程銀殿はそれに答えず身構えたまま臨戦態勢を解かずにいる。
すると、その様子を見ていたそれは少し首を傾げてから両手を叩いてなにやら一人納得したように声を上げた。
「あ~~、ごめんごめん。お兄さんは平気だったから忘れてたよ」
そう言うと外套を払うように片腕を大きく広げた。
ただそれだけの動作だというのに突風が巻き起こる。
突然の事に一瞬体勢が崩れ、足を一歩前に出して踏ん張る。
・・・えっ?!
捕らえられていたはずの体が動く、その事に驚き正面に体を向ければ先程まで感じていた圧迫感がなくなっていく。
「これでいいかな。それでね、えっと・・・名前~は佐伯龍成っていうんだけど知らないかな」
馬龍殿の名前でない事に何故か少しだけホッとした。
けれど、まだ気を緩められる状況でないのは確かで何よりこの化け物が馬龍殿やひいては陳珪殿の関係者であると思えない。
いつ戻ってきてしまうかもしれない馬龍殿、予定より遅れていて間が悪く陳登殿と鉢合わせになってしまうかもしれない。
ならば、相手にその名を晒さない方が良い、とにかく言葉であしらえてしまうのならそう考えをまとめる。
何故なら目の前にいるあれは・・・危険すぎると本能が私を震えさせるから。
「ここにいるのは私と程銀殿の二人だ、け・・・っ」
「僕は・・・」
言葉を終える前に返って来る言葉。
そして、自身の懐からそれが聞こえてきた事で言葉をとめざるを得なかった。
「僕は騙されるのが嫌いなんだぁ」
何の前触れもなく懐に入り込まれ、ゆったりとした口調と反対に密やかに銀髪から見え隠れする金色の瞳は私を睨みつけていた。
「お兄さんは嘘を突くって言ったけど僕を騙そうとはしなかったよ・・・君のは嘘でも僕を騙す嘘だよね」
まだ言いきる前の虚言に気づかれた。
一瞬、自身の浅はかさに気を乱したところにそれはゆっくりと手の平を私に向けて伸ばす。
体が先に動く、危険だと。
その手が触れる前に剣で遮るが。
剣は鞘ごと砕かれた。
そして剣で受けたのにも関わらず衝撃が私の体を貫通し、小屋の壁に打ち付けられた。
「・・・っ!がはっ!!!」
衝撃に込み上げてきた血が吐き出される。
ズタンッとそのまま腰から落下。
剣の防御のおかげかかろうじて意識だけは保てたがまるで下半身を失ったかのように足に力が入らない。
「あれっ?外された・・・?へぇ~、意外。でも僕を騙すなら関係ない、かな」
長い銀髪を軽く払いその隙間から見える瞳で私を確認するとそれはゆっくりと近づいてくる。
次の一撃で確実に仕留める為にだ。
元より先程の一撃でもそれだけの威力があった。
あの一瞬で私の見て取れた勁力では剣がほとんどその身代わりになってくれなければ私の体をあの手がそのまま貫通していたと思う。
そして次は受け止められない。
打ち付けられた衝撃で体中が痺れて言う事を聞かず、ただその圧迫感に押し潰されないように気を保つのが精一杯だった。
「たあぁぁぁっ!」
なんとか立ち上がろうと壁に手をかけたところ程銀殿が背後から迫り盾を化け物に突き出す。
それは軽々と避けられ、程銀殿は化け物と私の間に入る形になる。
「まだ話の途中、じゃないのかな。それにこれ以上閻忠さんを虐めると怒るよ」
「僕を騙す人は許せない、話は後回しで良いよ。それまで君はおとなしくしてくれないかな、邪魔をするなら・・・君も・・・」
金色の瞳が輝きを増し程銀殿を睨みつける。
「人を探してるのにあたしまで、って言うのは少し”利”に欠けると思うんだけど?それに閻忠さんは嘘をついてないしね」
「ふぅ~ん。でもここは君達以外の匂いがするんだけどな」
「”今”いるのは、っていうだけ」
既にあの化け物は馬龍殿の存在に気づいていた。
あの方の存在を隠そうとしていた私の浅はかな算段など最初からあれには通用しなかった。
「じゃあ、他には誰かいるのかな」
「ここで暮らしてるのはあたしと閻忠さん、それと馬龍」
「じゃあ、僕が感じたのはその馬龍って人だね~。濃い匂いは三人分、それから少し薄れ掛けてる匂いが一人、いや二人かな。でも多分その人達じゃないし・・・・・・」
隠す事が無意味だというのは理解していてもあれの目的が馬龍殿であったのではこの問答すら意味を持たない。
あれは私達に利用価値がなくなれば馬龍殿を探し出す事になる。
それをさせてはいけない、私では何の抵抗にもならないとしても・・・。
「まぁいいや、きっとその人がお兄さんの事知ってるはずだから」
予想通りの言葉を呟く、だが馬龍殿であろうとあれは危険すぎる。
以前立ち会った華雄も強者だったと認めるがあれはその在り方がまるで違う、あれの持つ力は武と言えないほどに凶悪な力。
「じゃあ、その馬龍って人はどこにいるのか教えてくれないかなぁ」
「・・・っ。お教え、することは、っ出来ません!」
下半身には痺れがまだ残っているものの無理やりに上半身の力を流し込むようにして動かし立ち上がる。
「へぇ~君、面白いね。ずらされたけどさっきで充分だと思ったんだけどなぁ」
先程までと比べ物にならない気配が辺りを侵食する。
「私はあの時、誓ったのです。その矜持曲げる位であれば、刺し違えてでも・・・」
先程のような不意打ちでなければ捕らえられることはない。
押し潰されそうなほどの威圧感だがそれでも一歩足を前に踏み出す。
・・・っ!!!
踏み出した瞬間にぞくりと首筋が凍りつく。
明確な死の光景が脳裏を横切る。
「フフフッ」
目の前の化け物はまるで私の心を理解している風に不敵な笑みを浮かべる。
・・・構わない!
血の味を噛み締める。
馬龍殿の手の感触、あの時はまだ明確に意識したものではなかったけれどそれから私はあの方の傍で密かに誓った。
馬龍殿・・・私は・・・
前進する、全身の力と心を使って。
「・・・っ?!閻忠さん、駄目!!」
程銀殿の言葉は聞こえるが止めることは出来ない。
退いた所で相手は退くことはない、刺し違える事はできないかもしれない。
せめて馬龍殿が相対する前に一太刀の手傷だけでも、ただそれだけの思いが私の体を動かす。
鍛錬用に借りていたもう一本の剣を手に収め、一歩・・・一歩間合いを詰める。
すると、目の前の影が一瞬揺らめく。
「君、馬鹿なの?」
「・・・えぇ、我ながら馬鹿げていると、思います。自分勝手な誓いのため、死を選ぼうとしているのですから」
歩を一度止めて前傾姿勢のまま剣を構える。
「それは誰のため?」
「自身のためです。ただ自分勝手に感じている馬龍殿の期待、それを裏切りたくないから」
「裏切り・・・」
そう、裏切りたくはない。
もしかしたらこれが裏切りとなってしまうかもしれない、それでもそれ以上にあの方はこの国に必要な人物だと感じた。
私などにかけてくれた信頼、そして指南の数々それが無駄になってしまうのかもしれない。
それでも・・・。
それでも私はあの方を・・・。
「クフフッ、・・・僕を騙そうとしたのは気に入らないけど。うん、面白い。少しだけ君に興味が沸いたから殺さないであげるよ」
「では、退いて頂けるということでしょうか」
「それは出来ない。だってお兄さんと遊ぶためだもん、僕は退くつもりはないよ。だから・・・馬龍って人が来るまで遊ぼうか」
立ち上がる狂気で空気が揺らく。
圧倒的な気配に動く事を禁じられた様に指一本動かせなくなる。
危険、などという言葉では足りない。
私に打ち込んだ一撃でさえあれにとっては本気の一部ですらないのだと思わされ、背に滝のような冷たい汗が流れる。
「ん~~動けなくなっちゃった、残念。・・・君はまだ動けるよね?」
金色の瞳は標的としていた私を無視して程銀殿へとその矛先を変える。
「あたしは、名前も知らない人と遊ぶ気は、ないよっ」
目だけで程銀殿を見れば程銀殿は笑みを浮かべていた。
私では気を保つのがようやくと言うほどの圧力の中で彼女は額に汗を浮かべながらも普段どおりの笑みを見せていた。
「・・・・・・クフッ。君も面白い、お兄さんがいれば一緒に遊べたのに。僕の名前はヴリトラ、渇望の龍さ」
「ヴリ、トラ・・・っ」
ヴリトラ、そう名乗る化け物が名乗ると程銀殿の笑みは血の気が引いたように青ざめる。
「そう、僕はヴリトラ。君の名前も教えてよ」
「・・・あたしは程銀、字は長白」
「字?名前を聞いたんだけど程銀で良いのかなぁ、まぁどうでもいいか」
心底どうでもいいといった様子でヴリトラは長い髪振り上げる。
そして、大きく口角を引き上げて姿勢を深く落とすそれはまるで獣。
「じゃあ・・・遊ぼう。簡単には壊れないでね」
NextScene
++在りし日の、君との思い出は++
解説のような一息ついているような
さてはて、ようやくここまで来れた気がします。
今回の前後編でオリ主の進むべき道・・・というべきじゃないですが幾つかの制約と道しるべというのが提示できていれば御の字。
んで今回、まぁ前半はいつもどおり?細々したものと言うかまぁなんというか
後半は久々のヴリトラ登場、いやなんていうか久々です、展開的にベタなのかなと思いつつです。
いやまだ早い、って思う気持ちもありつつも引っ張りすぎるとメインが別の部分になってしまいますんでここはそこそこ早めに片付けたいんですよ。
蛇足なのか補足なのか
さぁ次はちょっとだけ脱線回。
後はそうですね
そろそろここでしれっと出てきてもらっているオリキャラ、程銀、閻忠の二人について活動報告で上げていいのかなと思うので近々まとめて上げさせてもらいます。
では、次はほんとに恋姫要素皆無・・・ん?ここまで恋姫要素って・・・・・・いや、ここ気にしちゃあかんですね。
ちょっとばかりオリ主の過去編となりますよって言いたいんです。
短くなるはずなので早々に行きましょう、では次話へ。




