巡る思惑の行き先
++枷と約定、咎と武++
愚者は思い出す
己は咎人だったと
それは人の行くべき道だった
それは心の約定で
それは道徳と秩序の在り方で
それは正悪の有無を知らせ
それは欺くことなく誠実であれと
当たり前のようにそれらは唱えられる
しかし、愚者は
その道を見失い
意味の無いものと切り捨てて
それは不変で無い事を知らず
時にして正は悪で、悪は正で
用いろうと用いらず、頼られようと頼れない
愚者は過ちの中で過ちを繰り返した
・・・・・・・
・・・・
再び銅鑼が盛大に鳴り響き、舞台の上に役者が並ぶ。
『さぁ、お待たせしました。放浪の武人華雄、対、西涼の雄馬龍の大一番』
片や戦斧を構え、片や大剣を背に担ぎ司会者の声に合わせて一歩前に出る。
両者、威風堂々と天空海闊の佇まい。
『噂で流れるは一騎当千の武!華雄選手はそれにどう立ち向かう!これが真の決勝戦!!』
「真にこれが本来の決勝なのでしょうね」
「えぇ、これが僕の策、確実に勝ちを得る事が出来るわ」
賈ク殿は勝たずして勝つための策と私にそれを教えていた。
「馬龍殿が出れば私よりも確実でしょうが・・・賈ク殿は何をお考えなのです」
私が勝ちを得ずして馬龍殿の手で勝ちを得られる。
しかし、賈ク殿はそれ以上に必要な事があると言っていた。
「あいつの策でも勝てたと思う、でも今のあんたじゃあいつの代わりは出来ないから・・・」
賈ク殿が馬龍殿の恐ろしい考えをどこまで理解していたのかは計り知れない。
そして言葉から察するに賈ク殿はそれとは別の展開を見据えての策だったのではと思えた。
「私では代役として不足でしょうが・・・」
そう言葉にした後で問うべき言葉を探した。
探して、いた・・・。
私は、何を・・・私は、何故・・・
問うのはそこに解があるから。
解があるからそこに問いかける。
それは当然で・・・それは必然で・・・
”俺の期待を裏切らなかった”
頭の中に言葉が再生される。
「っ・・・・・・」
私の中にズキリと何かが突き刺さる。
「本当だったら馬龍はあんたに・・・」
「賈ク殿!!」
反射に近かった。
賈ク殿の言葉を遮っていた。
そして、少しの間の後、我に返って賈ク殿に頭を下げる。
「申し訳ありません。ですがそれ以上は・・・私が解を出さねばいけない、のだと思います。あの方が何を思って私にあの言葉を言われたのかを」
「閻忠・・・。分かったわ、好きにしたら。これもあいつが期待していた事なのかしらね」
「えっと二人ともそろそろ始まるよ」
賈ク殿と間に程銀殿が割って入る。
「わ、分かってるわよ」
突然現れた程銀殿に驚きながらも視線を舞台に戻す。
「・・・閻忠一つだけ言っておくわ、あまり考えすぎないようにね」
「心遣い有り難うございます。その助言、胸に留めておきます」
『両選手準備は宜しいでしょうか』
『問題ない。一騎当千、私の武はそれをも凌駕してくれよう』
『・・・くだらない。片翼の武で当千になって何の価値がある』
片翼の武・・・。
私も彼女の事をそう評価した。
馬龍殿はそれに加え一騎当千の強さに意味は無いと告げた。
私の感じていたそれとは違う。
その言葉の裏に馬龍殿の姿があるように思えた。
『なっ何?!!』
『気づけないのなら、武人を名乗るべきじゃないな』
『くっ・・・。貴様も私を愚弄するか』
『愚弄?ははははっただの事実だ。あんたは武人足り得ない』
挑発を続ける馬龍殿に業を煮やし私の時と同様に戦斧を構える。
馬龍殿は自身のやり方で華雄殿に武人の在り方を教えると言っていた。
あの方は・・・
『えっと、・・・準備は良いのですよね』
『あぁ問題ない』
『さっさと銅鑼を鳴らせ!!その首叩き斬ってくれる』
『で、では両者尋常に・・・始めぇーー!!』
司会者が慌てながらその手を振り下ろす。
二回目の決戦の銅鑼が打ち鳴らされる。
その音は空に響く。
両者は構えを取ったままどちらとも動かない。
華雄殿は戦斧、その矛先を相手に定め、馬龍は背負った大剣の柄に片手をかけもう片方は軽く手刀を作って華雄殿に向けているだけ。
その形のまま、まるで時が静止したのかと思えた。
「・・・これは、一体どうされたのでしょうか」
董君雅殿の疑問は会場にいるほかの人々も同様なのか次第に会場中にどよめきの声が聞こえだす。
私と華雄殿の戦いぶりを見ていればこそ先に華雄殿が仕掛けるのだろうと予想していたのだ。
「何故、馬龍殿達は構えたまま動かないのでしょう」
「それは~解説の閻忠さんにお任せ」
「はっ?」
突然と投げかけられた言葉に見事に間抜けな顔で振り返ったことだろう。
「だって、馬龍は今試合中だから。閻忠さんなら分かるでしょ?馬龍が今してる事。あたしじゃ何をしてるかまでわからないんだ」
その言葉に改めて二人を剄測によって観察する。
あの方ならばこの状況を意図的に作り出していてもおかしくはないと目を凝らす。
「あれはっ・・・」
私はその光景に自身の感覚が間違いではないかと思えた。
「何か、わかったのかな」
「恐らくですが、既に二人の立会いは始まっているのです」
「二人とも動く様子がないけど?」
「動きたくても馬龍殿がその出鼻を挫いている、のだと思います。華雄殿が仕掛けようと力を込めるたびに馬龍殿の力の流れが急激に変化していますから」
微動だとせずに力の流れだけが常に変化している。
それもただ熱くなるだけではない、寒気がするほどに冷たいと感じる力も感じる。
「・・・戦わずして勝つ、なんて事でもする気なのかしら」
「それは違うかも」
賈ク殿の予想を程銀殿が首をかしげながら否定する。
「違う?程銀は理由が分かるの」
「う~~ん、なんとなくだけど。今、馬龍の気配が外側に向かってるんだよ」
「外側?それってあの華雄殿以外にですか?」
私の勁測では感じ取れない感覚を程銀殿は口にした。
馬龍殿の力も不思議・・・というよりも常識外の力だと思えるがこの程銀殿もまた違った力を持っていると初めて思えた。
「うん。会場の人達を警戒しているみたい。なんでだろ?」
「・・・あいつ、器用なのか不器用なのか」
賈ク殿の言葉が気になった
その言葉は的を射ている気もした。
武術に関しては言わずもがな、政にも精通でき、それ以外の知識も含めればそれは多彩して多才。
けれどそれは”不器用”とも言える気がする。
それは余りに多くを収めている所為なのか。
それとも感情の事を言っているのか。
その正体が知りたくて私は賈ク殿を見ていた。
「でも、僕は・・・・・・」
突然、観客が沸き立つ。
その声に舞台へと咄嗟に視線を向ける。
・・・・・・
・・・・・・
目の前の武人殿には意地の悪い事をしていたが会場の様子は確認できた。
これから行う事が会場から聞こえる声、視線でどれ程のリスクがあるのかを確認したかった。
俺に向けられた敵意や悪意、興味、その噂。
それは予想していたものより少ない。
突然の登場というのが大きかったのかもしれない。
一先ずは程銀以上に厄介な相手はいないと確認できた。
ならばと構えを解いて武人殿に向けて足を踏み出す。
「っ・・・!」
武人殿の警戒色が強くなる。
それでも構わず一歩ずつ前に進む。
こうして無防備に進む中で構えがぶれないのはやはりに逸材となる証拠だろう。
それは先程まで攻勢を抑える中でも感じていた。
本能に近いそれで俺の気配を感じ攻める事をしなかった。
いや、それを利用してさせなかった。
だが、油断できる相手でもないのが面倒だ
手足を動かそうとする仕草。
その剄の流れ、気配を読み取れれば後はその総量が分かれば。
相手の間合いに入る手前そこで一瞬立ち止まる。
「なっ?!!」
その一瞬から足に勁力を集め、一気に間合いを潰す。
懐にもぐりこむように踏み込み戦斧の柄に掌打を打ち込む。
押し込むように打ち込んだそれを受け止めさせ・・・。
「くっ、貴様ぁ!!」
薙ぎ払いの一撃、その軌道に合わせて背後に回りこむ。
トンっと相手の背に掌で触れる。
即座に足を一歩引き背後に向き直りながらの振り下ろしを避ける。
そこで相手の右手に自身の手の甲を触れさせる。
それを振り払おうとしてか再び薙ぎ払うのを潜り抜け、手刀を肩口に当てる。
振り上げられては回り込み、振り下ろされては避けその都度相手の一部に自身の手を触れさせる。
苛立ちが見て取れる。
相手の肘に手を当て、それを振り払おうとする時に状況に変化を与える。
「くっ小賢しっ・・・?!!」
「なんだ?もう腕が疲れてそれを振り回せなくなったのか?」
自身から与えた状況ながら敢えて問いかける。
振り払おうとした腕は折り曲がったまま。
「きっ貴様・・・」
意思の通りに動かない腕に苛立ちを更に募らせるように見える。
肘を抑えながら肘から先の勁脈を押さえた。
これでこちらが触れている限り動かす事は出来ない。
「力は相当なものだが、足運びが甘い。それに相手の動きに翻弄されすぎだ」
「ざ、戯言をーー!!」
「っ?!」
咄嗟に手を離して距離を取る。
その直後戦斧が眼前を横切った。
剄脈を押さえていた手を突き抜ける何かを感じた。
力の流れを遮断していたはず、それをすり抜けていく別の力。
「ふんっ貴様も逃げてばかりなのか。さっさとその大剣を抜け!!」
武人殿は振りぬいた戦斧を構えなおして俺を見据える。
あれが気の流れ・・・なのか
聴勁によって感じ取れたのは幸いだった。
それは阻害しているはずの道の上に突然発生して体を動作させた。
もし、これが気の専門家となれば俺の点穴はまったくと言って効果を発揮できないかもしれない。
けれど・・・。
・・・面白い
素直にそう思えた。
それでも面白がってばかりもいられない。
「勘違いされているようだな。俺の五体全てが武器だ、これは必要ならば使う、不要なら使わない。至極当然の理屈だ」
「ならば何故それを背負っている」
「これは重りのようなものだ。連戦のあんたに合わせた俺なりの気遣いさ。負けた時に疲れていたなんて言い訳されては面倒だ」
「気遣いだと、そんなもの侮辱以外に他ならない!!」
「しょうがない。そう言うなら・・・」
背負っていた大剣を抜き取り舞台に突き立てる。
そして軽くなった体で再び構えを取り直す。
「今の俺は加減が難しいんだ。だから・・・」
「だから、何だと言う」
「降参するなら今のうちだ」
「ぬかせぇーー!!」
激高した武人殿がその勢いのまま向かってくる。
それに合わせるように一直線に駆け出し舞台の中央でぶつかる。
戦斧の側面を撫でて軌道をずらしながら肩口へ拳を当てる。
「はっ、そんな軽い拳効くものか!」
武人殿は再び戦斧を振り上げる。
「ならこれならどうだ?」
まだ完全に勁力が戻ったわけではない。
この一撃では軽いのは承知の上。
戦斧が振り回されるたびにそれを避けその倍以上を打ち込む。
繰り出される一撃の頻度が遅くなればそれに反比例するように攻撃を重ねる。
「ぐぅっ・・・」
一度振るのに対して十数撃繰り出すようになるとようやくと武人殿の動きが止まる。
「これで少しは力の差と言うのは理解できたか?」
内心ではあまりのタフさに驚愕していたが表に出さないよう表情を作る。
防御を主体にしている分で勁を拳に乗せ切れていない。
それでも普通なら全身打撲で病院行きは確定しているはず、それくらいに加減をやめていた。
だと言うのに戦意を失う事なく俺を睨みつける瞳。
一筋縄ではこちらの策通りにはいかないらしい。
「ぐっ・・・私は、私は負けていないっ!!貴様など我が一撃で・・・」
「はぁ~~、まったく。ならば打ち込んでみろ」
戦意を失ってくれないのであればその自信を根元から折らせてもらう。
俺としては今の状態の彼女では少々不都合がある。
そうしなければ伝わらないし、見極めきれない。
「何っ?!」
「俺はこの場から動かないから。あんたの言う一撃を当ててみろと言っている」
「それは・・・」
武人というのは予想以上に面倒な人種だな・・・
「なんだ?動いていては当てられないのだろ。武人とは口ばかりの弱者を呼ぶのか」
「っ・・・その言葉死して後悔するがいい!!」
腰の辺りで戦斧を構え力を込めるのが見える。
そして踏み出すと同時に振り上げられる一撃。
「はぁぁっ!!!」
俺は宣言通りその場から動かずそれを受ける。
まるで打ち上げられるよう体が宙を跳ぶ。
「っ?!」
そして、宙から降りほとんど変わらない位置に立つと武人殿は驚愕の顔で俺を見る。
まともに受けていたのならまずいだろうが振り上げる一撃だと分かっていたからこその提案。
それを軽身功を利用して威力を殺した。
「・・・これが渾身の一撃か?なら今度はこっちの番だな」
驚愕で固まった武人殿が反応を見せる前に懐へ踏み込む。
全力での踏み込みを勁と共に螺旋の流れで送り込んだ後ろ回し蹴り。
これは師匠が得意としていた”螺旋脚”の模倣だ。
「がっ・・・」
その一撃は武人殿を吹き飛ばす。
何度も舞台の上を跳ねながら地面を転がる。
これで終わりだと構えを解くと砂煙がゆらりと揺れる。
「ん?」
「・・・まだ、だ。私は・・・」
舞台の端では武人殿が戦斧で身体を支えるようにして立ち上がる。
・・・気の力で片付けるにはあまりに
よろめく身体だと言うのに戦意だけで立ち上がったように見える。
そろそろ終わりにしないと・・・
「諦めろ、もう勝ちの目はない。それに加減するのも大変なんだ」
「加減、だと・・・」
加減は加減。
本来使うつもりの無かった技を加えて、本来の対象を穿つ蹴りの威力を全体へ散らす事で武人殿を吹き飛ばした。
「俺は弱い者をいたぶる趣味は無い」
これは嘘だ。
立会いをした今なら力量が明確に分かる。
恐らく戦場で何人相手に出来るか、それを基準にしたのなら今の俺はこの武人殿とそれほど大きな差は生まれない。
何より弱いのであれば俺がわざわざ戦う必要は無い。
「私は侮辱された上に加減までされていたと言うのか!!」
「加減が難しいと言ったはずだが?」
それは相性が良すぎるから。
俺はこの武人殿に負ける要素は少ない。
だが力押しで勝てるわけではない。
それは程銀にも言えるかもしれない。
俺は技量、程銀は兵装、それによって優位であるにすぎない。
「くっ・・・そんなもの」
「そんなものをされるくらいなら死んだほうがまし、か?」
言葉を先回りして口にする。
「死に急ぐ武人など何の役に立つのか」
・・・人に言えたことでもないってのにな
内心で自身の姿を笑う。
それでも俺は・・・この天意確かめてみたい
「・・・あんたは何のために武を磨く」
「私のためだ。より強くより高みへそれは武人の本懐」
それは問うべき言葉
「何のためにその矛を手にした」
「それはっ・・・・・・」
その言葉を俺は忘れていた
武人殿は俺の問いかけに口篭るがそれでも問いかけ続ける。
「その力は何のために使う。高みへと登るだけなのか」
「・・・・・・っ」
それを知らずにただ進み続けた末路を俺は知っている
「”五常なき力は暴虐に変わり果てる”。それを知らんあんたは近いうちにそうなるだろう。そんなもの既に武人とは呼べないんじゃないか?」
俺自身に向けるべき言葉だった。
・・・俺はそうだった
仁は刃、義は偽、知は血、礼は令、信は侵。意思のないただの暴虐となったの者末路。
「それは賊か獣か・・・そんなものに全力を注ぐつもりはない。情けをかけられて侮られた末に何処へと逃げ帰るが良いさ」
本来あるべき形を変え、意味を変え・・・それは人としての道を狂わせて行く
「・・・貴様に、何がわかる!!」
「わかるさ。貴殿の今いる場所に俺はいたのだから。俺は武人などと大層な肩書きを持てはしないのだから」
こいつにまでそれになってもらうのは困る
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
愚者は思い返す
己は過ち、それを改めていなかったのだと
愚者は自ら咎人となった
故に愚者は愚者だった
愚者は咎を負い続けた
その手に乗せられた想いは枷となり
背に乗るそれはいつの間にか楔となり
彼の者と結んだ絆ですら鎖となり愚者を縛り付けた
愚者はいつ解き放たれるのか
その命を失えば、魂が砕ければ
新たな生を得たならば
それとも、それは・・・・・・
繰り返されるのだろうか
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
「私は負けん・・・私は武人だ。私はこの戦斧に誓ったのだ。誇り高く強い武人になると!!」
良い眼だ・・・だが危険な眼でもある
眼前にいるのはまるで過去の自分のように見えた。
一つの事しか見えずただ真っ直ぐに進んできたあの時のようだった。
託された思いを忘れてしまった過ちを犯した俺のよう。
「やれやれ。あんたに負けを認めさせるには加減をしては無理だと理解した」
だからこそ俺はこの武人殿を打ち倒さなくてはいけない。
彼女が負けを認める形で。
呼吸を一つ、そして突き立てていた大剣を舞台から抜く。
「だからこの一撃は加減なしだ」
「当たり前、だ・・・」
そう答え武人殿はまだ荒い息遣いのままながら構えを取る。
「・・・勇ましいな。だが、死んでくれるなよ」
「ふんっ。まだ私が、矛を落としていない、事を忘れるな。私は・・・まだ、貴様に負けるつもりは、無いっ!!」
大剣を両手で振り上げて二つに割るようにして二本の剣を振りおろす。
「・・・内功安定・・・勁力集中」
一度目蓋を閉じて力の流れを確認する。
この武人殿を納得させるには全力が必要になる。
「双剣・・・くっくくく、そうだ。そうでなくては!!」
俺の全力の気配に呼応するように武人殿の声を上げる、それは先程のダメージを感じさせないほどに意気揚々としていた。
この大剣を使えるのは体力的にこの一回だけ、だな
冷静になって自身の状態を把握し、勁力を全身に巡らせる。
俺はそれを気取られないよう繕うと力を安定させる。
緩やかに目蓋を開く。
両手を広げたまま右足を後ろに大きく下げて前傾姿勢を取る。
俺が構えを取る間、目の前の武人殿は構えたまま微動だにしない。
武人、か・・・この間違いも正せれば良いが・・・今回だけでは無理そうだな
俺も少し場の空気に流されているのだと思えた。
いつ振りか、自身が納得出来るだけの力を使うのは。
紅姉さんの時は自身の体の異変の所為もあってもの足りないものだった。
俺自身も高揚している。
「・・・行くぞ」
「あぁ、来いっ!!」
ダンッ
前足で舞台を踏み砕き、それを勁力によって推進力に変える。
間合いに入るまでは一瞬。
双剣を握る手に勁力を移動させながら一気に身体を捻る。
「はぁっ!!」
横薙ぎの一閃が武人殿の一撃とぶつかる。
「っ!?」
それは消耗しているはずだというのに俺の一撃とほとんど同じ威力。
一撃だけだったのなら俺の負けだった。
ぶつかった剣その片腕を畳むように曲げぶつかった衝撃をもう片方へと流し込む。
「これで終わりだ」
武人殿と拮抗する中もう一度踏み込み飛び上がる。
そして、身体の捻りを回転に変えての縦の一閃。
武人殿はそれを戦斧で受けようとするもそれは既に先に当てた剣で押さえ込む。
最大勁力と武人殿との相殺勁を乗せた一撃。
ドーーンッ
「ぐはっ・・・・」
爆音と共に舞台に亀裂が走り、その一撃に武人殿は膝を折り倒れる。
地面に着地すると溜めていた息を大きく吐き出して双剣を元に戻して背負う。
再び武人殿が立ち上がってこないのを確認してしばらく周囲に気配を飛ばす。
俺を見ていた幾つかの気配が消えるのを感じていると舞台の脇から進行役がもぞもぞっと舞台に上がって状況を確認していた。
『あっ、えっと・・・勝者、馬龍選手!!』
こうして一先ずの仕事は終えた。
後は、どうなるもんかな・・・・・・
割れんばかりの歓声の中で、俺は一人次の策へと思考を切り替える。
・・・
・・・・・・
優勝と言う結果。
武術大会も盛り上がり董々は大層喜んでいた。
董々はいくつかの事後処理と仕事があると言うので会場に残り、 俺達は家主のいない家に帰る事になった。
決勝戦を終えて一息つけるが問題はいくつか残っていた。
武術大会を優勝する事で旅費という当初の目的は達成できた。
はっきり言ってそれでは割りに合わない問題を抱え込む事になった。
それを少しでも解消できないかと部屋に集まって皆の知恵を借りる事にした。
「今更だけどあんたはこれで良いの?」
「本当に今更だな・・・」
出場したのは自身の意思。
それでも良いかと問われると良いとは言い難い。
「問題はある。だが必要な事だと割り切るしかないだろ」
「それでこれも割り切った結果なのかしら?」
そう言って俺の寝台を指差す。
「割り切ったが余る問題が多いからな。それにそれは良い素材だ。正しい場所にあれば役に立つ」
「いえ何と言いますか・・・私は詳しい事情が飲み込めていないのですがその正しい場所に連れて来るために彼女を打ち倒したのでしょうか?これが馬龍殿なりのやり方と?」
「いや~ここまでやるつもりはなかったんだが」
寝台で眠っている武人殿を見る。
怪我の具合は思いのほか軽い。
出血もほとんどないし、打撲はあるが骨までは痛めていないはず。
一撃を加えた時、その勁力を全身へ散らした。
しばらくは身体が痛むかも知れないがそれくらいだ。
「えっとその辺りは後で説明する。まずはこの後の事を考えていた」
「この後、ですか・・・目的地である幽州へ行く道程でしょうか?武術大会の賞金で幾分か楽になると思いますし、それほど気に病まれることではないかと」
「元より楽になるための金じゃないんだが」
そもそも旅の中で大金は必要ない。
今ある金をやりくりすれば充分、不測の事態がない限り使う事はないと考えていた。
必要とするのであれば琢についた後の滞在期間中だ。
「じゃあそのお金で馬龍の豪遊が始まるんだね」
「始まらん!!」
こいつは俺をなんだと思っているのか
程銀のボケを一蹴すると賈クは呆れ顔で俺達を見て眼鏡をクイっと上げ直す。
「まったくあんた達は。この部屋に僕らを集めたって事は”その先”。そう言う話でしょ?」
「まぁそんなところだ」
大方の予想はある。
しかしここを確認出来ないと動きが制限される。
制限された状態では情報を集めるのも難しい。
「俺と閻忠はここから幽州、琢郡まで向かう予定だ。そこで俺は学者に会い、閻忠は俺が琢についたのを確認したら安定に戻る」
「はい。私はそのように任を受けていますから」
これは確定事項。
閻忠との旅はそれで終わる、それまでに閻忠をどう扱うかそれは今回の一件で決める事が出来た。
「で、程銀お前はどうするんだ」
「えっ?!あ、あたしは~・・・・・・」
「お前もどこかに向かう最中だろ。それで町に着くたび給仕していると思っていたが違うのか?」
俺が程銀と同じ立場ならそれを口にする事は出来ない。
今までの行動やここでの再会を思えば大凡の目的は予測出来る。
こうして問うという事はそれを程銀も理解出来たはず。
「うぅぅ~~・・・馬龍分かってて聞いてるよね」
「そうだが、そうだと確定させたい」
「・・・い、言えない」
その言葉は予測できた。
続いて頭の中では幾つかの可能性が繋がる。
それは賈クも同じ様子、俺と程銀を交互に見た後に額に手を当てて思考を巡らせている。
「それって・・・・・・まさかっ?!・・・いや、でもそうね。有り得なくは無いわ。程銀あんた・・・」
程銀の正体に思いつくところができた賈クが声を上げるとそれを悲鳴めいた声で程銀がかき消す。
「わ~わ~~~!!馬龍~~!!馬龍のせいだよ。賈クちゃん気づい・・・」
「誰も何も言っていない。問題ない」
「えっ・・・?」
驚いたように俺を見返すがそれを視線で賈クに誘導する。
「そうだろ、賈ク」
「・・・あんた馬鹿なの?僕らは不安要を歓迎できる余裕はないのに」
程銀の雇い主の条件はいくつか確認できた。
自身の正体、所属、目的それが第一の守秘事項。
だがそれは実際に口にしていなければ良いのか俺を探っていると気づいていたとしてもこうして俺の傍にいる。
それは明確に断言されなければ程銀の任務を継続させるという事だ。
そして、次いでくるであろう武力や能力は臨機応変といったところだ。
それに感じるのは敵意ではなくあくまで俺を見定めるという内容。
この状況で進まなくてはいけないんだろな
「あんた何を考えているのよ」
「言えない事があるのは皆同じだ。なぁ董卓」
「あ、あのそれは・・・」
突然と話題を振れば慌てる董卓。
その表情で賈クはある程度の話をつけているようだった。
「それは敢えて聞き出そうということではない。今したいのは言葉に出来る範囲での情報を共有したいという事だ。俺はまだ誰にも話していない事もある、悪い話じゃないとは思うがどうする?」
これに賈クが頷けば情報が手に入る。
俺の知る常識が通じる世界ではない。
今の俺には些細な情報でも、いや些細なものほど重要になる。
字、真名そんなここの常識ですら俺の出自を怪しまれる一つだったのだから。
ここにいる人間は俺と言う人物を探っている人間だ。
ならば俺が開示する情報次第ではこの案に乗るはずだと計算し、残りは解答を待つだけ。
「あんたは、何を・・・知っているの」
「可能性の一部だ。その可能性を俺は否定したい」
言葉にして理解した。
それは俺の中に生まれたここでの願いだった。
「否定、ですか」
「馬龍、あんた何を否定する気。僕らがその案に乗るのはそれ次第よ」
はぁ~、なんともここに来てから大切な所で空回るな
失態だった。
言葉にして理解はしたがそれを今言葉にしたのは少々まずい。
「あたしも気になるかなぁ。馬龍の”目的”ってなんだろ」
案の定程銀は董卓と賈クに便乗してきた。
それがこいつの仕事なのだからこうなるのは分かっていたがそれでもため息が止まらなくなりそうだった。
ここにいる人間。
それに繋がる勢力、思惑それに思考を回らせる。
考えれば考えるほどに可能性の輪郭がぼやける。
情報、やはりそれが不足している。
否定しようにも肯定しようにも状況はまだ修復可能なのかそれとも決壊するのを待っているのか。
それを判断するには足りない。
天意、天意がそれを望むのか・・・お前は何でここに俺を・・・
武人殿に偉そうに語った。
それを思い出す。
これを口にしたら起こり得る可能性を否定出来なくなるかもしれない。
だが、一人閉じた世界にいたのではきっとそれは起きる。
それは可能性ではなく必然として。
その光景を想像した。
俺は、もう繰り返すのはごめんだ。生きると決めたのならば・・・
決めた事を心に刻む。
そして一度ここにいる人間を見渡しそれを口にした。
「・・・乱世だ。このままでは乱世が来る」
・・・・・・
・・・・・・
・・・乱世
この男の正体がますますわからなくなった。
それは宮中で働いた者ならばこの考えに至る事はあるかも知れない。
僕らのように・・・
だが、それを表立って言うものはいない。
宦官や地方の役人の統制不足がそれに繋がる。
何よりそれによって最悪の結果、国が終わりを迎えた後の話だ。
けど、それは僕の予想よりも悪い結果で・・・
「乱世・・・?乱れた世と言う事ですよね。それは五胡や北方からの攻勢が強まるという事でしょうか?」
と、不意に馬龍の言葉に閻忠が答える。
存外的外れというわけではない。
確かにこれも可能性の一部。
「すまない、可能性としか言いようがないんだ、まだ・・・」
「じゃあ、なんであんたはそうなるって言うの。その根拠は?」
そう、根拠が見当たらない。
宮中にいた様子もないこの男が何故、乱世などという言葉を口にするのか。
人脈の広い人間ならば情報を辿る事で幾つかの仮説を立てるだろう。
感の良い人間ならばもしかしたらと考える事もあるだろう。
だが少なからず”乱世が来る”などと断言めいた言葉にはならない。
そう断言できる人間がいるとするなら明確な根拠が無ければいけない。
「根拠か・・・その前に聞かせて欲しい、それ次第だ。ここから先はその内容次第だ」
また、僕らに選択させる。
この男の嘘という事も充分ある。
嘘をつくとしても理由があるはず。
しかし、そこまでして僕らの情報を得る必要があるとしたのなら。
この男は・・・とんだ食わせ物だ
月に目配せをすると、月は決めあぐねているように僕を見返す瞳。
だがそれで確信できる。
この男は嘘で乱世と言う言葉を口にしていない事を。
月が決めかねているのは僕らの情報、蜜命を馬龍に伝えるかどうかと言う意味だ。
この男の言葉に嘘や悪意があるのなら月がそんな眼をしない。
僕は小さく月に頷く。
その様子を見てか馬龍は程銀と閻忠を見て口を開く。
「二人はどうだ?」
「私は、私に話せる事など・・・」
「本当に・・・と言いたいが閻忠はそうだな。お前にはどちらかといえば俺と同じ情報を知っているというのが重要だ」
「私と馬龍殿の考えの差を知りたいという事ですか」
「あぁ、お前の意見も必要になるかもしれないからな。それで程銀、お前はどうだ?」
「あたし?あたしは~~その~・・・・・・」
言い淀む程銀。
それは同じ質問なのだから当然。
そうでなければ僕に悟られる前に答える。
「・・・俺達は幽州へ向かう」
「ん?それはさっきも聞いたよ」
程銀は唐突に投げかけられた馬龍の言葉に首を傾げる。
「武術大会で得た賞金がある」
「それは知ってる。馬龍の豪遊資金だよね」
「はぁ~もうそれでいい」
馬龍は溜め息を吐き、言葉を続けようと息を吸い込む。
「それで多少懐に余裕がある」
「美味しい物をたくさん食べると思うと羨ましいよ。それって自慢?」
自慢な訳ではないだろう。
だが、敢えてそれを言うという事は。
「いや。もし、だ。もしお前の目的地が俺達と近いならその旅費として使ってもいいと思っている」
「ん?どう言う事?」
程銀はこてりっと再び首を傾げる。
だが僕も同じ立場であったなら同じく首を傾げたかもしれない。
僕と程銀とでは意味合いが違う。
けれど”乱世”その言葉を否定するためというのなら程銀を傍に置くのは妙手、いや奇手。
「俺達と一緒に行くのならお前の分の宿やら飯やらを面倒見ても・・・」
「ついてく!あたし幽州に行く!!」
「て、程銀あんた・・・・・・」
現金だった。
現金に現金だ。
だが馬龍も上手いのかもしれない。
これなら程銀にも誘われたという名目が立つ。
「馬龍殿よろしいのですか?」
「問題ない。もしこいつが食いすぎて金が無くなれば給仕をさせる」
「えぇ~~っ?!馬龍ひどいよぉ」
「くくくっ冗談だ。だが金が必要になっても人手があるのなら日をかけずに稼げるだろうさ」
二人が三人、確かに効率はよくなるし取れる策の幅は増える。
それとも程銀の自身に期待しているのだろうか。
「で?そっちは話ついたみたいだけど僕らには何を聞きたいの?」
「そうだな。この後の事だ、二人はどうするつもりだ」
「随分と曖昧に聞くのね」
「まぁ、話せる範囲というものがあるだろうからな」
馬龍は腕を組んだままちらりと僕の方を見た。
昨日の晩、閻忠と話した後で馬龍と会話したそれを言っている。
馬龍の情報は一つでも多く必要だった。
張温の事だ、僕ら以外にも調査を頼んでいてもおかしくはないし、会場で程銀が言っていた。
”会場の人達を警戒しているみたい。”
それはきっとその可能性を鑑みての事。
それでも馬龍は”情報共有”と言ってこの場に僕らを集めた。
多分ここに集めた人間がこの男の望み、情報を持っている可能性があるということだ。
そして加えて自身の情報を与えて構わないと考えられる人間なのだろう。
ならば僕もこの状況を利用させてもらう。
それにさっきから僕を見つめる月の瞳には敵わない。
「月のしたいようにしていいわ」
「詠ちゃん、でもいいの?」
「えぇ、そのために僕は月の傍にいるんだから」
「ありがとう詠ちゃん」
そう、だって月の望みは僕の望みだから
「私は馬龍さんに聞きたいことがあったんです。それを答えてもらえませんか?」
「なんだ?」
「馬龍さんは何故旅をされているのです」
「ん?」
「何、言えないの?」
「いや、そうじゃないんだが・・・」
どうしたのかなにやら閻忠の方に顔を向ける。
すると閻忠が少し溜め息混じりになって馬龍に答える。
「馬龍殿・・・書状は董君雅殿にしか見せていませんから。それに私も”何故”という部分は聞いておりません」
これがこの男の言う閻忠の必要性なのかもしれない。
僕も月と全ての考えを一致させているわけじゃない。
こういった小さなズレは後に禍根を残す。
「そうだったか。それなら天意のためになるが・・・」
「馬龍さんは何のために天意を探されるのですか?」
月は続けざまに馬龍に質問する。
それは珍しい姿。
僕らにも今馬龍と閻忠のようなズレそれがあるんだと思えた。
月は今この男に何か感じているんだろう
僕が考えをまとめている中で馬龍は月の質問に答える。
「そうだな。理由を挙げるなら・・・三つ。それを聞いて董卓はどうするんだ?」
だがそこで答えを止める。
「私は馬龍さんの事が知りたいんです。私でも力になれるんじゃないかって」
「そう思ってくれるのは嬉しいが・・・」
「では何故、馬龍さんは何でそんなに焦っているんですか」
「えっ?」
月の言葉に思わず声が出てしまった。
そして見れば馬龍は眉をぴくりと反応した。
焦っている?この男が・・・
馬龍は口を閉じ眼を閉じた。
その中でこの男は何を考えているのか。
先程まで平然としていた態度とは思えないほどその顔つきはこわばっている気がする。
すぐにこの男が表情を隠したせいでそれくらいしか分からなかった。
何故この男は焦らなくてはいけないのか。
乱世が来るからか。
乱世を回避するためにか。
それならば時間がないのは僕も認識している。
だが、旅をする、その理由の中で焦りを見せている、その理由は重要だ。
ある程度の事ならばとこの男との親交を重要視して無視出来る。
この男の価値は武力そして、それは西涼の馬騰その後ろ盾あってこそ。
だが、この男と言葉を交わす中でそれ以上の価値を僕は知ってしまった。
どれ程の時間が流れたのか。
一度眼を開いたかと思えば再び閉じ、代わりに口を開いて大きく息を吐き出した。
「二つ、先に答えよう。全てを答えるにはまだ俺は二人に答えを貰ってないからな。一先ずそれで俺の答えられる範囲は終わりだ」
「・・・はい」
その言葉に月は真剣な眼差しを向けて答える。
「一つ、この理由は理由としての意味を終えたものだ。旅をするきっかけだったのは違いないし順番的に先に言うが・・・」
「相変わらず回りくどいわね」
「なら、端的に・・・俺が死ぬためだよ」
んなぁっ?!!!
「死っ・・・な、何を考えて?!端的すぎよ」
「まぁそういう反応をされるだろうな。だが事実だ、俺は死にたかった。生きるのに疲れていたんだ」
疲れる?何故?!
皆一様に驚きの表情をした。
こんな唐突な告白に驚かない人間はいない。
だって、見た目の年齢では僕らとそう変わりない、いっても一回りと違わないはずだ。
そんな人間が口にする言葉ではないからだ。
この男はどれだけの人生を歩んだのか。
「・・・それでも馬龍さんは生きる事を選んだんですよね」
「そうだな。まだ死ぬわけにはいかないだろうな。なんの笑い話も出来そうに無い。それにこのまま乱世になったんじゃあいつが満足しそうにない」
「その”あいつ”とは誰ですか」
「それを聞くのなら二つ目は答えられないぞ」
そう言って月を見て少し微笑む。
意地の悪い事をする。
「・・・馬龍さんはずるいです」
「そうだそうだ、話してよ馬龍」
「あの、私も気になるのですが・・・・・・」
「まったく、賈クはどうするんだ。俺としてはこれを話して二人が俺の問いに答えてくれるならいいが」
これで何度目になるのかと数えそうになった。
この男が選択を僕らに任せるのは。
「先を話して。それが誰か、気にはなるけど。またの機会にでも問い詰めさせてもらうわ」
僕も正直それが誰なのか気になる。
けれど必要なのは量。
情報の質はあんな奴に与える必要はない。
「その時はおとなしく話す事にしよう。下手に抵抗したら後が怖そうだ」
「それが賢明ね」
今はこちらが折れておく。
だがこの男を手に入れるために必要な事ならば絶対に吐かせて見せる。
「董卓もそれでいいか?」
「・・・はい」
「なら二つ目、人を探している」
「ん?それは今言ってた人?」
「いや、違う。そいつは俺と最期まで一緒にいたんだが。西涼に着く前にはぐれたらしい」
「ですが何故幽州に?・・・いえ、だからこそ幽州に行かれるのですか」
「そう言う事だろう。姉さんには天意を辿る事が近道かもしれないと言われたが、その道程でも何か分かるかも知れないってことだ」
幽州に向かうのは馬騰の考えらしい。
それでも、効率ので言うのなら悪いと言わざるを得ない。
「あんたが探し回る必要はないと思うけど?今日の事でもこの一帯に噂が広まる。それを聞けば向こうからあんたを探しにくるんじゃない?」
「それに人を探されているのなら私でも力になれるかもしれません」
「有り難う賈ク、董卓。だけどあいつは俺が探してやりたいんだ、相棒だからな」
「相棒ですか。一体どのような方なのですか」
「それは~、ん~~~~・・・・・・」
再び馬龍は言葉を止めて思考する。
交渉においての優位はいつもこの男が握っている。
それでもどうしたら引き出せるだろうかと考えていると閻忠がすっと立ち上がり馬龍の方に体を向ける。
「わ、私は馬龍殿が義真様に相応しくないっ、その言動や行動を報告するために旅の同行しております」
「はぁ?突然どうしたんだ」
馬龍は突然の告白に驚きの声を漏らす。
「私が一つ答えたのですから。答えていただけませんか?」
一つに対して一つ。
確かにこの男はそうやって答えてきた。
だからと言って閻忠がそれをするとは考えていなかったのだろう。
「ったく、しょうがない。肌は褐色、髪は灰。身長は、賈ク位だろうか」
「お名前は?」
「名前は・・・悪いな」
「私の情報では無理ですか?」
「あいつも色々と荒事に巻き、込まれる性質だから下手に教えられない。それにしてもてなんでそんな事を言ってまで知りたいんだ?」
「いえ、それは・・・・・・」
「まぁいいか。名前は止めておきたいんだが、そうだな特徴としていうなら無邪気で強いってのが特徴か」
「無邪気で強い?なにそれ」
わかりにくい表現だった。
その言葉で想像できる姿はまるで子供。
「あいつはな、強いけど善悪ってのがまだ判断出来てないんだ。強すぎて一人きりだった時間が多かったからだろう」
「だから馬龍さんは探しているんですね」
「あぁ、あいつ一人にしたら何をするか危なっかしくてな。早くあいつを見つけてやりたい」
「それで具体的にどれくらいの強さなの?この華雄位?」
「ふむ。強さって言葉にすると難しいな。俺より強いってのは間違いないが・・・」
「ど、どれだけ強いのですか?!」
閻忠は座る事も忘れたのか立ち尽くしたまま驚きの声を上げる。
「そうだな、俺が一騎当千なんて噂されているんだったら、あいつなら万夫不当って位は言われるだろな」
「そんな人間がいるなんて聞いた事っ・・・」
数で言って十倍。
大会であれだけの武術を披露した馬龍がそれだけの評価を与えるのなら大陸にいて知らない者などいないはずだ。
「まだ、ないだろな。あいつが動き出したらそれくらいは片腕でもやるだろう。ここにいる程銀、華雄、閻忠、俺その四人がかりでも本気を出されたらあいつを止められるかわからない」
「そんな?!」
あまりに想像以上の評価に驚きで声を上げた。
だが、言葉とは裏腹に僕の中でいくつもの計算が駆け巡る。
馬龍だけじゃない、その相棒と言う人間まで僕らの側に立てば状況を好転させる事が出来る。
取れる策の幅が増える、賭けの勝率はより高くなる。
「まぁ、いつ再会できるかは俺にもわからない。これで二つだ。董卓どうだこれで一先ず俺から話せる事は終わったが」
そう言って一方的に馬龍は会話を切る。
報告する内容としては充分すぎる。
けれどこの男を計算に入れるには不足している部分が多く残る。
当初はもっと単純に行くと思っていたがそれはもう過去の話だ。
この男相手に情報を漏らさずに得ようなどと言う考えはない。
「はい、それでは・・・」
月は僕に目配せをする。
「僕らの事よね。僕らはこの後もう一度、司隷の洛陽に戻るわ」
「それで?」
この男には予想済みなのかもしれない。
まるで予定通りとばかりに合いの手。
「あんたの事を報告するわ。あんたの存在に興味を示している人間がいるからね」
「まぁ俺の事なら好きに話してもらって良いが、出来ればその後が知りたい。二人はその後穎川で仕事をするのか?」
僕らの任務は昨晩でバレているのでそれをここで隠すつもりはない。
それでも馬龍の態度はあまりにあっさりとしたものだった。
「そうね・・・」
本来だったら西涼に近い地域から情報を探る予定だったのをここ で済ませてしまっている。
このまま張温に報告してしまったほうが後々の動きはこちらが優位になるが。
欲を言うのならこのまま張温の元に連れて行ければ良いが先程の話から馬龍は拒否するだろう。
それでもこれだけの情報があれば残りは馬龍の確保だけ。
後は順序が逆になるだけだ。
あいつは馬龍が西涼に戻る際に通りそうなところに僕らを送り出す。
「多分、その後は涼州辺りに行く事になると思うわ。月の出身がそっちだし、しばらくはその中のどこかの郡で役所仕事かしらね」
それを聞くと馬龍は微かに首を傾げる。
僕の言葉に何か疑問に思われる事はないはずと思考が一瞬を止まる。
「・・・わかった。もし行き先が決まったら董々に教えておいてくれ。帰り際に寄らせてもらう」
「はい、是非」
月は馬龍の言葉に喜ぶが僕は不安になる。
賭けを成功させるためにこの男を利用するのは必須。
この男はそれを理解した上で協力しているだけじゃない。
次に僕らが馬龍と接触した際には張温に引き渡さなくてはいけないという事を理解していないはずはない。
もし、その言葉ばかりが頭の中に駆け巡る。
その可能性は一本の糸を辿るようだがそれでもまったくないと否定する事は出来ない。
それを問いただそうと口を開こうとする前に馬龍の声で口を閉ざした。
「二人の予定は理解した。後は乱世の根拠だったな」
「え、えぇ、そうだったわね」
「どれがきっかけになるかわからない。だが間違いなく言えるのが一つ。田畑が死ぬからだ」
「田畑が死ぬ?それは一体どうして」
この男は極端すぎる。
言葉にするのが苦手と言ってもこれではいくらか前置きがなくてはそれ至る背景が見えない。
「税が高いってのはわかっているだろう。その所為で一つの田に植える苗が多すぎている。それは田を痩せさせ、実りの量を落とす事に繋がり、見た限り田を休ませる余裕がないと言うのが理由になる」
確かに今の司徒は張温の圧力で動きが取れていないと聞く。
大々的に制度を改革しようにも宦官や名ばかりの役人が邪魔をしている。
それも自体を加速する要因だろう。
一応の理屈は通っている。
「田が痩せるだけなら何とかなる。だが連作被害が起きるともう打つ手はほとんどない。土が生き返るまでには時間が掛かる、五年、十年、最悪その地では何も育たないかもしれない」
「仮にそうなれば農民が反乱を起こしてもおかしくはないわね」
「しかし、それは官軍の粛清を受けるのでは」
馬龍の予想が正しいのなら農民の不満は爆発する。
だが、愚鈍な張温でもさすがにそれを見過ごす事はない。
しかし、それだけで乱世と言うには表現が大げさすぎる。
「それがこの国全土で一斉に起きたらどうなる」
「そんな?!そんな事が・・・」
ありえない、その言葉を口には出来なかった。
可能性の糸を手繰り寄せるように馬龍は続ける。
「俺の見ていた地域は少ないが、それに天候不順が加わったらどうだ」
「それでもまだ可能性の域をでないわ。でも・・・無視できるものじゃない」
いくつもの可能性が組みあがる。
それは乱世の言葉に届くほどだ。
けれど・・・まだ足りない。この国が絶命を迎えるには。
例え、全土で起きようと各諸侯に鎮圧の命が下るだけ烏合の衆に遅れを取る勢力は少ないはず。
多少の乱れはあっても瀕死ながら国は存続できる。
「それで理解しておいてくれないか」
「それってまだ理由がありそうね」
「可能性だ。けれど突端となるのはそこだと俺は思う」
確かに可能性だった。
もしそれが本当に起きたのならば乱世の幕を上げるきっかけになりうる。
そこに諸侯の思惑が重なれば、この国に止めを刺すこともありうる。
「それが”三つ目”なのかしら」
「さてな」
そう言って馬龍は口の端を持ち上げる。
「少し長くなってしまった。この辺りで・・・」
「ば、馬龍殿!」
「・・・なんだ?」
話を切り上げて立ち上がろうとした馬龍を閻忠が呼び止める。
「まだ話していただいていない事が・・・」
そう言いながら閻忠は寝台の方を指差す。
「あっ・・・・・・」
「わ、忘れていたのですか」
その先にいたのは未だ寝たままの華雄。
「いや、なんて言うかな~~。・・・時間に余裕がないから手短に、閻忠は五常って分かるか?」
「五常?ですか」
「儒教で言う五徳の事。仁、義、礼、知、信。その五つね」
「あぁそれだ」
「それならば・・・。しかし何故今それを?」
「武術とは心、体、技があってこそだ。だがこの武人殿には心の部分が足りていない、閻忠はその事で片翼と言っただろ」
「はい」
「ここには五徳を学ぶには丁度良い人材がいるのに気づかないか?」
「えっ・・・」
そう言うと馬龍の目線それを追いかけるように閻忠が確認すると納得したような声を漏らす。
「そういうことだ」
その視線の先にいるのは僕と月だ。
「まさかとは思うけど・・・」
「護衛としては申し分ないだろ?」
そのまさか、この男はここで横たわる猪を僕らに押し付けるつもりでいたらしい。
「あの、馬龍さん?」
「この武人殿を董卓の傍においてやって欲しい」
馬龍の視線に疑問を抱いた月が声を掛ければそれを確定させる一言。
「でも、華雄さんが寝ているのに勝手に決めてしまって良いのでしょうか」
「それなら問題ない。眼が覚めたら董卓の傍にいればいずれ俺との再戦が出来ると言えば良い。それに足りないものは董卓、賈ク、董々が持っている。それを伝えれば首を縦に振るさ」
そう断言する馬龍だが僕もしてしまうと思う。
語る言葉はなくてもあの戦いぶりを見ればなんとなくそう思えてしまう。
「それで納得されるでしょうか」
「するさ。真の武人を目指すのならな。その楔は閻忠が打ち込んでいる」
「私が、ですか?」
「まぁ気づくかどうかはこの武人殿の”厳勇”次第だが」
馬龍は華雄を見つめながらいくつか気になる言葉を言う。
楔、そして厳勇。
何故、この男は他者にそれほど期待を向けるのだ。
この男ならば一人でそれを実行してしまいそうだというのに。
もしかしら、自身の死それをまだ望んでいるのではないかと思えた。
先程は過去のものとして語っていたがそう考えれば合点がいく。
でも、それだけじゃ・・・
「で、これで良いよな。そろそろ・・・」
「ちょ、ちょっと馬龍」
「今度はなんだ」
不安要素が頭の中に現れたところで再び馬龍は立ち上がろうとするのを今度は程銀が呼び止めた。
「あたしも気になってた事が・・・」
「後にしろ。日暮れ前に用意し、っ!?」
程銀に構うことなく立ち上がると程銀が忽然と馬龍に詰め寄り組まれた腕を強引に掴む。
それに馬龍は苦悶の顔を浮かべる。
「痛むのかな?」
「程銀あんた、何を・・・」
突然場の空気が一変した。
普段のらりくらりと適当な印象の程銀だったがその言葉には何か含みを感じた。
馬龍の顔を見れば殺気・・・ではないもの張り詰めたような表情をしている。
「董卓ちゃんに迷惑をかけるんだから隠し事は良くないと思うよ」
「っ・・・これはさっきの仕返しか?」
「さぁ、な~んのことかな?」
恐らくは程銀の正体がばれそうになった時の事を言っているのだろう
だが、その仕返しになることを程銀がしているようには思えなかった。
程銀は馬龍の腕を強引に掴み取っただけ。
馬龍が大きく溜め息をつくと一瞬で二人の気配は元に戻った。
「・・・しょうがない」
そう言って立ち上がると上着を脱いで腕を捲り上げた。
そこにあった馬龍の姿に驚かされた。
そして、馬龍は僕らに短く告げる。
この大会に参加し、僕らに華雄を預ける真実を。
・・・・・
・・・・・・
「あまり話すべきじゃなかったと思うんだが」
「あんたは気にしすぎだと思うわ」
本来なら言葉にせず気づく事に意味があったのだがこれは本人が聞いていないのでカウントしないようする。
「まぁその辺りは賈クに任せる」
そう言うと賈クは小さく頷く。
任せるほか無いのが忍びないがそれでも彼女なりにあの武人殿を上手く使うだろう。
「あの、本当に行かれるのですか」
「あぁ、今足止めを食らうのは時期的にもまずいからな」
この後は賈クが時間を稼いでくれるはずだがそれでも手の届く範囲にいれば旅の邪魔をされる可能性がある。
早い内にここから離れたほうが良いと判断した。
「せめて、父様が帰って来るまで」
「そうしたいのは山々だ。礼を言わずに行くのは気が引けるがこのまま残っていても迷惑になるかもしれない。その代わりといってはなんだが夕食を作っておいたから董々には宜しく言っておいてくれ」
一宿一飯の恩義があるし、出来る事なら一言礼は言いたかったが董々も役人。
その立場上この間に俺を引き止めるよう言われているかもしれない。
董々が板挟みに合うのはいたたまれない。
だが、知らない内にいなくなっていたとなればいくらかは立場は保てると早々に支度を済ませた。
「・・・はい」
「それに書簡やら頼み事ばかりですまない」
「いえ、お力になれて嬉しい限りです」
「まっ、これは貸しにしといてあげるから。さっさと用事を済ませてくる事ね」
賈クはそう言って口の端を持ち上げる。
どれほどの借りになる事か不安になるほど気持ちの良い企み顔だ。
「馬龍さんあまり、その・・・無理をしないで下さい」
董卓はそう言うと俺に手を差し伸ばした。
「そう不安そうな顔をするな。俺は大丈夫だよ」
その手をとる。
小さな手だった。
その手は魔王董卓のものではない。
普通の女の子の手。
何がきっかけで乱世になるか定かではない。
でも何がきっかけになろうとこの子を魔王などにしたくはないと思えた。
「じゃあ、また会おう」
また一つ、楔が打たれた事を俺は知らないまま。
新たに増えた旅の同行人と共に穎川を後にした。
NextSceene
++武を磨くものは、腕を磨くもの++
言い訳の・・・もとい懺悔の時間です。
やばい・・・・・・。
それ以上の言葉が出てこない。
なんというか頭の切り替えが中々出来ないせいで遅れに遅れています。
そんな状態で穎川まとめ回です。
そのため少し内容がゴチャついています。
華雄さん噛ませ感を少しでも失くしたいと悩み。
ここでの賈クさんとのやり取りは第一ルートの帰結してくるので外せない。
董卓さんの空気感にやきもき。
程銀そろそろ動き出すか。
閻忠ポジション的に静かにしててくれ、でも・・・。
今回はこんな感じで悩まされることが多すぎ。
言うなら完全に自分で置いた布石に躓いてる感じです。
そうしながらもまた石を置く自分がいる・・・・・・。
いくらか端折っても良いのですが二次だったら細かいこと書きたいと思うんです。
次回は切り替えていきます。
それから穎川で調べた事を一部まとめられたら・・・次回上げられたら・・・いいな。




