欠けた策に、賭けた策
++猛獣の牙、猫の帽子、龍の枷(後編)++
閻忠との契約は成立した。
片側だけの一方的な内容ではある。
閻忠が大会で優勝できるよう力を貸す、その代わりに少しばかり荒行を強いるという内容。
一先ずの仕込を中断して閻忠にそれを施す。
閻忠を厨房の椅子に座らせて講義を始める。
「端的に言えばこれから点穴を打つ」
「あ、あの馬龍殿?」
「ん?」
「さきほどから私に突かれているその”点穴”とは一体なんなのですか?」
当然のように言葉にしていた。
これは説明する必要もないが俺の手をとった閻忠には教えておくべきかと説明始める。
「あぁっと伝えたいがどう伝えたものか。勁力について少しは教えていたよな」
以前親衛隊との立会いの際に少しその説明はしていたはずと確認する。
これから行う荒行には勁の一部を教える事も含まれる。
必要ならいくつか説明はしておきたいが勁力は俺も全てを知っているわけではないので分かりやすくするのは難しい。
「点穴を説明する前に人が身体を動かすのに必要な要因とはなんだかわかるか?」
「・・・血と肉でしょうか」
「それは一部だな。大まかに身体を動かすためには四つの要素がある。肉、骨、血、そして動かすと命じる頭。骨は骨格と血ならば血管、肉は筋肉や脂肪、それに頭から命じられた事は神経を通って各部分に行き届く」
指を差しながらそれぞれを簡単に説明する。
「・・・というものになるんだがここまでは大丈夫か?」
「はぁ、薄っすらとですが理解できます」
閻忠が理解しきれないのは仕方ないことではある。
俺の世界では簡単な医学だったり身体の構造と言うのは学校で学ぶ事が出来たが、この時代ではまだそれは確立していない。
根本としてこの時代の医学がどの程度まで存在するか俺は知らない。
一から説明しても理解までには及ばないと分かっている。
分かりやすく身体を動かして説明を試みる。
「まぁ今はそれでいい。この四つの要素は個別でありながら全て連動して動かなくてはいけないんだ。例えば、こうして肘を曲げる」
右腕を横に伸ばしてゆっくりと折り曲げる。
「肘が曲げられたのはまず曲げると命じる頭。それから肘と言う間接を形成する骨と周辺の筋肉、その命令を出す頭と筋肉を動かすために必要な血があって出来ることだ」
説明しながら各部を空いた手で頭から肘の周辺をなぞる。
「だが、その四大要素が揃っていても肘が曲げられない時がある」
「それは一体?」
「一つは外からの力が加わった時だ。曲げる力よりも強い力で腕を引っ張られては曲がらない」
「それは、至極当然では?」
「そう当然だ、だが曲げられない要因がそこに存在する。今言ったのは筋肉、骨という部分における阻害例だがつまり曲げさせないと言う要因が曲げると言う行動を阻害するわけだ」
「?」
「要は他の要素の一つ一つが阻害されても同じ結果となる。そして、その一つ一つには力の流れが存在する、それが勁力」
俺の言葉に閻忠は首を傾げる。
「大まかに四大要素の接続部分、もしくはそれが薄い部分を経穴と呼ぶ。そこを点く技を点穴と言う、これは突く場所によって効果は変化する。どこの勁力を阻害、もしくはその流れを増す事も出来る」
少し大雑把な説明ながら閻忠の頭の上にハテナが浮かんでいるようだがこれ以上噛み砕くのは難しいと説明を続ける。
「閻忠の身体の自由を奪ったのは麻穴。頭から下への命令を一時的に阻害する点穴だ」
「・・・それで私の身体は動かなかったのですか。ですがああも容易く動きを止める事が出来るのであれば馬龍殿は一対一で無双ではないのですか」
勁力が元通りなったところで無双にはなれない。
点穴には決定的な欠陥がある。
「元はこの点穴とは治癒などに用いられていたものを転用した技術だ。実戦で動き回る相手をというのは想定していない。相手によほど隙があるか、力量に差がなくてはそう決まるものでもない」
「・・・私が隙だらけという事ですか」
なにやら落胆して頭を垂れているが気にしていては話が進まない。
「これから使うのは視穴のひとつでも特別なものになる。いくつかの点穴を組み合わせなくてはその効果を発揮できないんだ」
「組み合わせるとはあれを何度も、ですか」
「伸穴、麻穴、解穴、昏穴その四つで下地を作っておいたから後一回だ」
「・・・隙だらけなのですね私は」
自身気づかないうちに打ち込まれていた事実に閻忠はさらに頭を落とす。
「嫌ならやめても構わないが」
「いえ、私が決めたことです。そう簡単に撤回などいたしません」
「さぁでは始めよう。そのまま座ったまま動くなよ」
「よ、よろしくお願いします」
そう言って閻忠は椅子に座ったままピシッと背筋を伸ばす。
気持ちのいいほど姿勢がいいのだがそれでは困る。
「体は楽にしておけ。それから動くな」
「は、はい」
幾分か力は抜けるが背もたれに軽く背をつけただけでまだ両肩が強張っている。
「もっと楽にしていてくれ。だが絶対に動くなよ」
「はい」
閻忠は少し肩を上下に動かしてから力を抜く。
「それくらいだな。それから絶対に動くなよ」
閻忠が程よく力の抜けた自然体になるのを確認すると勁力を込めるために指先に集中させる。
「あ、あの何故それほどまでに”動くな”と・・・」
んっ?ちょっと言い過ぎたか、だが理由を話すわけには・・・
「・・・集中したいからだ」
嘘ではないが閻忠には動いてもらっては困るのでテキトウな理由告げる。
「大丈夫、なのですよね」
「あぁ問題ない。最悪、解穴を突けばすぐに元に戻るからな安心しろ。だから絶対に動くな」
問題は無いが閻忠には動いてもらっては困るので事故処理の方法を告げる。
が、数日は動けなくなる・・・・・・
そのリスクは話さないでおく。
「うぅ・・・わかりました」
「じゃあ逝くぞ」
二指拳を腰に構え、意識を閻忠の視穴に定める。
「馬龍殿、字が!字が見えます!!それは間違いでは?!」
「しらん。気のせい、だっ」
問答無用に閻忠の頭部へ突き出す。
「馬っ・・・・・・(カクッ)」
なんだか気になる一言を残して閻忠は気絶した。
「あの馬龍さん。閻忠さんは大丈夫なんですか?」
「問題ないさ。力の流れが少し変わるから馴染むまで少しかかるだけだ」
「でも・・・・・・」
董卓の視線を追い駆ければ閻忠は脱力した状態で椅子に座っている。
力なく椅子に座る姿、それはまるで燃え尽きた誰かのようで董卓でなくても心配になるかもしれない。
「お~い閻忠。董卓が心配するから起きろ」
あまりこの子を不安にしたままにするのは忍びないので閻忠の肩を数度叩いて起こす。
「・・・はっ!?」
「おっ?起きたか。調子はどうだ?」
閻忠の体がびくりと反応して起き上がる。
「少し視野がぼやけています」
「閻忠これを見ろ。この手を見て感じるものはあるか?」
自身の両手に拳を逆さにして閻忠に突き出す。
「・・・馬龍殿の右手の方がやや熱を帯びているように見えます。・・・熱?」
人によって見え方や感じ方は違うものだといわれていたが閻忠のそれは俺に近いようだった。
これならば教える側としてはやりやすい。
「正解だ。とりあえずは問題なく効果が出たな」
「・・・正解?ですか」
「左と右、お前の手で順番に開いてみろ」
閻忠は俺の言葉に首をかしげながらも俺の拳を両手で開こうと手を伸ばす。
左手はほとんど抵抗なく開かれ、右手を開こうと力を込めたところで閻忠はそれに気づいた。
「これは・・・互いに入れている力が違うようですが、これが私の感じたものだと」
「俺の秤を貸すと言ったその効果だ。俺の武術の基本は勁力にある、そしてその見極め”勁測”は必須の技能だからな。それを一時的に視覚として捉えられるようにしたんだ」
「これであの華雄に勝てるのですか?見えるものがぼやけていてはあの剛撃を避けられるとは思えませんが・・・」
確かに閻忠の言う通りそれだけでは足りない。
だがこれで準備は整った。
後はそれに慣れさせ対策を教え込むだけ。
「習うよりも慣れろだ、動いた方が早い。先に武具をそろえて中庭で待っていろ」
「・・・了解しました」
まだ説明が足りないのだろう閻忠は不服そうな顔。
それでも一応と立ち上がり慣れない視界のせいで動きにくいのか時折躓きながらて厨房を出て行く。
さぁ。閻忠には悪いが少し血反吐を吐いてもらうか
・・・
・・・・・・
「ちょっと馬龍!!董卓ちゃん一人に料理させるなんてひどいんじゃないかな」
日が暮れ、閻忠の鍛錬を一旦切り上げて厨房に戻ると程銀がお冠。
「それだけじゃないわ。あんた、月に何をしたの?!」
俺達よりも遅れて戻ってきた二人に問い詰められる。
仕込み自体は終えてから厨房を離れたが火にかけていたので董卓には物の様子だけ見てもらっていた。
「董卓一人に任せてしまったのは少し悪いと思うが、何をしたって言われてもただ二人で料理をしてただけだが・・・何かあったのか?」
「何って・・・その、だって月が」
俺の居ない間に何か董卓と話をしていたのだろうがそれを聞いてみても賈クは言い篭る。
そのせいで少々要領を得ない。
「それよりも馬龍、賈クちゃんは大変だったんだよ~」
「・・・大変だったのか、その・・・すまない」
程銀の言葉で思考していた頭にあの娘の顔と言葉が蘇る。
そしてその内容を想像するよりも先に頭を下げてしまう。
「それに関してはあんたが謝る必要はないわ」
「あの娘の相手は大変だったろ・・・」
「大変だったけど、それよりも時間を取られてしまったって言うのがね」
それを言う賈クの表情に先程まで憤っていた勢いはなく何かあったのは確信できた。
そのことを見て思考を切り替える。
・・・切り替えたかった。
何か黒幕の情報を得られたのか。それにしては・・・
町で賈クがこぼしていた黒い噂。
その正体それに迫る何かがあったと考えるのが妥当だが、違和感を感じた。
それを俺に言わないという事はまだ俺には言えないという事だとしても、賈クの視線の先にいたのは程銀だった。
何か意味があるのかと思考が動く。
何故程銀を見て・・・・・・
政略の話となれば賈クの心配は董卓に向くと思っていたのだがその仕草はそれではない。
賈クの示す視線の通りに程銀を少し観察してみる。
見ても相変わらず程銀の立ち振る舞いから革新的なものを得られるものなどはない。
それでも違いを観察するのなら出かける前は被っていなかった帽子くらいなもの。
「・・・程銀。お前その帽子はどうしたんだ」
「まったく馬龍は気づくのが遅い。女の子のおしゃれは一番に褒めてもらわないと意味がないんだよ」
妙な形の黒い帽子、それを見せるように少し頭を下げて俺に見せる。
一先ず、褒めろという事か?・・・昔、言われたことがあるな
下手に拗れると面倒なので褒める事にする。
「余りに似合っているからな気づくの遅れた。それでその可愛い帽子はどうしたんだ?」
「にひひっ、そうやって素直な馬龍は好きだよ。これは文若ちゃんが送ってくれたお礼にって、賈クちゃんと董卓ちゃんの分もあるんだよ」
言葉からして俺の分はないようだった。
俺への礼はあの罵倒になるのだろうか・・・
期待などしていなかったがそれでも男女への対応の差がある娘だった。
出来ることなら今後町であの娘に会わないことを願うばかり。
「受け取ってすぐ気に入ったよ、これ。この猫耳っぽいのがいいと思うんだ~。はい、これは董卓ちゃんの分」
耳と言えば耳のようにも見えるその色違いの耳付き帽子を懐から取り出して董卓に差し出す。
「あの私は何もしていないですし・・・」
「気にしない気にしない。”利っていうのはあるべきところにやってくる”んだから。それにこの白色はあたしや賈クちゃんより董卓ちゃんの方が似合うと思うんだよね~」
確かに俺もそれには賛同する。
「え、えっと・・・詠ちゃん」
「僕も渡させてわ。これくらいなら気にすることないわよ」
「では・・・」
少しためらいながらだがそれを受け取る。
程銀の屈託のない笑顔には断りづらさはあるだろうが、それでもその雰囲気は悪いものではない。
その証拠に董卓は少し笑みを見せている。
『ただいま戻りました』
「孟高様が戻ってきたみたいね」
「あぁ、頃合いも丁度いい。皆がよければすぐに夕餉の支度を済ませるが・・・」
「わ~い。ご飯だぁ、董々に聞いてくる」
総意を確認しようとしたがその前に程銀が董々を出迎えに走り出す。
あいつが行ったのであればすぐに夕餉になるのだろうと腰の剣を外す。
「お手伝いします」
「じゃあ僕も・・・」
「いや後は一人で大丈夫だから。二人は中庭で寝てる閻忠を起こしてきてくれないか?」
「閻忠はこの時間まで寝てたの?」
「先程まで鍛錬で扱き倒したからな。一人では立ち上がれないかもしれない」
この場にいない閻忠は中庭で寝ているというよりも気絶していると表現した方がいいほどに短時間で叩き込んでいた。
「・・・馬龍さんそれは明日に影響するのでは?」
「あれで限界なら元から策を講じることはないしまだ扱き途中だ」
「・・・あんた」
賈クや董卓の言いたいことは分かるがそれでもまだ教えるべき策まで届いていない。
食事を終えた後でなければその仕上げにかかることが出来ない。
「明日に影響することはない、そのための閻忠専用五行特化薬膳料理だ」
師匠に作られ、そして口の中にねじ込まれたあの料理を再現することになるとは思いもしなかった。
だがその効果は身をもって保障できる。
「随分大層な名前ね。でも今はあんたを信用するしかないんだろうし、わかったわ閻忠は僕達が」
「すまない。面倒をかける」
「気にしなくて良いわよ」
残りの仕上げを終えて料理を程銀たちが待つ部屋へ運ぶ。
戸を開けばすでに四人がそれぞれ席について待っていた。
「董々おかえり。少し待たせたみたいだな」
「いえいえ、ご客人である馬龍様に夕餉の支度をさせてしまって申し訳ない限りです」
「世話になっている身なのだから出来る事はさせてくれ。それにこれは好きでやっている」
社交辞令を並べながら出来上がった料理を机の上に並べる。
「へぇ~程銀の言っていたのは本当だったみたいね。これは期待できそう」
「賈クちゃん食べたらもっと驚くよ」
何故お前はそう胸を張れるんだ
もうあまり気にしてはいけないのだろうかと溜め息を吐きながら皿を並べ終える。
「馬龍様の分がないようですが・・・」
「あぁ、俺は味見でいくらか食べてしまったし、残りは昇竜の分と一緒にしてあるからな」
「そう、なのですか。昼のように皆で卓を囲めると思っていましたので」
本当に残念そうな顔をする董々を見ると少し胸が痛んだ。
だが外せない用事がある。
「それはすまない、だが昇竜の相手もしてやらないとすねてしまうからな」
「昇竜?・・・他に誰かいるの?」
「俺の・・・ん~愛馬と言うところだが、主従関係ではなくまぁ平たく友と言うべきだろうか」
一応通りがいいのは愛馬と言う言葉だが、昇竜とはそういった関係を俺は望みたくはなかった。
あいつとはまだ駆け出したばかり。
まだそう呼びたくないと思っている。
「あんたの出身は西涼だったわね。あそこの人間は馬を大切にするって言うし」
「あぁ、だから俺の事は気にしないで食べてくれ。ここにいる間はまた機会はあるだろうから」
「そうですね。では、いただかせていただきます」
そう言うと董々は少し笑みを取り戻して料理に手を合わせる。
董卓たちもそれにあわせて手を合わせ食事を始める。
「あ、あの・・・馬龍殿・・・」
「どうした?」
鍛錬のせいで幾分か大人しい閻忠が俺を呼ぶ。
「まだ視界がぼやけていてよくわからないのですが、私の前にあるの何なのですか?」
まだ箸を持たず手を合わせた状態のまま自身の前に置かれた料理を凝視している。
「お前の夕食だが?」
「皆様とは違う物が並べられているようですが?」
「それは鍛錬で疲れているだろうとお前の分だけ別で作った。少々手を加えているが概ね同じものだ」
疑問は当然かもしれないが閻忠のは特別製。
他の者に同じものを食べさせる気にはならないし、こういった奇怪な・・・機会でなければ作る必要はないもの。
「少々・・・?では、この椀に盛られている黒い物体は・・・」
「物体ってな。それは米だ」
「お米・・・だったのですか・・・私の知っているお米は概ね白いと思っていたのですが・・・」
「だが、それは黒いが米だ」
使っているのは間違いなく普通の米。
白くなるはずの米。
だが今回は閻忠用に調整をしたもの、幾つかの材料を一緒に炊き込むことで色が黒くなってしまうが味に問題はない。
「そうでしたか・・・ではこちらの皿のは一体・・・」
「それは麻婆だな」
閻忠の触れた皿の上には麻婆が乗っている。
作り手の俺からしたら当たり前の事を聞かれているのでそのまま答える。
「他の方よりも赤過ぎる気がするのですが・・・?顔を近づけただけでなにやら涙が・・・」
「今日の昼は閻忠は辛口だったからな。味付けも辛口がいいのかと思って出来る限り辛くしてみた」
そう笑顔で答えるが閻忠は静かなままにそれに反応する。
「私は特別辛いものが好きと言うわけでは・・・」
「そうだったか、だが見た目ほど辛くはないから気にするな」
作った自身でも驚くくらいに真っ赤になったとは思う。
だがそれも調整した副産物でしかない。
それに以前もっと赤い物を出されて部屋に入った瞬間の匂いだけで泣いたことがある。
「馬龍殿・・・」
「なんだ。あまり話していると冷めてしまうぞ」
疑問が絶えないという気持ちは理解できるが、それでもそろそろしつこくなって来たので食べるようにと促すが閻忠はまだ箸を手に取らない。
「いえ、こちらの・・・恐らくは水餃子だと思われるものですが」
「ん?それは見た目は皆と同じはずだが」
「こちらは冷めるというより器がとても冷たいのですが・・・」
「あぁそれは冷水で冷やしたからな」
そうなるように作ったので当たり前だと答えるしか出来ない。
「・・・もしかしてなのですが、私の料理だけ失敗されたのでしょうか?」
「ハハハッ失敗はしていないぞ」
閻忠は疑問に答えが出たのかそう俺に告げるがまったくの見当違い。
「どちらかといえば数少ない食材で良くここまで出来たのだと自分を褒めたいくらいに良い出来栄えだと思っている」
「ですが・・・」
「とにかく、これも鍛錬の一環だ」
工夫と計算を何度かしなおしてなんとか作った料理だというのに未だ箸を手に取らない閻忠に少々苛立ちを覚えだした。
有無を言うのは食べてからそれ以外にもう閻忠の言葉を聞く気にはならなかった。
「あの私は普通の食事を望め・・・」
「ないな。俺の手をとった以上それは残さず食べてもらおうか。それとも何か?お前の思いは言葉だけを繕ったものなのか?」
「うっ・・・」
「大丈夫だ。俺は食べられないものを料理といって出す事はない」
その言葉にようやくと箸を手に取り恐る恐る黒飯を口へ運ぶ。
「これはっ?!」
「だ、大丈夫なの・・・?」
「見た目はあれですがこれは私の知っているご飯の味です。むしろ美味しいくらいで・・・」
見た目は確かに普通の料理とは言い難い。
だが味見は済ませているので問題ない。
驚きを口にした閻忠に賈クは少し引いた目で黒飯を観察する。
その光景が少し面白くて口の端から笑いを零した。
「くくっ、まぁ他もあまり気にせず食べろ。そろそろ俺は昇竜のところへ行くぞ」
昇竜には好きな物を用意すると約束していた。
これを反故にしてしまうと後々宥めるのに大変苦労する。
一先ずはまだこの料理に疑問を持っているだろう閻忠達を残して昇竜の元へと急ぐことにした。
・・・・・・
・・・・・・
馬龍が馬小屋へといなくなった。
「う~~~ん。やっぱり馬龍のご飯は美味しいな~」
それをあまり気にすることもないように程銀は上機嫌に料理を頬張る。
あの荀彧という娘を送り届けた時にあんなことがあったというのに程銀の切り替えの早さには驚かされる。
「でも、閻忠の分だけなんでこんなことになっているのかしら。月はあいつと一緒に料理してたみたいだけど分かる?」
だが程銀の事よりも今は閻忠の料理の方が気になった。
僕らとは別のように見えて料理として名前を挙げたのなら同じものになる、本当に同じ人間が作ったものには見えなかった。
「それは、その馬龍さんが閻忠さんの分は見ない方が良いって・・・」
「・・・なにをしたのよ」
「大丈夫だよ賈クちゃん、それに閻忠さんの分もおいしそ・・・うじゃないかも」
「えっ?」
程銀は美味しそうと言いかけたのだろうそれを言葉の最後には反転させた。
どうしたのだろうかと程銀の視線を追い駆けて閻忠の方を見る。
「げっ?!閻忠!ちょっと、それ・・・」
「賈ク殿どうかされましたか?」
見れば、見なければ良かったと後悔する光景がそこにはあった。
「詠ちゃんどうかし・・・」
「月は見ちゃ駄目よ!!孟高様もです!気にせず自分の料理を召し上がりましょう。冷めたものを食べた知れば馬龍が悲しみますよ」
僕の言葉に釣られるようにして閻忠の方を向こうとする月と孟高様に慌てて声を投げる。
二人には見せてはいけないと一瞬で判断した。
二人は少し不思議そうにしていたがそれで一先ず納得してくれたのかなんとか閻忠のほうから気を遠ざけられて少し安堵をもらす。
それから改めて閻忠に自身の状況を確認させてみる。
「あんたそれなんだかわかってるの?」
「これ、ですか?餃子かと・・・」
確かに閻忠はレンゲの上に餃子を乗せていたが、汁で餃子の皮が透けている。
僕と程銀はそれに気づいてしまった。
中にトカゲのような影が見え隠れしている。
「それは食べない方が・・・」
「そ、そうだね。間違って入っちゃったとかかもしれないし・・・」
あの男は何を考えているのだと苛立ちを覚えながらも閻忠がそれを口にするのを程銀と二人で止める。
するとカタンと戸が開いてこの下手物を用意した本人が現れた。
「っとそうだ。言い忘れていたが閻忠の料理に間違えも失敗もなく食えないものはその皿には乗っていないからな。それから程銀」
「えっ?あたし?」
「昼のように人の皿にまで手を伸ばすような真似はするなよ」
昼食の時の程銀の姿を言っているのだろうがあの時ならば意味がある。
だがこの料理に関してはその心配はいらないと断言できる。
「そ、そんなことしないよ・・・ってか出来ないかも」
たとえ食い意地が張っている程銀でもあれには抵抗があったようで苦笑いを浮かべながら馬龍の忠告を受け入れた。
「ん?そうかならいいが、閻忠の料理はそいつ専用だから余分がない。それから食後の甘味を厨房に置いておく。閻忠の分はしっかり別にしてあるから間違えないようにな」
間違いではないという事はあの男は故意にあれを入れたという事。
あの男のやる事なのであれば意味があるのだろうがもう少し僕らへの配慮も欲しいところだった。
少し食べて美味しいと感じていたそれが閻忠の料理とは別に作ったとしても・・・少し自身の皿の料理が食べづらくなった。
「・・・僕達の分は大丈夫よね。って閻忠あんた?!」
「んくっ、どうかされましたか?」
「あんた・・・食べたの?」
「馬龍殿に残すなと言われましたし、これほど美味しいのでは残すことも出来ません」
美味しいって・・・
少し目を放した隙に閻忠はあれを食べてしまっていた。
程銀と二人で驚きながら閻忠を見ても閻忠は何の問題なく、むしろ美味しそうに料理を次々と口へ運んでいる。
これがほんとに必要なことなのかしら・・・・・・
頭を痛めながらもそれを告げる事が出来ず月や孟高様は知らず食べていたのならと腹をくくって自身の料理を食べた、その美味しさに悔しさを覚えながら。
そして、悔しいながら食後の甘味まで食べてしまった。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
夜が開け決戦の時が来た。
董々たちの尽力の結果客入りは上々。
大会は大詰めとなり後は決勝を残すばかり。
「な、何だか緊張してきました」
「孟高様が緊張されてどうするのです」
「しかし・・・」
董々はどこまで気づいているのだろうかと思考したかったがそれよりも閻忠の状態の方を気にかけた。
「心配はないだろ。見る限りでは調子はよさそうだし、昨日教えた事も上手くいっているようだ」
準決勝までの数試合を見る限り一日の成果にしては充分だと自負する出来。
「そうだね。危なげなく決勝まで来てるし、意外といけるかも」
「意外と?馬龍さんは必勝だって・・・」
董卓は閻忠を説得する場に居ただけあって程銀の言葉に疑問を持っていた。
だが、程銀の言葉の方が正しい。
単純な力の差は一日では埋まりようがないし純粋な戦いぶりでも華雄の方が一つ、二つ上手。
「今のままなら良くて勝率は二割あるかと言った所だ」
「二割・・・それで大丈夫なんですか?」
「昨日の時点では一分。それが二割になっているんだから大したものだと思うわ。・・・今それなら分の悪い賭けじゃない」
閻忠は既に舞台袖にいるので残りの皆に事実を告げると董卓は不安な顔をした反面で賈クは笑みを零す。
賈クには既に昨日の時点で策の内容を告げた。
それを閻忠が使えるか、それがこの決勝の焦点。
「後はあいつ次第だ」
そして、決戦の時を告げる銅鑼が一斉に鳴り出す。
『さぁやってきました。本日、本大会の大注~~目試合。閻忠選手、対、華雄選手の因縁の対決です』
司会が舞台の中央に現れ進行を開始する。
『二日続いた武術大会もこれが最後の試合になりました。さぁまずは両選手の入場~~です!!』
二人が舞台の上へ上がる。
閻忠の姿はあの武人殿を前にしても昨日のように気負うことはなさそうだった。
勁測が上手く感じ取れているのだろう。
それの使い方が数回の試合で上手く回っているようで一安心と試合の行方を見守ることにした。
・・・・・・
・・・・・・
ゆっくりと馬龍殿の策を反芻しながら舞台へと歩を進める。
高鳴る鼓動を歩む足取りで整える。
昨日の地獄のような鍛錬が嘘のように体が軽い。
舞台に辿り着けば私よりも先に華雄が待ち構えていた。
「よくぞ逃げずにやってた」
「・・・・・・」
「どうした。いざ私を前にして怖気づいたのか」
今朝、目を覚ませば瞳に映る世界は元に戻っていた。
自信に溢れる相手の表情がわかる。
勁測で自身と相手を見比べれば実際にそうされるだけこの華雄なる人物と自身との力の差が分かってしまった。
だが、怖気づく事はない。
「やはりに貴殿は武人として未熟、片翼の鳥は地に落ちるが必然。貴殿に足りぬそれを教えて差し上げましょう」
言葉を利用して少しでも余裕を作り出す。
場に、人に、自身に飲まれないようにするそれが馬龍殿が一番にしろと言われた事。
「ほぅ、まだそのような事をほざけるか。すぐにその言葉を後悔する事になるだろう」
「後悔など・・・」
後悔など昨日の鍛錬の時に嫌と言うほど考えた。
「後悔などしようがないです。むしろ、貴殿に会えた事に感謝しましょう」
「感謝、だと。何を言っている」
だがこうしてこの場に立てた事には後悔していない。
「・・・今は語らいの場ではないでしょう。それよりも華雄殿、今日は万全でしょうか」
「万全でなかろうと貴様ごとき数合も要らぬ。いつ何時であろうと戦えてこそ武人、いつ如何なる状態でも勝ててこそ武人だ」
「その志は立派なれど、万全でない貴殿を地に伏せる意味はないのです。・・・それとも今日は万全の代わりに言い訳をお持ちになられたのですか?」
華雄殿の表情から余裕に満ちた笑みが苛立ちが顔を出した。
「もう一度問います。貴殿は万全をお持ちか」
「っ!・・・万全だ!!貴様など一撃にて跡形もなく粉砕してくれるわ!!」
華雄殿は怒りを体現するようにその戦斧を一気に振り上げて構える。
今にもそれを叩き込まれるのではないかと内心が引きつる。
「か、華雄選手、まだです。まだ銅鑼鳴らしてませんから」
「ならば、今すぐ鳴らせ!銅鑼が鳴り止む前に終わらせてくれる」
進行役の少女が間に入りながらも華雄殿は全身の勁力を上気させる。
しかし、これで舌戦はなんとか成った。
後は・・・私次第、ですか
数歩下がり距離を取ったところで腰に挿していた剣をゆるりと抜刀する。
それは馬龍殿からお借りした双剣のうちの一本。
何故か自身の剣よりも手に馴染む。
どれだけ使おうともこれほど馴染むものはなかったというのに不思議な感覚だった。
その剣を正面に構え呼吸を一つついて眼前の敵を見据える。
「あぁ~、二人の因縁の経緯を説明しようと思っていたのですが・・・・・・」
目の端で進行役がなにやら言っているがあの戦斧に集中した。
剣を取ったからにはもうどれだけ微細な力の流れでさえ見逃すことはしない。
「仕方ありません。段取り通りに行きたかったのですが。・・・では」
華雄殿の腰に構えた戦斧に力が入るのが見える。
それに合わせて息を軽く吸い込む。
「決勝戦・・・・・・始めぇっ!!」
銅鑼の音が鳴り響く。
「はぁぁっ!!」
華雄殿は一瞬で間合いを詰め、その戦斧が銅鑼が鳴り止むのを待つ間もなく襲い掛かってくる。
普段であればその速さに驚愕していただろうが来る事は分かっていたのであれば何も恐れることはなかった。
それにこの一撃のため何度も馬龍殿に打ち倒された。
下段から掬い上げるような剛撃が迫る。
戦斧の軌道はあの時に受けたものと同じ軌跡を辿る。
・・・・・・
・・・
「うぅぅぅ・・・も、もう一度お願いします」
「その意気は買うんだが、頭の中は冷静を保て。力の流れが見えていれば対処できない一撃ではないのだから」
そう言って馬龍殿は肩に剣を担いで私を立つのを待つ。
まだ痛みに軋む体を立ち上がらせた。
「見えていようと、いまいと、同じのような気がしますが。避けることくらいは出来なければ・・・」
私よりも背の低い彼が何故これほどの剛撃を放てるのだろうかと最初は疑問にも思ったがそれは二度目には消え失せた。
何せ二度目には同じ威力の一撃を片腕で繰り出された、加減されていたのだ。
「避ける?何を言っているんだ?」
その言葉に疑問を口にすれば、馬龍殿は答えた。
その答えに私は驚愕し、しばらく固まった。
馬龍殿は・・・
『あの武人殿の初撃は・・・絶対に避けるな』
・・・そう答えた。
・・・
・・・・・・
「はぁぁぁっ!!」
全身の力で剣を振りおろすと戦斧と剣が激しい音を立てる。
それは銅鑼の音よりも大きく、体の芯まで鳴り響く。
剣と戦斧がぶつかり鍔競り合いの形で拮抗する。
力の差を考えれば有り得ない、有り得なかった拮抗。
「なにっ!?」
華雄殿の表情が驚きに染まる。
眼前にまで迫った一撃、それが最大の力が加わる前にこちらの全力を打ち込む。
「小賢しい!!」
「ぐっ・・・」
鍔迫り合いも刹那。
強引に振り抜かれて弾き出される。
そして再び距離といくらかの間が出来る。
体勢を整えて一度空気を吐き出す。
っ・・・馬龍殿も無茶を言ってくれる
だが、それが出来た事に自然と笑みが浮かぶ。
痺れる腕に心で喝を入れて握り直す。
勁測によって彼女の一撃を読めなかれば実行出来なかった。
そしてこれからがより秤の傾きを正確に読まなくてはいけない。
「どうされました華雄殿。銅鑼の音は鳴り止みましたが、本当に貴殿は万全ですか?」
すでに会場に反響していた銅鑼の音は聞こえない。
それを告げると華雄殿の怒りに満ちた形相で睨まれる。
「ぐっ。すぐに終わらせてしまっては私の気が済まないからだ。完膚なきまでに叩きのめしてくれるわっ!」
再び華雄殿は戦斧を構え私に向かってくる。
振り下ろされる戦斧を左に避ける。
だが避けた先に戦斧が突き出される。
それをまた左へと避ける。
そしてそこからまた掬い上げる一撃を剣を盾にして受ける衝撃のまま後ろへと飛び退く。
引いた直後に即座に剣を前に構えて前進し迎撃に突き出される戦斧を左へと避ける。
振り下ろされ、突き出され、掬い上げられる。
それを左へ、後ろへ、そして距離が出来れば前進し、そしてまた左へと避け続ける。
時折、剣を突き出すも当てるためではない。
牽制としての役割を果たすだけそれ以外の力は防御へと注ぎ込む。
そうして待ち続ける。
渾身の一撃が来るのを。
・・・・・・
・・・・・・
舞台上では二人の攻防が始まった。
あの武人殿の初撃をなんとか防ぐことが出来たのは目論見通り。
「閻忠も結構やるわね」
「えぇ、あの剛撃をいとも簡単にあしらわれていますし、これは閻忠様の方が優勢ではありませんか?」
未だ不安そうに試合を見つめる二人は閻忠の奮戦振りに感心するように声を上げる。
「二人はこう言ってるけど、解説の馬龍さんはどう思います?」
いつの間にか解説役と位置づけをしてくる程銀。
程銀はともかく武術の心得がなさそうな二人には少し解説は必要だろうか。
「閻忠としてはまだ優勢を感じられる状況ではないだろう」
「しかし・・・あの方はこれまでほぼ一振りだけでここまで勝ち上がりましたが、閻忠様にはそれを当てる事も出来ませんし、あの方の初撃を受けきったように見えましたが・・・」
「確かに体勢としては五分くらいには見えるかもな。だが、あの初撃を避けていたらその時点で相手に飲まれて負けていた。それをなんとか堪えたに過ぎない」
「そうだねぇ。閻忠さんがあれに真っ向からぶつかったのは以外だったけど。確かにあの子が調子に乗ったら厄介そうだね」
「でも、その言い回しだと閻忠がまだ勝てるって要素がないけど?」
「このままだと、な。閻忠が俺の策を使うなら少しは勝ちの目が出るだろうが・・・」
閻忠の動きに違和感を覚えていた。
確かに初撃を打ち返すようにと言いはした。
その後は策を施すタイミングまで避けろと言った。
「どんな策を使うつもりなのかはわからないけど・・・閻忠さんの動き馬龍に少しに似てるかも。あれが策なの?」
「いや」
旅の最中鍛錬を一緒に行う事が多かったがそれでもそれを教えた覚えはない。
安定にいた時から閻忠は俺の鍛錬を見続けていた。
あれはあいつなりに鍛錬した成果なのかもしれない。
俺がそう短い回想を辿っていると会場では業を煮やしたのか武人殿は力の限りに戦斧を振り降ろした。
ドォーーン!!!とまるで火薬を爆発させたような音を立てて舞台の石畳が砕け陥没する。
っ・・・あれが気の効果なのか?
その様子に観察して思考をしていると舞台の上の動きに変化が訪れる。
それを好機と見たのか纏わり付く歩行の閻忠が一気に間合いを詰める。
陥没した舞台に戦斧を叩きつけたそれはチャンスに見えるがあの武人殿ならば・・・。
『はぁぁっ!』
『ふんっ甘いわ!!』
『ぐっ・・・』
舞台上から聞こえる二人の雄叫び。
初撃に続いてようやくここで再び剣と戦斧がぶつかり合う。
最初の一撃とは意味合いが違う。
再びの拮抗はなく、戦斧の威力に閻忠は吹き飛ばされる。
その光景に董々達は驚きと不安の表情を浮かべた。
だが、その中で賈クは一人その光景をじっと見つめ続ける。
驚きも不安も何もない、まるで予定調和なのだとその顔は言っている。
それで違和感の正体は賈クの仕業だと理解した。
「・・・あれだけでは、足りないか?」
賈クにだけ聞こえるように伝えると賈クは一度目線を俺に向けてすぐに舞台の上を見つめなおす。
「分の悪い賭けじゃないと・・・思ってる」
分の悪い賭けではない、試合が始まる前に確かに賈クはそう言っていた。
だが、彼女の賭けたのは閻忠の敗北だ。
それはただの敗北ではない、俺の必要条件も満たした上での敗北。
厳密に言うなら閻忠の勝敗とは別の部分に賭けていた。
もし、それが達成されるのならその思惑通りに俺は動く。
動かざるを得ない、さすがに自身で仕掛けた策の後始末をしないわけにはいかないから。
俺の知る情報では全てを組み上げるには足りない。
故に俺は閻忠に勁測を出来るようにした上で戦術を教えたのだが閻忠はそれをしなかった。
この現状を作り出したのは賈クで間違いない。
足りない情報は賈クの中にはある。
閻忠になにかを吹き込み、それを閻忠はどう思い考えたのか今の様子を見る限り了承したのだろう。
ならば後一手、それで賈クの思惑は俺に届く。
再び舞台に意識を戻せば、先程の動きが嘘のように反応が鈍い。
相手との距離、間合いが満足に取れない。
このまま続ければ数合もなくあの戦斧は閻忠を捉える。
「あんたの・・・馬龍殿の力が必要です」
「俺に持てる力など高が知れている。それに俺は琢に行った後どうなるかもわからないが・・・それでも、なのか?」
賈クはコクリと小さく頷く。
信頼していないことは理解している。
ただ必要な力、もしくは俺は都合の良い存在として映っているのだと思う。
それでも賈クの策には俺と言う人物がその通りに動く前提になる。
その一点において俺がそうすると信用しているのだと思った。
信用と・・・信頼、か
”信用しても信頼してはならない”いつからか俺はそうしてきた。
それが決定的に成ったのはあの日君を失くした日からだと思う。
そして信頼も信用も意識しまうと胸の奥がざわつく。
これも・・・天意、なのか
安定でもその一端を感じたことがある。
だが、思い返してみてもその先に何があるのかは見えない。
いや、違うな。俺は・・・俺と向き直らなくてはいけないのか
勘違いだったのかもしれない。
天意を得るのはきっと俺自身を見つめ直さなくてはいけないんだと感じる。
これは、きっとそうなんだろ
この選択は大きな俺の枷になる。
隣に座る賈クと董卓この二人の行く末にもしかしたらと”賭け”をしなければ、腹を括らなくてはいけない。
ただそれだけを見てしまえば俺に何もメリットらしいものはない。
天意ですらメリットとして数えるには不確定要素。
だが・・・・・・
その時なのだと感じ、目蓋を閉じ静かに空気を吸い込む。
目を開き賈クに視線を向ける、最後の確認のために。
「・・・実際、分の悪い賭けではないのか」
そう告げればその顔に少し影が落ちるがほとんど微動だにせず舞台を見つめ続ける。
十中八九ならば良い賭けになる。
五分五分なら悪い賭けではない。
一分と言うのなら賭けとしては成り立つかどうか。
俺の求める条件はかなり厳しい。
それを含めたのなら多分は五分以下で一分以上だが限りなく一分に近いと思う。
俺なんかが必要とされてしまうとは、な・・・本当にここは不思議なところだ
息を大きく吐き出し、呟くように声を出す。
「・・・わかった」
「えっ?」
驚くように体ごと俺に向き直る。
その表情からまだ俺が問いを続けると予想していたのだと思った。
「分の悪い賭け、でないかもしれない。賈クがそう思えるのなら信用しよう」
「あんたはそれでいいの?」
「俺の”家族”が悲しむ結果になる賭けならば乗れないが・・・」
非道を進むというのであれば俺はその賭けには乗らずそれを止めるつもりではいる。
賈クがどう思考をまわしたのかは空想の中だが俺の言葉を遮るようにそれを否定する。
「させないわ。させないための賭けにしてみせる。でも、なんで」
「昔、師匠に言われたの思い出した」
賈クの瞳を見て思い出したことがある。
貫くほど強くそして何か遠くを見つめる瞳。
それは師匠が俺に見せた最後の顔に似ていた。
「女が覚悟を決めているのなら、男はそれに応えてみせろってな」
その顔で俺にそう伝え、笑いながら頭を何度も撫でられた。
それを言われたまま賈クに答えると、少しの間を置いてその表情が崩れた。
「ふふっ、変な師匠だったのね」
笑われたが実際そうだった。
「あぁ、その変人ぶりに散々困らされた・・・困らされて、それでも良い師匠だったと思える」
「一度、会ってみたいわ」
「やめておけ。ろくな人間じゃない」
良い師匠だったとは思えるが他人に勧められる人柄ではない。
賈クのような人間を見たらあの人は・・・賈クで遊ぶだろう。
聡い人間であればあるほどあの人との相性は悪いと思う。
「そう?興味あるわ。どうしたらあんたみたいな人間が育つのか」
「興味があるのなら賭けに勝った後で話すさ」
「楽しみにしておくわ。なら後は・・・」
「まずはあいつ次第だ。後の説明は頼んだ」
「えぇ、わかってる」
試合が終わる前に準備をしておかなくてはいけないと立ち上がると董々に気づかれる。
「馬龍様どちらへ?閻忠様の試合はまだ・・・」
「少し野暮用だ」
閻忠次第とはいうがそのために俺もやることが出来た。
「なぁ董々。この大会がもう少し盛り上がったら嬉しいか?」
・・・
・・・・・・
華雄殿の一撃はそれを避けるたび受けるたびに体の骨が軋み、手足が痺れる。
今は何とか堪える事が出来ているが時間の問題。
これは報いなのでしょう・・・
それは当然なのかもしれない。
私は馬龍殿から頂いた策を放棄したのだから。
驕りがあったわけではない。
しかし、私は諦めるつもりはない。
「良く粘る。だがもう終わりにしてくれよう」
「まだ終わりにするわけにはいきません。まだ私は貴殿に何も教えられていませんから」
「教える?笑わせてくれる。弱者が私に何を教えると言うのだ。そんなもの私よりも武の劣る貴様から聞く必要もない」
そう返されるのは馬龍殿と賈ク殿の読み通り。
故に馬龍殿は私に必勝を与えた。
だが私にその策をしてはいけないと賈ク殿は言っていた。
故に賈ク殿は私に必勝ではない策を与えたそれはまさに奇策、勝利せずに勝利を収める策。
その言葉を聞いた時に私は始めは拒否して馬龍殿の言う通りに行動するつもりでいた。
つもりでいたけれど・・・
”選択する権利は閻忠のものだ”
その言葉が私の中で蘇った。
”俺と一緒にいる間はあまりくだらない偏見に囚われていると置いて行く”
馬龍殿の言葉を反芻するように思い返していた。
あの方は私に考える自由と、自由な考えを持てと言っていたのではと思い至った。
賈ク殿に言われるまで私は気づきもしなかった。
”馬龍はあいつ自身のためにあんたを鍛えている”
その言葉は何故か馬龍殿の策をしてはいけないと思わせた。
鍛錬の時、馬龍殿の態度にも違和感があった。
”必ず勝てる”とは言うが”必ず勝て”と言う言葉は一度も言わなかった。
必勝と唱えても私を勝たせるつもりがないのではと頭の片隅で考えてしまっていた。
そして、考え抜いた結果私は賈ク殿の言葉と同じ結果を選ぶことになった。
だが馬龍殿の教えを無駄にするつもりはない。
華雄殿はゆるりと戦斧を構え直すのに合わせて最後の機会と剣に力を込める。
そして残された力を言葉に乗せる。
「私は安定郡は皇甫義真様の一の臣、閻仲孝。・・・参ります!」
「来い!せいぜい散り様で私を楽しませて見せろ!」
届かない言葉は無用、武人である彼女に教えられるのはこの剣のみ。
言葉の勢いのままに飛び出す。
一歩一歩と近づくにつれて待ち構える戦斧に熱は篭る。
熱の色が最大に高まる瞬間まで近づくと先に華雄殿の一撃が突き出される。
「はっ!」
「ぐっ・・・」
それを右へと避けるもそれは肩の鎧を削り取られる。
その衝撃に顔をゆがめながらも前進はやめない。
懐に入るや急停止で地面を踏みしめ切り上げる。
「甘いわっ!」
渾身の一撃は空へ弾かれ、腕は空を仰いだまま無防備になってしまう。
無防備になったところへ猛獣の牙が振り下ろされる。
っく・・・ここまで、ですか・・・・・・
ぐっと覚悟を決めて目を閉じたががその時は訪れなかった。
キーーンッ!!
想像していたものとは違う金属が打ち鳴らされる音が響き渡る。
それは己の鎧が打ち砕かれる音ではない。
目を開けばその視界を遮るのは巨大な金属の塊。
「策なしでよく頑張ったもんだ」
投げかけられるのは聞き覚えのある声。
「貴様!!何者だ。戦いに割り込んでくるとは、そこをどけ!!」
「悪いがそれは出来ない相談だ」
「何っ?!それはどういう了見だ!!」
華雄殿が矛先を向けると、それを軽く流すように舞台袖を指差す。
そこから進行役が待っていましたとばかりに舞台に飛び上がる。
「お~~っとこれはどうしたことでしょうか!なんと決勝戦にきて突然の乱入者だぁ!!ですが本日は乱入歓迎としていま~す!!」
「こういう了見だ」
「な、何だとっ!!」
乱入歓迎・・・・・・それは私も初耳だった。
「だが、私達はまだ戦いの最中だぞ」
「問題ありません。こちらの参加要項にも・・・下のほうですが」
そういって進行役が私と華雄殿に竹簡が渡されそれに目を通す。
●本大会最終日に限り、途中参加を認めます
●参戦前に実行委員会の承認を得れれば”いつでも”誰でも歓迎いたします
書かれている。
他の参加規約の下のほうに小さく、とても人が書けたのか怪しいくらいの小ささで。
まるで後付けで書かれたようなそれに問題はないのだろうかと思いつつも進行役は自分の仕事を再開する。
「ですが、華雄選手の言い分ももっともです。対戦の最中での参戦になりますので・・・・・・えっ?はい。はい、ほんとに?・・・了解しました」
この後の対応をどうするのかと進行役を見ていればなにやら舞台の下から進行役に耳打ちする人の影。
「えぇっと。実行委員会から参戦を承認されておりますが、こちらの乱入選手は閻忠選手の身内の方だということで閻忠選手と交代とのなるようです」
「「なっ?」」
困惑しているのは華雄殿と二人だけではなく会場中からもどよめくような声が聞こえる。
急展開についていけない。
これが賈ク殿いう策なのだろうとようやく全貌を得た。
「それではそれでは、乱入選手の紹介を・・・」
舞台の脇から竹簡が手渡される。
「えっと・・・な、なんとこの方は昨今噂にあがっている西涼の雄、その名は馬龍だぁ!!」
進行役がその名を呼ぶとワァァっと会場中から歓声が上がる。
それも仕方のない話なのかもしれない。
董々殿ではないが安定でもその名前が噂に上がっていたのを私は聞いた事があるし、それが・・・。
「昨日五胡進行の話ではまさに一騎当千。一騎駆けにて五胡、千を撃退したと言われています。今大会でもその力を垣間見れる事が出来るのか!さすがの華雄選手も突然の強敵登場に勝利する事ができるのか!!」
「一騎当千・・・・・・。面白い!いいだろう、それ程の強者ならば相手に不足はない。それにその無礼者の身内ならば打ち倒す意味もあろう」
意気揚々、水を差されたというのも最早過去の事なのだろうか。
すでに気を取り直して馬龍殿をぎらついた瞳で捉える。
「華雄選手は快諾の様子、馬龍選手は宜しいでしょうか」
「あぁ、元より俺が乱入したのだから問題ない」
「では、一度仕切り直しますので少々お待ちください」
それを言い残すと進行役は袖に戻っていく。
華雄殿は一度進行役に呼ばれて一緒に舞台を降り、馬龍殿と二人舞台に取り残される。
「あの馬龍殿、私は馬龍殿を裏切るような真似を・・・」
「気にするな。お前は俺の期待通りの結果は残してくれたさ」
「それは・・・」
一体に何を私に期待しているのだろうかと口に出す前に馬龍殿が続きを口にした。
「もし、あれを実行していたら俺は寝ているお前を荷馬車に縛り付けて安定に送りつけるつもりだった。それに勁力に知識を消すため激痛を伴う点穴を十数回打ち込むのも面倒だし」
恐ろしい。なんと恐ろしい事を考えているのですか!!
必勝の策と言い私にその策を授けておきながらそれをしたら馬龍殿の期待を裏切っているなどとあまりに理不尽。
「多少理不尽だとは思ったが。それに気づいてくれたと言うのは・・・少しだけだが嬉しい、かな」
気づけたのではないと言えない。
本人は気づいているのかはわからないほどの微かな笑みは私にその言葉を遮った。
その代わりに疑問が浮上した。
「しかし、あれほど参加を拒否していたと言うのに・・・」
「拒否ってお前・・・まぁそれは問題なんだがな。なんとかなるんだろう」
馬龍殿は馬龍殿の考えが合って不参加としていた。
問題だと彼は言う。
曖昧に状況の変化だけが伝わってくるが。
未だに問題がなくなったわけではないのに何故かこの場所にこの方は立っている。
”なんとかなる”そんな事で馬龍殿が突然態度を変えるような性格だとは思えなかった。
「ならば何故・・・?!」
「それはまぁ・・・あれだな」
曖昧な言葉でこの場を流そうとしているがそうはさせない。
「あれ、とは?」
「はぁぁぁ、言わなくてはいけないのか?」
その言葉に頷く。
自分でもしつこいと思える追及に溜め息を吐きながら頭の後ろ掻き困ったように目線を逸らす。
珍しい姿だった。
いや、安定で何度かその顔をされていたがそれでも私に向けたものではない。
義真様に見せていた顔だ。
私はその顔に苛立ちを覚えていたはずだと言うのに。
それを私に向けられると何故かその顔が悪いものではないと思えてしまった。
義真様も同じ気持ちだったのでしょうか
そんな事を考えながら馬龍殿の言葉を待ち続けるとそれに根負けしてくれたのか馬龍殿の口が動き出す。
「あ~~あれだ。一日とは言え直接俺の技を教えたんだ。俺の師事を受けた奴が負ける姿を見るのは余り面白いと思えない」
それは嘘ではないかもしれないのでしょうが、しかし・・・。
そんな事では納得できない
「ですが、例え友人の頼みであろうと参加しないと」
建前ではない、馬龍殿の言葉が聞きたい
私の中でそんな気持ちが強くなっていく。
「友人一人だけの望みであったら良かったが・・・」
「一体誰・・・が。・・・賈ク殿ですか」
「あぁ。だがお前も賈クの助言を受けたんだろう」
その名前を聞くとこの乱入許可も賈ク殿の根回しではと頭の中に浮かぶ。
そして、私は馬龍殿の策を放棄した罪悪感が襲う。
「それを選択したのはお前だ。いや、選択してくれたのは、か」
私の顔を見ながら馬龍殿はそう言葉にした。
その言葉が私に込められた期待だったのだ。
「お前は俺の手を取ってくれた。男として必勝と言葉にしてしまった責任は取らなくてはな、俺の期待を裏切らなかったお前を裏切る事は出来ない」
少し納得してしまった。
この方の言葉を全て信じる事は出来ない、だとしてもその瞳にある言いようもない力が私の意志に伝わってくる。
”裏切らない”何故だかその言葉は私の中に木霊する。
本当に私は馬龍殿の期待を裏切っていないのでしょうか
馬龍殿を裏切るそれを考えるとこの旅の目的がだんだんと後ろめたいものに感じてしまう。
私は・・・・・・私は・・・・・・
「お前の望みどおりあの片翼の武人殿にもう片方の翼の在り処を教えてみようか」
「翼の在り処、ですか」
自身に問いかけていたところに馬龍殿はこの戦いに私がするべき事を代わりにすると申し出た。
だが私が思い描いていたものと少し違う言葉に聞き返すと馬龍殿は口元を少し吊り上げて。
「俺なりのやり方でな」
私の頭を印象より大きな手で撫でる。
「っ・・・?!」
いきなりのそれに言葉にしようとした口を開けたまましばらくの間ぽかんと馬龍殿を見る事しかできなかった。
「後は任せておけ」
NextScene
++枷と約定、咎と武++
毎度恒例、言い訳です
今回少し・・・結構切りどころに悩まされた回です。
ここで閻忠を少し立てたいと思っていたら長くなり、視点を変えすぎたか?とも思うも後に書く予定の部分を考えると・・・。
あとは予定としていた穎川の話は短めと思っていたのですがなんだか長くなりました。
捕捉というか蛇足というか
ここで一先ず活動報告で一息(備忘録)を上げますが時間が取れれば穎川で調べた内容も上げられ・・・るのだろうか
さぁ次辺りで次の町へ行こうよ・・・オリ主よ。
はぁぁぁ~早く第二ルートへ行きたいんだよ。
最近亀速度になっている自身に落胆しながらも次話を・・・書くんだぁ!!!




