催有れば、災有り
++猛獣の牙、猫の帽子、龍の枷(前編)++
試合開始の銅鑼と共に舞台の中央で二人が激突した。
「でぇあぁぁぁ!」
「ふんっ!!」
屈強な肉体を持つ男が鉄の棍棒を振り下ろす。
華雄はそれを片手の戦斧で軽々と受け止める。
観客達はその光景にざわめき立つ。
「はぁぁっ!!」
受け止めていた戦斧に空いていた腕を押し付けて無理やりに棍棒ごと男を退ける。
「ぐぁぁーー」
一合だけのやりとりだがそれだけで両者の力の差は歴然。
だが宇毒は立ち上がり再び華雄に立ち向かう。
「威勢だけで私を倒せるものかぁー!!」
突進する宇毒に向かって振りぬかれた戦斧で華雄は勝敗を決めた。
宇毒は舞台からはじき出され勢いのまま観客席に叩き込まれた。
あっけない幕切れ、時間にしても1分と立たないそれは見世物として成立していなかった。
「勝負あり。勝者、華雄選手ー!!」
・・・・・・
・・・・・・
「程銀の言う通りになってしまったか」
これでは試合とは言い難い。
もう少しは粘ってもらえれば彼女の気の在り方を見れたかもしれないと少々口惜しいばかりだった。
「えぇ、決勝としては見ごたえのない試合になってしまいましたね」
「今日でなくてよかったな閻忠、まぁ彼女のような人間が何人も出てくるとは思えないし明日なら大丈夫だろう」
「ぐっ、悔しいですがあれほどの剛撃を放たれては今の私に太刀打ちする術はありません」
出場が明日であった事は閻忠としては幸運だった。
明日ならば別の出場者と戦うのは事になるだろうしあれだけの傑物が何人も出てくるとは思えない。
閻忠では華雄の相手はできないと言うわけではないがあの豪撃を受けるだけの技量はまだ閻忠にはないのは事実。
そう考えていると舞台の上で華雄が声を上げた。
『さぁ次の相手は誰だ。この華雄、逃げも隠れもしない』
『あ、あのぅ華雄選手。本日の優勝は貴方なので次はありませんよ』
『む?もう終わりなのか?ふんっつまらん。腕の立つものが集まるといったが歯ごたえのない。才の都などと言われているが、所詮ここは机にかじりつく者ばかり、武の大会などを開こうとした者たちの浅はかさが見て取れる。武術大会などと名ばかりこれでは童と戯れるのと大差なかったわ。やはりこのような地では我が武に敵う者はいないという事か!』
優勝したという事で機嫌を良くしたのか華雄が舞台上で饒舌に語る。
「随分好き勝手に言うものだ」
「えぇ、・・・ははは、しかし事実あの方に敵う方はいませんでしたから。ああ言われてしまっても仕方のないことなのでしょう」
そう言って董々は乾いた笑みを浮かべる。
悔しいのだとありありと分かってしまうほどその顔には力がなかった。
そして、その様子を見ていた閻忠の拳に力が込められる。
「あのような無礼者、馬龍殿に掛かれば・・・」
『む?なにやら活きのいい者がいるようではないか。さぁ前に出ろ。何か不服があるのならば私を倒してみろ!!』
耳の良いのは良い兵士の条件だが、今はそれを感心することは出来ない。
あまり絡んで欲しくはないのだがもう華雄の目はこちらに向いている。
「閻忠、呼ばれている、ぞっ」
「あがっ」
閻忠の背中の点穴を軽く押して強制的に立ち上がらせる。
ああいった手合いは面倒なので気配を消して閻忠に押し付けることにした。
「うわっ。馬龍それはひどいよ」
「ひどくなどない、と言うか少し黙っていろ」
先に俺にあいつを押し付けようとしたのは閻忠の方だ、あのまま会話していたら俺が標的にされていたのだからこれは正当防衛だ。
『貴様か。さぁ私と戦え!!』
決勝まで戦ったと言うのに無駄に元気な武人様。
閻忠は突如として立ち上がるはめになり困惑したまま武人様の標的となっている。
先程までの憤りは困惑の中に飲まれているようだったので代弁をすることにした。
俺も少なからず董々にあんな笑みをさせた華雄に言いたいことがあった。
すすっと閻忠の背中に隠れ声色を閻忠に似せる。
「ははははっ、貴殿はあの程度の稚技を武などと誇るのか。私の出場が明日だった幸運に感謝するが良い。命拾いしたな”肝油殿”」
『華雄だ!!それに貴様、我が武を稚技と言ったのか?!』
「馬龍殿、何、ヲッ?(カクッ)・・・・・・」
急に俺のほうに振り返ろうとした閻忠を麻穴を打ち込む。
首がもたげるように傾いてしまったのを手を伸ばして抑え、片方の手で閻忠の腕を操り挑発するようなポーズをとらせる。
「怒られたか。ははは、それはすまない。だが稚技なのには変わりないであろう、貴殿は自身が童と罵る者と戯れただけでそれを勝利と機嫌よくされるのだから。さぁさっさと家に帰り夢の中で今日の勝利の余韻にでも浸るが良い!」
『き、き、貴様ぁーー!!言わせておけば!!』
華雄は俺に気づかない様子、面白いように挑発に乗ってくれる。
「言わせておけば?貴殿が先に申されたのであろう。それに私は弱い者いじめをする趣味はない」
『私が弱い、だとぉ!?そこまで言われて武人として黙っておれん!!』
面白い奴だ、さっきの物言いは別として嫌いと思える人種でもないがこれもこれで面白い巡り合わせなのかもな・・・
眉間の血管が浮かび上がるのが観客席からも見て取れた。
「武人?ご冗談を。貴殿は武人としてまだまだ未熟」
『何っ!?』
「明日の大会にも出られるのであれば貴殿に何が足りぬかご教授しよう」
『明日、だと?!・・・明日も試合があるのか?』
『え?はい。武術大会は本日と明日行われる予定です』
『そうか、ならば明日も出るぞ。そして貴様を打ち倒して二度と同じ物言いが出来ぬようにしてくれるわ!!』
華雄の問いかけに進行役が頷きそれを確認すると再び視線はこちらに向き直る。
「貴殿は今日戦われてお疲れなのでは?明日私と戦うまでに負けなければ良いが」
『如何なる時であれ戦うことができてこそ武人。貴様こそ怖気づいて逃げ出さぬことだ』
「逃げるつもりがあるのなら貴殿にわざわざ出場を告げない。明日は万全を持って来られよ」
『ふんっ面白い。明日その言葉を後悔しないことだ』
そう宣言すると華雄は潔いと思える程にあっさりと舞台から袖へ姿を消した。
挑発が余りに上手く行き過ぎて逆に華雄の危うさが心配になってしまったが、彼女の言う”武人”としての振る舞いの一部なのだろう。
明日、戦うと決まったのならばそれ以上に騒ぎ立てないのは彼女なりの武人としての在り方なのかもしれない。
ふと考えを巡らせていると程銀が俺に耳打ちをしてきた。
「どうするつもり。あの子結構強いよ、閻忠さんじゃ・・・」
「考えはある、気にする、なっ」
一先ず閻忠に解穴を突いて麻痺状態から解放する。
「かはっ、”気にするな”ではありません!!」
「お?聞こえていたのか」
「聞こえています。馬龍殿何故あのような事を・・・」
ふむ。まだ勁の込め方が甘いか
ここに来て点穴を使ったのは閻忠が初めてと言っていい、身体を動かす分には慣れてきたと思えばまだ細かなところで加減が掴めていないようだった。
もう一度試しても怒らないだろうかと考えていると閻忠は俺の両肩に掴みかかる。
「馬龍殿!!」
閻忠の怒声が耳を劈く。
もうしばらく固まったままにしておくべきだった。
今度は唖穴でも突いてみようかと考えたがやめておく、説明責任と言うものはある。
「気にするな。別に最近閻忠の態度が冷たいから仕返しにと言うわけではない」
「気にします!そのような理由で私にあの者を相手にしろと!?」
「・・・鬼畜ね」
「言ったろ。そうではないと」
そんな理由でわざわざ相手を嗾けるような真似はしない。
危険な事に変わりはないのだから。
だが・・・俺は決めてしまったからな
「では、何が理由なのです?!」
「そう怒るな。これはただの嫌がらせなのだから」
だがいきり立つ閻忠にはそれを伝えない、伝えては伝わらなくなってしまうものがあると判断して冗談で濁してみた。
このやり取りに関しては嫌がらせなのは事実ではあるが。
「なっ?!いいいい、嫌がらせ・・・ただの嫌がらせであの者に討たれろと言われるのですか?!」
「何を弱気になっているんだ?戦う前から負けることはないと思うが」
「私とて武を生業にしているのです、相手の力量は測れます」
確かに閻忠の見立ては概ね間違いではない、今の状態では一太刀浴びせられたら御の字。
だが敵わぬ相手と思えるのであれば閻忠はあいつと戦ってもらわなくてはと言う思いがある。
「そうなのか。ならその秤は狂っているから新しいものに交換でもしたほうがいい。・・・そう思わないか」
確かに力は測るものだが戦いは時間の流れで変化する測るものであり刻むものである、それにそれはいつ測るかどう刻むかでいくらでも結果は変わる。
「あたしはちょっと難しいかなって思うけど、馬龍は何か面白そうなこと考えてるね」
閻忠の持つ測り方では誤差が出る。
だが、その誤差で埋まるだけの力量ではないと理解しての程銀の答えだった。
「?何故また程銀殿に・・・」
「俺の頭を叩いたのは誰か忘れたか。少なからずこいつはあの武人殿には負けないだろうな」
「まさか、しかし私には普通の女性にしか・・・」
「それはしょうがないかもな。俺もこいつに関しては測り間違えた位だ」
「では、程銀殿であればあの華雄を倒せるのですか」
「あっ、あはは。・・・さすがにもう駄目、だよね」
程銀は珍しく曇った笑顔を浮かべながら小さく呟く。
元よりこの問答は自分の身分すら隠す程銀への嫌がらせ。
俺が問い詰めたのならはぐらかするだろうが周りからならば答えずにはいられないと踏んだ。
何せこいつは俺を調べるように誰かに命じられてここにいる、俺以外の目を欺き続けるのは俺へ接触する機会を失う事を意味する。
不審の目ほど面倒なものはない。
その目を気にして他に気取られるというヘマをした話は往々にして聞くものだ。
だが程銀に尋ねたのは俺が言うよりも華雄の評価は閻忠に伝わりやすくなると思っての事でもある。
「あの子くらいなら負ける気はしないよ、ただ・・・」
「ただ?負けないということは勝てるという事なのですよね?」
「勝てなくはないんだけど・・・馬龍、これ言っていいの?」
「そうだなぁ・・・むぅ~~」
「二人して急にどうしたのよ」
あまり面白い事でもないので言いかねていると閻忠ではなく賈クが不安げに尋ねてくる。
「それは・・・」
ちらりと程銀に目配せをしてから数瞬だけ目蓋を閉じて考えた結果、程銀に頷く。
「「勝ったら面倒な相手だから勝ちたくない」な」
同じ答えだった。
少ないやり取りであったが華雄と言う人物の大まかな性格を把握するには充分だった。
「勝ちたくない?なんでよ。程銀だって戦えるならあいつを倒して優勝すれば給仕をしなくてもよくなるんじゃない?」
「あぁぁだよね~でもあの子みたいのがいると大変なんだよ。だって・・・」
「程銀、それは止して置こう。明日閻忠はあいつに勝つのだから」
「勝つ?私がですか?」
「並大抵ではないだろうが、元より勝算がなければまずあんなことしないさ」
「勝算なんて、まず先にあんなことをしなければその方策すら必要なかったじゃない」
策を説明する前に根本を否定されてしまった。
それでも、華雄を挑発するのには理由があった。
即興ではあったがそれでもその偶然と巡り合わせに便乗するべきと即座に判断してしまったからだ。
「賈ク殿が言ったように馬龍殿があのような事をしなければ・・・」
「あまりその辺りは気にして欲しくないんだがなぁ」
「あの、わたくしも気になります。何故あのような物言いを彼女にされたのです。義真殿から礼節に厚い方と文にはありましたのに相手を侮辱するなど・・・義真殿が人を見間違えるとは思えません。その理由をお聞かせ願えませんか」
「うぐっ・・・あまりこういうことは言わない方が、と思ったのだが董々に問われては言わねばいけないか」
董々の目は董卓と似ている。
何か隠し通そうとするとその邪まな感情が増大する気になる、それに楼杏の信を落とすのはまずいと胸襟を開くことにした。
「まず第一だ」
右手の突き出して小指を立ち上げる。
「あの華雄の物言いに閻忠は苛立ちを感じていただろ?」
「・・・はい。私は董君雅殿の身の振り方やその丁寧な態度に心打たれるところがありました。ですからあのような物言いで董君雅殿の笑顔が曇るのは正直憤りを感じました」
閻忠はその時の絵を思い返したのだろう、言葉には苛立ちが戻っている。
「それは俺も同じと言う事だ。俺はこの町を知らないからどのように言われようと苛立つ事はないが・・・そこを好きだという者を知っているからな」
「それだけであのように言い返したのですか?それでも少しひっかかるものがあるのですが」
当然の疑問だ、言い返すのだけならばもう少し言い方があったがあのやり取りは第二に上げる内容が主な理由になる。
「それは第二の理由だな。・・・董卓殿」
「わ、私ですか」
「董卓殿はこの大会をどう感じる?」
それは一番この会場を見ていた董卓が適任だと呼びかける。
これが第二と薬指を立てる。
「あの、その・・・少しだけ寂しいと思います」
「そう言う事。随分と強引な策ね」
さすがに聡いというべきか董卓の回答に頷く俺を見た賈クは俺の言おうとしている事が解かったようだ。
「詠ちゃん分かるの?」
「うん。この男はね、大会を盛り上げるために一芝居打ったのよ」
「催しを盛り上げるために・・・?」
寂しさがある、そのことで笑顔が曇るのであれば面白いものではない。
これは副産物に近いものではあるが結果がついてくるのであれば董々にも利があると少し大げさに相手を煽った。
「そうです、孟高様がここに来た時から嘆いていましたから、この男は自身が出ない代わりに周りが興味を引く話題を作ったのです。あれだけ大げさに声を張り上げていれば明日の大会の注目されるでしょう」
「私と華雄殿による因縁の対決がある、とですか」
それだけでは良くて一、二割程度の効果、だがなにより華雄に侮辱されたままならば間違いなく人の足は遠のき、今後この地で催しをした時の損も回避できる。
それは効果としては充分なものなはずだ。
「今日の噂でどの程度効果があるかだが。もう少し策を打てればいくらか効果を上げられるだろう。それはこの地の役人がどうするか次第だがな」
「・・・馬龍様」
「まったくあまりこういうのは言いたくないんだ。それで第三に・・・」
「まだあるのですか?!」
中指を立ち上げたところで閻忠の声が邪魔をする。
理由を一番に聞いてきたというのにも関わらず理由を言うのにも理由が必要になりそうだ。
少しの溜め息が漏れると董々の視線に気づいた。
「そうだな。董々はまだ説明は必要か?」
「いえ。充分すぎるほどにあとはわたくし自身で気づかなくては・・・。貴方から”様”を取る事は出来そうにありません」
「俺としてはいつ取ってもらっても構わないんだがな。それで董々はもう必要ないようだが、お前はまだ聞くか?」
そう言って閻忠に立てかけてた中指を叩いて確認する。
董々に向けた二つよりも当人には大切なことだったりする。
「馬龍殿の真意に気づけなかったのですから。私にそれを問う権利はないのでしょう」
だったりするのだが、閻忠が問わないというのならしょうがない。
「そうか・・・結構重要なことだと思うのだが、聞かないなら答えられないな」
立てていた指を握りこむ。
「さて、とりあえずの納得は得たな。いつまでもここにいてもしょうがな、い?」
説明が長くなってしまったと立ち上がろうとすれば腕を閻忠に掴まれる。
「あ、あの、問う権利はありませんが聞く権利は・・・?」
「同じ事だと思うが?まぁ一度聞かないと言ったのなら俺は答えないし、余り答えすぎたら嫌がらせにならない」
「馬龍殿!?嫌がらせなのは本当だったのですか!?」
「あぁうるさいぞ閻忠。武人様のように引き際は潔い方が格好いいぞ。それに余りここでうだうだとしていては町であの武人様と鉢合わせて、”その場で”なんてこともあるかも、だっ」
「馬龍どの、また、です、か・・・(カクッ)」
別段話す事は嫌いではないが、小言のようにあれやこれやと言われるのは正直嫌だったので黙らせる、強制的に。
ふむ。相手が油断していれば意外と点穴は問題ないか
そして今回は昏穴で眠るように気絶させて一先ず董々の家に戻ることにした。
・・・・・・
・・・・・・
董々の家に着くなり実験体・・・もとい閻忠を部屋に叩き込んだ。
「あの、閻忠さんはあのまま寝かせていても大丈夫なのですか」
「・・・問題ない、はず」
「あんたその間は何?それに”はず”って」
「いや、あいつの身体に関しては問題はないが」
「が?・・・」
「起こしたら文句を言われる、だろうから自然に起きるまでそっとしておいてくれ」
「自然に起きても言うでしょ・・・」
言われるな、間違いなく
「だが、そこは我に策ありだ」
一先ずそれで閻忠を宥めた後で対策を施すつもりでいる。
「策、ですか。それで大丈夫なのですか?」
「十中八九大丈夫だろう」
「それって一、二で大丈夫じゃないって事になるけど」
問題ないと伝えたつもりだったが、言葉選びを間違えた。
「その時は・・・・・・もう一度~」
「だ、駄目ですっ」
「うぐっ、じょ冗談だ。心配ない」
突然董卓が少し大きな声を出した。
思いもよらないことに驚いてすぐに言葉を止めて冗談だったことを伝えると董卓はほっと安堵した。
あまり冗談とか通じない子なのだろうかと閻忠が目を覚ましていないことを確認してから本当の事を伝える。
「・・・これはあいつにとって必要な、いや俺にとって必要な事なんだ。だからあいつには少し寝ていてもらわねばならない」
「あっそ。ならあんたはその策に何をするの?」
伝えたのだが思ったよりも反応が薄い。
董卓はともかく賈クは間違いなく追求してくると思っていたのだがあっさりと次へ話題を進めようとしている。
「聞かないのか?」
「僕は武術は専門外だからね。なんで寝かせておきたいのか理解できるとは思えないし。問題ないなら話を進めたほうがいいんでしょ?」
「あぁそうしてくれるなら助かる。二人の力も借りたいし」
「私達で馬龍さんを助ける?」
「僕達の何をさせるつもり?」
「とりあえず、町で買出しをしてから飯を作るから協力して欲しい」
「「・・・えっ?」」
ん?聞こえなかっただろうか
「飯を作るから協りょ・・・」
「二回言わなくても聞こえてるわよ!僕は何で・・・」
バーーンッ!!とまるで蹴り破られたような勢いで戸が開かれる。
「わぁ~い。馬龍のご飯だ~」
程銀が現れた。
「・・・なんでここにいるんだ?」
「なんでって、ここに泊まるから?さっき董々に聞いたら良いって」
「はぁ~~~~~~~~~~~」
長い長い溜め息が漏れ出す。
家主である董々が許可をしてしまうと俺がそれを却下する権利は存在しない。
近くに注意人物がいるのは気が休まらない。
隠さなくてはいけないことが増えるのは辛い。
「だって馬龍に閻忠さん、董卓ちゃんに賈クちゃんがいるのに仲間外れはずるいよ」
いつからお前は仲間になった!!
俺にとって今現在で敵勢力と判断できないが、それでも相手の出方が見えないうちは情報は最小限にしておきたい。
しかし、こうまで懐に入られては隠し通すのも限界がある。
面白い状況ではないが、これを利用する・・・しかないのか
「それより馬龍ご飯作るんでょ?!あたしも手伝う!」
「いや、お前はいらん」
「えぇ~~?!!」
「お前は食う専門だろ?肉やら魚やら買ったそばから食われたら料理にすらならない」
「酷い言い様をするわね」
不満の声を上げられても酷いといわれようと猫の手を借りてもこいつの手はいらない。
こいつの手に乗せたものは全て胃袋に仕舞い込まれそうだし、作ったとしても皿に載せる前に料理を食われそうでもある。
「そうだよ、馬龍はひどい。あたしだってそんな事しないよ。それに料理だってできるんだから」
「そうだったのか?だが・・・」
「あの、程銀さんも一緒では駄目ですか?」
「しかしな~」
料理が出来ても程銀が俺の作る料理を理解できるか分からないが、知らない料理を作れると言うのも情報に変わりない。
あまりここで状況をややこしくしたくないし、これを抜いては閻忠を一日であの武人様の相手をさせられない。
どう天秤にかけたところで程銀の存在は不利益にしかならない。
「あんた月の頼みを断るの?あんたにとって対等な者の頼みとは理由もなく無下に出来るものなのかしら?僕らは理由も知らされずに手伝いをするのに」
そう言われてしまうとただこの二人を良い様にこき使おうとしていると思われても仕方ないが今回はそれは少し都合が悪い。
俺にも誰か味方・・・・・・
「・・・・・・。」
ふと辺りを見渡してもそこにいるのは気絶している閻忠だけ。
こいつは間違いなく敵になるよな
溜め息を吐き出してから不満を飲み込む。
「わかった。閻忠のためにも邪魔だけはしないでくれ」
・・・・・・
・・・・・・
董々は俺の献策を無駄にしたくないと仕事のために途中で別れ、一抹の不安と多大な不満の中で町に買出しに出た。
「ご飯~ご飯~馬龍のご飯~♪熱々チャーハン、餃子とラーメン、今日のご飯はなんだろぉ~♪」
その原因で元凶は上機嫌に先頭を歩くこの程銀。
ついて来るかわりにと多くの荷物は程銀に押し付けておいた。
後は必要ないくつかを買えば終わり。
「随分ご機嫌だけどそんなに美味しいの、馬龍の料理は」
「美味しいよ!あたしが保障する!!」
「へぇ~それで閻忠の機嫌を取るつもりなのね」
勝手に保障されたが美味いといわれるのは嫌な気がしない。
「それも一つだが今回は美味さは二の次だから期待はしすぎないほうが良いな。薬膳のようなものだし」
「薬膳?聞いたことない料理ね」
「料理の名前と言うのとは違うな。字の如く、食事に薬の効果を与えたものだ」
「閻忠さんは何かご病気なのですか?」
「あぁ、病気を治すためじゃない。だが健康体だからこそその効果が望める」
「回りくどい言い方が好きね」
「悪い、言葉で伝えるのは得意じゃないんだ。あれだな肉体を活性化させることで一時的に閻忠の力を底上げすると言ったら理解できるか?」
「それならなんとか。そんなことが出来るなんて料理とは凄いんですね」
「でも料理を食べるだけであの華雄を倒せるだけの効果があるなんて虫が良すぎる思うけど?」
「確かに、それが出来たら料理人の天下だろう。それだけでは足りないさ。少々荒行を課すことになるからな、そのためにな」
「華雄を倒すためじゃなくて、その荒行とやらに耐えるためということ。たった一日で何ができるんだか」
鍛錬をつけるためそれを効率的に行うための薬膳。
以前・・・幼い頃に師匠から教えてもらった修行の一つ。
それから一日で体力を回復させてやらねばならなくなるのだから必須になる。
今それが活かす事が出来るとはほんとになんて因果なのだろうか。
「あの、馬龍さん。私達はなにかおかしい事を言いましたか?」
「えっ?いやそんなことはないが・・・俺は笑っていたか?」
「はい。少しだけ・・・」
自身の頬を撫でて確認する。
確かに少し緩んでいた。
苦々しい思い出だが今は懐かしさの方が上回ったのだろう。
「馬龍は料理するの好きだもんね。早く作りたくて仕方ないんでしょ~」
「うるさい。口が減らないのなら腹も減らないだろ。お前の分は不要だな」
「えぇぇ~~~?!!」
「それより、僕達の力を借りるって何をさせるのか聞いてないんだけど・・・」
賈クは程銀の扱いにも慣れだしているようだ。
いい傾向だ、あれに構っていると日が暮れてしまう。
「簡単な事だ。俺は土地勘がないからな少し案内を頼みたいんだ」
「料理の材料なんて市で十分じゃない。わざわざ案内なんて・・・」
「普通の”食材”ならな。自分で見て回るのもいいがここは広いから少々難しいところもあって・・・ん?」
市の雑踏中でかすかな声が聞こえた。
その声は程銀にも聞こえていたようで俺に視線で確認しあう。
「馬龍・・・・・・」
「俺は要らないことに首を突っ込みたくないんだが・・・しょうがない董々の町だ。先に行くから二人を頼んだぞ」
「うん。あたし達も後から行くから」
「事後処理に人は必要だな。そうしてくれ」
腰に挿した剣を確認してから声のするほうに走りだす。
・・・
・・・・・・
大通りから少し離れた脇道を一人の少女が歩いていた。
唐突に後ろから男が少女に声をかける。
「いよぉ~お嬢ちゃん。少しおじさんたちに付き合ってくれないか?」
「嫌よ!なんで私があんた達なんかみたいなのに付き合わなくちゃいけないの。そんなの時間の無駄よ」
「そんなこと言える状況じゃないって分かってないのか。”荀家”のお嬢ちゃん」
「あんた達、まさか?!」
「へへへっ、おい!!」
男が指を鳴らすと道の脇から数人の仲間が現れる。
薄ら笑いを浮かべる男達は少女を取り囲むように近づいていく。
「お嬢ちゃんに恨みがあるわけじゃないんだがな大人しくしてな。悪いようにはならな・・・」
少女は一目散に路地裏へと走り出すが別の男が少女の行く手を遮る。
「おいおい。人の話は最後まで聞かないと駄目だろ~」
「くっ・・・誰か!」
「お~っと、助けを呼んでも無駄だ。ここから大通りに聞こえるもんか。お嬢ちゃんが大人しくしてりゃ怪我しなくて済むし、俺達も手間が省けるんだ」
男は腰に刺していた短刀を少女に見せ付けるように抜く。
「”時間の無駄”は嫌いだろ」
「誰があんたらなんかの思い通りになるもんですか」
少女は意を決したように男達の脇を抜けて路地へ走り出す。
「くそがっ!お前ら抑えろ」
脇道を抜けた先、袋小路が増えてきたところで声が聞こえた。
「はぁはぁはぁっ、まったく手間をかけさせやがって。だがこれ以上逃げ道はないぞ。さぁどうするんだお嬢ちゃん」
「これだから男は・・・」
思ったよりも大通りから離れたところだった。
気配を消して遠目から様子を伺えば一人の少女とそれを囲むように10人の男が対峙していた。
面倒だが、見つけてしまった以上はしょうがないか
事態は少々急を要する。
辺りの気配を辿る、少女を囲んでいる男以外の気配がないのを確認してから男達に声を掛ける。
「やぁやぁ。お楽しみのところ申し訳ない」
「あぁん?!誰だお前。邪魔すんじゃね失せろ!!」
「失せたいのは山々なんだが道に迷ってしまってな」
わざとらしい身振りで男達の注意を引く。
俺を見る視線の数は先程確認したとおり、数に間違いはない。
「迷うだ?!ここに来る前に人が居ただろうが!」
「あ~、いたが急に腕を掴むから・・・つい、な」
腰に挿した剣を見せるように叩く。
別段切り捨てたのではなく点穴をついていたので死んではいない。
だが、主犯格と思える男は勘違いをしてくれたようで激高する。
「て、てめぇ。まさか」
「知り合いだったかそれはすまないことをした。それでお前達は何をしているんだ?この町の風紀を乱されると困る人間がいるんだ」
怒りに満ちる男達に笑顔で返す。
敢えて苛立たせる事で情報を得易くする。
「くそっ!てめぇ”荀家”の手先か!」
「いやいや、落ち着けあの人間らは少し気絶してるだけだ。それに俺はあんたらが風紀を乱さないなら何もする気はないと約束しよう」
問答無用で男達を倒すのは些か問題があるのでいくつかの可能性を潰す。
あくまで少女が万引きやらといった不正を働いたと言う可能性もある、不正を助けては問題が拗れる。
少女の様子を伺おうとしたが少女を隠すように男が立ちふさがる。
「だったら問題ない。このお嬢ちゃんとは知り合いなんだ。少し口げんかになっちまってな。これ以上騒ぐ気はないからよ。後ろを向いて壁沿いに歩きゃ通りに出るさっさと帰ってくれや」
男のわかりやすい言い訳。
嘘だとありありと分かるそれで少女は不正ではないと情報を確定させる。
だが、それだけで動くわけにもいかないんだな
「そうだったか。それに道まで教えてくれるとは親切なことで」
男達に背を向けて大通りへゆっくりと足を進める。
「ちょっ、そんな嘘に騙されるなんて!馬鹿!!助けなさいよ!」
「・・・了解」
身を翻して男達を飛び越え少女との間に降り立つ。
見た目どおりに男達が不正で少女から助けを求められるのであればこれ以上の口実は存在しない。
「てめぇ、約束を破るのか?!」
「悪いな、事情が変わった。そこの少女に”助けろ”と依頼されてはな。だが風紀を乱したくないのは本当だ。だから退いてはくれないか?」
「てめぇ!!おいっやっちまうぞ!!」
「やっぱりこうなるか。じゃあ静かにするしかないな」
男達は一斉に俺に向かって武器を向ける。
・・・・・・
・・・・・・
兵士を数人連れてあの男の後を追い駆けた。
そして、当の本人を見つけたのだが様子がおかしかった。
「ごめ~ん。ちょっと遅くなったかな」
「・・・あぁ、遅かったな」
それに気づいていないのか程銀が相変わらず緊張感のない声で馬龍に声を掛けるが、随分と沈んだ声が返って来る。
「ありゃ、全部終わってた?」
「いや・・・俺じゃ力及ばずだ」
「えっ?でも~・・・」
程銀に釣られて辺りを見ればそこに転がるのは賊と思える風貌の男達。
そこにいる馬龍自身も主だった怪我はない。
首を傾げてみれば馬龍は奥を指差す。
「女の子?」
袋小路の奥にはその場に座り込んでいる女の子がいた。
年は僕らと同じくらい
「・・・程銀、すまないが後を頼む。二人は兵士に事情を説明するから手伝ってくれ」
「?わかったけど~。でも・・・」
「・・・話せば分かる」
そう言葉だけ残して程銀と入れ替わりとぼとぼとこちらに歩いて来る。
「で、何があったのよ」
「・・・程銀には聞いてないのか?」
月と目を合わせてから馬龍に首を横に振る。
すると、長い溜め息。
「・・・とりあえず、そいつら縛り上げてからでいいか?」
兵士から縄を受け取ると言葉からは想像もできない速さで男達を縛り上げる。
「で?」
「・・・一先ず大通りにいた時にな悲鳴が聞こえた」
「僕は聞こえなかったけど、程銀とあんたには聞こえてたって事なのね。それであんたは先行した」
「そう、それでこいつらがあそこにいる子を囲んでたから」
「助けたんですよね」
大まかながら状況を確認すればそうだと分かる、ならば何故この男の顔に力がないのかは理解できなかった。
「あぁ、少し状況を見つつあの子が助けを求められたからあいつらを倒したんだが・・・」
「それで何が問題があるのよ?勘違いで町人を傷つけたのならともかく」
「そこは大丈夫なはずだ。先に剣を抜いたのは向こう、それに”荀家”とかなんか言っていたが人攫いかそれとも私怨かだろ・・・」
「荀家はこの穎川で有名な家系のひとつよ。有能な文官が多いって聞くわ」
いくつか最近不穏な噂も耳にしている。
宮中の宦官達の間で権力抗争が水面下で行われていると、現に僕らに蜜命を下した張温がその一人。
そこにいくつかの勢力が有能な者を囲うことや逆に排除しようと言う流れもある。
「多分、主犯は他に居るわね」
「だろうな。子供一人を攫うのにあれだけの人数は必要ないし、こいつらの武器は風体に似合わないほど良い物だ」
それを助けた馬龍本人にそういった情報はなかったはず、この噂ですら僕らが危険を賭して得た情報。
だというのに首謀者が他に居ることまで状況から判断していた。
この男が強力な後ろ盾を得たらどれほど・・・
「まだ注意は必要だろうが、失敗した以上はこの町で手を出すことはしないだろう」
「そうね、相当な馬鹿じゃなきゃね」
この町は勢力としては中立。
これ以上は危険なのは分かってるはずだ。
「それで?」
「・・・やはり聞くのか」
すると馬龍はがっくりと頭を落とす。
そして、程銀が向かった先を指差す。
自分で口にするよりも早いということだろうと耳を澄ます。
『だ・か・ら。男は駄目なのよ!』
『でも馬龍は助けたんでしょ?』
『それは結果だけ。あの男は最初私を見捨てる気だったのよ』
『馬龍は様子見てただけじゃないかな~』
『あの状況で理解できないなんて無能の証拠よ。いい、男なんてのはね元々粗末で粗暴で粗悪の塊なのよ』
「・・・理解できたか?」
「えぇ。男のあんたじゃ会話にならなかったのね」
男嫌いと言うのいいところだった。
最近ではそういった傾向にある人間は増えている。
現に国にも女尊男卑という埋まることのない力の差が生まれつつある。
女性の程銀が相手にしていてあれなのだから馬龍の時は一体どれだけ言われたことか。
この男の事だから感謝を期待していないとしても罵倒されるという予想外だったのだろう。
馬龍自身、相手がどうあれ面倒事を買って助けた上であれ以上の言い方をされてば気持ちが沈むのも理解できた。
「それであの子を家に送ろうにも。俺では力不足だった」
「あんたのせいじゃないわ」
あそこまで男と言う種を毛嫌いしていてはどんなに言葉を並べても意味を成さない。
この男が人の心を見透かそうと通じようもないのだと理解した。
「そう言ってくれると本当に助かる。後は任せられるか?」
「えぇ、後は僕が。護衛を程銀に頼むけど・・・」
「あの子は男の兵士では無理だろうからな。それに実力は保障する。守るということで言えば俺以上のはずだ」
僕は武術に関しては理解ができないがこの男がそれだけの評価をする程銀は何者なのか興味を引いた。
だがそれ以上を求めるのはやめた。
そう予感がしたし、何より月が程銀を警戒することがないから。
「わかったわ。ならあんたは後の処理と月をお願い」
「あぁ了解した。互いに用が済んだら屋敷に戻ろう」
・・・・・・
・・・・・・
本当に面倒事だった。
初対面であれほど罵倒されたのはいつ以来か・・・いや、ないかもしれない。
忘れよう・・・それが一番だ・・・一番だよ
そう自分に言い聞かせる。
気を取り直せないほどのダメージを残したまま、董卓に必要な素材のいくつかを伝えそれを購入した。
それから程銀が荷物を預けたという店で謝礼代わりにいくつか商品を買う事になった。
それまでに幾分かの時間はたったがそれでも不意な瞬間思い出してあの子の言葉に凹む。
なんというか言い方が後に残るほど痛烈だった。
最近では子供に好かれているという驕りがあったせいで時折頭の中を先程の言葉が駆け巡る。
今、翠達と顔を合わせたら思わず抱きしめてしまうかもしれない、まぁ実際にあったら出来ないだろうが。
こういう時に君の性格は羨ましいと思う。
「あの、馬龍さん大丈夫ですか」
「・・・大丈夫だ。ちょっと凹んだけど大丈夫だよ、董卓」
出会った時から気になっていたこの子の表情が気になっていた。
ふとそう思い返すと彼女の頭を撫でていた。
彼女は笑顔であって欲しい。
不安げな表情ではなく笑顔でいて欲しい。
彼女を見れば誰もがそう思うことだろう。
「へぅぅ・・・」
「っと。すまない」
董卓が顔を恥ずかしそうに赤らめたのでやりすぎてしまったと手を離す。
不安げに俺を見つめるその顔、それが少しでも和らいだのなら俺の手でも彼女の役に立てたと傷ついた心の慰みにする。
いつ泣き出してしまうかと思えて仕方ないほどに儚げな表情。
けれど、決して弱いのではない。
昇竜と同じく瞳の奥には強さを潜めたその力強さは資質なのだと思わされる。
それを見て確信した。
彼女は魔王にはならないと、させたくないと。
「さぁ、二人が戻ってくる前に買い物を済ませてしまおうか」
「は、はい」
「ん。え~っと、閻忠用の食材はこれくらいだから・・・董卓は何か食べたいものはあるか?」
「わ、私は・・・あの、その・・・・・・」
少し質問の仕方を間違えた。
選択の幅が広すぎると答えに迷ってしまうだろう、市にある商材を見渡してから質問をし直す。
「ふむ。なら、甘いものは好きか?」
「それは・・・はい」
「では、それにしよう」
そうして食材をいくつか買い足してから董々の家に戻った。
日はそろそろと沈みだす頃合い、これから色々しなくてはいけないことが多いが丁度良い頃合だった。
「二人はまだか、なら先に下処理だけでも済ませてしまうか」
「はい、お手伝いします」
素材を担いだまま厨房へ向かい机の上にそれを広げる。
「聞いていなかったが料理の経験はあるのか?」
「文官として働く前は私がよく父様の食事を作っていましたから」
「ならば、心強い」
何故か恥ずかしそうに答える董卓に笑みで答えて仕込みを開始する。
下処理と仕込みを仕上げていく中で様子を見ながら董卓にいくつか任せた。
「馬龍さん。この位の大きさで大丈夫ですか」
「ん。丁度良い大きさだ」
料理をする姿勢とはその人の性格が現れる。
董卓は野菜を指定した大きさになるように切りそろえた。
ゆっくりとだがそれでも正確にそれを守っている。
「それからこの野菜には、こうやって・・・」
切られた野菜を一つ手に取り浅めに包丁を落とす。
「切らないように十字に切れ目を入れておいてくれ」
「それは何か意味があるのですか?」
「隠し包丁と言ってな、味が染みこみ易くなるんだそれに食感をよくするという効果もあるんだが・・・。ふむ」
仕込みに必要な技術や知識を説明をしていたが、ふと鶸に教えていた時の事を思い出した。
鶸は一所懸命に俺の言葉を聞いていたが時折頭の上から煙を吹いていた。
これは俺の悪い癖なのかもしれないと切り終えていない食材と董卓を交互に見る。
「理屈ばかりの料理では余り面白くないだろう。それに頼んでばかりでは董卓の利がないな」
「利なんて・・・一緒に料理をしているだけで私には」
「いやいや董卓。共に料理をするんだから相手にも利があって欲しいと思うんだ。だから・・・」
人参を一つ手にとってから少し厚めの輪切りにする。
そこから軽いリズムで包丁を入れていく。
「よっ、はっと」
そして切り出したそれを董卓に差し出す。
「これは・・・梅の花、ですか?」
「そう、これは飾り切りと言って、っと・・・今教えられるのはこれくらいだが、こういう遊びを覚えるというのは董卓の利にならないだろうか?」
続けて輪切りにした人参を半分して先程より少し細かく包丁を入れて鳥を作り出す。
「はい。でもなんで利なんて事を」
「楽しめたのなら儲けものなんて言う知り合いがいてな。儲けたのならそれは利だろ?」
「くすっ。馬龍さんは面白い方なんですね」
いくつか手本代わりにゆっくりと包丁を進める。
それに習うように董卓が慎重に包丁を入れる。
そうして出来上がったのものを手にして俺に笑顔を見せてくれた。
初めて董卓の笑顔を見た気がする。
緊張や不安というものばかりを顔に浮かべていた彼女を見ると昔を思い出す。
君が俺にしてくれた事を思い出す。
だからこうして董卓が笑顔になってくれたのはひどく嬉しく感じた。
「包丁の扱いが上手いみたいだし次はもう少し難しいのを・・・・・・」
『馬龍~ど~の~!!馬龍殿はどこか~~!!』
「へぅっ?!」
余りに突然の大声に董卓は驚き切りかけの人参を落とす。
俺は奇声にも似た叫び声に溜め息を漏らして手を伸ばした野菜をそっと戻す。
『馬龍殿!!どこにおられれれっ!!』
興奮で舌を噛みながら近づいてきて欲しくない叫び声が近づいてくる。
誰が聞いても奇声を上げる人間は俺に対して怒りと憎しみを持っていると判断だろう。
この声を聞くと昔話に出てくる山姥の姿が連想される。
「あ、あの馬龍さん・・・」
「分かっている。だが予想を上回って怒っているなー。あれでは興奮の余りまた倒れるんじゃないか?」
「だ、大丈夫、なんですか」
「あぁ、大丈・・・」
せっかくの笑顔が突然の珍事に消えてしまう。
せめて不安にならないようにと声を掛けようとしたところで山姥は俺の居場所をかぎつけた。
『こ・こ・かぅぁ~!!!』
ダンッ!!!
厨房の戸が荒々しく開かれる。
「ふぅ~!ふぅ~!ふぅ~!・・・馬龍殿!!!」
荒々しく開かれた戸と同様に荒々しい息遣いで登場した山姥≠閻忠。
「やっと起きたか。おはようさん」
「馬龍ど~のぉ~~!」
「閻忠はしょうがない奴だな。人様の家で大声を上げるなん・・・」
「バ・リュ・ウ・ド・ノォ~!」
そろそろ冗談をやめないと閻忠が人の言葉を忘れてしまう。
「そう怒るな。あの武人殿に勝つには必要な事だ」
「ナニガ、必要、ナノデスカ?!」
思っていたより勢いがある。
水を少しかけただけでは消えそうにない。
「まず、お前の体力を温存しなくていけない」
「それで面妖な技で私の身体の自由を奪うと言うのですか!」
「それともうひと、つっ」
説明を口にしながら指を立ててそれを閻忠に突き出す。
「はっ!!」
突き出した指突は大きく飛び退かれ避けられる。
「そう何度も食らうものですか」
「馬龍さん。先程は冗談って・・・」
「また寝かすというのは冗談だ。だが董卓これはまた別だ、この点穴を突かなくては勝率は一分に満たない」
だがこれは突くつもりで突いたが閻忠がそれを避けられると見越して突き出したものだった。
「一分・・・。ですが今の馬龍殿を簡単に信用する気にはなれません」
「今のまま戦えばまぁ必勝成らぬ必敗。皇甫嵩さんの親衛隊それが流れの武人に一太刀で打ち負けたと国中に嘲笑われる事になるな」
「それは・・・」
俺の突きを避けることができたが後は閻忠の承諾を得ないと難しい。
少々卑怯かもしれないが楼杏の名前を出して閻忠にそれを取り付けようと試みた。
「一分に満たないそれで相対するか、それとも必勝の策をもって相手取るのか選択する権利は閻忠のものだったな」
「必勝・・・それは本当なのですか?」
「閻忠がそれを体得し、あの武人殿がこの一日でその力を増す事がなければ必勝だろう」
大見得を切って閻忠を説得に掛かる。
「私があの者に勝つ・・・会場でもそのような事をいておりましたがにわかに信じがたいです」
「既に俺はその策を組み上げているんだが気づかないか?」
点穴打ちにはいくつかの種類がある。
敵として相手に打ち込むもの、マッサージなどで用いられる医療的要素を吹くもの。
そしてその種類のうちでも複合した効果を持つものを閻忠に打ち込んでいた。
それは段階を踏んで効果を発揮する。
「何故お前は今の指突を避けれた?」
「来ると分かっていていれば避けもします!」
それは至極当然と言っていい、だがそれが出来た理由を俺は問いかける。
「ん~~もう少し分かりやすく、何故来ると分かった」
「それはその、突き出される前にそうされると感じたので・・・」
一先ずの効果は出ていると密かに安堵する。
閻忠は言葉での理解はなくてもそれは閻忠の肉体に作用していた。
「眠りに突く前だったらお前は今の一撃も避けられていない」
「それは・・・」
冷静になり考える閻忠は薄々と感じ出している頃合い。
それは何故と問いかけても以前までの感覚では理解できていないこと。
「そこで、もうひとつ俺はお前があの武人殿の力量が分かるといった時に言った言葉を覚えているか?」
「え~~確か”秤が狂っているから交換しろ”でしたか」
そこまで命令口調ではなかったはずだが概ね覚えていた。
そして、勝つためのこれは必要な手順の一つになる。
閻忠の解答に再び指を立ててこれが方法だと示す。
「まぁ、そこで俺の使っている秤を少しの間貸そうとしているわけだ」
「先程までのあれは馬龍殿の仕業としても秤を変えたところで何が変わるというのです」
「それは言葉で理解するよりも体感してもらわねば分からないと思うが・・・」
「理解できなくても説明を先にお願いできませんか?」
突如として身体が言う事を聞かなくなるというのは少しトラウマとなっているのか閻忠は説明を求めてきた。
説明の必要はあるがそれには首を横に振った。
「悪いがこれ以上の説明は俺の策に乗るか、それとも乗らずに戦うかそれを選んでからだ。閻忠お前は勝ちと負けのどちらを選ぶ」
「私は・・・」
閻忠は少し顔を俯けた。
人の手を借りず勝ちたいという思いもあるだろう。
だが、勝てないという事実も理解している。
共通しているのは勝ちたいという欲求。
それはなんのためになのか、それはなんでなのか閻忠は自身に問いかけていることだろう。
そして解が出たのか緩やかに顔を上げて俺を見る。
「・・・私は、あの者に勝ちたいと思います、あの者をあのままには出来ないですから」
「あのままに出来ない?」
思いがけない言葉だった。
俺は”董々が悲しませたあれを許せない”とか”楼杏の顔に泥を塗るような真似は出来ない”という答えを想像していた。
「はい。武人としての才それは心と力があってこそ片翼ではあの才も地に落ちてしまうからです」
だが、内容は違えど期待していた方を閻忠は向いている。
閻忠と言う人間が少し理解できる問答だった。
静かに閻忠に手を差し伸べる。
「ならどうする?」
「乗ります。馬龍殿の必勝の策それを私にご教授ください!」
閻忠は力強く決意と共にその手を握り返してきた。
その手にいくつもの苦難を乗せるとも知らずに・・・。
NextSceene
++猛獣の牙、猫の帽子、龍の枷(後編)++
最近ここどうしたものかと思いつつ言い訳させてもらいます。
今回の話を書くにあたって
華雄さん登場!!以上・・・位の内容だったのですが
結構長くなりました。
そして、前後編になりました。m(_ _)m
いやなんというか作者は多分華雄さん好きなんですね
それから閻忠の苦難が始まるよって話になりますか
さぁどうなる、どうするって問いかける話です
あとはちょっと布石を投げ入れましたとだけ
補足と言うか蛇足
それにしてもこの『天衝』は恋姫ビフォー的要素というものが
面倒極まりないです。
布石として用意しなくてはいけないものが川原の石共のように転がっているんですが、全部投入すると川が堰き止ってしまうのでいい形の石を拾っているといった感じです。
さぁこれで20話、年末に行うはずだった禊ぎと言う名の修正大会が風邪により延期になってしまいましたがまだもう少し掛かりそうです。
後編を上げたところで活動報告もあげようかと、それでは次話に取り掛かります




