対等になるために
++才ありし軍師と、催の猛将++
殺意に満ちた声が頭の中に響き渡る。
それは明確な目標を定めていた。
その声はあの時に聞いた声ではない。
・・・董卓を殺せ
その一言だけが反響し俺の頭の中を掻き乱す。
疑問を思う事も許されず理解も出来ないままにその声が意識の支配を飛び越えて肉体を支配しようとしている。
世界から色が失われる
音が消える・・・
輪郭がぼやけていく・・・・
ノイズに呑まれるように世界は目標のみを残して消えていく。
まだ幼さを残した少女・・・
それを殺さなければいけない。
気弱そうで儚げな少女・・・
そんな彼女を殺せと頭が命じ続ける。
まだ名前を聞いたばかりの少女をそうしなければいけないと思い込ませようとしてくる。
そこには理由もなく、意味もなく、意思もなく・・・ただ殺意に満ちた衝動が俺を駆り立てている。
だが、俺は意識の淵でまだ俺を保っている。
ならばっ・・・
抵抗しても身体は殺意が支配権を有している。
剣の柄に手が掛かる。
それでもっ!
歯を食いしばる。
離せ!離せ!!離せよっ!!!
念じるように殺意に支配された身体に命じ直す。
離せぇーーっ!!!
ギチギチッと肉と骨が反発し合う力に震える。
そして・・・・・・。
スコーンッ!!
俺の後頭部が気持ちいいほどに良い音を立てる。
頭に反響していた声が一瞬にして吹き飛んだ。
全てが頭の中から吹き飛んで衝撃のままに机に顔面を打ち付ける。
「ンギュっ・・・」
鼻が机に押しつぶされて奇妙な声が出る。
前も後ろも激痛に襲われて困惑しながらゆっくりと顔を上げる。
外側の軽い音とは反対に頭の中に残ったのはゴーーン!!!!と言う重低音。
それと共に走る後頭部の鈍痛。
「董卓ちゃんが可愛いからってそんな顔で見つめちゃだめだと思うよ」
鈍痛の中、痛みと差し引いて残る芥子粒程度の感謝代わりに怒らず俺を殴りつけた犯人に声を掛ける。
「・・・俺は、後頭部を盾で殴られる程の顔をしてたのか?」
後頭部で金属の塊だと理解できた。
これだけの豪撃を放てるのはこの場で程銀だけ。
それに横目でススッと何事もなかったように背中に盾をしまいこむのを確認していた。
だが、程銀の荒療治のおかげで殺意の声は消えたのも理解した。
かなり脳みそが揺れているがそれでも意識も身体も支配権は取り戻している。
・・・どれだけの間俺は辺りから意識を外していた
体感では数分。
それだけの時間彼女を見ていたとした状況をこの場にいる者はどう思うと鈍い痛みの中で思考を回転させる。
辺りを見れば閻忠と董々は口を開いたまま唖然としている。
賈クに至っては「うわっ」とドン引きしていた。
一番反応が気になっている董卓は口元に手を当てて俺を見ている。
一様に程銀の一撃に面を食らっていたのだと思う。
そうなのだと理解できるほどに遠慮は欠片というか粒子すらない一撃だと思えた。
その中で不意に閻忠と目が合うと閻忠はぽかんと口を開けていたのを正して俺に頭を下げた。
「馬龍殿が頭を抑えたのでそちらに気を取られている間に突然程銀殿が。お止めする間もなく・・・申し訳ありません」
閻忠の状況説明で状況は理解できた。
俺の体感していたのは一瞬だったのだろう。
もしあの殺気が数秒でも漏れていたのなら閻忠でも気がつくし、それを向けていた董卓は俺の殺気で固まっているのではなく殴られたことへの反応に見える。
「頭痛そうにしてたから別の痛みを与えれば直るかな~って」
悪びれることなく笑いながら言うのは凍りついた場を作り出した張本人。
痛みを更なる痛みで上書きした、ということだろうが最悪両方が残る事だってある。
蚊に刺されたかゆみを誤魔化すために叩いたり爪で×の印をつけるのとは訳が違うのだが、凍りついたおかげで冷静になれた。
「とりあえず、あれを他の人間にするなよ。多分首から上がなくなる」
何もない状況でされたのならその場で殴り返したいところではあるが穏便に言葉をかける。
「へぅぅ、詠ちゃん。・・・ば、馬龍さんは痛くないのかな?」
「月、あれは痛いとか痛くないとかいう次元の一撃じゃない思う・・・良く平然としてられるのか謎だわ」
耳を傾けてみれば俺の後頭部への心配の声。
場を意味も分からない殺気でぶち壊さずに済んだことでほっ胸をなでおろす。
と、ふと目の前の光景に違和感を覚えた。
「程銀、料理はどうした?」
あれだけ派手に机に顔面を打ちつけたら俺は無事でも料理は無残な姿になっていると思ったのだが、机には皿が一つもなかった。
「あぁそれは大丈夫。馬龍殴る前にお皿は避難させといたから。・・・よっ、これで元通りっと、で二人前追加~っと」
テキパキと隣の空机に置かれていた皿を戻していつの間に用意したのか董卓と賈クの分まで追加されている。
「おぉ程銀様、見事で鮮やかな皿捌きですね」
「ふふ~ん。給仕はいろんなところでやってきたからね」
その光景に感動して手でも叩きそうな董々になにやら悲しいことを胸を張りながら言っている。
董々の言うように天晴れなほど慣れた皿捌きだ。
だが、それだけの気遣いが出来るのなら殴る前に他にやりようがあった気がするんだが・・・
「馬龍殿も問題ない様子ですし、そろそろ昼食にしませんか」
閻忠・・・俺にはもうその姿勢を貫くのか
「まぁ、閻忠の言うとおりだがその前に二人は何か用事があって来たのではないのか?」
「いえ、司隷からの帰還したの報告にこちらへ来ましたので、問題ありません」
「そうなのか」
「はい」
その通りなら確かにここに来た時点で用件は済んでいるのだろうが違和感を感じた。
食事をしている店にまできて報告をしなければいけない内容でもないのだろうし、何より彼女の「・・・こちらの方が都合がよいので」そう呟いた。
俺たちがいては言いにくいと言うことはあるだろうが・・・都合が良い事があるものなのか
ようやくの昼食になった気がする。
「ん!・・・これは中々」
「にひひっ、そうでしょそうでしょ」
少し恐る恐ると乞食鳥を口にした閻忠は目を見開いてそう言った。
そして何故か胸を張る程銀は無視しておく。
『偏見でものを見るのは損しかない』と師匠に言われた事がある。
閻忠も俺が感じた事の一部を体験出来たはずと一先ずの目的を果たすと俺も乞食鳥に箸を伸ばす。
「美味い。予想以上だ」
「でも僕は少し土の香りが・・・」
そう言って箸を少し止める賈クの姿があった。
「賈ク殿、それはこの料理の良い点であり悪い点でもある。だが本来なら土の香りと表現するより土臭いと言われるだろうこれを香りの範囲で抑えている。ここの料理人は中々こだわりのある人物のようだな」
何度か食べればくせになるような香りだと言える。
俺の言葉にもう一度と賈クが乞食鳥を確かめるように食べている。
比較対象として普通の工程で作ったものを用意してみたいと思いもしたが、それよりも皿の上の鶏が気になっている。
恐らくは鶏の旨みが際立っているのは木々が多く栄養素がより含まれる土を選んでいるからだが・・・
その理屈が正しいのであれば旨みを引き出すほどに土の匂いが強く染み付くのがこの料理の欠点。
改めて料理の香りを嗅げば、この匂いを抑えるためにここの料理人はもうひとつ・・・いや、ふたつの方策をとっていたことに気づいた。
焼き上げる前に鶏を葉で包むがそれはきっと葉にも下処理を加えているし、なにより・・・これは土に燻香をつけているようだ・・・
葉をどう処理をしているのかまではそうではないかという想像の域でしかない。
だが先に感じたあの旨みで土の匂いを抑えつつ香りを保つにはその方法しかないと思う。
そして、それを管理しつつ鶏に火が入る頃合を見計らえるのは確かな経験と料理人としての感性がないと出来ない。
「馬龍はもっと素直に料理を食べたらいいと思うな、みんなで楽しく食事しようよぉ」
「ぐっ、これは・・・。あまりにここの料理人の腕がいいから、ついな」
確かに一人で食べているのではないのだからこう料理を気にしてはまずいかったと思う。
だが程銀にそれを指摘されたのは少々癪ではあった。
「馬龍様が気になられるのも当然なのかもしれません。ここの料理長の徐さんは以前は宮廷にいたそうですし」
「そうだったのか。ならば、さすがと言い換えるべき、か。・・・面白い」
目指した先の料理、それにはここをどこかで通過していたのかもしれないと改めて皿の鶏を見つめた。
「お子様もお菓子作りが上手だそうです」
「菓子作りか、それは興味あるな。話だけでもしてみたいが」
「確か徐庶さんと言われましたが今は”水鏡塾”に行かれているとか」
水鏡塾・・・?
この時代にも塾などという施設があったのか、その子の菓子と言うのも興味あるんだが。
・・・今は不在のような言い方だな
「あのぉ、一つお尋ねしたいのですが雲成殿」
「・・・?」
いくつかの興味引かれる話に興じていると賈クが俺を呼ぶ。
余り呼ばれ慣れない字で呼ばれたので違和感を覚えるがそれ以上にその声色に苛立ちを感じた。
「雲成殿と孟高様はどういったご関係なのでしょうか?随分と親しげに話されているようですが」
「関係と言われても・・・」
ついさっき自己紹介を・・・終えてもいない気がするし・・・
それから賈クが何故董々にではなく俺にそれを尋ねたのだろうかという疑問に答えを止めた。
ちらりと董々を見る。
本来なら董々にそれを尋ねそうなものだが・・・
様と呼ぶのであればそれは敬愛か尊敬か地位の高さから来るものだが、賈クの向けるものは地位の高さから来るものではない。
あまり思考を回すせいで答えを止めていてはどう答えても同じことになると下手に繕う様な答えは避けることにする。
「改めて問われるなら俺から見て姉の知人の知人といった関係と答えるが・・・」
「では馬龍殿は友人でもないと言うのに孟高様に対してそのような言葉遣いをされていると言う事ですね?」
賈クの瞳が俺を貫くように見つめる。
俺の言葉は恐らく彼女によって引き出された言葉。
回答の先回りをした問いに素直に答える。
「確かに友人と名乗るには顔を先程合わせたばかり、失礼に当たるのは承知している」
「そうですか。ならばそのような言葉遣いを改めていただけませんか。孟高様は穎川においては慕う者達は多くおります。一役人と言う地位で治まっているのがおかしい位に。本来なら他郡の太守であっても貴殿のような物言いをするものはいません。ですので・・・」
「あ、あの文和さん。これはわたくしが願い出た事ですから」
「なっ?!何を考えてるんですか!!」
彼女の言い分は理解しただがそれを最後まで聞いても結論は出ている。
直感にも似た感覚だった。
『董々との関係は?』と問われ彼の顔を確認した時にそれは確証に変わった。
彼は俺と閻忠、程銀との何気ないやり取りを『羨ましい』と言う。
その感覚は理解できる。
だがそれが本当に董々が望んだ事なのかという確証ではない。
俺も賈クと同じ疑問を持っていた。
「俺も賈ク殿と同じだ。董々が何故俺にそう望んだのかは分からない、きっと言葉だけの理解ではいけないと思う。俺は友人ではないが・・・」
まだ望みでしかない、だがそれが叶うなら、そう願えるのなら
「友人であれたら、とは思う」
そう言うと賈クは頭を抑えて考える仕草をしてから董卓に目を向ける。
「・・・月、どうだった?」
「馬龍さんは嘘はついてないと思う」
董卓の声にハッした。
何故そう感じたのかとすればこの問答の中で俺は思うままに言葉を並べていたから。
普段であればもう少しでも優位を保てるように言葉を選んでいたと思う。
最初は賈クが俺の解を絞り込むようにしていたと考えていた、だが理屈はわからないがこの問答の主導権は董卓が支配していると彼女の瞳が言っている。
彼女から感じるこれは一体・・・
会話の終始言葉を発せず、その存在すら気になる事はなかった彼女が何故、その理解の出来ない事態に恐怖すら覚えた。
口から出る言葉は隠すことも隠れることも出来ない、まるで心を見透かされた事はなにより恐ろしい。
これがさっきの殺意と関係していると言うのか
「はぁぁ、納得できないけど月が言うならそうなのね。しかし、ならば何故雲成殿だけが砕けた口調をされるのです」
「それは~・・・何故だ?」
「それを僕が聞いてるんです!!」
考えて見れは俺に敬語をやめさせる人間というのはこぞって俺への敬語をやめようとしない。
「わたくしはもうこの口調が普通になっていますので、ですが馬龍様が気になるのでしたら敬語にならないよう努力しますが」
「いや、気になるというわけではないが・・・そうだな、せめて様付けだけはやめてくれないか。賈ク殿の言うように俺ばかりが砕けたのでは董々の言う対等な関係は築けないんじゃないか?」
片方ばかりが砕けている関係と言うのは不自然だと思う。
それでいて友人だと公言しようとしても周りに自然とその関係に疑念が沸く。
「で、では馬龍、殿でよいでしょうか」
「それではまだ」
「馬龍、さん」
「董々の方が歳は上なのだし、俺は愛称で呼んでいるんだ」
「馬龍・・・馬龍・・・・・・うむむ」
「いや、そのまま何もつけなくていいんだが」
「そのようなわけには!」
なにやら遠慮と言うにはひっかかるものを感じる。
董々の人柄がそうさせているとしても、それ以上に何故俺などに何か敬称をつけようとしているのかが気になった。
「何故だ?」
「馬龍様は自身の噂をご存知ではないのですか?」
素直に疑問を口にしてみては何か俺が知らない情報が存在しているらしい。
「貴方の名前は豫州でも噂されております。一騎当千なる西涼の雄。戦場を駆ける姿は龍の如し、その双剣から逃れられるものはいない、と」
「なっ・・・・・・?!」
大層な尾ひれがついていた。
実際には四百にも満たないし、昇竜の足がなければ追撃は出来なかった。
噂と言うのはどうしても正確に伝わりづらいもの、だが・・・。
「ただの噂だ。だから気にしないで欲しいんだが」
「し、しかし・・・わたくしは・・・・・・」
董々も見た目に反して結構な頑固者のようで中々折れる様子がない。
「では孟高様、雲成殿。このようにしてはいかがでしょう」
賈クが唐突に一つの代案を提示した。
その内容に幾つかの疑問と疑念を感じずにはいられなかった。
だが、俺にはそれを受け入れる事は悪くないのではと思考が至り、後に董卓が俺の天意と関係しているのであればむしろ立ち回りが楽になると思えた。
・・・・・・
・・・・・・
西涼に一人の男が突然現れた。
千の五胡をたった一人で相手取り、その事如くを討ち取ったとの噂。
それが事実ならばその男は大陸でも屈指の武を有している。
僕ら、いや月にとってその男は必要な存在に成るかもしれない。
その確証を得るため最初は遠くからその利用価値を品定めするつもりでいた。
そう、僕達のために
都合のいいことにその男は西涼ではなく、この穎川に来ているという情報を偶然耳にすることが出来た。
偶然の後に僕等には蜜命が下った。
その蜜命は金で地位と権力を買った張温本人から。
宮中の人間では派手に動き、無駄に騒ぎ他者に不審に思われる、それを嫌って僕等にそれを押し付けたとも言えた。
元より現皇帝へ媚を売るための一つに過ぎないのだろう。
あいつにとってその男の存在価値とは大道芸人と同じ。
噂が嘘ならば捨て置けばいいし、真実ならば自身が見つけたと主張する。
そんな保険と他の十常時あたりに先を越されるのは看過できないという自尊心からの蜜命。
だが僕にはその張温の馬鹿さ加減に吐き気がしたが西涼の地と縁がありながらまだ年の若い、力のない僕等だから許された特権とも思えた。
僕等を甘く見た事を後に後悔させてやれば良い、その命を受けた時にほくそ笑んだ。
何よりこのまま張温や十常時に好きにさせてはこの国は終わってしまう、それは月とも話し合っていた共通認識。
そんな世になれば、僕一人だけでは月を守れない
力が必要だった。
このまま国が傾けば単純な武力が必要になる。
とにかくはその男と接触の機会を伺おうというところで月の父上の孟高様を尋ねることにした。
孟高様は穎川で一役人として働かれているが以前は校尉へと話が合ったほどの人物だ。
孟高様は何を思ってか穎川に留まり続ける事に執着されてしまったがそれでも辺りからの信頼やその人脈は広かった。
宮中にはその伝は多くなかったけれど、下積みを孟高様の下でしていた者やその同僚は現在では中々の地位に納まっている。
それを期待して尋ねた・・・つもりだったけれど
こんな偶然が続くものだろうかと驚きを顔に出さないようにするのが大変だった。
西涼の男の情報や噂を聞けたらと思っていたが孟高様は既にその渦中の男と楽しげに食事をしていたからだ。
そして、その男と孟高様が話している姿を見て一つ策を講じる事にした。
「孟高様は雲成殿に対して敬語などを直されたくない。それでいて雲成殿には砕けたままでいて欲しいのですよね」
「そうです」
孟高様は僕の言葉に頷いてくれる。
「雲成殿は自身の呼び捨てにされる関係の構築こそ対等な友人とされる」
「まぁ、端的に言うならそうだが・・・」
そして、この男も同様に頷くのかと思えば言葉を濁そうとする。
予定通りに頷いていてくれればいいのだが言葉を否定に変えられる前に先に提案をする。
「この二つは相反した願いではありますが、一つ、道を作ってみてはいかがでしょう」
「道を作ると言うのは何か考えがあるのでしょうか?」
「はい。これはお二方はまだお互いの望みが歩み寄るための道です」
「その言い方だと互いの妥協点を探るというのとは違いそうだが具体的には?」
少々扱い方を探りながらだがこの男はそこらの猪とは違うようだった。
それなりに知恵を使う事が出来るようだ、ならば尚の事この策に乗ってもらわなくてはいけない。
「一先ずはお二人には時間が必要なのではと思います。ですが、時間がたってしまうとそれまでの関係はより凝り固まってしまうと雲成殿は懸念されているのではないでしょうか」
「それで馬龍殿は呼び方を気にしていたのですか」
「そればかりではないが、概ねその通りだ」
多少の修正は必要になるかもしれないがこちらも概ね問題なく話を進められそうで密かに笑む。
「僕の案ならば雲成殿の懸念を幾分か軽減することができ且つ必要になる時間を作れます」
「それがどちらか一方だけの望みでもなくどちらとも妥協せず、歩み寄るための道になると」
その言葉に静かに頷く。
月、ごめんね。少しだけ驚かせるけど・・・きっとこの男の存在は僕等に有益になるから
ここからが正念場になる気持ちと一緒に眼鏡をかけ直し本題を口にする。
どう切り替えされようとも今持てる知略を持って頷かせて見せる、それが月の傍にいる僕の役目だった。
「孟高様と雲成殿が互いに真名を預けあえる関係になるまで月、こちらにいる董卓が孟高様の代役をいたします」
「え、詠ちゃん?!」
「代役?董卓殿が・・・。それで董々との関係が変わるものなのか?」
疑問に思われるのは百も承知。
多少強引な流れでも僕らとの距離を縮めておかなくてはいけない。
「月は孟高様の実子。子である月と対等な関係を築いてると言う事実が重要です。それが周囲に知れれば親である孟高様とも親しい関係であると認識されるでしょう」
「・・・外堀を埋めるのが肝心という事か」
「外堀?」
男は聞き慣れなれない単語を呟く。
それが一体なんであるかと気になると聞きなおすと雲成殿はこめかみの辺りを突いて言葉を言い換える。
「あぁぁ、えっと『将を射るなら馬から』といった方が伝わりやすいか」
「その通りです。直接解決させるのは難しいと思います」
余り寄り道をしてしまうのも時間が無駄になる。
「それは雲成殿にも孟高様にも友好を深めるきっかけと必要な時間を作る事が出来るでしょう」
だが僕の予想が正しければ僕等には時間の猶予は多いとは思えない。
事態は緩やかながら悪くなる一方なのだから。
だからこれは僕らにとっても大きなきっかけになる。
男は目蓋を閉じて腕を組む。
孟高様は男の結論に従うのかその姿を見つめている。
孟高様は自己主張が強い方ではない。
僕としては月も孟高様ももう少し前に出て良いのではと思えるが今はそれが有難い。
しばらくすると男は瞳を開いて月を見る。
「多分、それだけでは駄目だな」
「何故・・・そう思われるのでしょうか」
「董卓殿、”試し”に俺の名前を呼んでくれもらえるだろうか」
「えっ?馬龍・・・様?」
「そうではない。賈ク殿が提案された方策に合う呼び方でお願いしたい」
恐らく男は”試し”になどと言っても試しているのは月。
ここでの間違えた解答をするわけにはいかない。
「月、お願い”今”それが必要なの。だから・・・」
「賈ク殿、それ以上は駄目だ」
男が僕の言葉を遮断する。
瞳は先程までの鈍く緩やかな瞳ではない、鋭く冷たい鉄の瞳。
これがこの男の本来の顔なのかと感じた。
やはり聡い、この様子だと僕の考えがどこまで詠まれているものか。
「”今”その言葉を口にされるのであれば俺は一人で今すぐにでもこの町を立たねばいけなくなる」
「馬龍殿っ!?唐突に何を言うのですか!」
男の言葉に隣に座る閻忠が理解出来ないと反応を示す、だが僕はその言葉で考えを改めなくてはいけないと確信した。
男一人だけならは僕の言葉を制止する必要はなかったはず、だが敢えてそれをしたそれは・・・。
この男は僕の考えを理解した上で考える”ふり”までしていたんだ
僕の言葉を遮ったそれが隣の二人を気にしていると暗に示している、それならば説明がつく。
それでもこの提案の危うさを理解している上でまだ拒絶の意思を示すことなく月に言葉かけた。
なら、まだ望みはある
だが助言は出来ず、口惜しくなって僕は奥歯を噛み締める。
言い訳が見当たらないほどに人を見抜く目は男の方が上だ。
この男は人を見る、言葉や態度ほどに人を信頼しないんだ・・・
ほんとうに口惜しい、それは見た目の若さに騙された、それは経験不足だと僕に言われているようだった。
伝えなくてはいけない言葉、口を開いてしまえば伝えずにはいられない。
月はじっと男の顔をみつめる、息を飲む音すら伝わってくるほどに真剣な眼差しで。
「名を呼ぶだけなのだからそれほど気負うことはないと思うのだが、俺は名を呼ばれる事すらしてもらえないのだろうか?」
冷淡な調子の言葉を男は口にする。
名を呼ばれる事、それは男には大切な事なのだと僕は思っていたが、ここまで固執する事は何か男にも考えがあるように思えた。
僕にはその理由に検討がつかない。
自身の名前を間違えられる、汚されるという事ではないというのに何故と考えていると男はもう一度口を開いた。
「董卓”殿”一度だけでいい呼んではもらえないか?」
今度は冷淡な言葉とは一転してそれは優しさすら感じさせられた。
まるでそれは家族に向けるような口調だった。
この男は何を見てきたんだろう、僕等に何を見ているんだろう
暖かくて冷たいそれでいて柔らかくも芯を感じる不思議な男、それが僕が今持てる男の評価。
それしか男を評価しようのない僕は月の知を支える存在としては失格だ。
自身の力不足に落胆していると月の口が緩やかに開く。
「っ・・・!」
思わず噛み締めていた口が開いてしまったが声が出なかった。
そして、月が呼んでしまう。
男の名を、男の真意を知らないままに。
「・・・馬龍さん」
「それは董卓殿が思う対等な呼び方で良いだろうか?」
「はい」
月は男に頷いてみせる。
それを確認すると男は無言で立ち上がった。
「雲成殿!!」
思わず声を上げた。
僕は考えた限りではそれでは男は認めることはないと分かっていた。
対等である呼び方。
男が『董卓殿』と呼ぶその対等な呼び名。
この男は得難い存在だ。
存在価値としても利用価値としても個の武、知においてもこの男以上の適正を持つ人間はいない
だから呼び止めた。
まだ僕は諦めてはいない。
でも僕が次の言葉を発するよりも男の笑い声の方が先だった。
「くくくっ、すまない。少々誤解させてしまった」
すると男は服の内側に手を伸ばしていた。
「その提案を断るわけではない。恐らく董卓殿は俺の期待以上の解を持っている、それに賈ク殿も何かあるようだしな」
その言葉でその場に立ち上がったのは懐の何かを取り出すためだったのだと心の中で安堵する。
早合点といえばそれまでだが僕の反応すらこの男は見ていたのかもしれない。
「だが、賈ク殿が勘違いしているわけではない。董卓殿の呼び名で俺は頷けない」
「それでは何故っ」
しかし、男は僕の予想通りに月の回答に応じたわけではなかった。
もし、逆の立場ならば回答を間違えた時点で僕は見切りをつけて立ち去っている。
それだけ男にはこの交渉の優位性を持っている。
だが男は月に何かを期待していると言う。
期待できる何かを男はこの一連の問答で得たと言う。
だが肝心の解はまだ言葉にしてない。
そうやって、だが、しかし、何故、そんな言葉ばかりが頭を駆け巡る。
「少し俺の意思も付け加えてくれるのなら賈ク殿の提案するそれを俺は受け入れる」
「何を、付け加えるのですか」
男が何を要求してくるかが読めない。
慎重にそれを聞き返す。
「董卓殿、それに賈ク殿。董々の代役は二人でお願いしたい」
「なっ・・・」
「何故というのなら簡単だ。董卓殿が俺に対して言葉を崩すところが想像できないからな。その帳尻あわせみたいなものだ」
ようやくと手を抜き出すと月と僕に手に握られたそれを差し出す。
「この約束を口約束だけにしてしまうのは惜しいと思った、だが形式に当てはめた書面に署名するなど無粋だろう」
男の手の平にはまるで木の実のようなものが二つ。
だが見る限りそれは金属で作られたものだった。
「これは?」
「これは・・・書状の代わりだな。本来の力をこれが発揮することはないが、えぇっと何と言ったら良いか。無用の長物となっても俺以外にこれを持っている者は今のところいないだろう。だから、これは俺であると言う証とでも言おうか」
「雲成殿である証」
男は理解して上で提案に乗ろうとする。
だが僕にはこの男の行動が理解できない。
証だというのなら大切な物であるはずなのに僕らにそれを渡すなどと言う。
「あぁ、だがまだいくつかあるから特別大事というわけではない。それに俺に今出来るのはその”鉛玉”程度の事だけだからな。それを了承してくれるならその証として受け取っておいてくれ」
気づけば立場が逆転している。
僕らが頷く側にいる。
男は問う側に立っていた。
自身の名を呼ばせるなどと回りくどい事をした上で選択の権利を僕らに託している。
最初からいや、間違いなく途中からは男は提案に乗るつもりでいたんだと理解した。
だがそれでは男の優位性が残る、それを嫌ったのだろう。
だから僕らに選択させる。
馬騰の弟だったわね・・・
けれどこの姿勢は噂で聞く馬騰に近い。
こんな男にあったのは初めてだと先程まで緊張していた顔が緩む。
その後に溜め息が漏れる。
「え、詠ちゃん?」
「大丈夫よ、月」
選択を託した意味それは重要な事だったが僕には選択の余地は少なかった。
「さぁ董卓殿、賈ク殿。どうする?」
男は僕らに手の平を差し出しながら待っている。
瞳には強い意志を感じた。
月は男の瞳を見返した後、静かに僕に顔を向けた。
「私は、父様の代役やってみようと思う」
今までにない真剣な眼差しで月は僕に言う。
そして、続けざまに男が僕を見る。
「賈ク殿はどうする」
「・・・お受けます。雲成殿の提案を」
そう言って僕と月は男の手からその証を受け取った。
・・・・・・
・・・・・・
賈クの代案を成立した。
幾つも可能性を考えていたが、これはどのように転んでも乱世に巻き込まれるその覚悟を俺はしなくてはいけない。
解を知る可能性に賭けた。
思いもよらない人物の登場によって俺はこの世界の一部を知ることが出来るとそれに賭けた。
そして、人脈としては董卓は必要になる存在だと感じた。
あの殺意の意味それを知るにはこの提案は都合が良かった。
それに蛇の道は蛇。
あれは常に世界の裏側を歩き回っていたのだから正道を歩いて見つかるとも思えない。
そして、まだ年若いながらあれだけの交渉をする胆力を持つ賈ク。
数年もしないうちに俺の手の平では覆いきれなくなる軍師の才覚を感じた。
今はまだ優位性を持っていたが対等な交渉を持ち込まれたのであれば思うように事を運ぶことは出来なかったと思う。
俺に必要ないくつものピースをこの二人は握っている。
未だに全貌の見えないこの世界、俺がここにいる意味その全体図を作るには欠かす事が出来ないだろう。
だが賭けであるのは変わりない。
この董卓が・・・になるのか、ならないのか。
再びあの声がこの娘に殺意を向けるのか。
「一段落といったところだが・・・お前は何をしている」
「むぇ?あふぉふぃ?だふぇ、まりゅふのふぁなひぃふぁなふぁいふぁら」
奇怪な呪文を唱えられた。
相手を呆れさせる究極魔法。
こっちは思考を回しっ放しで疲れたというのに随分と間抜けな声が返ってきて力が抜けた。
「・・・・・・食いながら話すな」
「ん?んぐ、うっ!!!ん~~!!ん~~~!!」
指摘してみれば慌てたのか喉を詰まらせた。
喉を抑えて悶絶する。
「て、程銀殿?!」
悶絶しながら閻忠から水を受け取って無理やりに飲み込む。
「ぷはぁ~危ない危ない。で、なんだっけ?」
「・・・さっきから随分静かだったが何してたと言ったが・・・机を見れば聞く必要もなかったな」
皿にあったはず料理がほとんど食われている。
「だって話し長いし、冷めたらもったいないよ?」
「だからといって全部食っていい理由にはならないが、それは支払いを任せればいい話だな」
「え~~~!!馬龍のおごりじゃないの?!!そう思って結構高い料理頼んじゃったし」
「胃袋に聞いてみろ。どれだけ食ったのか」
机には六人前の料理があったはず俺の分はともかく他の人間の分を収めたならその分は支払いを納めるのが筋と言うものだ。
「え~っと、少しだけ食べ過ぎちゃった、かな?ア、アハハハ・・・」
「ならその分は払え」
照れるように言う程銀に支払い命令を突きつける。
「馬龍~~、あたし払ったら一文無しになっちゃうよ~。せめて半分だけでも~」
「知らんっ!俺だってあまり余裕があるわけじゃないんだ」
今度は涙目だ本当にこいつは感情が素直に顔に出る。
しかし、泣いたところで俺はこいつを甘やかす気はない。
「まぁまぁ、お二人ともここはわたくしが支払いますから」
「えっ!ホント、やったぁ董々大好き~」
「董々、あんまりこいつを調子に乗せないほうが良いぞ」
程銀は感情の塊と共に董々に飛びつく。
「いえ大した事ではありませんし」
「馬龍~。あんまりけちだと義真様に嫌われちゃうからね」
と言われるが気にする気はない。
こいつは程銀で楼杏でもなければ見栄を張りたい相手ではない。
だが気になる瞳が董々と程銀を写している。
「・・・父様。あんまり母様以外の女の人とそういうのはいけないと・・・」
「ち、仲穎これは違います。これは友好であってわたくしは・・・」
董卓に動揺を見せながら言い訳を口にする。
どの時代も父親と言うのは娘に弱いという収穫を得た。
大した事ではないが面白い事態を静観していると賈クが声を掛けてきた。
「程銀はいつもあんなに騒がしいの?」
「ん?あぁいつもというより”常に”かもしれない、なっ」
約束どおりに砕けた口調だったがこう聞くと閻忠達の気持ちが少し分かる気がする。
確かに敬語ばかりで話されるのは距離を感じるし、こっちの方が俺も楽と感じられる。
とりあえず困り顔の董々を助けるために程銀を引っぺがす。
「あははは、少々驚きました」
「支払い位馬龍殿が済ませれば董君雅殿の手を煩わせる事はなかったと思いますし、それに旅費がそれほど不足していると思えませんが」
「煩うなどという事はありませんが馬龍様は旅費にお困りなのですか」
旅費は確かに不足はしていないが潤沢にあるわけではない。
「今のところ問題はないが、旅の最中何があるか分からない。節約できるに越した事はない旅の途中で旅費を増やせるわけではないからな」
ただ旅費が多いことには越したことはない。
琢まで行く日数は一人で行く前提だったところに閻忠を引き連れての旅になっている。
予定は修正しているが浪費は避けたい。
「馬龍様ならどの地であっても仕官を求められるのでは・・・」
「仕官なんてしたら旅費を得ても旅が出来なくなる」
「では武術の指南役などはいかがでしょう。安定では皆嬉々として馬龍殿を探して回っていましたし」
あぁ・・・、俺を見つけた時のあいつらは良い顔してたよ・・・ほんとにさ
そのせいで俺の思考の時間を割かれてしまった。
でも、あんな顔をしている奴らを無下にあしらう訳にも適当な事を教えるなんて俺には出来なかった。
「教えるとなってはそれなりの日数をそこで滞在しなくては上達させることは出来ないだろ。あまり時間をそこで使うのは望ましくはないな」
「しかし、親衛隊の皆は半日いえ、数度の助言で格段の進歩を実感したと言う者もいましたが・・・」
「親衛隊などをしているならその才・・・いや素養を持って集められた連中だ。元より下地が出来ていれば教える事などないし、自身の欠点を気づかせるだけでも上達したと思えるものだ」
下地があるなしは教える側からしたら大きな差がある。
更に言えば教える事がどこを目標としているのかもかなり教え方に関わる。
ただ乞われるだけならば多少の助言で済むが旅費という金を受け取る事になれば依頼者の要望を叶えるだけのものが必要になる。
それはこちらとしての利はあっても向こうに利がある結果となるかは別。
「下手に自信をつけるのは教える側からしたらその者を殺すに等しい。自信に溺れる者ほど手に負えないものはないだろう」
相手が強くなったという自信だけを与えて結果、前よりも下手すれば弱くなるのでは指南役などということが出来るわけがない。
「それは、身に染みて実感していましたが・・・」
閻忠の言いたい事は分かるし、俺を他者から見れば武術を利用した金策が一番手っ取り早いと思うのだろう。
それは挙げたとおりいくつかののリスクを伴う。
「では馬龍殿は何かお考えがおありなのですか?」
「考えてはいるが少々難があるものばかりだったからなぁ」
「それは何なの?」
「行商の真似事と言うのが一案だったが・・・」
それは単純に旅と実益を兼ねられるからだ。
「だった止まりなのね。まぁそうでしょうね。無理だろうし」
一番の問題点が解決しない、これでは解答に問いで答えた様なものだったので却下した。
その解決法もあるがそれをするのは人として下の下。
「琢までの道のりであれは良案かと思いますが、賈ク殿はご理解しているようですが何故でしょうか」
「それは簡単な話よ。行商というならば商品が必要でしょ」
「あっ・・・」
賈クの言葉で閻忠も気がついたが行商をするには元になる商品を仕入れなければいけない。
それは旅費の一部を使う事になるし想定どおりの値段で売れなければいけない。
これから時期は収穫期を迎える事から、どれが、いつ、どこで、どれだけの利を生むのかも計算しなくてはいけない。
こことは違う時代から来た俺ではその予測は難しいし、損を出せば本末転倒になる可能性があるのでは他の策を練る方が良い。
「それに馬龍と閻忠は郡の太守と繋がりがあるからやめて正解ね」
「確かに馬龍殿はともかく私がしてしまっては問題ですね」
閻忠も少し理解したようだが、なんだか酷い言い様だと感じた。
閻忠、あとで何か仕返しを考えておくからな
「ただ単に行商をしたいと言っても元手が少ないなら勧めないわ。最近じゃ通行料といって結構取られるって話しだし、新参の行商人が他領を行きかうのは荒波を立てるだけね」
現状の世界の仕組みすらおぼつかない状態では面白くない事態に巻き込まれるばかりだろう。
賈クが言う通り、利になる商品を得ても本業の間に入っていくのは今はやめておくべきだと思う。
それに一番のネックは西涼の馬騰、安定の皇甫嵩は身内に行商の真似事をさせるなどという噂になってしまっては多大な迷惑をかけることになる。
「まぁ諦めたのは概ね賈クの言った事が理由だな」
「なら、あたしと一緒に給仕やる?」
「やらん」
唐突に放り投げられる程銀の案をノーバウンドで一蹴する。
「じゃあ、あたしが給仕で馬龍が厨房で料理!」
「なんでお前が一緒にいるのが前提になる!」
内容が多少変わろうとも蹴る。
「えぇ~面白そうだし、馬龍の料理も食べられて一石二鳥だよ」
石を投げるのは俺で鳥を食うのはこいつだろう。
・・・にしても、こいつ本当は給仕好きじゃないのか?
「鳥を取った後六人前食う盾女がいるんじゃどれだけ石があっても計算があわなくなるな」
「だ、誰かなぁ~それ」
「町に着くたびに飯店で働いていては日程に支障がでる」
とぼける程銀は放って置く。
だが程銀の案を破棄するのは他の案も同じ理由で却下せざるを得ない理由と同じ。
「それでは何か他に案はあるのですか」
「他の事も考えたがどれも日数が必要になる。日程を少なくしていた方が掛かる費用は少なく済みそうでな、琢までいけば何とか工面できるようになるだろうがそれでは遅いし、出来る事なら一日か二日で旅費の足しになる程度は稼ぎたいが」
「そんな良い話があるわけないのでは」
「そうだろうな。だから現状維持に・・・」
「いえ、ありますっ!」
結論を言いかけたところ董々の発言で顔をそちらに向けることになった。
そんな都合の良い話があるなら渡りに船だが・・・
「実は食事の後にご案内しようと思っていたのですが、今日から明日にかけて武芸の催しをしているのです」
「武芸の催し、というがそこで旅費が稼げるのか?」
面白そうな案が浮上してきたと思ったが次の董々の言葉でそれは沈む。
「はい。ここ穎川では過去には韓非子や文の才に秀でた方が多くいました。ですので現在は武の才もここからと言う声があり、武術を競う大会を開く事になったのです」
「その勝者になれば金が手に入るということか」
それはこの旅の危険性は増す行為でもある気がした。
だから、その船には乗れなかった。
「それ程の額ではありませんが旅費の不足を補うには充分かと、それに馬龍様は今やこの一体では噂されるほどの武人。参加していただければ催しも盛り上がるでしょうし、いかがでしょうか」
「催しが盛り上がる事で董々が喜ぶのなら俺としてはそうしてやりたいが・・・気の乗らない話ではあるな」
「馬龍殿!!」
言葉にして乗船を断れば閻忠が声を荒げる。
それだけで閻忠が何を言いたいのか、何を言うのかは理解してしまっているが一応確認をする。
「・・・閻忠どうした。うるさいぞ」
「何故です。馬龍殿が出場されれば間違いなく旅費が手に入ります。董君雅殿の計らいを無碍に断られるのですか」
「あぁたとえ友の頼みであっても悪いが断る。鍛錬までなら良いが俺はわざわざ人にこの剣を振るいたくはないんだ。俺の武なんてあくまで防衛手段でしかないと思っているしな」
「ぼ、防衛・・・何を言っているのです。馬龍殿の武はそのような・・・」
「そのようなものだ」
事実俺が出来るのは自身を守る事だけだった。
それにそれ以上を求めるのならばそれは武術とは言えない事を師匠に耳が痛くなるほど教えられた。
教えられていたが俺はそれを破ってしまった。
破らずにはいられなかった、ここでもう一度やり直せるのならやり直そうと思った。
「では、武術大会以外に旅費を増やす方法がおありなのですか」
「閻忠・・・旅費の心配をしてくれているのは有難いが、ならいっその事お前が出てみたらどうだ」
「わ、私がですか?!」
仕返しと言うわけではなく、董々から武芸の催しがあると聞いてから閻忠がうずうずとしているのは目の端に映っていた。
多分、ここに来る途中からもこの町に興味を示していたのはこれが理由だろうと理解した。
自身を試してみたいと思っていたのだろうか、それとも若い才が豊富に生まれるなどという噂が気になっていたのか。
どちらにせよ武術大会に参加するというのはもまんざらではないはずと提案してみた。
こいつは良い機会に恵まれていると感じていたのも理由の一つ、それゆえに少し無理やりでも参加させたくなった。
「ここ数日俺の鍛錬にも付き合っているし、安定にいたころよりも上達しているだろ。それを試すのには良い機会じゃないか?別に旅費を増やすのであればお前が優勝しても問題はないだろ?」
「し、しかし私では・・・」
「なら閻忠が優勝できたなら俺からも何か考えよう」
「私は・・・」
思いのほかに抵抗される。
あと幾つ押せば折れてくれるだろうかと考えていると辺りからも閻忠の背を押す手が現れる。
「面白そうだね。あたしは閻忠さんに賭ける」
「程銀殿?!」
「わたくしも応援いたします」
「董君雅殿?!!」
「僕としては馬龍も出たほうが勝率は上がると思うけど、当人が出るつもりないんじゃ閻忠がやるしかないわね」
「賈ク殿?!」
「あの、閻忠さん頑張ってください」
「董卓殿まで?!」
「決まりだな」
多数決によって決定したと閻忠に笑顔を向けるといつまでも断り続けることはできなくなった閻忠は勢い良く立ち上がる。
「わかりました。義真様の臣が一人、閻忠が武術大会を制して見せましょう」
無事、武術大会に参加を決めさせた。
だが一つだけ認識しなおさなくてはいけなかった。
多少気にはしていたが、やはり甘く見ることは出来ない。
あいつは・・・俺にとってどういう存在になるのだろうか
・・・
・・・・・・
董々の案内で武術大会の会場へつくと程銀が口を開く。
「思ってたより人少ないね」
「うくっ、それを言われてしまうと返す言葉がございません」
事実に対して素直すぎる感想だがその通りだった。
賑わいはしているが概ねで五分入りと言った印象。
穎川の役人をしているという董々としては他人事に出来る事態ではないだろう。
「くくく、それでも緊張しているのがいるみたいだがな」
「き、緊張など・・・わ、私は義真様の臣として恥じることのない戦いをしゅてみせます」
それが一番の重圧になっているのだと本人は自覚していないようだった。
「・・・噛み噛みね」
「詠ちゃん、そんな風に言っちゃ駄目だよ」
「でも本当の事じゃない」
「出るのは明日なのだから今からそれではどうなる事かな」
閻忠と組み手を何度かしているので多少なりと情というものがある。
旅費を得るという以外にも出るからには勝ってもらいたいと思う。
中央にある舞台から少し離れた場所にある観客席に座ると試合は既に進行していて、今日の決勝が始まるところだった。
舞台の中央で試合の進行役が大きな身振りと共に大きな声を上げる。
『さぁ、本日の最後の試合になりました。決勝まで勝ち上がった二人を紹介しましょう。西方より、その鍛えられた肉体は山の如し豪腕から繰り出される連撃にて本大会を勝ち上がってきた、宇毒選手』
試合会場の右手から舞台へと言葉の通りに屈強な男が現れる。
歴戦の猛者などと言われそうなほどにイカツイその姿は見るからに若者という風体ではない。
「なぁ、董々」
「いかがされました?」
「武の才をと言っていた気がしたが、この大会は年齢などの制限はなかったのか?」
武の才と聞くと若者をイメージしていたがそれにあまりに沿ぐわない男だった。
「公布時にはそうだったのですが・・・」
「参加者が少なかった、か」
「・・・はい」
予定通りに行かなかった事は仕方ないと納得していても、それでも物悲しさと言うのは消えないようだ。
『続いて東方より・・・』
進行役の声で再び舞台に目を向ける。
『大陸を渡り歩いている若き武人。今大会、戦斧その一振りのみで勝利してきた脅威の武の持ち主。その名は・・・華雄ーーー!!』
続いて左手の方から現れるのは宇毒とは対照的なまだ歳の若い”女の子”と呼べる子だった。
銀色の短髪と紫を基調とした衣装を身にまとっていてただ町を歩いてるだけならば武人などと呼ばれるものではなさそうだった。
だが、その手には似つかわしくないほどに立派な長く大きな戦斧が握られていた。
「程銀、どう見る?」
「んぁ。どうって?ん~試合にならないかもね。馬龍、分かってて聞いてる?」
「ただの確認だ」
「・・・何故程銀殿に確認をされるのです?」
「気にするな、それよりもこの試合良く見ておけよ」
閻忠は気にせず改めて舞台を眺めることにした。
見た目だけならば宇毒の方が武人らしいがそれでも俺は華雄と呼ばれた女の子の方が圧倒的に強いと感じた。
若い者ばかりが出場するのでは、と高を括っていたが存外これは俺にも良い機会になりそうだった。
『両者、中央へ』
試合に出る事は気が進まないがこうして端から見るというのは俺は多くのものを得る事が出来ると注目する。
閻忠とっても良い機会だが、それは俺にもだったな
まだ年若くともやはりここの女性は強いのだろう。
そして、彼女は紅姉さんとは違った質の武を持っているとその佇まいから感じ取れた。
『では試合・・・始め!!』
進行役の声と共に銅鑼が打ち鳴らされる。
NextSceene
++猛獣の牙、猫の帽子、龍の枷++
言い訳の時間ですの前にご挨拶を
年が明けてしまいました、今年は安定したUPが出来るようになるといいです。
改めてのご挨拶は活動報告にてm(_ _)m
では言い訳になります。
えぇっと本編詰め込み感があるかと思いますがどう感じられたでしょうか。
UPも遅れました。やはりここでのやり取りは大事なだけに難しい。
オリ主の思惑、賈クさんの思惑がどう交わっていくのかが今後の鍵になる予定です。
そして、程銀、閻忠の存在が濃くなっていく話になったり、董卓さんの独自設定が加えている話だったりします。
それから補足というかなんでしょうか
二人重要そうな名前だけ出ていますが登場は未定。
さぁ元旦から風邪をぶり返していても気にせず次話を。




