嘘と偽りと本当と真実
++夢占が見せた、悲痛なる現実++
世界は広い
世界は丸い
世界は世界
人は生きる
人は死ぬ
人は人
この世界の果てに世界は終わる
この生の果てに人は死ぬ
だが終わることも死ぬこともないことがある
俺の身に何が起きている。今年は厄年だったっけ?と現実逃避をしている最中。
俺は身体の支配権を放棄した。
右に左にひっきりなしに揺さぶられるまま、ぐらぐらと揺れる視界の中で俺は思考を停止させている。
あぁあぁぁあぁぁあ、聞こえない見えない感じないぃぃいぃぃ~~~~っ
見猿、聞か猿状態だというのに俺の視覚を聴覚を二人が刺激する。
もう逃げ場は空の上にしかないのが現実で、その現実から逃避させるために天を仰ぐ。
エーデルワイスでも口ずさみたくなっている恐らくあの歌詞は作者の意図とは違う形で俺の気持ちにぴったりだと思った。
あぁ、今日はいい天気だ。布団でも干そうか
天まで抜けるような青空。
穏やかな昼下がりで平和だと感じる。
空が青い。真っ青だ・・・
きっと俺はさっきまで同じ顔色をしていたことだと思う。
流れる雲は緩やかに流れ、鳥たちが歌う。
世界は丸いんだ。まん丸だぁ~
もう思考が世界に溶けてしまえばいいのにと思っていると揺れていた視界が静止する。
「馬龍さん!!聞いているんですか?!」
空を見上げていた顔を両手で押さえられてその視界に皇甫嵩さんが映りこむ。
その表情を見る限り俺はそろそろ現実へ戻らなければいけないようだった。
「馬龍~ご飯~」
皇甫嵩さんの脇に映る程銀の姿が目に入った。
戻れない~。戻りたくない~
二人同時に視覚に捉えると再び空に飛び立つために心が翼を広げる。
「馬龍ぅ!」「馬龍さん!」
あぁやはり俺は戻らなければいけないのか
どこぞの誰かは戻れる場所があるのは素晴らしいと言っていたが戻りたくない場所だってあることを俺は知った。
後手に回るのは嫌いだ、だがこれはもうそれを超越している。
後手と言うか後手の後手の飛んで五手は後手だと感じる。
マラソンなら最初から最下位が決まってからのスタート。
走り出す理由がない。
話し始める理由がない気がする。
だが強制的にエントリーされている。
言葉を口にださないと延々と立ち惚け。
不服だとしても完走してゴールテープを切らねばいけない。
どうにでもなれと蕩けた思考のまま口が動く。
「皇甫嵩さん何をそんなに怒っているのです?」
「な、何をと言われましたか?!こ、この方は貴方に真名を預けたのですよそれをどういう意味なのかお分かりではないのですか?!!」
そう言われて、あぁそうだったかとまるで他人事のような感想しか頭に浮かばなかった。
感想などと悠長な事を考えている場合ではない、だがもう自身考える頭がショートしている。
どうせショートするならこの道をショートカットでもして即完走してくれたらいいのにと未だ思考が立ち直れないでいる。
「確かにそんなことをこいつは言っていましたが俺は預かるとは言ってはいませんよ」
投げ捨てる。
現状を放棄してしまえとばかりに無責任な言葉を口走る。
「それに俺がもし、この程銀の真名を預かったとしても貴方との関係性に何か支障はないはずです」
もうやけっぱちとしか言えない言い様。
取り様によっては侮辱、暴言と大差ないそれを皇甫嵩さんに向ける。
「関係あります!!あっ、いえその馬龍さんは私と・・・」
大声を上げたかと思えば声を萎めて顔を赤らめて少し口ごもる。
呆けている頭を立ち直らせながら彼女の答えを待つもそれすら邪魔をする人物がいる。
「馬龍はひどいなぁ。女の子を怒らせるなんて」
カチッ・・・
何かのスイッチが入った。
「それに~真名を教えたって言うのに受け取らないなんてどういう神経してるの?」
シュボッ・・・
何かに火が灯る。
「あたしは馬龍があんなことしなければ何もするつもりなかったんだよ」
メラメラメラメラ
何か炎系の呪文にも似た効果音で火の手が広がる。
「大体・・・」
ゴゥ、豪、業
燃える炎の音は彼女の声を掻き消す。
そして理性すら燃え上がる。
だが程銀の声を遮る大きな声。
「馬龍さんは!私とお付き合いしているんですぅ!!」
口ごもっていた皇甫嵩さんの一言で我に返る。
ある意味で冷や水をかぶせられて助かった。
柄にもなく怒鳴り散らす寸前で炎は鎮火してくれた。
そして、背中に汗をかく。
我に返りすぎた。
頭痛がぶり返して現状打破へ思考を巡らせなければいけないと脳を回転させる。
「へぇそうなんだぁ。でもなんだかそんな風には見えないよ」
少し驚いた様子で皇甫嵩さんと俺を見比べてから事実を見抜く。
ただの給仕とは思ってなかったがそれなりの観察眼を持っているらしい。
「だってお互いに真名で呼ぶこともないみたいだし、それに馬龍の方がなんだが距離をとってるみたいに感じるけど、本当に付き合ってるの?」
程銀の言葉は正しい。
確かにその通りに男女の関係としては不自然なのだと感じるし、俺の希望としてはこの勘違いを正したかった。
だがこの場、第三者がいる場でそれを明かすには彼女を 傷つける結果としては最悪で、関係性の修復が望めなくなってしまう可能性すら出てきてしまう。
程銀の一言に皇甫嵩さんは少し俯きながら唸る。
彼女自身俺の態度に対して不審はあったのだ。
振り返れば思い至る点は多々あったはず。
「うぅ、でも馬龍さんからお付き合いしてくれると言ってくれたのです。それは事実です。真名を呼び合わないのはまだ日が浅いからで・・・」
そうだ事は俺の失言から始まった。
だが言葉としての事実は彼女に少々?いやかなり困った形で伝わっている。
それをどうするかと考えるために飯店に入ったと言うのに、そこにいた給仕のせいで事態の収拾が困難になろうとしている。
これを誰のせいだと責任転嫁したところで収拾できるのは俺だけなのだからと開き直り、思考を立て直しながら口を開こうと・・・した。
『おいおい何言おうとしてんだ。あいつを傷つけてもいいってのかい』
『何を言うんだ。真実をいつまでも隠しているほうが彼女を傷つけることになるよ』
天使と悪魔だ。
白昼夢とでもいう現象を体験している。
完全に幻覚としか思えない小さな二匹の俺が目の前に現れる。
あまりに思考の狭間を彷徨いすぎて思考が分裂して顕現する。
『いいじゃねぇか。嘘から出た真ってな。良く見ろよ良い女だぜ』
『不純だ。そんなのは軽薄すぎるよ。彼女の思いを踏み躙る行為だよ』
二人には見えていない天使と悪魔が勝手な言い合いを始める。
初めての経験に戸惑っていると各々の言葉が思考を遮る。
『あんだとっ!あの女がどんな気持ちで飯作ってくるっていうんだ。責任とるだけの話だろが!踏み躙ってんのはお前だ!』
『違う!誠心誠意謝って誤解を解かなきゃ駄目だ!』
『そんな時間はなさそうだぜ~。どうするってんだよ頭一つ下げたくらいで済むのか~、俺の言う事の方が正しいんだ。俺の声だけ聞いとけ』
確かに、時間はない。
確かに、事実を簡単に口にしてしまえる状況でもない
悪魔の声の方が優勢と思える。
天使を押しのけて俺の前に躍り出た悪魔。
それを天使がドロップキックで吹き飛ばす。
『うるさぁい。今は出来なくてもとにかく程銀をどうにかして二人だけになって、ゆっくり説明すればいいんだ。そんなに安易に決めて良い事じゃない』
確かに、程銀を何とかできれば二人で話す時間は取れる。
確かに、このまますんなりと状況を受け入れて良いとも思えない。
天使と悪魔双方の言い分に頷く。
俺一人で考え続けることに疲れてきていたところに出てきた幻覚、なぜかそれは素直に頭の中に入れていく。
だが・・・・・・
『蹴りやがったな糞天使』
悪魔が猛虎硬爬山を天使に繰り出す。
それを火蓋にやいのやいのと言い合いながら殴ったり蹴ったりの応酬が始まる。
子供の喧嘩のレベルを悠々と超える技の応酬、まがりにも俺の姿をしている天使と悪魔だ、それくらいはするのかもしれないが不思議な光景だった。
それ以上に見ていて気持ちのいいものではなかった。
そして・・・
・・・こいつらもう邪魔だ
一歩引いてみてしまうと自身が目の前にいると言うのは気持ち悪かったし、醜く言い合う姿はうざいと感じた。
組み合う形になっている二匹を叩き落とす。
・・・消えろ
叩き落として踏みつけると煙のように空気に溶け、まるでそれまで時間が止まっていたかのように辺りの喧騒が蘇る。
それが耳から聞こえる頃には開き直っていた。
天使と悪魔を屠ったせいなのかもしれない。
奥の手としてこの世界では邪道と言われるかもしれないそれを使うことを決めていた。
問題はあるかもしれない。
紅姉さんに怒られてしまうかもしれない。
だが現状の打破にはそれを貫く言葉の刃が必要だと判断した。
そうして目の前の二人に意識を戻す。
「皇甫嵩さん、すみませんでした。俺は貴方に告げなくてはいけない事があるんです」
そう声を掛けると皇甫嵩さんは大方の理解をしているのか少し俯いた。
程銀はようやく空気を読んだのか少し距離を取って静観している。
「・・・馬龍さん」
小さく呟く彼女へ歩み寄る。
そして程銀に聞かれないよう注意しながら耳打ちをする。
「・・・俺の真名は龍成です」
それだけ告げると数歩後ろに下がる。
現状を切り開くために彼女の不満を取り除くしかないと判断した。
以前の世界で名を告げるという事とこちらでの真名での扱いには天地に等しいほどの差がある。
それは俺にとっても同じ意味合いとして真名の重要性は知っているが俺の中の価値観ではそれほどまでの意味を持たない。
言うならば俺を下の名で呼ばれるよりも愛称で呼ばれることの方が重要性は高く、真名としての意味合いはそちらの方が近い。
だがやはり真名というのは絶大な効果を発揮してくれた。
皇甫嵩さんは驚きのまま俺を見ている。
「後は二人だけになってからにしませんか?今はまだ・・・。」
少し照れくさい台詞を口にしながら口元に人差し指を立てる。
驚きのまま声に出されるとは思わないがあまり触れて回られるのは都合が悪いため真名を告げるがまだ呼ばないで欲しかった。
「は、はい・・・わかりました」
顔を赤らめながら頷いてくれる。
ようやく一つ目の問題を保留に持ち込めた。
続いて元凶と言えるもう一つの検案事項へと移行する。
・・・・・・・
・・・・・・・
現在、皇甫嵩さんの屋敷の東屋。
そして椅子には皇甫嵩さんと程銀の二人が座っている。
「無理を言って申し訳ありません」
「本当だよ。まったく」
一先ずと皇甫嵩さんに頭を下げたつもりなのだが程銀がそれに応える。
・・・後でこいつは〆よう
そう心に誓いながら表情を崩さないように言葉を続ける。
「少し遅い昼になってしまいましたが、どうぞ」
手に持っていた皿を机に並べる。
皇甫嵩さんに真名を教えた後、程銀の要望である飯を用意するためこれを願い出た。
無理かもと思ったがすんなりと屋敷の厨房を借りる事が出来た。
とにかくはこれさえ済めばようやく振り出しに戻れる。
「これが馬龍さんの・・・。では、いただきます」
「いっただきま~す」
両手を合わせる二人の前に出した料理は飯店で作ったものと同じ炒飯と回肉鍋と卵スープ。
程銀が「あの料理がいい」などと言うからこうなってしまった。
皇甫嵩さんだけなら久々に少し凝ったものを作ってみたかったのだが、それでも料理を口にしている様子を見る限りでは問題はなさそうで一息をつく。
「紅ちゃんが教えてくれてはいましたが、想像以上です」
「う~~ん。やっぱり店長のなんか比べものにならない位おいしいよ」
こいつは〆た後で店主に突き出そう
更なる思惑を抱きながら二人の食事を静かに見守る・・・事も出来ない。
「あの、馬龍さんもどうぞ」
「あ、あははは。そうですね、いただきます」
乾いた笑い声が漏れる。
机には俺の席も用意されていてその前には二人前の昼が並べてある。
彼女の誘いを知りながらも抜け出したツケ。
これは今日の昼のために皇甫嵩さんが用意してくれたもの無駄には出来ないので頂くことにした。
最近燃費が悪くなってはいるがこの形式上の二人前を食べる自信がない。
日に日に彼女の用意する昼の量が増えていったため現在は三、四人前はあるそれを食べなくてはいけない。
この世界で食べられる事がどれだけ幸福な事かは知っている。
だが食べなくてはいけないと言う状況はそれはそれで幸福とは違うものだ。
そういって一つの哲学でも生まれそうなところに程銀が声を上げる。
「馬龍!」
「・・・なんだ」
「おかわり~」
音を立ててこめかみに血管浮かび上がる。
こいつはなんだ?こいつを山か海に捨てろという天意か?!
いちいち口にする言葉が声にするタイミング全てが琴線に触れてしょうがない。
この豪胆さは並みの庶民ではないとは思っていたが、それでも太守の皇甫嵩さんを前にしてもそれを崩さないというのにこいつの正体に興味が沸いた。
「馬龍ぅ。お・か・わ・り~!」
一先ず食事中我慢し続け程銀の満足は得られたはず。
それで退散してくれるならさっきまでの態度を水に流していいと線を設けることでイライラを抑えたが食事を終えても尚東屋でまったりとお茶をすすっている。
言わねばわからないのかと程銀にそれを提示する。
「程銀。これで満足したか?」
「うん、おいしかったけど。欲を言うならもう一回料理してるとこも見たかったな」
欲を言うな!!っと、我慢だ。もう少しだ、我慢だ我慢、我慢、我慢、我慢・・・
「美味かったならそれで満足だろ。そろそろ帰ったらどうだ」
無駄に遠回りせずに告げたのだが程銀は不満そうに俺からふいっと顔を背ける。
「なっ?!」
程銀の目的は達成させたはずなのになぜかそれでも席を立とうとしない。
その態度にイライラが募る。
「・・・お腹いっぱいになったし少し遊ばない?」
「遊ぶ?何を言っ・・・っく!」
程銀へ聞き返そうとした言葉を途中で止めて中庭へ飛び退く。
それは身体が危険を察知して動いた結果。
こいつ・・・何者だ
「へぇ~。やっぱり”こっち”も期待できそうだね」
程銀はゆっくりと席を立ちあがり中庭に出てしまった俺を追いかけるように飛び出す。
「馬龍さんに何をしたのです!!」
突然な俺と程銀のやり取りにやや置いてけぼりになりつつも程銀を咎めるように声を上げる。
何をされたのかは俺自身分かる。
只者ではないとは感じていたが不意打ちだった。
唐突に発せられたのは膨大な気配の塊、それを俺にぶつけてきた。
だが何が目的でそれをしたのかは理解の外だ。
「大丈夫、義真様。少し遊ぶだけだよ」
答えになっていない応えに皇甫嵩さんは立ち上がるがそれを俺は手で制してから声を掛ける。
「大丈夫です。俺も少しこいつと遊びたくなりました」
我慢にも限界がある。
それに勝手に立てた誓いを果たせそうだと少しこいつに付き合うことにした。
こいつの目的はこっちがメイン。
誰の目的なのかはとっちめてから吐かせようと程銀に対して意識を向ける。
「その気になってくれて嬉しいな」
「少しだけだ。元々女相手は苦手だからな」
「そんなこと気にしなくてもいいんだけど。じゃあ始めよ」
程銀の服の内側から具足が音を立てて飛び出す。
それを飛び出す勢いのままで両手両足に装着し、背中から折りたたまれた盾を取り出して構える。
気づけない俺もどうかしているがどちらかと言うと程銀の方が常識を逸脱している。
四つに折り畳まれていた盾は広げられる細長い五角形、少し屈むだけで程銀の身体を覆い隠せるほど大きいものだった。
「一体その服の下はどうなっているんだか」
その仕組みは気になるがそれは後回しにする。
気を引き締めなくてはいけないと軽く構えを取る。
先程の気当たりは紅姉さんと対峙している時に似ているがその性質は違う。
俺が構えを取るのを確認すると盾を前面に構える。
剣かそれとも槍が出てくるかと思っていたが盾を構えそれ以上の武装が服から飛び出してくる様子はない。
専守防衛のスタイルだとしても違和感しかない。
「どうした。そっちから誘ってきたんだろ?」
「馬龍こそ腰の剣は飾り?」
「お前相手に必要か?」
感じる違和感がそうなら必要になるが相手の出方を見せてもらう。
こいつの目的が俺ならば剣を抜くことは出来ない。
「ニヒヒッ、馬龍は面白い。そんなに言うならこっちから行くよ」
突然目の前にいた程銀が視界から消える。
「くっ!」
気配の残滓が左から迫ってくるのを感じそのまま左側へステップして”右”へ身体を向ける。
先程の気当たりを虚として放たれた。
反応に一瞬遅れたせいで完全に避けきれず眼前に迫る盾を掌打で受け勢いを後ろに飛んで殺す。
中庭の芝を削りながら着地する。
速いっ。それに虚をついてくるか
着地してわずかな硬直の間にも程銀の攻めは続く。
身体を覆い隠して真っ直ぐに突撃してくる、それを直前で盾をいなして一撃と考えていたが突然の急停止から盾を軸に回転した蹴り足が飛んでくる。
それを右手の甲で受ける。
続いて蹴り出された足を掴もうと手を伸ばすとそれを盾が阻む。
蹴り足が隠れた反対側から手甲の一撃が飛び出す。
地面を蹴って下がると盾を地面と平行にして突き出される一撃。
縦に長い盾を突き出され下がる距離では相殺しきれない。
両手を突いて地面に伏せるように身体を屈めると頭のあったところを盾が通過する。
「このっ」
体勢を両手で跳ね上がらせ地面を押し出して盾を蹴り上げる。
即座に無防備になった程銀に駆けよるがそれよりも盾を戻すほうが速い。
勢いを無駄にせず盾ごと蹴り抜こうと跳び蹴りを放つ。
「なっ?!」
多少の加減はしたが俺の蹴りを受けても微動だにせず逆に弾き返される。
硬い、そして重いな
盾を蹴った足の感触はまるで巨大な鉄塊にでも蹴ったと錯覚してしまうほど。
宙に弾き飛ばされて5m近い距離が出来る。
「やるねぇ。でもそれじゃあたしの守りは崩せないよ」
「ご忠告どうも」
予想を上回るほどにその守りは堅い。
持てる刃はなくてもそれが当たれば充分に痛撃を食らうことになる。
騎兵、槍兵、弓兵どれにも属さないその兵装はどれを相手にしても負ける要素がないと思えた。
このスタイルをものにしている彼女は強い、そう認識する。
剣や槍を使わないのもかなりやりづらさを感じる。
専守ではなく盾捌きひとつで攻守を同時に行い一瞬で切り替える。
更に大きな盾に身体を収めているというのに標的を見失わないというのも驚愕の技術だ。
一体どんな仕組みなのかこれは盗んでみたくなる。
一度構えを取り直す。
「それじゃ今度は俺の番だな」
「まだ抜かないの?」
「あぁ、逆に意地でも抜きたくないな」
少しだけのつもりだったが少しだけ本気になる。
呼吸を一つ。
肺の全ての吐き出して吐き出した半分を一気に吸い込んで止める。
吸い込んだ空気を内側に爆発的に広げ銃弾の如く飛び出す。
正面に盾を構えて程銀の姿が隠れるがそれごとぶち抜くような勢いのまま駆ける。
盾に触れる直前で地面を蹴って跳躍して盾を飛び越える。
五胡との戦闘でもやった軽身功を利用する。
高く跳びすぎないように身体を丸めて勢いを回転させて背後へ着地、同時に蹴りを放つ。
ゴンッと鈍い音。
目標を視認する時間も割いて攻撃にまわしたにも関わらずそれは盾に防がれる。
俺をどうやって知覚しているんだか
蹴り足を戻して即座にその場から跳ねるように右に移動して程銀を軸に回転を始める。
とにかくあの守りよりも速くその裏を取るたびに掌打、裏拳、回し蹴りを繰り出すが尽く盾に先回りされる。
移動速度にも攻撃のタイミングにも緩急をつけた連撃だというのに、反応速度が速いだけでは説明がつかないほどに読みきられる。
手足に具足をつけていないので加減はしているがそれでも速さは本気に近いそれは軽がると受けられる。
・・・これだけ硬いならいいよな
円運動をしていたところから一気に距離を潰す。
思い出せばヴリトラとの戦いでも行った歩法の一つ。
運動エネルギーの全てを面から線に繋げ線から点へ。
一点突破の一撃に変換する。
すでに目の前には盾が構えられているがそれを貫くため遠慮をやめる。
地面を踏み向いて急停止の勢いを一番硬いだろう盾の中心へ二指拳に乗せる。
人差し指と中指が盾に触れた瞬間に拳を握りこむ。
貫通した衝撃でズンッと盾は重音を立てる、芝生をえぐりながら程銀を数歩分後退させる。
「ふぅぅぅっ」
それが一息で行えた攻撃。
「っくぅぅぅ。きっつい一撃だね」
久々に盾の影から程銀はひょっこりと顔を出し俺を見る。
その顔にはまだ余裕がある。
打ち抜いた一撃はあのくらいの厚みの金属なら砕けるはずだった、だが正面から受け止めるだけでなくその衝撃を最小に抑えられた。
あれをいなされてしまうとなると恐らくは昇竜が全力で突撃しても受け止めてしまうのではないかと思える。
紅姉さんとは違う意味で全力を試せる相手、それにもう少し自身の力を試してみたいと言う欲求に駆られる。
・・・だが、本質を忘れるわけにはいかないと構えを解く。
「で、そろそろ終わりでいいか?」
「う~~ん、まだかな。あたしに一撃当てるかその剣を抜いてくれるまでは・・・ねっ」
構えを取らない俺にお構いなしで盾を正面に立てて突撃してくる。
それを跳び退いて避けるが避けた先には盾が横なぎに襲い掛かる。
「くっ・・・」
ジャリリリリッ。
着地と同時に襲い掛かる盾を避ける事が出来ずに剣の鞘で盾を受け流す。
受け流し距離を取った後で構え互いに振り出しに戻る。
「まったく」
先に動き出す。
さっきと同じに盾に目掛け駆け直前で飛び上がる。
そして、構えられた盾の上部に着地しながら踏みつけて地面にめり込ませる。
「なぁぁ~?!」
程銀は驚きの声を上げる。
彼女の最大の武装はざっくりと三分の一ほど地面にめり込み、その上に乗ったまま眼前に拳を突きつける。
「これなら終わりでいいか?」
「んんんんぅ。馬龍はずるい」
盾を手放して両手をばたばたと振りまわす。
盾を正面にした状態ではダメージは通らない、ならばと恐らくは受けたことがないだろう垂直方向からの一撃でようやく虚をつけた。
まぁ、なんといっても最大の武器を手放したなら終わりでいいのだろうと盾の上から飛び降りる。
「それでお前は何者だ」
「な・い・しょ」
寸止めにせず殴っておくべきだった
「それが通じるとでも?」
怒りを抑えながら無理やり作った笑顔で程銀に詰め寄る。
俺の正体、実力を知りたいと思う勢力の手先、それが俺の想像できる範囲の解だがまだピースが足りない。
「んん~。なら馬龍が何者なのか教えてくれたら教える」
程銀の答えは予想を超える。
だがそれでひとつ、解のピースが埋まる。
「俺は馬龍、字は雲成。西涼が盟主馬騰の弟だ」
「へぇぇ。そうなんだ。でもあたしが知りたいのは違うんだよ。馬龍自身は何者なの?」
名目上語れる名を告げる。
程銀が納得しないのは分かってはいる納得しないのを確認する。
可能性はあったがそれがこうして俺に接触をさせるというのは早すぎる。
五胡を倒したことは思いのほかに他の地域に噂として流れているということだと理解するが、それ以上に俺の出自に疑問を持つものが現れていると言うのは今後危険を増すことを顕示している。
「お前が知りたいんじゃなくて、お前が調べろと言われたことだろ。俺は応えたお前の番だ」
「わたしは程銀。真名も教えたはずだよ」
どうやらそれ以上に正体を明かす気はない。
ならば今それを知る気はない。
知ったところで俺の取れる行動は限られるだけで何の得も生まれない。
それに今は損を防ぎたい。
「一先ずは俺の力を確認出来たろう。引き際を知るべきだと思うが・・・」
目を配れば皇甫嵩さんがこちらに近づいてくる。
俺自身彼女への不審を招く真似を続けることは出来ない。
下手に言葉を続ければ墓穴を掘る可能性がある。
もう俺の入る墓穴は充分すぎるほどに存在するのでもう掘るのは勘弁だった。
「どうしようかな?」
「遊びはその辺にしたほうがいい。それに続きをしたいなら剣を抜くぞ。だがこれ以上は殺し合いになるが・・・」
柄に手をかけて程銀を見据える。
「まぁそうだろね。仕方ない”今日は”これくらいにしておくよ」
ようやく程銀は撤退の意思を示して具足をつけたときを逆に瞬時に服の内側にしまい、地面に突き刺さった盾を抜いて背中に収める。
「じゃあね、馬龍。楽しかったよ、またねぇ~」
俺は楽しくはなかったし、もう会いたくない
皇甫嵩さんが近くに来る頃には程銀は正門へと風のように走り去っていった。
・・・・・・・
・・・・・・・
一悶着ありました。
その一文で済んでしまえばどれだけ楽だっただろうか、程銀のいなくなった後で自室でようやくの一息をついている。
何故と言われれば皇甫嵩さんの誘いを無視して町に言ったせいで起きた事件だ。
そして状況は昼前の時よりも酷い現実を突きつけられることになった。
考えるべき事が増えすぎだ
何者かが俺を探り出しているそれは安穏と許容できるものではない。
紅姉さんの言うように一度西涼に戻る必要があるかもしれない。
だが戻れば琢へ行く事ができなくなるという予感もある。
携帯電話でもあれば即座に連絡を取って助言を求められるのだがそれもここでは出来ない。
「簡単にいかないな」
と思考を整理していると戸を叩く音に一度現実に戻る。
「馬龍さん、お時間よろしいですか?」
「はい」
急いで立ち上がり戸を開け部屋の中へ招き入れる。
「あの。少しお話しませんか」
一体何にか話すことが残っていただろうかと彼女を見る。
程銀の事に関しては彼女がいなくなった後で何度も謝罪をして許しは得たし、他に何かあっただろうかと考える。
何か、何か、なに・・・か・・・あ、あっっった!!
皇甫嵩さんの表情を見て思い出した。
「あの、あ、あの。りゅ、龍成さん」
頬を朱に染めながら俺の名前を口にする。
そうだ、町で時間稼ぎとばかりに真名を告げた。
彼女への信頼はある良好な関係を築くためだから問題じゃない。
「後は二人だけになってから」などとキザな台詞を吐いていた。
「お茶を用意しますからどうぞ」
立ち話では俺の膝が持たない。
開き直ってもどこかでくじけて床に手を突いてしまうかもしれない。
一先ず皇甫嵩さんに椅子を引いて座らせてから部屋に備え付けの茶器を広げる。
「それでどうしました?」
我ながら”どうしました”ではない、心がぷるぷる震えてしょうがない。
一先ずの平静を装って皇甫嵩さんの正面に座ってお茶を差し出す。
「いえあの、町の続きを・・・ですね」
「二人だけになってからそう約束してましたね」
出来る事なら主導権だけは持っていたいが、如何せん経験値が足りないので開き直るしかない、開き直って、開き直ってそれで一回転してようやくの平静だ。
そうでもしないとどうしようもない。
「いつまでも真名を告げないと言うのも程銀の言うとおり不自然だと思いあんな形で告げたのは失礼でした」
「そんなことは!・・・その嬉しかったですし、でもよろしいのですか?」
「何がです」
「私にその真名を・・・教えるなんて」
それはあの場ではそうでもしなければ収まりそうになかったという事情もあるが彼女にならば問題ないと判断している。
「これでも紅姉さんの弟をしているんです。貴方がどんな方か俺をどう思っているのかはこの数日でそれを預けるだけに足る人とわかっていますから」
変に偽ることはしない。
偽らないように言葉を選択する。
「けれど男女の間で真名を預けると言うことは・・・」
「それは、理解しています」
「っ!!で、では是非、私の真名もお預かりください」
言葉を選択しているつもりでも選択肢が一つきりならそれはもう選択肢たりえない、ただ一方通行のそれを進むようだった。
危険な結末になるのはもう覚悟しなくてはいけないかもしれない。
「私の真名は楼杏と言います」
「楼杏さん、ですか綺麗な真名ですね」
「有り難うございますでも”さん”はいりません。それに程銀さんと話していたように私にも敬語を抜きにしていただけると、その嬉しいのですが」
「さすがにそれは・・・」
「駄目ですか?」
上目遣いで懇願されるが、多分は年上で別の郡の太守である彼女に対してタメ口で話すのは抵抗がある。
「やはり形式だけで真名を教えていただけたと・・・」
「いえそのような事は、ただ俺には全うな役職はありませんし身分が違いますから」
「そのようなことは気にすることはありませんから」
もう回避ルートへは戻れないのか・・・
危ない、先に座っていて良かった。
膝が砕けていても椅子に座っているからばれる事はない。
「わかりました」
と了承を言葉にしても皇甫嵩さんは不満で顔を曇らせる。
それを見てまたやってしまったと額を指で叩く。
以前紅姉さんの真名を言った時と同じ。
「わかった。でも公私は別けたいから真名も含めて二人だけの時にしないかな、楼杏」
せめてそれでいくつかの可能性を回避できればと口調を変えて提案する。
「それほど気にされる必要はないのですが」
「程銀のこともあるし。楼杏を危険に巻き込んでしまうのは俺の本位ではないからしばらくはそれで納得して欲しい」
「ですが・・・」
俯きながら両手を胸の前で合わせてもじもじと親指をすり合わせる。
彼女の頬に手を添えて俺の方へ向ける。
「お願いだ楼杏」
「っ・・・・・・」
俺の手が触れて瞬間、皇甫嵩さんの顔が赤くなった気がする。
ん?なんだかデジャブだ。なんだ?
嫌な既視感・・・というわけではないが嫌な予兆のようなものは感じる。
皇甫嵩さんの手がピクリと動く。
昇竜や翠達と接する時の癖になっていたその手を引っ込める。
少々失礼だったと思い直ったと言うのもあるが、それ以上に感じていた既視感の正体と予兆の正体が分かってしまったからだ。
既視感は紅姉さんと読んだ時の紅姉さんの表情に彼女が似ていたから。
そして、彼女の手の動きが数日前と同じに囚われの右腕になるの予兆。
ガシッ
はっ?!!!
引っ込めたはずの手が捕まる。
「りゅ、龍成さん!!」
「はい?!!」
何故捕まってしまったのか理解できないのと彼女の迫力につい返事を返してしまう。
それにこっちは彼女の魔球に引き込まれないようにするので必死だ。
「式はいつにしましょうか!!」
唖然、愕然。
「・・・・・・・・・・・っ。」
周りが真空になったのかと思える程に俺の声は音にならない。
「夫婦になってしまえば公私を別ける必要はありません」
「め、めおと?!いや、ソレハ」
ようやく音になる声はまだ正常に響かない。
と、とおとととととと、とにかくだ。兎に角に途に欠くだ
思考すら吹っ飛びだす。
回避だ!会費で開扉して回避だ。これは回避しなくてはいけない
「ろ、楼杏、待ってくれ」
「待つなど善は急げと言うでははありませんか」
紫庵も同じことを言っていた。
皇甫嵩さんは少し暴走気味だということになるのだろうか。
「俺は天意を知るための旅をしている。その道中に何かあるかもしれない」
「だからこそ、私と・・・」
「その途中最悪の事があるかもしれない。楼杏を悲しませ続けたくはない、だからそれは俺が天意を知るまで待ってくれないか」
少しずつ冷静さを取り戻しながら言葉を紡ぐ。
どう状況に置かれてもこれだけは伝えたい。
こうして俺の事を思ってくれる彼女の誤解を利用しようと考えている部分が広がっていようとも、これだけは真実なのだと言葉にする。
「私は待っていたのです。龍成さんのような方に出会えるのを。ですからもう待つ必要は・・・」
「もう少しでいい、いつまでも待って欲しいわけではない。楼杏が良いと思える人物と出会えたなら俺の事はいつでも捨ててくれていいんだ」
そう俺は捨てられてもいい。
俺が大切な人、俺を好きといってくれる人。
俺と共に生きてくれるという人。
その人たちが・・・。
だからこの状況も俺は利用する
自身がおぞましくなる。
でも、それでも、きっと、そんな希望的観測中で彼女の言葉を待つ。
「そのようなことはしません!!貴方以上に私をこれほどまで暖かくしてくれる方なんて」
「それでもだ。残されるものの辛さは魂の底までわかるから。紅姉さんの友で俺なんかにもよくしてくれた楼杏にこの辛さを感じさせたくない」
もういない君の話それを知っている彼女だからこそきっと俺は罪悪感を感じずにはいられない。
そして、もしかしたらそれを俺がこの人達に与えてしまうかもしれないあの痛み。
これは真実でもあるし、偽りでもある。
それを感じる前に感じ取る事が出来るようになる前に保険を掛けたかった。
彼女の性格ならばきっとこれだけ言えば恐らくは・・・
皇甫嵩さんは俺の言葉を聞きながらも決して頷こうとはしない。
「それに・・・楼杏には笑顔が似合うから」
多分これは本心だと思う。
打算で彼女の心は動かせない。
きっと俺の考えは彼女は理解していなくても感じている、だから俺は偽らずそれを言葉にした。
「わかりました。けれど貴方に何かあれば必ず駆けつけます。貴方の傍にいたいですから」
その言葉にようやくと頷いてはくれてホッと一息。
それでも彼女がこのままの感情では何れ年貢の納め時とやらが来てしまうのかもしれない、今は俺の気持ちを汲み取ってくれた感謝の後に、再度彼女の意識を変えてもらおうと思い言葉を探る。
「有り難う。でも本当に俺の事はいつでも・・・」
「有り得ません」
とても優しい笑顔でそう高らかに宣言する彼女に少し苦い笑顔を返して実感する。
本当に実感する。
何度目になるのかも分からないが本当に人間ができる想像など現実に比べればほんの一部に過ぎない。
何故ここの人間はこれほどまでに強いのだろうか
世界は俺などでは到底覆い切れないほどに大きい。
世界は俺に何を望んでこのような現実を与える。
俺は世界に・・・
NextScene
++矛盾した現、才の都++
とにかく言い訳です。
今回のUP思いのほかに遅くなりました。
前話の段階で7、8割がたは出来ていたのですがやはり苦手意識とは恐ろしい。
解説のほうも少しだけ。
今回の話でとりあえず安定での話はひと段落になります。
程銀の正体はいかにと言うのは三国志に明るい方は分かってしまうでしょうが少し『天衝』ではちょっとイレギュラーな存在になります。
程銀の武装書いてみたかった盾兵です。
攻撃は最大の防御ではなく防御こそ最大の攻撃、そんな彼女です。
皇甫嵩さんや作者の苦手要素関しては後日の活動報告にて
では前話であとがきつらつらかきすぎたのでこの辺りで次話です。
さぁオリ主あの人たちは手強いからぞ。
頑張れ俺、彼女達がちゃんとかけないと泣くことになるぞ。




