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恋姫天衝 ~対極の御遣い~  作者: 雀護
第一部 西涼~
12/44

名残と気がかり







++不安な旅路と、悲しみと気づき++






 理性を失ったまま撤退し始めていた五胡を一人追撃をした。

 そして、城壁から見ても地平の向こうで接敵し、そこで残っていた四百に近い人間を虐殺した・・・らしい。

 らしいと言うのは後になって庖徳に聞いた事と四百もの肉塊を拵えた後で理性を取り戻した俺が見た光景から、そうだったのだと理解したからだ。

 殺意に飲まれ、ただただ身体に溢れる力を解放した。

 結果生まれた地獄に俺は望みどおりに五胡の連中を叩き落した・・・という事。

 庖徳が追いついてきたところで理性が戻し途端に俺の意識は途切れていた。

 意識をなくした俺が馬騰さんの屋敷に運び込まれた頃には日が暮れ、日が昇って昼になる頃になってようやく目を覚ましたと聞いた。


 そして今、新たな局面に俺はいる・・・。


 状況を説明された後で自室にて庖徳の説教中である。

 「一体何をお考えなのですっ!!」

 それを試合のゴングとして延々同じ様な事をさんざんと聞かされる。

 どうしてあんな真似をしたのか、とか、全身にはしるひび割れのような傷はなんなのか、とか、なぜあの大剣を使いこなせたのか、等など目が覚めてから自身でも整理し切れていないので曖昧に答えるばかり。

 だが、それでは庖徳は納得せず今だに解放の兆しはない。

 これがボクシングの試合だったとするなら、こちらがファイティングポーズどころかグローブすら着けていない状態から滅多打ち。

 ラウンドが過ぎてもコーナーに戻る事が許されない状態でしかもセコンドもいない。

 あまり長々と説教が続くのはそろそろまずい。

 俺の予測が正しければこれが終わった後でもう一試合が控えている。

 そろそろグローブをはめるくらいはしないといけない、最悪後に控えてるのが待ちきれずに試合中にリングに上がると言うまさかのボクシングバトルロワイアル状態に突入することになる。

 「ぼくしんぐ?、とはなんです?それが何か関係があるのですか?!」

 「い、いや、あっと、なんて言うか関係はないが・・・」

 まずい事に整理する時間をいらない思考で削ってしまった。

 思考を自身状況に戻す。

 まずは五胡の襲来、そこでは町の警護をしていたが途中騎馬隊が劣勢になったことで戦場へ突撃、騎馬隊が撤退するまで時間を稼いだ。

 次に自身の撤退がやや難しくなったところに昇竜に乗った馬超が俺を町まで連れ戻し、篭城のような形で敵を迎え撃つことになった。

 だが、実際には篭城戦になる前に敵に火計を仕掛ける事で打撃を与え、敵は撤退の動きを見せたがその間際に矢が打ち込まれた。

 そこまでは比較的冷静であった。

 途中余所見をして矢の飛来に反応が遅れたが問題なく避ける事は出来たが、その矢が馬超にまで降りかかっていた。

 その矢が馬超に当たるのを見た時からだ。その時自身の中の冷静さが失われた、んだと思う。

 実際には怪我の度合いはすぐに処置をすれば何一つ問題になるものではなかったし最悪放置していても自然治癒してしまうと思えるものだった。

 だが、緩やかにそして収まらないほどの怒りが俺の中を駆け巡りだした。

 身体が熱くなり、心が痛みだした、耐えられず膝をついたところで何かの声が聴こえてきた。


  ”殺してしまえ”


 今思い返しても聞き覚えのない声、それはしっかりと今でも覚えている。

 だが、俺が知っている誰かの声だと直感にも似た感情がそう感じている。

 世界を怨み殺すような低く響く声。

 地の底から沸き上がる様な殺意に溢れた声。

 その声を聞いているうちに俺の中での理性が薄れていた。

 何かの鍵が外れたように力が溢れ始めた。

 今までに手にした事のない持て余すほどの力。 それに似合う得物が庖徳の店にあったと思った辺りで俺の理性は完全になくなっていたと思う。

 その後の事はうっすらとした記憶しか残っていない。

 ここまで考えていると恐らく理性を失ったきっかけはあの声。

 あの声のまま、身を心を殺意の衝動に任せた。

 その結果が恐らくこの全身のひび割れと五胡の殲滅という事になるのだろうが、突拍子もないことは事実。

 この世界に来た、この地に落ちたという原因・・・とまで思えないがその一端なのかもしれない。 結論が出そうなところで最悪の事態が俺を襲う。

 「兄様っ!!」「龍兄さんっ!」「龍にぃ~」

 それに額を押さえて溜め息が漏れる。

 俺の予測は当たっていたが予測の幅が間違っていた。

 先程ボクシングに例えたのも間違っている。

 1対4での試合など有り得ない、これではリンチにあっている中学生のようだし、もう少し柔らかな例えにするならバスケットボールだろうか1on4の超変則試合。

 相手のシュートを抑えるだけでなく各々が持っているボールを奪わなければ延々と相手側の攻撃が続く試合。

 とりあえずは元気な姿を見せる馬超と心配してくれている二人に向き直ることにした。

 「おはよう。馬超、馬休、馬鉄」

 「おはよう、兄様・・・っじゃないよ。うぅぅ、しんぱいしたんだから」

 「そうです。龍兄さん、そんなきずだらけでなにをしてるんです」

 「おはよう、龍にぃ~」

 無茶をして怪我をした俺を怒る二人とのんびりと挨拶を返してくれる馬鉄。

 「悪かった。心配をかけてしまったな。馬超、怪我は大丈夫か?」

 馬超は頷きながらも上目使いで俺を睨んでいる。

 馬休も馬超とそう変わらない様子で俺に向かって怒っている。

 それを宥めるように二人の頭を撫でるとふと違和感に気がついた。

 二人の頭に手を伸ばすと少し距離が昨日までと違う。

 よくよく観察してみれば視界が高くなっている気がする。

 身体に入ったひびの間からは日に焼けたものとは別にまだ赤みが残る新しい皮膚が覗いている。

 それはまるで黒の模様が逆になった虎縞。

 恐らくはその新しい皮膚の分だけ体が成長しているという事だ。

 これは経験があった。全身にはしるほどではないが、成長期に急に身長が伸びたときに膝や肘など間接部分に同じようなひび割れがあった。

 身体の急成長に皮膚の成長が間に合わず起きる現象。

 以前の身体でもその名残が残っているそれが全身におきていると言う事は一瞬で身体が成長を遂げたという事だ。

 その事が分かるととりあえずは言い訳の算段がついた。

 信じてもらえるかはわからないが、まぁそれは俺次第だ。

 一先ず三人のボールは時間を賭けて取るとして先に庖徳のボールを奪い取ろう。

 「馬超、馬休、馬鉄、本当にすまなかった。心配をかけてしまった侘びとして昼は奮発するからそれで許してくれ」

 「うぅぅ、ころっけだけじゃたりない!!」

 「わ、わかった。三人の好きな物を出来るだけ用意するから」

 馬超のうなり声に気圧されるようにそう返すとやっと三人の笑顔が見る事が出来た。

 「じゃあ、かく煮も」

 「わたしはおんせん卵が」

 「蒼は~ワンタン~」

 元気よくリクエストする三人の姿を見るとなんだか嬉しくなって笑みが零れる。

 「フフッわかった。全部用意するからもう少しだけ外で待っていてくれるか」

 「「「うん!」」」

 素直な返事が返って来ると部屋に来た勢いと同じに外へ出て行った。

 部屋から三人がいなくなると少々の寂しさも感じつつも庖徳と会話を再開する事にした。

 「はぁぁ、貴方は悪い方です。純真無垢な子達をあのような形で丸め込んでしまうなんて」

 「そう言うな自覚はあるんだ。それにあまり聞かせて良い話ではないからな」

 「と、言いますとやっとお話していただけると言う事でしょうか」

 「あぁ、まずは・・・・・・」

 庖徳の疑問に頷きながら言い訳を開始する。



 憶測交じりのそれを自身の持てる知識で埋め合わせる。

 しかし、その多くが理屈で固められた推測、その域をでないもの。

 なにより俺がこの世界にやってきた異世界の人間であることを明かしている馬騰さんだけ馬超達も知っているかもしれないが理解はしていないはずだ。

 この世界の異物という事が知れるのは危険だと思い、出来る限り伏せたまま話を続けた。

 どう転んでも現状のままでそれが周囲に知れれば、全てにおいて後手に回ってしまう。

 例え庖徳が信頼に足りると判断できてもそれを避ける必要がある。

 せめて俺に起きている異変の理由が分からないうちは例え話程度にしかそれを話すことはできない。

 そのために庖徳に説明をする時は簡潔に述べ、理論武装するしかなかった。

 ひび割れた身体の理由から力の増幅の理由。

 余所者である俺はそれを理由に俺の村では男が成長期に迎えると時折このようなひび割れがありそれを『肉割れ』と言って体が急に大きくなるなど、力の増加は肉体の成長の影響だと。

 そして最後に五胡の殲滅の理由を口にした。

 「・・・それでお一人で追撃をかけたと」

 「あぁ、可能性の一部ではあるがそれが起きれば・・・」

 「はい。今後この町は常に五胡の標的になり、その脅威に晒される可能性があります。それでも貴方お一人でされると言うのはやはり納得しかねます」

 「俺としては咄嗟の事態ではあったし、それにあれだけの距離が離れた状態からでは昇竜の足でなければ追いつくことはできなかった。こちらが追撃の構えを整えている間に撤退を許していただろう。深追いになってしまうと今度は町が手薄になってしまう」

 「それにしても・・・」

 「庖徳を信頼しているから俺は単騎で行くことが出来た」

 嘘も方便というところ後付もいいところだと自身に嫌気が差しそうだったが、こうでも言わないと収まりそうもないのでもう一言告げる。

 「庖徳、お前は俺を信頼してはくれないのか?」

 「っ!私は貴方から真の天意を授かったのです!それは信頼なくしてその言を受け入れることはできません!!私は貴方のためならば、貴方の言葉ならばこの命果てるまで・・・。はっ!!もしやこれはまだ未熟な私への試練なのでしょうか。更なる勉学を積むようにということでしょうか」

 また庖徳の悪い癖がいや発作が起きた。

 だが今回ばかりはそれを止める気はない。

 すまないが解放してもらうために利用させてもらう。

 「試練などではない。勉学については明日にでも時間を取るからとりあえずはそれで納得してくれないか?」

 「はぁぁあ。・・・っは、むぅぅ、んぅぅ」

 俺から勉学と言う言葉を聞くととパァッと笑顔になった直後、苦悶するように頭を抱えだした。

 勉学できるのは嬉しいがまだ俺が起こした行動に関しては納得できないと言う事といったところか。

 後もう一声かとダメ押しの一言を付け加える。

 「これから馬超達の昼を用意するのだが、庖徳も一緒にどうだ。料理というのは農学にも密接な関係が・・・」

 「是非ご一緒させてください!!さっそく善は急げです。膳は急げです」

 俺は腕を取られて厨房へ引きずるように部屋を出た。

 解放される事はなかったがとりあえずの前進は出来た。

 これ以上時間を取られてもいられない、背に腹は変えられない。 




 無事に昼を迎えることが出来た・・・とは言い難かった。

 一悶着、いや一人一悶着で四悶着と言ったところ。

 昼食に庖徳が混じっている事を馬超に咎められ、それでも何とか宥め料理を開始すると手伝いと称して馬休と庖徳が傍にやってきてそこでも競うように俺に絡んでくる。

 ようやくと料理を仕上げて席に着くと普段右隣に座っているはずの馬鉄の間に庖徳がいることに珍しく馬鉄に怒られた。

 怒る馬鉄に自身の分のワンタンを分けることで何とか収まりはしたが食事の最中は庖徳に料理のうんちくを何個も説明させられた。

 昼を食べ終える頃には疲労困憊となってしまったがそれでも終わらない。

 後片付けをしている最中には厩舎を抜け出した昇竜がやってきて中庭を引き回された。

 今までに経験したことがないほどに賑やかしい昼だった。

 心身ぼろぼろとなったがそう悪いものではないと思ってしまった。

 そんな、昨日の出来事が嘘のような騒がしいやり取りは俺にとっての日常になっていた。



 「はぁぁぁ・・・・・・」

 「お疲れですね。馬龍様」

 暴れるようなに駆け回っていた昇竜を宥めて戻ってきた厩舎で一息ついているところへ李台に声をかけられた。

 「まぁ、ある意味嬉しい悲鳴というところではあるのだが、さすがにな」

 「はははっ確かに。傍で見ている分には微笑ましい限りですが私では身体が持ちませんね」

 厩舎の管理者としては他人事と言うことはないのだろう、理解者の登場で本当の意味で一息がつけた気がする。

 昇竜の体を藁でごしごしと擦ってやるのがひと段落着くと頬を撫でながら別れを告げ、李台に後を頼む事にした。

 「すまないが後を頼む」

 「もう行かれるのですか?お茶をお持ちしようと思っていたのですが、てっきりいつも通りゆっくりされるとばかり・・・」

 「そうしたいのは山々だが昨日の件でまだやらねばならない事があるんだ」

 「そうでしたか。では後はお任せください」

 「あぁ、お茶はまた今度頼む」

 厩舎を後にして町へ向かう事にした。



 ・・・・・・


 ・・・・・・



 一時の五胡の襲来に対しての警戒が解かれていないのか、まだ町は閑散としていてほとんど人とすれ違う事のないまま大通りを歩いた。

 昼前のやり取りでは話題に上げなかった事を話すため主は未だ屋敷で馬超達にかまけていない武具店へ向かう。

 戸を開ければ未だそこは防衛本部として機能しているので数人の兵達がそこにはいた。

 「馬龍様っ?!」

 俺の顔を見るなり兵達は俺を取り囲むように集まり出す。

 その様子にかなり困惑をしたがかけられる声で概ねの理由を理解した。

 昨日の俺の突撃と暴走を見たのだ。

 「あの場で火計を行い撤退させるなどと我らでは思いも突かない策です」

 「策を使いこなす知略だけではありません。ただ一騎であれほどの部隊と相対するなどと馬騰様でなければ出来ませぬ」

 大方はそう言った、奮戦振りのほめ殺しのようなものばかりで中には包囲された騎馬隊の人間もいて礼を告げられた。

 「馬騰さんはあのような無謀な一騎駆けなどはしないさ。俺などあの方には及びもしないもっと確実な方策をとるだろう」

 褒められるなどむずがゆいばかりだし、何より最後の殲滅に関しては完全に俺の暴走で結果が後からついてきたに過ぎない。

 そしてある程度兵が落ち着きだしたところで本題を切り出す。

 「すまないが確認したいことがあるんだ」

 「どういった内容でしょうか?現在庖徳さんは帰ってきておりませんので、お答えできるかどうか・・・」

 庖徳がいないのは知っている。

 いたらいたで俺の質問に答えられる、一見手っ取り早いように思えるがその後に時間を取られるので足し引きで時間的にはプラス、心労的にはマイナス。

 「あぁ分かればで問題ない。」

 単純に回答もある程度の予測はついているがその上で実数を把握したかっただけ。


 「昨日の戦闘で何人死んだ」


 言葉にした瞬間店の中に流れていた空気が一転して落ち込む。

 「・・・・・・五人。今朝になってもう一人逝きました」

 という事は六人、全て騎兵隊の人間。

 五百を超えた敵に対して騎兵隊に割いた人数は百。

 結果は敵は全滅、こちらは数の通りの%の六分。

 完勝と言っても良い戦果だがそれでも味方の死は存在する。

 それを兵の口から死んだ人数を聞いて実感した。

 馬騰さんが戻るまでにあと何度襲撃がある、あと何人が犠牲になる、あと何人殺す事になる、と日常から非日常へ俺の思考が変わろうとしているのを。

 「皆、日が落ちる前に連れ帰り、朝方親族と共に弔いました」


  ・・・弔う


 忘れていたわけではない、考えていなかった。

 普通、人が死ねば弔い墓を建てるそれを俺は何を考えていたのか死者へ向ける事をしていなかった。

 俺は最後に俺を殺した人間と同じ思考で考えていた。数でしか事柄を把握しない、そこにある感情を捨てる無視をする人種。

 俺自身死の際を体験しているというのにも関わらずまだ俺は他者の死に無関心でいる、だというのに馬超に矢が当たるのを見て激怒し敵を殲滅した。

 

  俺は・・・・・・なんなんだ


 自身の思考のバランスが崩れている。

 今まであった指標などもはやない。

 ここに来る前までならさして自身でも問題と思っていなかったはずだ、だが兵士の言葉を聞いて自身の思考に疑問を抱いている。

 「あの馬龍様・・・お答えした内容で問題がありましたか」

 どれくらいの間黙っていたのか、兵士に声をかけられて顔をそちらへ向けた。

 「あぁ、すまない。問題ない」

 兵士は俺に普通に報告しただけで問題があるのは俺。

 よく言われ続けた事だ思考が泥沼になりがちだと、そして思考をしていると無理やりに止められていつの間にか次に進んでいた。

 今、俺の泥沼になる思考を止めてくれる人はいないそう思うと行動に出す事にした。

 


  やるべき。・・・なんだよな




 ・・・・・・

 

 ・・・・・・




 数日が経ちその中で色々な事があった。

 だが、馬騰さんが戻って来るまでに五胡の襲撃はなかった。


 そして、久々に皆揃っての昼食を終えると馬騰さんの部屋に呼ばれ留守の間の事を聞かれた。

 「龍さん。留守中町を守っていただき有り難うございます」

 「・・・俺はなにも守れてはいません。町を守ったのは警備の人間です」

 深々と俺に頭を下げる馬騰さんにそう事実を答える。

 俺は何も守れてはいない馬超に向かう矢を防ぐ事も騎馬隊の全員を守ることが出来たわけではない、ただ敵を殺しただけだ。

 そして死んだ人間に対しても俺は何もできていなかった。

 「貴方の中にある事実はそうなのかもしれません、しかし貴方がいなければもっと多くの者を亡くした事でしょう」

 そう言うと俺の手を取り瞳を見る。

 「兵や町の者からも報告は聞いております。貴方の心遣いは嬉しいのですがそれでも自身の成果を余りご謙遜されないでください。それでは私から渡すことが出来なくなってしまいます」

 渡す物とは褒賞か何かだろうか、だが俺には必要ないと感じていた。

 罰がないだけで御の字で今までしてもらった恩義を鑑みれば馬騰さんのこの言葉だけで十分だった。

 「それは俺には過ぎだものです」

 「貴方はそのようになるまで戦ってくださったのですから」

 「これは・・・」

 否定の言葉を探したが上手く出てこない。

 そして、言葉を切り替える庖徳からこのひび割れの報告を受けているかも知れないが真実ではない。

 せめて、自身で分かっている部分だけでもと馬騰さんに打ち明ける。

 「庖徳からの受けたこのひび割れの報告は理屈だけ伝えたもので真実とはずれたものです」

 「・・・庖徳も同じような事を心配していました。自分ではまだ真実を知る事が出来ない未熟者だと」

 気づいていて騙されていてくれたという事に自身の在り方がより嫌なものに感じた。

 それでも俺が今話すことが出来るのはきっとこの人しかいない。

 「あいつには悪いとは思いますが、俺の出自がこの世界の常識では通じないのでまだ話す事が出来ないと言うか、理解してもらえないですから。あまり周りを混乱させる事はしたくはなかったのです」

 「それでも私にはお話していただけると」

 「あまり貴方の負担になりたくはないのですが聞いていただけますか?」

 「えぇ、私は貴方の事を負担などと思った事はありませんよ」

 いつもどおりの微笑を俺に向けてくれた。

 いつも見ていたというのにこの時はまるでいつもと少し違う気がした、それは馬超達に向けて見せるものと同じものを感じた。




 「・・・そうでしたか」

 俺が暴走するまでに感じた事、覚えている全てを打ち明けた。

 それを静かに聴いてくれた後そう呟くと一度瞳をゆっくりと瞬きをしてから俺の顔に手を伸ばして頬に触れた。

 「そのような顔をされないでください。そのように心を砕かないでください」

 どんな顔をしていたのか自分では分からない。

 馬騰さんは俺の頬にはしるひび割れを撫でる、まるで俺の心を優しく撫でられるように。

 「まだ貴方が何を求め、何を為すためにここに来たのはわかりません。それでも私は貴方を裏切る事はありません。私の魂に懸けて」


  っ・・・・・


 俺はその言葉を聞いて驚いて声を出そうとする頃には、馬騰さんの微笑みに言葉を返しそびれた。

 俺が馬騰さんと最初に問答をした時に誓った言葉をそのまま返された。

 これまで過ごしてきた中で俺がどのような気持ちでその言葉を口にしているのかは分かっているはず。

 なのに敢えてそれを口にするということは何を意味しているか理解した。


  本当にこの人には敵わない


 ここでそう何度思ったことか。

 そして、それを言葉にされてしまったと言う事は俺はもう本当の意味でこの人には一生敵わないだろうと。

 言葉に出来ずただ頭を下げる事しか出来なかった。

 そうしていると馬騰さんが顔の前で軽く手を叩いた音に気づいて頭を上げる。

 「では、町を守ってくださった褒賞をお渡ししたいのですが。場所を変えましょうか」

 「へ?あ、っと。いえ先程も言いましたが褒賞など・・・」

 「是非受け取っていただきます」

 狼狽しながらも褒賞を受け取らないと言おうとしても否定の言葉を言うことすら否定される。

 もはやいつものやり取りのようになりつつある、俺は流れのままに部屋を出た。




 馬騰さんの部屋を出て連れられるままに屋敷の奥にある会議室へ移動した。

 そこにはここに来た時と同じもう見知った五人の男、この西涼連合で馬騰さんの補佐役をしている五人。

 それから馬超、馬休、馬鉄に庖徳が座っていた。

 「皆さん集まっているようですね。少し遅れてしまいましたが早速始めましょうか」

 馬騰さんはそう言うと一番奥の自身の定位置に座る。

 他に誰かいるとは思っていなかった俺はその光景に動揺してしまったが、促されるまま馬騰さんの隣へと座らされる。

 「本日集まっていただいたのは重要な案件があるためです」

 俺が席に座るのを確認すると馬騰さんはそう切り出した。

 重要な案件、とは褒賞とは別の事柄に聴こえるのだが全員が馬騰さんの言葉に注目しているのでしばらくは聞く事しか出来そうになかった。

 「では、最初にこの度の五胡の襲撃に際して町の防衛に貢献していただきました龍さんについて、褒賞を出したいと思うのですが皆の意見をきかせていただけませんか」

 意見を聞くとは、どういう事かと考えるが馬騰さんの意図が余り上手く汲み取れない。

 それでも予測をするなら周囲の承認の元、公にしたいと言う事くらい。

 「ふむ。確かに馬龍殿の此度の働きは大きいものでしたからな」

 「確かに。我等を助けていただいたのは事実。この地に訪れた際に五胡と勘違いしてしまった事を謝罪せねばならないですな」

 と次々と口を開き始める男達は続けて褒賞の内容を口にする。

 「戦の際に剣を折られたとか。この地随一の剣ではいかがでしょうか」

 「いえそれでは不足でしょう、軍馬一頭では・・・」

 「いやいや馬龍殿は旅の身の上。軍馬よりも金の方が良いのでは・・・」

 「それよりもこちらで客将をしていただくほうが双方に利益があるのではないか」

 「客将など元より馬龍殿は馬騰様の客人。それならば正式に将として仕官していただいた方が良いのではないでないか」

 話をしていく中でどんどんと褒賞の位が上がっている気がする。

 それだけの事を出来たとは思っていなかったが彼らの中で俺への不審感は払拭できたのだと理解した。

 「紫庵シアンはどう考えます」

 それを聞いていた馬騰さんは未だ口を開いていない庖徳に意見を求める。

 「私はここに居を構えていただくのが良いかと。よろしければ私が商っている書店などに居を移していただければいつでも勉学について語り合え・・・いえ、武将としての能力の高さは皆さん理解しているのです。ですがそれでは望んでいない戦場に馬龍様を駆り立てる事になってしまいます。その先は馬龍様の自由であるべきですし。書店の方に来ていただければゆくゆくは私とのあ・・・」

 「紫庵。貴方の意思は分かりましたがそれはまた別の機会にお二人の時にしましょうか」

 慣れたように庖徳の暴走を止める。

 庖徳は語りだした意見を途中で止められて少々落ち込むようにしょんぼりとする。

 俺としてはその続きは気になるが同時になにやら嫌な予感も感じ沈黙を守った。

 「皆の意見は分かりました。馬龍さんに褒賞を与えることに異論はないと言う事ですね」

 全体の総意を確認すると皆一様に頷く。

 「では、龍さんに対しての褒賞をお渡ししましょう」

 もうここまで皆の意見が纏まってしまえば適当な理由付けでは拒否は出来ないとおとなしくその言葉を聞くほかなかった。

 「龍さん」

 呼びかけられて返事をしてそちらに姿勢を正して向き直る。

 今は有難く頂こうと決めたが褒賞の内容に驚愕した、恐らくはこの場にいた全員が馬騰さんの言葉を疑っただろう。

 それは・・・。


 「西涼の地。西涼の民の代表として、ここに集まる総意として私、馬寿成がここに宣言します。貴方に”雲成”の”字”を与え、貴方を西涼の民として正式に私の家族として受け入れさせていただきます」


 あまりの驚きに返事をしようとしていた口が開いたまま固まってしまった。

 周りの唖然とした表情を見ても明らか、この馬騰さんの宣言は異例といって良いだろう。

 例え町を守ったといってもつい一ヶ月前に来たばかりの余所者、武将として仕官するというものよりも破格の対応だと理解している。

 それを身内として受け入れるとそう高らかに宣言した。

 年月をかけてこの地で過ごし、世代を紡いでもしくは嫁ぐことでよくやくその地で余所者と呼ばれなくなるものだ。

 そしてその言葉からするなら”私の家族”という事は・・・。

 「馬騰様?!それは」

 身体が固まり、思考ばかりが駆け巡っていると一人が声を上げた。

 しかし、いつもどおりの微笑みでその言葉を遮る。

 「褒賞を与える事に対して皆は”異論はない”と確認しました。それをまとめたに過ぎません。昇竜はすでに龍さんを主と認めておりますし、武具は・・・そうですね他に何か入用でしたら・・・紫庵にお願いします。どれでも好きなものをお申し付けください。それに将などという枠組みに当てはめなくとも家族となっていただければ龍さんは私達と共に生きていただけるでしょう。居は今まで通りにこちらでお過ごしください。あの部屋はもう貴方のものですから」

 「しかし、家族と言うのはもしや・・・」

 「それはもう一つの案件を済ませてからにしましょう」

 ようやく硬直してしまった口から漏れたものまであっさりと止められる。

 もはや有無を言わせないほどの勢いのままに褒賞の内容が確定してしまう。

 誰かに否定の言葉を期待して辺りを見渡せどそれ以上は誰も口を開かない。

 先程一緒に驚いていたと言うのに今は納得した様子で頷くばかりだ。

 困惑している俺だけが追いてけぼりを食ったまま馬騰さんは話を次へと進めていく。 

 「では次は翠。貴方に対してです」

 「は、はい。」

 唐突に自身の名前を呼ばれて驚いて返事を返す馬超。

 「貴方もこの度の五胡の襲来に際して昇竜を乗り戦場に出たとの事ですね」

 少々強めな口調で馬超の確認を取る。

 それを項垂れた様に頷く。

 自身でも無茶をしたと言う事は自覚しているのだろう、何か罰でも言われるものと感じているのか表情は暗い。

 「翠。確かに危険なことをした事はしからねばなりませんが、貴方に罰を与えるわけではありません」

 そう言われると項垂れた頭を起こして馬騰さんを見つめる。

 「戦場を馬で駆け貴方は龍さんを助けました。貴方を一人前と認め貴方にも”字”を与えましょう。貴方の”字”は”孟起”。これからは私の嫡子としての責任を持ちなさい。そして余り無茶をしないように」

 「・・・はい!母様」

 母に一人前と認められた事が嬉しいのか字を告げられるまで暗い表情だったのを満面の笑みに変えて元気よく返事をするが。

 「でも、母様。”ちゃくし”って兄様じゃないの?」

 「それはですね。龍さんは私の・・・」

 この流れはなにやらまずい流れな気がする。

 それは馬超の兄として言われていたが家族として受け入れながらも長男として受け入れるわけではないと言う意味だ。


  まさか・・・。


 いらない妄想が駆け抜ける。

 それから馬騰さんは少し溜めた答えの続きを口にした。

 「弟になっていただきますから」

 「お、弟?!」

 期待はずれ・・・いや、期待といってもそういった事の期待ではない。

 正しく俺の思考を言うのなら予想が外れた、というべでだった。

 「はい。私はまだ龍さんほど大きな息子を生めるほどの歳ではないですから。お嫌でしょうか」

 「嫌も是非もないのですが」

 女性に対して歳の話題は危険と知っている正確な馬騰の歳を知らない。

 など考えると馬騰さんから殺気というか覇気を感じて思考を止める警鐘が叩かれて砕け散る。


  っ・・・?!!!!何も考えていません! 


 俺に向けられた馬騰さんの笑みが純粋に怖かった、なのでとにかく思考を空にする。 

 「んん~。龍おじさん~?」

 不意に口を開いた馬鉄。

 「ぐはっ!」

 知れない何かが俺を貫く。


  ”おじさん”なんて哀しい響きだ。


 つい先程まで兄と呼んでくれていたのに・・・。思わず椅子に座っていながらに膝が折れて地面に両手を着いてしまいそうだった。

 「こら、蒼。だめだよ、おじさんなんて」

 あと何度か呼ばれたら色々な何かが砕けそうだった俺をフォローをしてくれる馬休。

 「おじさまってよばないと」

 「かは・・・っ!」

 目には見えない血が口から吹き出した。


  ”おじさま”なんともエレガントな響きをしているが、それでも・・・それでも・・・


 女性が歳の事を言われるのを嫌うのはこういうことなのだろうかと少し理解した気がする。

 「ルオ、蒼。兄様は兄様だ。おじさんもおじさまもあたしはやだ」


  馬超、お前はおじなんたらとは呼ばずにいてくれるか


 少しの感動と救いの言葉につ~っと涙が流れそうだ。

 馬超にはあとで好きなものをたくさん作ってやろうと思う。

 馬休、馬鉄、お前達の苦手なもの食べ物はすでに把握済みだからな。苦手を克服させるのも俺の役目だよな。

 「翠の言うとおり形式は私の弟と言う事になりますが、貴方達の兄であることに変わりありません。龍さんも今までどおりこの子達と過ごしてください。家族になったからといって無理に何かを為す必要はありません。これからは家族として過ごす時間はこれからいくらでもあるですから」

 そう言うって馬騰さんは遅まきながらも俺の立場を説明してくれるがもう少し早くても良かったのではと思う。

 にこやかな顔のまま俺と馬超達を見ている。


  完全に俺の反応をみて遊んでいる気がしてならないんだが・・・


 「龍さん、皆もそのようになりますが異議はありますか?」

 馬騰がそう尋ねれば集まった全員、馬超達も含めて一様に賛成の意思を述べる。

 それを聞いてしまってはもうここから否定する事も拒否する事も出来ない。

 ここまで話が決まってしまうと、ここで否定を口にしても謙遜だとか冗談だとか言われて流される気がする。

 俺は観念し承の意思と共に頷いた。

 それを確認すると少し目を閉じてから目の前で手を叩いて場の空気を切り替える。

 それから改めるように姿勢を正してから俺に向き直る。

 「家族となったので改めて名乗らせていただきます。私の名前は姓は馬、名は騰、字は寿成。そして真名をフォンと申します。これからもよろしくお願いしますね」


  真名っ?!それは・・・


 「えぇ、どうか私の真名をお受け取りください」


  心の声にまで返事された?!


 「あたしも!あたしは馬超。字は・・・孟起!!真名は翠。兄様、よろしく!」

 「わたしは馬休。字はまだありませんが真名は鶸です。よろしくおねがいします龍兄さん」

 「蒼は~馬鉄。真名は蒼~。龍にぃ、ずっといっしょだよ~」

 ずっと言いたかったというようにそう続けざまに馬超達の真名を受け取り続ける。

 馬超達の顔を見ると三人とも笑顔を向けて自身の名を俺に告げる。

 なんとも観念するのはまだ早かったのかもしれない。

 だが観念してしまった俺はそれを受け取らないという方法が思いつかない。

 「あぁ、分かった。翠、鶸、蒼これからもよろしく」

 笑顔で応えるしかない俺に向けてくれる信頼を裏切りたくはないと三人の頭を順に撫でていく。

 そうしていると視線を感じる。

 もう一人返していなかった。

 「馬と・・・紅さん。これからもよろしくお願いします」

 そう答えると珍しく少し不機嫌そうな顔をされた。

 その様子に何かおかしい事を言っただろうかと紅さんの顔を見返すと。

 「むぅ。娘達の真名は普通に言っていたというのに・・・仕方がないですね。受け取っていただけた事と最初という事で大目に見ます」

 ”馬騰さん”と言いかけたことが気がかりだったようだった。

 余り見せてくれないその顔は可愛げで少し柔らかな空気が俺の内側を暖かにしてくれるようだった。

 その空気に横から風が吹き込む。

 「皆さんずるいです~私もですよ。私は姓は庖名を徳、字は令明。真名は紫庵です。これからも勉学を共に・・・」

 「はぁぁぁ~。勉学は別にな。これからもよろしく頼む、紫庵」

 なんだかなんというか祭りだ。

 集まる皆が俺に向かって真名を預けだす。

 何でも来い状態に突入してしまいそうだったがその前に俺は言わなければならない事がある。

 「馬・・・っ。紅さん一つ確認したい、のですが・・・」

 「むぅっ」

 一字口にするだけで睨まれた。

 「いえ、あのその名前の響きが好きで、そのぉ気に入っているのでつい口に出てしまうのです。許していただけませんか?」

 「むぅぅっ」

 拝むようにして許しを請うがむくれ顔で俺の言葉を聞いてくれない。


  まずい、もうこれどうしろと言うんだ・・・


 駄目元なんとか機嫌を直してもらうために思いついたままに言葉にする。

 「紅姉さん。お願いですから」

 弟となるのならとそう呼びかけるとぴくりと反応を見せる。

 それならいけるかもしれないと押し続け拝み倒す。

 「姉さん。後生ですからどうか機嫌を直してください」

 「ふ、むぅぅぅ」

 姉さんと呼ばれるのが嬉しいのか少し口元が上がっているのを隠すように腕を組んで怒っている仕草を作る。

 もっと弟っぽく言葉を繕う。

 「紅姉。お願いだから俺を見捨てないでくれ」

 さすがにちゃん付けまでは出来なかった。

 だが、効果ありだったようで紅さんは真名の通りに頬を紅く染めると観念したように怒っている仕草を解いてくれた。

 「わ、わかりました。今晩のおかずの温泉卵で許します。・・・それで龍さんは何を確認したいのですか」

 「むぅっ」

 恥も外聞もない問答で何とか紅さんの機嫌を直してくれたが、やられたままになっているのは性に合わないので少々反撃を試みる。

 「龍さん?」

 「・・・紅姉さんは”さん”をつけるんですね」

 いつまでも他人行儀なところがあったのが気になっていた。

 俺としては多分は年下で、世話になっているのだからもう少し砕けてくれていいと思っていた。

 これは良い機会とそう思いを言葉にする。

 「っ。それはその私の癖のようなもので・・・」

 「家族で弟、なのですよね。俺も姉さんの名を呼ぶのは好きだったのですよ」

 久々、というか初めて優勢に立てたので少し意地悪く言葉を遮る。

 「うぅぅ~」

 家族として認めてくれてから初めて見る表情ばかりだ。

 うなるように俺を上目遣いで睨む姿はやはり馬超の血縁なのだと再認識するほど良く似ていた。

 「り、龍・・・は意地悪です。うぅぅ、龍に”さん”をつけないで呼ぶのは少々気恥ずかしいものがあります」

 「それは俺もですよ。これから慣れていきましょうお互いに」

 さすがにやりすぎた気がして後頭部を掻きながら照れ笑いを浮かべる。

 「あのぉ。ご姉弟で仲を深めるのは宜しいのですが、馬龍様は何か馬騰様に確認される事があったのでは?」

 まさかの紫庵に脱線した話を戻された。

 「そ、そうだったな。紅姉さんここに集まった面々というのは貴方の信を寄せた者だと理解していいのですか」

 「はい。ここに集まっているものには龍も含めて皆に私の真名を預けております」

 恐らくは俺の質問の意図を理解しての答え。

 それを確認が取れると俺は席から立ち上がり、ここにいる一人一人の顔を確認するように眺める。

 そして、一度深く目を閉じる。

 ”真に貴方が信頼できる人間にのみその名を預けてください”初めて出来た姉はそう教えてくれた。

 目蓋の裏側で紅姉さんや翠、鶸、蒼の顔が浮かび上がる。

 一ヶ月足らず過ごした日々。

 その中でたまに会っては暴走して俺を困らせる紫庵。

 そして今俺の褒賞の件では異議も異論もなくその後も何一つ文句言わずに頷いてくれている幹部達。

 たまに顔を合わせていたが今回の戦の後からはよく笑顔で俺に挨拶をしてくれた。

 今この世界でこれ以上に信頼を置ける人間はいない。

 それでももう一度だけ俺は心の中に問いかける。

 きっと大切なものなのだから簡単には預けてはいけないのだと。


  なぁ、君ならどうする。俺はどうしたい


 君からの答えはない。

 甘えてばかりはいられないがそれでも聞いておきたかった。

 俺の答えは決まっていたから。 

 目を開いて口を開く。

 「色々と世話になってばかりだ。それでも余所者の俺に笑顔を見せてくれた。だから俺は皆を信頼したいし、真名を預けてくれた信頼を裏切りたくはない。俺の真名も預かって欲しい、余所者から家族となるために」

 みんなの顔が少し笑顔でいてくれる気がする。

 俺を受け入れてくれるとその表情が言っていた気がする。

 ただ名前を告げるだけだと言うのに言い知れない緊張がある。

 これが真名を預けると言う事なんだと感じた。

 紅姉さんを見れば軽く頷いた。

 俺はそれに頷き返し、瞳を周りに向けて口を開く。


 「俺の名前は、姓は馬、名を龍、字は雲成。そして真名は・・・・・・龍成」


 前の世界での姓は名乗らなかった。

 正直語呂が悪いと思ったのもあるが『佐伯』の姓も二つ目の姓でそれももう意味はなかったため。

 龍成。それだけが俺の持てる俺だけの名前。

 「ふふふっ。字と名が組み合わさったものが真名とはこれも天意でしょうか」

 「えぇ。俺も聞いたときは少々疑いましたよ」

 示し合わせたような字だったまるで最初から俺の名前を知っていたかのような。

 そうして真名を告げた余韻に浸っていると。

 「龍成兄様?」「龍成、兄さん?」「龍、せいにぃ?」

 翠達は俺の名前を反芻するように口にするが何か違和感があるような顔をする。

 普段呼んでいたものと似ているせいで何度か呼んでは少し馴染まないといったところだろう。

 「ここにいる皆には真名で呼んでもらって構わないが、俺のいたところでは親しい者ほど俺の事を”龍”と呼んでくれたから。今までどおりの方が俺も嬉しい」

 そう言って頑張って俺の真名を呼んでいた三人に笑顔を向ける。




 俺への褒賞と称した真名の交換を終え会議は解散した。

 最初から紅姉さんはこれを考えていて皆を集めていた、そうでもしなければ俺が折れないと言うことを理解して。

 それは多分、俺の心理を読み取られてしまったという事。

 俺がこの地を離れたならもう戻る事はないかもしれないという危惧からあのような公の場で真名を預けたという事になる。

 数日後には出立する予定を立てていたし、この時まではそうしようと考えていた。

 だが、それを止められてしまった。

 大恩があったものの今回の五胡の殲滅でいくばくかは返せているとは思っていた。

 ここを離れた後には何かの形になるものを送って戻るつもりはなかった。

 これ以上俺の事情に巻き込む事はしたくはなかったのだが、あのような事をされてしまってはそれも出来ない。

 少しばかり不安で頭を抱えつつ解散の後にそれでも何故このようなことをしたのかと尋ねれば。

 「これで貴方の出自に関しての不安を取り除く事が出来ると思います」と返されてしまった。

 清々しいほどさらっと答えられてしまい、幾つもの利があるのだからと俺はあまり考えない事にした。

 やる事も決まっているし、今回で覚悟を決めた事もある。

 ならばやるしかないのだと思いそれ以上悩むのをやめて夕食の買い物に行く事にした。 約束どおり少しだけ多めの食材を買うために。

 




 ・・・




 ・・・・・・




 ・・・・・・・・・




 そして、数日が駆け抜けるように過ぎて行った。

 当初の予定から遅れてしまったが安定に行くための準備をこの数日で行った。

 安定まで行く事を翠達に告げるとかなり怒られた。

 何故怒られるのかとも思ったが真名を預けた直後にいなくなってしまうのだからしょうがないと何度も三人には機嫌を取るように色々なことをした。

 俺は兄バカなのだと実感してしまうくらいに。

 三人に一緒になって紫庵も抗議に混じっていたがそれに関しては流す事にした。

 だが昼夜問わず顔を合わせれば何度も言われるので少しだけ卑怯めいた一言を告げるとようやく収まりはしたが、少しだけ翠達に悪い事をしてしまったかもしれない。

 だが、あまり過保護も良くないと紫庵に俺がいない間の翠達の勉学を頼むことにした。

 しっかりやり過ぎないようにと言い含めるのを忘れなかった辺りは本当に兄バカだった。

 それから、なんとか、渋々ながら、三人から了承してもらえたがこれを得るのがこの数日で一番苦労した気がする。



 そして今は町の入り口で昇竜に跨ろうとするところ。

 「兄様ほんとうにいくの?」

 「あぁ、俺はもっと多くのものを見なくてはいけないからな」

 「うぅぅ、あんまりむちゃしちゃだめだよ」

 一応の了承は得ているのだが少し渋られながらの見送りになった。

 「龍兄さん、もどってくるころにはもっとりょうりうまくつくれるようにがんばります。だから・・・」

 「分かってる。それを食べるために必ず戻ってくるよ鶸」

 その言葉に鶸の頭撫でて泣きそうな顔を止める。

 「あたしだって兄様がかえってくるまでにおしえてくれた『型』できるようになる」

 それに楽しみにしていると言いながら翠の頭も優しく撫でる。

 その姿を見て「蒼もがんばる~」としがみつかれもう出立どころではなくなってしまいそうだった。

 「お三人様。余り龍様を困らせてはいけません。行くのが遅れればお帰りが遅くなってしまいますよ」

 見送ってくれる人たちの中から紫庵が前にでてきて三人を説得してくれるが、あまり効果はなく三人とも俺にくっついたままになっている。

 「三人ともうれしいのだが紫庵の言うとおりだ。あまり遅くなるわけにはいかないから」

 そう言うと渋々と俺から離れてくれた。

 「龍。貴方の帰りをお待ちしています。あまり姉を待たせないでくださいね。もうここは貴方の家なのですから」

 「えぇ、紅姉さん。可愛い妹と姉が待っていてくれるのに帰らないわけにはいきませんよ」

 そう言って昇竜の背に手をかける。

 すると一度離れた翠がとことこと近づいて来る。

 何かまだ言い残した事があるのだろうかとそちらに目を向けると着ていたコートを脱いで俺に差し出した。

 「兄様。これがあたしをまもってくれたから兄様もまもってくれる」

 「有り難う、翠」

 差し出されたコートを受け取り袖を通す。

 まだ若干大きいが前のように何度も袖を折らなくても一折りで十分になっていた。

 もう俺の持ち物だと言えないほどに翠の香りが染み付いている気がする。

 ここでの日常の香り。

 これを着ていれば俺はここでの日々を忘れずにいられる。

 そして、俺は多分生まれて初めての言葉を口にする。



 「いってきます」







NextScene

++悲しき皇甫嵩の、女の宿命++


例によって解説と言うか言い訳の時間です


えぇっとなにからいうべきなのかちょっと内容多めな気がする。

まずは前のシーンのまとめですがまぁちょっとこの後の展開に必要になるとだけ。

後は”字”と”真名”の話ですね。

原作で一刀さんは難なく真名をゲットしている気がしたので少し引っ張ってみたのですが、一度預けられるとラッシュです。

もう少し引っ張ってもいいかもと思いますがそれでも今後の閑話を含めれば結構な時間が過ぎていますのでこれくらいが丁度いいのだろうか。

町の危機を救い、武や料理、勉学の師としてそれから正式な兄としての地位を得てようやく得られると言う形にしました。

今回少し文量が思っていたよりも増えてしまった上に10kも削りしかもアップまで時間が掛かってしまいましたm(_ _)m



補足というか蛇足


色々”字”に関して調べました。

結構おもしろい法則があるみたいでそれに関しては活動報告にでも書かせていただきます。



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