開かれた殺意
++戦いの渦と、怒りと不安++
「庖徳、町の人は?」
「はい、田畑に出ていた人達はすでに戻ってきています」
臨時防衛本部と化した庖徳の武具店にて部隊の一部を集めて状況を確認する。
現状で迫り来る敵の数は五百以上。
敵を町に残っている兵数は二百と少し。
ほぼこちらの倍以上の敵の数に対して、こちらは防衛と迎撃に数を割かねばならない状況。
殲滅の必要はないがこちらの状況が知れれば多少の損害を受けてもそのまま強行してくる可能性がある。
状況はかなり逼迫している。
最低限、町人にけが人が出ないようにといくつかの大きな屋敷や庄屋の敷地へ分散させて纏めている。
防衛規模を縮小する事でより迎撃に割く人間を増やすため。
それでもようやく町の外に出せる数は半数。
町を囲うように低い城壁は存在するが、篭城するにしてはやや心もとない上に、町の周辺を囲まれたら数の差で四方どこかから崩される可能性が高い。
「庖徳はどう考えている」
現状をまとめた上で警備指揮を託された庖徳に意見を仰ぐ。
「まずい状況ではありますが、今残っている兵の多くは五胡と戦いを経験している猛者ばかりです。騎馬隊を用いた遊撃戦によって敵兵数を削り撤退させる、という流れが得策かと」
俺もその策が取れる策としては一番だと考えている。
地の利はある、その上でこちらが伏兵をもって撹乱出来れば良いがそれするだけの時間はなかった。
騎馬の機動力を持って左右を削るようにして攻撃と離脱を敵の撤退まで繰り返す、それ以外はこの町を守る方法はない。
それでも最悪の奇策は存在する、だがその時は町を捨てる事になる。
町人を集めたのは奇策を取れるようにという意味もあるが。
”後をお願いいたします”そう頼まれたからにはその策を簡単に取ることは出来ない。
「それが一番だな。騎馬隊の指揮は庖徳が取るのか?」
「いえ、私は城壁から弓兵と町内部の指揮を行います」
庖徳以外の指揮者を立てると言うことか。
「馬龍様のお考えは理解しておりますが、我ら西涼の民は国でも有数の騎馬隊を持っております。一度戦場に立てば指揮を得ずとも大まかな部隊編成さえすれば各々の判断で戦況を理解し阿吽の呼吸での連携が可能です。それに城壁から私がこれを持ってこちらの部隊とも連係をいたします」
そう言って胸の内側から細長い笛を取り出す。
古典的なれど音を利用しての連携行動を取ると言う事だ。
「竹笛か」
「えぇ銅鑼なども利用しますがこちらの方が先にいる部隊に届きますから」
「状況と戦術は理解した。俺はどうする正面か?それとも背後から急襲に備えるか」
「いえ、馬龍様は町の隊の指揮をお願いします。この町を守るのは私達の使命ですので迎撃はお任せください」
「分かった、では行動に移そう。何かあれば伝令を頼む」
そう伝えると店を出て町人が避難をしているところを回ることにする。
口惜しいがやはりまだここではお客様状態だ。
積極的に戦いに加わりたいと言う事はないが、こちらの戦いを知らない俺では無力なのだと思い知らされてしまう。
・・・・・・
・・・・・・
五胡の部隊が視界に捉えられる頃には迎撃部隊の騎馬隊と弓兵は配置についていた。
馬龍様の知らせがなければ配置につくのまでもう少し時間が掛かってしまっていた。
遊撃戦を行うのであれば敵と町までの距離が近すぎては意味をなさない。
時間をかけて敵をそぎ落とす頃には町に取り付かれてしまっていたかもしれない、それを思えば彼の進言は天啓とも言える一言。
あの方はやはり私の天啓の師です
思考を戻し敵の部隊を見据えて騎馬隊に号令を出す。
「馬騰様が出陣した今ここを守るのは我等のみ、我等が母の帰りし町を守るのは我等のみ。我等の家を五胡の連中に荒らさせるわけにはいきません。招かざる客にはお帰り願いましょう」
右手を大きく天に突き上げこちらに近づいてくる蛮族目掛けて投げつけるように振り下ろす。
「騎馬隊っ前へ!!」
五胡から町を守る戦いの幕を上げた。
・・・・・・
・・・・・・
町から百の騎馬は幾つかの小隊に別れて敵に向かっていく。
俺はそれを櫓の上から見送るしか出来ない。
これから殺し合いが始まる。
今、町を守るために騎馬に乗る者が誰一人欠けずに帰ってくるというのは恐らくは難しいだろう。
遊撃戦といっても相手の数は倍以上、相手にも騎馬に乗るものが同じ程度にいる。
だからせめてと、出撃する奴らの背を雄姿を見守ってから俺は俺の仕事に戻った。
大通りを歩く。
普段であれば活気に溢れ、馬超達と歩いていれば先々から声を掛けられた通り、それが今は見る影もなく閑散としていていた。
嫌でも戦いが始まったのだと実感してしまう。
俺の知る非日常がここにもやってきたのだと。
ここでの暮らしに馴染み始めていたというのに振り返ればいつでも俺の周りには死がある、命のやり取りがある。
もう逃れる事は出来ない俺の因果。
そんな因果を呪いつつも町に人がいないかと見回りを続ける。
報告を聞く限りでは全員を避難させたとあったが時折外に出てきてしまう人間がいる。
戦が終わるまでは避難させたままでいるようにと辺りを巡回する。
避難所になっている屋敷を回っては状況を確認し、経過を報告する。
皆に不安を与えないようにとしばらく辛抱してくれと笑顔で応えながら。
そうやって町を回り四方の物見櫓の警備の兵には敵の増援に気を配らせた。
耳を澄ませ、気配を敵の方角に向けては状況を確認する。
聴こえる馬蹄は遠くになっていくにしたがって次第に戦いの気配が大きくなっていく。
怒りにも似た気配、けれどそんな生温い気配ではないもっと生々しい生と死の気配。
そして、一気にその気配が膨れ上がった。
五胡と騎馬隊が接触したのだ。
・・・・・・
・・・・・・
騎馬隊が五胡に接触した。
上手い具合に敵の部隊の左右を交互に駆け抜け削り取る。
戦況はこちらの思惑通りになっている。
後、半里も進まれればこちらの射程範囲だがこのまま事が進めば弓兵の射程に入る前に撤退に漕ぎ着けるかもと戦況を見守った。
しかし、違和感があった。
五胡の進行速度が落ちていない。
騎馬隊の左右からの突撃を受けながらも足を止めることなくこちらへと進んでくる。
騎馬隊は相手に損害を与えていると思っていたが、戦況を見れば違う見た目以上にその損害は少ない。
目を凝らせば騎馬隊の突撃は相手にいなされている。
左右にいる五胡の兵は大きな盾を持って騎馬の突撃を防いでいる。
こちらが打つ手を読まれていた。
判断を誤ったと唇を噛み締める。
指揮をとる人間がいればあの盾に対処できた。
こちらから竹笛を使っての指揮では不測の事態に対処できない、大まかな意思や決められて符丁での行動以外を伝えるには騎馬隊の元へ行くしかない。
それでも少なからずの損害は出ている。
現状を維持していくしかない。
弓兵の射程に入ればこちらとの連携であの盾を対処する。
そう次の一手を決めていると騎馬隊の動きが変化していく。
「っ!それはいけません!!」
思わず城壁から身を乗り出して声を張り上げた。
思うように敵兵を削れないことに焦った騎馬隊の突撃頻度が上がっていく。
一度の損害で削れる兵が少ないのならその回数を増やす、至極当たり前の算数なのだが戦場が変化した今それは最悪の一手。
本来なら攻撃の頻度を落とし、確実に兵を削りながらもこちらとの連携をとれる距離まで馬を温存するべきだった。
竹笛を構え笛を高らかに吹き鳴らすも遅かった、事態は想像していた通りの最悪に傾いてしまった。
五胡の部隊は頻度を上げて突撃する騎馬の時期を狙い済ましたように陣を散開させる。
その動きを見ただけで本来の狙いに気づいてしまった。
「っく」
蛮族などと言われているが戦においてはその力、知識は侮りがたいのは重々承知していたはずだった。
しかしそれでも甘かった、今までの戦術にはなかった動きで散開した五胡の部隊は右から突撃した騎馬隊をその内側に取り込む。
それでも内部に取り込まれた騎馬隊は勢いのまま駆け抜けようとしていたが、その行く手をあの盾で無理やりに阻まれる。
数騎がそのうちから逃れる事は出来たが多くは足を止められた。
そうして勢いを失った騎馬隊を歩兵が包囲し槍を向ける。
右の部隊を包囲から救い出そうと左の騎馬隊が突撃するも当然のように盾に阻まれる。
包囲された騎馬隊は迎撃に出たおよそ半数。
それを失うわけにはいかない。
頭の中で多くの事態が駆け巡る。
あちらの損害はまだ五十に満たない。
同数の被害を受けると言えば互角にも取れるが、戦力比を見れば互角ではなくもはや戦況を決定付けられてしまうほどの被害。
ここからではその様子を見る事しか出来ない。
今ある戦力を撤退させ篭城するしかないのかと考えていると町から敵陣に向けて一騎の騎馬が駆け出した。
槍を持たずに騎馬を駆るのは見覚えのある背中。
「庖徳っ!今あれだけの兵を失うわけにはいかない。弓兵を前に出して援護しろ!!」
馬に乗るのは馬龍様。
乗っているのは伝令の兵が乗っていた馬だ。
恐らくは町のどこかから戦況を見ていたという事だが。
「いけません!馬龍様貴方一人では・・・」
しかし、私の制止も聞かずに騎馬は全速で戦場へと向かっていってしまった。
「なんとも強引な方です。・・・しかし」
思ってしまう。
この状況を変えてしまうのではと。
それは私には出来ない事。
「馬龍様を援護します!私と共に弓兵半数は町の外へ弓の射程まで間合いを詰めます!!」
・・・・・・
・・・・・・
戦況の気配を気にしつつも町を見て回っていたが、自身でも分からないうちに町の入り口まで来ていた。
それで気づけば目を戦場に向けていた。
最初は見事な連携を取って被害を受けずに五胡と渡り合っていた、と思ったがその連携が速度を上げた。
戦場に指揮官がいないと言うのに状況の変化をこちらから与えてしまうのは危険すぎる。
徐々にではあるが敵の兵を体力を削っていた言うのにこのままではまずい。
先程の会議ではそんな作戦は立てていない。
そう思うと身体が動いていた。
伝令兵の馬を借りて庖徳に確認しようと走らせている最中にも戦場の変化は止まらない。
五胡の陣形が散開し、騎馬隊が包囲される。
恐らく庖徳も同じ事を考えたはず、そして庖徳の状況からすれば城壁を離れることは出来ない。
俺しかいない、戦況の変化を止めるには。
町の入り口をそのまま駆け抜けながら庖徳に大声でこちらの意思を伝える。
どのような策をとるにしても包囲された部隊が今失われるわけにはいかない。
庖徳が何か言っていたが無視した。
今の俺がどれだけ戦場で役に立つかはわからないが、それでも最悪の可能性が浮かび上がるとその足を止める事は出来なかった。
全速力で馬を走らせる。
昇竜と過ごした日々で俺は騎乗能力を培う事が出来た。
問題なく馬を疾走させると戦場が近づいていく。
これは何処の世界も変わらない、俺のよく知っている、その身に染み込んでいる匂いだ。
目に捉えられる騎馬隊は五胡に包囲されても応戦しなんとか持ちこたえてくれている。
それに左に展開していた騎馬隊も包囲された部隊を救出するために何度も突撃を掛けている。
俺が到着するまでそのまま堪えていてくれ
外から突撃をしている騎馬隊が上手いこと牽制になっていてくれているおかげでまだ全滅の気配はない。
五胡はもう目前、馬の首を数度軽く叩く。
「有り難う。お前は戻れ」
一直線に進んでいくと俺に気づいた敵が弓を構え俺に目掛けて矢を飛ばしてくる。
腰に下げた剣を抜いて飛来してくる矢を叩き落としながら、馬上から飛び降りる。
身体が縮んでしまい槍を持たない俺では馬上からでは敵を切るにはリーチが短すぎる。
あの包囲網を突き破るには馬から下りなければ俺の刃は届かない。
飛び降りた勢いのまま五胡に突っ込んでいく。
正面には左からの突撃と中央の騎馬隊の包囲のために盾を持った者はいない。
その代わりに俺に正対した敵は槍で迎撃の構えを取る。
ここに着たばかりの俺だったらそれを避けていただろうが俺の身体は、心は、その状況を問題とは感じなかった。
走り続け槍の先が目の前まできても速度は落とさない。
ここについてから鍛錬をし続けて唯一以前の身体よりも特筆することの出来たことがあった。
それは・・・。
一斉に槍が突き出される。
「フフッ」
身体が戦いの気配で高揚している。
迫り来る槍を跳躍一つで全て避ける。
高々と俺の身体は宙を舞い、槍を構えた敵の頭上を越えていく。
『軽身功』それが縮んでしまった身体で以前よりも使える力の名前。
敵の背後に着地する頃には手には双剣を抜き、四人の首を落とした。
敵を剣で斬りながら包囲網の中心へ駆ける。
鎧で身を固める敵の首を突き、槍を身を捻りながら避けその勢いで身体を回転させながら敵の腕を足を切り払う。
駆ける足を止められないように槍を受けず、全ての槍を殺気と気配で避け、その度に敵を切り伏せる。
・・・見えたっ!
盾を構え無防備な敵の背中。
飛びつくように跳躍して数人の盾兵を切りつけ中央にいる騎馬隊と合流することが出来た。
騎馬隊の数人は槍を突き立てられて命を落としていたがそれでも傷つきながらもほとんどは生きている。
「馬龍様?!」
突然現れた事に騎馬隊の面々は驚いていたがそんな間すら惜しいと指示を飛ばす。
「盾を持っている奴等は俺が仕留める!俺に続けっ!!」
来た道を反転して一度開けた道を広げるために即座に敵に跳びかかる。
正面に盾を構えた敵が行く手を遮る様に並ぶが無意味だ。
再び宙を跳ぶ。
だが、それを狙い済ましたように盾の後ろから何本もの槍が突き出される。
「甘いっ!!」
双剣を交差するように構えてそれを叩き落とす。
何本束ねたところで馬騰さんの一撃に比べられる程でもない。
叩き落とす勢いで軌道を変えながら次いで来る矢を避ける。
もう一度背後を取ると俺を警戒したのか盾を持った敵は俺に向き直る、その隙を騎馬隊がその背に槍を突き立てる。
そこを穴に包囲網を切り崩して囲まれた騎馬隊は突き抜けていく。
横から騎馬に槍を突き出す敵を俺が切りつけ殿となり何とか残っていた騎馬隊を敵陣から連れ出すことに成功した。
「振り向くな!そのまま町まで退けっ!!」
その言葉に騎馬隊は全速力で駆ける。
その様子を見ていた牽制をかけていた部隊も合流して町まで戻っていくのを確認すると、追撃をかけられないように切り抜けた五胡へと身を翻す。
追撃をしようとしていた五胡は俺が道を阻むように立つとその進軍を止めた。
「ここから先は通行止めだ。行きたけりゃ俺の相手をしてもらおうか」
一旦進軍を停止していたが後ろから何か声が聞こえる。
その声を出したのは恐らく五胡の部隊の指揮官。
その声に合わせて止まっていた敵は再び進軍を開始する。
その様子を見て笑いが漏れる。
「そんなに町に行きたいのか。行きたいのなら行けばいい」
目の前の敵は多少削られているがまだ四百はいる、それに対しているのは俺一人。
それを考えれば進軍を止める事などないというのがここの指揮官様なのだろう。
確かに俺一人では四百もの人間を斬る事は出来ない。
そこまで自信過剰ではないが騎馬隊が町まで戻る、いやせめて矢が届かないところまでの足止め程度なら出来ると敵に向けて剣を構える。
「ただ、この先に行くのならその前に地獄に逝ってもらうぞ!!」
命を賭しての時間稼ぎを始める。
あの人との約束を守るために。
幾度か敵の脇を駆け抜け、その際に両手に持った剣で槍を握る腕や足を斬り付ける。
それ以上は望む事は出来なかった。
騎馬隊の元へ行く際には奇襲まがいだった上に外側から他の部隊が牽制役になっていてくれたが今同じ事をするには分が悪すぎる。
五胡の軍勢は少し距離を取りながら俺を半包囲するように展開し槍を構える。
数を減らす事が出来なかったが騎馬隊が撤退するには十分な時間は稼げた。
後は俺が退く事が出来れば良いのだが・・・
剣を振るうためとはいえ馬のいない状態では撤退するのは難しそうだと半包囲を包囲にされないようにと後ずさりながら考える。
致命傷はないがぎりぎりで避け続けたせいで身体に細かな傷が出来ている。
かなり体力も消耗して息も乱れだしている。
剣も敵を切りつけるたびに損耗が露になっていく。
良いものを選んだつもりではいるが斬り付けた数は百を超え、鍛錬の度にかなり無理をさせていたツケが今になって現れてしまった。
にじり寄るようにじわじわと敵は展開した状態から俺との距離を縮めている。
状況を確認したがこれ以上の交戦は無理だ。
決断は早く、全力で後方へ跳び退く。
俺が動き出すと敵もそれに合わせるように間合いを詰めて槍を突き出し、矢を放つ。
これ以上剣で受ける事は出来ないと槍を身を捻らせて避ける。
「っぐ」
無理やりに捻らせたわき腹を槍が掠める。
その隙を矢が飛んでくるのを剣で受ける。
金属音を響かせて右手に持っていた剣が根元から折れる。
着地と同時に折れた剣を投げつけ更に後方へと駆け出す。
追いすがるように敵は俺の背を追いかけてくるが、少しずつではあるが距離を離せている。
武装している敵とほとんど武装をしていない俺との差。
軍隊である敵と一人の俺の差でぎりぎり距離を詰めさせる事はないが開く距離は微々たるもの。
後ろから放たれる矢を肩越しで確認しながら避け、収まる刃をなくした鞘で叩き落とす。
これならば町までには何とかと思った矢先に後方から聞こえてくる馬蹄。
敵の十を超える騎馬が俺の脇を駆け抜けて俺の道を遮る。
さすがに馬を振り切るだけの脚力はなかった。
騎馬は反転して俺に狙いを定める。
駆ける足を止めて馬に乗る敵を見据えて笑顔を向ける。
「・・・そんな事していいのか?」
言葉が通じてるのかいないのか分からないが騎馬は一瞬動きを止めた。
ヒュンッヒュンッヒュンッヒュンッと空に飛来する幾つもの風切り音。
それは敵の動きが止めた直後その背を貫いていく。
次いで倒れていく敵の影から少数の騎馬がこちらに向かって駆けて来る。
その一つは見覚えのある大きな体躯の馬、その背には自身には大きなコートの裾をたなびかせるまだ小さな少女の姿。
「兄様っ!!」
どうやらこの矢は庖徳の援護が間に合ってくれたという事。
だが、まだ町からのでは射程外の位置だと思っていた、そこに馬超が迎えに来てくれていた様だった。
矢を受けながらも急所を避ける事の出来た敵が俺に槍を突き出してくるのを前に踏み出して避け馬超の乗る昇竜にしがみつく。
俺を回収した昇竜は即座に反転させて町へと進路を変える。
胸に下げた竹笛を2回鳴らすと庖徳は先程の援護よりも多い矢が敵に向かって降られる。
追い討ちをかけようとしていたのか前に踏み出していたかなりの数の敵に矢が当たり進軍していた足が止まる。
「だいじょうぶ、兄様?」
「かすり傷程度だ。問題ない」
昇竜にしがみついていた状態から跳ね上がるように馬超の後ろに着地する。
わき腹を触ると多少血が掌に点いたがこの程度ならすぐに止まるだろう。
それを後ろ目で見た馬超は怒りをあらわにして俺の後ろにいる五胡を睨みつける。
「あいつら、ぜったいにゆるせない」
「怒ってくれるのも迎えに来てくれたのも嬉しいが、無茶をするな」
俺はそんな馬超を宥めるように頭を撫でる。
「それは兄様のことだよっ!」
「あはははっ、確かに。だが俺が簡単にやられるわけがないだろ」
そう言って手綱を握って無防備な馬超の頭を撫で回す。
なんとか五胡の追撃を逃れ、町まで撤退を完了すると正面の門を閉じ篭城の構えを取る事になった。
敵はしばらく追撃のために追いかけてこようとしたがその度に町の外に出ていた弓兵の矢がその足を止める。
ちなみに馬超が迎えに来たのは昇竜のせいらしい。
家で待っているところに厩舎の柵を壊してやってきたのだと言う、そうして馬超に服をくわえると放り投げて背に乗せ駆け出したらしい。
乗り手に似て随分無茶をしてくれる馬だ。
町まで戻ってから馬超には無茶はしないから家で待っていてくれと懇願して戻らせた。
その代わりに城壁の下では昇竜がいる。
馬超と一緒に戻れといってもその場から動いてくれずそこで待機する事になった。
現在は庖徳と二人で城壁の上から五胡の様子を伺う。
「ようやく止まったか」
「えぇ、しかしこちらから矢を放つにはぎりぎりといった位置です。主導権はあちらにとられたままと言う事になります」
曲射ならば届くだろうが届くだけではあちらの盾で防がれてしまうだろう。
直射をしようとするならこちらの兵では届かないといった絶妙な距離で五胡は進軍を止めて陣形を組み替えつつあった。
「それにしても馬龍様、あまり無茶をされないでください、私は貴方になにかあったとしたらと肝を潰しました」
「すまない。あの場ではああするしかなかった。庖徳も理解しているだろう」
「理解しておりますがそれでもです。馬龍様は私に天意の何たるかを教えてくださったというのに、そんな貴方を失うなんて天が許しても私が許しません。それに貴方が無茶をされると馬超様もあのようなことをしてしまうのですよ。ですから納得する事は出来かねます」
確かに随分と無茶をしたのは分かる、以前の俺であればあれだけの事をすることはなかった。
それほどまでに俺には守るものは少なすぎた。
自身が起こした行動で他者がどう動くかなど気にする事はなかった。
町が焼けようと人が死のうと君がいれば何も問題とは思わなかったからだ。
ここに来てから守らねばならないものが出来てしまった。
一時だけ厄介になったあとは関係をなくしてどこかに旅に出るつもりでいたというのに、何故だろうなこれが天意と言う事なのだろうかと考えていると再び庖徳に名を呼ばれる。
「馬龍様、聞いていますか?!」
「あぁ、悪かった。それでどうする」
言葉ばかりの謝罪を述べてから今後の策ついて確認をする。
俺の謝罪に納得をしていないのか頬を膨らませながら。
「むぅぅぅ。これが終わったら私を心配をさせた責任に後で勉学の時間を取ってもらいますからね」
確かに悪いとは思うが恐ろしい宣言をされた。
「えぇこの後の策ですが、敵に町を包囲されないように左右から騎馬で牽制をかけます。中央に集めた敵に対して弓兵を使って迎撃を試みます。幸い馬龍様のおかげでほぼ問題なく騎馬が出せる状況と、敵も多くが傷つける事が出来ましたからそれだけでも撤退させるに十分な戦果得られるはずです。左右からの遊撃と頭上からの矢を防ぐだけの盾がない事は確認できています。後はこちらの警備の一部を回して槍で前面の守りを固めつつ騎馬の隙を埋めれば良いかと」
俺もその策は無難ながら有効だとは思う敵の数も四百弱にまで減らす事が出来ている。
敵の損害は二割を超えている、後百か欲を言えば二百減らす事が出来れば結果半数に損害が出て撤退するだろう。
しかし、穴がある、それは撤退させる事自体が策の根本にあるからだ。
今後の事を考えるならば・・・と考えたがそれは望みすぎだ、庖徳の取る策以上は難しいだろう。
「敵からの火計の心配は?」
「可能性はないとは言えませんが、敵の狙いとしては可能な限りここを無傷で手に入れ侵略の拠点にするのと共に糧を奪取する事。そこまでの強行に出るとは考えにくいです」
「だがその強行に出てきたとしたらどうする」
「水の蓄えも十分にあり、土をかぶせれば火の手を止める事もできます。最悪、その時は町人の手を借りることになるかもしれませんがそのような動きを見せれば敵が矢を射る前に私達の弓が五胡の兵を貫きます」
決意に満ちたその瞳は敵の些細な動きも見落とさないといっている。
「そうか。なら後、気がかりなのは奴らの援軍の可能性か」
「はい。ですがそれも周辺に敵軍の気配はないとの報を受けております。念のために四方に数騎走らせその全てが帰還しておりますので伏兵という可能性もほぼないかと」
増援の可能性も薄い。
後はこちらの思惑に嵌ってくれればきっとこれ以上の損害を受けずに敵を撤退させられるだろうが。
「だが簡単にこちらの策に嵌ってくれると思えない」
「それは確かに・・・ではどうされたら」
「主導権を貰おうか」
庖徳に主導権を得るための作戦を伝えると、少し面倒なやり取りをする羽目になったが敵が動き出す前に行わねば効力が薄いといって手早く装備を整えさせる。
単純に言えば恐れていた策を先にやってしまうと言う事。
火計。
その威力は拠点攻撃や辺りに燃えやすい物がなければ効力は薄いがそれで良い。
あくまでこちらが相手に合わせるのではなく相手が動かざるを得ない状況を作り出す事が一番。
準備は数分も立たずに整い庖徳の号令と共に行動を開始する。
騎馬隊は先程と同じように左右の隊に別れ、未だ動く様子のなかった陣を強襲する。
だがさすがに精強な兵が揃う五胡、即座に盾を構えた兵が騎馬の行く手を遮る。
騎馬隊はその盾の直前で進路を変え敵陣を避けるように走り抜ける。
この騎兵での突撃は火計の効果を少し上げるためのもの、すれ違いざまに油の入った壷を盾を持った兵を中心に投げつける。
壷は盾にぶつかると盛大に割れ、中にはいっている油をぶちまける。
「ってぇぇ!!」
その様子を確認すると同時に庖徳の号令が響き渡る。
先に火を点した矢が敵目掛けて降り注ぐ。
火矢が当たった盾には炎が上がり次々と敵は火のついた盾を投げ捨てる。
そして騎馬はわざと敵陣の近くを通り過ぎることで挑発をかける。
そのまま突撃をかけられれば良かったのだが、馬では炎の上がる敵陣を突き抜ける事は出来ない。
だが、敵を倒すための最大の障害だった盾を奪う事が出来、こうなれば敵も動かざるを得ない。
さぁ、後はどこまで敵さんが粘ってくるかが問題だな・・・
「弓隊。矢を持ち替え第二射構え」
庖徳が続いて弓兵に号令を出す。
城壁に並ぶ弓兵は通常の矢を持ち替えて構え弓を引き絞る。
「ってぇぇ!」
盾を失った敵は防ぐ事が出来ずに曲射で放たれる矢に貫かれていく。
それは盾に頼るつもりで弓の射程にいたままのせいだ。
これだけでも十分な戦果になっていく。
敵陣が動き出したが恐らくは撤退する動きだろうと思っていると庖徳が声を掛けてくる。
「さすがは馬龍様。私の策など足にも及びません」
「はぁぁ、庖徳。戦場から目を離すな。まだ撤退の動きとは限らん」
こいつといると本当に溜め息しか出ない気がするが、気が抜けるのも分からないわけではない。
先程騎馬隊が包囲された時には恐らくはこちらが 町への侵攻を許してしまう位は覚悟しただろう。
それに比べればこれだけ優位に立てればそう思いたくなるだろうが俺はこの作戦に対して一つ危惧している事がある。
「敵を手負いにした。指揮官が気を緩めるな」
この作戦では殲滅は出来ない。
だが杞憂だったようだ、敵陣は町を背を向けて後退していく。
それを見ると騎馬兵や城壁の弓兵から歓声が上がる。
ようやくと俺は一息をつくと町のほうから俺を呼ぶ声が聞こえて振り返る。
「兄様っ!!」
「馬超、まだ出てくるな」
「だって兄様のことしんぱい・・・」
「馬龍様っ!!」
城壁から下にいる馬超との会話を庖徳の悲鳴にも似た声が遮る。
その声で途切れてしまった意識を戻し振り返ろうとすると。
ヒュンっと数本の矢が天から俺目掛けて降ってくる。
この程度なら問題ないと数歩移動して矢を避けるが、違うそれだけじゃないと矢を避けた後で気づいた。
っ・・・!
ここにいる兵は俺以外は戦場に目を向けていたから当たることはないと思っていたが違う一人だけ戦場が見えていない奴がいる。
咄嗟にそちらに目を向けるとそいつは変わらずに俺を見ていて。
「馬超っ!!」
それを見た瞬間に時が止まる。
数本の矢が馬超目掛けて落ちてくる。
馬超はそれに気づいていない。
この瞬間が動き出せば間違いなくその矢は馬超に当たってしまう。
だが無常にも時は動き出す。
城壁を飛び降りるように馬超に当たる矢を剣で打ち払うが非情にも矢の一本は俺の剣をすり抜けていく。
矢は馬超の肩口に命中し小さな身体はその矢の一撃に倒れる。
背筋が凍りつく。
地面に着地し馬超に駆け寄る。
「馬超っ。馬超っ!!」
「うぅぅ」
唐突な一撃の痛みと衝撃に意識を飛ばしてしまったのかうめき声だけが返って来る。
矢が当たったであろう場所を確認するが矢は馬超に刺さっていなかった。
あまりの衝撃に忘れていた馬超がここについてからずっと俺のコートを着ていた事に。
多少の内出血は見られるもののすぐに処置をすれば数日もしないうちに完治する。
それを見て安堵の息を吐き出す。
すぐに兵を呼び馬超を手当てをするようにと屋敷へ連れて行かせてから緩やかに立ち上がる。
兵が屋敷へと連れて行くのを見送ってからその姿が見えなくなると、その身を待ちの外側へと反転させて矢を打ち出してきた敵を睨みつける。
そうするとふつふつと今まで感じた事のない感情が湧き上がってくる。
いや、今までで一度だけそしてそれはその場ではぶちまけることの出来ず燻って燃えカスになっていた感情。
爆発させることなくただの残りかすとなって俺が死を迎える日の直前になって顔を出した感情。
熱い。身体が燃え上がってしまう位に
熱い身体が燃えるように熱すぎて身体が膨れ上がるような感覚。
はち切れてしまいそうなほどに身体の肉が破れてから熱が溢れ出しまいそうだ。
寒い。心が穴を開けてしまったようだ
そして、比例するように思考は冷えていく。
敵を見据えるたびにもう奴らに向ける思考は一つだけになっていく。
・・・痛い
心と身体が捩れて行く。
痛い・・・・・・痛い・・・痛い・・・
感覚と感情が離れすぎておかしくなりそうだった。
時間がたつほどに今の瞬間を思い返すたびに。
痛い・・・痛い・・・!痛いっ!!
あまりの痛みに両手で自身の肩を抱きしめる。
膝を地面について自身の感覚が収まるのを待つ。
それでも収まるどころか身体の熱さも心の冷たさも痛みもどんどん大きくなっていく。
身体が音を立てる、それはまるで泣き声のようだった。
メキメキッと骨が音を立てる。
ミチミチッと皮膚がひび割れていく。
抑えられないほどに熱くなった身体は感覚どおりに無理やりに膨張していく。
殺してしまえ
頭の中には俺の声ではない声が大音量で響き渡る。
誰の声かもわからない。
知っているようなそれでも聞き覚えのない声が俺に語りかけてくる。
傷つける全てを・・・
殺意を向けるものを・・・
全て殺してしまえ・・・
望め・・・力を・・・
願え・・・己がために・・・
誰だお前は。これは俺の心なのか。
これは俺の望みなのか・・・
それでも関係ない。
頭の中に響く声は俺の思いと同じだった。
口惜しい、俺の力では奴らを殺し尽くせない事が。
せめて身体だけでも以前のままであったならと。
その力を・・・願え・・・
望め・・・
さすれば力はその手に・・・
酷く冷たい感情だけが残った。
まだ体は灼熱のように熱い。
身体と心が切り離されて、どんどんと離れていくような感覚。
敵だ・・・・。
敵だ。敵だ。敵だ。敵だ。
敵だ。敵だ。敵だ。敵だ。敵だ。敵だ。
敵だ。敵だ。敵だ。敵だ。敵だ。敵だ。敵だ。敵だ。敵だ。敵だ。
敵・・・
敵、敵、
敵、敵、敵、敵、
敵、敵、敵、敵、敵、敵、敵、敵、
敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵敵。
感情が埋め尽くされていく。
思考が塗りつぶされる。
俺が大切に思える人ばかりが傷ついていく。
俺の大切なものばかりが消えていく。
俺は臆病者で、愚か者だ。
だから大切な者を、傷つけるものは怖い。
怖いから恐ろしいから、その存在が許せない。
傷つける奴がいるから、傷つけられる奴が出る。
奪うものがいるから、奪われるものがいる。
殺す奴がいるから、殺される奴がいる。
大切な者を傷つけないために、傷つける事でしか殺す事でしか、それを止められないそれしか方法がない。
だから
・・・殺す
俺は
殺して、殺して・・・殺し尽くす
目の前にいる敵を殺す。
感じるままに怒りに飲み込まれていく。
ただ一つの感情が俺の中で木霊する。
次第に身体の熱さが消えていく。
立ち上がるとひび割れた皮膚からは灼熱に熱した鉄のように赤い肉が顔出す。
黒く焼けた肌と赤い肉で縞模様が身体全身に奔っている。
気がつけば視界の隅にちらつく髪は灰に輝く。
そして視界は先ほど見ていた世界よりもやや高い。
力が溢れている。
握り締めた拳のは今まで何倍もの力が篭る。
俺の頭の中に響く声はいつの間にか消えている。
一体どうしてなのだなどと考えている必要はない。
これで殺す事が出来る、それだけが俺を安堵させる。
今すべきは一つだ。
目の前の敵を殺す事だけ。
腰に下げた剣を抜こうとするが握り締めた柄は力に耐えられずに砕ける。
今の俺の力に耐えられない。
無手でも殺す事は出来る。
だがただ殺すだけでは収まらない。
肉を斬り、骨を砕き、人の形を留めたままに死ぬことを許さない。
俺の大切な人を傷つけた奴らには人であることを許せない。
まだ残っていた理性が最後に俺に教えてくれる。
俺の手に収まる武器の在り処を。
そして、気づけばその剣を担ぎ敵に向かって歩き出していた。
正面の門を開ける時間も惜しく担いだ剣を力任せに振り下ろし、自身の背の数倍もある扉を吹き飛ばす。
開けた道の先には敵がいる。
それは遠ざかりながらこちらに向かって矢を放っている。
その姿を見るとより殺意が膨れ上がる。
怒りに眉間に皴を寄せ睨みつける。
視線に気づいたかのように遠のく敵の脚が速くなって行く。
この感情をぶちまけようにも、このままでは地平の先へと逃げられてしまう。
そう思うだけでも自身の怒りが膨れ上がる。
近づいただけでも殺意で命ある者のすべては動く事出来ないと思えた、だがその傍に一頭の馬が近づいてくる。
通常の軍馬のそれよりも大きい体躯を持つ馬。
それは自身の背に乗れと言うように身体を屈める。
こいつの脚ならばどれだけ速く逃げようとも地平の先まで追いかける事が出来る。
俺はその馬の背に乗り、その意思のままに敵目掛けて疾走する。
どこまで行こうとも
どれだけ逃げようとも
NextScene
++不安の旅路、悲しみと気づき++
例によって解説と言うか弁解です
ここはうじうじから一転勢いばかりで突き進むオリ主後半暴走モードですが作者もやや暴走モードです。まぁ何となく分かり安過ぎたかももう少し伏線とかなんとか
これ以上止めておきます
最後はやりすぎた感じになったので次話に移ります




