第8話 「冬の陣屋」
十月に入ると、空気が変わった。
朝の素振りで息が白くなり、水場の水が刺すように冷たくなった。戦国時代の冬がどういうものか、俺は体で覚えることになった。
まず、寒い。
囲炉裏はありがたいが、一晩中燃やし続けるわけにはいかない。薪が有限だからだ。夜中になると火が落ち、陣屋の中が外とそう変わらない気温になる。麦藁の上に横になり、綿の着物を掛けて丸まって眠る。それが冬の夜だ。
体が慣れるまで、十日以上かかった。
竜之介は農民出身なので、この程度の寒さには慣れていた。
「百姓は冬の方が辛いですよ。外で働かないといけないから」
「足軽の方が楽だと」
「戦がない時期はですね。戦場はまた別ですが」
冬の戦は確かに別物だ。積雪があれば足場が悪くなり、寒さで体が動きにくくなる。槍を握る手がかじかめば、力が入らない。
俺は防寒のための手当を考えた。
まず手袋だ。布の端切れを縫い合わせて、指先を覆う簡単なものを作った。材料費は数文だった。指先が覆われるだけで、槍の柄の感触が大きく変わる。かじかみが半減した。
次に脚の防寒だ。足首から膝の間に布を巻く脚絆をより厚くした。草鞋の下に布の切れ端を敷いて、足の裏から伝わる寒さを少し遮った。
これらを竜之介に見せると、「俺もやります」と言って真似した。
伊助がそれを見て、「それは昔から皆やっている」と言ったが、俺たちのやり方は少し工夫があった。布の巻き方を変えて、ずれにくくする方法だ。伊助も「まあ悪くない」と言って採用した。
もう一つ、俺が考えたのは囲炉裏の効率化だ。
石を囲炉裏の周りに積んで蓄熱するようにした。石は昼間に日光で温まり、夜も少し熱を保つ。薪を節約しながら部屋の温度をある程度保てる。焼いた石を布に包んで体の脇に置けば、即席の湯たんぽ代わりになる。
竜之介が「温かいですね」と言って目を丸くした。
「石を焼いて布に包むだけですか。なんでそんな簡単なこと思いつかなかったんでしょう」
「分からないことは教え合えばいい」
伊助は何も言わなかったが、翌日から陣屋の囲炉裏の周りに石が積まれていた。
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冬になると戦の機会は減る。その代わり、別の仕事が増えた。
修繕だ。
陣屋の板塀や屋根の補修、農村の見回り、領内の道普請。足軽は戦うだけでなく、こうした雑務もこなす必要があった。
道普請が特に大変だった。土を掘り、石を運び、ぬかるんだ箇所に砂利を詰める。重労働で、一日終わると腰が動かなくなった。しかしこれが兵站の基礎だ。道が整備されなければ、軍が動けない。馬が走れない。物資が届かない。
俺はこの道普請で一つ工夫を提案した。
それまでの方法は、ぬかるみに石と土を無造作に詰めるだけだった。すぐに沈んで元に戻る。俺は底に大きめの石を並べて基礎を作り、その上に細かい砂利を重ねる方法を提案した。
伊助が「やってみろ」と言い、試した区間は七日間雨に打たれても崩れなかった。
鎌田が視察に来て、「誰がやった」と聞いた。伊助が「蓮です」と答えた。鎌田は少し考えてから、「他の区間も同じようにやれ」と言った。
戦で目立つだけでなく、こういう日常の仕事でも役立てる。鎌田の目を見ながら、そう思った。
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十一月の終わり、源三郎が突然消えた。
ある朝、源三郎の荷物が消えていた。鎌田に仁義を切って出たのか、無断で去ったのかも分からない。伊助も知らないと言った。
「浪人はそういうものだ。風みたいに来て、風みたいに去る」
伊助は淡々と言ったが、俺は少し引っかかった。
源三郎は何者だったのか。戦場での腕は確かで、人の観察眼も鋭かった。あれは普通の浪人ではない。どこかの家に仕えていて、何かを調べに来ていた可能性がある。あるいは桑田と三田の揉め事に関係した、どこかの間者か。
考えても分からないことを考えても仕方ない。
しかし源三郎が去る前に、俺に残したものがあった。
陣屋の隅に、刀の基本的な扱い方を書いた紙切れが置いてあった。誰の名前もなかったが、俺宛だと分かった。俺以外で刀に興味を持っていた者はいなかったから。
紙には、刀の握り方、体の向き、踏み込む間。簡単な図と短い言葉で書いてあった。
源三郎の字だ。
俺は紙を丁寧に折って懐に仕舞った。
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冬の間に、俺は自分の貯蓄を計算した。
五ヶ月分の月給、合計五百文。合戦での手柄に対して臨時の銭百五十文が出た。行商への出費と、道具類の購入を差し引くと、残り約五百文。
これで最初に買うべきものは何か。答えは明確だった。鎧だ。
足軽用の胴丸の相場は五百文から千文。俺の手持ちでは安い方の品しか買えないが、ないよりはるかにまし。次の合戦が来る前に揃えたかった。
行商が次に来たのは十二月の初めだった。胴丸を二つ見せてもらった。五百文と七百文のものだ。五百文の方は革が薄く、鉄板の入り方が粗い。七百文の方は革が厚くて丈夫で、鉄板が要所に入っている。
二百文の差で防御力がかなり違う。
七百文出せば手持ちが底をつく。しかし次の合戦で死んだら、銭があっても意味がない。
「七百文の方をください」
行商が「毎度」と笑った。
胴丸を着けて立つと、肩が重くなった。しかし慣れれば問題ない。伊助に見てもらうと、「悪くない品だ」と言われた。
「あとは頭だ」
「兜ですか」
「頭を守るものが何もない。木で作れ」
「木で?」
「足軽の兜はそんなものだ。板材を曲げて漆を塗れば、矢を弾く程度にはなる」
金属の兜は高価すぎる。木製で代用する知恵がある。
俺は大工仕事の心得は皆無だったが、竜之介の助けを借りて、曲げた板を組み合わせた簡単な鉢金を作った。完成したものは不格好だったが、伊助に「まあ頭は守れる」と言われた程度には仕上がった。内側に薄い布を何重かに重ねて当て布を縫い付けた。衝撃を吸収するためだ。
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年が変わる頃、鎌田が俺を呼んだ。
部屋に入ると、鎌田が文書を持っていた。
「桑田様から書状が来た。お前の名前が入っている」
「名前が?」
「合戦での働きを、岡部が本城に報告した。橘蓮、足軽としては異例の働きをした者として名前を挙げたらしい」
本城の領主に名前を覚えてもらった。足軽では、ほとんどいないことだ。
「桑田様から、来春の陣に改めて使うとのことだ。それまでここで励むよう」
鎌田は感情なく言った。
「ありがとうございます」
「感謝は桑田様に言え。俺は中継ぎしただけだ」
鎌田は「俺は」と言った。それはつまり、自分も推薦の一助になったが、それを表立って言わないということだ。
俺はもう一度頭を下げた。
「お世話になっております」
鎌田は返事をしなかった。
部屋を出ると、冬空が広がっていた。
来春まで、やれることを全部やる。




