↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
城持ちになる ~現代知識で戦国を駆け上がれ~  作者: みぎみみ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
35/37

第36話 「秋の空白」


城倉が死んで、最初の七日間は不思議な感じがした。


 毎週三回通っていた道がある。雨の日も雪の日も歩いた道だ。足元の石の位置まで体が覚えていた。しかし今は行く必要がない。その空白が、思った以上に体に残った。


 稽古がなくなったわけではない。源三郎との刀の稽古は続いている。朝の素振りも続いている。しかし城倉との稽古には、技術以上のものがあった。


 毎回「今日の仕事で一番難しかった判断は何か」と聞いてくれた。


 その問いが、俺の思考の整理になっていた。戦略眼で地形を読むように、自分の一日を俯瞰して見る。何がうまくいって、何がうまくいかなかった。なぜそう判断した。別の道はなかったか。城倉はいつも答えを教えなかった。ただ問いを立てることを続けた。


 その問いを立ててくれる者が、いなくなった。


 自分で問いを立てるしかない、と気づいたのは五日目だった。


 夜、長屋の布団に横になりながら、自分に問いかける癖をつけ始めた。今日の仕事で、一番難しかった判断は何か。なぜそう判断したか。別の判断もあったか。


 声に出す者がいないから、答えはただ頭の中に浮かぶだけだ。しかしそれでいい。城倉がいなくても、問いだけは残った。


---


 八月が終わり、九月に入ると秋が来た。


 稲刈りが始まり、城内も年貢の取り立て準備で忙しくなった。広瀬からの仕事が増えた。帳面の確認、村々の記録更新、今年の収量の集計。俺と竜之介は毎日文書に向かった。


 竜之介の字が上手くなっていた。


 最初は読めるかどうか怪しい字だったが、今は広瀬が「まあ使える」と言うくらいになっていた。書き続けることで手が慣れてきたのだ。


「字ってこんなに変わるものですか」


 竜之介が自分の書いた字を見て言った。


「三ヶ月前の字と比べてみろ」


「比べたくないです。恥ずかしいです」


「恥ずかしいということは、成長した証拠だ」


「そういう言い方をしないでください」


 竜之介は苦笑しながら筆を動かした。筆の持ち方も、紙への向き合い方も、足軽だった頃とは違う。


---


 九月の半ば、浅野から二度目の使者が来た。


 前回と同じ顔の侍だった。しかし今回持ってきた条件は前回と違っていた。石渡から俺に伝わってきた内容では、境界線の変更という要求は取り下げられ、代わりに三年の不可侵のみを求めてきたという。


 条件が大幅に緩んだ。


 石渡が俺に分析を求めてきた。


「どう見る」


「浅野の内部で、強硬派が力を落としたと見ます。前回の条件から境界変更を外したということは、桑田に大きな譲歩をしたということです。そこまで折れた理由が、内部の動きにあると考えられます」


「源三郎の動きが効いたか」


「可能性が高いです。ただ、条件が緩んだからといって、浅野が本当に静かになるかどうかは別の話です。内部で力の均衡が変わっているなら、今後また別の動きが来るかもしれません」


「桑田様は三年の不可侵を受け入れるつもりだ。お前はどう見る」


「三年あれば、桑田が内部を整えられます。北の村の問題、水路の整備、足軽の訓練。やれることはあります。三年の不可侵は、桑田にとって悪くない条件だと思います」


 石渡は頷いた。


「同じ見立てだ。桑田様に伝える」


---


 その夜、源三郎に会った。


「浅野の条件が緩んだ件、内部が動いたということでしょうか」


 俺が聞くと、源三郎は少し間を置いた。


「動いた。俺の繋ぎが動いてくれた。内通者は失脚した」


「完全にですか」


「城内の仕事から外された。今後は表に出られない立場になった」


「源三郎さんの目的は達成されましたか」


 源三郎はしばらく黙った。


「一つは達成された」


「まだあるということですか」


「もう一つの話は、もう少し後にする。まだ状況が固まっていない」


 俺は追わなかった。源三郎が話せる状況になれば話してくれる。それだけ信じることにした。


---


 城倉がいなくなって最初の試練は、思いがけない場面でやってきた。


 十月の初め、桑田が俺を呼んで言った。


「浅野との不可侵が成立した。それに伴い、桑田家の内部を整える。お前に新しい役を与える」


「どのような役でしょうか」


「足軽組の訓練の監督を兼ねてほしい。岡部の下で動くことは変わらないが、日々の訓練の内容を考えて、足軽たちに指導する立場だ」


 俺は少し考えた。


「俺が侍になって半年です。足軽たちの中には、俺より長く勤めている者がおります。そういう者たちが、俺の指導を受け入れるかどうか」


「桝田に相談してみろ。あの男はお前のことを認めている。桝田が動けば他もついてくる」


 桑田はそう言って話を終わらせた。


---


 その夜、桝田に話した。


 桝田は俺の話を聞いて、少し黙った。


「足軽たちの訓練の監督か」


「岡部様の下でですが」


「お前が俺たちに指示を出す形になるということか」


「そうなります。受け入れていただけるか、正直に伺いたかったのです」


 桝田はしばらく考えた。座ったまま、膝の上に手を置いて、動かない。急かしてはいけない空気があった。


「お前は足軽の頃のことを覚えているか」


「覚えております」


「何を覚えている」


「最初に槍を持ったときの重さ、麦飯の薄さ、初陣の前の夜の怖さ。全部覚えております」


 桝田は俺を見た。


「それを忘れないなら、俺は従う。足軽の立場を知っている者が上に立つなら、それは悪くない」


「ありがとうございます」


「礼は不要だ。ただし間違えたときは正直に言え。偉くなると間違いを認めにくくなる者が増える。お前はそうなるな」


 権蔵も、城倉も、同じようなことを言っていた。何人もの人間が同じことを言う。その重なりが、俺の中に積み重なっていく。


---


 翌朝から、俺は足軽の訓練の様子を観察した。


 まず現状を把握する。何が足りていて、何が足りていないかを見てから、内容を変える。一番気になったのは、組み合いの質だった。素振りはみんな一定以上できる。しかし二人で組み合う稽古になると、急に動きが硬くなる。相手の動きを読んで動く、という経験が足りていない。


 城倉に教わった問いを、今度は自分が足軽たちに問いかけてみた。


「今の組み合いで、何が難しかった」


 最初は誰も答えなかった。


 桝田が俺の意図を汲んで、「誰か答えてみろ」と言った。若い足軽の一人が「相手がどこを狙っているか分からなかった」と言った。


「それだ。それが今日の稽古で直す一番の問題だ」


 俺は具体的に動きを分解して説明した。城倉に教わったことを、足軽の言葉に直して伝えた。難しい言葉は使わない。体で感じられる言葉で話す。一刻後、組み合いの質が少し変わった。


 わずかな変化だ。しかし変化がある。


 稽古が終わって、足軽たちが散っていく後ろ姿を見た。城倉の道場の帰り道で、俺もこういう後ろ姿だったかもしれない。


 問いが残っている。それがある限り、稽古は続けられる。


(続く)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。