第28話 「戦場の後始末」
岡部が東の川に到着したのは、対岸が引いてから半刻後だった。
三十名ほどを連れていた。西の戦が終わり、東の状況確認に来たのだ。
岡部が川岸に立って、物見台と崩れた橋の残骸と、葦の茂みに倒れた者たちを順に見た。目が止まる場所を俺は追った。物見台の土嚢の配置、杭の残骸、倒れた男たちの位置。岡部は全体を見渡してから、もう一度橋の残骸に目を戻した。その眼が少し細くなった。そのまま俺に聞いた。
「全員生きているか」
「はい。死者なし、重傷者なし」
「十二名で守り切ったか」
「源三郎さんの動きが大きかったです。橋を崩してくれなければ、もっと厳しかった」
岡部は源三郎を見た。源三郎は「たまたまです」と言った。
岡部は俺を見た。
「東の段取りは全部お前が考えたものだ。杭、物見台、土嚢の壁、葦の伏兵。それが揃っていたから十二名で守れた。違うか」
「段取りは俺ですが、実際に動いたのは全員です」
「そういうことを言っているんじゃない」
岡部は珍しく、声に少し強さを込めた。
「手柄は手柄として認めろ。それを曖昧にすることは、周囲に対して不誠実になる。お前が考えたことで、十二名が生き残った。それを正直に受け取れ」
俺は少し間を置いてから頷いた。
「承知しました」
「西の方はどうなりましたか」
「浅野の本隊は五十名ほどだった。こちらは本城の全勢力で七十名。正面からぶつかったが、向こうが先に崩れた。細川の連携が来なかったのが大きい」
「細川は来なかったんですか」
「東の牽制が崩れたのを見て、動かなかったのだろう。東西同時に動いてこそ意味があるが、東が機能しなければ単独での侵攻は割に合わない」
俺は川を見た。増水した流れが変わらず音を立てている。ここで何が起きたか、川は何も知らない顔をしている。
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死体の処理が始まった。
先行の七名のうち、川に落ちて流されたのは二名。残り五名は葦の茂みに倒れていた。
確認すると、五名のうち二名がすでに死んでいた。
一名は頭を打ったときの傷が深かった。もう一名は脇腹への傷だった。源三郎の刀傷だ。
源三郎が死体の前に立った。
何も言わなかった。ただ黙って見ていた。その横顔は、悲しんでいるのとも、感情を押し込んでいるのとも違う。ただ事実を見ている、そういう顔だ。風が葦を揺らした。源三郎は動かなかった。
俺も黙っていた。
この顔にも誰かの記憶がある。しかし今は何も言わない方がいい。城倉が言っていた言葉がよぎった。慣れてはいけない、と。慣れた者は、次に間違いを犯す、と。
残りの三名は生きていた。気を失っているか、傷で動けなくなっているかだ。
岡部が言った。
「手当てをしてやれ。交渉で身代金が取れる者なら取る。取れなければ解き放つ」
足軽には身代金は期待できない。岡部は三名を解き放つことにした。
俺は三名の傷を確認して、金瘡薬を塗り、布を巻いた。一名が意識を取り戻して、俺の顔を見た。
若かった。十八か十九か。顔に泥がついていて、目に困惑が浮かんでいた。敵に手当てをされる意味が分からない、そういう目だ。
「……なんで手当てを」
「死なせても得にならないから」
男は何も言わなかった。
俺は立ち上がった。この男も食えないから槍を持った、それだけの話だ。
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全ての処理が終わったのは夕方だった。
俺たちは城に戻った。
城の中庭に入ったとき、残っていた足軽たちから声が上がった。帰ってきた、という声だ。感動的なものではない。ただ確認する声だ。しかし俺には十分だった。生きて戻った者を確認する声が、この時代の出迎えだ。
竜之介の腕を改めて確認した。傷は浅いが、今日一日動かし続けたので縁が少し開いていた。
「縫う必要があるかもしれない」
「縫うのですか」
「浅ければ縫わなくていいが、深い方の端が少し開いている。放っておくと膿む」
「……痛いですか」
「痛い」
「正直に言わないでください」
「知っておいた方がいい」
竜之介は覚悟を決めた顔をした。腕を差し出したが、その手が少し震えていた。
「やります」
俺は城の薬箱から針と糸を取り出した。糸は焼酎で湿らせた。傷口を焼酎で洗ってから、三針縫った。
竜之介は一言も声を出さなかった。
縫い終わると、額に汗が浮いていた。
「よく我慢した」
「言わないでください。目が滲みました」
「見ていない」
「正直に言わないでください」
俺は苦笑した。竜之介も苦笑した。二人して笑うのは久しぶりな気がした。
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その夜、桑田から全員に酒が出た。
合戦に出た者全員が中庭に集まり、桑田が前に立った。
「今日、浅野の侵攻を退けた。東と西、どちらも守り切った。皆の働きに礼を言う」
桑田の言葉は短かった。しかし全員が静かに聞いていた。短い言葉の中に、飾り気のない本音がある。それが桑田という男だ。
酒が回ってきた。
権蔵が俺の隣に来た。
「生き残ったな」
「お互いに」
「お前が設計した東の守りが機能した。それは城の中で話になっている」
「岡部様と皆が動いてくれたから」
「お前、本当にそういうことを言う癖があるな」
権蔵は苦笑した。
「お前の手柄を取ろうとする者はいる。しかし実際に冬の川に入って杭を打った者が誰かは、皆が知っている。それは消えない」
俺は酒を飲んだ。この時代の酒は濁っていて甘い。しかし今夜は妙に染みた。
桝田が来て、俺の盃に注いだ。
「橘、今日はよく動いた。お前が段取りを立てていなければ、うちの二人は死んでいた」
「桝田さんが指示通り動いてくれたからです」
「だから礼を言っている。お前の指示が正しかったから、俺が動けた」
桝田の言葉は真直ぐだった。礼儀でも社交でもない。事実を言っている目だ。
俺は頭を下げた。
「ありがとうございます」
桝田は頷いて、他の者のところへ行った。
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夜が深くなる頃、源三郎が俺の隣に来た。
酒は飲んでいない。源三郎は酒を口にしない。
「確認がしたい」
「何でしょうか」
「今日の戦で、俺が橋を崩したとき、お前はすぐに動いた。俺が橋を崩すと分かっていたか」
俺は少し考えた。
「分かっていたというより、源三郎さんが何かをする、とは感じていました。だから構えていた」
「なぜそう感じた」
「源三郎さんの動きを半年見てきたからです。あの場面で動かない人間じゃないと分かっていました」
源三郎は俺を見た。
「お前は人を読む。地形だけでなく、人も」
「人を読むのは地形より難しいです。外れることも多い」
「今日は外れなかった」
「今日は」
源三郎は少しの間、無言でいた。月が雲に入って、中庭が少し暗くなった。
「俺の目的の話、いずれする。今日の戦が終わって、少し話せる気になった」
「急がなくていいです」
「急がないが、近いうちに話す」
源三郎は立ち上がって、人の少ない場所に移っていった。
俺は酒を見た。
今日、誰も死ななかった。
中庭の声が遠くに聞こえた。
(続く)
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