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城持ちになる ~現代知識で戦国を駆け上がれ~  作者: みぎみみ


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第26話 「出陣の朝」


三月の末、早朝に物見台から信号が上がった。


 俺が長屋で目を覚ましたのは、煙が上がるのを見たからではなく、権蔵が走り込んできて「来た」と言ったからだ。


 寝ている間も体は準備ができていたのだろう。寝床から立ち上がるまで、一呼吸もかからなかった。


「東か、西か」


「両方だ。東の物見台から信号が来た。同時に、西の斥候が三田との境の向こうに旗を見たという」


 来た。三月末。雪解け前の、道が泥濘になる前の頃合い。源三郎の読み通りだ。


 俺はすぐに装備を確認した。胴丸を着け、鉢金を締め、腰に刀を差し、槍を手に取った。手元に金瘡薬の小瓶がある。干し飯を詰めた袋を腰に縛り付けた。


 全部で一分もかかっていない。半年の準備が、手の動きを覚えさせていた。


 竜之介が隣で同じことをしていた。顔が青白い。しかし手は震えていない。槍を持って立ち上がったとき、目が俺を向いた。


「大丈夫ですか」


「大丈夫じゃないですが、行きます」


「それで十分だ」


 権蔵が先に走り出た。俺と竜之介がついた。


---


 城の中庭に全員が集まるまで、四半刻もかからなかった。


 岡部が前に立ち、短く言った。


「東と西、同時に動き出した。源三郎の読みの通り、東は牽制で西が本隊だ。第二組は東と西に分かれる。橘は東の守りを担当しろ。源三郎も東に出る。竜之介と桝田もつけてやる。合計十二名だ」


「承知しました」


「西は俺が指揮する。東が処理できたら、すぐに西に合流しろ。それが今日の戦だ」


 岡部の言葉は短く、明確だった。長い説明がない。全員が準備を済ませているから、それで足りる。


 桑田が中庭に出てきた。全員が頭を下げた。


「皆、生き残れ。それが一番の忠義だ」


 桑田らしい言葉だった。励ましでも命令でもなく、ただ生き残れ、と言った。


---


 東の川へ向かう道を、十二名で走った。


 俺が先頭、源三郎がその横、竜之介と桝田が続く。他の八名は顔見知りの足軽たちだ。全員、緊張している。しかし足が速い。この半年で同じ準備をしてきた者たちだ。息が揃っている。


 走りながら、戦略眼が周囲の地形を捉えた。


 川まであと半刻。道の左右は田んぼが広がり、隠れる場所は少ない。ただし右手遠方に林がある。先行した敵が林を利用している可能性がある。


「源三郎さん、右手の林に先行がいるかもしれません」


「可能性はある。浅野の東の牽制は、俺が在番中に見た動き方では、先に少数を送り込んで混乱させてから本体が渡る動向だった」


「人数は」


「先行は五名から十名程度のはずだ。本体は三十から四十」


 五十名近い。こちらは十二名。


 数で圧倒的に負けている。しかし俺には川の地形の把握がある。準備した物見台と杭がある。相手が渡れる場所は限られていて、その限られた場所を全部把握しているのはこちらだけだ。


 走りながら、俺は頭の中で動きを整理した。


 まず先行の五名から十名を処理する。奇襲の芽を摘む。次に川で本体の渡河を妨害し、時間を稼ぐ。西の岡部が決着をつけた後で合流してくれれば、東の本体も追い払える。


 問題は時間だ。西がどのくらいかかるか分からない。東で何刻耐えられるか。


 計算しながら走った。


---


 川に着いたとき、物見台に二名が残っていた。


 桝田の部下だ。顔を見ると、眠れていない目をしていた。夜通し見張っていたのだろう。


「状況は」


「夜明け前から対岸に動きがあります。今は十五から二十名が川の北側の林に入ったのを確認しました。中流の渡河点に近づこうとしています」


 先行が北の林に入った。


 俺は川の地形を戦略眼で展開した。北の林から中流の渡河点まで、隠れながら移動できる経路が一本ある。川沿いの葦の茂みを使えば、かなり近くまで来られる。そこを使ってくる。


「葦の茂みを通ってくる」


 源三郎が静かに言った。俺と同じ判断だった。


「そこを押さえれば」


「渡れない。ただし先行を処理すると音が出る。本体に知られる」


「知られた上で守ります。奇襲は防いだ、という状況を作れれば、後は正面からの渡河を阻むだけです」


 源三郎は少し考えてから「分かった」と言った。


 俺は十二名を動かした。


---


 葦の茂みの手前に六名を潜ませた。


 俺と源三郎、竜之介と桝田、それに二名。残り六名は物見台の後方に控えさせて、本体が動いたときに備えた。


 待った。


 葦が風に揺れる音がする。川の流れは大きい。増水した川の音が、人の気配を消してくれる。ここに来るまでに体が温まっているはずなのに、今は冷えている。


(落ち着け。やることは分かっている)


 俺は戦略眼を全力で使った。


 葦の茂みの奥に、動きがある。人の気配が近づいてくる。一人ではない。固まって動いている。


「七名」


 小声で源三郎に言った。


「見えるか」


「感じます」


 源三郎は俺を見た。何かを言おうとして、やめた。


 葦の向こうから、最初の一人が現れた。


 膝まで川に浸かって、葦の陰から出てきた男だ。手に槍を持ち、顔を川下に向けて確認している。見張りがいないかどうかを見ている。


 俺たちは動かなかった。


 二人目が出た。三人目。


 七名全員が葦を出た瞬間、桝田が合図の石を投げた。


---


 俺は最初の男に向かって走った。


 男が気づいた。叫ぼうとした口に、俺の槍の柄が叩き込まれた。男が後ろに倒れた。水に落ちる音がした。


 隣で源三郎の刀が走った。


 音は小さかった。しかし確実だった。


 竜之介が二人目の男と組み合っている。男が槍を突いてきた。竜之介は身を低くしてかわし、腹に体当たりした。男がよろめいたところを、竜之介の槍が脇腹に入った。男が叫んだ。


 声が出た。


 本体に聞こえたかもしれない。しかし今は全員を処理することが先だ。


 四人目が俺に向かってきた。刀を持っている。足場が葦の根元で悪い。男がぬかるみで足を取られてよろめいた瞬間、俺は踏み込んで槍を肩に突いた。男が叫んで倒れた。


 五人目。六人目。


 桝田と残りの二名が処理した。


 七人目が逃げた。


 川に飛び込んで、対岸に向かって泳いでいく。増水した川の流れが男を下流に引いていった。泳ぎ続ければ対岸に戻れるかもしれない。


 追わなかった。どうせ知られる。本体への報告役に使えばいい。


 全体で一分もかかっていない。


 俺は周囲を確認した。こちらの死者はいない。竜之介の左腕に切り傷があった。浅い。桝田が右肩を打たれていたが、骨には届いていない。


「手当は後だ。本体が来る」


 桝田が「分かっている」と言って傷を袖で押さえた。


 対岸を見ると、林の陰から動きが見えた。


 本体だ。


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