第22話 「守りの設計」
東の守りの段取りを考えるにあたって、俺はまず人員を整理した。
岡部配下の第二組は四十名。このうち東の川に割けるのは、西の本隊を手薄にしない範囲で十名から十五名が限界だろう。
少ない。
しかし少ない兵で守るための工夫を考えるのが、今の俺の仕事だ。少数で戦う場合、正面から受け止めようとすれば必ず崩れる。大事なのは、相手に有利な戦をさせないことだ。
(兵力差を地形と仕掛けで埋める。それしかない)
まず物見台だ。
川を見渡せる高台に土嚢を積んだ簡易な見張り台を作る。常時二名が対岸を監視し、敵の動きがあれば煙か旗で本隊に知らせる。夜は松明を二本同時に焚くことを緊急信号とし、通常の一本との区別を明確にする。昼夜を問わず城に報せが届く仕組みだ。
次に仮橋対策だ。
中流の渡河点に、川に突き出た形で杭を打つ。水中に杭が並んでいれば、仮橋を架けにくくなる。材料は川沿いの竹藪から取れる。完全に防ぐことはできないが、橋の架設に時間がかかるようになれば、その間に本隊が来られる。時間を買う仕掛けだ。
さらに、対岸から監視が届かない上流の奇襲経路には、細い縄を張る。縄に鈴をつけて動きがあれば音が出るようにする。夜間の少人数奇襲に対応するためだ。これは完璧ではないが、ないよりはるかに違う。
これらをまとめて岡部に提出した。
岡部は黙って読んだ。一枚目をめくり、二枚目をめくり、また一枚目に戻った。長い沈黙があった。
「杭の件、実際にどのくらいの数が必要か」
「川幅が約十間の箇所に二間おきで、五本から六本あれば橋を架けにくくなります。ただし春に水位が上がると杭が沈む可能性があるので、長めに打つ必要があります」
「材料と人手の見込みは」
「竹藪から竹を切り出して、二日で打てます。四、五人いれば十分です」
「やれ」
岡部は即断した。出された案を長く悩まない。承認するかしないかを素早く判断して、あとは任せる。
「人手は出す。明後日から始めろ」
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杭打ちの作業は、冬の川の中に入る仕事だった。
水は刺すように冷たい。膝まで浸かって、長い竹を川底に打ち込む。体が痛いというより、感覚がなくなっていく。足首から先が、ただの木になったみたいだ。
俺と竜之介、それに権蔵と他の足軽三名で、二日かけて七本の杭を打った。
作業を終えて川から上がると、全員が唇を青くしていた。
「死ぬかと思いました」
竜之介が歯をがちがちいわせながら言った。
「冬に川に入る人間の気が知れません」
「慣れだ」
「慣れる気がしません」
権蔵が乾いた着物を被りながら言った。
「しかしこれで橋は架けにくくなったな」
「完全に防げるわけではないです。時間を稼ぐためのものです」
「時間を稼いで本隊が来れば、少人数でも戦える」
「そういうことです」
権蔵は竹の杭が水中に並んでいるのをしばらく眺めてから言った。
「お前の考え方は、勝つより負けにくくする方向だな」
「少ない人数で守るなら、相手に有利な戦をさせないことが先決です。仕掛けで時間を買って、本隊が来るまで崩れないでいる。それが現実的です」
「なるほどな」
権蔵の目が俺を見た。七年の経験で人を見てきた者の目だ。
竜之介が震えながら着物を替えていた。
「でも杭が抜けたらどうするんですか」
「流されたり抜かれたりする可能性はある。だから材料を川沿いに常時置いておいて、打ち直せるようにしておく。仕掛けは一度作って終わりじゃない。維持し続けるものだ」
「管理が大変ですね」
「そのために物見台の見張りがいる。川の状態を毎日確認させる」
竜之介は頷きながら、まだ震えていた。
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物見台の建設は、岡部が人手を出してくれた。
土嚢は城の周辺から土を集めて作った。袋は麻袋を転用した。百袋ほど作って、川を見渡せる高台に積み上げた。高さは人の胸まで。弓矢を防ぐには十分だ。積み方にも工夫した。正面だけでなく、左右からの矢も防げるよう、凹の字形に積む。中に入った見張りが、前後左右から守られる形だ。
物見台の完成を岡部が確認に来た。
「なかなかやる」
「まだ完全ではないです。夜の見張り用の松明の置き場と、緊急時の連絡経路を整備しないといけません」
「具体的には」
「松明を常時三本置いておいて、緊急時は二本同時に焚く。そうすれば遠くからでも緊急信号と通常の見張りを区別できます。さらに、物見台から城までの中継地点に一名ずつ置ければ、走って伝えるより早く報せが届きます」
「中継地点か」
「川から城まで直接走れば半刻かかります。中継で繋げば、それが四分の一になります。その差が命取りになる場面があります」
岡部は少し考えた。
「人手が増えるが、それだけの価値はあるか」
「東からの侵攻が本命の場合、その半刻が全てになります。価値はあります」
「……やれ」
岡部はまた即断した。俺は頭を下げた。
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準備を進める一方で、源三郎の刀稽古が始まっていた。
城倉の刀の基礎は三ヶ月で止まっていた。源三郎はその続きを引き継いでくれた。
稽古の初日、源三郎が俺の木刀の動きを見て言った。
「城倉殿の教えが出ている。構えの基礎はできている」
「三ヶ月しか習っていないので、まだ荒いです」
「荒いが正しい方向を向いている。城倉殿は無駄を省くのが上手い。お前はその恩恵を受けている」
源三郎の教え方は城倉とは違った。
城倉は丁寧に積み上げる。一つのことを繰り返し体に刻む。しかし源三郎は実戦的だ。打ち合いを多くする。相手の動きに対して体がどう反応するかを、繰り返し試す。答えを教えるのではなく、体に答えを探させる稽古だ。
「考えるな。体で返せ」
源三郎が踏み込んでくる。俺は体で返そうとするが、まだ頭が先に動いている。受けてから判断している。一拍、遅い。
「今のは遅い。相手が踏み込む前に、体は動き始めていなければならない」
「城倉先生も同じことを言っていました。反射にしろと」
「そうだ。刀は時間が短い。考える余地がない。体が覚えるまで打ち合い続けるしかない」
毎晩、源三郎と一刻ほど稽古した。
体が疲れる前に頭が疲れた。源三郎の動きを処理しようとして、脳が限界に近づく感覚がある。戦略眼で読もうとしても、源三郎は動きの癖が少なく、読める情報が限られていた。
純粋に体で覚えるしかない。焦っても仕方ない。積み上げるだけだ。
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十二月の終わりに、城倉が城に来た。
自分の足で歩いて来た。まだ左足を少し引いているが、体の動きは戻っていた。俺は城門で出迎えた。
「先生、体は」
「大事ない。動けるようになった」
「無理をしないでください」
「無理かどうかはお前が決めることじゃない」
城倉はいつもの口調で言った。その声が戻っていた。
桑田に挨拶をしたいと言い、石渡に取り次いでもらった。桑田は城倉の来訪を喜んで、しばらく話していた。
その後、城倉は源三郎を見て「稽古をつけているか」と聞いた。
「引き継ぎました」
「そうか」
城倉と源三郎が向き合った。二人の間に、俺には入れない間があった。長い年月の中で一度だけ交差した者同士の、静かな間だ。
「世話をかけた」
城倉が言った。源三郎は「大したことは」と返した。それだけだった。
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城倉が帰る前に、俺を呼んだ。
「東の守りの段取り、石渡から聞いた。よくやった」
「先生に教わったことを使いました」
「俺が教えたのは槍と刀だけだ。あとはお前の頭だ」
城倉は俺の目を見た。
「来春の戦、どう見ている」
「苦しい戦になります。西から本隊、東から牽制。数で劣る桑田が正面から受ければ押し切られます」
「ならばどうする」
「一か所に集めさせない。西の本隊が動く前に、東の牽制を処理する。あるいは西が動き始めた隙に、東から打って出る。どちらかです」
「どちらが現実的だ」
「東を先に処理する方です。東の牽制は少数のはずです。俺が東を担当して、素早く片付けます」
城倉は少し黙った。
「お前が東を担当するということは、最前線に出るということだ」
「そのつもりです」
「死ぬかもしれない」
「承知の上です」
城倉は俺をしばらく見てから、静かに言った。
「覚悟と無謀は違う。しっかり見極めろ」
「はい」
「生き残れ。それが全てだ」
城倉は城門を出ていった。
その背中が、前より小さく見えた。しかし歩き方は確かだった。
冬の空の下、俺は城倉の後ろ姿を見送った。
(続く)




