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城持ちになる ~現代知識で戦国を駆け上がれ~  作者: みぎみみ


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第21話 「川を読む」


翌朝から、俺は東の川の調査に取りかかった。


 桑田から命じられた仕事だ。川の地形を全て把握し、渡河できる場所とできない場所を書き起こす。来週中という期限もある。


 竜之介を連れた。一人では調べにくい箇所も、二人なら片方が見張りをしながら動ける。


「川の何を見るんですか」


 出発の朝、竜之介が聞いた。


「水深、川幅、流れの速さ、川底の固さ、対岸への上がり口。それと季節によって水量がどう変わるかも調べる」


「春は雪解けで増えますね」


「そうだ。来春に侵攻が来るなら、その時期の水量を考えなければならない。今の冬の水量だけ測っても意味がない」


 竜之介は頷いた。


「なるほど。俺は何をしますか」


「川幅を縄で測ってくれ。それと石を投げて音が変わる場所を教えてくれ。浅瀬は音が違う」


「石を投げて音ですか」


「深い水に落ちると鈍い音がする。浅いと高い音になる。実際にやれば分かる」


 竜之介は少し考えてから、「面白いですね」と言った。


---


 川は桑田城の東、一刻ほど歩いた先にあった。


 幅は場所によって異なる。広いところで十五間ほど、狭いところで八間ほど。水は透明で、底まで見える場所もある。しかし中央部は流れが速く、濁っていた。冬でもこの速さなら、春の雪解け時はさらに増す。


 俺は川岸に立ち、しばらく流れを見た。


 戦略眼を展開する。川全体の地形が頭に広がる。上流から下流に向けての地形の変化、川底の起伏、対岸の地形と上陸後の動きやすさ。渡河点になりそうな場所が、いくつか浮かんだ。


 三ヶ所ある。


 上流の大きな岩が連なる場所。飛び石のように岩が並んでいて、足場を選べば渡れそうだ。しかし岩は滑りやすく、武装した兵が集団で渡るのは難しい。少人数の奇襲向きだ。冬の間は霧が出やすく、そのまま城の近くまで気づかれずに近づける可能性もある。


 中流の川幅が狭まる場所。竹や木を組んだ仮橋を架ければ、短時間で渡れる。平地に近く、大軍が渡るならここが最有力だ。両岸の地形が比較的なだらかで、渡った後に隊形を整えやすい。


 下流の川底が砂州になっている場所。水深が浅く、歩いて渡れる。しかし砂州は流れによって変わる。春の雪解けで増水すれば、ここが最初に沈む。来春の侵攻時には使えない可能性が高い。


 竜之介と手分けして、実際に確認した。縄で川幅を測り、長い棒で水深を測り、川底の固さを確認した。


 中流の渡河点に近づくと、対岸に小さな船着き場の跡があった。


「あれは何ですか」


「昔、農民が荷を運ぶために使っていたんじゃないか」


「今は使っていないのですか」


 竜之介が対岸を目で追った。


「草が生えています。少なくとも今年は使っていません」


 この船着き場の跡が引っかかった。


 船がある、もしくは以前あった場所だ。浅野が川を渡る際に、船を調達して使う可能性がある。しかも対岸なら桑田側から見えない場所で準備できる。桑田側はそれに備えなければならない。


 俺は船着き場の場所を記録した。


 さらに上流に向かって歩いていると、竜之介が石を川面に投げた。


「橘殿、音が違います。ここ、浅いですよ」


 俺が行くと、確かに音が高い。棒で深さを確認すると、膝ほどの深さだ。川幅は広いが、水深が非常に浅い。


「地図に記録しておけ。増水時には沈むが、今の時季なら渡れる」


「奇襲に使えますね」


「逆に言えば、ここから渡ってくる可能性がある。夜間の監視が必要だ」


 竜之介が真剣な顔で頷いた。


---


 調査は二日かかった。


 川に沿って上流から下流まで歩き、地形を手元の紙に書き起こした。筆と墨も持参し、現地で下書きをした。


 夜に清書した。


 渡河可能な場所を三点記し、それぞれの特徴を書き添えた。仮橋を架けた場合の所要時間の見当、増水時に使えなくなる場所、対岸の地形と上陸後の動きやすさ。さらに、船着き場の跡と、夜間の監視が必要な浅瀬の場所も加えた。それらを一枚の図面に整理した。


 竜之介が横で見ていた。


「こんな詳しくするのですか」


「詳しくなければ意味がない。将が判断するための材料だ。大まかな情報では動き方が決まらない」


「橘殿は、本当に足軽ですか」


「今のところ足軽だ」


「今のところって言わないでください。なんか怖いです」


 竜之介は苦笑した。俺も少し笑った。


---


 三日目に図面を桑田に提出した。


 部屋には桑田と岡部と石渡がいた。源三郎もいた。


 俺が図面を広げると、桑田が身を乗り出した。岡部が食い入るように見た。


「渡河点が三つか」


「はい。ただし現実的に大軍が渡れるのは中流の一ヶ所だけです。他は少人数の奇襲か、水量が少ない季節に限られます。来春の雪解け時期なら、下流の砂州は使えません」


「中流を守れば東からの侵攻は防げるか」


「完全には難しいです。仮橋を架けられれば、守る側が対応する前に渡り始められます。橋を架けさせないための監視と、架設を妨害する仕組みが必要だと思います」


 岡部が図面の中流点を指した。


「ここに対岸を見渡せる物見台を置き、常時二名を張り付けるか」


「それが基本になります。ただ物見台は対岸から矢が届く距離になるので、盾か土嚢が必要です」


 桑田が俺を見た。


「土嚢とは何だ」


「土を袋に詰めたものです。積み重ねれば矢を防ぐ壁になります。木の板より軽く、現場で作れます。袋は麻袋でも構いません」


 石渡が「面白い」と言った。岡部は黙って図面に目を戻した。しばらく無言で川の形を辿っている。


「それと、この対岸の船着き場の跡が気になります」


 俺は図面の一点を指した。


「船を使って渡る可能性があります。桑田側からは見えない位置で準備できる。春になって川の水が多少増えても、船なら渡れます」


「対岸の船着き場を使われたら、中流の守りだけでは足りないか」


「はい。船を封じるか、対岸の船着き場を事前に潰しておく必要があります」


 岡部が初めて顔を上げた。


「対岸を潰すとは、どういう手があると思う」


「一つは、雪解け前に少人数で渡って船着き場を壊しておく。もう一つは、渡河時に対岸の船を狙える位置に弓衆を置く。どちらも先手を取ることになります」


 岡部が桑田を見た。


「橘の読みは正確だ。東の守りについては、この者の見立てを元に段取りを組む」


 桑田が言った。


「橘、お前がこの東の守りの段取りを考えろ。岡部殿の指揮の下でいい。具体的な人員配置と準備の順番を出せ」


「足軽の俺が、そこまで」


「できるか、できないかを聞いている」


「できます」


「ならやれ」


---


 長屋に戻ると、体の奥に熱が灯るような感覚があった。


 逃げたくない、とは言える。怖くないか、と自問した。答えは出なかった。それでいい。


 権蔵が長屋で刀の手入れをしていた。俺が入ってくると顔を上げた。


「何か仕事を任されたな。顔に出ている」


「少し大きめのものを」


「城主みたいなことをやっているな、お前は」


「まだ足軽です」


「足軽がやることじゃないのに、お前がやる。だから城主みたいだと言っている」


 権蔵は刀の手入れに戻りながら、ぼそりと言った。


「結果を出せ。立場が仕事についていけるかどうかは、後からついてくる」


 権蔵は刀を鞘に収めて、横になった。


 竜之介は飯を食いながら、ぼんやりと壁を見ていた。


「どうした」


「いや。橘殿がどんどん遠くに行く気がして」


「遠くに行くとは」


「俺には分からないことを任されるようになっていきます。俺はただの足軽で、橘殿は……何て言えばいいんだろう。足軽じゃない何かになっていきます」


 俺は竜之介の隣に座った。


「竜之介」


「何ですか」


「一緒に来るか、留まるかを決めるのはお前だ。俺はお前に追いついてほしいと思っている。ただ強制はできない」


 竜之介は少し考えた。


「追いつく、ですか」


「俺が教えられることは全部教える。城倉先生への繋ぎもする。文字はもう読めるようになった。次は書くことを覚えろ」


「書くのですか」


「書けると、仕事の幅が変わる。使える武器が一本増える」


 竜之介はしばらく黙って、それから言った。


「分かりました。やります」


「よし」


 外では風が鳴っている。冬が本格的になってきた。


 俺は明日の段取りを頭の中で組み始めた。東の川の守り。人員配置、物見台の位置、土嚢の数と材料、弓衆の選定。考えることは山ほどある。


(続く)


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