第20話 「初雪と、抜き差しならぬ問い」
初雪が降った朝、城倉が倒れた。
知らせを受けたのは夕方だった。権蔵が長屋に来て、「お前が稽古に通っている老人が倒れたと、村から話が来た」と言った。
俺はすぐに飛び出した。
外はまだ雪が舞っていた。城倉の家までの四半刻、足元が滑るたびに歯を食いしばった。
城倉の家に駆けつけると、老人が囲炉裏の傍に横になっていた。顔色が悪い。近所の村人が二人、心配そうに側に座っている。
「どうなりましたか」
「昼頃から急に動けなくなって。熱はないが、体が言うことを聞かないと言っています」
俺は城倉の横に膝をついた。
老人の顔を見ると、目は開いていた。意識はある。しかし体の左側の動きが鈍い。口の端が少し下がっている。
(まずい)
口の歪み、体の片側の麻痺。今できることは安静にさせて、体を暖め、水分を少しずつ与えることだ。
「城倉先生」
「……橘か」
声は出た。ただし少しもつれている。
「今日稽古に来なかったから心配していました」
「情けないな。年寄りの体は急に言うことを聞かなくなる」
「無理に話さなくていいです」
「いや、話せる間に話しておく」
城倉の目が俺を捉えた。老人の目は、体の不調とは別に、まだ鋭かった。
「刀の稽古は三ヶ月しかつけてやれなかった。続きはお前が自分でやれ。源三郎に頼め。あいつも刀は使える」
「先生が回復してから続けてください」
「回復するかどうか分からん。正直に言った方がいい。俺はそういう性分だ」
城倉は少し息を吸った。
「お前はここ半年で変わった。最初に来たときは、強くなることだけを考えていた。今は違う顔をしている」
「どんな顔ですか」
「背負っている顔だ。自分以外のものを背負い始めた顔だ」
俺は何も言えなかった。
「それがいいことかどうか、俺には分からない。背負いすぎると人は折れる。しかしまったく背負わない者は、ただ強いだけの刃になる。どちらがいいかは、生きてみなければ分からない」
「先生はどちらでしたか」
「刃だった。だから晩年に後悔した」
城倉の目が天井を向いた。
「お前には後悔してほしくない。強くなることより、何のために強くなるかを考え続けろ。忘れたとき、人は間違いを犯す」
その言葉を最後に、城倉は目を閉じた。眠りではなく、疲労から来る沈黙だ。
俺はしばらく動けなかった。
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その夜、俺は城倉の家に泊まった。
村人が食事を運んでくれた。城倉は少し食べられた。喉が詰まらないよう、少しずつゆっくりと湯も飲ませた。城倉は黙って受け取った。
深夜、城倉が眠りについてから、俺は囲炉裏の前に一人で座った。
火が揺れている。
城倉の言葉が頭の中で繰り返された。何のために強くなるか。
城持ちになりたい。それは事実だ。
最初はそれだけだった。この時代で生き残るために力が必要で、力を持つためには上に行くしかない。そのための目標として城持ちを置いた。
しかし今は少し違う。
竜之介が安全にいられる場所を作りたい。権蔵のような腕のある者が正当に報われる場所を作りたい。城倉のような老人が安心して生きられる土台を作りたい。
そういう気持ちが、いつの間にか積み重なっていた。
(城倉はそれを「背負っている顔」と言ったのかもしれない)
火が一度大きく揺れて、また静かになった。
答えが出たわけではない。しかし問いと一緒にいることが、今夜は怖くなかった。
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翌朝、城倉は少し回復していた。
左側の動きが戻り始めていて、食事も自力でできた。
「帰れ。仕事があるだろう」
「もう少し」
「俺のことより、来春の準備をしろ。その方が俺への恩返しになる」
城倉は短く笑った。口の端がまだ少し下がっていたが、目は笑っていた。
俺は城に戻った。足が少し軽かった。
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城に戻ると、源三郎が待っていた。
「城倉殿の容態は」
「回復の方向だと思います」
「そうか」
源三郎は少し間を置いた。
「城倉殿に刀を習っていたと聞いた。三ヶ月しかやっていないなら、引き継ぐ」
城倉が言っていた通りだった。
「お願いします」
「礼はいらない。俺も城倉殿には昔、少し世話になった」
「知り合いだったんですか」
「昔の話だ。あの老人はかつて大きな合戦に出ていた。その頃に会ったことがある」
源三郎はそれ以上語らなかった。
城倉と源三郎に繋がりがあった。俺はその事実を頭に置いたまま、黙って歩いた。
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その日の夕方、桑田に呼ばれた。
部屋に入ると、桑田と石渡と源三郎がいた。
「浅野の動きについて、源三郎から新しい話が入った。橘も聞け」
源三郎が話した。
「浅野は単独ではなく、西の細川という領主と連携を取っています。東西から桑田を挟む形で来る可能性があります」
東西から挟む。
俺の頭の中で、戦略眼が地形を展開した。桑田城の東と西。東は川があり、渡河には時間がかかる。西は平地が続き、攻めやすい。
「西からが本隊、東は陽動か牽制か」
俺が言うと、源三郎が俺を見た。
「なぜそう思う」
「東は川があるので大軍が渡るには時間がかかります。大軍は西から来て、東の少数が動きを封じる。そう読みました」
桑田が石渡を見た。
「橘の読みは」
「私も同じ見立てです」
桑田は少し考えた。
「では西を厚くする。しかし東の川も守る。橘、東の川の地形を詳しく調べろ。渡河できる場所とできない場所を全て把握しろ」
「承知しました」
「十日で上げろ」
部屋を出ると、源三郎が隣を歩いた。
「地形を読むのが早いな」
「少し練習しています」
「練習でそこまで読めるか」
源三郎の目に、在番組の頃と同じ探るような色があった。しかし今は追及しなかった。
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長屋に戻ると、竜之介が夕飯を食っていた。
「橘殿、顔が固いですね」
「大きな戦になりそうだ」
「春のですか」
「ああ」
「どのくらい大きいですか」
「在番組で経験した合戦とは、桁が違うかもしれない」
竜之介は箸を止めた。
「そうですか」
「そうだ」
二人して黙った。
囲炉裏の火が揺れている。城倉の家で見たのと同じ、揺れ方だ。
俺は飯を食った。
麦飯でも、ちゃんと味がした。
(続く)




