第15話 「槍術大会と、隠れた牙」
夏が来た。
城倉の稽古は二日に一回に増えていた。城倉が「来たければ来い」と言ったからだ。
その日の稽古で、城倉が珍しいことを言った。
「来月、在番組の足軽たちで槍術の試合があるそうだ。出るか」
「桑田様が設けた催しですか」
「足軽たちの腕前を確認したいのだろう。上位の者には褒美が出る」
出ないという選択肢はない。腕を示す機会だ。
「出ます」
「お前が出れば、おそらく勝てる。しかし勝ち方を考えろ」
「勝ち方を」
「圧勝するのと接戦で勝つのとでは、周囲への影響が違う。お前はすでに藤兵衛の目を向けている。全員を大差で圧倒すれば、他にも面白くない者が増える。かといって手を抜けば意味がない」
「どう勝てばいいと」
「正直に戦え。しかし無駄な強さを見せるな。相手を尊重して勝てば、怨みは最小になる。勝ったことより、どう戦ったかを見る者が必ずいる」
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試合は月初めに行われた。
陣屋の庭に桑田と岡部が来て、足軽たちの槍術を見た。木槍を使った組み稽古で、穂先に布を巻いて当たれば一本とする単純な決まりだ。
参加者は二十名ほど。
竜之介に言った。
「自然体でいけ。勝ちを焦るな」
「分かりました」
竜之介は二回戦まで進み、三回戦で伊助に当たって負けた。伊助は堅実で崩れない。生き残り型の槍術の見本だ。
俺の一回戦の相手は同年代の足軽だった。
構えた瞬間に相手の重心と槍の角度が読める。右重心で踏み込みが浅い。突きの間合いに入ればこちらに有利だ。
俺はゆっくり間合いを詰めた。相手が先に突いてきた。流して体を外側に開き、穂先を喉元へ向けた。
「一本」
一合で終わった。しかし俺は相手が突いてくるのを待ってから動いた。先に仕掛けず、正面から受けた形を作った。
二回戦、三回戦。相手の動きを読んで最小限の動きで勝った。
決勝は伊助だった。
伊助と向き合うと、空気が変わった。構えが低く、重心が安定している。闇雲に突かない。隙を待つ、正確な生き残り型だ。読もうとしても、隙が少なすぎて情報が拾えない。
俺は慎重に間合いを取った。伊助も動かない。
両者が静止して十秒が経った。見ている者が息をのんでいるのが分かった。
動いたのは伊助だった。低い踏み込みで、穂先が腹を狙ってくる。俺は後退しながら槍を上からかぶせた。伊助の穂先が内側に入り込む前に、俺の穂先が胸に当たった。
「一本」
伊助が立ち上がった。一呼吸置いて、俺を見た。
「一本取られた」
「先生方のおかげです」
「城倉殿の稽古が出ている。お前が変わった」
羨みでも悔しさでもない。純粋な評価だった。
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試合の後、桑田が俺を呼んだ。
「よく見ていた」
「お恥ずかしいところもございました」
「いや、面白かった。技を見せびらかさなかった。それが一番よかった」
「来月から岡部の本隊に組み込む。在番組からは外れ、本城の足軽組に入ってもらう」
俺は返す言葉をしばらく探した。
本城の足軽組。桑田直属の部隊だ。給金も上がる。仕事の幅も広がる。しかし在番組を離れるということは、鎌田とも伊助とも竜之介とも離れることを意味した。
「竜之介も一緒に連れて行っていいですか」
口が動いていた。考えより先に言葉が出た。
桑田も少し驚いた顔をした。
「お前の仲間か」
「はい。腕は上がっています。俺の目付け役として使えます」
桑田は少し考えた。
「一緒に来い。ただし仕事で失敗したときはお前の責任にもなる」
「承知しました」
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陣屋に戻って竜之介に話した。
竜之介は最初、意味が分からない顔をした。
「本城の足軽組ですか。それって……」
「出世だ。お前も一緒に行く」
竜之介の口が一度閉じた。それからゆっくり開いた。
「俺も行っていいのですか」
「俺が頼んだ。ただし失敗すれば俺の責任にもなる。しっかりやれ」
「当たり前です」
竜之介は真剣な顔になった。
「橘殿、ありがとうございます」
「礼はいらない。戦場で役に立て。それが俺への一番の礼だ」
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伊助に話すと、「そうか」と言った。
「寂しくなるな」
「伊助さんも来ませんか」
伊助は珍しく、少し笑った。
「俺は在番組が合っている。お前と竜之介は本城の方が向いている。それだけのことだ」
「世話になりました」
「世話というほどのことはしていない。一つだけ言う」
伊助は俺を見た。
「お前はどこへ行っても伸びていく。それは分かる。ただ、伸びれば伸びるほど落とそうとする者が増える。今日の藤兵衛程度じゃない。もっと重い場所からの力が来る。そのとき、信頼できる人間が何人いるかが命運を分ける」
「肝に銘じます」
「行け。暑くなる前に引き越し先の段取りをしろ」
伊助は背を向けた。
俺はその背中に、もう一度頭を下げた。
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本城への引き越しは三日後に決まった。
最後の夜、鎌田が俺を呼んだ。
部屋に入ると、珍しく酒が出ていた。二合の徳利と小さな盃が二つ。
「飲めるか」
「少し」
「座れ」
二人で飲んだ。鎌田は無口だった。俺も黙って飲んだ。
一合目が終わる頃、鎌田が言った。
「よく育った」
「鎌田様に拾っていただいたおかげです」
「俺は何もしていない。最初に可能性を見ただけだ。あとはお前がやった」
「それが一番大事なことだったと思います」
また沈黙が落ちた。
「これだけは言っておく」
「はい」
「桑田様は人を見る目がある。しかしその周りが全員、桑田様のためだけに動いているわけではない。城に入れば、桑田様の名を使って自分のために動く者がいる。そういう者に気をつけろ」
「具体的には」
「広瀬だ」
勘定を束ねる、あの男だ。
「何かあるんですか」
「何があるかは分からない。ただ、勘定を握る者は力を持ちたがる。お前が桑田様に近くなれば、どこかで干渉してくる可能性がある。覚えておけ」
鎌田は酒を飲んだ。
「生き残れ」
俺も酒を飲んだ。
夜が深くなっていた。徳利が空になっても、二人は動かなかった。
(続く)




