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城持ちになる ~現代知識で戦国を駆け上がれ~  作者: みぎみみ


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第13話 「勝利の翌朝」

戦場の翌朝は、死臭から始まる。


 野営地に朝日が差し込むより前に、俺は目を覚ました。鼻に来たのだ。血と泥と、腐り始めた肉が混ざった匂いが。慣れない者は吐く。実際、竜之介の傍らに昨夜の夕飯が出ていた。


「大丈夫か」


「……情けないです」


「情けなくない」


 俺は竜之介の背中を軽く叩いた。


「人として当たり前の反応だ」


 竜之介は口を拭い、ゆっくり立ち上がった。顔色は悪い。それでも足はしっかりしていた。


 死体の処理が始まった。


 戦場の後始末というのは、また別の過酷さがある。倒れた者を集め、桑田側は手厚く弔い、三田側の死者は一まとめにして置いておく。後で三田方が引き取りに来る。この一帯ではそれが習わしだった。


 作業を続けながら、俺は死体を一体ずつ確認した。


 昨日、俺が槍を入れた男がいた。


 三十代くらいだった。泥に汚れた顔。目が半開きになっている。こめかみに打ち傷がある。倒れたときに石に頭を打ったのか、あるいは別の誰かにやられたのか、俺には判断がつかなかった。


 胸のあたりに槍傷があった。


 俺がやった。


 視線を逸らさなかった。


 この男にも家族がいたろう。主君に言われて戦場に出てきて、橘蓮という名も知らない足軽の槍に倒れた。悪人でも善人でもない。ただ、その日だけ俺の敵だった者だ。


 手を合わせた。


 隣で作業していた足軽が俺を見たが、何も言わなかった。


 作業が続いた。次の死体、また次の死体。全員に手を合わせた。時間がかかった。近くの足軽が「橘、手が足りないぞ」と言ったが、俺は無視した。その足軽は何も言わなかった。


---


 昼前に死者の数が出た。


 桑田側は死者八名、重傷者十二名。三田側は死者十四名、捕虜三名。


 捕虜の扱いを岡部が決めた。


「身代金が出るなら引き渡す。出なければ解き放つ」


 三人のうち一人は武士身分で、後日身代金と交換に引き渡された。残り二人は足軽で、持参金もなく、ただ解き放たれた。


 解き放たれた一人が俺の前を通った。二十代の若者だ。顔に打撲の痕がある。


 目が合った。


 互いに何も言わなかった。


 しかしその目に恨みの色はなかった。疲れと、生きていることへのただの安堵。それだけだった。


 男は去った。


 戦とは何なのか、という問いが頭をよぎった。答えは出ない。出す場所でもない。


---


 本隊が桑田城へ引き上げる前に、岡部が俺を呼んだ。


 後片付けが一段落した昼過ぎだ。


「今回の合戦で、三田との条件を取り決めることになった。水利の境界線と、向こう五年の不可侵だ」


「それはよかったです」


「お前の読みで伏兵を退けた。あれがなければ左側面が崩れていた。結果が変わっていた可能性がある」


 岡部は淡々と言った。


「礼を言う」


「身に余る言葉です」


「一つ聞く。お前は今、何を目指している」


 俺は少し間を置いた。


「城を持ちたいと思っています」


 岡部の目が微かに動いた。


「足軽が城持ちを口にする。それを笑わないのかと思っているか」


「……正直に申せば」


「笑わない。俺も足軽から始めた」


「本当ですか」


「本当だ。二十年かかった。お前より遅かったかもしれない。ただ道はある。運と実力と、あとは運だ」


「運が二度出ました」


「それだけ運が重要だということだ」


 岡部が笑った。こちらへ来てから、この男が笑うのを初めて見た気がした。


「桑田様に話しておく。今回の件はお前の名前を出す価値がある」


「ありがとうございます」


「礼は要らん。生き残れ」


---


 陣屋に戻ったのは翌日だった。


 鎌田が出迎えた。


「お帰り。傷は」


「軽いものが二か所」


「城倉殿に診てもらえ。あの老人、妙な草の知識がある」


 翌朝、稽古のついでに城倉に傷を見せた。


 城倉は脇腹の傷を確認して、黙って青みがかった葉を持ってきた。揉んで汁を絞り、傷口に塗る。


「何の草ですか」


「どくだみだ。傷の腐りを防ぐ力がある。お前が酒で傷を洗うのと似た理屈だ」


「そういう知識があったんですか」


「戦場で長生きするには、槍だけでは足りない。傷の手当てを知っていれば、自分だけでなく仲間も助けられる」


「全くその通りです」


 城倉は俺の顔を見た。


「合戦はどうだった」


「怖かった。動けた。人を……やった」


「今、何を感じている」


「手に残っています。感触が」


「そうか」


「慣れますか」


 城倉は少し間を置いた。


「慣れる者もいる。慣れない者もいる。どちらがいいかは分からない。俺は慣れた方だが、正しかったとは思っていない」


 老人の目が、遠い場所を見るような色になった。


「手に残るということは、まだ人として当たり前の感覚がある。大事にしろ。失うと、戻ってこない」


 俺は黙って頷いた。


 城倉は傷に布を巻いてくれた。老人の手は確かだった。稽古でしか見せたことのない手が、こういうときにも動く。


---


 傷が癒えるまでの数日、体を休めながら頭を動かした。


 今回の合戦で前進した部分はある。岡部の評価を得た。地形の読み方も、槍術も、戦場での判断も、一段上がった手応えがある。


 しかし課題もある。


 混戦になると戦略眼の精度が落ちる。近距離の乱戦では個々の動きを追いきれない。体力も後半は限界に近かった。持久力がまだ足りない。


 それと——精神的な問題。


 竜之介は昨夜も眠れなかったと言った。俺も眠りが浅い。夢の中で昨日の戦が繰り返される。


(これは想定内だ。心の傷は、日常に戻ることで少しずつ癒える)


 戦場帰りの者が心を病む。それはこの世界でも同じはずだ。


 竜之介に言った。


「体を動かせ。頭で考えていると止まらない。体を動かせば少しずつ落ち着く」


「分かりました」


「城倉先生の稽古も続けろ」


「合戦の後でも稽古ですか」


「合戦の後だからこそだ」


 竜之介は翌朝から稽古に戻った。俺も傷の痛みを我慢しながら素振りを始めた。


 体を動かしていると、頭の中が少し静かになる。


励みになりますので、高評価ブックマークをよろしくお願いします。


毎日6:30に更新します。

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