第88話 忘れられたドクター梅子
訓練休養日――。
精神と時の空間・大浴場。
訓練で疲れた身体を癒やすため、パンダ、ポルガン、そして魔王の三人は水着姿でぬるめの大浴場に浸かっていた。
湯気がゆっくりと立ち上り、誰もが肩の力を抜いている。
さっきまでレオン特製の麻婆豆腐を夢中で食べていた三人は、今度は24スィーツ店で橘が大量に買ってきたスイーツパーティーの残りから、それぞれ好きなミニメルツを三個ずつ選んで食べていた。
パンダはコットンキャンディ。
魔王はチョコバニラ。
ポルガンは爽やかな酸味が人気のレインボー。
パンダは小さなスプーンでカラフルな粒をすくうと、口へ運ぶ。
「うーん……やっぱり辛い物を食べた後は甘い物だにゃ。」
口いっぱいに広がる甘さに、思わず頬が緩む。
「ぬるいお風呂に入りながら、信頼できる仲間とアイスを食べる……これ以上の幸せってあるかにゃ?」
「確かに。」
ポルガンも微笑きながら頷く。
「レオンさんの麻婆豆腐も最高でしたが、このアイスも格別ですね。」
「チャッピー。」
パンダはスマートウォッチへ話しかけた。
「今食べてるミニメルツの解説をお願いするにゃ。」
『小さなつぶつぶに美味しさがギュッと詰まったミニメルツは、お口の中でふわっととろける新食感のアイスです。
小さな球状のアイスはマイナス百九十六度の液体窒素で瞬間凍結して作られています。
凍結時間が非常に短いため、素材の美味しさをそのまま閉じ込め、一粒一粒が口の中でみずみずしく広がります。』
チャッピーの説明が浴場へ響く。
魔王は感心したようにアイスを眺めた。
「マイナス百九十六度とは……我の氷魔法でも驚くほどの低温じゃ。」
スプーンで一粒すくう。
「レオン殿の麻婆豆腐も美味であったが、これもまた見事な甘味じゃの。」
「地球って面白いにゃー。」
パンダは満足そうに頷いた。
しばらく三人は無言でアイスを味わう。
静かな時間が流れる。
やがて魔王が、ぽつりと口を開いた。
「……一つ、頼みがある。」
「なんだにゃ?」
「我のことを、いつまでも『魔王』と呼ぶのはやめてくれぬか。」
パンダとポルガンは顔を見合わせた。
魔王は少し照れくさそうに笑う。
「我にも親から授かった名がある。」
一呼吸置き、静かに続けた。
「ランスロット。」
その名を口にする声は、どこか誇らしかった。
「それが我の本当の名じゃ。」
パンダは優しく笑う。
「もちろんだにゃ。」
ポルガンも静かに頷いた。
「では、これからはランスロット様とお呼びします。」
「様まで付けなくてもよいのじゃがな。」
ランスロットは苦笑する。
「ダメだにゃ。王様なんだからランスロット様だにゃ。」
「僕も、その方がしっくりきます。」
ランスロットは照れながらも嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう。」
アイスを持っていない左手を差し出す。
パンダとポルガンは自然とその手へ自分の手を重ねた。
「これからもよろしくにゃ、ランスロット様。」
「よろしくお願いいたします。」
「こちらこそじゃ。」
三人は顔を見合わせて笑った。
湯気の向こうには、穏やかな時間だけが流れていた。
◇ ◇ ◇
一方――。
精神と時の空間・休憩所の食堂。
レオン特製の麻婆豆腐は、まだ大鍋いっぱいに残っていた。
食堂では深雪、リリー、ミカエラ、真央、高橋、そしてレオンが、炊きたての白いご飯と一緒に麻婆豆腐を頬張っている。
「辛っ!」
真央は慌てて水を飲む。
「でも美味しい!」
「本当にクセになる辛さだね。」
リリーも額へ薄っすら汗を浮かべながら笑った。
「僕はそんなに辛いとは思わないけどな。」
レオンだけは平然としている。
「ドクターレオン、それ絶対おかしいですよ。」
高橋が苦笑した。
その時だった。
食堂の前を五十嵐薫が二人の仲間を連れて通り掛かる。
「あれ? なんだか凄く良い匂いがしますね。」
「麻婆豆腐だ。」
レオンが振り返る。
「五十嵐君達も食べる?」
「え? いいんですか?」
「もちろん。いっぱい作ったから。」
「ありがとうございます!」
三人は嬉しそうに皿にご飯を盛り付ける。
その上からレオンが熱々の麻婆豆腐をたっぷりとかけた。
湯気と一緒に香辛料の香りが広がる。
「いただきます!」
三人同時に口へ運ぶ。
「……うまっ!」
思わず声が揃った。
「なんなんですか、この麻婆豆腐!」
「めちゃくちゃ美味い!」
「店出せますよ!」
五十嵐の仲間達は夢中になって食べ始める。
五十嵐も思わず笑った。
「これ、本当にレオン先生が作ったんですか?」
「うん。」
レオンは照れ臭そうに笑う。
「りゅういちさんのバズレシピを参考にしたんだ。」
「へぇ……。」
五十嵐は感心したように頷く。
「パンダなんか、ステーキ焼かせたらシェフ並みだからね。」
レオンは笑いながら続ける。
「僕も料理くらい出来ないと、医者として負けてられないでしょ。」
「医者と料理人を比べる人、初めて見ましたよ。」
高橋が笑う。
食堂中が笑いに包まれた。
しばらく食べ進めると、五十嵐が気になっていたことを尋ねる。
「そういえば、先に修行していた皆さんって、四次元ポシェットから色々なお菓子や飲み物を出してますよね?」
「ああ。」
高橋が頷く。
「地球組はまだ鈍器ホーテに行ってないんですよね?」
「鈍器ホーテ?」
「巨大なディスカウントストアですよ。」
「食べ物もお菓子も酒も日用品も、何でも売ってます。」
五十嵐達は目を輝かせた。
「買い出しですかね!」
「今度の休養日にみんなで行くか。」
レオンが言う。
「僕も深雪やユリウスに分けてたら、ビールの在庫が減っちゃってさ。」
「賛成!」
高橋が真っ先に手を挙げる。
「ビール補充しないと!」
「きゃー!」
真央も嬉しそうに立ち上がる。
「パパ払いに出来るか聞いてみる!」
五十嵐は吹き出した。
「いやいや、俺達は給料も出てますから、自分達で払いますよ。」
「偉い!」
真央は感心したように拍手する。
「五十嵐さん達って鈍器ホーテ行ったことあるんですか?」
高橋が尋ねる。
「ありますよ。」
五十嵐は笑う。
「眼鏡掛ければ意外とバレませんし。」
「プライベート感出すと、昔ほど騒がれなくなりましたからね。」
「なるほど。」
高橋は何度も頷いた。
食事も終わりに近付いた頃。
五十嵐が少し遠慮がちに笑う。
「ドクターレオン。」
「ん?」
「ビール……まだあります?」
レオンは吹き出した。
「ちゃっかりしてるな。」
四次元ポシェットへ手を入れる。
缶ビールが一本、二本、三本、四本。
次々とテーブルへ並べた。
「これで最後だぞ。銘柄はバラバラだけど。」
「やったー!」
高橋が一番喜ぶ。
「お前は、自分で買った分飲めよ。」
レオンが呆れて笑った。
その様子を見ていたミカエラが、真央とリリーへ向き直る。
「あなた達二人は駄目。」
「えー?」
「アルコールはまだ早いわ。」
ミカエラは笑顔で言う。
「24スィーツ店の可愛いジュースがあるでしょう?」
「チェー。」
真央は頬を膨らませた。
「僕達、もう子供じゃないのになぁ。」
「リリー。」
ミカエラが四次元ポシェットを差し出す。
「くまボトルとペンギンボトル、どっちにする?」
リリーの目が一気に輝いた。
「見てから決めます!」
「私もー!」
真央も立ち上がる。
二人は仲良くジュースを取りに、四次元ポシェットを持つ、ミカエラの所に駆け寄った。
その後ろ姿を見送りながら、食堂には再び笑い声が響き渡った。
◇ ◇ ◇
一方――。
精神と時の空間・大浴場。
ランスロット、ポルガン、パンダの三人は、食後のアイスを食べ終え、ぬるめのお湯に肩まで浸かっていた。
「はぁ~。」
パンダが大きく息を吐く。
「今日は久しぶりに元気が出たにゃ。」
「レオン殿には感謝せねばな。」
ランスロットも穏やかな笑みを浮かべる。
「本当に美味しい麻婆豆腐でしたね。」
ポルガンも頷いた。
しばらく三人とも無言だった。
湯船に波紋だけが広がる。
その時だった。
「あーーーーっ!!」
パンダが突然立ち上がる。
バシャーン!
盛大にお湯が飛び散った。
「どうしました、パンダさん!?」
ポルガンが驚いて立ち上がる。
ランスロットも目を丸くした。
「忘れてたにゃーーーっ!!」
頭を抱えて叫ぶパンダ。
「梅子達だにゃ!」
「梅子殿?」
「24スィーツ店でスイーツいっぱい買った時に、研究員組も好きに食べていいよって伝えるの忘れてたにゃーー!」
パンダはその場で頭を抱えてしゃがみ込む。
「六日も忘れてたにゃ……。」
「それは……。」
ポルガンは苦笑した。
「怒っているかもしれませんね。」
「うむ。」
ランスロットも真顔で頷く。
「ドクター梅子なら十分あり得る。」
「まずいにゃー。」
パンダは慌ててスマートウォッチを操作し始める。
「電話、電話……。」
ランスロットは苦笑しながら言う。
「ついでに子供達の写真や動画も送ってもらってくれぬか。」
「我もミカエラも、人工子宮で育つ我達の子供の顔が見たい。」
「真央さんの弟達の写真ですか!俺もみたいです。」
「分かったにゃ!」
パンダは勢いよく通信ボタンを押した。
⸻
一方その頃――。
龍の巣・研究用魔法空間。
広い研究所では、巨大な人工子宮が静かに並び、研究員達が忙しそうに解析を続けていた。
その中央で、白衣姿の梅子が顕微鏡を覗いている。
「くしゅん。」
小さなくしゃみ。
「……。」
梅子は鼻を押さえた。
「誰か噂してる?」
研究員達は顔を見合わせる。
その時。
ピロン♪
スマートウォッチが鳴った。
画面を見る。
発信者。
パンダ。
梅子は少し嫌な予感がした。
通話を押す。
画面いっぱいにパンダの顔が映る。
「梅子ーー!!」
「ごめんにゃーーーー!!」
梅子は無言だった。
研究室中が静まり返る。
「実はにゃ!」
「24スィーツ店でスイーツ山ほど買ったんだけど……。」
「研究員組も好きに食べていいよって言うの、忘れてたにゃー!」
沈黙。
三秒。
四秒。
五秒。
梅子はゆっくり眼鏡を押し上げた。
「……パンダちゃん?一体どれくらい忘れてたの?」
声は穏やかだった。
だからこそ怖い。
画面の向こうでパンダの目が涙でうるむ。
「ご、ごめんにゃ……。六日にゃ」
「研究員全員、甘い物を楽しみに待ってたんですよ?」
「うっ……。」
「しかも六日。コッチの時間では十六日だよ?」
「うぅ……。」
パンダは完全にしょんぼりした。
その様子を見ていた研究員達が吹き出す。
「あははは!」
「パンダ様らしいですね!」
「忘れてたなら仕方ありませんよ。」
梅子も小さくため息をつくと、ふっと笑った。
「今回は許す!」
「本当に!?」
「その代わり。」
梅子はニヤリと笑う。
「次に買って来たら、一番最初に選ばせてください。」
「もちろんだにゃ!」
パンダは満面の笑みになった。
「研究員全員分、好きなだけ選ぶにゃ!」
「約束ですよ。」
通信が終わる。
大浴場ではランスロットとポルガンが顔を見合わせて笑っていた。
「許してもらえて良かったですね。」
「うむ。」
ランスロットは安心したように息を吐く。
「ドクター梅子は優しいのう。」
パンダは胸をなで下ろした。
「危なかったにゃ~。」
その頃、研究所では研究員達が、
「スイーツだー!」
「やったー!」
と大盛り上がり。
研究室は笑顔に包まれていた。
こうして、危うく忘れ去られるところだったドクター梅子も、無事に24スィーツ店のスイーツパーティーへ参加できることになったのだった。
ドクター梅子です。
勿論、その後でランスロットは私から人工子宮の中で育つ子供達の動画を送って貰って大喜び。
私もパンダちゃんの事怒れないかも、なにか忘れてる気がするんだよな。
くしゅん。
どうした?雷蔵くしゃみなんかして。そんな格好してるから冷えたのか?
アーネストさんが脱がせたんでしょ。
半裸でイチャイチャしていたのは、地球に残されて寂しくなった私の夫・雷蔵と、私のモデル仲間アーネストだった。




