第85話 パンダの怒り
午後――。
精神と時の空間・休憩所。
パンダはソファへ座り、スマホを耳へ当てていた。
「お母さん、お父さんのところに顔出そうと思うんだけど。」
『しばらく必要ないわ。』
母の声は、どこか冷たかった。
『あなた、毎月一回顔を出すから親離れできてないって、私たちが周りから責められるのよ。』
「だって……心配じゃん。私、一人っ子なんだよ。」
『一人っ子だからって、甘やかして育てたのが悪かったのね。』
パンダは俯く。
『それよりあなた、次回の三人の救世主のメンバーに選ばれたんですって?』
「……うん。」
『とても尊い役割らしいわね。お父さんも母さんも鼻が高いわ。近所のみんなから”素晴らしいお子さんをお持ちですね”って褒められたのよ。』
パンダはしばらく黙っていた。
そして、小さな声で呟く。
「……三千年も苦しむんだよ。」
一瞬の沈黙。
『不老長寿なんでしょ?』
母はあっさり答えた。
『先代のプロメテーウス様は一人で三千年耐えられたんだから。我慢できるでしょ。あなた達は三人いるんでしょ。我儘言わないの。』
「でも……。」
『それに、語尾に変な言葉を付けて話すのもやめなさい。母さんまで馬鹿みたいで恥ずかしいわ。』
パンダは返事ができなかった。
『じゃあ、テレビ局の取材が来てるから切るわね。頑張りなさい。』
プツッ――。
通話が切れた。
「…………。」
パンダはしばらくスマホを見つめたまま動かなかった。
◇
射撃訓練場。
「パンダさん、これ。」
橘が細長いケースを差し出す。
「ポルガン様に魔道具化していただいた、スコープ付きの長銃身エアガンです。弾にも魔力を込めてくださったそうですよ。」
ケースを開ける。
黒く美しい銃身が姿を現した。
「パンダさん、射撃はめちゃくちゃ上手いですもんね。」
パンダは何も言わず銃を受け取る。
静かにイヤーカフを装着した。
橘も数メートル離れた場所でイヤーカフを着け、スマホの録画ボタンを押す。
「頑張ってください、パンダさん。」
パンダは無言で構える。
スコープ越しに標的を見据えた。
パンッ。
パンッ。
パンッ。
乾いた音が三度響く。
弾は全て、標的の中心を正確に撃ち抜いた。
「さすがです!」
橘が拍手する。
「パンダさん――」
その時だった。
エアガン全体が淡く赤く光り始める。
パンダの魔力が急激に膨れ上がっていく。
「……お母さんなんて。」
ポツリと呟く。
「大嫌いだ。」
次の瞬間。
バシュゥゥゥゥン!!
巨大な光線が射撃場を貫いた。
標的は一瞬で消滅。
さらに、その奥にあった射撃場の壁まで綺麗に吹き飛ばしてしまった。
土煙が舞い上がる。
「…………。」
橘は言葉を失った。
パンダはエアガンを眺める。
「あれ?」
首を傾げる。
「橘。ポルガンが作ってくれたエアガン……壊れちゃった。」
イヤーカフを外しながら困ったように笑う。
橘は苦笑した。
「改良の余地がありますね。映像をポルガン様へ送りましょう。」
しかし、すぐに表情を曇らせる。
「……どうしました?怪我はありませんか?」
「今日は元気がありませんね。」
その一言で。
パンダの表情が崩れた。
「橘……。」
語尾に”にゃ”が付かない。
「私……本当はプロメテーウスになりたくない。」
震える声。
「怖い。」
「みんなと離れて……。」
「三人だけで三千年も、人類の罰を肩代わりするなんて……。」
「本当は嫌だ……。」
涙が溢れた。
「嫌なんだよぉ……。」
橘はパンダに走り寄った。
そして。
パンダは橘の胸へ飛び込んだ。
「橘ぁああ……。」
子供のように泣きじゃくる。
橘は一瞬だけ戸惑う。
それでも静かにパンダの小さな身体を抱き締めた。
「……パンダさん。」
「よく今まで抱えてきましたね。」
しばらくそのまま泣かせたあと、橘は優しく笑った。
「今日は仕事をやめましょう。」
「え?」
「今から部下と二十四スイーツ店へ行って、三店舗分全部買い占めてきます。」
パンダが涙で濡れた顔を上げる。
「え?」
「今日はスイーツパーティーです。」
橘は笑った。
「レオン様も深雪さんも呼びます。」
「みんなで甘いものでも食べましょう。」
パンダは泣きながら笑った。
「……うん。」
◇
午後2時、橘と5人の部下は足早に3棟ある休憩館の一番大きな第一休憩所に入り、大慌てでスイーツパーティーのセッティングし始めた。
「アイス・ジェラート、3Dフルーツアイス、タンフルアイスは四次元収納ポシェットへ入れたままでお願いします。」
「溶けますからね。」
「ケーキ缶、団子、マカロン、クレープ、ティラミスはテーブルへ並べてください。自然解凍した方が美味しいです。」
「パフェやアサイーボウルは食べる直前に出してください。」
「はい!」
◇
その夜――。
スイーツパーティーは遅くまで続いた。
訓練生たちは飛行訓練の失敗談で笑い合い、キーキーは右手に十円パン、左手に3Dフルーツアイスを持ちながら、何度も「高くまで飛んだんだー!」と身振り手振りで再現し、会場は何度も笑いに包まれた。
真央とポルガンは、自然解凍されたモンブラン缶を一口食べる。
「なんだこれ……。」
ポルガンは目を丸くした。
「美味しすぎるー!」
真央はもう一口食べると、幸せそうに頬を緩めた。
リリーは餅屋の生餅を食べながら、満足そうにスプーンを舐めて、真央とポルガンも食べる?と差し出して待っていた。
深雪はロールアイスを食べ、レオンはマカロンを食べ、パンダは大好物の纏のショートケーキ缶を食べて喜んでいる。
リアとナルは新しく出来た少し大きな友達とおむすびケーキを食べながら笑っていた。
ナルがおちゃらけて、みんなが笑う。
キーキーがタンフルアイスのブドウを食べながら言った。
「橘さーん!」
「はい?」
「また今度、買ってきてくださいねー!」
橘は高級チーズケーキに舌鼓を打ちながら、笑って頷く。
「もちろんです。」
「今度は季節限定の商品も買ってきますね。」
「やったぁ!」
五十嵐は腕を組み、纏のショートケーキ缶を眺める。
「……缶入りのケーキですか。」
少しだけ鼻で笑う。
「見た目は面白いですね。」
缶を掴むとプルタブを外し、スプーンで一口すくい、口へ運ぶ。
「…………。」
動きが止まる。
もう一口。
また一口。
「……美味い。」
普段ほとんど表情を変えない五十嵐の口元が緩んだ。
その様子を見たキーキーが笑う。
「五十嵐さん、顔! 顔!」
「……。」
五十嵐は慌てて無表情へ戻る。
「橘さん。」
「はい?」
「……また、また買ってきてください。」
パンダも、いつの間にか笑顔を取り戻していた。
「今日はありがとうにゃ。」
小さく呟いたパンダは、そのままレオンと深雪と並んで歯を磨いてから、寝室へ向かう。
何も言わず二人の間へ潜り込む。
「今日は特別だからな。」
言葉とは裏腹に喜んでいる、レオン。
「やだ!何時も一緒がいい。」
「俺は毎晩でも大歓迎♡」
深雪がパンダの頭を撫でる。
レオンも静かに布団を掛け直した。
「おやすみ、パンダ。」
「……おやすみ。」
その夜は久しぶりに、不安のない穏やかな眠りにつくことができた。
橘です。
パンダさんはお母さんと親子の相性が悪いみたいです。
前から気になっては居たんですけどね。
でも今日は、みんなのおかげで少し元気を取り戻したみたいですね。
エニド・ブライトン作品みたいに、翌朝は胃がムカムカする人が続出したかもしれません(笑)。美味しくても程々にしましょうね!レオン様。
太田胃酸を持つレオン。
なんで僕にいうんだ?意味がわからない。




