済 第75話 娘娘の約束
地球
2031年10月28日火曜。
ポルガンの誕生日迄後2ヶ月と19日。
精神と時の空間。
64日目。
時の間に居られる時間、後416日
翌朝――。
精神と時の空間・宿舎前。
「今日は人間界の勉強の日です。」
橘が十二兄弟へ説明する。
「私と娘娘さんで、日本の文化をご案内します。」
「よろしくお願いいたします。」
十二兄弟は綺麗に頭を下げた。
昨日まで龍だったとは思えないほど、人間の姿にも少しずつ慣れてきている。
「まずは一番身近な施設から見てもらいます。」
橘が微笑んだ。
「コンビニです。」
◇
自動ドアが開く。
「いらっしゃいませー!」
店員の元気な声が響く。
「おお……。」
「これがコンビニ……。」
「思っていたより小さいですね。」
娘娘が笑う。
「でも、中身は凄いんですよ。」
十二兄弟は店内を見回した。
壁一面の飲み物。
お弁当。
おにぎり。
パン。
お菓子。
雑誌。
日用品。
「一つのお店に、これほどの商品が……。」
「しかも二十四時間営業です。」
橘が説明する。
「困った時は、とりあえずコンビニへ行けば何とかなる。」
「日本では、そう言われるほど便利な店なんです。」
「素晴らしい……。」
一人がサンドイッチを手に取る。
もう一人はおにぎり。
女性陣はスイーツコーナーに興味津々だった。
「このプリン、美味しそうです。」
「こちらのシュークリームも。」
娘娘は笑顔で頷く。
「全部美味しいですよ。」
買い物を終えると、店の外の休憩スペースへ。
橘はホットコーヒー。
娘娘はアイスカフェラテ。
十二兄弟は肉まん、おにぎり、フライドチキンを楽しそうに食べていた。
「人間の食文化は素晴らしいですね。」
「これなら外の世界へ来たいと思う理由も分かります。」
橘は時計を見る。
「それでは次へ向かいましょう。」
「次は日本の自衛隊基地です。」
「自衛隊?」
「この国を守る人たちですよ。」
十二兄弟は真剣な表情で頷いた。
歩き始めて数分。
十番が静かに娘娘へ声を掛けた。
「娘娘様。」
「はいみゃ?」
「少しだけ、お聞きしたいことがあります。」
十一番も優しく微笑む。
「すぐ終わりますので。」
「わかりましたみゃ」
娘娘は何の疑いもなく二人について歩いた。
橘は十二兄弟の残り十人へ説明を続けている。
三人は少しずつ距離を取り、コンビニの陰に入っていった。
十番が立ち止まる。
「ここなら大丈夫です。」
右手を静かに掲げた。
足元へ黒い魔法陣が広がる。
「えっ!?」
娘娘が声を上げた瞬間――
景色が消えた。
◇
静寂。
光も風もない世界。
胸が締め付けられるほど重い魔力だけが漂っている。
娘娘は思わず息を呑んだ。
「ここは……。」
前方。
巨大な結界の中央に、一人の男が横たわっていた。
全身は黒い呪いに覆われ、皮膚はひび割れ、呼吸は浅い。
今にも命の灯火が消えてしまいそうだった。
それでも、その身体はなお、世界中から集まる禍々しい呪いを受け止め続けている。
三千年間――。
ただ一人で。
娘娘は震える声で呟いた。
「この方が……。」
十番と十一番は静かに膝をつく。
「プロメテーウス様。」
ゆっくりと男が目を開いた。
疲れ切った瞳。
だが、その奥には優しさが残っていた。
「……怖がらなくてよい。」
かすれた声だった。
「私は……世界を滅ぼしたい訳ではない。」
娘娘は何も言えなかった。
「三千年……私は、この世界へ流れ込む憎しみと呪いを、一人で受け止め続けてきた。」
黒い呪いが身体を蝕む。
苦しそうに咳き込みながら、それでも言葉を続ける。
「しかし……もう限界だ。」
「このままでは、私が消えると同時に、この世界も呪いに飲み込まれる。」
娘娘の瞳が揺れる。
「世界を救うには……三人へ、この呪いを託さなければならない。」
「三人……?」
「ポルガン。」
「魔王。」
「そして……天才パンダ。」
プロメテーウスは静かに娘娘を見つめた。
「ポルガンの誕生日に……その三人を、ここへ連れて来てほしい。」
娘娘は長い沈黙のあと、小さく息を吐いた。
「……わかりました。」
「ポルガン様のお誕生日前日に、お連れします。」
プロメテーウスは安心したように目を閉じる。
「……ありがとう娘娘。」
十番が再び魔法陣を展開した。
光が三人を包み込む。
◇
気が付くと、林の中へ戻っていた。
遠くから橘の声が聞こえる。
「娘娘さん! 十番さん! 十一番さん!」
娘娘は慌てて笑顔を作った。
「ごめんだみゃー! すぐ行くみゃ!」
三人は何事もなかったように歩き出す。
しかし娘娘の胸には――
虫の息になりながらも、世界を守り続けていたプロメテーウスの姿が、深く焼き付いて離れなかった。
娘娘です。
フェイ太郎は毎日、お買い物してるらしいみゃ。
娘娘の苦労も知らないで呑気にも程があるみゃ!




