済 第64話 異世界の和解
精神と時の空間――宿舎。
「ただいま帰ったわよー!」
ミカエラの明るい声が、宿舎中へ響き渡った。
入口から現れたのは、ミカエラ、真央、ポルガン、橘。
その後ろには、大量の荷物を抱えた五人の従者達が続いている。
紙袋。
大きな箱。
服が入った袋。
ネズニーランドの袋まである。
傘。
扇子。
バッグ。
従者達の顔が、荷物の山にほとんど隠れていた。
「一旦戻って来たにゃー!」
さらに、その後ろからパンダが姿を現す。
「それよりにゃぁ。いー感じになって来たから、ティーパーでニュースを見てほしいにゃー!」
宿舎の中にいたレオンは、パンダの声を聞くなり勢いよく外へ飛び出した。
「パンダ!」
「レオーン!」
パンダは両手を広げる。
「相変わらず、かっこいいにゃーねー!」
「お前、四日も出てたんだぞ!」
レオンはそのままパンダを強く抱き締めた。
「心配した! 連絡も全然くれないし!」
「あー、そっちじゃ四日も留守にしてたのにゃー?」
パンダはレオンの背中をぽんぽん叩く。
「地球では半日経った位にゃ。修行は進んでるかにゃ?」
「かなり進んだぞ。」
レオンはパンダを抱き締めたまま答えた。
「魔力も体力も、修行前とは比べものにならないくらい上がってる。」
「いー感じだにゃー!」
その時、宿舎から踊り子の神衣を着た深雪も姿を現した。
「おかえりー、パンダー!」
深雪は両手を振る。
「それよりミカエラ様と真央ちゃん、すごい服ですねぇ。ロリータですかぁー?ネズニーランドも視察して来たの?」
ミカエラと真央は、原宿で購入したフリルとレースたっぷりのロリータ服を身につけていた。
ヘッドドレス。
大きなリボン。
何枚も重ねられたスカート。
日傘まで持っている。
「可愛いでしょう?」
真央がその場でくるりと回る。
「ポルガン君が選んでくれたの!」
「俺は真央様に似合う物を選んだだけです。」
ポルガンは少し照れたように微笑んだ。
橘が言った。
「ネズニーランドにはさすがに行ってませんが。私の部下の一人にパンダさんの武器を買って来て貰ったんです。」
「え?パンダの武器って何にゃ?」
ポルガンが可愛らしい、キャラクターが描かれたビニール袋から、シャボン玉銃を取り出して、パンダに見せた。
「これパンダのお気に入りにゃー。レオンの買ってくれた奴の新しい奴にゃ。これが武器になるにゃ?」
シャボン玉銃を一つ受け取って、構えるパンダ。
「未だです。それ貸してください。俺が魔力注いどきます。」
パンダは持っていた、シャボン玉銃の袋をポルガンに手渡しながら、深雪を上から下まで眺める。
「深雪は相変わらずセクシーにゃねー。」
「風呂には入ったのかにゃ?」
「寝巻きに着替えないのかにゃ? レオンみたいに。」
「俺、毎晩この格好でレオンと寝るように言われてんだよ。」
深雪は頬を赤らめ、身体をもじもじさせた。
「まきには言うなよな。」
「なんか深雪、可愛くなりましたね。」
ポルガンが不思議そうに深雪を見る。
「この空間に入る前は、自信たっぷりだったのに。」
「だってさぁ……。」
深雪は自分の衣装を見下ろす。
「風呂も飯も修行も寝る時も、全部レオンと一緒なんだぞ。」
レオンはパンダを抱き締めたまま、大きくため息をついた。
「風呂も飯も寝る時も修行も一緒。」
「おまけに深雪はどんどん可愛くなる。」
「これで魅了されるなとか、酷い話だよな。」
「レオーン。」
パンダはレオンの胸を軽く押した。
「そんなことより、ティーパーを見ようにゃ。」
「大ニュースにゃよ。」
◇
宿舎の広間。
白い壁の前へ、パンダが持ってきた小型映写機が置かれた。
レオン。
深雪。
ミカエラ。
真央。
ポルガン。
橘。
ユリウス。
ナルとリア。
踊り子達。
魔王軍の兵士達。
法王庁の騎士団。
白魔法使いと黒魔法使い達。
買い物から戻ってきた従者達まで集められ、全員が壁へ映し出されたティーパーの映像を見つめていた。
橘は荷物を置いたあと、壁際に静かに立ち、腕を組んで映像を見守っている。
「今から流す映像は、パンダが撮影したんだにゃ。」
パンダが映写機を操作する。
「世界が変わる瞬間にゃよ。」
映像が始まった。
泉の広場。
魔王。
法王。
アルメリア領前領主。
そして異世界リターナを治める総ての国王、領主達が一堂に会している。
その背後には、魔王軍の兵士。
法王庁の騎士。
領民。
獣人。
魔物。
動物達まで集まっていた。
広場には、今までにない緊張感が漂っている。
魔王が一歩前へ出た。
『来るべき日。』
『我々は、プロメテーウスへ掛けられた三千年に及ぶ呪いを、浄化することになった。』
宿舎の中がざわついた。
「三千年の呪いを……。」
ユリウスが息を呑む。
映像の中で、魔王が続ける。
『我々は、憎み合うことをやめる。』
『魔王領と法王領。』
『互いを悪と呼び、長きにわたり争い続けてきた。』
『だが、その争いこそが、プロメテーウスへ憎しみと呪いを集め続けていた。』
続いて法王が前へ出た。
『我々は、犯した罪は、犯した者自身が償うべきだと考えるべきです。』
『誰か一人へ罪を押し付け、赦しを求め続けることは間違っていました。』
『人間も、魔族も、獣人も、魔物も。』
『これからは、自らの罪を背負い、自らの行いを正していかなければなりません。』
アルメリア領前領主も静かに頭を下げた。
『私は、自らの罪を息子へ押し付けようとしました。』
『ポルガンへ呪いを背負わせれば、国が救われると思っていたのかもしれません。』
『だが、それは間違いだった。』
『罪は、自分自身が償わなければならない。』
宿舎で映像を見ていたポルガンが、目を大きく見開いた。
「父上……。」
橘はその様子を横目で見ながら、小さく頷いた。
映像の中。
魔王。
法王。
アルメリア領前領主。
三人は互いに歩み寄った。
最初に手を差し出したのは魔王だった。
法王がその手を握る。
アルメリア領前領主も手を重ねる。
そして三人は、固く握手を交わした。
次の瞬間。
魔王と法王は、互いを抱き締めた。
長きにわたり敵対してきた二つの勢力。
その頂点に立つ二人が、泉の広場で抱擁を交わしている。
広場にいた人々から、大きなどよめきが起こった。
やがて、拍手が一つ。
また一つ。
そして広場全体を包み込むような、大きな拍手へ変わっていった。
映像が一度止まる。
宿舎の中では、誰も声を出せなかった。
最初に口を開いたのはポルガンだった。
「凄い……。」
「父上が、和解を選ぶなんて。」
ポルガンはパンダを見る。
「これは、パンダさんが仕組んだことなんですか?」
「いや。」
パンダは首を振った。
「パンダだけじゃないにゃ。」
「レオンのお陰にゃよ。」
「僕の?」
レオンが自分を指差す。
橘はそのやり取りを聞きながら、静かに口元を緩めた。
「そうにゃ。」
パンダは映写機を操作する。
「まだチャッピーが作った動画があるにゃ。」
次に映し出されたのは、三つの宗教の歴史をまとめた映像だった。
精霊信仰。
ルーメン教。
ノクス教。
自然へ感謝を捧げる最古の信仰。
同じ始祖から分かれ、互いを悪と呼び争い続けた二つの宗教。
その争いから生まれた憎悪。
そして三千年間、世界中の呪いや恨みを集め続けたプロメテーウス。
映像の最後には、レオンの白魔法秘術デリートについて説明されていた。
『黒魔法秘術《呪いの収集》そのものを消去できる可能性があるのは、ドクターレオンの白魔法秘術デリートだけです。』
『しかし、三千年間蓄積された憎悪を消すには、レオン一人の力だけでは足りません。』
『世界中の人々が、憎しみを手放し、互いを許し、協力する必要があります。』
映像が終わった。
宿舎の中は静まり返っていた。
やがてユリウスが、ゆっくりと立ち上がる。
そして、パンダとレオンの前へ歩み寄った。
ナルとリアも、二人の隣へ並ぶ。
ユリウスはその場で膝をつき、深く頭を垂れた。
「勇者様一家に、我々は感謝いたします。」
その言葉を合図に、兵士達も。
騎士達も。
白魔法使い達も。
踊り子達も。
一斉に頭を下げた。
ミカエラも、パンダとレオンの前へ立つ。
「私達の過ちに気づかせてくださって、ありがとうございます。」
真央も深く頭を下げる。
「魔王領も、これから変わります。」
ポルガンは父親が映っていた白い壁を見つめたまま、静かに涙を拭った。
「父上を変えてくださって、ありがとうございます。」
パンダは慌てて両手を振った。
「ちょっと待つにゃ!」
「パンダ達だけの力じゃないにゃよ!」
「映像を作ったチャッピー。」
「図書館の本をスキャンした精霊達。」
「情報を集めた人達。」
「話を聞いてくれた魔王様、法王様、前領主様。」
「それに、これから一緒に戦うみんなのお陰にゃ!」
レオンも静かに頷いた。
「まだ何も終わっていない。」
「プロメテーウスの呪いを消さなければ、本当の意味で世界は救えない。」
「そのために、僕達はここで強くなる。」
深雪は少し離れた場所で両腕を上げた。
「やれやれ!」
一斉に視線が集まる。
「真面目な空気になりすぎだろ。」
深雪は笑った。
「世界が仲直りしたんだから、もっと喜んでもいいんじゃないか?」
その言葉に、宿舎の中へ少しずつ笑顔が戻った。
「深雪の言う通りにゃ!」
パンダが笑う。
「今日はお祝いにゃー!」
「料理とお菓子をいっぱい出すにゃ!」
「酒もあるか?」
深雪が聞く。
「修行中だから控えめにしなさい!」
ミカエラが即座に言った。
「えー。」
◇
しばらくして。
広間では兵士達や騎士達が、ニュースについて話し合っていた。
その隅で、橘は壁にもたれながら腕を組み、静かに状況を見守っている。
パンダは映写機を片づけ始める。
「ママ。」
ナルがパンダの服を掴んだ。
「これからどうするの?」
リアも寂しそうにパンダを見上げる。
パンダは二人の前へしゃがみ込んだ。
「寂しい思いをさせて、ごめんにゃ。」
ナルとリアを両腕で抱き締める。
「でもママは、梅子の研究所へ行かにゃいとならにゃいし確認する事も有るにゃ。」
「魔王様と一緒に、人工子宮の研究がどこまで進んでいるか、様子を聞いてくるにゃよ。梅子の居る所は時間の流れが此処の二倍にゃよ。」
「それと、プロメテーウスの呪いを解除する方法の研究も必要にゃ。」
「また何日も帰ってこないの?」
ナルが尋ねる。
「地球では少しだけにゃ。」
「でも、こっちでは何日になるか分からないにゃね。」
「ママ、行かないで。」
リアがパンダへ抱きつく。
レオンが二人の頭を撫でた。
「大丈夫だ。」
「二人は夜、僕と深雪と一緒の部屋で寝るから。」
深雪が目を丸くする。
「今まで一緒に寝ていただろ。」
「そうだけどさぁ……。」
その時、ミカエラが腕を組んだ。
「リアとナルは私が居る時は私と寝るわ。子供達はパンダさんが居る時は、パンダさんと寝ても良いし」
「え?」
レオンが振り向く。
ミカエラは楽しそうに笑った。
「レオン。」
「あなたは深雪の魅了を、たっぷり味わいなさい。」
「なっ!」
レオンの頬が赤くなる。
深雪も顔を真っ赤にし、神衣の裾をぎゅっと握った。
「ミカエラ!」
「俺、寝る時くらい普通の服に着替えたいんだけど!」
「駄目よ。」
「睡眠中も魅了へ耐える修行になるでしょう?」
「そんな修行まであるとかさ!」
深雪が叫ぶ。
パンダは、赤くなったレオンと深雪を交互に眺めた。
「お似合いにゃねー。」
「じゃーね、レオン! 深雪!」
「パンダは邪魔者にゃ。」
「邪魔者じゃない!」
レオンは慌ててパンダの腕を掴んだ。
「お前は僕の妻だろ!」
「修行に集中するにゃ。」
パンダはレオンの頬へ軽く口づける。
「パンダは次帰ったら子供達と寝るし。またレオンとラブラブするにゃよ。」
レオンは一瞬で機嫌を直した。
「……絶対だぞ。」
「約束にゃ。」
パンダは、ポルガンと真央に声を掛けた。
「ポルガンと真央は、ここへ残るんだったにゃね?」
「はい。」
ポルガンは頷いた。
「購入した品を使い、魔道具の研究を進めます。」
「私も作るよ!」
真央が胸を張る。
「凄い魔道具を作るんだから!」
「ポルガン。橘から聞いたにゃ。」
パンダは真央を指差す。
「明日から真央に、魔道具の使い方をきちんと教えてやるにゃよ。」
「魔力を一気に流して、宿舎ごと吹き飛ばさないようにするにゃ。」
「俺が責任を持って指導します。」
「それからパンダ!俺が急いで魔力を込めた奴です。使ってみてください。浄化の機能を持ってます。それとDASASOで買った暦です。暦は置いた空間の通りに動きます。」
ポルガンがシャボン玉銃と壁掛けカレンダーを小さな皮のポーチから出して、パンダに渡しながら言った。
真央は頬を膨らませる。
「私だって、そのくらい分かってるよ!」
「扇子で百貨店を吹き飛ばしかけたのは、誰ですか?」
橘が揶揄う。
「ママだもん!」
ミカエラは知らないふりをして、天井を見上げた。
橘はそのやり取りを見て、小さく肩をすくめた。
「ありがとポルガン。外のダークスライムと暦は梅子の居る空間で使ってみるにゃ。」
「梅子の居る異世界の研究所は精神と時の間の二倍早く時が過ぎるにゃ。つまり通常の1.5時間で一日が過ぎるから暦は重宝するにゃよ。」
「では、行ってくるにゃ!橘も地上に戻るそうだにゃ、仕事があるそうにゃ。」
「ちょっと待ってパンダ!俺からのプレゼント」
レオンがパンダの側に行き、パンダを抱き締めてキスをした。
2人の身体が淡く輝く。
「何をやったにゃ、レオン?」
「パンダも魔道具使うなら、体力と魔力必要だろ?」
「俺がパンダが居ない間あげた分の魔力ゲージ2000と体力ゲージ、300だ。俺はまた修行で上げれば良い」
「これからは駄目よレオン。パンダさんは自分で上げないと。それにあなたのレベル上げ、100回から、150回に増やさないと駄目になったわよ」
ミカエラがキツイ口調で言う。
「パンダ!俺も150に増やすから、ちょっと来い」
深雪が苦笑いしながら、パンダを抱き寄せ深く口付けした。
二人の体が淡く輝く。
「俺からは魔力500だけな!」
ビックリするパンダから離れた深雪は、笑って答えた。
「深雪?あなたは200回よ。レオンより上がる量全然遅いんだから。それとレベルが上がるほど、レベル上げは時間かかるわよ」
ミカエラが呆れたように言った。
「えー?そうなのー!」
深雪がションボリする。
「ふむ。これは良い方法かもしれんにゃね。ミカエラ?時間が有るにゃら、パンダの身体に魔力の貯金すると良いかも知れんにゃね!」
「パンダが外へ出たら、レオンは200回、深雪は300回に増やすにゃ」
「パンダちゃん、何か企んでるのね。それぐらい増やすのなら何とかなるわよ。」
「ただしそれ以上は無理矢理は増やせないから、レベルを上げるならパンダちゃんも自分で上げて。じゃないとパンダちゃんの身体の方が耐えられなくなるわよ。」
「ほら、嫌そうな顔しないの深雪!」
ミカエラがパンダの身体を気に掛けながら言った。
「多分大丈夫だと思うにゃ」
パンダは手を振り、精神と時の間の出口へ向かう。橘も全員にパコリと頭を下げて。後に続いた。
「ママー!」
ナルとリアが手を振る。
「早く帰ってきてね!」
「任せるにゃー!」
「レオン! 深雪!」
パンダは出口の前で振り返った。
「鍛錬頑張ってにゃ。それと仲良く寝るにゃよー!」
「余計なこと言うなー!」
ポルガンです。
父さんの代わりように驚きました。
俺、領主辞めて、父さんに領主またして欲しいです。




