済 第54話 ドクター三角梅子
法王庁の宿屋――。
朝食を終えた深雪は、ポルガンから借りたウニクロの服と夏用ローブを着たまま、まきと桜子の前へ戻ってきた。
「お待たせー。」
まきは深雪の全身を眺め、少し驚いた顔をする。
「その服、どうしたの?」
「ポルガンに貰ったのと借りた奴。」
「涼しいし、動きやすいし、最高だぞ。」
深雪は袖を広げて見せた。
桜子が嬉しそうに抱きつく。
「パパ、青い服似合うー!」
「そうか?」
「昨日の服よりいいだろ?」
「昨日の服も可愛かったよ。」
「桜子まで言うなよー。」
深雪が半べそになっていると、レオンが部屋へ入ってきた。
手には見覚えのある豹柄のポシェットを持っている。
「深雪。」
「忘れ物だ。」
レオンはポシェットを放り投げた。
深雪は慌てて受け取る。
「あっ!」
「俺のスペアポシェット!」
レオンは腕を組んだ。
「お前が死んだから、僕が預かってたんだよ。」
「中身はそのままだ。」
「コンビニおにぎりもパンも飲み物も、まだ結構入ってるぞ。塵はパンダが出して、スライムに食わせといたそうだ。」
深雪はポシェットの中を覗き込んで目を輝かせた。
「良かったー!」
「これないと不便なんだよな。」
まきが呆れたように笑う。
「生き返った翌朝から、ポシェットで大喜びするんだ。」
「違うだろ。」
「まきと桜子に会えたのが一番だよ。それと俺とまきの子供!」
「その次がポシェット。」
「二番目なんだ。」
深雪は笑いながらポシェットを腰へ着けた。
「じゃあ、産婦人科行ってくるわ。」
まきが少し緊張したように、お腹へ手を添える。
「本当に赤ちゃんいるかな。」
深雪は優しくまきの肩を抱いた。
「検査薬が陽性なら、可能性は高いだろ。」
「ちゃんと先生に診てもらおう。」
「俺も一緒に話、聞くからさ。」
桜子が二人の間に割り込む。
「桜子も行く!」
「もちろん。」
「赤ちゃん見られるといいな。」
「うん!」
深雪はレオンへ手を振った。
「じゃあな。」
「今日はテレビも休みだ。」
「ゆっくりしてこい。」
「お前もパンダとゆっくりしろよー。」
レオンは少し照れながら答えた。
「言われなくても、そのつもりだ。」
深雪たちは白い光に包まれ、日本へと移動した。
⸻
深雪たちを見送った後、レオンとパンダも千葉のレオン邸へ戻った。
千葉県――レオン邸。
リアとナルは幼稚園の制服を着て、玄関に並んでいた。
フェイ太郎も小さな鞄を背負い、二人の足元で胸を張っている。
「今日も護衛するみゃ。」
「悪い奴が来ても、風魔法で吹き飛ばすみゃ。」
パンダはしゃがみ込み、フェイ太郎の頭を撫でた。
「先生まで吹き飛ばしたら駄目にゃよ。」
「わかってるみゃ。」
リアが笑う。
「フェイ太郎、この前お砂場の道具飛ばしたよ。」
ナルも頷いた。
「バケツが屋根まで飛んだ。」
フェイ太郎は目を逸らす。
「あれは事故だみゃ。」
レオンは玄関の扉を開けた。
「ほら、遅刻するぞ。」
「行ってきまーす!」
リアとナルは元気よく外へ飛び出した。
フェイ太郎も、その後を走っていく。
「待つみゃー!」
レオンとパンダは三人を幼稚園まで送り届けた。
先生へフェイ太郎の面倒を頼み、門の前で子供たちへ手を振る。
「行ってらっしゃーい!」
「パパ、ママ、またねー!」
幼稚園の門が閉まる。
途端に二人きりになった。
レオンは静かにパンダの手を握った。
「久しぶりだな。」
「二人だけになるの。」
パンダも少し照れながら握り返す。
「本当に久しぶりにゃ。」
「最近、異世界と日本を行ったり来たりで、全然ゆっくり出来なかったにゃ。」
レオンはパンダを引き寄せ、その額へ口づけをした。
「昨日は深雪ばっかり心配してたからな。」
「寂しかった?」
「寂しかった。」
レオンは素直に答えた。
パンダは嬉しそうに笑い、レオンの胸へ頬を寄せる。
「じゃあ今日は、いっぱいイチャイチャするにゃ。」
「そうしよう。」
二人は手を繋いだまま、レオン邸へ戻った。
しかし、玄関へ入った瞬間。
ピロン。
レオンのスマートフォンが鳴った。
「誰だ?」
画面にはポルガンの名前が表示されている。
『おはようございます。』
『さっき、ミカエラさんから電話がありまして、魔王真央様とお会いすることになりました。』
『レオンさんとパンダさんに、仲人をお願いしたいのですが。』
パンダは横から画面を覗き込んだ。
「お見合いにゃ?」
「そうみたいだな。」
「面白そうにゃ!」
レオンは少し残念そうにパンダを見る。
「二人きりの時間は?」
「魔界へ行ってからでも、イチャイチャ出来るにゃ。」
「そうだな。」
レオンはすぐに返信した。
『分かった。今からパンダと行く。』
⸻
魔王城――応接室。
漆黒の大きなテーブルを挟み、ポルガンと魔王真央が向かい合って座っていた。
二人とも今日が初対面である。
ポルガンは普段よりも少し整えた金茶色の髪に、ウニクロ製の焦茶色の夏用ローブ。
真央は黒を基調とした上品なドレス姿で、緊張したように指先を組んでいる。
その隣にはミカエラが座っていた。
少し離れた長椅子には、仲人役のレオンとパンダ。
パンダはレオンの腕にくっつき、既にイチャイチャしている。
真央が小さく笑った。
「仲人さんの方が、お見合いしてるみたい。」
パンダはレオンの肩へ頭を乗せた。
「気にしないで続けてにゃ。」
「参考にすればいい。」
レオンもパンダの腰へ腕を回した。
ポルガンは苦笑しながら、真央へ頭を下げる。
「改めまして。」
「アルメリア公領を治めております、ポルガンです。」
「今日はお会いできて光栄です。」
真央も丁寧に頭を下げた。
「魔王の娘、真央です。」
「こっちが父の魔王。」
「そして母のミカエラ。」
奥の席にいた魔王が大きく頷く。
「うむ。」
「真央をよろしく頼む。」
ポルガンは少し慌てる。
「まだ、お見合いが始まったばかりですが。」
魔王は腕を組んだ。
「見れば分かる。」
「お前は悪い男ではない。」
ミカエラも微笑む。
「ポルガンはアルメリア領の領主にして、魔道具作りの天才。あらゆる動物と話す事も出来るのよ。」
真央は頬を少し赤らめる。
「ママもパパも、早いよー。」
ポルガンも照れたように笑った。
「ですが、俺も真央様はとても素敵な方だと思います。」
真央が嬉しそうに顔を上げる。
「本当?」
「はい。」
「魔王様の娘と聞いて、もっと恐ろしい方かと思っていました。」
「酷い!」
真央が笑う。
「ポルガン君だって、昔は太った悪い領主だったんでしょ?」
ポルガンは目を見開いた。
「誰から聞いたんです?」
パンダが手を上げた。
「パンダにゃ。」
「余計なことを……。」
全員が笑った。
緊張していた二人の空気が、少しずつ柔らかくなっていく。
真央はスマートフォンを取り出した。
「ポルガンさん。」
「LINE交換しない?」
「もちろんです。」
二人はスマートフォンを近づけ、友達登録をする。
すぐに真央からスタンプが届いた。
可愛らしい魔王のスタンプだった。
ポルガンも泉の男神スタンプを送り返す。
真央は楽しそうに笑った。
「可愛い!」
「今度、二人だけでも話そうね。」
「はい。」
ポルガンも嬉しそうに頷いた。
レオンはパンダへ小声で囁く。
「もう好きになってるな。」
「ポルガン、顔が緩んでるにゃ。」
「真央様もな。」
二人は顔を見合わせ、くすくす笑った。
しばらく楽しく話していた真央だったが、やがて少し寂しそうな表情になった。
「でもね。」
「私がポルガンさんの所へお嫁に行くには、一つ問題があるの。」
ポルガンは姿勢を正した。
「問題?」
真央は魔王とミカエラを見る。
「うちには、私以外に後継ぎがいないんだ。」
「私が嫁いだら、魔王家を継ぐ者がいなくなるの。」
「だから本当は、お婿さんに来てもらうことになるの。」
ポルガンは少し考えた。
「俺には、腹違いの弟がいます。」
「領地を任せることが出来るかもしれません。」
「真央様と一緒になるなら、俺が魔界へ来ることも考えます。」
真央は目を輝かせた。
「本当に?」
「はい。」
しかし、ミカエラが静かに首を振った。
「それだけではないの。」
真央も表情を曇らせる。
「ハイエルフ同士はね。」
「赤ちゃんが出来ても、出産する前に流れてしまうことが多いのよ。」
「お父さんとお母さんも、私の後に何度も子供を授かったんだけど……。」
真央は言葉を止めた。
ミカエラがその手を優しく握る。
「育たなかったの。」
部屋が静まり返った。
ポルガンは真央を見つめ、真剣な声で答える。
「俺はクォーターハイエルフです。」
「純血のハイエルフ同士より、子供が無事に育つ可能性は高いかもしれません。」
真央は小さく頷く。
「私も、そう思ってる。」
「だからポルガンさんなら、赤ちゃんが出来るかもしれない。」
「でも私が嫁いだら、魔界の後継ぎがいなくなる。」
レオンは腕を組んで考え込んだ。
「つまり。」
「魔王様とミカエラの子供が生まれれば、全て解決するのか。」
真央は頷いた。
「うん。」
「弟か妹が魔王を継いでくれたら、私はポルガンさんの所へお嫁に行ける。」
ポルガンも真央へ微笑む。
「それなら、方法を探しましょう。」
「諦める必要はありません。」
レオンが顔を上げた。
「一人、心当たりがある。」
スマートフォンを取り出し、電話を掛ける。
数回の呼び出し音の後、女性の声が聞こえた。
『もしもし。』
『どうしたの、レオン?』
「梅子。」
「不妊治療の相談なんだけど、今から話を聞いてもらえるか?」
『いいよ。』
『患者さんはどこにいるの?』
「魔界。」
少し沈黙が流れる。
『また異世界?』
「ああ。」
『普通に言うようになったね。』
「慣れた。」
梅子は小さく笑った。
『分かった。』
『でも私、ゲートの近くにいないよ。』
レオンはパンダを見る。
「パンダ。」
「迎えに行ってくれるか?」
「任せるにゃ。」
パンダは立ち上がり、レオンへ軽く口づけをした。
「直ぐ戻るにゃ。」
「ああ。」
レオンもパンダの頬へキスを返す。
真央がポルガンへ小声で話しかけた。
「あれが夫婦なんだね。」
「俺達も、いつかああなれたらいいですね。」
「うん。」
二人は照れながら見つめ合った。
⸻
しばらくして。
魔王城の応接室に、白い光が現れた。
パンダに手を引かれ、一人の美しい女性が姿を現す。
長い黒髪。
すらりとした長身。
白衣の下には、高級ブランドの服を着ている。
真央は思わず目を丸くした。
「凄く綺麗な人……。」
女性は落ち着いた笑顔で頭を下げた。
「初めまして。」
「三角梅子です。」
レオンが皆へ紹介する。
「深雪の妹だ。」
「世界で活躍するトップモデルで、生殖医療を専門とする医学研究者でもある。」
「人工授精や人工子宮の研究をしている。」
魔王が驚いて梅子を見る。
「モデルで医者なのか?」
梅子は淡々と答える。
「モデルは副業のつもりだったんですけど。」
「そちらの方が有名になってしまいました。」
ミカエラは立ち上がり、梅子の前へ進む。
「先生。」
「私達にも、まだ子供を授かる方法はありますか?」
梅子は魔王とミカエラを順番に見つめた。
「詳しく検査をしなければ、まだ何とも言えません。」
「ただし。」
「お二人の細胞から受精卵を作り、人工子宮で育てる方法なら、可能性はあります。」
全員が息を呑む。
真央が身を乗り出した。
「赤ちゃんを、お母さんのお腹の外で育てるの?」
「そうです。」
梅子は静かに頷いた。
「お二人の細胞から受精卵を作ります。」
「その後、人工子宮の中で成長させる。」
「地球ではまだ研究段階ですが、この世界には魔法があります。」
「地球の医学と、異世界の生命魔法。」
「二つを組み合わせれば、成功率を大きく上げられるかもしれません。」
魔王はミカエラの手を握った。
「やってみたい。」
ミカエラも力強く頷く。
「ええ。」
「私達の子供に会える可能性があるなら。」
梅子は手帳を開いた。
「最初から一人だけを育てる方法は取りません。」
「成功率を考えて、三十基の人工子宮を用意します。」
真央が驚く。
「三十基?」
「全てが無事に育つとは限りません。」
「だからこそ、最初から複数の受精卵を準備します。」
「無事に育った子供達は、全員大切に育ててください。」
魔王は大きく頷いた。
「当然だ。」
「我が子なら、何人でも育てる。」
ミカエラも微笑んだ。
「この城は広いもの。」
「三十人でも大丈夫よ。」
梅子は真剣な表情で続ける。
「まずは、お二人の細胞を詳しく調べます。」
「ハイエルフの流産が多い原因も特定したい。」
「この研究が成功すれば、魔王家だけでなく、同じ問題を抱える全てのハイエルフを救える可能性があります。」
真央は涙を浮かべながら、ポルガンの手を握った。
「私、弟か妹が出来たら。」
「ポルガンさんの所へお嫁に行けるね。」
ポルガンも、その手を優しく握り返した。
「待っています。」
「一緒に未来を作りましょう。」
パンダはレオンの肩へ頭を乗せ、小声で囁いた。
「お見合い、大成功にゃ。」
レオンも嬉しそうに笑う。
「ああ。」
「子供を幼稚園に預けた甲斐があったな。」
「後はパンダとイチャイチャする時間にゃ。」
「それが一番大事だ。」
二人は仲人の仕事を忘れたように抱き合った。
梅子はその姿を横目で見て、少し呆れたようにため息をつく。
「レオン。」
「私は研究の準備をするから、イチャイチャするなら別の部屋でやって。」
「分かった。」
「素直に返事するんだ……。」
魔王城で始まった、初めてのお見合い。
それはやがて、魔界に七人の王子を誕生させる、壮大な人工子宮計画の始まりとなるのだった。
三角梅子です。深雪の妹です。
私は東大医学部、ミスキャンパスです。
誰ですか?顔だけの馬鹿兄妹だと言った人は?
私もお兄ちゃんも、顔だけじゃない。
顔だけじゃありません!
夫の雷蔵は、兄の橘蒼介がレオン財団CEOにスカウトされた為。日本と異世界のために大忙しです。
私達、失敗しないので。多分よ!多分!言ってみたかっただけよ!




