第36話 バッハの加護を持つ神童
黒魔術図書館を後にした一行は、魔王城の音楽室へ案内された。
部屋の中央には、美しい木目の鍵盤楽器が置かれている。
リアはフェイ太郎を抱きしめている。
ナルが目を輝かせた。
「あっ! チェンバロだ!」
「うちにあるのと同じかな?」
「弾いてみたい!」
真央が笑顔になる。
「この世界では『チェンパロ』って呼ばれているの。」
「ナル君、弾いてみる?」
「この楽器はね、頭の中で思い浮かべた音楽を、そのまま奏でられる不思議な楽器なのよ。」
レオンは苦笑した。
「うちのチェンバロを四次元ポシェットから出してもいいが……。」
「まずはこっちを借りよう。」
「ナル、お前が凄いのは知ってる。でも無理はするなよ。」
魔王の妻ミカエラが優しく微笑む。
「私はぜひ聴いてみたいですわ。」
「音楽の神バッハ様の加護を持つナル様の演奏を。」
ナルは少し照れながら答えた。
「バイエルは嫌いなんだ。」
「指もまだ思うように動かないけど……。」
「頭の中には音楽がいっぱい入ってるよ。」
魔王は豪快に笑った。
「構わぬ。」
「妻と真央にも、地球の音楽を聴かせてくれ。」
レオンはナルの頭を軽く撫でる。
「よし。」
「思い切って弾いてこい。」
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ナルは小さな椅子によじ登る。
深呼吸を一つ。
そっと鍵盤へ指を置いた。
ポロン……
ポロン……
何度か音を確かめる。
「うん。」
「地球のチェンバロと同じだ。」
「どの鍵盤もウチのと同じ音が出る。」
ナルは少しだけ『猫ふんじゃった』を弾いてみた。
「出来そう!」
そう呟くと、静かに目を閉じる。
「じゃあ……。」
「バッハの**『ゴルトベルク変奏曲』のアリア**。」
ゆっくりと鍵盤へ指を置く。
優しく、透き通るような旋律が音楽室いっぱいに響き始めた。
三歳とは思えないほど繊細な表現。
まるで天使が囁くような、美しく穏やかな音色だった。
魔王も。
真央も。
魔王の妻ミカエラも、息を呑んでその演奏に聴き入っていた。
音が重なり合い、まるで教会へ響く祈りのような音色が部屋中を包み込む。
誰一人、言葉を発しない。
ただ、その音楽に耳を傾けていた。
演奏が終わる。
静寂。
そして――
パチ……
パチパチ……
大きな拍手が湧き起こった。
「これが音楽の神から祝福を受けた、3歳児かみゃ」
フェイ太郎がリアに抱きしめられながら感嘆の声をあげた。
魔王は呆然とナルを見つめる。
「……凄い。」
「恐ろしいほどの才能だ。」
「これを三歳のお前が作ったのか?」
ナルは首を横に振る。
「違うよ。」
「これは昔、ウチの星のバッハって人が作った曲。」
「YouTubeでいっぱい聴いて覚えたんだ。」
レオンが苦笑する。
「暗記しただけって言うけど、それが普通は出来ないんだよ。」
魔王は震えながら呟いた。
「もしかすると、お前達一家なら……。」
「黒魔法と白魔法、双方の知識を受け継ぎ、この世界を救えるかもしれん。」
魔王の妻も頷く。
「あなた。」
「黒い薔薇の呪いも、完全に解けるかもしれませんわ。」
真央は嬉しそうに父の手を握った。
「諦めないで、パパ!」
魔王は娘の頭を優しく撫でる。
そして、パンダ一家を見つめて静かに笑った。
「そうだな。」
「勇者様一家なら……。」
「この世界の呪いを、完全に終わらせられるかもしれん。」
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