第30話 東京視察団最終日、テレビ局見学
東京視察団、最終日。
魔王達が最後に訪れたのは、深雪が働いている巨大テレビ局だった。
朝の七時。
鴉バスがテレビ局の正面玄関へ到着すると、魔王、法王、村長、ドワーフ、エルフ、ダークエルフ、獣人達が次々と降りてくる。
魔王は黒い豪華なマント。
法王は白と金の法衣。
ドワーフは鎧姿。
獣人達は耳も尻尾も出したままだった。
通勤途中の局員達が、一斉に足を止めた。
「おはようございまーす」
深雪は何事もないように社員証をかざし、入館ゲートを通る。
「ほら、全員付いて来い」
「ここが、深雪殿の城か」
魔王が吹き抜けになった巨大なロビーを見上げる。
「城じゃない。テレビ局だ」
「テレビを作って、日本中に映像を届ける場所だ」
村長が驚いて尋ねた。
「ここから、日本中へですか?」
「番組によっては世界中だな」
法王は天井から吊るされた巨大モニターを見上げた。
「これほど大きな建物の中で、毎日映像を作っているのですか」
「ニュース、ドラマ、バラエティー、音楽番組、スポーツ中継。色々だ」
深雪は得意げに胸を張った。
「今日は朝の報道番組に三十分ほど出演してもらう」
「出演?」
「お前達がテレビに映る」
獣人達が一斉に立ち止まった。
「日本中に?」
「生放送だからな」
「今、この瞬間の姿が、そのまま日本中に流れる」
猫獣人が慌てて自分の耳を押さえた。
「毛並みを整えてくれば良かった!」
エルフも長い髪を手ぐしで直す。
「先に言ってください!」
「昨日言っただろ」
「スマホの動画を見ていて聞いていませんでした」
「お前らなぁ……」
深雪は頭を抱えた。
その少し後ろを、レオンが無言で歩いていた。
深雪が振り返る。
「レオン、全員揃ってるか?」
「……」
レオンは深雪を見もしない。
「おい」
「……」
「まだ怒ってるのか?」
レオンは、ぷいっと顔を背けた。
「感じ悪いなー」
「自分の胸に手を当てて考えろ」
ようやく返事はあったが、目は合わせなかった。
「返事するだけ昨日よりマシになったな」
「話しかけるな」
「はいはい」
◇
魔王達は控室で簡単な説明を受けたあと、巨大なスタジオへ案内された。
スタジオ中央には、明るい照明に照らされたテーブルと椅子が並んでいる。
壁一面の大型画面には、
『異世界級の大取引! 謎の海外視察団、生出演!』
という文字が大きく表示されていた。
「異世界級ではなく、異世界から来たのだが」
魔王が文字を読みながら言う。
「そこは黙ってろ」
深雪が即座に釘を刺した。
「設定では、海外から来た大規模コスプレ視察団だ」
「なぜ真実を隠す」
「本物の魔王が異世界から来たなんて言ったら、大騒ぎになるからだよ!」
「既に十分、大騒ぎになっているように見えるが」
「これ以上だ!」
深雪は魔王の肩をつかんだ。
「頼むから、三十分だけコスプレで通してくれ」
「検討しよう」
「絶対やらない奴の返事だな、それ」
スタッフが手を叩く。
「本番一分前です!」
「皆さん、席へお願いします!」
魔王を中央に、法王、村長、ドワーフ、エルフ、ダークエルフ、獣人達が着席する。
深雪とレオンは、少し離れた場所で収録を見守ることになった。
「五秒前!」
「四!」
「三!」
「二!」
「一!」
明るい音楽が流れ、男女二人のアナウンサーがカメラへ笑顔を向けた。
「おはようございます!」
「本日最初の特集はこちらです!」
大型画面に、巨大な鉱石や宝石の映像が映し出される。
「先日、日本を訪れた海外の視察団から、極めて貴重な鉱石や魔法……ではなく、特殊素材が持ち込まれました」
男性アナウンサーが原稿を読みながら、一瞬だけ首を傾げる。
「今回の取引額は、推定二兆円規模とも報じられています」
女性アナウンサーが魔王へ笑顔を向けた。
「本日は、その視察団の皆様にお越しいただきました」
「まずは代表の魔王様です」
「よろしくお願いします」
「うむ」
「魔王様が、貴重な鉱石を日本へ輸出してくださったんですよね?」
「今回の取引だけで、二兆円規模の鉱石が取引されたとか」
「そうだ」
魔王は堂々と頷いた。
「我が魔王国では珍しくない鉱石だが、この国では非常に価値があるらしい」
「魔王国?」
女性アナウンサーの笑顔が少し固まった。
「ええと……皆さんは、大規模なコスプレ団体ということですが」
「コスプレって、嘘ですよね?」
スタジオが静まり返る。
魔王は真顔で答えた。
「嘘だ」
深雪の顔から血の気が引いた。
「やっぱり!」
女性アナウンサーが身を乗り出す。
「では、中国の方ですか?」
「日本語がお上手ですよね」
「異世界から来た魔王だ」
魔王は胸を張った。
「コスプレではない」
「ちょっと魔王様!」
深雪はカメラに映らない位置から駆け寄り、魔王の耳元へ顔を寄せた。
「大騒ぎになるから、コスプレってことで!」
「しかし、先ほど嘘かと聞かれたので、正直に答えただけだ」
「生放送で正直にならなくていい!」
「動物は嘘を吐かないと、ポルガンも言っていたぞ」
「魔王様は動物じゃないでしょう!」
二人の小声のやり取りまで、魔王の胸元に付けられたマイクが拾っていた。
副調整室では、スタッフ達が一斉に頭を抱える。
女性アナウンサーは何とか笑顔を取り戻した。
「異世界から来た魔王様という設定なんですね」
「設定ではない」
「設定ということでお願いします!」
深雪が叫ぶ。
今度ははっきり放送に乗った。
男性アナウンサーが慌てて話題を変える。
「そ、それでは法王様にも伺いましょう!」
「東京では、どちらが一番印象に残りましたか?」
「秋派薔薇です」
法王が穏やかに答える。
「地下で歌い踊る少女達を拝見しました」
「地下アイドルですね」
「はい」
「大勢の者が光る棒を振り、少女達を崇拝しておりました」
「宗教施設かと思いました」
「宗教ではありません」
男性アナウンサーは即座に否定した。
「ですが、法王として大変参考になりました」
「何の参考にするんですか?」
「信者を盛り上げる方法です」
「参考にしないでください」
続いてドワーフへマイクが向けられる。
「ドワーフ様は、東京で何を購入されましたか?」
「工具だ!」
ドワーフは嬉しそうに答えた。
「電動ドリル、電動ノコギリ、溶接機、レーザー距離計、それから炊飯器だ!」
「最後だけ種類が違いますね」
「米が美味かったからな!」
猫獣人は回転寿司。
エルフはスイーツパラダイア。
ダークエルフは秋派薔薇の地下アイドル。
村長はコンビニの品揃えについて、それぞれ熱心に語った。
三十分の出演時間は、瞬く間に過ぎていく。
「さて、皆さんは本日、帰国されるそうですね」
女性アナウンサーが質問する。
「羽田空港ですか?」
「それとも成田空港でしょうか?」
「日本の空港は、世界に誇れる施設なんですよ」
「飛行機で帰られるんですか?」
「もしかすると、豪華客船ですかね?」
法王は真顔で答えた。
「千葉です」
「飛行機とは何ですか?」
「ああ、成田空港ですね」
男性アナウンサーが笑顔で頷く。
しかし、すぐに表情が止まった。
「ん?」
「千葉……ですか?」
「はい」
「千葉にあるレオン殿の屋敷へ戻り、庭の扉を通って帰ります」
「庭の扉?」
「異世界へ通じております」
「……」
男女のアナウンサーは同時に深雪を見た。
深雪は大きく咳払いした。
「うん、ううん!」
そして恐ろしい目で二人を睨みつける。
「……という、設定だそうです」
男性アナウンサーは引きつった笑顔でカメラへ向き直った。
「大変、夢のある皆様でしたね!」
「それでは、次のニュースです!」
音楽が流れる。
「はい、CM入りました!」
スタッフの声が響いた瞬間、深雪は両手で顔を覆った。
「終わった……」
「何がだ?」
魔王が不思議そうに尋ねる。
「俺のテレビ局員人生がだよ!」
「しかし、嘘を吐けと言ったのは深雪ではないか」
「コスプレという設定を守れと言ったんだ!」
「やはり嘘ではないか」
「法王様まで正論で追い詰めないでください!」
◇
出演後、一行はテレビ局内を見学した。
巨大なニューススタジオ。
ドラマの撮影セット。
音響室。
編集室。
衣装部屋。
小道具倉庫。
魔王達は、たった一つの番組を作るために、大勢の人間が働いていることに驚いていた。
「映像とは、魔道具が勝手に作るものではないのだな」
魔王が編集室の画面を見ながら言う。
「撮影する人、音を録る人、照明を当てる人、編集する人、原稿を書く人。色々な仕事がある」
深雪が答えた。
「一人では作れないのですな」
村長が感心して頷く。
「そうだ」
「だからチームで作る」
深雪は少し誇らしそうに、忙しく働く局員達を見回した。
見学を終えると、全員に昼食としてロケ弁が配られた。
焼き魚弁当。
唐揚げ弁当。
生姜焼き弁当。
幕の内弁当。
ドワーフは唐揚げ弁当を選び、猫獣人は焼き魚弁当を二つ抱えた。
「一人一個だ!」
深雪が取り上げる。
「魚が逃げる!」
「逃げない!」
「異世界まで持って帰る!」
「それまでに悪くなる!」
法王は幕の内弁当の蓋を開け、驚いたように目を細めた。
「小さな箱の中に、これほど多くの料理が入っているとは」
「日本人は、箱の中に色々詰めるのが好きだからな」
「宝箱のようです」
「それは少し分かる」
魔王も生姜焼きを一口食べる。
「美味い」
「この肉の味付けは、我が城でも再現できるだろうか」
「タレを買って帰れば簡単だ」
「箱で買う」
「また大量買いかよ」
昼食を終えた一行は、余った未開封のロケ弁も土産として受け取り、テレビ局の長い通路を歩いて正面玄関へ向かった。
すれ違う局員達が振り返り、スマホを向ける。
「魔王様だ」
「朝の番組に出てた人達だ」
「あの耳、本物に見えない?」
「尻尾、動いてたよね?」
「特殊メイクじゃないの?」
魔王は堂々と手を振った。
「我が民よ、達者でな」
「魔王様、局員を勝手に民にしないでくれ」
深雪は最後まで頭を抱えていた。
正面玄関の外には、鴉バスが待っている。
一行は次々と乗り込んだ。
村長は窓際の席に座ると、テレビ局を見上げた。
「先ほどの番組は、日本中に放送されたのですか?」
深雪は前の席へ腰を下ろす。
「日本中どころか、世界中で見られるかもな」
「魔王から日本が買い取った鉱石の量が半端じゃなかったから、大騒ぎになってるんだよ」
「二兆円規模だからな」
深雪は魔王や獣人達を見回した。
「それに、このコスプレだ」
「特に魔王とか獣人とか、衣装を外さないまま飯を食べてるし」
「耳も尻尾も動く」
「どういう仕組みだよって、世界中で大騒ぎになるぞ」
深雪は隣に座るレオンへ顔を向けた。
「なぁ、レオン」
「……」
レオンは、ぷいっと窓の外を向いた。
「レオン殿は、まだ怒っておるな」
ドワーフが面白そうに笑う。
「朝から一度も深雪殿の顔を見ていないぞ」
「感じ悪いよなー」
深雪が不満そうに言う。
「誰のせいだと思っている」
レオンは窓の外を向いたまま答えた。
「でも腕の紫色は治っただろ」
「そういう問題ではない」
「俺だって好きでキスされたわけじゃない」
「僕がしたことになっているのが気に入らない」
「指輪の判定に文句言えよ!」
レオンと深雪は互いに反対側の窓を向いた。
バスの中に笑い声が広がる。
鴉バスはテレビ局を出発し、千葉にあるレオンの屋敷へと向かった。
数日間に及んだ、異世界東京視察。
コンビニ。
大型商業施設。
高級ホテル。
回転寿司。
秋派薔薇。
地下アイドル。
テレビ局。
異世界から来た一行は、日本の食べ物と文化、技術、そして働く人々の姿を、その目に焼き付けた。
しかし、東京視察が無事に終わったわけではない。
生放送を見ていた日本中の人々が、同じ疑問を抱き始めていた。
あれは本当に、コスプレだったのだろうか――と。
チャッピー!勝手に居ない筈の人間鴉バスに乗せるな!
何らかの事情で、誰もコメント出来ない事にされてるらしい。
セブンヌレブンのメロンパン美味いとコメント頂きました。
何処に?頂きました!ありがとう!エルフに食わせるよ!後日。




