第二十九話 フェイ太郎、誤発注する!
「なんでも食いたい物を言うにゃ、フェイ太郎!」
「本当かミャ!」
「もちろんにゃ!」
パンダはフェイ太郎を抱えたまま、セブンヌレブンの自動ドアをくぐった。
今日も店の外には長い行列ができていたが、パンダは並ばずに店内へ入っていく。
創設者であり、オーナーなのだから当然である。
「パンダは並ばなくても良いのかミャ?」
「パンダの店にゃからねぇ」
「偉いんだミャ」
「そうにゃ。天才で偉いパンダ様にゃ」
店内には、おにぎり、弁当、パン、菓子、飲み物が整然と並べられていた。
フェイ太郎はパンダの腕の中から首を伸ばし、興味津々で棚を眺める。
「丸や三角がいっぱいあるミャ」
「おにぎりにゃ」
「中にいろんな具が入ってるにゃよ」
「パンダの一番好きな味は何ミャ?」
「うーん」
パンダは真剣に棚を見つめた。
「辛子明太子が大好物にゃーけど、フェイ太郎はまだ子供にゃからねぇ」
「辛い物はやめて、昆布にした方が良いと思うにゃ」
「わーい!」
フェイ太郎は前足をぱたぱたさせた。
「じゃあ、昆布おにぎりが良いミャ!」
「はいにゃー」
パンダは棚から昆布おにぎりを一つ取った。
ついでに三個隣の棚から、トリュフ味のナッツも取る。
「んじゃ、これ貰っていくにゃ」
「ついでにトリュフ味のナッツも貰っとくにゃー」
「代金、付けといてねー」
レジに立っていたエルフが、にこやかに頭を下げた。
「ありがとうございます、オーナー」
「うむうむ。今日も頑張ってるにゃね」
パンダは店を出ると、広場の椅子へ腰掛けた。
昆布おにぎりの包装を開き、小さくちぎってフェイ太郎へ差し出す。
「ほれ、食べてみるにゃ」
「いただきますミャ!」
フェイ太郎は小さな口で、おにぎりをぱくりと食べた。
目を丸くし、尻尾をぴんと立てる。
「美味しいミャー!」
「海苔がパリパリ昆布が甘くて、しょっぱくて、ご飯に合うミャ!」
「気に入ったかにゃ?」
「毎日食べたいミャ!」
「毎日は飽きると思うにゃよ」
「オイラは飽きないミャ!」
嬉しそうにおにぎりを食べるフェイ太郎を見ながら、パンダは少し寂しそうに空を見上げた。
「なぁーんか、静かにゃねぇ」
「子供達も居ないし」
「レオンも深雪も、まきちゃんも居ないし」
「ちょっと寂しいにゃあ」
フェイ太郎は昆布おにぎりを頬張りながら、パンダを見上げた。
「オイラが一緒だミャ」
「フェイ太郎……」
「オイラ、毎日パンダと一緒に居るミャ」
「美味しい物も一緒に食べるミャ」
パンダは嬉しそうにフェイ太郎を撫でた。
「良い子にゃねぇ」
「お前を貰って良かったにゃ」
「もっと昆布おにぎり食べるかにゃ?」
「食べるミャ!」
◇
おにぎりを食べ終えたパンダは、ふと思い出したように立ち上がった。
「そういえば、発注はずっとエルフ達に任せてたにゃね」
「どんな商品が注文できるのか、ちょっと見てみたいにゃ」
「発注って何ミャ?」
「コンビニに並べる商品を注文することにゃ」
「明日売るおにぎりとか、弁当とか、お菓子をタブレットで選ぶにゃよ」
「フェイ太郎も見るかにゃ?」
「見る見るミャ!」
パンダは再びセブンヌレブンへ向かった。
自動ドアが開く。
「なぁー、エルフー」
「発注タブレット、ちょっと見せてにゃあ」
「どうぞ、オーナー」
エルフの店員は、棚の下から一台のタブレットを取り出した。
パンダへ渡し、簡単に操作方法を説明する。
「こちらで商品を選択し、必要な箱数を入力します」
「一箱につき、十個入っています」
「なるほどにゃ」
パンダは画面を指で動かす。
「サンキュー、サンキュー」
「どれどれ」
タブレットには、数え切れないほどの商品が表示されていた。
おにぎり。
弁当。
サンドイッチ。
スイーツ。
飲料。
日用品。
「こんなに注文できる物があるにゃか」
フェイ太郎もパンダの肩へ乗り、画面を覗き込む。
「あっ!」
「これ、昆布おにぎりだミャ!」
「そうにゃね」
「オイラ、毎日食べたいミャ!」
フェイ太郎は嬉しそうに画面へ前足を伸ばした。
「取りあえず千日分だミャ!」
ぽち。
ぽちぽち。
決定。
発注完了。
タブレットから軽快な音が鳴った。
「ご注文を受け付けました」
「にゃ?」
パンダは画面を見つめた。
昆布おにぎり。
数量、千箱。
一箱十個。
合計一万個。
「あああああー!」
店内にパンダの絶叫が響いた。
「フェイ太郎!」
「勝手に押したら駄目にゃよ!」
「大変にゃ!」
「昆布おにぎりを千箱も発注しちゃったにゃ!」
「一箱十個にゃから、一万個届くにゃ!」
フェイ太郎の耳がぺたりと垂れた。
「ご、ごめんミャ!」
「オイラ、千日分だと思ったミャ!」
「キャンセルにゃ!」
「キャンセルボタン、どこにゃ!」
パンダは慌てて画面を連打する。
「取り消し!」
「返品!」
「無かったことにする!」
「どこにゃー!」
エルフの店員も慌ててタブレットを覗き込んだ。
「オーナー、一度確定した大量発注は、こちらからは取り消せません!」
「もう地球側の倉庫で準備が始まっています!」
「一万個のおにぎりが来るにゃー!」
フェイ太郎は泣きそうな顔で、パンダの肩にしがみついた。
「ごめんミャ、パンダ」
「オイラ、悪いフェレットだミャ」
「悪くはないにゃけど、勝手に押しちゃ駄目にゃよー!」
騒ぎを聞き付け、店の外からポルガンが入ってきた。
痩せたことで、さっきまでとは別人のように美しくなっている。
全身ウニクロの服も、すっかり着こなしていた。
「何を騒いでいる?」
「ポルガン!」
パンダはタブレットを抱えたまま振り返った。
「フェイ太郎が昆布おにぎり、一万個も誤発注しちゃったにゃ!」
「一万個?」
ポルガンは一瞬目を丸くしたが、すぐに笑った。
「それくらいなら気にするな、パンダ殿」
「俺がすべて買い取ってやる」
「本当にゃ?」
「ああ」
「貧民街の者達に配ってやればいい」
パンダの目が輝いた。
「ポ、ポルガン!」
「良い奴ー!」
「ポルガン様ー!」
フェイ太郎も感動してポルガンの足へ飛びついた。
「助かったミャー!」
「お前が間違えたのだから、次からは気を付けろ」
「はいミャ!」
ポルガンはフェイ太郎の頭を撫でた。
そして、パンダへ向き直る。
「なあ、パンダ」
「にゃ?」
「お前は貧民街をどう思う?」
先ほどまでの穏やかな表情から、一転して真剣な顔になっていた。
「どう思うって?」
「俺の領地には、大きな貧民街がある」
「汚れた道」
「崩れ掛けた家」
「仕事のない者」
「文字すら読めない子供達」
「食料を与えても、しばらくすれば元に戻る」
「金を配れば奪い合いになる」
「何度役人を派遣しても、状況は変わらなかった」
ポルガンは拳を握った。
「俺には、どうすればいいか分からない」
パンダは少し考えてから答える。
「地球でも、似たような場所はあったにゃ」
「まず町を綺麗に整えるにゃ」
「ゴミを片付けて、水を通して、壊れた家を直すにゃ」
「それから学校を作って、子供も大人も教育するにゃ」
「文字や計算、働く方法を教えるにゃよ。最初の頃は綺麗な服の支援も必要かもにゃ」
「ちゃんとした仕事を作って、働いた分だけ給料を払うにゃ」
「そうしたら、みんな生き生きし始めるにゃよ」
「教育と仕事……」
ポルガンはパンダの言葉を繰り返した。
「食料や金を配るだけでは駄目なのか」
「それだけじゃ、一時的に助かるだけにゃ」
「自分で稼げるようにならないと、ずっと貧しいままにゃ」
「病人や働けない人は助ける」
「でも働ける人には、仕事と教育を用意するにゃ。これからポルガンの国は東京異世界支部になるから、観光客がたくさん来るにゃ!人手は猫の手を借りても足りない程だにゃ」
「なるほど……」
ポルガンはしばらく黙っていた。
やがて、両手で自分の頬を強く叩いた。
パン!
「よし!」
店内に大きな音が響く。
「やってみるか!」
「貧民街、大清掃だ!」
「おおー!」
パンダも拳を突き上げた。
「良いぞ、良いぞ!」
「お前、割と良い領主だったんだにゃ!」
「割と、は余計だ」
ポルガンは苦笑した。
しかし、その表情には少し寂しさも混じっていた。
「俺は……良い領主になりたかった」
「でも、途中で諦めていたんだ」
「学べば学ぶほど、何が正しいのか分からなくなった」
「税を下げれば財政が苦しくなる」
「金を配れば働かなくなる者も出る」
「厳しくすれば反発される」
「優しくすれば利用される」
「誰も答えを教えてくれなかった」
「だから、もう何をしても無駄だと思っていた」
パンダは腕を組み、うんうんと頷いた。
「分かるにゃ」
「政治や経営に、絶対の正解はないにゃからねぇ」
「でも、パンダが地球で試したことなら、天才パンダのエッセイに書いてあるにゃ」
「えっせい?」
「考えたことや、実際に試したことを書いた本みたいな物にゃ」
「誤字脱字は有りまくりにゃけど」
「頭が良くないと、読んでも理解できないかもしれないにゃーけど」
「自分で天才と言いながら、なぜそんなに読みにくいのだ」
「細かいことは気にするなにゃ」
パンダは胸を張った。
「『小説家になろう』で無料で読めるにゃ!」
「ただ、スマホでは長文を読むのが大変過ぎる仕様にゃから、ノートパソコンもやるにゃ」
「本当か?」
「フェイ太郎のお礼と、おにぎり一万個お買い上げのお礼にゃ!」
「充電用のソーラーパネルも付けてやるにゃ」
「助かる」
ポルガンは素直に頭を下げた。
「読んでみよう」
「俺に理解できなかったら、直接パンダ殿に聞けばいい」
「そうにゃ、そうにゃ」
「分からないことは、聞けばいいにゃ」
フェイ太郎も得意げに胸を張った。
「オイラも読むミャ!」
「お前はまず、勝手に発注しないことを覚えるにゃ」
「はいミャ……」
◇
「ところで、おにぎりはいつ届く?」
ポルガンが尋ねる。
「多分、四時間後くらいにゃ」
「一万個も、どうやって運ぶにゃ?」
「問題ない」
ポルガンは店の外を指差した。
「俺のペットのワイバーンを呼ぶ」
「背中に積んで、空から貧民街へ運ばせる」
「空から落とすんじゃないにゃよ?」
「もちろん地上へ降りて配る」
「おにぎりが爆弾みたいに降ってきたら大惨事にゃからねぇ」
「そこまで愚かではない」
フェイ太郎は嬉しそうに尻尾を振った。
「それなら腐る前に配れるミャ」
「お店も困らない」
「貧民街のみんなも、おにぎりを食べられる」
「ポルガン様も良いことができるミャ」
「ウィンウィンだミャ!」
「おお!」
パンダはフェイ太郎を持ち上げた。
「お前、もうそんな言葉覚えたのかにゃ!」
「天才フェレットだミャ!」
「さすがフェイ太郎にゃ!」
ポルガンは笑いながら二人を見た。
「誤発注から始まったとは思えんな」
「失敗は成功の元にゃ!」
「一万個のおにぎりが、貧民街改革の第一歩になるかもしれないにゃよ!」
その日の夜。
これから、四時間後。
異世界の空を、一万個の昆布おにぎりを積んだワイバーンの群れが飛ぶことになる。
そしてこの誤発注が、ポルガン領の貧民街を大きく変えるきっかけになるとは、まだ誰も知らなかった。




