第二十四話 文化のトレード
四日目の朝。
帝王ホテルのレストランでは、今日も賑やかな朝食ビュッフェが始まっていた。
焼き魚に味噌汁。
焼き立てのパンにスクランブルエッグ。
新鮮なサラダにフルーツ。
異世界東京視察団も、すっかり日本の朝食に慣れてきていた。
ドワーフは納豆へ果敢に挑戦している。
「見た目は少し勇気がいるが……。」
箸で混ぜる。
ねばねばと糸を引く。
「おおっ!」
周囲から笑いが起きた。
魔王は焼き鮭を食べながら頷く。
「朝からしっかり食べるのも悪くないな。」
法王は味噌汁を一口飲み、静かに微笑んだ。
「身体に染み渡りますな。」
その横では、レオンがコーヒーを淹れていた。
「深雪、ブラックでいいか?」
「ありがと。」
深雪は自然にカップを受け取り、レオンのネクタイを整える。
「また曲がってる。」
「朝から世話焼きだな。」
「旦那なんだから当然。」
二人を見て、エルフ達は静かに微笑む。
「今日も仲が良いですね。」
ドワーフ達は肩を揺らした。
「もう毎朝のお約束だな。」
レオンは照れくさそうに頭をかいた。
「勘弁してくれ。」
朝食を終え、一行は鴉バスへ乗り込む。
深雪がマイクを握った。
「異世界東京視察団!」
「今日は日本の文化を勉強する日だ!」
歓声が上がる。
「午前中は、小中一貫校で日本の教育システムを体験!」
「午後は高校を視察、その後は国会図書館へ向かう!」
鴉バスは静かに走り始めた。
◇
最初に到着したのは、小中一貫校だった。
校門をくぐると、元気な子ども達の声が響く。
「おはようございます!」
異世界東京視察団も一斉に頭を下げた。
「おはようございます!」
校内へ入ると、すぐに授業見学が始まった。
教室では、生徒一人ひとりがタブレット――iPadを使って学習している。
「これは……魔導書か?」
魔王が目を細める。
レオンが笑って説明する。
「違う。これは情報端末だ。教科書や資料、課題も全部ここに入っている。」
画面には動画教材や図解が表示され、生徒達はそれを見ながら理解を深めていた。
さらに、机はグループごとに配置されている。
「班で話し合って答えを出すのか。」
法王が感心する。
「そうだ。日本では協力して考える力も重視されている。」
生徒達は自然に意見を出し合い、役割を分担していた。
エルフが小さく呟く。
「個の力だけでなく、集団の力も育てる……。」
ドワーフは腕を組んだ。
「これは強い国になるわけだ。」
◇
昼の時間になると、給食の準備が始まった。
生徒達は白衣を着て配膳を行う。
「自分達で配るのか?」
村長が驚く。
「そうだ。食事も教育の一部だからな。」
廊下には整然とした列ができる。
トレーを持ち、順番に並ぶ。
異世界東京視察団も、中学生達と一緒に列へ加わった。
一クラスに十三人ずつ分かれて入り、完全に生徒と混ざる形になる。
「なんだか緊張するな……。」
ドワーフが小声で言うと、隣の中学生が笑った。
「大丈夫ですよ!」
配膳が終わり、全員が席につく。
そして――
「いただきます!」
教室中に声が響いた。
異世界東京視察団も慌てて続く。
「いただきます!」
魔王が小さく呟く。
「食事の前に感謝を示すのか……。」
法王は深く頷いた。
「命への敬意ですな。」
給食は栄養バランスが考えられた献立だった。
地元の野菜。
温かいスープ。
主菜と副菜。
生徒達は楽しそうに会話しながら食べている。
エルフは微笑んだ。
「食事もまた、学びの場なのですね。」
食べ終わると、生徒達は自分達で片付けを行う。
食器をまとめ、残飯を分別する。
ドワーフが感心する。
「最後まで自分達でやるのか。」
レオンが頷いた。
「責任と習慣を身につけるためだ。」
◇
給食を終え、一行は学校を後にする。
次に向かうのは高校だ。
鴉バスが校門へ入った瞬間――
「えっ!」
「あの人たち、本物!?」
「エルフだ!」
「写真撮ってください!」
あっという間にエルフ達の周りへ生徒が集まり始めた。
「すごく綺麗……。」
「芸能人みたい!」
銀髪エルフは少し照れながら微笑む。
「ありがとうございます。」
その隣では――
「レオン先生もイケメン!」
「深雪さんテレビで見たことある!」
「一緒に写真お願いします!」
放送部や写真部の生徒達まで集まり、校内はちょっとした撮影会になってしまった。
深雪は笑いながら肩をすくめる。
「今日は文化視察なのに、俺たちが展示物になってるじゃないか。」
レオンも苦笑する。
「人気者は大変だな。」
午後、一行を乗せた鴉バスは、日本最大級の知識の宝庫――国会図書館へ向かうのだった。
◇
国会図書館に到着すると、その巨大な建物に一同は思わず足を止めた。
「これは……城か?」
ドワーフが見上げる。
重厚な外観と広大な敷地。
静けさの中に、圧倒的な存在感があった。
レオンが説明する。
「ここは日本中の本や資料を集めている場所だ。法律で、出版されたものは必ずここに納められることになっている。」
魔王が目を細める。
「つまり、この国の知識がすべて集まっているのか。」
「そういうことだ。」
一行は館内へと入る。
中は静寂に包まれていた。
広い閲覧室。
整然と並ぶ机。
そして、無数の本。
エルフが息を呑む。
「……森のようですね。」
法王も静かに頷いた。
「知識の森、ですな。」
受付で利用方法の説明を受けた後、一行はそれぞれ興味のある分野へと向かった。
魔王は歴史資料のコーナーへ。
ドワーフは工学や建築の資料へ。
エルフは文学や芸術の棚へ。
村長は農業や地域開発の資料を探している。
深雪はレオンの隣で笑った。
「みんな、完全に夢中だな。」
「それだけ価値がある場所だからな。」
レオンはそう言いながら、一冊の本を手に取る。
それは、日本の教育制度についてまとめられた専門書だった。
「これも参考になるな。」
深雪も頷く。
「異世界に持ち帰れたら革命だろうな。」
しばらくして――
「レオン!」
ドワーフが興奮した様子で駆け寄ってきた。
「この設計図、すごいぞ! 橋の構造が……!」
「落ち着け、ここは静かにする場所だ。」
「あ、すまん……。」
慌てて声を潜めるドワーフに、周囲から小さな笑いが漏れた。
魔王も分厚い資料を抱えて戻ってくる。
「この国の歴史は興味深いな。戦いだけでなく、復興の記録が多い。」
法王は宗教関連の書物を手にしていた。
「多様な信仰が共存している……実に興味深い。」
エルフは詩集を抱えている。
「言葉の美しさが違いますね。」
それぞれが、自分の世界では得られない知識に触れていた。
◇
夕方。
一行は図書館を後にする。
外に出ると、柔らかな夕日が街を染めていた。
深雪が振り返る。
「どうだった?」
魔王が静かに答える。
「力とは、剣や魔法だけではないと理解した。」
ドワーフも頷く。
「知識もまた武器だな。」
法王は穏やかに微笑む。
「そして、それを共有することが文明なのですね。」
レオンは満足そうに頷いた。
「その通りだ。」
鴉バスへ乗り込みながら、村長がぽつりと呟く。
「学校、給食、図書館……。」
「全部、村に必要だ。」
深雪が笑う。
「やること増えたな。」
「だが、やる価値はある。」
レオンの言葉に、一同は力強く頷いた。
鴉バスはゆっくりと走り出す。
異世界東京視察団の学びは、まだ終わらない。
その知識は、やがて新しい世界を形作る力となるのだった。
◇
夕暮れの東京。
国会図書館を後にした鴉バスは、夜景が広がる街をゆっくりと走っていた。
深雪がマイクを握る。
「皆さん、お勉強お疲れ様でした!」
車内から拍手が起こる。
「今日の締めくくりは、日本人が大好きな外食文化を体験してもらいます!」
ドワーフ達が身を乗り出した。
「また飯か!」
深雪は満面の笑みで答える。
「もちろん!」
「今夜は焼肉食べ放題だ!」
「おおーーっ!!」
歓声がバスいっぱいに響いた。
◇
三十分後。
鴉バスは大型焼肉店へ到着した。
店内へ案内されると、人数分の席が用意されている。
テーブルの中央には鉄板が埋め込まれていた。
魔王が不思議そうに眺める。
「鍋ではないのか?」
レオンが笑う。
「ここで肉を焼くんだ。」
「自分達で?」
「そう。」
「焼き加減も自分の好みにできる。」
法王は興味深そうに頷いた。
「料理を作る楽しみもあるのですね。」
店員が次々と肉を運んでくる。
カルビ。
ロース。
ハラミ。
牛タン。
豚トロ。
鶏肉。
ウインナー。
野菜の盛り合わせ。
深雪が声を上げる。
「今日は食べ放題!」
「好きなだけ注文していいぞ!」
「ただし!」
「食べ切れる量だけ頼むこと!」
「残すのは禁止!」
「はーい!」
全員が元気よく返事をした。
レオンはトングでカルビを鉄板へ並べる。
ジュワァァァ……。
香ばしい音とともに肉の脂が弾ける。
店中に食欲をそそる香りが広がった。
猫獣人達の耳がぴくぴく動く。
「いい匂い!」
「まだ?」
レオンは笑う。
「もう少し待て。」
「焼けたら裏返す。」
魔王も真似をしながら肉を裏返す。
「なるほど。」
「料理とは奥が深い。」
ドワーフ達は牛タンを焼き始めた。
「この薄い肉もうまそうだ!」
一口食べた瞬間、思わず立ち上がる。
「柔らかい!」
「何枚でも食える!」
法王は野菜も丁寧に焼いていた。
「肉だけではなく、野菜も美味しいですな。」
エルフ達はサンチュに肉を包み、上品に口へ運ぶ。
「野菜と一緒に食べると、さっぱりしますね。」
深雪は笑う。
「日本では焼肉をみんなで囲んで食べるのも楽しみなんだ。」
魔王は周りを見回した。
笑顔。
笑い声。
肉を焼いては「どうぞ」と皿へ取り分ける仲間達。
しばらく静かに眺めてから、穏やかに微笑んだ。
「同じ卓を囲み、同じ物を食べる。」
「これだけで、人は争わずに済むのかもしれんな。」
法王も優しく頷く。
「平和とは、案外こういう時間の積み重ねなのかもしれません。」
レオンはコップを持ち上げた。
「異世界と日本の友情に。」
全員が一斉にグラスを掲げる。
「乾杯!」
店内は再び笑顔と笑い声に包まれた。
法王は食後のお茶を口にしながら、穏やかにレオンへ微笑みかけた。
「そういえば、レオン殿。」
「はい?」
「今日は日本の図書館を見学させてもらったが……魔術書は一冊もありませんでしたな。」
レオンは苦笑する。
「そりゃ日本じゃ魔法は空想の世界だからね。」
法王は静かに頷いた。
「もしよろしければ、帰国された際に法王庁へお越しになりませんか?」
「我が法王庁には、世界中から集められた魔術書がございます。」
「千冊は優に超えております。」
「さすがに日本の国会図書館ほどではありませんがな。」
その言葉を聞いた瞬間、レオンの目が輝いた。
「魔術書か!」
「それはありがたい!」
「ぜひ読んでみたい!」
深雪が呆れたように笑う。
「医者のくせに、こういう未知の知識には目がないんだよな。」
「当たり前だ。」
「科学で説明できるなら最高だし、説明できないならなおさら面白い。」
「異世界の医学や魔術には、日本の医療を進歩させるヒントがあるかもしれない。」
法王は満足そうに頷いた。
「さすが学者肌ですな。」
「帰国されましたら、法王庁の宮殿へお越しください。」
「蔵書は自由に閲覧して構いません。」
「ありがとうございます。」
「約束ですよ。」
二人は固く握手を交わした。
その様子を見ていた魔王は豪快に笑う。
「はっはっは!」
「今度はレオン殿が図書館に引きこもる番か!」
「その間、コンビニの経営はパンダ殿に任せるしかあるまい!」
「それだけは勘弁してくれ……。」
レオンが肩を落とくと、一同は大笑いした。
食事を終えた一行は帝王ホテルへ戻る。
長い一日だった。
それでも誰一人疲れた顔はしていない。
東京で学んだこと。
食べたもの。
出会った人々。
そのすべてが、異世界の未来を少しずつ変えようとしていた。




