第二十三話 幼稚園視察
三日目の朝。
帝王ホテルのロビーに、いつもより少し賑やかな空気が漂っていた。
「今日は幼稚園視察だ!」
深雪が元気よく宣言する。
「ただ見学するだけじゃない。」
「今日は“幼稚園一日体験会”として、実際に園児たちと一緒に過ごしてもらう!」
魔王が腕を組む。
「ほう……子供達と直接触れ合うのか。」
法王も頷いた。
「未来を担う者達ですな。」
レオンが補足する。
「それだけじゃない。今日は避難訓練や防災教育も体験する。」
「事故や災害を未然に防ぐ知識を学ぶ、大事な機会だ。」
◇
到着したのは都内の大きな幼稚園。
門をくぐった瞬間――
「わああああああ!!」
園児たちが一斉に駆け寄ってきた。
そしてその中には――
「リアー!ナルー!桜ー!」
深雪が手を振る。
リア、ナル、桜の三人も特別入園として参加していたのだ。
「今日は一緒に勉強だよ!」
「うん!」
三人も嬉しそうに頷く。
「おっきいひとー!」
「ねこー!」
「ひげのおじさんー!」
あっという間に囲まれる魔王、獣人、ドワーフ、エルフ達。
魔王のマントを引っ張る子供。
獣人の尻尾にしがみつく子供。
ドワーフの髭を触ろうとする子供。
エルフの耳をじっと見つめる子供。
「……なんだこれは。」
魔王が戸惑う。
しかし次の瞬間――
「だっこー!」
小さな子供が腕を伸ばした。
魔王は一瞬固まったが、ぎこちなく抱き上げる。
その子供が満面の笑みを浮かべた。
「たかーい!」
周囲の子供達も一斉に叫ぶ。
「ぼくもー!」
「わたしもー!」
魔王は完全に囲まれた。
◇
園庭では遊びの時間。
鬼ごっこ、砂遊び、ボール遊び。
獣人達は全力で走り回り、子供達に大人気。
「はやーい!」
「つかまえてー!」
ドワーフ達は砂場で本気の城を作り始める。
「ここに堀を作るぞ!」
「石垣はこうだ!」
園児達は目を輝かせた。
「すごーい!」
エルフ達は優しく子供達に絵本を読み聞かせる。
柔らかな声に、子供達は静かに聞き入った。
魔王はというと――
完全に遊具と化していた。
「もういっかい!」
「ぐるぐるしてー!」
子供達を肩車し、回され、引っ張られ。
「……余は魔王なのだが。」
誰も聞いていない。
◇
昼食の時間。
園児達と一緒に食べるお弁当は、委託されたキャラ弁だった。
動物やキャラクターの形をした可愛らしい弁当。
「これは……食べ物なのか?」
ドワーフが驚く。
「芸術だな。」
エルフが感心する。
子供達は嬉しそうに見せてくる。
「みてー!くまさん!」
「ぼくはロボット!」
魔王も弁当を見つめる。
「……崩すのが惜しいな。」
しかし一口食べると――
「うまい。」
その一言で全員が食べ始めた。
◇
午後は避難訓練。
非常ベルが鳴る。
「火事です!先生の指示に従ってください!」
園児達は整然と並び、静かに移動する。
リア、ナル、桜も真剣な表情で列に並ぶ。
魔王達もそれに従う。
「……見事だ。」
法王が感心する。
レオンが説明する。
「日頃から訓練しているからこそ、いざという時に動ける。」
「予防と準備が命を守るんだ。」
園児達は「お・は・し・も(押さない・走らない・しゃべらない・戻らない)」を復唱する。
魔王は小さく頷いた。
「理にかなっている。」
◇
その後、消防署と警察署からの実演。
消防士による消火活動のデモ。
警察官による交通安全指導。
パトカーや消防車に子供達は大興奮。
そして――
「次は消火器の使い方訓練です!」
消防士が声を上げた。
「火事は初期消火が重要です!」
赤い訓練用消火器が並べられる。
レオンが魔王を見る。
「やってみるか?」
「余がか。」
魔王は消火器を手に取る。
レオンも隣に立つ。
「ピンを抜いて、ホースを向けて、レバーを握る。」
「火の根元を狙うんだ。」
訓練用の炎が立ち上がる。
魔王がレバーを握ると――
白い消火剤が勢いよく噴き出した。
「……ほう!」
炎が一気に消える。
園児達が歓声を上げた。
「すごーい!」
「かっこいいー!」
続いてレオンも実演する。
無駄のない動きで確実に火を消す。
「これが初期消火だ。」
「火が小さいうちに対応すれば、大きな被害を防げる。」
リア達も真剣に見つめていた。
「覚えた!」
「大事だね!」
魔王は消火器を見つめながら呟く。
「力だけではなく、知識もまた武器か。」
◇
そして帰りの時間。
「ばいばーい!」
園児達が元気に手を振る。
リア、ナル、桜も園児達と一緒に並んでいた。
「またねー!」
「またあそぼうね!」
三人も笑顔で手を振り返す。
魔王達はバスへ向かう。
リア達はその場に残り、先生に連れられて園舎へ戻っていく。
魔王が振り返る。
「……あの三人は乗らぬのか。」
深雪が頷いた。
「今日は幼稚園の一日体験だからな。」
「最後まで園児として過ごすんだよ。」
レオンも補足する。
「後で迎えに来る手配はしてある。」
「心配はいらない。」
魔王は小さく頷いた。
「そうか。」
バスの窓から、園児達が小さくなるまで手を振る。
リアもナルも桜も、最後まで笑顔で手を振り続けていた。
◇
夕方。
一行は映画館へ向かった。
「さて、今日の締めは映画だ!」
深雪が言う。
「ハリウッドか、日本アニメか……どっちがいい?」
ドワーフが即答する。
「派手なのがいい!」
エルフは少し考える。
「物語が美しいものを。」
魔王は腕を組む。
「……両方の要素があるものはないのか。」
結果――
日本の大ヒットアニメ新海護の新作映画を観ることになった。
美しい映像と感動的な物語。
上映後。
「……良かった。」
エルフが静かに言う。
ドワーフも頷く。
「泣いた。」
魔王は何も言わなかったが、どこか満足そうだった。
◇
ホテルへ戻ると、夕食はブッフェ。
和洋中、様々な料理が並ぶ。
「今日は好きなだけ食べていいぞ!」
深雪の一言で、全員が動き出す。
「肉!」
「寿司!」
「デザートもある!」
賑やかな食事の時間。
今日の出来事を語り合いながら、笑い声が絶えない。
「避難訓練、勉強になったね!」
リアが言う――はずだったが、今夜はその姿はない。
ナルや桜の声も聞こえない。
レオンがふと呟く。
「……静かだな。」
深雪が苦笑する。
「そりゃそうだ。」
「今日はあの三人、幼稚園でお別れだからな。」
魔王は少しだけ考え込むようにしてから、静かに言った。
「……明々後日、また会えるのだろう。」
レオンが頷く。
「ああ。」
その一言で、場の空気は少し和らいだ。
やがて――
「……眠い。」
ドワーフが呟く。
子供達と全力で遊んだ疲れが一気に来たのだ。
魔王も頷く。
「今日はよく動いた。」
こうして三日目の夜も、静かに更けていった。




