第121話 辺境伯、抗議に来る
2031年12月2日 火曜日。
ポルガンの誕生日まで、あと1ヶ月と8日。
精神と時の空間
301日目。
時の間に居られる時間、あと153日。
「パンダさん。ポルガン様。辺境伯がお見えです」
「辺境伯?」
パンダが首を傾げる。
「この国にも、ちゃんと他の貴族がいたんだにゃ」
「いましたよ!」
ポルガンが思わず叫んだ。
「パンダさんが会おうとしなかっただけでしょう!」
「あー。忙しかったからにゃあ」
「その言い訳、何度目ですか!」
アルメリア城の応接室。
パンダとポルガンの向かいには、三十代半ばほどの男が座っていた。
黒髪を後ろへ流し、派手さはないが隙のない服装。
背筋を伸ばして座る姿には、長年人の上に立ってきた者特有の威圧感がある。
アルベルト辺境伯。
アルメリア公領の西側に広大な領地を持ち、周辺領主達からも一目置かれている男だった。
その後ろには、護衛らしき大柄な男が二人。
一人は赤毛で、腕を組んだまま不機嫌そうにパンダを見ている。
もう一人は細身で眼鏡をかけ、アルベルトの書類を抱えていた。
さらに部屋の隅には、アルベルトの侍女らしい女性が立っている。
彼女はパンダを見るなり、わずかに眉をひそめた。
「初めまして、パンダ殿」
「初めましてにゃ」
「私はアルベルト・フォン・グランツ。西方辺境伯を務めております」
「こっちは?」
パンダが護衛達を指差す。
「護衛のガルドと、領政補佐のミハイルです」
「私は護衛ではなく、会計監査も兼ねています」
眼鏡の男が訂正した。
「細かいにゃ」
「重要なことです」
「で、そっちは?」
「侍女のエレナです」
エレナが一礼する。
「本日は殿下の身の回りのお世話を――」
「殿下じゃないにゃ」
「失礼しました。辺境伯様の身の回りのお世話を」
「そこも自分でやれ!」
ガルドが即座に突っ込んだ。
「お前、護衛なのに口が軽いにゃ」
「誰のせいだと思ってる!」
「知らんにゃ」
アルベルトが僅かに笑った。
「貴女のエッセイは、地球より取り寄せてほぼ全て読みました」
「げ」
パンダが嫌そうな顔をした。
「何ですか、その反応は」
ポルガンが呆れる。
「いや、本人の前で読んだって言われると恥ずかしいにゃ」
「書いて世界中に公開しているでしょう!」
「書くのと、本人を目の前にして感想を言われるのは別問題にゃ」
ミハイルが手元の書類をめくった。
「特に『無能な上司からは逃げろ』という記事を、アルベルト様は三度読み返しておられました」
「ミハイル」
「事実です」
「余計なことを言うな」
アルベルトが僅かに笑った。
「なるほど。文章の印象通りのお方だ」
「褒めてる?」
「今のところは」
「で、今日は何しに来たにゃ?」
途端にアルベルトの表情が変わった。
「抗議です」
「ほう」
「アルメリアだけが豊かになり過ぎています」
ポルガンが顔を上げた。
アルベルトは持参した書類を机に置く。
ミハイルがすぐに書類を並べ、人口移動、税収、商業取引の推移を説明し始めた。
「私の領から、僅か二ヶ月で職人が八十七名、商人が二十三家族、若い労働者に至っては三百名以上がアルメリアへ移住しました」
「そんなに?」
ポルガンの顔が曇る。
「彼らを責めるつもりはありません。アルメリアへ来れば仕事があり、高い給金があり、地球の商品まで買える。私だって領民ならこちらへ来ます」
アルベルトは淡々と言った。
「だからこそ困っているのです」
「税収が減った?」
「税収も減りました」
「減ってんじゃねーかにゃ」
「しかし本質はそこではない」
アルベルトは即座に返した。
「若い者がいなくなれば、領地そのものが維持できなくなる。老人だけ残して、豊かになったアルメリアから商品を買えばいい、では領地経営とは呼べません」
ガルドが腕を組んだまま口を挟む。
「俺の弟もアルメリアへ行きたがっている。こっちより給金が三倍だそうだ」
「お前の弟、何してるにゃ?」
「鍛冶屋だ」
「じゃあ三倍払えばいいにゃ」
「そんな簡単に言うな!」
「簡単じゃないから抗議に来たんでしょう」
ポルガンが冷静に返した。
パンダの目が細くなる。
「それで、アルメリアの発展を止めろと?」
「いいえ」
即答だった。
「成功している者に失敗しろと要求するほど、私は愚かではありません」
「じゃあ何を要求するにゃ?」
「競争条件を下さい」
パンダの耳がぴくりと動いた。
「面白いこと言うにゃ」
「貴女自身が書いていたでしょう。成功した者の足を引っ張って全員を貧しくするより、成功例を解析して別の成功者を作れ、と」
「読んでるにゃあ」
「かなり」
アルベルトは真顔だった。
「ですから私はアルメリアの利益を分けろとは言いません。私の領にも、稼ぐ方法を作るための情報と機会が欲しい」
「で、何が欲しい?」
「それが分からないから来たのです」
パンダが吹き出した。
「そこは正直なんだ」
「分かったふりをして領民を巻き込むよりましでしょう」
「気に入ったにゃ」
「まだ何もしていませんが」
パンダは頬杖をついた。
「アルベルト。お前だけが金稼ぎたいなら簡単にゃ」
「と言いますと?」
「パンダの下で働けばいいにゃ。お前くらい頭が回るなら、領民全員で稼ぐより、お前一人がパンダの仕事を手伝った方が稼げるかもしれないにゃ」
ポルガンが苦笑する。
「本当に勧誘するんですか」
「アルベルト様が来てくださるなら、私は歓迎します」
ミハイルが真顔で言った。
「お前まで勧誘するな!」
アルベルトは少し考えた。
「魅力的なお話ですが、お断りします」
「何で?」
「私だけが豊かになるために来たのではありませんから」
一瞬。
パンダの表情が変わった。
「……合格にゃ」
「何の試験です?」
「知らん」
パンダは立ち上がった。
「自分達の付加価値は、自分達で決めないとにゃ」
アルベルトが黙って聞く。
「アルメリアの真似をする必要はないにゃ。日本人が何をやって成功したか、何をやって失敗したか。それを読むだけでも領地運営の参考には出来る」
「はい」
「それを理解出来る頭があるなら――もっと欲張りにならなきゃにゃ」
「欲張る?」
「アルメリアから人が逃げない方法、じゃないにゃ」
パンダはアルベルトを指差した。
「アルメリアの人間が、金を払ってお前の領地へ行きたくなる方法を考えろ」
アルベルトが目を見開いた。
「……なるほど」
「お前の領地、何がある?」
「山。湖。森。温泉。農地」
「何もないじゃなくて、めちゃくちゃあるじゃん」
「しかし、それらは昔からあります」
「昔からあるから価値がないと思ってんの?」
アルベルトが黙った。
「日本もやった失敗にゃ。それ」
パンダはニヤッと笑った。
「海外の高級リゾートを参考にするなら、タヒチやモルディブのような場所を思い浮かべるかもしれないにゃ。でも、お前の領地に必要なのは、海の上に人工島を作ることじゃない」
「では、何を?」
「今ある山、湖、森、温泉を使って、高級コテージを作ればいいにゃ」
アルベルトが湖へ視線を向ける。
「高級コテージ……」
「一棟ずつ離して、景色と静けさを売る。温泉を付けて、料理は領内の食材を使う。森の案内、釣り、乗馬、木工体験。アルメリアの商業施設とは違う価値を作るんだにゃ」
「しかし、建設には時間がかかります」
「ポラロイドミニチュア製造機で作りまくればいいにゃ」
全員が沈黙した。
「……何ですか、それは?」
アルベルトが聞く。
「写真を撮るみたいに、完成品のミニチュアを作る機械にゃ。建物の設計データを入れれば、同じコテージを何棟でも作れる」
「それは、ミニチュアではなく実物を作れるのですか?」
「作れる。細かい調整は必要だけど、量産は出来るにゃ」
ミハイルがすぐに書き留める。
「建設費、材料費、輸送費、維持費を計算する必要があります」
「もちろん、ただで作るわけじゃないにゃ。土地の整備も、全部を一からやる必要はない」
パンダは地図を広げた。
「道も水場も、ある程度はある。農業用の機械化も出来るし、日本から技術を受け取ればいい」
「農業の機械化、ですか」
アルベルトが聞き返す。
「農業機械を導入して、耕作、収穫、加工を効率化するにゃ。人手不足を補えるし、余った人手を宿泊施設や加工業に回せる」
「農業まで観光事業に組み込むのですか?」
「当然にゃ。宿で出す料理の食材を領内で作る。農場見学や収穫体験も出来る。加工品を土産として売る。観光と農業を別々に考える必要はないにゃ」
ポルガンが感心したように頷く。
「それなら、辺境伯領だけでなく、他の領主達にも利益がありますね」
「そうにゃ」
パンダはアルベルトを見る。
「日本の技術は、お前の領地だけのものにする必要はない。農業機械、加工技術、保存技術、品種改良の知識。きちんと金を払って輸入して、真面目に育てれば、大きな産業と収入が生まれる」
「品種改良まで?」
「食べ物の品種改良は時間がかかるけど、成功すれば強いにゃ。収穫量が増える、味が良くなる、保存しやすくなる。領地ごとに気候が違うなら、それぞれに合う品種を探せばいい」
ミハイルが顔を上げた。
「それを各領主に分配するのですか?」
「分配じゃないにゃ。売るんだにゃ」
「売る?」
「技術も種も機械も、価値があるなら金を取る。辺境伯だけが儲けるんじゃない。アルメリアも儲かる。技術を受け取った領主も儲かる。農家も儲かる。消費者も美味しい物を食べられる」
パンダは指を折る。
「全員が利益を得られる仕組みにするんだにゃ」
アルベルトはしばらく黙っていた。
「つまり、アルメリアの成功を奪うのではなく、アルメリアを中心に技術と商品を流通させる」
「そういうことにゃ」
「それなら、私の領だけでなく、他の領主達も参加できます」
「参加させればいいにゃ。お前一人で全部抱え込むな」
「しかし、他の領主が協力するでしょうか」
「儲かる話なら来るにゃ」
「単純ですね」
「金の話は、単純な方が伝わりやすいにゃ」
アルベルトは地図を見つめた。
「高級コテージ。農業機械。品種改良。加工品。技術輸出」
「あと、教育にゃ」
「教育?」
「機械を買っても、使える人間がいなきゃ意味がない。農業学校、技術研修、宿泊施設の運営教育。人を育てる仕組みも作る」
ミハイルが書類に次々と項目を追加していく。
「事業計画が大きくなりすぎています」
「最初から全部やる必要はないにゃ」
パンダは湖を指差した。
「まずは高級コテージを数棟。農業機械を一部導入。領内の食材を使った料理を出す。客の反応を見て、少しずつ広げる」
「試験運用ですね」
「そう。いきなり十億使うなよ」
アルベルトがミハイルを見る。
ミハイルは無言で頷いた。
「予算上限を設定します」
「お前ら、最初からそのつもりだった?」
パンダが聞く。
ミハイルが答えた。
「辺境伯様が一人で考え込むより、全員で考えた方が早いので」
「いい部下持ってるにゃ」
アルベルトは一礼した。
「必ず、アルメリアから客が来る領地にしてみせます」
「客だけじゃないにゃ」
「え?」
「アルメリアから技術を買い、他の領主に売る。アルメリアへ食材を売り、アルメリアの客を呼ぶ。人が逃げるんじゃなくて、人も金も技術も行き来する領地にするんだにゃ」
アルベルトの目に、初めて明確な光が宿った。
「期待してるにゃ」
⸻
パンダにゃ
チャッピーが日付けの計算が出来ないみたいだにゃ泣
ヘタレが頑張って辻褄合わせて調整してるにゃ
頑張れヘタレパンダ!!




