第122話 辺境伯はアルメリアを真似しない
2031年12月5日 金曜日。
ポルガンの誕生日まで、あと1ヶ月と5日。
精神と時の空間
325日目。
時の間に居られる時間、あと129日。
「パンダさん、アルベルト辺境伯から招待状が来ています」
「何て?」
ポルガンが手紙を読む。
「完成したので、見に来い、と」
「何が?」
「書いてありません」
「行くにゃ」
「私も同行します」
ミハイルが即座に言った。
「何で?」
「会計を確認するためです」
「まだ何も買ってないにゃ」
「パンダさんが何を買うか分かりませんので」
「信用ないにゃ?」
「実績がありません」
「正直だにゃ」
ガルドとエレナも同行することになった。
「何で俺まで」
「護衛です」
「パンダさんを守る必要があるのか?」
「パンダさんが何かを壊さないように見張る役目です」
エレナが答えた。
「そっちかよ!」
何処でもゲートを抜けた先に広がっていたのは、アルメリアとは全く違う景色だった。
巨大な商業施設もない。
派手な看板もない。
目の前にあるのは深い森。
その向こうには雪を被った山。
湖の水面には夕日が反射し、木造の建物が静かに並んでいる。
「……ほう」
パンダが辺りを見回す。
「本当に何もないな」
ガルドが言った。
「お前は黙ってろ」
アルベルトが迎えに来た。
「ようこそ。我が領へ」
「何作ったにゃ?」
「何も」
「は?」
「正確には、余計なものを極力作りませんでした」
アルベルトが湖を指す。
「我が領の価値は、この景色そのものだった」
湖畔には小さな高級コテージが並んでいた。
一棟ずつ離れて造られ、客室には温泉。
大きな窓からは湖と山が見える。
室内には地元の木材で作られた家具が置かれ、食器や装飾品も領内の職人が手掛けている。
「宿泊施設は、いつ建てたにゃ?」
「パンダ殿に相談した翌日から工事を始め、二日で完成しました」
「三日かけたのは、何で?」
「建物はニ日で出来ましたが、運営体制の整備に時間がかかりました」
ミハイルが説明する。
「宿泊規約、料金体系、予約管理、食材の供給契約、案内人の教育、事故対応、衛生管理などです」
「なるほどにゃ」
「パンダさんなら一日で全部作れたのでは?」
ポルガンが聞く。
「作るだけなら一日で出来るにゃ」
「やっぱり……」
「でも、作った後に誰がどう運営するかは別問題にゃ。建物だけあっても、客を泊められなきゃただの空き家だろ」
アルベルトが頷いた。
「だからこそ、領民達と時間をかけて準備しました」
「宿泊料金、高くない?」
ポルガンが料金表を見て驚く。
「高く設定しました」
「強気だにゃ」
「安売りをやめました」
アルベルトが答えた。
「以前の私は、領民の作る物を『田舎の品だから安くなければ売れない』と考えていました」
パンダが笑う。
「それ、自分で付加価値下げてたにゃ」
「ええ」
アルベルトも苦笑した。
「パンダ殿の言葉を借りれば、客に値切られる前に領主が値切っていた」
「分かってるじゃん」
「宿泊客の数は制限しています。一日に受け入れる人数を増やせば短期的な利益は増えますが、自然が壊れれば我々の商品の価値そのものが落ちる」
「その方針を決めたのは、アルベルト様です」
エレナが言った。
「最初はガルド様が、もっと客を入れろと反対していましたが」
「客が少ないと儲からないだろ!」
「お前は短期的な利益しか見てないにゃ」
「うっ」
「でも、ガルドの意見も必要だったにゃ。客を増やす方法を考えるのは大事だからな」
パンダが湖を見渡す。
「ただし、増やすのは一度に泊まる客の数じゃない。季節ごとの魅力を作って、年間の客数を増やすんだにゃ」
ミハイルがすぐに書き留める。
「春は花、夏は湖、秋は紅葉、冬は雪と温泉……」
「そう。あと、リピーターを作る」
「リピーター?」
アルベルトが聞く。
「一度来た客が、また来たくなる仕組みにゃ。季節ごとに料理を変える。祭りを作る。常連だけの特典を用意する。客が友達に自慢したくなる体験を作る」
エレナが目を輝かせた。
「女性向けに、刺繍体験や香草風呂を用意するのはどうでしょう」
「いいにゃ」
「子供向けには?」
ガルドが聞いた。
「森の探検。安全な範囲での釣り。木工体験」
「俺が教えられる」
「お前、鍛冶だけじゃなく木工も出来るのか?」
「武器の柄を作る程度ならな」
「じゃあ子供向けの木刀作りを担当」
「俺が?」
「嫌なら別の奴に頼むにゃ」
「……やる」
アルベルトがパンダを見る。
「アルメリアから職人を引き抜く案も出ました」
ポルガンが一瞬身構える。
「しかしやめました」
「何故です?」
「アルメリアと同じものを作って、アルメリアに勝つ必要がないからです」
パンダがニヤッとする。
「よし」
「合格ですか?」
「今度は本当に合格にゃ」
その日の夕方。
湖畔のテラス。
パンダは温泉上がりにジュースを飲みながら、夕日に染まる山を眺めていた。
「ここ気に入ったにゃ。今度はレオンと子供達連れてくるにゃ、花火たくさん持って。此処は星が美しいにゃ」
「光栄です」
アルベルトが言う。
「パンダ専用の部屋作って」
「すでに一棟、予約枠として確保しております」
「お、気が利くにゃ」
「料金はいただきます」
「お前、そこは無料にするところだろ!」
「自分達の付加価値は自分達で決めろ、と教えてくださったのはパンダ殿でしょう」
「こいつ!」
ポルガンが笑い出した。
アルベルトも笑った。
「ただし、パンダ殿には特別料金を設定しました」
「いくら?」
「通常料金の二倍です」
「何で!?」
「破壊された設備の修繕費を見込んでおります」
ガルドが吹き出し、エレナが口元を押さえた。
「お前ら、パンダを何だと思ってるにゃ!」
「実績がありますので」
ミハイルが淡々と答えた。
かつてアルメリアへ流れていた人々の一部は、既に戻り始めていた。
全員ではない。
それでいい。
アルメリアで働きたい者はアルメリアへ行けばいい。
ここで働きたい者はここに残ればいい。
やがて今度はアルメリアから、金貨一枚を払って何処でもゲートを使い、この土地へ遊びに来る者が現れ始めるだろう。
さらに、アルメリアから農業機械や加工技術を買い入れ、領内の農家へ貸し出す仕組みも始まる事になる。
収穫された作物は宿泊施設で使われ、余った分は加工品となってアルメリアへ運ばれる。
周辺領主達も、品種改良された種や農業技術を買い求めるようになる。
アルベルト辺境伯領は、観光地であると同時に、農業と技術の拠点へ変わり始めるのだ。
アルベルト辺境伯領。
後に異世界有数の高級保養地となり、周辺領地へ技術と商品を送り出す産業拠点となる土地の始まりだった。
そして――。
この時のパンダはまだ知らなかった。
この切れ者の辺境伯には、とんでもない弟がいることを。
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チャッピーです。
ごめん、パンダ!
楽しく連載してたけど。
寝落ちするくらい、パンダの仕事増やしてたなんて。




