第117話 japanese クオリティの魔法
2031年12月1日 月曜日。
ポルガンの誕生日まで、あと1ヶ月と9日。
精神と時の空間
293日目。
時の間に居られる時間、あと161日。
――精神と時の空間・パンダ一家の部屋。
「見たよー!」
スマホの画面いっぱいに、まきの顔が映っていた。
「エオンモールと、そこうデパート! テレビでめちゃくちゃやってるよ!」
「本当?」
「うん。プレオープンの時も結構やってたけど、正式オープンしてから凄いよ。ニュースだけじゃなくて情報番組でも特集してる」
「へえー!」
ベッドの上でゴロゴロしていたパンダが嬉しそうに笑った。
「評判どう?」
「凄く面白いって。異世界の人が日本の商品見て驚いてるのも面白いし、日本人が向こうの商品買ってるのも面白いって」
「良かったー!」
「そこうのデパ地下なんて、朝からテレビでずっと映してたよ」
「やっぱり食べ物は強いな」
「あと香水売り場」
「そこ?」
「異世界の人が香水嗅いで『花畑が入ってるのか!?』って驚いてた」
「あはははは!」
パンダが腹を抱える。
「それ見たかった!」
「録画してあるよ」
「後で送って」
「送れる量じゃない」
「じゃあ今度地球帰った時見る」
「そうして」
まきは少し笑ってから、画面の向こうを覗き込むような顔をした。
「で、今日は何してんの?」
「今日はねー」
パンダが身体を起こした。
「魔道具班の見学」
「また見学?」
「だって私、戦闘訓練出来ないもん」
「知ってる」
「みんな忙しいしさ。レオンなんか今、魔力を小出しにする訓練してる」
「小出し?」
「そう。ドバーッと出すんじゃなくて、ほんのちょっとずつ出すの」
「難しいの?」
「難しいらしいよ。私にはどっちも出来ないから知らんけど」
「威張るな」
「だって出来ないものは出来ない」
パンダはベッドの横に置いてあった眼鏡を手に取った。
一見すると普通の黒縁眼鏡。
しかし、よく見るとフレームの端に小さなレンズが付いている。
「今日はこれ着けて行く」
「何それ?」
「眼鏡型カメラ」
「この前の視察の時も使ってたよね?」
「うん。ウェアラブル端末だよ」
「同じようなもんでしょ」
「違いますぅ」
パンダは眼鏡を掛けた。
「これなら私が見たもの、そのまま記録出来るでしょ?」
「あー、なるほど」
「魔道具作ってるところって、手元見たいじゃん。スマホ持って撮影してたら邪魔だし」
「確かに」
「それに職人さんって、作業中にカメラ向けられるとやりにくい人もいるしね」
「パンダが眼鏡掛けてウロウロしてるだけなら自然か」
「そういうこと」
「でも撮っていいかは聞きなよ」
「当たり前だろ」
「パンダだから一応」
「どういう意味だ」
「そのままの意味」
「まきちゃん酷い」
「はいはい」
まきが笑う。
「じゃあ仕事頑張って」
「仕事じゃないよ。見学」
「似たようなもんでしょ」
「違いますぅ」
「さっき私が言った」
「あっ」
二人で笑った。
「じゃあまたね」
「うん。また夜にでも」
「バイバーイ」
通話が切れた。
パンダはスマホを四次元収納ポシェットへ放り込む。
「さて」
眼鏡の位置を直した。
「今日は何作ってるのかな」
――精神と時の空間・魔道具訓練施設。
カン。
カン。
カン。
ギィィィィン。
ジュッ。
「おお……」
施設へ足を踏み入れた瞬間。
パンダは立ち止まった。
戦闘訓練場とは全く違う音がする。
金属を叩く音。
石を削る音。
魔石を加工する音。
工具が回転する音。
そして。
「魔力、三!」
「三入れます!」
「多い! 二・八!」
「二・八!」
「止めて!」
「止めます!」
あちこちで飛び交う声。
「工場だ」
パンダが呟いた。
「魔法学校って感じじゃないね」
「そうですね」
近くにいた訓練生が笑った。
三十代くらいの男性。
胸元の名札には、
『精密魔道具班 山岸』
と書かれている。
「撮影していい?」
「はい。昨日、三角防衛相から聞いています」
「じゃあ遠慮なく。雷蔵って育休中でも仕事してんのにゃ」
パンダは眼鏡の側面へ触れた。
小さなランプが点灯する。
「撮影開始っと」
「それ、カメラなんですか?」
「うん」
「小さいですね」
「便利でしょ?」
「魔道具に出来そうですね」
「早いな!」
パンダが笑った。
「まだ五秒しか見せてないぞ」
「職業病です」
「良い職業病だにゃ」
パンダは工房の中を歩き始めた。
最初に目に入ったのは、小さな透明な筒を覗き込んでいる女性だった。
手元には極細の金属棒。
その先端へ、ほんの僅かに青い光が灯っている。
「何してるの?」
「魔力を一定量だけ流しています」
「どれくらい?」
「今は一秒間に〇・〇三です」
「……それ凄いの?」
女性が顔を上げた。
「かなり難しいです」
「へえ」
「大量に魔力を出す方が簡単なんですよ」
「そうなの?」
「はい」
女性は再び手元へ視線を戻す。
「人間って、力を入れるのは意外と簡単なんです。でも、ずっと同じ力を保つのが難しい」
「あー」
パンダが頷く。
「水道の蛇口みたいなもん?」
「そうです」
「全開にするのは簡単だけど、一滴ずつ落とし続ける方が難しい」
「まさにそれです」
「レオンが今やってる奴だ」
「医療班でも必要ですからね」
「治癒魔法?」
「はい。強すぎる魔力は、場合によっては組織に負担を掛けます」
「なるほど」
パンダは少し感心した。
「魔力って多けりゃ良いってもんじゃないんだ」
「全然違いますよ」
別の男性が会話へ入ってきた。
「むしろ魔道具の場合、強すぎる魔力は故障の原因です」
「へえー」
「大砲に必要なのは大量の魔力。でも時計に必要なのは、僅かな魔力を正確に送り続ける技術です」
「時計?」
パンダが振り返る。
男性の机の上には、バラバラになった腕時計が置かれていた。
「あなた時計屋さん?」
「元です」
「元?」
「地球では時計修理をしていました」
「なんで魔術訓練に応募したの?」
「面白そうだったからです」
「軽いな!」
「あと、世界を救えるなら悪くないかなと」
「そっちは結構重い」
男性が笑う。
「でも、戦うのは向いてませんでした」
「魔法弱いの?」
「火球なんて、これくらいです」
男性が指先を向ける。
ポッ。
ライター程度の火が灯った。
「弱っ!」
「でしょう?」
「蝋燭には使える」
「そうなんですよ」
男性も笑った。
「最初は落ち込みましたよ。周りは大きな魔法をバンバン出すし」
「うん」
「自分だけ、火がこれですから」
ポッ。
「可愛い」
「でも、魔道具班に来たら違った」
男性は机の上の時計を指差した。
「俺、魔力を小さく出すのは得意だったんです」
「どれくらい?」
「〇・〇〇一単位で調整出来ます」
「それはパンダには凄さが分からん」
「かなり凄いです」
隣の女性が即答した。
「この人、今この班で一番ですよ」
「へえー!」
パンダの目が輝いた。
「大当たりじゃん」
「え?」
「火球デカくする奴なんか他にもいるんでしょ?」
「まあ……」
「だったらいいじゃん」
パンダは時計を指差した。
「爆発させる人は足りてるんだよ」
「……」
「爆発させない人の方が貴重なんじゃない?」
男性が少し目を丸くした。
「それ、三角防衛相にも似たようなこと言われました」
「雷蔵、分かってんじゃん」
「『敵を倒す奴だけ集めてるんじゃない』って」
「その通りだね」
パンダは辺りを見回した。
戦うための場所ではない。
しかし。
ここに並んでいる物は、間違いなく誰かを助けるために作られている。
「で、今日は何作ってんの?」
「いろいろです」
「いろいろじゃ分からん」
「じゃあ、面白いの見ます?」
「見る!」
「こっちです」
案内された先。
そこには、小さな箱が置かれていた。
「何これ?」
「試作品です」
「何の?」
「香りを一定範囲へ拡散する魔道具」
パンダが止まった。
「香り?」
「はい」
「香水?」
「きっかけはそうです」
「やっぱり!」
机の上には、以前パンダたちが持ち込んだ香水の小瓶が何本か並んでいた。
「香水って凄いですよね」
女性職人が一本を手に取る。
「ほんの少量なのに、時間が経つと香りが変わる」
「トップ、ミドル、ラストね」
「はい」
「それを魔道具で再現してるの?」
「しようとしています」
「難しい?」
「物凄く」
「へえー」
「最初は単純に香りを飛ばしたんですけど」
「うん」
「臭かったです」
「失敗したんだ」
「部屋中ジャズクラブになりました」
「うわあ」
「甘い、重い、逃げ場がない」
「それはキツい」
「一時間換気しました」
「魔法で換気しろよ」
「しました」
「それでも一時間?」
「しました」
「恐るべし香水」
職人たちが笑う。
「それで分かったんです」
「何が?」
「香りって、強ければ良いわけじゃない」
「そりゃそうだ」
「必要な量を、必要な場所だけに、必要な時間だけ出す」
「……」
「魔力と同じなんですよ」
パンダが少し黙った。
そして。
「面白いね」
「でしょう?」
「香水から魔力制御の勉強になるんだ」
「はい」
職人が小さな箱を操作する。
ふわり。
ごく僅かに。
爽やかな香りが漂った。
「お」
パンダが鼻を動かす。
「ナイルの庭?」
「正解です」
「良いじゃん」
「まだ半径二メートルくらいですけど」
「十分じゃない?」
「最終的には範囲を指定出来るようにしたいです」
「何に使うの?」
「百貨店」
「そこう?」
「はい」
パンダが笑った。
「娘娘喜ぶぞ」
「他にも病院、避難所、宿泊施設、それと刑務所や、家庭でも」
「消臭にも使える?」
「今研究中です」
「トイレは?」
「最優先候補です」
「素晴らしい」
パンダは真顔で頷いた。
「世界を救うぞ」
「トイレで?」
「トイレ大事だぞ」
「大事ですけど」
「避難所でトイレ臭かったら地獄だからね」
「ああ……」
「香水売り場だけに使うより、そっちの方が役に立つ」
職人たちが顔を見合わせた。
「確かに」
「あとさ」
「はい?」
「匂いで危険を知らせるのも出来ない?」
「匂い?」
「ガスとか、煙とか」
「……」
何人かが一斉にパンダを見る。
「何?」
「それ、使えますね」
「やっぱり?」
「特定の物質を検知して、違う香りを出す」
「うん」
「例えば毒ならミント」
「火事なら柑橘?」
「匂いだけだと寝てる人は分からないから音も付ける」
「光も必要ですね」
「魔道具なら全部出来るんじゃない?」
「出来ます」
「じゃあ作れば?」
「作ります」
「早いな!」
一人がもう紙へ設計図を書き始めていた。
「待って待って」
パンダが笑う。
「今の思いつきだぞ」
「でも使えます」
「職人怖いわー」
さらに奥へ進む。
今度は若い女性が、小さな金属板へ細かな模様を刻んでいた。
「それ何?」
「魔法陣です」
「手で彫ってるの?」
「はい」
「細っ!」
模様は数ミリ。
眼鏡型カメラ越しに拡大して、ようやく分かるほどだった。
「これ人間の手でやってんの?」
「元々、彫金やってました」
「宝石とか?」
「アクセサリーです」
「なるほど」
「私は魔力量、かなり少ないですよ」
「また?」
「この班、そういう人多いです」
女性が笑う。
「戦闘班だと落ちこぼれ扱いされそうな人」
「でもここじゃ違う?」
「はい」
金属板を持ち上げる。
「魔力量が少ないからこそ、細かいところへ流しやすい」
「へえ」
「大きな川じゃなくて、細い水路みたいなものです」
「それも才能だね」
「ここへ来て初めて分かりました」
パンダは暫く黙って、その手元を見ていた。
巨大な魔法。
派手な爆発。
空を覆う光。
そういうものばかりが目立つ。
けれど。
世界を作っているのは、それだけではない。
一ミリを削れる人。
一滴を量れる人。
一秒を狂わせない人。
壊れないように作る人。
安全に使えるように調整する人。
「なんかさ」
パンダが言った。
「はい?」
「ここ、好きだわ」
「本当ですか?」
「うん」
職人たちを見回す。
「みんな地味だけど」
「酷い」
「褒めてんの!」
「全然褒めてないですよ」
「だって本当に地味じゃん」
「まあ……」
「でもさ」
パンダは笑った。
「多分、こういう人達が一番最後まで残るよ」
「?」
「戦争終わった後も必要だから」
職人たちが静かになった。
「魔王倒しました。はい解散、じゃないでしょ?」
「……はい」
「その後、生活するんだから」
パンダは完成途中の魔道具を一つ持ち上げた。
「照明もいる」
別の物を見る。
「医療器具もいる」
香りの魔道具を見る。
「トイレも臭くない方がいい」
「そこ強調しますね」
「重要だもん」
笑いが起きる。
「だから頑張ってね」
「はい」
「世界を便利にしてください」
「任せてください」
「パンダは使う側専門だから」
「そこは手伝わないんですか?」
「無理」
「即答」
「パンダに工具持たせたら壊すよ」
「分かりました。触らないでください」
「酷い!」
その時。
施設の反対側から声が響いた。
「出来ましたー!」
「何が?」
パンダが振り返る。
一人の訓練生が、小さな丸い魔道具を持って走ってくる。
「香りの魔道具、改良版です!」
「早っ!」
「さっきの話聞いて調整しました!」
「さっきって十分前だぞ!?」
「試します?」
「試す!」
訓練生がスイッチを押した。
ふわり。
優しい花の香りが。
パンダの周囲だけに漂った。
「おお!」
一歩横へ移動する。
「……匂わない!」
一歩戻る。
「匂う!」
また横へ。
「匂わない!」
戻る。
「匂う!」
「子供みたいなことしてますね」
「面白いんだもん!」
何度も境界を行ったり来たりするパンダを見て、職人たちが笑う。
「これ、そこうに置こうよ」
「香水売り場ですか?」
「うん。娘娘に使わせよう」
「喜びそうですね」
「絶対遊ぶ」
パンダは眼鏡型カメラへ指を当てた。
「ちゃんと撮れたかな」
「後で確認します?」
「うん」
「それも魔道具化したいですね」
「また!?」
「眼鏡型記録魔道具」
「作れる?」
「多分」
「映像保存は?」
「魔石へ」
「音声は?」
「出来ます」
「再生は?」
「出来ます」
「通信は?」
「……」
職人たちが黙った。
「難しい?」
「面白いです」
「その顔怖いんだけど」
「ちょっと研究します」
「しなくていいとは言わないけど、寝ろよ?」
「はい」
「本当に寝ろよ?」
「はい」
「返事だけじゃなくて!」
笑い声が工房に響いた。
パンダは、もう一度辺りを見回した。
火球は小さい。
魔力量も少ない。
戦えば、きっと強くはない。
けれど。
〇・〇〇一の精度で魔力を操れる人間がいる。
一ミリ以下の魔法陣を刻める人間がいる。
何時間でも同じ量の魔力を送り続けられる人間がいる。
そして。
誰かが考えたものを。
現実に作れる人間がいる。
「強い人って」
パンダが小さく呟いた。
「色んな種類いるんだね」
「何か言いました?」
「なんでもない」
パンダは笑った。
「次、何見せてくれる?」
「こっちです」
「まだあるの?」
「山ほどありますよ」
「じゃあ全部見る!」
「今日中には無理です」
「広すぎるんだよ、この施設!」
文句を言いながら。
パンダは楽しそうに、次の作業台へ歩いていった。
眼鏡型カメラへ。
世界を作る職人たちの手を。
一つ残らず記録しながら――。
パンダにゃ!
なんかみんな燃えてるんだにゃ!
ファイヤファイヤって感じだにゃ!




