第十三話 iPhone20 poloかGALEXY最新機種か
異世界東京視察団の出発まで、あと二日。
泉の森には、完成したばかりの巨大な建物がそびえ立っていた。
『会員制大型倉庫店 コヌトコ』
広大な駐車場。
山のように並ぶカート。
天井まで届く巨大な商品棚。
入口の前には、魔王、法王、村長、ドワーフ、獣人、エルフ達が集められていた。
しかし、正面の会員入口には入らず、全員が建物の裏手へ回されている。
そこには急遽設置された看板があった。
『異世界東京視察団 臨時会員募集入口』
魔王は看板を見上げた。
「なぜ我々は正面から入れないのだ。」
パンダが答える。
「まだ本営業前にゃ。」
「今日は視察団向けの説明会と、必要な道具の配布だけにゃよ。」
深雪はテレビカメラへ向かって話す。
「異世界東京視察団、出発まであと二日!」
「本日は東京で迷子にならないための、文明の利器が配布されます!先ずはソーラーパネルと蓄電器」
パンダは長机の前に立って、全員に一つずつ重たい段ボールを渡した。
机の上には、二種類の小さな箱が山積みになっている。
一つは白く細長い箱。
もう一つは黒く光る箱。
パンダはホワイトボードを指差した。
『iPhone20 polo』
『GALEXY最新機種』
「視察団の皆様にアンケートを取るにゃ!」
「iPhone20 poloが欲しい者は右!」
「GALEXYの最新機種が欲しい者は左に並ぶにゃ!」
全員が首をかしげた。
「何が違うのだ。」
魔王が尋ねる。
パンダは即答した。
「好みにゃ。」
「説明になっていない。」
深雪が補足する。
「どちらも電話、写真、動画、地図、買い物、ができる。」
「簡単に言えば、見た目と操作方法が少し違う。」
エルフの女性が白い箱を見つめる。
「こちらの方が美しいです。」
「では私は、アイフォーンという物を選びます。」
ダークエルフは黒い箱へ向かった。
「私はGALEXYにします。」
「暗闇で見ても、こちらの方が落ち着きます。」
ドワーフは両方を持ち比べた。
「中を開けて構造を確認してよいか?」
「駄目にゃ。」
「分解したら弁償にゃよ。」
「では、頑丈な方をくれ。」
猫獣人は画面の大きさを比べる。
「魚の映像が大きく見える方がよい。」
「それならGALEXYの大画面機種にゃね。」
魔王は腕を組んだまま動かない。
「どちらが王にふさわしい。」
深雪が真顔で答える。
「好きな方でいい。」
「王専用機種はないのか。」
「ない。」
「では黒い方だ。」
法王は白い箱を手に取った。
「私は、こちらにしましょう。」
「魔王と同じ物では、取り違えるかもしれませんからな。」
魔王が眉をひそめる。
「我が法王の物を盗むと思っているのか。」
「そうではありません。」
「同じ机に置いた時の話です。」
二人は互いの箱を見比べた。
村長が恐る恐る手を挙げる。
「私は文字があまり読めないのですが、使えるでしょうか。」
「音声で操作できるにゃ。」
パンダがスマホへ話しかける。
「今日の天気を教えてにゃ。」
スマホから声が返ってきた。
『現在地の気象情報を取得できません』
全員が静かになった。
深雪が笑う。
「まだ異世界の天気には対応してないらしいな。」
「東京に着けば使えるにゃ!」
パンダは気を取り直して説明を続けた。
「まず、視察に行く人は一人二十万円ずつ預けるにゃ!」
村長の顔色が変わった。
「二十万円……。」
「それは金貨何枚分でしょうか。」
「換金所で交換済みにゃ。」
「全員、鉱石や金貨から十分な額を確保してるにゃよ。」
パンダは机の上に並んだスマホを指差す。
「預かった二十万円の一部を、このスマホへチャージするにゃ!」
「これ一台あれば、電車にも乗れる!」
「買い物もできる!」
「コンビニでも使える!」
「ファミレスでも使える!」
「映画のチケットも買える!」
魔王がスマホを見つめる。
「金を、この薄い板の中へ入れるのか。」
「そうにゃ。」
「割ったら金が出てくるのか?」
「出ないにゃ。」
「では、どこに入っている。」
「記録されてるにゃ。」
魔王はさらに眉をひそめる。
「金が存在しないのに、買い物ができるのか。」
法王も難しい顔になる。
「信用によって取引する仕組みでしょうか。」
深雪が頷く。
「まあ、そんな感じだ。」
「東京では現金を出さずに払える店も多い。」
パンダは一台のスマホを持ち上げた。
「しかも!」
「映画もアニメも見放題!」
「音楽も聴き放題!」
「写真も撮り放題!」
「動画も撮り放題!」
「地図を見れば、行きたい場所まで案内してくれる!」
「素晴らしい文明の力にゃ!」
魔王軍の兵士がざわつく。
「映画とは何だ。」
「動く絵物語らしいぞ。」
「吟遊詩人がいなくても音楽が聴けるのか?」
「何度でも同じ歌を?」
エルフの一人がスマホを受け取り、恐る恐る画面へ触れた。
ぱっと画面が明るくなる。
「光りました!」
「魔力を流していないのに!」
「指で触るだけにゃ。」
エルフが画面を横へ滑らせる。
画面の絵が次々と動く。
「動きます!」
「絵が指についてきます!」
その横では、魔王が自分の顔を映していた。
「この男は誰だ。」
深雪が画面を覗く。
「お前だよ。」
「なぜ我が、この板の中にいる。」
「内側のカメラが映してるんだ。」
魔王はスマホを裏返した。
「どこから見ている。」
「小さい丸があるだろ。」
魔王はカメラ部分を指で塞いだ。
画面が暗くなる。
「消えた。」
「目を塞いだからな。」
魔王は満足そうに頷いた。
「仕組みを理解した。」
理解したと言いながら、今度は画面へ向かって命令する。
「我が城を映せ。」
『検索結果が見つかりませんでした』
「役に立たん。」
「異世界の住所は登録されてないにゃ!」
一方、法王はスマホの文字入力に挑戦していた。
「指で文字を書くのですな。」
何度か画面を押す。
『ほうおう』
変換候補が現れる。
『法王』
『鳳凰』
『訪欧』
法王は目を見開いた。
「私以外の法王まで出てきました。」
「単なる変換候補だ。」
深雪が答える。
法王は『鳳凰』を選ぶ。
「こちらの方が強そうなので、名前を鳳凰にします。」
「勝手に改名するな。」
魔王が呆れた。
村長は音声入力を試していた。
「東京で、村に必要な物を探したい。」
スマホに文字が表示される。
『東京で村に必要な芋を探したい』
「芋になりました。」
「発音をハッキリするにゃ。」
ドワーフはカメラでコヌトコの天井を撮影する。
「この機械は測量にも使えるか?」
「長さを測る機能もあるにゃ。」
「方角も分かる。」
「計算もできる。」
「設計図も保存できるにゃよ。」
ドワーフの目が輝いた。
「十台買う。」
「一人一台にゃ!」
「帰る前に電気屋で買ってこいにゃ。」
パンダは今度は大きな箱を取り出した。
「スマホより大きい画面が欲しい者には、iPadも売るにゃーよ!」
エルフ達が集まってくる。
「絵を描けますか?」
「描けるにゃ。」
「本も読める?」
「読めるにゃ。」
「商品の在庫管理も?」
「できるにゃ!」
商人代表が即座に手を挙げた。
「一台購入します。」
法王も興味を示す。
「書物を何冊も持ち歩かなくて済むのでしょうか。」
「何千冊でも入るにゃよ。」
「それは素晴らしい。」
「教会の記録用に欲しいですね。」
魔王が負けじと言う。
「我が軍の作戦資料にも必要だ。」
深雪が魔王を見る。
「その使い方はちょっと怖いな。」
パンダはさらに倉庫の奥を指差した。
「大画面テレビもあるにゃーけど。」
「それは帰宅してから買うといいにゃ。」
「東京視察中に持ち歩いたら邪魔にゃよ。」
魔王が巨大なテレビを見上げる。
「この黒い板に、映画が映るのか。」
「そうにゃ。」
「城の広間に置けば、兵士全員で見られるにゃ。」
「では百インチを買おう。」
「帰りにゃ!」
パンダは視察団全員へ説明書を配る。
「秋派薔薇とか池袋で、電気屋を視察してくるにゃ!」
「冷蔵庫!」
「洗濯機!」
「炊飯器!」
「電子レンジ!」
「掃除機!」
「必要な物を自分達で見つけるにゃ!」
猫獣人がスマホを操作しながら尋ねる。
「この中に魚料理の店を探す機能はありますか?」
「あるにゃ。」
「近くの回転寿司で検索するにゃ。」
猫獣人が音声入力する。
「近くの回転寿司。」
画面に東京の店舗一覧が表示される。
猫獣人の耳がぴんと立った。
「たくさんあります!」
「全部回ります。」
まきが笑う。
「五泊六日じゃ足りなくなりそうだね。」
リアは自分用の子供スマホを持ち上げる。
「これで動画見ていい?」
「一日一時間までにゃ!」
ナルも画面を連打する。
「アイスの動画!」
桜子も真似をして画面を叩く。
「おすし!」
その時。
レオンが工事現場から、泥だらけの姿でコヌトコへ入ってきた。
「みんな何してるんだ?」
パンダは新品のスマホを差し出した。
「レオンの分にゃ。」
「街づくりの連絡用に使うにゃ。」
レオンは受け取って画面を見る。
そこには未読の指示が大量に届いていた。
『帝王ホテルに温水プール追加』
『映画館は十二スクリーン』
『水族館にペンギン』
『病院は二十四時間救急対応』
『駅前に噴水』
『地下街も欲しい』
レオンの手が震えた。
「パンダ。」
「なんにゃ?」
「スマホを渡した目的、連絡用じゃないだろ。」
「仕事を増やすためだろ。」
パンダは満面の笑みを浮かべた。
「文明の力にゃ!」
レオンはスマホを握り締めた。
「便利になった分、仕事が増えてる!」
深雪はカメラへ向かって笑った。
「異世界にスマホが導入された歴史的瞬間!」
「そしてレオンの休日が消滅した瞬間です!」
テレビスタッフ達の笑い声が、完成したばかりのコヌトコ倉庫に響き渡った。
こうして異世界東京視察団は、スマホと電子マネーを手に入れた。
だが彼らはまだ知らない。
東京に到着して最初に起きる問題が、電車の乗り方でも、買い物の仕方でもないことを。
全員がスマホで写真を撮り過ぎて、集合時間に誰も集まらなくなることを――。
働けレオン!愛する妻の為に!
可哀想なレオンに愛の手を。
イイね、コメントなど待ってます。




