第113話 娘娘とプロメテーウス
――プロメテーウスのいる空間。
薄暗い岩場。
地面にはところどころ亀裂が走り、その奥では赤い光がゆらゆらと揺れている。
普通の人間なら、長居したいとは思わない場所だった。
その静寂の中。
「プロメテーウス様ー!」
場違いなほど明るい声が響いた。
「……ん?」
プロメテーウスが顔を上げる。
岩陰から、小さな身体がひょこっと現れた。
「娘娘?」
「来たミャ!」
娘娘は満面の笑みを浮かべ、大きな袋を両手で抱えて走ってくる。
「お前……また一人で来たのか?」
「そうミャ!」
「そうミャ、じゃない」
プロメテーウスが眉を寄せる。
だが娘娘は全く気にしていない。
「今日はプロメテーウス様に差し入れ持ってきたミャ!」
「差し入れ?」
「じゃーん!」
娘娘は袋を地面へ置いた。
中から次々と食べ物を取り出していく。
「これはコンビニの唐揚げミャ!」
「ほう」
「こっちはおにぎり!」
「おにぎり?」
「鮭とツナマヨと昆布ミャ!」
「三つもあるのか」
「それからコヌトコで買ってもらった大きいピザ!」
「……でかいな」
「プリンもあるミャ!」
「まだあるのか?」
「ポテトチップス!」
「……」
「チョコレート!」
「娘娘」
「ジュースもあるミャ!」
「娘娘!」
「ミャ?」
ようやく娘娘が止まった。
プロメテーウスは目の前に並べられた大量の食べ物を見る。
「これは……全部俺にか?」
「そうミャ!」
「お前は食べないのか?」
「娘娘も少し食べるミャ!」
「少しか」
「プロメテーウス様にいっぱい食べてほしいミャ!」
娘娘は嬉しそうに笑った。
プロメテーウスはしばらく黙っていた。
「……そうか」
「食べてミャ!」
「ああ」
まず唐揚げを一つ手に取る。
「これを、そのまま食えばいいのか?」
「そうミャ!」
口へ入れる。
「……」
娘娘がじっと見つめる。
「どうミャ?」
「……美味い」
「本当ミャ!?」
「ああ」
もう一つ食べる。
「なんだこれは」
「唐揚げミャ」
「肉なのは分かる」
プロメテーウスは驚いたように唐揚げを見る。
「こんな味の肉は初めてだ」
「醤油とかニンニクとか使ってるらしいミャ!」
「醤油……」
「娘娘もよく分からないミャ!」
「分からないのか」
「でも美味しいから問題ないミャ!」
「……確かにな」
プロメテーウスが笑った。
次はおにぎり。
長い爪で包装を剥がそうとする。
「……開かない」
「貸してミャ!」
娘娘が受け取る。
「ここを引っ張るミャ!」
ピッ。
「次にこっちミャ!」
パリッ。
海苔に包まれたおにぎりが現れる。
「おお」
「出来たミャ!」
「随分複雑なんだな」
「地球の食べ物は難しいミャ」
「食べるだけでこれか」
「慣れれば簡単ミャ!」
プロメテーウスが一口食べる。
「……」
「どうミャ?」
「これも美味い」
「やったミャ!」
鮭。
ツナマヨ。
昆布。
ピザ。
プリン。
次々と食べていく。
特にプリンを口へ入れた瞬間。
「……なんだ、これは」
プロメテーウスの手が止まった。
「プリンミャ!」
「柔らかい」
「プリンだからミャ!」
「甘い」
「プリンだからミャ!」
「娘娘」
「ミャ?」
「お前、プリンの説明が全部プリンだからになってるぞ」
「プリンはプリンミャ!」
「……まあいい」
もう一口。
プロメテーウスの表情が僅かに緩む。
「美味い」
「気に入ったミャ?」
「ああ」
「良かったミャー!」
娘娘が両手を上げる。
プロメテーウスはそんな娘娘を見ながら、ゆっくりとプリンを食べた。
「俺は……」
「ミャ?」
「こんなに美味いものを食べたことがなかった」
娘娘が目を丸くする。
「本当ミャ?」
「ああ」
「じゃあ!」
娘娘が勢いよく立ち上がった。
「また持ってくるミャ!」
「……いや」
プロメテーウスの声が低くなる。
「もう来るな」
「ミャ?」
娘娘の笑顔が消えた。
「どうしてミャ?」
「此処は、お前が来ていい場所じゃない」
「でも娘娘、ちゃんと来られたミャ」
「今日はな」
プロメテーウスが娘娘を見る。
「此処は力の弱い者には危険な空間だ」
「……」
「何が起こるか分からない」
「でも――」
「娘娘」
プロメテーウスの表情が険しくなる。
「お前は弱い」
「ミャ……」
「俺のような者とは違う」
娘娘は少し俯いた。
それから胸元に手を当てる。
「大丈夫ミャ」
「何?」
「これがあるミャ!」
服の中から首飾りを取り出した。
小さな魔石が光っている。
「身を護る魔石の首飾りミャ!」
プロメテーウスが目を細める。
「それは……」
「ポルガン様が娘娘にくれたミャ!」
「ポルガンが?」
「そうミャ!」
娘娘は誇らしげに胸を張る。
「危ないところに行く時は絶対つけてろって言われたミャ!」
「……危ないところへ行くなとは言われなかったのか?」
「言われたミャ!」
「言われてるじゃないか!」
「でもプロメテーウス様に美味しい物食べてほしかったミャ!」
「……」
プロメテーウスが黙る。
娘娘は首飾りを握ったまま笑った。
「だから大丈夫ミャ!」
「大丈夫じゃない」
「大丈夫ミャ!」
「お前な」
「次はもっと美味しい物持ってくるミャ!」
「話を聞け!」
「ポルガン様に買ってもらうミャ!」
「娘娘!」
「コンビニに新しいケーキがあるって聞いたミャ!」
「待て!」
「コヌトコにも大きいお菓子いっぱいあるミャ!」
「だから――」
「待っててミャ! プロメテーウス様!」
娘娘は勢いよく踵を返した。
「また今度はもっと美味しい物、ポルガン様に買ってもらって持ってくるミャ!」
「娘娘!」
「じゃあねミャー!」
走り出す。
三歩。
四歩。
五歩。
「あ」
小さな足が石に引っ掛かった。
娘娘の身体が前へ傾く。
「ミャッ!?」
ドサッ!!
「娘娘!!」
プロメテーウスの悲痛な叫びが響いた。
一瞬で立ち上がる。
「娘娘!」
駆け寄ろうとする。
だが。
「大丈夫ミャー!」
娘娘がむくっと起き上がった。
「……」
「チョット転んだだけミャ!」
膝についた砂を払う。
「ほら!」
両手を広げて見せる。
「なんともないミャ!」
「……」
プロメテーウスは動けなかった。
大きく息を吐く。
「……良かった」
「ミャ?」
「なんでもない」
娘娘が首を傾げる。
プロメテーウスは額を押さえた。
「心臓が止まるかと思った」
「プロメテーウス様、心臓あるミャ?」
「そういう問題じゃない!」
「ミャ!」
娘娘がびくっとする。
「……すまん」
プロメテーウスは少し声を落とした。
「怒ってるわけじゃない」
「じゃあ、また来てもいいミャ?」
「……」
プロメテーウスは困ったように娘娘を見る。
もう来るな。
そう言えばいい。
危険なのだから。
だが。
目の前には、自分のために食べ物を持ってきて。
自分が喜ぶ姿を見て。
もっと美味しいものを持ってくると笑っている娘娘がいる。
「……来るなとは言わない」
「ミャ!」
娘娘の顔が一気に明るくなる。
「ただし」
「ミャ?」
「次からは一人で来るな」
「でも――」
「絶対だ」
プロメテーウスは真剣な目で娘娘を見た。
「十番と十一番と一緒に来なさい」
「十番様と十一番様?」
「ああ」
「あの二人が一緒なら、お前一人よりはずっと安心できる」
「分かったミャ!」
「本当に分かったか?」
「分かったミャ!」
「一人で来ないな?」
「来ないミャ!」
「絶対だぞ?」
「絶対ミャ!」
「……よし」
プロメテーウスはようやく笑った。
娘娘も笑う。
「じゃあ次は三人で来るミャ!」
「ああ」
「もっといっぱい持ってくるミャ!」
「いや、今日の量でも十分だ」
「もっと美味しいの探すミャ!」
「娘娘」
「プリンもいっぱい持ってくるミャ!」
「……プリンは少し多めでもいい」
「やっぱり気に入ってるミャ!」
「うるさい」
「ミャハハ!」
娘娘が笑いながら手を振る。
「じゃあ帰るミャ!」
「ああ」
「プロメテーウス様!」
「なんだ?」
「また来るミャ!」
プロメテーウスは少しだけ間を置いた。
そして。
「ああ」
穏やかに頷く。
「待っている」
「ミャ!」
「ただし」
「ミャ?」
「走るな」
「分かったミャー!」
そう言いながら娘娘が走り出す。
「走るなと言っただろう!!」
「ミャー!」
「娘娘!!」
遠ざかる小さな背中。
プロメテーウスはしばらくそれを見送っていた。
完全に姿が見えなくなってから。
地面に残された食べ物へ目を向ける。
「……また来る、か」
プリンを一つ手に取る。
少しだけ笑った。
「十番、十一番」
「次は絶対に一緒に来いよ」
「……俺では、あいつを守りきれないかもしれないからな」
そして。
誰もいなくなった空間で。
プロメテーウスはもう一度、娘娘が持ってきたプリンを口へ運んだ。
「……美味いな」
娘娘だみゃ
可哀想なプロメテーウス様にたくさん美味しい物食べて貰って
元気になってもらうみゃ♡




