第112話 糸魔導師現る!! 後編
2031年11月25日 火曜日。
ポルガンの誕生日まで、あと1ヶ月と15日。
精神と時の空間
284日目。
時の間に居られる時間、あと202日。
精神と時の空間。
「パンダ」
五十嵐が声を掛けた。
「にゃ?」
「ニューヨーク、行くか?」
パンダの目が輝く。
「行く!!」
即答だった。
「リアも!」
「ナルも行く!」
「もちろんいいぞ」
五十嵐は少し得意げだった。
「本物の糸魔導師も見られるかもしれない」
「お前だろ」
「違う」
「まだ言うにゃ?」
「別人だ」
レオンは隣で苦笑していた。
⸻
その日の夕方。
何処でもゲートが開く。
行き先。
ニューヨーク。
⸻
摩天楼。
夕陽。
高層ビルの窓が黄金色に染まっている。
「うわあああ!」
リアが歓声を上げた。
「すごーい!」
ナルも飛び跳ねる。
「たかい!」
「落ちるなよ」
レオンが二人の肩を押さえる。
パンダは屋上の端まで歩き、下を覗いた。
「にゃああ……高いにゃ」
「怖いか?」
五十嵐が聞く。
「ちょっとだけにゃ」
「じゃあ」
五十嵐は笑う。
「いいもの見せてやる」
⸻
「五十嵐?」
⸻
「少し待ってろ」
五十嵐は屋上の設備の影へ消えた。
⸻
数分後。
シュッ!!
白い蜘蛛の糸。
赤と青の糸魔導師が、隣のビルから飛んできた。
「にゃああああああ!!」
パンダが大興奮。
「糸魔導師!!」
「ママー! 本物ー!」
リアも大喜び。
レオンは腕を組む。
「……五十嵐先生、遅いな」
『ナンノコトダ』
「いや」
レオンは笑う。
「何でもない」
⸻
糸魔導師がパンダの前に立つ。
『一緒に飛んでみるか?』
「飛ぶ!!」
「パンダ?」
レオンが少し心配そうに見る。
「大丈夫にゃ! 一回だけ!」
『任せろ』
糸魔導師は優しくパンダを抱き上げた。
「お姫様抱っこにゃ!」
『落とすより安全だ』
「にゃはは!」
シュッ!!
蜘蛛の糸が伸びる。
そのまま二人は屋上から飛び出した。
⸻
「にゃあああああああああ!!」
夕陽の摩天楼。
ビルとビルの間を飛ぶ。
パンダの髪が風になびく。
「すごいにゃあああ!」
『だろ?』
「映画みたいにゃ!」
シュッ!!
さらに次のビル。
大きく旋回。
また飛ぶ。
⸻
屋上。
リアが手を振る。
「ママー!」
「楽しそうだね」
ナルも笑う。
レオンだけが、少し眉を寄せていた。
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五分後。
「にゃああ!」
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十分後。
「すご……」
⸻
十五分後。
「……五十嵐」
『何だ?俺は五十嵐じゃないぞ』
「もういいにゃ」
『まだ一番いいルート見せてないぞ』
「いや、もう充分にゃ」
『次が最高なんだ』
シュッ!!
「待つにゃ!」
⸻
さらに飛ぶ。
⸻
「五十嵐!」
『だから俺は五十嵐じゃない』
「どっちでもいいから止まれにゃ!」
『もう少しだ!』
「もう良いって言ってるにゃ!」
だが。
五十嵐は完全に楽しくなっていた。
摩天楼を右へ。
左へ。
急上昇。
急降下。
「にゃああああ……」
パンダの声が弱くなる。
『どうした?』
「……気持ち悪いにゃ」
『え?』
「吐きそう……」
その瞬間。
⸻
シュッ!!
⸻
黒い蜘蛛の糸が飛んできた。
『何!?』
真っ黒な影。
背が高い。
長い手足。
黒一色の糸魔導師が、別のビルから高速で接近。
五十嵐の腕から。
パンダをさらうように抱き取った。
『なっ!?』
⸻
黒い糸魔導師は、そのまま隣のビル屋上へ着地する。
「……レオン」
パンダが顔を上げる。
「来てくれたんだ」
黒い覆面の男が頷いた。
「五十嵐先生が作った魔法を真似するだけなら、僕でも出来るからね」
優しくパンダの顔を覗き込む。
「大丈夫か? パンダ」
「気持ち悪いにゃ……」
「もう飛ばない方がいいな」
「うん」
⸻
シュッ!!
遅れて赤い糸魔導師が着地する。
『おい!』
レオンが振り返る。
「五十嵐先生」
『何の事だ?』
「……」
「そうか」
レオンはそれ以上何も言わなかった。
パンダが顔を上げる。
「いや、五十嵐にゃ!」
『違う』
「お前以外誰がいるにゃ!」
『俺は糸魔導師だ』
「五十嵐糸魔導師にゃ!」
『しつこい!』
レオンはパンダを抱いたまま笑った。
「まあ、誰でもいいよ」
『誰でもいいとは何だ!』
「妻が吐きそうだから、帰る」
『……』
「パンダ」
「にゃ?」
「帰ろう」
「うん」
⸻
レオンが片手を上げる。
「何処でもゲート」
レオンが背負っていたバックパックを降ろし、何処でもゲートを取り出した。
空間が開いた。
向こう側。
精神と時の空間。
「じゃあ」
レオンは黒い糸魔導師姿のまま、パンダを抱えてゲートへ歩く。
「レオン、カッコ良かったにゃ」
「そう?」
「黒い糸魔導師似合うにゃ」
「パンダが喜ぶなら、またやってもいいよ」
『……』
赤い糸魔導師が無言になる。
パンダはゲートへ入る直前、振り返った。
「五十嵐ー」
『俺は五十嵐じゃない!』
「はいはい」
「じゃあね、糸魔導師!」
ゲートが閉じた。
⸻
夕暮れのニューヨーク。
屋上。
赤い糸魔導師だけが残る。
『……』
風が吹く。
『……俺が先に糸魔導師になったんだけどな』
誰も聞いていなかった。
⸻
その日の夜。
――スナック異世界。
店の隅。
櫻井と加藤が、二人並んでハイボールを飲んでいた。
「聞きました?」
「聞いた」
櫻井が氷をカラカラ鳴らす。
「黒い糸魔導師」
「レオン先生ですよね」
「でしょうね」
「五十嵐さん、可哀想」
「うん」
一口飲む。
「五十嵐さんってさ」
「はい」
「やってること、結構可愛いよな」
「分かります」
「パンダさんが糸魔導師好きって聞いて、自分で魔法作って」
「高額なスマートウォッチまで改造して」
「ニューヨークまで行って」
「世界中からキャーキャー言われて」
「モテモテなのに」
二人は同時にため息をついた。
「本命にはモテないんですよね」
「うんうん」
⸻
加藤がハイボールを飲む。
「むしろ今回」
「レオン先生の株、上げただけですよね」
「黒い糸魔導師姿で助けに来たもんな」
「しかもパンダさん」
『レオン、来てくれたんだ』
「って」
「嬉しそうだったらしいですよ」
「……失恋だな」
「失恋ですね」
⸻
「でも五十嵐さん、認めないでしょうね」
「何を?」
「パンダさんが好きなこと」
「ああ」
「そもそも」
櫻井が笑う。
「自分が糸魔導師だってことすら認めてないからな」
「あー」
「全部認めない人なんですね」
「そういうこと」
「面倒くさいですね」
「でも」
「はい」
「そこがモテる」
「本命以外には」
「うんうん」
二人は静かにグラスを合わせた。
⸻
その頃。
訓練場。
「五十嵐さん」
「何だ」
「今日ニューヨーク行きました?」
「行ってない」
「糸魔導師出たらしいですよ」
「そうか」
「黒い糸魔導師も出たらしいです」
「知らん」
「パンダさん抱っこしてたらしいですね」
「知らんと言ってるだろ」
五十嵐は黙って魔法の練習を続ける。
⸻
少しだけ。
いつもより。
魔力が荒れていた。
⸻
「……五十嵐さん」
「何だ」
「失恋しました?」
ドォォォォン!!
訓練場の壁が爆発した。
「誰がだ!!」
「すみません!!」
櫻井と加藤が逃げる。
⸻
少し離れた場所。
パンダがそれを見ていた。
「やっぱ五十嵐だったにゃ」
「そこか?」
レオンが笑った。
「そこにゃ」
五十嵐だ!
俺は糸魔導師じゃない!
なんなんだあの馬鹿夫婦!
結局、俺がリアとナルを連れて帰ることになったぞ。




