第111話 糸魔導師現る!! 前編
2031年11月23日 日曜日。
ポルガンの誕生日まで、あと1ヶ月と17日。
精神と時の空間
268日目。
時の間に居られる時間、あと218日。
――精神と時の空間。
訓練場。
「パンダさんって、糸魔導師好きなんですよね?アメコミヒーローの?」
休憩中。
五十嵐薫が、何気ない顔で尋ねた。
「大好きにゃ!」
パンダの目が輝く。
「映画も好きだし、ビルからビルへ飛び回るところなんて最高にゃ!」
「へえ」
五十嵐は腕を組んだ。
「そんなに好きなのか」
「好き好き!」
「一回でいいから、本物がニューヨーク飛んでるところ見てみたいにゃー」
「……本物ね」
五十嵐は何かを考えるように、自分の手首を見た。
⸻
その日の夜。
訓練場の隅。
誰もいなくなったあとも、五十嵐だけが残っていた。
「創作魔法で再現するだけなら……」
右手を上げる。
魔力を集中させる。
「こんな感じかな?」
手首から白い糸が飛んだ。
シュッ!!
糸は訓練場の壁に張り付く。
「おお」
五十嵐自身が感心した。
引っ張る。
丈夫だ。
だが。
「……違うな」
手首を見る。
「これじゃ魔法を撃ってるだけだ」
五十嵐は眉を寄せた。
「もっとこう……」
手首を返す。
「シュッ! って感じじゃないと」
⸻
翌日。
五十嵐はスマートウォッチを机の上に置いていた。
小型工具。
魔石。
細い金属部品。
小さな魔法陣。
「何やってるんですか?」
櫻井が覗き込む。
「時計の改良」
「それ時計じゃなくなってません?」
「気のせいだ」
加藤も覗き込む。
「なんか発射口ついてますけど」
「気のせいだ」
「絶対なんか撃ちますよね?鳩でも撃つんですか?」
「撃たない」
五十嵐は真顔だった。
⸻
数時間後。
「完成」
五十嵐が腕に装着する。
手首を軽く返した。
シュッ!!
白い糸が天井へ伸びる。
「おお!」
櫻井が拍手する。
「完全に糸魔導師じゃないですか!」
「違う」
「何がです?」
「これは魔道具の研究だ」
加藤が頷く。
「はいはい」
「何だその顔は」
「いえ、別に」
⸻
翌朝。
五十嵐は一人で、何処でもゲートの前に立っていた。
黒いバッグを肩に掛けている。
「行き先、ニューヨーク」
ゲートが開く。
向こう側。
摩天楼。
世界最大級の都市。
五十嵐はゲートをくぐった。
⸻
ニューヨーク。
高層ビルの屋上。
五十嵐はバッグを開ける。
中から取り出したのは――。
赤と青を基調としたスーツ。
そして。
覆面。
「……」
五十嵐は周囲を見る。
誰もいない。
覆面を被った。
「よし」
手首を返す。
シュッ!!
糸が向かいのビルへ伸びる。
五十嵐は身体強化魔法と浮遊魔法を同時に発動。
屋上から飛び出した。
⸻
ヒュン!!
⸻
高層ビルの谷間。
地上数十メートル。
五十嵐の身体が大きく弧を描く。
「おおおおっ!!」
思わず声が出た。
もう一本。
シュッ!!
次のビル。
さらに次。
摩天楼を縫うように飛び回る。
魔法で姿勢を制御。
蜘蛛の糸を支点に方向転換。
窓ガラスに夕陽が反射する。
「これは……」
五十嵐の口元が緩む。
「思ったより楽しいな」
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地上。
「HEY!!」
誰かが空を指差した。
「LOOK!!」
通行人が次々と立ち止まる。
スマホが向けられる。
「ito-madoushi‼︎」
「yes!!」
「ito-madoushi!!」
誰が言い出したのかは分からない。
だが。
その呼び名は、一瞬で広がった。
⸻
その時。
交差点で悲鳴が上がった。
配送トラックから積荷が崩れた。
大きな箱が歩道へ落ちる。
「危ない!」
五十嵐は反射的に手首を向ける。
シュッ!!
蜘蛛の糸が箱に絡みつく。
落下が止まった。
そのまま魔法で持ち上げ、道路脇へ移動させる。
⸻
静寂。
⸻
「……」
五十嵐は屋根の上に立つ。
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次の瞬間。
「WOOOOOOOOO!!」
街中から大歓声が上がった。
「ito-madoushi!!」
「ito-madoushi!!」
「ito-madoushi!!」
五十嵐は少しだけ肩を引いた。
「……箱一個だぞ?」
だが。
誰も聞いていない。
⸻
数時間後。
世界中のSNS。
『ニューヨークに本物のヒーロー出現!?』
『謎の覆面男、落下事故を防ぐ!』
『糸魔導師は魔法使いなのか!?』
『正体は誰だ!?』
動画再生数。
一億。
二億。
三億。
増え続ける。
⸻
精神と時の空間。
「にゃああああああ!!」
パンダがソファの上で飛び跳ねた。
「糸魔導師だあああ!」
リアも画面に張り付く。
「かっこいいー!」
ナルも両手を上げる。
「糸魔導師!」
レオンは画面を見る。
「……」
「どうしたにゃ?」
「いや」
少し考え。
「どこかで見た動きだと思ってな」
「にゃ?」
⸻
翌日。
訓練場。
「五十嵐さん」
櫻井が話しかける。
「昨日ニューヨークに凄い人出たらしいですよ」
「ああ、ニュースで見た」
五十嵐は平然としている。
「糸魔導師っていうらしいですね」
「そうらしいな」
「五十嵐さん、昨日どこにいました?」
「用事」
「へー」
加藤が頷く。
「ちなみに糸魔導師が消えた時間と、五十嵐さんが戻ってきた時間、ほぼ同じなんですよ」
「偶然だ」
「そうですか」
「そうだ」
二人は顔を見合わせた。
何も言わなかった。
⸻
それから。
五十嵐は時々、訓練の途中で姿を消すようになった。
「ちょっと席外す」
「はい」
十分後。
ニューヨーク。
糸魔導師出現。
迷子になった子供を母親のところへ連れていく。
⸻
翌日。
「少し抜ける」
「はい」
ニューヨーク。
高層ビルから剥がれかけた看板を蜘蛛の糸で固定。
⸻
また翌日。
「用事」
「はい」
ニューヨーク。
車道へ飛び出した犬を救出。
⸻
世界は。
大盛り上がりだった。
⸻
『今日も糸魔導師がニューヨークを救った!』
『子犬救助に世界が感動!』
『ヒーローは実在した!』
⸻
「……犬一匹にゃ」
パンダがニュースを見ながら呟く。
「平和でいいじゃないか」
レオンが笑う。
「そうだけどにゃ」
⸻
ニューヨーク。
糸魔導師は、テレビ局の取材を受けていた。
「あなたは何者なんですか?」
「ただの通りすがりだ」
「なぜ人々を助けるんです?」
「困ってる奴がいたら助ける。それだけだ」
「……」
記者が首を傾げる。
「声、普通ですね」
「……」
五十嵐の身体が止まった。
手首を見る。
「しまった」
ボイスチェンジャー。
ONE!!
慌ててスイッチを押す。
ピッ。
『ナンノコトダ』
「今、明らかに声変わりましたよね?」
『キノセイダ』
「いや絶対――」
シュッ!!
「質問は終わりだ!」
糸魔導師は逃げた。
⸻
翌日。
精神と時の空間。
訓練場。
パンダが五十嵐の前に立っていた。
「五十嵐」
「何だ」
「糸魔導師って、お前だろ?」
「何の事だ?」
「いや」
パンダは首を傾げる。
「青いゴブリンなんて居ない世界で、なんで正体隠すにゃ?」
「だから俺じゃない」
「この前のインタビュー、完全に五十嵐の声だったにゃ」
「似た声の人間くらいいる」
「パンダ、目は悪いけど耳はいいにゃ」
「しつこい女だな」
「お前だろ?」
「違う」
「お前だにゃ」
「違う」
「五十嵐糸魔導師」
「違うと言ってるだろ!」
周囲では。
櫻井。
加藤。
高橋。
西田。
訓練生たち。
全員が黙っていた。
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(バレバレだけど……)
(本人が隠したいなら……)
(まあ、いいか)
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誰も。
突っ込まなかった。
⸻
「なんでみんな黙ってるにゃ!?」
パンダだけが叫んだ。
五十嵐
俺は糸魔導師ではない!




