第110話 誰かに頼むか、自分で変えるか
――ハロウィンパーティーから、二年前。
東京。
レオンの所有するタワーマンションの一室。
パンダはリビングのソファに寝転がり、スマホを眺めていた。
しばらく画面をスクロールしていたが、ふと指を止める。
「たまにはリアル社会で仕事するかにゃ」
「……お前、普段から十分してるだろ」
向かいでコーヒーを飲んでいたレオンが顔を上げた。
「そういう意味じゃないにゃ」
パンダはむくっと起き上がる。
「最近さー、同じところで詰まってる人、結構いるんだよね」
「同じところ?」
「うん」
スマホを指先でくるくる回す。
「自分は酷い目に遭いました」
「社会が悪いです」
「だから誰か、私の人生を変えてください」
「……ってやつ」
レオンは少し考える。
「珍しい考え方ではないな」
「でしょ?」
「助けてって言うのは別にいいんだよ。パンダだって困ったら助けてもらうし」
「問題は、そのあと」
パンダは頬杖をついた。
「助けてもらった後も、ずーっと誰かが背負って運んでくれると思ってる人がいるの」
「それは長続きしないな」
「そうなの」
「パンダ一人なら、なおさら無理」
少し間を置いて。
「前にもいたんだよね。凪って人」
「凪?」
「高校時代に虐められて、それを六年間ずっと引きずってた人」
パンダは淡々と説明する。
「虐めをこの世から消してくれ」
「虐めた奴らに復讐してくれ」
「自分の苛立ちを晴らしてくれ!」
「俺は被害者なんだから、助ける義務があるだろって」
「……随分大きな依頼だな」
「でしょ?」
「世界から虐めを無くすなんて、学校だけ弄れば終わりじゃないもん」
「家庭、福祉、医療、教育、貧困、孤立。加害する側の環境まで見ないと減らないし」
「研究者も政治家も先生も医者も必要」
「それをさ」
パンダは指を三本立てる。
「三万円」
「……三万円?」
「うん」
「学生ですらなかったんだけどね」
レオンが額を押さえた。
「それで受けたのか?良い人過ぎるだろ!」
「三万円で出来る範囲だけどね」
「凪が一番恨んでた女の子と話した」
「その子にも家庭の事情があった」
「でも、その事情を凪に教えたところで、凪の人生が勝手に良くなるわけじゃないから」
「その後は?」
「何回も連絡来たよ」
『もう一回話したい』
『俺はどうすればいい』
『返事してくれ』
「全部スルー」
「徹底してるな」
「だってパンダが毎回答え出したら」
「凪、自分で考えなくなるじゃん」
⸻
パンダはスマホを開く。
「でもさ」
「凪だけじゃないんだよね」
「凪と全く同じ言い方してないだけで」
「誰かが自分の人生を変えてくれるの待ってる人、いっぱいいると思う」
親指が動く。
短い文章が打ち込まれていく。
⸻
『誰かに人生を変えてもらうのを待ってる人へ。
助けてもらうのは悪くない。
助けてって言うのも大事。
でもさ。
最初の一歩を誰かに押してもらったなら、二歩目くらい自分で歩いてみてもよくない?
返事が来ないから動けない。
誰も助けてくれないから何も出来ない。
本当に?
検索くらい出来るよね。
求人を見るくらい出来るよね。
外に出られないなら、家の中で出来ること探してもいい。
世界全部を変えるのは難しい。
でも、自分の半径一メートルくらいなら案外変えられる。
誰かに変えてもらうゲームより、自分でも少し変えてみるゲームの方が面白いよ。
――天才パンダ』
⸻
「投稿っと」
パンダがスマホを放り出した。
「これで仕事終わり」
「早いな」
「一人ずつ説明するより効率いいでしょ」
「凪も読むと思うか?」
「知らない」
即答だった。
「読まなくても別にいいよ」
「必要な人、一人にでも届けば得だから」
レオンは少し笑う。
「相変わらずだな」
「にゃ?」
「冷たいのか優しいのか分からない」
「効率的なだけですー」
⸻
その頃。
地球。
布団の中。
凪はスマホの画面を睨んでいた。
『最初の一歩を誰かに押してもらったなら、二歩目くらい自分で歩いてみてもよくない?』
「……俺のことじゃねぇか」
画面を閉じる。
腹が立つ。
五分後。
また開く。
『検索くらい出来るよね。
求人を見るくらい出来るよね。』
「……うるせぇ」
閉じる。
十分後。
また開いた。
「……」
検索欄に文字を打つ。
『アルバイト 未経験』
求人が並ぶ。
コンビニ。
倉庫。
飲食。
スーパー。
そして。
『BOOK OPP スタッフ募集』
指が止まった。
「……この店割と好きなんだよな」
応募ボタンを押した。
本来なら、経歴だけ見れば落とされてもおかしくなかった。
長い空白期間。
目立った職歴もない。
だが面接で、凪は必死に喋った。
「俺、この店よく来るんです」
「だから……ここ、こうしたらもっと探しやすいと思うし」
「この棚も、並べ方変えたら売れると思う」
「客が増えれば、店にも利益出ますよね?」
面接官は、少しだけ目を丸くした。
数日後。
採用の電話が入った。
それから二年が過ぎた。
⸻
地球・日本。
小さなレストラン。
「久しぶりー」
パンダは席に座るなり、ドリンクメニューを開いた。
向かいにいる凪は、じっとパンダを睨んでいる。
「何?」
「……アンタに文句が言いたかった」
「ふーん」
「俺の人生を」
一拍。
「変えやがった」
パンダはストローでジュースを吸った。
「あーそーかそーか」
「相変わらず胸糞悪い奴だな」
「は?俺は客だぞ!」
「五十万払って、会って最初に言うのが文句かよ」
「うるせぇ」
凪は顔を背ける。
「で?」
「バイト楽しいか?」
凪の肩が僅かに動いた。
「……辞めた」
「へー」
「金貯まったから、辞めてやった」
「ふーん」
⸻
嘘だった。
凪は今も働いている。
二年間、一度もシフトに穴を開けていない。
最初は客と話すだけで声が震えた。
今では査定もする。
新人に仕事も教える。
給料も上がった。
店長からは、社員にならないかと言われている。
だが。
凪は一つも言わなかった。
⸻
「何だよ」
パンダが凪の顔を見ていた。
「別に」
ジュースを飲み干す。
「その割には」
にやっと笑う。
「いい顔になったじゃねぇか」
凪は黙った。
「……」
「何?」
「別に」
「そ」
パンダは時計を見る。
「じゃ、話すことないならパンダ帰るにゃ」
「は?」
「達者で暮らせにゃ、凪」
鞄を持って立ち上がる。
「時間は有限にゃからね」
「ちょ、待てよ」
「五十万払ったんだけど!」
「会えたじゃん」
「そういう問題じゃねぇ!」
「じゃーねー」
手をひらひら振りながら、パンダはそのまま店を出ていった。
⸻
凪だけが残された。
「……何なんだよ」
テーブルの上。
パンダが飲み終えたグラス。
溶けた氷。
一本のストロー。
凪はそれを見つめる。
ゆっくり手に取った。
ぎゅっと握る。
「……胸糞悪い奴」
⸻
その顔は。
昔より、ずっと穏やかだった。
⸻
――精神と時の空間。
「ただいまー」
どこでもゲートからパンダが戻ってくる。
「ただいまー。日帰り出来たにゃ!」
「早かったな」
レオンが言う。
「仕事は?」
「終わったよ」
「どうだった?」
パンダは少し考え。
「んー」
ソファにぽすんと座った。
「一人、勝手にレベル上がってた」
「そうか」
「うん」
パンダは満足そうにスマホを取り出した。
「じゃ、次の人探すかにゃ」
「休め」
「なんでにゃー」
レオンです。
僕のパンダは働き過ぎ。
異世界救えたら、いっぱい休もうね!




