第105話 ベビーラッシュ!
――日本・東京。
雷蔵はアーネストの長い髪を指先ですくい、さらさらとした感触を楽しんでいた。
「やっぱり綺麗だな、お前の髪」
「またそれか」
「いいだろ。好きなんだから」
「髪が?」
「お前が」
アーネストが僅かに笑う。
「今日は随分と素直だな」
「俺はいつも素直だろ」
「どこがだ」
アーネストは雷蔵の頬に手を添え、顔を近づけた。
唇が軽く重なる。
離れたと思ったら、今度は雷蔵の方からもう一度キスをした。
「…………」
「…………」
雷蔵は満足そうにアーネストへ身体を預ける。
「このまま寝たい」
「仕事はどうした、防衛大臣」
「今は休み」
「便利な言葉だな」
「いいんだよ。普段は働いてるんだから」
雷蔵が再びアーネストの髪へ手を伸ばした――その時だった。
ブォン――。
突然、部屋の中に光の輪が現れた。
「ん?」
「ゲート?」
二人が身体を起こす。
どこでもゲートから、梅子が姿を現した。
「雷蔵君」
「梅子さん?」
そして――。
梅子の後ろから、小さな子供が一人。
さらに一人。
もう一人。
三人の幼い子供たちが、よちよちとゲートを抜けてきた。
「…………」
雷蔵が固まった。
「梅子さん、その子たち……誰?」
「君の子供だ」
「…………は?」
「無事に生まれたぞ。三人ともな」
「…………」
雷蔵はアーネストを見た。
アーネストも雷蔵を見る。
もう一度、梅子を見る。
「俺の……?」
「ああ」
「子供?」
「ああ」
「生まれたの?」
「だから連れてきたんだ」
「…………」
雷蔵はベッドから飛び降りた。
「ええええええええええ!?」
◇ ◇ ◇
――少し前。
異世界・龍の巣。
研究所。
ずらりと並ぶ人工子宮の前に、パンダ、レオン、ランスロット、ミカエラが集まっていた。
もちろん梅子もいる。
雷蔵とアーネストの姿はない。
今日ここで、雷蔵と梅子の三人の子供たちが人工子宮から出ることになっていた。
「本当に一歳三ヶ月くらいになってるんだよね?」
パンダが人工子宮を覗き込む。
「ああ」
梅子が頷いた。
「もう十分に外へ出られる状態だ」
レオンは興味津々だった。
「人工子宮から子供が出てくるところなんて、医者でも普通は見られないからね」
その隣では、ランスロットとミカエラも人工子宮を見つめている。
そしてその奥には――。
七つの稼働中の人工子宮と空の二十三機の人工子宮が並んでいた。
その中では、ランスロットとミカエラの子供たちが成長を続けている。
七人。
最終的に誕生する予定のハイエルフの子供は、七人にまで減っていた。
今回のデータを参考にすれば、ハイエルフ間の子供達がキチンと育って産まれる確率はより高くなるだろう。
レオンが説明する。
「こっちの七人はまだあと二週間くらいかかるね。異世界時間で」
「二週間か……」
ミカエラが嬉しそうに見つめる。
「もうすぐじゃな」
「ああ」
ランスロットが頷く。
「賑やかになるな」
「楽しみじゃ」
その時。
「始めるぞ」
梅子の声で、全員の視線が三つの人工子宮へ集まった。
そして――。
三人の子供たちが、次々と人工子宮に包まれた羊水の中から外へ連れ出された。
「…………」
レオンが固まった。
「…………」
パンダも固まった。
一歳三ヶ月まで成長した三人の子供たち。
一人が立った。
「立った!」
パンダが叫ぶ。
もう一人も立つ。
そして三人目は――歩いた。
「歩いた!」
「医者としての常識が壊れる音がする……」
レオンが頭を押さえた。
だが診察は冷静に行う。
「Healing Radiance」
光が三人を包み、全身を解析する。
「問題なし。健康そのもの」
「性別は?間違いないな?」
梅子がレオンに聞く。
「ああ。報告通り女の子、男の子、女の子。三人とも健康だよ」
「そうか」
梅子が頷く。
そして隣の七つの人工子宮を見る。
「こっちも順調だな」
「あと二週間じゃ」
ミカエラが微笑む。
◇ ◇ ◇
――日本・東京。
「俺の子供……」
雷蔵は三人の前にしゃがみ込んでいた。
「本当に?」
「何度聞くんだ。君の子供だ」
梅子が呆れる。
一人の子供が雷蔵へ近づく。
「……パパ」
「…………」
雷蔵の目が見開かれた。
「今……」
「パパ」
「…………」
「パパー」
「うわあああああああ!!」
雷蔵が一人を抱き上げる。
「俺、パパだ!!」
残り二人も寄ってくる。
「パパ!」
「だっこ!」
「はいはい抱っこ!」
完全に陥落。
アーネストは静かに見ていた。
「…………」
「梅子さん!!女の子二人!? 男の子一人だね!?」
「そうだ」
「娘が二人もいるの!?俺、世界で一番幸せな父親だね!」
「…………」
そして雷蔵は宣言する。
「決めた!!俺、育休取る」
「どのくらいだ?」
「二年」
「二年か……」
雷蔵は三人の子供を見た。
先ほどまでとは違い、少しだけ真剣な表情になる。
「俺、この子たちがここまで育つ間、何にもしてやれてないだろ」
「雷蔵君……」
「だから、これからは俺がやりたい」
三人の頭を撫でる。
「飯食わせて、風呂入れて、遊んで、寝かせて。父親らしいこと、ちゃんとしてやりたい」
梅子はしばらく黙っていた。
そして、小さく笑った。
「そうか」
「ああ」
「防衛大臣はどうする?」
「…………」
「考えてなかったのか?」
「代理立ててもらう!」
「軽いな」
「三つ子なんだぞ! 仕方ないだろ!」
アーネストがため息をついた。
「一人で三人を見るつもりか?」
「…………頑張る」
「無理だな」
「やる前から決めつけんなよ!」
「今だって三人に囲まれて、どこを見ればいいのか分からなくなっている男が何を言っている」
「うっ……」
アーネストは三人を見た。
三人もアーネストを見る。
「…………」
「…………」
一人がアーネストへ近づいた。
アーネストの長い髪を掴む。
「おい」
引っ張る。
「痛い。離せ」
しかし子供は楽しそうに笑っている。
「…………」
アーネストは諦めた。
子供を抱き上げる。
「……そうだな。三つ子じゃ仕方ない。手伝おう」
「本当か!?」
「ああ」
「アーネスト!」
「抱きつくな。子供を抱いている」
「お前いい奴だな!」
「今知ったのか」
梅子は二人を眺めていた。
そして、何でもないことのように言った。
「それなら――」
「ん?」
「雷蔵君とアーネストの子供も作ってやろうか?」
「…………」
雷蔵が固まった。
アーネストも梅子を見る。
「…………は?」
「君とアーネストの子供だ」
「いや、聞こえた! 聞こえたけど!」
「技術的には可能だぞ」
雷蔵がアーネストを見る。
アーネストは少し考えた。
「……それは悪くないな」
「なんでお前ちょっと乗り気なんだよ!」
「お前との子供だろう?」
「そうだけど!」
「なら問題ない」
「問題ないの!?」
梅子が首を傾げる。
「嫌なのか?」
「…………」
雷蔵は三つ子を見る。
アーネストを見る。
もう一度、三つ子を見る。
「…………欲しい」
「決まりだな」
「待て! 決定早くない!?」
「今、欲しいと言っただろう」
「言ったけど!」
アーネストが口元を緩めた。
「何人にする?」
「一人!」
雷蔵が即答した。
「一人でいい! 三つ子がどれだけ大変か、今もう分かった!」
「俺は二人でも構わないが」
「増やすな!!」
梅子が笑った。
「では、とりあえず二人で考えておこう。比較データが必要になるからな」
「とりあえずって何!?」
雷蔵は頭を抱えた。
そして突然、顔を上げた。
「あっ!」
「今度は何だ」
「育休」
「二年だろう?」
「三年にする」
「…………」
梅子が呆れた。
「一年増えたな」
「だって子供増えるんだろ!」
「まだ生まれてもいないぞ」
「だからだよ! ちゃんと最初から育てたい!」
アーネストが頷く。
「まあ、いいんじゃないか」
「お前まで!」
「俺も手伝うと言っただろう」
雷蔵は嬉しそうに笑った。
「よし! 三年だ!」
「それから、アーネストと雷蔵君だけで子供を育てるのは大変だろう。この龍の巣の研究所で、私と研究員たちも子育てに参加するぞ」
「いいの? 梅子さん?」
「ああ。外とは時間の流れが違いすぎるがな」
「幸い、うちには乳幼児研究者、家庭教師、塾講師経験者まで揃っている。教育環境として足りないのは、同年代の友人くらいだろう」
「それは大丈夫。俺とアーネストが時々、龍の巣から子供達を連れ出すよ。親の事情で子供達に寂しい思いはさせたくないからね」
◇ ◇ ◇
――地球・日本。
総理官邸。
女性総理は、机の上に置かれた一枚の書類を見つめていた。
「…………」
もう一度読む。
『三角雷蔵防衛大臣 育児休業取得希望』
その下。
『希望期間 三年間』
「…………」
総理は眼鏡を外した。
「三年?」
「はい」
秘書官が答える。
「この前、二年って聞かなかった?」
「変更になったそうです」
「なんで?」
「お子さんが増える可能性があるそうで」
「…………」
「アーネスト氏との間に」
「はあ!?」
総理が勢いよく顔を上げた。
「ちょっと待って! どういうこと!?」
「現在、三角大臣には梅子氏との間に三名のお子さんがおりまして」
「それは聞いた!」
「さらにアーネスト氏との間にも――」
「なんで私は防衛大臣の育休申請で、こんな複雑な家族構成の説明を受けてるのよ!」
秘書官は黙った。
総理は額を押さえる。
「育休を取るのはいいのよ!」
「はい」
「三つ子なんでしょう? だったら取って! むしろ取りなさい!」
「はい」
「でも三年って何よ!」
机を叩く。
「三年間、防衛大臣どうするのよ!」
「三角大臣は『代理を立ててもらえばいい』と」
「簡単に言うなぁぁぁ!!」
総理官邸に声が響いた。
「……代理、探して」
「よろしいのですか?」
「子供五人になるかもしれないんでしょう!」
「はい」
「だったら育休は取らせるわよ!」
総理は椅子へ深く沈み込んだ。
そして両手で頭を抱える。
「はぁ……」
深いため息。
「あの男はぁぁぁ……!」
◇ ◇ ◇
その後、雷蔵たちは三つ子を連れ、精神と時の空間へ戻っていた。
「パパー!」
「はーい!」
「雷蔵、そっちへ一人行ったぞ」
「アーネスト捕まえて!」
「俺は二人抱いている!」
「梅子さーん!」
三角防衛大臣は――。
すでに三つ子相手に、防衛戦の真っ最中だった。
梅子です。
子供達のデータも16倍速で?取れるかな?
龍の巣の研究所は魔力のある者は時間の流れに年齢が左右されないんだよな。
まさかとは思うが、子供達永遠の一歳三ヶ月??
育ててみなきゃわからないよな。
あーそろそろパリコレにも出なきゃな、アーネスト。お前もだぞ?深雪お兄ちゃんたら、私よりスポットライト浴びて目立ってたんだから、ほんと驚きだよね!!




