第101話 パンダ、訓練を見物する 前編
精神と時の空間――。
「暇にゃ」
パンダは一人、訓練場へと続く道を歩いていた。
深雪と五十嵐は今日も踊りの訓練。
リアやナルをはじめ、他のみんなもそれぞれ自分の仕事や訓練がある。
では、パンダは何をしているのか。
「パンダ、頭使う以外の訓練は嫌にゃ。疲れるにゃ」
何もしていなかった。
そんなわけで今日は、世界各国から集められた約七千五百名の訓練生たちが、普段どんな訓練をしているのか見物することにしたのである。
ただ見て歩くだけではもったいない。
パンダの顔には、小型の最新式高性能ウェアラブル端末メガネが取り付けられていた。
撮影開始。
「今日は訓練生のみんなが何やってるのか、パンダが見物するにゃー。ちゃんと撮っておけば、あとでみんなにも見せられるからにゃ」
以前、箒を使った飛行訓練は見た。
しかし、それ以外の訓練については、パンダも詳しく知らなかった。
「そういえば、みんな毎日何やってるんだにゃ?」
広大な訓練場へ入った瞬間――。
パンダは立ち止まった。
「……なんか、いっぱい分かれてるにゃ」
同じ訓練を七千五百人が一斉に受けているわけではなかった。
巨大な訓練場はいくつもの区画に分けられ、それぞれ全く違うことをしている。
空を飛び回る者。
巨大な結界を張る者。
壊れた物を修復する者。
遠く離れた標的へ魔法を当て続ける者。
小さな部品を前に、息を止めるようにして魔力を操る者。
パンダはウェアラブル端末を意識しながら、ゆっくりと辺りを見回した。
「凄いにゃー。全然違うことやってる」
そのとき――。
「ぎゃあああああっ!!」
「にゃ!?」
突然、悲鳴が響いた。
パンダが振り向く。
訓練生の男性が、全身びしょ濡れになっていた。
その前では、龍の五番が腹を抱えて笑っている。
「引っ掛かった! 引っ掛かった!」
「五番!!」
「なんだよー」
「また炭酸飲料を振って渡したにゃ?!」
男性の手には、泡を吹き出したペットボトルが握られていた。
「訓練中だぞ!」
「休憩時間だからいいじゃん」
「良くない!」
「相変わらずにゃ……」
パンダは呆れながら近づいた。
「あ、パンダ!」
「五番」
「なんだよ?」
「今の、全部撮れたにゃ」
「は!?」
五番の顔から笑みが消えた。
「消せ!」
「嫌にゃ」
「なんでだよ!」
「面白いからにゃ。みんなにも見せる」
「やめろぉぉぉ!」
パンダは笑いながら五番から逃げる。
「それより、ちゃんと先生してるにゃ?」
「してるって!」
「本当に?」
「見てろよ!」
五番は急に真面目な顔になった。
さっきまで炭酸飲料を振って喜んでいた龍と同一人物とは思えない。
五番は訓練生たちへ向き直った。
「もう一回。結界は大きくする必要ないからな。守る相手の位置を見ろ」
十数人の訓練生が二人一組になる。
一人が守る側。
もう一人が攻撃役だ。
「始め!」
いくつもの小さな結界が出現した。
直後、弱い魔法が次々と飛んでくる。
バチン!
バチン!
透明な壁が魔法を弾いた。
一人の結界だけが大きく揺れる。
「力入れすぎ! 全部を守ろうとすんな! 今守るのは一人だ!」
「はい!」
「魔力には限界があるんだから、必要な場所に必要な分だけ使え!」
パンダが目を丸くした。
もちろん、その様子もウェアラブル端末は撮影している。
「……五番、ちゃんと教えられるんだ」
「どういう意味だよ!」
「炭酸振ってるだけの龍かと思ってたにゃ」
「違うわ!」
周囲の訓練生たちが笑った。
しかし五番の教え方には、きちんと理由があった。
この者たちは防御を専門とする訓練生だった。
巨大な結界を一度張って終わりではない。
必要な場所を判断し、最小限の魔力で人を守り、それを何度も繰り返す。
攻撃するためではない。
誰かを生きて帰すための魔法だった。
「へぇー。みんな同じ魔法を覚えてるわけじゃないんだにゃ?」
「当たり前だろ。得意なものが全然違うからな」
「なるほどにゃ!」
パンダはウエラブルメガネの蔓を押さえて呟いた。
「五番、悪戯ばっかりしてるけど、意外とちゃんと先生してましたにゃ」
「意外とは余計だ!」
その声まで、しっかり記録された。
◇
「違うわよぉぉぉ!!」
「にゃ!?」
今度は甲高い声が響いた。
聞き覚えがありすぎる。
龍の七番だった。
「声を大きくすればいいってもんじゃないの! 魔力を音に乗せるのよ! 気持ち! 感情! それが伝わらなきゃ意味ないでしょう!」
七番の前には、大勢の歌手や演奏家、芸能人たちが集まっていた。
「七番、何してるにゃ?」
「あらぁ、パンダちゃん! 見学?」
「そうにゃ。撮影もしてる」
「えっ!?」
七番の動きが止まった。
「ちょっとぉ! 撮ってるなら先に言いなさいよ!」
七番は慌てて髪を整え、服の乱れを確認する。
「もう撮ってるにゃ」
「イヤァァァ! 今の撮り直して!」
「生放送じゃないから大丈夫にゃ」
「そういう問題じゃないわよ!」
芸能人たちから笑い声が上がった。
七番は咳払いすると、何事もなかったように胸を張る。
「いい? ここから使いなさい」
「編集する気満々にゃ」
「当然よ!」
「で、何の訓練?」
「音に魔力を乗せる方法を教えてるのよ」
「音に魔力?」
「そうよぉ。見てなさい」
すぅ――。
七番が息を吸う。
そして、たった一音だけ声を響かせた。
空気が震えた。
「おお?」
パンダの髪がふわりと揺れる。
音そのものが、柔らかな魔力の波となって訓練場を通り抜けていった。
「歌や音楽はね、人の心を動かすでしょう? だったら魔力との相性が悪いわけないじゃない」
「確かに」
「ただし!」
七番が芸能人たちを振り返った。
「一人一人、全然違うのよ!」
その中には、スライムダイエットですっかり痩せ、妖艶なオネエへと変貌したマチコDXの姿もあった。
「マチコDX、また痩せた?」
「もう充分よ。これ以上痩せたら消えるわよ」
「昔の写真と別人にゃ」
「その写真を出すんじゃないわよ!」
米津っちは静かに自分の魔力の流れを確かめていた。
その少し離れた場所では、欅丸48のメンバーたちが何人かずつの組に分かれている。
さらにその向こうには、世界各国からやって来た外国人ミュージシャンたち。
ロック。
ポップス。
クラシック。
民族音楽。
楽器も歌い方もバラバラだった。
パンダはゆっくりと首を動かし、その光景をウェアラブル端末へ収めていく。
「面白いにゃ」
「でしょ?」
七番が嬉しそうに笑う。
「同じ魔法を教えたって意味ないのよ。この人にはこの人の音があるんだから」
欅丸48の一組が歌い始めた。
一人では弱い魔力。
しかし――。
二人。
三人。
十人。
声が重なるたびに、淡い光が大きくなっていく。
「おおお!」
パンダが拍手した。
「合体したにゃ!」
「そう! この子たちは一人一人の魔力はそれほど強くない。でも息を合わせるのが上手いのよ」
「ちゃんと撮れてるにゃ! 綺麗!」
一方、外国人ミュージシャンの一人がギターを鳴らす。
ジャァァァン!!
次の瞬間。
音の衝撃とともに、魔力の波が前方へ走った。
「うわっ!」
パンダが耳を押さえる。
ウェアラブル端末の映像まで大きく揺れた。
「強すぎよぉぉぉ!!」
七番の怒鳴り声が飛ぶ。
「アンタは敵を倒すつもりなの!? 今やってるのは支援魔法よ!」
「Sorry!」
「謝る前に加減を覚えなさぁぁい!」
パンダは笑いを堪えながら言った。
「七番、先生向いてるにゃ」
「当然よ!」
「今のも全部撮れたにゃ」
「ちょっと! そこは使わないで!」
◇
さらに歩いていくと――。
今度は妙に静かな区画へ出た。
「……何してるにゃ?」
数十人の訓練生が机に向かっている。
誰も喋らない。
派手な魔法も飛んでいない。
パンダは一人の男性の後ろから、そっと覗き込んだ。
机の上にあったのは、小さな歯車。
その横には針より細い金属部品が並んでいる。
「時計?」
「はい」
男性が答えた。
「時計職人さん?」
「そうです」
「魔法使いの訓練なのに時計作ってるにゃ?」
男性は笑った。
「時計を作っているわけではありませんよ」
指先を部品へ向ける。
魔力が細い糸のように伸びた。
そして――。
カチッ。
ほんの僅かに、歯車が動いた。
パンダはもっとよく撮ろうとして、ぐっと顔を近づける。
「……地味にゃ」
「パンダ!」
どこかから怒られた。
「だって地味にゃ!」
「パンダさん、近いです」
「細かすぎてカメラに映らないんにゃ」
「壊さないでくださいね」
「触らないにゃ」
時計職人は苦笑すると、もう一度指先へ魔力を集中させた。
「これでいいんです」
「そうなの?」
「私たちが訓練しているのは、魔力を極限まで細かく制御する技術です」
再び魔力が伸びる。
二つの小さな部品が宙に浮いた。
触れるか触れないかという距離で停止する。
「力が強すぎれば壊れる。弱すぎれば動かない。必要な力を、必要な場所へ正確に」
「……五番と似たこと言ってるにゃ」
パンダはしゃがみ込んだ。
「でも、そんな細かい魔法、何に使うにゃ?」
「魔道具です」
「にゃ?」
「複雑な魔道具ほど、細かな加工が必要になります。人間の手だけでは作れない部品でも、魔法なら加工できる可能性があるそうです」
「おお!」
パンダの顔が一気に明るくなった。
「凄いにゃ! 今のちゃんと撮れたかにゃ?」
「さっき地味って言いましたよね?」
「忘れたにゃ」
「早いですね」
周囲から笑い声が漏れた。
パンダは改めて訓練場を見渡した。
そして、ゆっくりとその景色を撮影する。
力の強い者。
細かな制御が得意な者。
人を守ることに長けた者。
音楽を魔法へ変える者。
空を飛ぶことに長けた者。
誰も同じではない。
そして、同じになる必要もない。
「なるほどにゃ!」
パンダはようやく、この大規模な訓練の意味が少し分かった気がした。
七千五百人の万能な魔法使いを作っているわけではない。
七千五百人の中から――。
それぞれにしかできないことを見つけているのだ。
パンダはウェアラブル端末の蔓を押さえて笑った。
「面白いにゃ。まだ他にもあるんでしょ?」
「もちろんです」
「じゃあ見てくる!」
パンダは元気よく立ち上がった。
自分が訓練するわけではないので、まだまだ元気だった。
「見物と撮影なら何時間でもできるにゃ!」
その後もパンダは何ヶ所もの訓練場を見て回り、気がつけば一日が終わっていた。
パンダにゃ!
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