第92話 夜の訓練と新しい魔法
鈍器ホーテ爆買いの翌日の夜――。
精神と時の空間・大演習場。
夕食を終えた約千五百名の訓練生たちが、再び広場へ集まっていた。
昼は飛行訓練。
そして今夜は――実戦以外の総合訓練である。
「今日は全員参加よ!」
ミカエラの澄んだ声が広場中へ響く。
「昼は空を飛ぶ技術を学ぶ。夜は人を楽しませ、人を救う技術を学ぶのよ。」
「歌、踊り、演出、花火、撮影、魔道具製作……すべて魔法使いには必要な力じゃ。」
ユリウスが穏やかに頷く。
「祭りも式典も、国を支える大切な仕事だからの。」
訓練生たちは、それぞれの持ち場へ散っていった。
深雪は五十嵐薫の前へ立つ。
「始めるぞ。」
五十嵐は腕を組み、真剣な眼差しで深雪を見る。
「はい!」
音楽が流れ始める。
「三角! 目線!」
「はい!」
「指先一つ一つまで気を抜くな!」
「お客様は、お前の指先まで見ている。」
「はい!」
「いいぞ。もう一度!」
その頃、広場の反対側では、隅田川花火大会で何度も優勝経験を持つ二つの花火チームが、魔法使いたちへ花火魔道具の扱い方を教えていた。
「よし! 今のタイミングでもう一発!」
夜空へ色鮮やかな大輪の花が咲く。
赤。
青。
金。
紫。
魔道具となった花火は魔力を流すだけで何度でも打ち上げられる。
現実では考えられないほど贅沢な練習だった。
その時だった。
「先生! ダークスライムを捕獲してきました!」
数名の訓練生が、大きな檻を押しながら駆け寄ってくる。
檻の中では十二体のダークスライムが黒い瘴気を纏い、不気味な唸り声を上げていた。
レオンは静かに前へ出る。
「皆さん、よく見ていてください。」
「闇の魔物への基本的な対処法です。」
右手を軽く掲げる。
「浄化。」
眩い白い光が檻を包み込んだ。
次の瞬間。
十二体のダークスライムは悲鳴を上げる暇もなく、光となって消滅した。
「「「おおおおっ!!」」」
訓練生たちから大歓声が上がる。
「一瞬だ……!」
「十二体同時なんて……。」
「さすがレオン先生!」
レオンは穏やかに微笑む。
「これが浄化魔法です。」
「闇の魔物には、最も安全で確実な方法ですね。」
その時だった。
「遅くなってすみません!」
夜空から聞き慣れた声が響く。
全員が空を見上げる。
一頭の飛行魔獣に跨った高橋が、大演習場へ降り立った。
しかし――。
その後ろには、さらに六頭。
合計七頭もの魔獣が整然と隊列を組み、高橋へ付き従っていた。
「なっ!?」
「魔獣だ!」
「七頭もいるぞ!」
「全部、高橋さんの言うことを聞いてる!」
高橋は苦笑しながら魔獣の頭を優しく撫でた。
「この子たち、最初は暴れていました。」
「でも、お腹が空いていて、人間が怖かっただけなんです。」
「毎日ご飯をあげて、一緒に過ごしていたら、ちゃんと心を開いてくれました。」
七頭の魔獣は嬉しそうに高橋へ身体を擦り寄せる。
その様子を見て、訓練生たちは息を呑んだ。
魔獣が人へ懐くなど、誰一人として見たことがなかったからだ。
「三角。」
五十嵐が静かに声を掛ける。
「はい!」
「休憩だ。」
「えっ?」
「面白い話が始まりそうだからな。」
深雪が周囲を見ると、いつの間にか全員が高橋の周りへ集まっていた。
「ちょっ! 俺だけ踊ってたんですか!?」
広場に笑いが起こる。
その笑いが落ち着いた頃。
五十嵐がレオンへ尋ねた。
「レオン先生。」
「はい。」
「先生ほどの天才なら、オリジナル魔法の一つくらい作れていても、おかしくないと思っていました。」
レオンは静かに首を横へ振る。
「僕は既存の魔法を改良することは得意です。」
「ですが、一から魔法を創造したことはありません。」
「そうですか。」
五十嵐は口元を緩めた。
「俺は作れます。」
「魔法は発想から生まれますから。」
その一言を聞いた瞬間だった。
パンダの思考が止まる。
オリジナル魔法。
高橋に懐く魔獣。
消滅したダークスライム。
コンビニのおにぎり。
メロンパン。
日本へ来てから元気になったランスロット。
笑顔を取り戻し始めたポルガン。
頭の中で、無数に散らばっていた点が一本の線となって繋がった。
「……そうか。」
パンダは静かに呟いた。
「全部、繋がった。」
全員の視線がパンダへ集まる。
「どうしたにゃ?」
ミカエラが首を傾げる。
パンダはゆっくりと高橋を見た。
七頭の魔獣は穏やかな表情で高橋へ寄り添っている。
次にレオンを見る。
つい先ほどまで檻の中にいた十二体のダークスライムは、浄化魔法によって跡形もなく消滅した。
そして最後にランスロットへ視線を移した。
「ランスロット様。」
「……何じゃ?」
「日本へ来てから、身体の調子良くなったよね?」
ランスロットは少し考え、小さく頷いた。
「確かにそうじゃ。」
「以前ほど身体は重くない。」
「黒薔薇の呪いも、少しだけ大人しくなっておる気がする。」
「何か特別な薬でも飲んでいたんですか?」
レオンが尋ねる。
「いや。」
ランスロットは首を横へ振った。
「毎日、皆と食事をし、日本の料理を食べておるくらいじゃ。」
「コンビニのおにぎり、美味しかったよね!」
パンダが笑う。
「メロンパンも!」
「唐揚げも!」
「アイスも!」
「コーヒーも!」
ランスロットは思わず笑った。
「ああ。」
「あれほど美味い物は初めて食べた。」
「毎日の食事が楽しみになっておる。」
パンダは嬉しそうに頷いた。
「やっぱり。」
「やっぱりそうだったんだ。」
周囲は不思議そうな表情を浮かべる。
「何がじゃ?」
ユリウスが尋ねた。
パンダはレオンを見た。
「レオン。」
「なんだ。」
「さっきダークスライムを浄化したよね。」
「ああ。」
「全部消えた。」
「そうだな。」
「それしか方法が無いと思ってた?」
レオンは迷わず答える。
「もちろんだ。」
「闇の魔物は浄化する。」
「それが、この世界の常識だ。」
パンダは静かに首を横へ振った。
「違うのかもしれない。」
その一言で空気が変わる。
「高橋さん。」
「はい。」
「魔獣はどうして懐いたの?」
「毎日、日本で造られたご飯を食べさせて、一緒に過ごしたからです。」
「最初は怖がっていました。」
「でも、本当は優しい子たちでした。」
パンダは微笑んだ。
「ランスロット様も。」
「日本へ来てから元気になった。」
「ポルガンも。」
「みんなと笑って、ご飯を食べるようになってから笑顔が増えた。」
無数に散らばっていた点。
その全てが一本の線になる。
「もしかして……。」
「闇の魔物は悪い子なんじゃない。」
「苦しんでいるだけなんじゃない?」
広場が静まり返る。
「だから。」
「浄化して消すんじゃなくて。」
「癒やしてあげればいい。」
「なっ……!」
ランスロットが目を見開いた。
「そんな魔物を回復するなんて!!」
「違うよ。」
パンダはゆっくり首を横へ振る。
「回復じゃない。」
「心を癒やすの。」
「五十嵐さん。」
五十嵐は静かに一歩前へ出た。
「何だ?」
「新しい魔法、作れる?」
五十嵐は迷わず答えた。
「ああ。」
「どんな魔法だ?」
パンダは満面の笑みを浮かべた。
「魔法名は──」
「ヒーリング・レイディアンス。」
「癒やしの輝き。」
「闇を消す魔法じゃない。」
「傷付いた心を癒やす魔法。」
五十嵐はニヤリと笑う。
「面白ぇ。」
「その魔法作ってみる。」
広場中の誰もが、息を呑んだ。
それは、この世界の歴史を変えるかもしれない、新しい魔法の誕生の瞬間だった。
リア
また忘れられてる。
ナル
ナルもだよ。
私とポルガンとリリーもよ!!
真央!




