第90話 鈍器ホーテ爆買い祭り 後編
午後三時――。
日本・鈍器ホーテ某店内。
先に買い物を終えた雷蔵とアーネストは、果物や酒、お菓子の入った袋を高級車へ積み込み、再び店内へ戻っていた。
一般客はすでに退店し、入口には「本日午後三時より貸切営業」と書かれた大きな案内板が置かれている。
店内では、通常より多くの店員がレジへ配置され、何百台もの買い物カートが並べられていた。
日本側のテレビクルーもすでに到着し、店内の各所へカメラを設置している。
『間もなく始まります! 異世界の住民と、精神と時の空間で修行を続ける候補生たちによる、鈍器ホーテ爆買い祭り!』
女性アナウンサーが、カメラへ向かって明るい声を上げる。
『今回、参加者は一人五万円まで。食料品、日用品、衣類、家電、玩具など、店内の商品を自由に購入できます!』
「凄いな。」
アーネストは、撮影準備が進む店内を興味深そうに眺めた。
「買い物をするだけで、テレビ番組になるのか。」
「今回は普通の買い物じゃないですからね。」
雷蔵は落ち着かない様子で店の奥を見ている。
「梅子さん、まだかな……。」
「さっきからそれしか言っていないな。」
「だって!久しぶりに会えるんですよ。」
「数時間前まで、俺の腕の中で寝ていた男が言う台詞か?」
「アーネストさんと梅子さんは別ですから。」
「それは分かっている。」
分かっているからこそ、腹が立つ。
アーネストは雷蔵の肩へ腕を回し、引き寄せた。
「皆が来るまで、俺だけを見ていろ。」
「はいはい。」
雷蔵は笑っている。
完全に冗談だと思っていた。
その時。
食品売り場の中央に、青白い光が走った。
空間へ縦の裂け目が生まれ、ゆっくりと左右へ広がっていく。
日本側テレビクルーが一斉にカメラを向けた。
『どこでもゲートが開きました!』
光の向こう側に、精神と時の空間が見える。
最初に現れたのは、四次元収納ポシェットを肩から下げたパンダだった。
右手には拡声器、左手には分厚い参加者名簿の乗った顔認証タブレットを持っている。
「皆さん、押さない、走らない、喧嘩しないにゃー!」
パンダの声が店中へ響いた。
「一人五万円まで! 無理に全部使い切らなくていいにゃー! レジの人に迷惑を掛けたら、次回から参加禁止にゃー!」
その後ろから、レオン、リア、ナル、深雪、ポルガン、真央、リリー、ランスロット、ミカエラ、ユリウス、龍十二兄弟が次々と姿を現す。
さらに、修行中の候補生たち。
ミュージシャン。
俳優。
コスプレイヤー。
花火師。
マジシャン。
特殊メイクアーティスト。
舞台演出家。
踊り子。
異世界テレビ局の関係者。
どこでもゲートの向こうには、まだ長い列が続いていた。
『続々と参加者が入店しています!』
日本側の女性アナウンサーが興奮気味に実況する。
『歌手、俳優、花火師、マジシャン、異世界の貴族や魔法使いまで! まさに異世界オールスターです!』
異世界テレビクルーの者たちは、今日は取材をする側ではない。
カメラもマイクも持たず、普通にカートを確保している。
「今日は撮影しなくていいんですよね?」
「買い物に集中しろ! 酒売り場が混むぞ!」
「先に冷凍食品じゃないですか?」
「俺は靴下を買う!」
日本側テレビクルーが、買い物へ走る異世界テレビ局の者たちを撮影していた。
『異世界のテレビ局スタッフも、今日は完全に買う側です!』
「来た!」
雷蔵が声を上げる。
ゲートの向こうから、白衣姿の研究員たちが現れた。
数人がかりで、大型冷凍庫を押している。
大型冷凍庫は一台ではない。
二台。
三台。
さらにその後ろからも続いている。
『冷凍庫が出てきました!』
アナウンサーが驚く。
『あれは購入する商品でしょうか?』
「違うにゃー!」
パンダがすぐに訂正する。
「研究所の備品にゃー! 冷凍食品が会計までに溶けないように、買い物カゴとして持ってきたにゃー!」
『冷凍庫を買い物カゴとして使用するそうです!』
店員たちは大型冷凍庫を見つめ、何とも言えない表情をしていた。
「業務用冷凍庫が、カート代わり……。」
「初めて見ました。」
「私もです。」
研究員たちの中央に、梅子がいた。
「梅子さん!」
雷蔵が走り出す。
「雷蔵、待て!」
アーネストが呼び止める間もなく、雷蔵は人の間を縫って梅子へ駆け寄った。
そして、そのまま勢いよく抱きつく。
「会いたかった!」
「雷蔵君。」
梅子は僅かによろめきながらも、雷蔵を受け止めた。
「元気だったか?」
「元気です! 梅子さんは? ちゃんと寝てますか? ご飯食べてますか?」
「一度に聞くな。」
梅子は苦笑し、雷蔵の頭を撫でた。
「私は元気だ。」
「良かった……。」
雷蔵は梅子の肩へ頬を寄せ、安心したように目を閉じる。
その姿を少し離れた場所から見ていたアーネストは、深いため息をついた。
「つい数時間前まで、俺に同じことをしていたんだが。」
「負けてるにゃー。」
パンダが隣へ並ぶ。
「聞こえているぞ。」
「雷蔵は梅子大好きだから仕方ないにゃー。」
「知っている。」
「でもアーネストのことも大好きにゃー。」
「友人としてな。」
「それは気の毒にゃー。」
「うるさい。」
梅子がアーネストへ目を向ける。
「アーネスト君。また人の夫を寝取っていたのか?」
「研究に夢中で夫を放置する方が悪い。」
「雷蔵君は寂しがり屋だからな。相手をしてくれるのは助かる。」
「その余裕が腹立つんだ。」
雷蔵は梅子から離れ、二人を交互に見る。
「二人とも、やっぱり仲良いですね。」
「どこがだ。」
二人の声が綺麗に重なった。
雷蔵は嬉しそうに笑った。
「ほら、息もぴったり。」
「本当に何も分かっていないな、雷蔵君は。」
「そこが可愛いんだ。」
アーネストが雷蔵の腰へ腕を回す。
梅子も反対側から雷蔵の肩へ手を置いた。
雷蔵は二人に挟まれ、幸せそうに笑っていた。
『三角防衛大臣が、奥様と世界的モデルのアーネストさんに挟まれています!』
日本側アナウンサーが実況する。
「そこ撮らなくていいです!」
雷蔵が慌てて叫んだ。
「全国放送ですよね\!?」
『生放送です!』
「兄貴に怒られる!」
「雷蔵の兄さんは最初から知っているだろ。」
アーネストが平然と答える。
「そういう問題じゃありません!」
騒ぐ三人を横目に、研究員たちは大型冷凍庫を冷凍食品売り場へ運んでいった。
「冷凍チャーハンは上段!」
「餃子は種類ごとに分けろ!」
「唐揚げは十袋では足りない!」
「冷凍うどんは箱で入るぞ!」
「アイスは別の冷凍庫に入れてください!」
「冷凍フルーツも忘れるな!」
業務用冷凍庫の扉が次々と開き、冷凍食品が放り込まれていく。
アーネストは、その光景を眺めて感心した。
「本当に冷凍庫を買い物カゴとして使っている。」
「会計が終わったら、そのまま四次元ポシェットへ入れる。」
梅子が説明する。
「合理的だな。」
「研究員は時間を無駄にしない。」
「その割には、紙おむつを大量に買うようだが。」
アーネストが育児用品売り場を見た。
何人かの研究員が、紙おむつ、離乳食、コンビの楽マグ、2歳児用の色とりどりの衣類を次々とカートへ入れている。
梅子の目が細くなった。
「乳児の発達研究に必要なんだ。ペーパーナプキンや、ウエットティッシュはコヌトコで買え!」
「わかりました!」
「何だ、その顔は。」
アーネストの表情を見て、問いかける梅子。
「何でもない。」
「梅子さん、俺も手伝います!」
雷蔵が育児用品売り場へ向かおうとする。
「必要ない。」
「でも、たくさんありますよ。」
「研究員がいる。」
「じゃあ俺、紙おむつ選びますよ。大きさ色々あるんですよね?柄も可愛いのが良いです。それに水遊び用の紙おむつも必要ですよ!」
「雷蔵君。」
「はい?」
「君はアーネストに店内を案内してこい。」
「でも……。」
「頼む。」
梅子に真っ直ぐ見つめられ、雷蔵は頷いた。
「分かりました。」
「素直で助かる。」
「後でまた会えますよね?」
「ああ。」
雷蔵は満足そうに笑い、アーネストの元へ戻った。
「行きましょう、アーネストさん。」
「今度は俺を置いていくな。」
「置いてはいかないですよ。」
「一瞬で梅子の所へ走っていっただろ。」
「だって妻ですよ?」
「俺は?」
「親友です。」
アーネストは目を閉じ、深く息を吐いた。
「分かっていた。分かっていたが、本人の口から聞くと腹が立つな。」
「何でですか?」
「何でもない。」
一方、ランスロットとミカエラ夫妻は、落ち着いた様子で日用品売り場を歩いていた。
ランスロットが、二種類のコーヒー豆を見比べる。
「ミカエラ。どちらが良いと思う?」
「あなたが飲むのだから、好きな方にすればいいでしょう。」
「君も飲むだろう。」
「朝に一杯だけね。」
「なら、こちらにしよう。」
「私に聞いた意味があったのかしら。」
「君と一緒に選びたかった。」
ランスロットは当然のように答え、コーヒー豆をカートへ入れた。
ミカエラは一瞬だけ目を丸くし、すぐに笑った。
「相変わらずね。」
「何がだ?」
「何でもないわ。」
次にランスロットは、棚に並んだ入浴剤へ目を向ける。
「これは何だ?」
「湯に入れる物よ。香りや色が変わるらしいわ。」
「面白そうだな。」
「あなた、お風呂はすぐ出るでしょう。」
「君と入るなら長くなる。」
「テレビカメラが近くにいるわよ。」
ミカエラが小声で注意する。
ランスロットは日本側テレビカメラを振り返った。
「今のは使うな。」
『生放送です!』
「もう遅いわね。」
ミカエラが笑い、入浴剤を一箱カートへ入れた。
日本の住宅ではなく、精神と時の空間の浴場で使うためである。
少し離れた場所では、ポルガンと真央が収納用品を見ていた。
ポルガンは透明な引き出し式ケースを確認し、真央へ尋ねる。
「真央さん、こちらは宿舎でも使えますよね。」
「うん。魔道具の細かい部品を入れるのに便利そう。」
「では、二つ買いましょう。」
「二つも?」
「一つは真央さん用です。もう一つはリリーさんにも使っていただけるかと。」
ポルガンは隣にいたリリーへ視線を向けた。
「リリーさん、必要ありませんか?」
「確かに使いやすそうだな。」
「でしたら三つにしましょう。」
「ポルガン君、予算大丈夫?」
真央が尋ねる。
「計算しています。一人五万円ですが、必要な物を優先すれば十分収まります。」
ポルガンの手には、店内でもらったメモ用紙がある。
商品名と価格が丁寧に書かれ、合計金額まで計算されていた。
「さすが領主だな。」
リリーが感心する。
「金の管理ができなければ、領地は治められませんから。」
ポルガンは穏やかに答えた。
次に、柔らかなブランケットを手に取る。
「真央さん、夜は冷えませんか?」
「精神と時の空間は夜は冷えるけど、宿舎の中は暖かいよ。」
「ですが、魔道具を作っている途中で眠ってしまうことがありますよね。」
「時々ね。」
「では、こちらも買いましょう。肩へ掛けられます。」
「ポルガン君、本当に世話焼きだね。」
「真央さんの体調は大切ですから。」
真央が嬉しそうに微笑む。
ポルガンは照れながら、ブランケットをカートへ入れた。
「ねえ、ポルガン君。」
「はい。」
「自分の物も買ってね。」
「俺は必要な物が足りています。」
「駄目。私もポルガン君の物を選びたい。」
「では……お願いしてもよろしいですか?」
「任せて。」
真央が嬉しそうに、男性用衣類の売り場を指差す。
「鬼街の刃のアニメTシャツかっこいい!!」
二人は肩を並べて歩き出した。
それを見送ったリリーは、静かに呟いた。
「仲が良いな。」
少しだけ羨ましそうだった。
家電売り場では、世界中から集まったミュージシャンたちが、イヤホンやヘッドホン、スピーカーを前に盛り上がっていた。
「このイヤホン、こんなに小さいのに音がいい!」
「こっちはノイズキャンセリング付きだ!」
「日本製か?」
「海外メーカーだけど、日本限定モデルらしいぞ!」
「それは買う!」
「このスピーカー、宿舎の練習室に置ける!」
「待て、一人五万円だぞ!」
「全員で一台ずつ買えばいい!」
「同じ物を何台買うつもりだ!」
テレビカメラが近づく。
『世界的ミュージシャンの皆さんが、家電売り場で大興奮しています!』
「日本の家電量販店じゃないのに、これだけ揃うのが凄い!」
「マイクまで売ってるぞ!」
「録音機材はないのか?」
「鈍器ホーテに本格的なスタジオ機材を求めるな!」
別のミュージシャンが、玩具売り場から小さな電子キーボードを持ってきた。
「見ろ! 子供用だけど音が出る!」
「それで一曲作れそうだな。」
「買おう!」
「何でも曲作りに結び付けるな!」
すぐ近くでは、花火師たちが工具用品を見ていた。
「この収納箱、火薬は入れられないが細かい道具には使える。」
「耐熱手袋もあるぞ。」
「作業用ライトも買っておこう。」
「予算内に収めろよ。」
「分かっている。」
花火師たちは騒がず、必要な物を一つずつ確認している。
対照的に、マジシャンたちは玩具と日用品の売り場を行き来していた。
「この透明な糸、使える!」
「そのまま使ったら観客に見えるぞ。」
「この磁石は?」
「仕掛けに使えそうだ。」
「全部買うな!」
「五万円以内だ!」
特殊メイクアーティストたちは、化粧品売り場で真剣な顔をしていた。
「このファンデーション、色が多い。」
「傷の表現に使えそうだ。」
「こっちのスポンジも買おう。」
「日本のつけまつげ、種類が凄いな。」
「舞台用じゃなくても使える物が多い。」
彼らの買い物だけは、完全に仕事道具の選定会議になっていた。
衣料品売り場では、キーキーと蜻蛉が派手な服を広げている。
「これ、夜の飛行訓練で目立ちそう!」
「七色に光ってる!」
「敵からも目立つだろ。」
五十嵐薫が冷静に言う。
「五十嵐さんも着ましょうよ。」
「嫌だ。」
「絶対似合いますって!」
「似合うかどうかの問題ではない。」
その横で深雪は、派手なスカジャンを鏡の前で合わせていた。
「テレビ映りは良さそうだな。」
『三角ディレクター、こちらを向いてください!』
日本側テレビクルーに呼ばれ、深雪が振り返る。
「え? 今、生放送?」
『はい!』
「まき、見てるかな。」
深雪はカメラへ向かい、少し照れながら手を振った。
「まきー! 桜子ー! フェイ太郎ー! 見てるかー!」
その映像は、地上のテレビへ生中継されていた。
まきの家――。
テレビの前では、まき、桜子、フェイ太郎が並んで座っている。
「パパ!」
深雪が画面へ映った瞬間、桜子が立ち上がった。
「パパだ! パパー!」
画面の前まで走り、何度も手を振る。
「見えてないよ、桜子。」
まきが笑う。
「でもパパ、桜子の名前言った!」
「ちゃんと見てるって分かってるんだね。」
フェイ太郎もテレビへ顔を近づける。
「深雪、変な服持ってるにゃー。」
「似合ってるよ!」
桜子が怒る。
「パパ、かっこいい!」
「はいはい。パパ大好きだね。」
まきが桜子を抱き寄せる。
テレビでは深雪がスカジャンをカートへ入れ、キーキーたちに別の服まで持たされていた。
「パパ、いっぱい買ってる!」
「五万円までだからね。使い過ぎなければいいけど。」
「パンダも映るかみゃー?」
フェイ太郎は画面の端から端まで、パンダを探している。
再び鈍器ホーテ店内。
「皆さん、まだ買い物は始まったばかりにゃー!」
パンダが店内放送用のマイクで叫ぶ。
「冷凍食品は研究所組の冷凍庫へ勝手に入れちゃ駄目にゃー! 自分の分は自分のカートに入れるにゃー!」
「パンダ様! この菓子は箱で買ってもいいですか!」
「予算内ならいいにゃー!」
「この炭酸飲料、振るとどうなる?」
「振るなにゃー!」
「少しくらいなら――」
「絶対に振るなにゃー!」
龍十二兄弟の五番から、深雪が慌てて炭酸飲料を取り上げた。
「店の中で開けるなよ!」
「外ならいいのか?」
「そういう意味じゃない!」
売り場のあちこちで笑い声が上がる。
研究員の大型冷凍庫は、すでに半分以上埋まっていた。
ミュージシャンたちは家電売り場を占拠し、マジシャンたちはトランプを見比べ、ランスロット夫妻は入浴剤を選び、ポルガンと真央は互いの生活用品を相談している。
異世界テレビクルーは酒売り場へ消え、日本側テレビクルーは、そのすべてを追いかけていた。
そして雷蔵は、梅子とアーネストの間を行ったり来たりしていた。
「雷蔵。」
「はい?」
「俺と回ると言っただろ。」
「梅子さんが何を買うか気になるんですよ。」
「研究用品だ。」
「育児用品じゃないですか?」
「幼児の発達研究だそうだ。」
「そうなんですね。」
雷蔵は疑うことなく頷いた。
アーネストは、少し離れた場所にいる梅子を見る。
梅子もこちらを見ていた。
二人の目が合う。
互いに、何も言わない。
その隣で雷蔵だけが、楽しそうに笑っている。
「アーネストさん、次は二階も見ましょう!」
「梅子はいいのか?」
「後でまた会えますから。」
「では行こう。」
アーネストは雷蔵の腰を抱き寄せた。
「今度こそ俺から離れるな。」
「はいはい。迷子になりませんよ。」
「そういう意味ではない。」
「分かってますよ。親友ですもんね。」
「……もう好きにしろ。」
二人は肩を寄せたまま、二階へ続くエスカレーターへ向かった。
鈍器ホーテ爆買い祭りは、まだ始まったばかりだった。
二階――。
エスカレーターを上がった先には、衣類、家電、玩具、寝具、化粧品、雑貨などが広がっていた。
「一階より種類が多いな。」
アーネストが売り場を見渡す。
「こっちは食品以外が中心ですね。服とか家電とか、日用品もあります。」
「雷蔵は何か買わないのか?」
「俺たちはもう買い物終わってるでしょう。」
「追加してもいいだろう。」
「五万円までですよ。」
「俺の分はまだ余っている。」
「そうなんですか?」
「ああ。お前のことを見ていたから、ほとんど買っていない。」
「また冗談言ってる。」
「冗談ではない。」
雷蔵は笑いながら、アーネストの腕へ自分の腕を絡めた。
「じゃあ、俺が似合いそうなの選びますよ。」
「それは嬉しいな。」
「アーネストさん、モデルだから何着ても似合いそうですけど。」
「雷蔵が選んだ物なら、何でも着る。」
「本当に?」
「ああ。」
「じゃあ、これ。」
雷蔵は近くにあった派手な柄のスカジャンを手に取った。
黒地に、大きな金色の龍が描かれている。
胸元には意味不明な英単語が並び、背中には赤い炎が燃えていた。
アーネストは黙ってスカジャンを見つめる。
「似合いますよ。海外の人に人気なんです。」
「……本気で言っているのか?」
「はい。」
「パリコレを歩く俺に?」
「家で着る物ですよ。」
「雷蔵が喜ぶなら着よう。」
「やった。」
雷蔵は嬉しそうに、スカジャンをカートへ入れた。
アーネストは満足げな雷蔵を見つめる。
「俺にも選ばせろ。」
「何をです?」
「雷蔵の服だ。」
「俺は要りませんよ。」
「俺が買いたい。」
アーネストは雷蔵の返事を待たず、衣料品売り場を歩き始めた。
数分後。
アーネストが選んだのは、柔らかな素材の白いニットと、細身の黒いパンツだった。
「これを着ろ。」
「俺には若過ぎません?」
「似合う。」
「そうかなぁ。」
「俺が選んだ。」
アーネストは雷蔵の肩へニットを当て、満足そうに頷く。
「やはり可愛い。」
「可愛いって、男に言う言葉じゃないですよ。」
「俺にとってはそうだ。」
「外国の褒め方って、独特ですよね。」
「……もうそれでいい。」
アーネストは諦めたように呟き、ニットとパンツをカートへ入れた。
少し離れた寝具売り場では、ランスロットとミカエラが枕を試していた。
「こちらの方が柔らかいな。」
ランスロットが枕を両手で押す。
「あなたは硬めの方が好きでしょう。」
「君と同じ物にしたい。」
「寝心地が合わなかったら困るわよ。」
「夫婦なら枕も揃えたい。」
「今さら?」
「今さらだからだ。」
ランスロットは同じ枕を二つ、カートへ入れた。
「あなた、今日は随分と買いたがるのね。」
「こうして君と買い物をする機会は、滅多にないからな。」
ミカエラは何も言わず、少しだけ笑った。
そこへ日本側のテレビカメラが近づいてくる。
『ランスロット様ご夫妻は、お揃いの枕をご購入です!』
「実況しなくていい。」
ランスロットが真顔で答える。
『仲の良いご夫婦ですね!』
「当然だ。」
即答だった。
ミカエラは隣で顔を背けたが、耳が少し赤くなっている。
その近くでは、リアとナルが玩具売り場を歩いていた。
ナルは大きな恐竜の玩具を抱えている。
「リア、これ欲しい!」
「五万円以内ならいいんじゃない。」
「動くんだよ!」
ナルが箱のボタンを押す。
恐竜が大きく口を開き、機械音を響かせた。
『ガオオオオ!』
「うるさい。」
リアが冷静に言う。
「カッコいいよ!」
「宿舎で鳴らしたら怒られるよ。」
「小さくする!」
「音量変えられるの?」
「分かんない!」
ナルは箱を抱えたまま、パンダを探して走り出した。
「ママー!」
「走るなって言われたでしょ。」
リアは呆れながら後を追う。
別の棚では、リアが新幹線の模型を見つけて立ち止まった。
銀色の車体に、青い線が入っている。
「……。」
箱を手に取る。
ナルが戻ってきて、リアの顔を覗き込んだ。
「リアも欲しいの?」
「別に。」
「欲しい顔してる。」
「してない。」
「買えばいいじゃん。」
「似たの持ってるから。」
「でも新しいやつだよ。」
リアはしばらく箱を見つめたあと、静かにカートへ入れた。
「ナルがそう言うなら。」
「ナルのせいにした!」
ナルが嬉しそうに笑う。
玩具売り場の反対側では、龍十二兄弟が日本の玩具に夢中になっていた。
「この剣、光るぞ!」
「音も鳴る!」
「本物の剣より軽いな。」
「玩具だから当然だ!」
「この銃は魔力を使わないのか?」
「電池って書いてあるぞ。」
「電池とは何だ?」
「魔石のような物か?」
四番と六番が真剣に箱を見比べている。
そこへパンダがやって来た。
「子供用の玩具に、本気で戦闘能力を求めるなにゃー。」
「だが、光るぞ。」
「光るだけにゃー。」
「音も鳴る。」
「鳴るだけにゃー。」
「欲しい。」
「自分のお金なら買えばいいにゃー。」
二人は同時に剣をカートへ入れた。
「買うのかにゃー!」
パンダが叫ぶ。
化粧品売り場では、ミカエラ、真央、リリー、キーキー、蜻蛉、特殊メイクアーティストたちが入り乱れていた。
「この口紅、真央さんに似合いそう。」
キーキーが紫がかった赤色の口紅を差し出す。
「綺麗。」
真央が鏡の前で色を確かめる。
「ポルガン君、どう思う?」
近くで待っていたポルガンが、真剣な顔で真央を見る。
「とてもお似合いです。」
「さっきから全部似合うって言ってるよ。」
「実際に似合っているので、仕方ありません。」
「本当?」
「はい。」
ポルガンは照れることなく答えた。
「ただ、こちらの色の方が真央さんの瞳には合うと思います。」
別の口紅を手に取り、二色を見比べる。
「確かに。」
特殊メイクアーティストの一人が頷いた。
「肌の色とも合っている。」
「では、こちらにしましょう。」
ポルガンは価格を確認し、メモへ書き込む。
「まだ予算内です。」
「ポルガン君、自分の服は?」
「真央さんが先ほど選んでくださった物で十分です。」
「一着だけだよ。」
「私は領主です。無駄遣いはできません。」
「でも今日はお祭りだよ。」
真央が少し頬を膨らませる。
「私が買ってあげる。」
「それでは真央さんの予算が減ってしまいます。」
「私が買いたいの。」
ポルガンは少し困った顔をしたあと、穏やかに微笑んだ。
「では、一着だけお願いしてもよろしいですか?」
「うん。」
真央は嬉しそうに頷いた。
その様子を、日本側のアナウンサーが遠くから実況する。
『ポルガン領主、徹底した予算管理です! しかし真央さんからの贈り物には弱いようです!』
「放送されているのですか?」
ポルガンが驚いてカメラを見る。
『生放送です!』
「先ほどからですか?」
『はい!』
「……真央さん。」
「何?」
「少し恥ずかしいですね。」
「私は嬉しいよ。」
真央が腕を絡める。
ポルガンはさらに顔を赤くした。
家電売り場では、ミュージシャンたちの買い物がさらに加速していた。
「このBluetoothスピーカー、低音がいい!」
「宿舎の食堂に置こう!」
「一台で足りるか?」
「三台買おう!」
「誰の予算で買うんだ!」
「割り勘!」
「一人五万円までだから、割り勘できるのか?」
「パンダに聞け!」
パンダが遠くから叫ぶ。
「代表者一人の会計にまとめるなにゃー! レジが混乱するにゃー!」
「じゃあ一人一台!」
「もっと要らないだろ!」
世界的歌手たちは、ヘッドホンを試着しながら互いの姿を撮影していた。
「これ、衣装にも合いそう!」
「音より見た目で選ぶな!」
「見た目も大事だろ!」
「それはそう!」
別の場所では、舞台演出家たちが小型照明を見つけていた。
「これ、簡易ステージに使える。」
「色も変えられるぞ。」
「電源は?」
「充電式だ。」
「買おう。」
舞台関係者のカートだけ、まるで仕事用品の仕入れになっている。
異世界テレビクルーは、宣言どおり酒売り場から大量の酒を運んできた。
「日本酒、焼酎、ビール、全部買ったぞ!」
「五万円以内か?」
「三人分だから大丈夫だ!」
「仕事が終わった後に飲むぞ!」
その様子を日本側テレビクルーが追いかける。
『異世界テレビ局の皆さん、買い物の半分以上がお酒です!』
「普段は真面目に働いているんです!」
異世界側のディレクターがカメラへ向かって叫んだ。
「今日は休ませてください!」
『十分楽しんでいるようです!』
「そう見えるなら正解です!」
店内に笑いが広がる。
その頃、地上のまきの家。
テレビ画面には、玩具売り場で恐竜を抱えるナルと、新幹線の模型を持つリアが映っていた。
「リアちゃんとナル君だ!」
桜子が指を差す。
「ナル君、恐竜買うんだって!」
「桜子も欲しい?」
まきが尋ねる。
「要らない。パパが欲しい。」
「パパは売ってないよ。」
フェイ太郎が真顔で言う。
「パパは桜子の!」
「分かったみゃー。」
桜子がテレビへ顔を近づける。
「パパ、また映らないかなぁ。」
すると画面が切り替わり、玩具売り場でキーキーたちに魔法少女のステッキを待たされる深雪が映った。
『深雪さん、非常にお似合いです!』
「似合わないって!」
深雪は笑いながら可愛いステッキを棚に戻そうとする。
「パパ!」
桜子が飛び跳ねた。
「パパ可愛い!」
「深雪、遊ばれてるにゃー。」
フェイ太郎が笑う。
まきも声を上げて笑った。
「でも、楽しそうで良かった。」
深雪はカメラへ気付くと、ステッキを持ったまま手を振った。
「桜子ー! これ、パパに似合うかー?」
「似合うー!」
当然、声は届かない。
それでも桜子は、テレビへ向かって何度も頷いた。
「買ってー!桜子も欲しいー」
「多分買わされるね。」
まきが笑う。
再び、鈍器ホーテ店内。
買い物開始から二時間。
レジ前には、既に長い列ができていた。
何十台ものレジが一斉に稼働し、商品を読み取る電子音が絶え間なく響く。
「次のお客様、こちらへどうぞ!」
「冷凍食品は会計後、すぐ冷凍庫へ戻してください!」
「衣類と食品、袋を分けますか?」
「四次元収納に入れるので袋は要りません!」
「レシートは必要です!」
「経費ですか?」
「個人の買い物です!」
研究員たちの大型冷凍庫が、列の最後尾に並んでいた。
中には冷凍チャーハン、餃子、唐揚げ、冷凍うどん、ピザ、アイス、冷凍野菜、冷凍果物が隙間なく詰め込まれている。
「これ、全部会計するんですか?」
店員が冷凍庫を見上げる。
「はい。」
研究員が即答する。
「一つずつ?」
「はい。」
「……頑張ります。」
隣のレジでは、紙おむつや、離乳食、コンビの幼児用マグが、大量に読み取られていた。
雷蔵は、少し離れた場所から不思議そうに眺める。
「本当に沢山買うんですね。」
「被験者が多いらしい。」
アーネストが答える。
「赤ちゃんの研究って大変なんだな。」
「そうだな。」
アーネストは余計なことを言わない。
梅子も何事もなかったように、研究員へ指示を出している。
「離乳食は銘柄ごとに分けろ。」
「紙おむつは大きさを確認しました。」
「分かった。」
雷蔵が梅子へ駆け寄る。
「梅子さん、俺も会計手伝いますよ。」
「大丈夫だ。」
「でも時間掛かりますよ。」
「君はアーネスト君と一緒にいろ。」
「俺、そんなに邪魔ですか?」
「そういう意味ではない。」
梅子は雷蔵の頬へ手を添える。
「久しぶりに会えたのだから、少しくらい顔を見ていたい。」
雷蔵の表情が一気に明るくなる。
「俺もです!」
すぐに梅子へ抱きつく。
アーネストが額を押さえた。
「俺の前でやるな。」
「夫婦ですよ?」
「知っている。」
「アーネストさんも一緒に来ます?」
「なぜ三人になる。」
「仲良いから。」
「仲良くない。」
「そう言いながら、いつも話してるじゃないですか。」
梅子が小さく笑う。
「雷蔵君の中では、私たちは親友らしい。」
「俺と梅子が?」
「ああ。」
「冗談じゃない。」
「でも雷蔵君がそう思っているなら、仕方ないな。」
「お前は楽しんでいるだろ。」
「少しな。」
アーネストはため息をつきながらも、雷蔵の反対側へ立った。
三人並んでレジの様子を眺める。
雷蔵は両側に好きな人がいることが嬉しいのか、満面の笑みを浮かべていた。
「幸せそうだな。」
アーネストが呟く。
「はい。」
雷蔵は迷わず答える。
「梅子さんもアーネストさんもいるから。」
「本当に欲深い男だ。」
「褒めてます?」
「褒めていない。」
「でも嬉しいです。」
「なぜだ。」
「アーネストさん、俺のことよく見てますから。」
アーネストが言葉を失う。
雷蔵は気付かず、梅子へ笑いかけた。
「梅子さんもそうですよね。」
「ああ。よく見ている。」
「ほら。」
「何が、ほら、なんだ。」
アーネストはもう笑うしかなかった。
午後六時過ぎ。
三時間以上に及んだ爆買い祭りは、ようやく終わりへ近づいていた。
会計済みの商品は、次々と四次元収納へ収められていく。
大型冷凍庫も中身ごと収納され、冷凍食品が溶ける心配はない。
何百枚ものレシートが積み上がり、店長は売上金額を見て目を見開いていた。
「今日だけで……。」
言葉が続かない。
隣にいた副店長も、画面を見つめたまま固まっている。
「一日分じゃないですね。」
「三日分の売り上げだ!」
「貸切にして良かったですね。」
「ああ。一般のお客様がいたら、絶対に無理だった。」
パンダが店内放送用のマイクを握る。
「皆さん、買い忘れはないかにゃー!」
「ない!」
店内中から声が返ってくる。
「商品を勝手に開けてないかにゃー!」
「開けてない!」
龍十二兄弟の五番が、少しだけ視線を逸らす。
パンダが目ざとく見つけた。
「何か隠してるにゃー?」
「炭酸飲料を少し振っただけだ。」
「振ったのかにゃー!」
「開けてはいない。」
「帰ってから開ける時、外で開けるにゃー!」
「分かった。」
深雪が横から口を挟む。
「俺の近くでは絶対に開けるなよ。」
「なぜだ?」
「嫌な予感しかしないからだ。」
笑い声が起こる。
どこでもゲートが、再び食品売り場中央へ開いた。
買い物を終えた者たちが、順番に精神と時の空間へ戻っていく。
異世界テレビクルーは、酒の入ったカートを押しながらゲートをくぐる。
「今日は最高だった!」
「帰ったら宴会だ!」
「仕事は?」
「明日やる!」
「酔ったまま撮影するなよ!」
ミュージシャンたちはスピーカーやイヤホンを抱え、既に新しい曲の話をしている。
「宿舎に戻ったら試そう!」
「子供用キーボードも使うぞ!」
「あれで本当に曲作るのか?」
「作れる!」
花火師たちは収納箱や作業用品を確認しながら、静かに帰っていく。
ポルガンと真央は、互いに選んだ服や生活用品を大切そうに抱えていた。
「真央さん、今日はありがとうございました。」
「こちらこそ。ポルガン君の服、早く見たいな。」
「宿舎へ戻ったら着てみます。」
「約束だよ。」
「はい。」
ランスロットは、ミカエラとお揃いの枕を四次元収納へ入れながら、満足そうに頷いている。
「今夜から使おう。」
「寝心地が合わなくても文句を言わないでね。」
「君と同じなら問題ない。」
「そればかりね。」
ミカエラは呆れながらも、笑っていた。
リアとナルは、玩具を抱えてゲートの前へ並ぶ。
「ナル、恐竜の音は宿舎で鳴らさないで。」
「少しだけ。」
「絶対うるさい。」
「リアの新幹線も走らせるでしょ。」
「静かだからいいの。」
「ずるい!」
二人の言い争いを、レオンが後ろから見守っている。
「帰ってから順番に遊べ。」
「パパもやる?」
「時間があればな。」
「絶対ね!」
ナルが嬉しそうに笑う。
深雪は、派手なスカジャンと玩具の魔法少女用のステッキを持ったまま、カメラへ向かって手を振った。
「まき、桜子、フェイ太郎! 今から帰るからな!」
テレビの前で、桜子が大喜びしていることを深雪は知らない。
地上のまきの家では、桜子が画面へ向かって叫んでいた。
「パパ、早く帰ってきてー!」
「精神と時の空間に戻るだけだから、地上にはまだ帰ってこないよ。」
まきが優しく説明する。
「でもパパ映った!」
「良かったね。」
「ステッキも買った!」
「多分、買わされたんだろうね。」
フェイ太郎が腕を組む。
「深雪、目立ってたにゃー。」
「パパ、世界一かっこいい!」
「それは言い過ぎにゃー。」
「言い過ぎじゃない!」
桜子がフェイ太郎へ怒り、まきが笑った。
テレビでは、最後の参加者たちがどこでもゲートへ向かっている。
『三時間に及んだ鈍器ホーテ爆買い祭り、まもなく終了です!』
女性アナウンサーが締めくくる。
『異世界と日本をつないだ、前代未聞のお買い物特番! 参加者の皆さん、本当にありがとうございました!』
鈍器ホーテ店内。
雷蔵は梅子の手を握り、名残惜しそうにしていた。
「もう帰るんですか?」
「研究が残っている。」
「少しくらい一緒にいられません?」
「今日は買い物中、ずっと顔を見ただろう。」
「足りません。」
「雷蔵君。」
梅子は困ったように笑う。
「政治の仕事もあるだろう。」
「ありますけど……。」
「また会える。」
梅子は雷蔵の頬へ軽く口づけた。
「いい子にしていろ。」
「また子供扱いする。」
そう言いながらも、雷蔵は嬉しそうに頬を押さえている。
アーネストが雷蔵の肩へ腕を回した。
「もういいだろう。帰るぞ。」
「アーネストさん、梅子さんも一緒に車乗っていきません?」
「どこへだ。」
「家まで。」
「研究所へ戻ると言っていただろう。」
「送るだけですよ。」
「俺と飲む約束はどうした。」
「あっ、ワイン。」
「忘れていたのか?」
「忘れてないですよ。」
「今思い出した顔だったぞ。」
「じゃあ梅子さんも一緒に飲みます?」
「なぜそうなる!」
アーネストの声が店内へ響いた。
梅子が声を上げて笑う。
「アーネスト君、諦めた方が楽だぞ。」
「絶対に嫌だ。」
「往生際が悪いな。」
「雷蔵が悪い。」
「俺?」
雷蔵は不思議そうに自分を指差す。
「何もしてませんよ。」
「それが一番腹立つんだ。」
「アーネストさん、今日は変ですね。」
「今日だけではない。」
「疲れたんじゃないですか?」
「誰のせいだと思っている。」
「買い物?」
「お前だ。」
雷蔵は一瞬黙り、やがて嬉しそうに笑った。
「やっぱり俺たち、仲良いですよね。」
「……もう何も言わない。」
アーネストは雷蔵を抱き寄せ、そのまま店の出口へ向かった。
「梅子さん、またね!」
雷蔵が振り返り、大きく手を振る。
梅子もゲートの前から手を上げた。
「ああ。またな。」
やがて梅子は、研究員たちと共にどこでもゲートをくぐっていった。
最後にパンダが店員たちへ深く頭を下げる。
「今日はありがとうございましたにゃー! 次もよろしくお願いしますにゃー!」
「次もあるんですか?」
店長が思わず聞き返す。
「多分あるにゃー。」
店長と副店長が同時に遠い目をした。
パンダがゲートをくぐると、青白い光がゆっくりと閉じていく。
数秒後、食品売り場中央からどこでもゲートは完全に消えた。
残ったのは、空になった棚と、積み上がったレシートと、祭りの後の静けさだった。
こうして、鈍器ホーテ爆買い祭りは無事に幕を閉じた。
大量の商品。
たくさんの笑顔。
深雪の派手なスカジャン。
龍十二兄弟の光る玩具の剣。
そして――。
「今夜は二人でワインを飲むからな。」
「分かってますよ。」
「誰も呼ぶなよ。」
「兄貴くらいならいいでしょう?」
「呼ぶな。」
「じゃあレオンさんは?」
「呼ぶな。」
「パンダさんは?」
「絶対に呼ぶな。」
「アーネストさん、独占欲強いですね。」
「やっと気付いたか。」
「親友ですもんね。」
「…………。」
アーネストの報われない恋だけは、今日も何一つ進展していなかった。
レオンです。
しまったービールは、コヌトコでも買えたんだ!




