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「これが裏市場か。思ったより普通の市場だな」
レイとシルハが、ココヤシジュースを堪能している間。カガミは裏市場へ到着していた。市場はだいぶ終わりに近いのか、人はまばらだ。テントの下の路面に商人たちが机を並べているが、その上に並ぶ商品も少ない。だいぶ買われた後なのだろう。
街での市場は、食べ物が多く売られている。しかしここ裏市場では、まるで違った顔を見せている。売られているのは金銀や宝石、更には高級そうな衣服たち――そんな物が丁寧に畳まれ、置かれ、誰とも分からない見知らぬ人に売られる時を待っている。
しかしカガミは食べ物を買いに来たわけでも、高価な金を買いに来たわけでもない。むしろ売りに来たのだ。布の中にある、王族の所有物を。
「顔はタオルで巻いたし……。よし、行くか」
商人たちは一切顔を見せない。カガミのように顔の周りに布を巻いたり、帽子を目深にかぶっている。シルハが言った通り、互いの素性は明かさないルールが徹底されているようだ。
様々な商人がいる。どの人に売ればいいか、とカガミは悩んだが、とりあえず布を売っている人をあたろうと思った。なぜなら自分が持っている物も布が多い。布を売る者であれば、カガミが持つ物の価値が分かると思ったのだ。
「これを、見てくれないか」
カガミは、一人の商人の前に立つ。テントの下にテーブルを置き、その上には高そうな布が置かれている。値段は書かれていない。聞けば教えてくれるのだろうが、聞いたが最後、なにがなんでも買わされそうだから、世間話なんてせず、すぐに営業した方が良さそうだ。
開口一番、カガミは「売れる物を持って来た」と告げる。目しか見えない商人の体が、ピクリと揺れた。肩から下は茶色のマントで体を隠している。本当に、目しか見えない。
その不気味さに少したじろいだが、深呼吸して、カガミは荷を解く。
「拾い物なんだが、物が良さそうだから売りにきた。よければ買ってくれ、きっと損のない代物だ」
「……拝見しよう」
思ったよりしゃがれた声を出した商人は、目の前に広がる布や服を手に取って、長い時間かけて見た。
シルハが何を包んだかと言えば、パジャマにハンカチ、そしてタオルだ。寝室で荷造りをしたというだけあって、それらしい物しか入っていない。
これは、本当に売れるのだろうか――
一抹の不安を覚えたカガミだが、時間が経てば経つほど、商人の目は輝いた。時折「おぉ!」という声まで上げるものだから、周りで商売していた商人までもが興味深そうに近寄ってくる。
「これは間違いなく高価な値がつく代物だ。お前、これをどこで拾った?」
「街を散歩していたら拾った。良い物なのか? そりゃあ良かった」
なるべく足取りがつかめないよう、虚偽を交えながら会話を進める。すると商人は「もしかしたら王族の物かもしれないな」と、鋭い指摘をした。
「最近、街にはたくさんの兵がいるらしい。用件は聞いていないが、何かを探しているっぽいと仲間が言っていた」
「!」
ドキッと、心臓が揺れる。ただ、あからさまな反応をすると怪しまれるだろうから、微動だにせず眼球を揺らさない。カガミの額に、汗がにじむ。
「おそらく探し物は、この荷物だろう。きっと王族の誰かが落としたのだ」
「どうして……王族の物だと分かる? 王族以外の金持ちの家で使われているかもしれないだろう?」
「裏市場は金持ちも多く利用する。しかし、こんなに質の良い商品を、ワシは見たことがない。希少な物、ということだ。それはこのルゲーニ王国において、王族の物に該当する。今まで王族の物が市場へ流れてきたことは一度もないんだ」
「そうなのか。管理が徹底されていたんだな」
「逆を言えば、管理が疎かになる『何か』が起こったとも言える。王族の機密文書でないにも関わらず、兵がこれを探し回っているのもおかしい」
ひょっとして――と商人が声を落とす。
「兵が探しているのは、もっと大事な、別の何かかもしれんな」
「!」
二度目の、ドキッ。ここにいる商人たちは、妙に鋭い。さっきから暴かれている気分になる。
日ごろから秘密裏に取引を行っているわけだし、身分を明かさない謎の者同士、商談の合間も気が抜けないわけだから、勘が研ぎ澄まされるのも仕方がないことだけど……。そうは言っても、街に住まう人々との意識の違いがありすぎて冷や汗が流れる。自分がいかにのほほんと生きていたか、を突きつけられた気分だ。
「そ、それで。買ってくれるのか、くれないのか?」
「もちろん買うさ。ただ、金額は待ってくれ。これだけの物だ。ちゃんと精算しなければ……」
「わかった。ただ、急いでくれ」
晩ご飯の買い物に行かないといけないんだ――という言葉を言いそうになって、咄嗟に黙る。こんな商人たちを前に「のほほんなこと」を言っていたら、どんな目を向けられるか分かったものじゃない。カガミは気を取り直して、周りの商人へ目を向ける。
この市場ではあまり食べ物を見ないが、そうかと言って何も売られていないわけじゃない。海路で開かれている市場だけあって、海の幸も所せましと並んでいる。珍しい色をした食用の魚もいれば、毒が抽出できる非食用の魚もいる。貝の中に眠る真珠もあり、訪れる客の目的は様々だ。
「貝か。網の上で焼いて、醤油を垂らすのもいいな」
もちろん真珠には興味がないので、こことは違う市場で貝を買うことになる。今日これから向かっても、まだ街の市場は開いているだろう。針の筵のようなこの場から早く抜け出し、馴染みの店で買い物したい――カガミの気がジリジリと焦る。
別の商人から声をかけられたのは、その時だった。
「おい、お前さん。荷物、全部持っていかれてるぞ」
「え……、は⁉」
カガミの視線が、査定しているだろう商人へ戻る。しかし既にそこはもぬけの殻で、寂しそうに机が置かれているだけだ。カガミが持って来た荷物ごと、煙のように姿を消している。
「え、は、は? なに、何がどうなって?」
「盗まれたんだよ、あんた。ダメだよ、ここの奴らを信用しちゃ。一秒だって、自分の荷物から目を離しちゃいけないんだ」
「そ、そうなのか……。いや、とにかく今は追いかけないと!」
しかし件の商人は「茶色のマントを被っている男性」という情報しかない。加えて、ここには似たような恰好の者がゴロゴロいる。しかも客も混じっているから、もしマントを脱いで客のフリをされたら、もう分からない。
「ちょっとアンタ! いや……すまない、人違いだ」
めぼしい人を見つけては声を掛け、そして謝る。カガミは気が遠くなるほど、この工程を繰り返した。しかしついには「さっきからなんだい、うっとうしいな!」と商人から怒られてしまう。そうして裏市場を追い出されてしまった。
「おい、おいおい……ウソだろ……」
手の中にあった荷物はキレイサッパリなくなった。しかし金を手に入れたわけじゃない。ただ、盗まれたのだ。この時点でカガミの「おつかい」は、まるっと失敗したことになる。これでは貝を食べるなんて、夢のまた夢だ。
「一家四人、どうしろっていうんだよ……」
自分を含め、男が四人。腹を空かせて夕食を待っている。一日何も食べないくらいは、なんてことない。しかしお金は一日で稼げるものではない。一日何時間、それを何日も続けて、やっと毎日の食事にありつける水準になるのだ。
カガミは絶句した後、一周回って乾いた笑いがもれた。
「死んでもいいと思っていた時は金も食料の心配も、何もしていなかったのに。生きてもいいと思い始めた矢先、金も食料のことも心配になるなんてな……。つくづく『生きる』ってことは、残酷だ」
大きな落胆が、カガミを襲う。来た時とは違い、背中がグニャリと曲がった。丸くなった背中に、落ち始めた夕日がてらてらと降り注ぐ。地平線に近づく、真っ赤な夕日。反対に真っ白になったのはカガミの頭の中――
断崖絶壁の市場を後にする。
しかしカガミが行く先には、まだ断崖絶壁が続いているように見えた。どんな顔をして帰ればいいのか。
「はぁ……」
帰る道中で、何度もため息が落ちる。みんなの落胆した顔を想像する度、カガミは自分を責めた。自分の大事な物を、カガミを信じて渡してくれたシルハのことを思うと、なお胸が痛む。
「マントを、売ってもらわなければ……いけないのだろうか……」
恰好つけて「もしもの時は潔くマントを売ってくれ」なんて言ったが、その「もしもの状況」を、まさか自分が作ることになろうとは。
もう何度目かになるか分からないため息が、カガミから零れ落ちる。その後ろでは来た時と同じように、剣を携えた人影が、足音を立てずにカガミの後ろをついて歩いた。
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