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四人のご飯が用意された長方形のテーブルは、数多の皿が乗ってなお、他の皿を置けるスペースがあるほど広い。その余白を活かして、テーブルの中央に味噌汁を入れた鍋、揚げたてのカニの天ぷら、あとは小鍋が、どんと並んで置かれる。どうやら「おかわりが欲しければ自分でつげ」ということらしい。このバイキング形式を見て、腹を空かせたレイはニッと笑みを深める。
「これで気兼ねなく、好きなだけおかわりできるぞ」
「……呑気な」
隣に座るカガミが苦言を呈したのは言うまでもない。なぜなら自分の向かいに座っているのは、この国の王子シルハ本人。そしてテーブルの横で布団を敷き、そこに寝かせられているのが、この国の王様ダム。まさか国のツートップが我が家に来られる日がこようとは――カガミの横顔を汗が流れる。今さらながら緊張してきた。
その緊張を手に取ったのか、偶然か。シルハはテーブルから一歩引き、頭を下げる。
「中に入れてくれて感謝する。それと包帯も……。傷の手当をしてもらったおかげで、幾分か父の表情が安らかになった気がする」
「そうは言っても素人の手当なんで、油断はしない方がいいと思いますよ」
「……そうだな」
家の裏にいたダムを、さっきレイとシルハが家に担ぎ込んだ。その際に、さっそく手当したのだが……手当といっても消毒と包帯、そうして痛み止めを飲ませた程度だ。この状態で効いているとしたら「痛覚を鈍くする」程度のことなので、残念ながら怪我そのものが良くなっている……というわけではない。
ダムの左腕には、鋭い刃物で切り込まれたような、深い一本線の傷があった。骨までは見えていないが、ただの擦り傷とも言えない。裂けた皮膚が、そのままきれいにひっつけばいいのだが。
「ま、今はさ」
ダムのことを思うと、自ずと空気が沈んでしまう。そんな雰囲気を一刀両断したのは、さっきからソワソワしているレイだ。
「国王のことは一旦置いといて。早く食べようよ、冷めちゃうからさっ」
カニの天ぷらから目をそらさないレイが、待ちきれないばかりにフォークをトントンとテーブルに打ち付ける。カガミが箸を勧めたが、「持ちにくい」とのことで、レイはフォークを握っている。シルハとカガミは箸だ(ルゲーニ王国は箸を使って食事をする文化がある)。
「それじゃあ」と、カガミが手を合わせる。これは万国共通なのか、レイも無駄のない所作で、スッと色白の両手を合わせた。今まで散々に教養を身につけてきた王族のシルハは、言うまでもなく。
「「「いただきます」」」
レイは一番にカニの天ぷらにフォークを伸ばした。関節にグッとフォークを突き立てると、衣を貫通し上手く突き刺さる。途中で抜けないよう恐る恐る口に近づけ、歯を突き立てる。サクッ――カニの旨味と油がマッチして、レイの口内へ一気に歓喜が広がった。
「磯臭くない。水に浸けてる時は鼻を押さえるような異臭だったけど、変わるもんだね!」
もう一度、カニが載った皿へ手を伸ばす。ずっと火の前に立って調理をしていたカガミは、既に「お腹いっぱい」という感じで。サクサクと食べ進めるレイを、ただ見るだけだった。そうかと思えば、小柄の鍋へお玉を突っ込む。丼ぶりに注がれたソレは、とろとろとした米――お粥だった。
「カニは、ご飯と相性がいい」
カガミはお粥を注ぎ、半分にぶつ切りにしたカニを、最後にドンと乗せる。見ていたレイが「だから大きな皿に注いだんだね」と納得した。
「卵と少しの醤油。それから片栗粉を入れて混ぜる。そこへカニ味噌とカニの身が入ると、一気に旨味がつく。食べられなくとも、汁をすするだけで栄養がつく」
「だからあげるといい」とカガミが、ダムへ視線を送ったのを見て。シルハは目を丸くした。
「父上のために作ってくれたのか……?」
「材料はあったし、すぐ作れる料理なので。お口に合えば、幸いですが」
「あぁ、でも……」
シルハは、ふと視線をさ迷わせる。お粥を作ってくれたことに感謝はしていそうだが、なかなか皿を受け取らない。一体、どうしたというのか。
するとレイが「世話になっている分際でさ」と。切れ長の瞳を鋭くさせ、ツイとシルハを見る。
「カニの天ぷらみたいに、俺が最初に食べようか? でも君が思っているようなことは絶対ないよ。それに君も見ていたでしょ? 彼が汗を流しながら一生懸命に料理をしていたのをさ。
それを『疑いのある目で見る』のは、正直なところ、めっちゃ気分が悪くなるんだけど」
「っ!」
シルハの顔が強張る。しかし構わずレイは続けた。
「どこかの国の言葉であるでしょ? 郷に入っては郷に従え。城より一歩外へ出たなら、そこはもう君のテリトリーじゃない。
しかもその様子だと、身分をかなぐり捨てて城を出てきたんでしょう? それならいつまでも高飛車な態度をとってないで、この場に合った立ち居振る舞いをするべきだよ」
「王様だろうが王子様だろうが関係ない」と、最後にレイが言った。いつもに似合わずピリッとした雰囲気をまとう彼の横に座るカガミは「あぁ」と。やっと二人が何のことで話しているかを理解する。
つまり、あれだな。
このご飯に毒が入っているのかいないのか。それを確かめたいんだ、王子は――
そんなシルハの気持ちを察したレイが、「カニの天ぷらみたいに、俺が最初に食べようか?」と言ったのである。もちろん皮肉だろう。そうして釘を刺した。「王族を抜け出したくせに、いつまで王子の気分でいるんだ」と。
ダムとシルハが並々ならない事情でココにいるのは、カガミも理解している。そもそも王様と王子が二人きりで城の外に出るなんてありえない。必ず護衛がつくはずだ。
しかし見る限り、二人きりの旅。しかもシルハは周りに助けを求めず、刀片手に民家に押し入り、強盗まがいのことをした。ダムが負傷しているのに衛生兵を呼ばないのも変な話で……これらから察するに、二人がお忍びで城外へ出て来たのは想像に難くない。
だとすればレイの言う通り、郷に入っては郷に従えが正しく、賢い選択なのだ。それが「生きる」ということなのだから。
しかし、だからと言って、今までの習慣をすぐなくすことも、また難しい。王様や王子様であれば、暗殺されないよう料理には気を遣うものである。今まで必ず毒見をしてもらっていただろう。それを、素性も知らない一般市民が作った料理をすぐに口へ運ぶなど、シルハにとっては命綱なしで朽ちた橋を渡るようなものだ。
「あの、じゃあ俺が食べます。味見は、何度もしてるけど……」
シルハの立場を考えると邪心を抱くのは当たり前だよな、とは思いつつも。カガミは複雑な表情を浮かべ、予備で運んでいた小皿へお粥を入れる。……いや、入れようとした。しかしそれよりも早く、シルハが動きを見せた。
脇へ置いておいたダム専用のどんぶりを掴み、持っていたスプーンでお粥を掬う。そこからはあっという間だった。
はぐっと音を立てながら、シルハはお粥を口に含む。「え!」と驚いたのはカガミで、レイは「当然だ」と言わんばかりに肩肘をついて見守っている。
「~っ、……わ、美味しい」
最初はかたく目を瞑っていたシルハだが、咀嚼するごとに力が抜けていき、瞼が持ち上がる。さっきとは打って変わって、瞳をキラキラさせていた。
「カニって、こんなに美味しいんだな。城で何度も食べたのに、今まで知らなかった。
うん、美味いな!」
頬が落ちるように、シルハの表情がふわりと緩む。レイよりも年下な彼の「年相応のあどけない表情」を見て、カガミはほっと胸を撫で下ろす。
「それは、良かったです」
「良ければ、今度作り方を教えてほしい。できれば、実践つきで。きっと父上も喜ばれるだろうから、作れるようになりたいんだ」
「……」
作り方を教えてほしいなんて、一国の王子が言う言葉ではない。王子であれば、すぐにカガミを雇い、城で働かせる――それほどの権限は持っているはずだ。
しかし王子自ら名乗り出る。
やはり城とは決別した、ということなのだろう。
全てを悟ったカガミは、まだ年端も行かない王子の複雑な背景を鑑みて、眉を下げる。
正直なところ……カガミは、彼らを恨んでいたのだ。
自分の両親が死んだのは、間違いなく隕石のせいだ。しかし隕石の情報を知ってから、随分と日が経つ。そうであるのに国は何も動かない。「国王と王子は何をしているんだ」と国民が毎日噂していたのを、カガミ本人も聞いていた。もちろん自分も同じことを思っていた。そうして――その焦れるような思いは、両親の死をきっかけに怒りへと変わった。
国王が何もしなかったせいで、隕石を止めることは叶わず両親は無念の死を遂げた。全て国王のせいだ――そんな思いを内に秘めていたら、なんと本人たちが家に来た。カガミの心境は、複雑なものだった。レイが応戦した短刀を奪って、王子に切りかかりたかった。どうして両親を助けてくれなかったのかと、責め立てたかった。
カニの天ぷらを作っていなければ、カガミは間違いなく、そうしていただろう。
天ぷらは本来、高温の油で揚げる料理だ。そのため稀に火事が起きる。
二人が刃を交えていた時、カガミは静かに葛藤していた。今、自分も参戦すれば争いは大きくなるだろう。何かの拍子に、油に引火したら? すると両親との思い出が詰まったこの家は火事になり、全て焼けてなくなってしまうだろう。昔に建てられた木造住宅は、恐ろしく火の回りが早い。
『まずは、そこへ座れ二人共。天ぷらをしている時に暴れられたら叶わん。火事になるだろうが』
あの時のカガミは、苦渋の判断を下していた。何も天ぷらが大好きで料理を続行したいと思っていたわけじゃない。これ以上、何かを失うのが怖かったのだ。だから戦わないと決めた。この野心は、また、別の機会にと。そう心を改めたのだ。
だからと言って、お粥に毒を入れたわけじゃない。自分の中にある復讐心と料理は何も関係ない。食べ物を粗末にするなと、カガミは両親から教わり育ってきた。さっきまで生きていたカニを、自分勝手に殺めて人の食えない毒入りの料理にするなど……。両親の教えに歯向かう行為は、今のカガミには到底できないことだった。
だからお粥は食べても害はない。毒殺しようと思っていたわけではないから。
しかし恨んでいない、というわけでもない。
「美味しい」と王子に笑いかけられても、両親を失った胸の痛みは消えない。恨みが薄まることはない。それらは消えることなく、ずっと体内で埋み火を燃やし続けるのだろうと思っていた。……つい、さっきまでは。
『良ければ、今度作り方を教えてほしい。できれば、実践つきで。きっと父上も喜ばれるだろうから、作れるようになりたいんだ』
なりふり構わない恰好に、負傷した父を必死に守るシルハの姿。そんな彼を見て、少しだけ、ほんの少しだけ、カガミの心にあるメラメラとした炎が勢いを弱めた。今まで王子が城で能天気に過ごしてきたわけじゃないと、何となく分かったからだ。
国民は「隕石をどうにかしてくれ」と思っていた。それと同じく王族も「隕石をどうにかしたい」と思っていたなら? 何もしていなかっただけではなく、ちゃんと対策をしていて、ただ結果が奮わなかっただけなら?
国民の願いに寄り添った成れの果てが、王子とも国王とも言えないこんなボロボロの姿なのだとしたら――今の自分に、どうして二人を責める権利があろうか。
二人もまた自分と一緒で「傷ついてきた側の人間」なのだ、と。そう理解したカガミは、静かに瞼を伏せる。
「俺で良ければ、いつでも料理をお教えしますよ」
「そうか、ありがとうっ」
初めて笑みを見せたカガミを見て、幾分かシルハの表情が緩む。きっと互いに緊張していたのだろう。受け入れ、受け入れられるのかと。結果、その憂いは杞憂に終わったわけだが。
そんな和んだ空気をしり目に、レイは国王へ近づく。手に持っているのは、お粥の鍋に入っていたカニ……その足の内、一本だけちり、ダムの口へ近づける。そして、そのままくわえさせてしまった。ダムは目を閉じたまま、カニの足を伝うお粥を飲み込む。
「食べられる力が残っているなら、まぁ良しか」
「でもねぇ」と、レイはダムの腕を見る。さっきまいたばかりの包帯だが、既に血が滲んでいた。
これは、いずれ助からない出血量だ――そう判断し、レイは自分の耳にぶらさがる宝石へ触れる。
「さぁ、出番が来たよ。お友達」
その言葉の後。宝石は一瞬だけキラリと光り、そうして静まった。それは刹那の出来事で、カガミとシルハは気づいていない。それをいいことにレイは、国王に施された包帯をはぐり、患部をチラリと見る。すると肉まで裂けていた傷は、すっかりキレイに修復されていた。ダムの呼吸も落ちついている。たくさん食べれば血量が戻り、いずれ顔色は良くなるだろう。
カニの足をダムの口に突っ込んだまま、レイは自分の席へ戻る。そうして五匹目となるカニの天ぷらを手に取り、「やっぱ疲れた時こそご飯だねぇ」と勢いよく口に入れるのだった。




