一章 心が疲れた時こそ、ご飯だ
とある惑星にあるルゲーニ王国は、陸の孤島だ。周りは海で囲まれ、他国に干渉されることなく、自由きままに過ごしてきた。他国が戦争をする時もあったが、ルゲーニ王国だけは難を逃れた。何度も、何度も。
周りの国と比べると、ルゲーニ王国はさほど大きくない。石油がとれるわけでもなく、これといった輸出品もなく、自給自足で暮らしているような、いわゆる田舎の国だ。だからこそ他国に目をつけられることがなかったのかもしれない。端から「この国は利益に繋がらない」と度外視してもらえれば、ルゲーニ王国としては万々歳だ。
しかし王国が平和を保てる一助を、国王が担っている部分は大きい。あまり貿易をしない孤立無援の王国……とはいえ、全く外交をしないわけにもいかない。国同士の招集がかかった時は、国王は船に乗って集合場所である他国へ赴いた。それも積極的にだ。会合で他国から「なんと小さな国だ」と冷笑されても、国王は笑みを絶やさなかった。
これが小さなルゲーニ王国が生き延びるための戦術だ――と国王は弁えていた。
そうした事柄が重なり、ルゲーニ王国は長年平和を保つことが出来ていた。
国民は「よかった」と安堵し、嬉しがった。
自由に生きる幸せを噛み締めた。
しかし――
大きな隕石が王国を直撃する。しかも直撃する前から王国に被害が及び、国民が死んでいく。
国民は国王に助けを求めた。しかしこればかりは国王とてどうすることも出来ない。どれほどの窮地に陥ろうとも、利益もなく見返りも差し出せない小さな国に、手を差し伸べてくれる国はどこにもない。ただ、死を待つのみなのだ。
「国王!」
「助けてください、国王!」
「どうにかして、この国から出してよ!」
ルゲーニ王国は小さい国……とはいえ、総人口は五百万人を超えている。小さな土地にギュッと人が詰まっているから、人口密度が高い。しかし子孫繁栄はいいことだし、国民が増えれば国も繁栄する。だから、むしろポジティブなことだと、国王は喜んでいた。
しかしここにきて、国王は「総人口の多さ」に悩まされていた。
「はぁ……」
外は明るい。お昼だ。そんな中、腰まである白髪を持つ「ダム国王」は、自分のベッドに大の字で横になっていた。部屋の真ん中に意味もなくぶら下がっている豪華なシャンデリアを、寝転がったまま見つめる。
「どうしたものか……」
どうしたも、こうしたも、ない。隕石については、そもそも解決策がないのだ。国民が「国から出して」と言っても、五百万人を、どうやって他国に引き渡すのか。
そもそも国民が砂と化している事は他国にも伝わっており、「隕石ではなくてパンデミックなのでは?」と噂され、煙たがられている。そんな肩書きがついた国民を、しかも大量に受け入れてくれる国なんてありはしない。一人でもお断りだと、もう何カ国に匙を投げられた。
それを国民に伝えれば、間違いなくパニックになる。だから黙っている。すると国民から「何もしない無能な国王だ」とヤジを飛ばされる。それに傷ついていると、国民が一人ずつ死んでいく――明らかに負のスパイラル、地獄の幕開けだった。
「父上……」
いつなんどきも、ダム国王は朗らかで優しかった。それは息子であるシルハ王子が一番知っている。知っているからこそ、父の、国王の、こんな脱力した姿を見て心を痛めた。
心が病んでいるような青い顔を、まさかダム国王から見る日が来るとは。
「……そうだ」
気力がない弱々しい声。しかし何かをひらめいたらしいダムは、身を起こした。右手がゆっくりと、お腹へ移動する。まるで子供の腹を母がなでるように、愛おしそうに自身の腹を上下にさする。
「美味しいご飯を食べよう」
「……は?」
国王のひらめきは「絶対」に近いものがある。しかし……さすがのこの状況で「美味しいご飯を食べよう」とは、なるまい。いや、あってはなるまい。
「父上、正気ですか?」
「わたしが笑顔でいないことに国民は不安を覚えている。であれば、まずはわたしが笑顔でなくてはならん。シルハ、わたしは美味しいご飯を食べたい。しかし、まずは見つけなくては。わたしが心から笑顔になる、そんな絶品のご飯を。そんな料理を探す旅へ、一緒についてきてくれないだろうか?」
「……」
シルハは絶句する。
肩まである自分の金髪が、全部抜け落ちてしまいそうなほどの衝撃を覚えた。と同時に「ついに父は心をやられてしまった」のだと悟った。発狂してしまったのだ。国民はいつ自分が死ぬか分からない不安から発狂すると言うが、父は国王であるが故に、国民の平和を守れない自分の無力さに絶望し、発狂したのだ。
赤いマントを靡かせていた父。
国民から慕われ、いつも背筋をしゃっきりと伸ばしていた父。
そんな父が二、三日水を与えなかった花のように、しおしおと背筋を曲げて枯れていく。
あの父のように立派になろう――そう志すシルハの道標となった父の面影は、もうない。
「おいたわしや、父上……っ」
母はいない、幼い頃に病死した。シルハが小さい頃から、父の役も母の役も、ダムが一人で担っていたのだ。あれほど大きかった父の背中、それが、もう手のひらに収まりそうなほど小さい。
あれほど手塩にかけて育ててくれた父の最期が、こんな惨めなものでいいのか。いや、いいわけが無い。
父が自分にたくさんの幸せを与えてくれたように、自分も父にありったけの幸せと平穏を返すのだ。それが命が差し迫る状況で、自分に唯一できる親孝行。
「お任せください。このシルハに。
必ず父上が『美味しい』と笑う食事を見つけますから」
シルハはベッドの前で片膝をつき、胸に手を当てる。そんなシルハを、ダム国王はまるで子供のような純粋無垢な笑みで見下ろしていた。
シルハは頭を下げた際に、素早く涙を拭きとる。そうして「美味しい食べ物を見つける旅」の準備を始めた。
「馬を使うにしても、荷物は少ない方がいいだろう。いや、まずは『どうやって父上と城を抜け出すか』だ」
旅の準備をしようにも、この寝室には寝るための物しかない。旅の荷物を入れる袋さえないのだ。シルハは「持ってきてもらおうか」と逡巡したが、しかしそんなことをすると勘づかれてしまうかもしれない。
シルハは、寝室をぐるりと見回した。大きなベッド、豪華なシャンデリア、何を映すためかと思うほどの大きな姿鏡――あぁどれも使えそうにない。
ため息をこぼすシルハは、次々に視線を巡らせる。そしてふと、ダム国王が座るベッドに注目した。
「……主のいないベッドに、もう布団はいらないな」
そうして薄めの布団を広げ、その上に荷物を置いて行く。なに、昔どこぞの国で聞いた「風呂敷」だと思えばいい。どんな物だって袋になる。何にだって変われるのだ。それは物だけじゃない。人も同じ。どんな年齢になろうとも、何者にだって変わることができる。
「父上、お疲れ様でした。これからは国王ではなく、ただの国民として余生をお過ごしください。
あなたはもう充分に頑張りました」
この国はどのみち助からない。それならば、残った命は好きに使えばいいじゃないか――これがシルハの考え方である。人生の最期に親孝行をして、父に幸せになってもらう。そう決心したシルハは「行きますよ、父上」と。覚悟を決めたしたたかな笑みを浮かべ、部屋の扉を開けた。
そうしてシルハたちは警備の目を盗んで、城外へ出る。言うまでもなく二人の失踪に気づいた城内は大騒ぎだった。ダム国王とシルハ王子、あと馬が二頭――彼らがまず目指す先が海とは知らない国王の側近は、この非常事態を国民に悟られないよう、街へひっそりと兵を送った。
◇
「そういえばお腹すかない? 何か作って食べようよ」
「……図々しいな、お前」
「そう?」
話は戻り、たった今友達になった男と青年は、一つの家に上がりこんでいた。「上がりこんでいた」と言えば盗賊みたいだが、ここは正真正銘、男の家だ。木造の一軒家。平屋で、縦に長いのではなく、横に広い。見た目は日本という国の沖縄県にある「赤瓦の家」にそっくりだ。
部屋は五つほど分かれており、入ってすぐの大きな部屋には大人が寝転がれるハンモックがあった。その向かいにはキッチンがあり、昔ながらの薪をくべるかまどがある。とはいえ、最近は使っていないのか、薪が燃えた後の炭さえ朽ちてしまったのか、見当たらない。
まさか水道・電気が通っていないのでは?と青年は「今時……」と言いかけたが、全てがそうではないらしい。大きな部屋、いわゆるリビングの端に置かれた扇風機のスイッチを、男がカチャリと押したからだ。どの部屋も窓は全開にしており、海の匂いを連れた生暖かいそよ風が、二人の体にぶつかって、時間を置いてまたぶつかる。首を回す扇風機が不具合を訴えるような、ちょっと錆びついた音が部屋に響いた。
半袖で過ごせる、暖かい季節。
しかし男に漂う空気は、幾分か冷えていた。
「何か食べたい、とのことだが生憎、家には何もない。まずは食べ物を買いに行かなければな」
「え、今までどうしてたの?」
「忙しかったからな。それに……特に腹も減らなかった」
そう言った時、テーブルに置かれた写真へ男は目をやる。そこには幼い頃の男と、男の両親が海を前に、にこやかな顔で写っていた。
「……ちなみにご両親は」
「一週間前だ。俺が寝ている間に『散った』らしい。朝起きたら、二人のベッドの上には少量の砂しか残っていなかった。大半は、空へ上がっていったのだろう」
さっき空へ砂が吸い込まれていった、あの光景を思い出し、男はふるりと首を振る。辛気臭くならないよう配慮してか「それで」と、青年へ視線を移す。
「お前、名前はなんだ。このルゲーニ王国に住んでいたのか? その割には、妙に肌が白いというか……」
「ここには旅行で来たんだよ。過ごしやすいから長期滞在していたんだ。するとこんなことになっちゃって」
「元の国には?」
「『今は帰って来るな』と言われちゃってね。でも、そう言われてもホテルでお金が底をつきそうだったし。
だから泊めてもらえて感謝だよ。ご飯を作るのは得意だから、まかせてね!」
どうやら泊まらせてくれる恩返しに、料理を作ってくれるらしい。いわゆる一宿一飯の恩義だ。とはいえ青年の場合は、一宿とはならなさそうだが。
しかし、料理か、と。男はしばし閉口した。両親の死を引きずっているためなかなか食欲が湧かないのだ。だから青年の申し出は有難いような有難迷惑のような、そんな複雑な気分になる。
「ご飯はね」
ふと青年が続ける。
「食べていた方がいいよ。心も元気になるからね」
「……そうなのか」
男は半信半疑で頷いた。しかし母が作ってくれた手料理を思い出す。男が落ち込んでいた時は、必ずといっていいほど振る舞ってくれた家庭料理だ。
「味噌汁が飲みたい。汁物なら、抵抗なく飲めると思う」
「了解。麺類ものど越しが良さそうだし、いいかもね。そうと決まれば、街へ買い物に行ってみよう。
あ、俺の名前はレイだよ。改めて、よろしくね」
「俺の名前はカガミだ。よろしく」
そうして自己紹介を済ませた後。レイは、かまどへ近づく。
「と、街へ行く前に。まずは薪を拾ってこないとね。買い物から帰った後、すぐ料理に取り掛かれるように」
どこか楽しそうなレイを横目で見た後。カガミはもう一度、両親が写る写真へ目を移した。しかし、その奥に構える窓の外を見て「ん?」と首をかしげる。
「なんか今、馬が二頭見えたような……。いや、気のせいか」
コンクリートで固められた道もあれば、そうでない道もある。海に近いカガミの家は、どちらかと言えば後者の方だ。そんな安定しない場所を、馬が通るなんて。
「あまり眠れてないから、疲れているのかもな」
カガミはフッと自嘲気味に笑った後。薪を集めるため外に出たレイの後を追う。
味噌汁と、麺類。酢の効いた麺が食べたいなと、カガミは色とりどりの野菜が乗った、黄色い麺を思い出した。




