序章
うさんくさそうでもあり、しかし人懐こそうでもある青年が笑う。白い半そでに、ぶかぶかの薄茶色の長ズボンを履いている。上品そうな、しかし着崩しているような風体だ。
そんな青年に思わず見入っていると、その口がゆっくりと上品に動く。
「俺と友達になりませんか? あと99人『必要』なんです」
にこやかな青年から伸ばされた手は、眉間にシワを寄せた男へ向けられている。男の恰好は、白い半そでに、黒い半ズボン。曝け出しだ肌に、生暖かい風がぶつかっていく。
「友達? もう世界は終わるっていう、この時に?」
今こうして話している時も、どこかで「あぁ……っ」と泣き声が響いている。声のした方――その上空を見ると、キラキラと、光に照らされた鉄粉のようなものが、そのまま空へ吸い込まれるように上がり、やがて消えた。
いつしかを境に、もう見慣れてしまったこの光景。
しかし「人の命が消える瞬間」を見て、心が晴れる人はいない。――特に、この男。
三十年、この地で生活を送って来たからこそ、この地での知り合いは多いし、土地にも愛着が湧く。
まさか自分が愛でるこの地へ隕石が降ってくるどころか、その重力に耐え切れず人が砂と化すことがあろうとは――
「……生憎」
いまだ聞こえる泣き声に耳を傾けながら、男は苦々しく言葉を吐く。
「俺が欲しいのは、平和だ。
この国が隕石で潰されることなく、人々が幸せで暮らせる。そんな平和」
握られなかった手をそのままに、青年は「なら」と、さらに笑みを深める。
「どれだけ願っても無理なことを熱心に願うよりも、今できることを楽しむのはどうでしょう? だから友達になりましょう。話し相手がいれば、きっと憂いも晴れますよ。それに――
一人じゃできないことも、『二人ならできる』かもしれないし」
「今……」
何か重要なことを言わなかったか? と男性は思ったが、相変わらずニコニコと笑う青年を見ると、問い直す気が失せた。
きっと何も考えてないんだ。
なんてお気楽な奴だ。
これからいつ死ぬかも分からないのに。
――そうか。頭のネジが外れているんだ。
あまりの不安に飲まれてしまい、パニックになり意味不明な言動をとる人は、少なからずいた。自分がいつ死ぬか分からない恐怖と向き合い続けるのは、それ相応の強靭な心がいる。
それに耐えられない者から「いっそ殺して」「まだ私は死ねないの?」と発狂していくのだ。
しかし男もまた、発狂寸前であることには変わりなかった。
というよりも、この国に住む人たちは、みんなそうなのだ。
今にも発狂しそうになっている所に、先に発狂していく者を見て「あぁはならまい」と、紙一重で抑止している。
しかし「抑止している」とは言え、いつ当事者になってもおかしくない。尚も聞こえる泣き声は、今を生きる人たちにべっとりとした簡単に拭えない絶望を与えるのだ。
だからこそ、この青年と行動を共にするのはいいのかもしれない。
例え頭のネジが外れていたとしても、青年の言う通り話し相手がいるといないとでは、心持ちが違ってくるだろう。暇つぶしになるかもしれない。
諦め悪く引かなかった青年の手に、男はそっと触れる。
「このご時世、友達というものが何をするか分からないが……よろしく頼む」
「はは、そういう友達もいいですね。『何をするか分からない友達』か」
「それは……」
少しニュアンスが違うように聞こえたため、男は眉根を寄せて不思議に思った。
だが握られた手に力が籠められ、銀髪緑色の目をした青年自身へと、強制的に思考を誘導される。
「改めて、よろしく。俺の二人目の友達」
青年は、もう丁寧な言葉で話さなかった。
どうやらこれが、友達がする「初めの一歩」らしいと。そう納得した男は、静かに頷いた。




