第七話 逃亡
ヘリは上昇を続けていた。
二十メートル。
三十メートル。
距離が開いていく。
サミュエルは歯を食いしばった。
「フックガン用意!」
後方の隊員が即座に動く。
対車両制圧用の特殊装備。
ヘリの脚部へワイヤーを撃ち込むための装備だった。
だが。
護衛部隊の反撃が激しい。
「伏せろ!」
弾丸が頭上を掠める。
隊員が遮蔽物へ飛び込んだ。
時間が足りない。
その頃。
上空。
アレックス隊。
六機の戦闘機が再び攻撃隊形を形成する。
「各機。」
「脚部へ集中攻撃。」
《了解。》
火器管制レーダー起動。
ミサイルロック。
その瞬間。
地上。
ATHENAが警告を発した。
《敵機攻撃準備。》
《脅威レベル上昇。》
《推奨行動、回避。》
カイルは空を見上げる。
「まだ来るか。」
六機。
しかも連携が洗練されている。
先ほどまでの様子見ではない。
本気でヴァルハラを止めに来ていた。
《予測。》
《次弾到達まで九秒。》
「十分だ。」
カイルは操縦桿を握り直した。
上空。
アレックスは照準を固定する。
「発射。」
二発のミサイルが夜空を駆けた。
白い尾を引きながら迫る。
地上。
《回避ルート表示。》
ATHENAが赤い軌跡を描く。
《回避成功予測五十八%。》
カイルが眉をひそめた。
「ずいぶん低いな。」
《最適解です。》
「十分だ!」
背部推進機最大出力。
百二十トンの巨体が横へ跳ぶ。
次の瞬間。
爆発。
衝撃波。
土砂が吹き上がる。
一発は外れた。
だがもう一発。
至近距離。
左脚部付近で炸裂した。
轟音。
ヴァルハラがわずかによろめく。
《左脚部損傷拡大。》
《機動性能九%低下。》
カイルは舌打ちした。
「やるな。」
上空。
アレックスの目が鋭くなる。
「効いている。」
「包囲を維持しろ。」
「奴を逃がすな。」
その頃。
屋上。
ヘリは四十メートル近くまで上昇していた。
サミュエルはフックガンを受け取る。
「援護しろ!」
護衛部隊へ銃撃を浴びせる隊員たち。
一瞬だけ射線が開いた。
サミュエルは狙う。
回転するローター。
その下。
ヘリ後部脚。
「届け!」
発射。
金属製フックが夜空を駆ける。
だが。
外れた。
ワイヤーが空中を切り裂く。
「くそっ!」
サミュエルが吐き捨てる。
ヘリはさらに上昇する。
五十メートル。
時間がない。
再装填。
もう一度。
「届けぇ!」
二発目。
ガキン。
命中。
ワイヤーが脚部へ絡みついた。
「掛かった!」
隊員たちが歓声を上げる。
アンカーへ衝撃が伝わる。
ヘリの機体がわずかに揺れた。
上昇速度が一瞬だけ鈍る。
しかし。
ヘリは大型機だった。
出力が違う。
ワイヤーが悲鳴を上げる。
「固定しろ!」
サミュエルが叫ぶ。
隊員たちがアンカーへ取り付く。
その時。
ヘリ機内。
護衛が叫んだ。
「ワイヤー確認!」
マーカスは即座に答える。
「切れ。」
側面ドアが開く。
護衛が身を乗り出した。
自動小銃を構える。
連射。
火花。
そして。
ワイヤーが切断された。
「くそっ!」
サミュエルが吐き捨てる。
ヘリは再び高度を上げる。
六十メートル。
もはや飛び移れる距離ではない。
その時だった。
《サミュエル。》
通信。
レオンだった。
《マーカスを見失うな。》
《追跡準備を開始する。》
サミュエルの目が細くなる。
「まだ手があるのか。」
《ある。》
短い返答だった。
その直後。
ミアの声が割り込む。
《レオン。》
《二号機、三号機の降下準備完了。》
管制室。
レオンは大型モニターを見つめていた。
逃走するヘリ。
交戦中のヴァルハラ一号機。
接近する第二迎撃隊。
全てを見た上で命令を下す。
《二号機、三号機を投入する。》
ノマド上空。
二機の大型輸送機。
後部ハッチがゆっくり開く。
暗闇の向こう。
巨大な影が姿を現した。
鋼鉄の巨人。
ヴァルハラ二号機。
そしてヴァルハラ三号機。
その頃。
ヘリ機内。
護衛が報告する。
「データ流出の可能性があります。」
「追跡しますか。」
マーカスは即答した。
「ああ。」
「回収部隊を投入しろ。」
「漏洩したデータを取り戻せ。」
冷たい声だった。
窓の外では、
巨大な人型兵器が戦闘機部隊と対峙している。
正体不明の武装組織。
プロメテウス計画。
七年前のアークライト事件。
点と点が繋がり始めていた。
マーカスの目が細くなる。
「アークライトの亡霊か。」
低い呟きだった。
上空。
アレックスは新たな熱源を確認する。
警報が鳴る。
《大型熱源反応を二つ確認。》
《高高度より接近中。》
アレックスの表情が変わる。
「まさか。」
雲の向こうに見える巨大な影。
戦場はさらに拡大しようとしていた。




