第三話 迎撃
ヴァルハラが降下してから三分後。
保養施設周辺は混乱の渦中にあった。
施設全域で通信障害が発生。
監視カメラは機能停止。
警備本部との通信も途絶えている。
非常電源は作動しているものの、
システムの多くは正常に機能していなかった。
ミアによる電子戦が効果を発揮していた。
その混乱の中心に、
鋼鉄の巨人が立っている。
ヴァルハラ一号機。
全高二十メートル。
重量百二十トン。
月明かりに照らされた装甲は鈍く輝いていた。
コックピット内。
カイルはゆっくりと息を吐く。
汗が額を伝う。
操縦桿を握る手にも力が入っていた。
初実戦。
頭では冷静なつもりだった。
だが身体は正直だった。
《機体状態正常。》
《右膝アクチュエーター誤差〇・七%。》
《戦闘継続可能。》
「分かってる。」
カイルは短く答えた。
《二号機、三号機は上空待機中。》
《必要時に投入可能です。》
ミアの声が聞こえる。
「了解。」
その瞬間。
サーチライトが照射された。
警備部隊だった。
だが隊員たちは混乱している。
「本部と繋がらない!」
「監視システムが死んでる!」
「何が起きてるんだ!」
そして彼らは、
目の前の巨人を見上げた。
「なんだ……あれ。」
「戦車じゃない。」
「人型だぞ。」
恐怖が広がる。
それでも任務は任務だった。
機関砲が火を吹く。
曳光弾が夜空を裂いた。
火花。
爆音。
ヴァルハラの装甲へ弾丸が叩き込まれる。
《頭部センサー軽微損傷。》
《観測機能三%低下。》
カイルは顔をしかめた。
「やっぱり痛いな。」
完全無敵ではない。
だからこそ慎重に戦う。
ヴァルハラが前進する。
一歩。
また一歩。
百二十トンの質量が大地を揺らした。
装甲車部隊が後退する。
カイルは拳を振り上げる。
だが狙ったのは車両ではない。
地面だった。
轟音。
大地が砕ける。
衝撃波が周囲へ広がった。
先頭車両が横転。
後続車両が急停止する。
隊列が崩壊した。
「撤退しろ!」
「化け物だ!」
「対戦車ミサイルを持って来い!」
その頃。
施設北側。
森林地帯。
サミュエル・クロス率いる地上戦部隊が動き出していた。
三十名以上の隊員が施設外周へ展開。
残る部隊は周辺封鎖と脱出経路確保を担当している。
さらに複数の支援チームも待機していた。
「全班、突入開始。」
短い命令。
隊員たちが一斉に前進した。
アルファ班。
通信室制圧担当。
ブラボー班。
会議データ確保担当。
チャーリー班。
マーカス確保担当。
それぞれが別ルートから施設へ侵入する。
《アルファ班、北棟侵入。》
《ブラボー班、サーバールームへ向かう。》
《チャーリー班、目標捜索開始。》
銃声が響く。
《敵警備部隊と接触。》
《一名軽傷。》
《だが任務続行可能。》
サミュエルは冷静だった。
「無理はするな。」
「目標を優先しろ。」
「時間との勝負だ。」
一方。
保養施設内部。
マーカス・ヘイルは非常通路を歩いていた。
護衛部隊十名。
全員が完全武装。
「航空防衛軍との回線は。」
「まだ復旧しません。」
「ヘリは。」
「屋上で待機中です。」
護衛部隊が非常通路の防爆扉を閉鎖する。
重い金属音が響いた。
侵入者の追跡を少しでも遅らせるためだった。
「急げ。」
マーカスは歩みを速める。
七年前。
アークライト襲撃事件。
あの夜と似ている。
嫌な予感が消えない。
その時。
通信機から叫び声が響いた。
《侵入者確認!》
《巨大人型兵器です!》
マーカスは立ち止まる。
「何だと?」
《繰り返します!》
《巨大人型兵器です!》
一瞬だけ。
マーカスの顔色が変わった。
「まさか……。」
マーカスの表情が凍り付く。
脳裏をよぎった考えを、
彼は即座に否定した。
あり得るはずがない。
その頃。
上空四千メートル。
六機の戦闘機編隊が接近していた。
先頭を飛ぶのは、
アレックス・ローガン。
国家航空防衛軍最年少エース。
雲を抜けた瞬間。
彼はそれを見た。
巨大な鋼鉄の人影。
横転した装甲車。
混乱する警備部隊。
「……冗談だろ。」
僚機が呟く。
だがアレックスは冷静だった。
「全機、落ち着け。」
通信回線が静まる。
「歩行兵器だ。」
「だが推進機を搭載している。」
「降下能力も確認済み。」
「未知の兵器だ。」
彼は司令部へ回線を開く。
「司令部。」
《こちら司令部。》
「目標は未知の大型兵器。」
「重要警護対象施設を襲撃中。」
「交戦許可を要請する。」
短い沈黙。
《状況を継続監視。》
《交戦権限を現場指揮官へ一時委任する。》
《必要と判断した場合は攻撃を許可する。》
「了解。」
アレックスは続けた。
「二番機。」
《了解。》
「高度を下げろ。」
「ただし安全距離を維持。」
「まずはデータ収集だ。」
「まだ撃つな。」
「相手の性能が分からない。」
「無駄撃ちはするな。」
僚機が慎重に接近する。
その様子を、
ヴァルハラのセンサーが捉えた。
《高速飛行体六。》
《航空防衛軍です。》
《接触まで九十秒。》
カイルは空を見上げる。
六の光。
一直線に迫ってくる。
「攻撃してこないか。」
予想外だった。
普通ならミサイルが飛んできてもおかしくない。
「慎重な相手らしいな。」
遠く離れたノマド。
管制室。
大型モニターには、
施設内部。
地上部隊。
ヴァルハラ。
戦闘機部隊。
全てが映し出されている。
レオンは静かに立っていた。
グレンがレオンを見る。
「最終判断はお前だ。」
レオンは頷く。
「作戦第二段階へ移行。」
イリスが命令を伝達する。
「サミュエル隊は会議データを確保。」
「マーカスを逃がすな。」
「ただし死なせるな。」
レオンは続けた。
「戦闘機との交戦は極力避けろ。」
「目的はマーカスだ。」
「無用な損耗はするな。」
《了解。》
ミアも端末を操作する。
《電子戦継続。》
《敵通信妨害を維持します。》
そして夜空では。
カイルが背部ウェポンラックのロックを解除する。
巨大な電磁加速ライフルが展開された。
カイルは深く息を吐く。
「頼むぞ。」
撃墜が目的ではない。
まずは牽制。
それで退いてくれるなら、
その方が良かった。
人類初の人型兵器。
そして現代戦闘機。
歴史上初めての戦いが始まろうとしていた。




